それではどうぞ。
全ての初期設定を終えた後、目の前に浮かび上がった小さなウィンドウ。
――《Welcome to Sword Art Online》
この世界からの歓迎の言葉を浮かび上がらせたそれが砕け散り、空に舞って消えていく。
また、今まで真っ白だった無機質な空間が時を同じくして砕け散り、俺の目には中世風の建物が並ぶ大広場の景色が飛び込んできた。巨大な石の建造物がこの広場の周囲を囲うようにして立ち並んでおり、その奥には建物らしき陰が数多く立ち並んでいるのが見える。
「これが、ヴァーチャルリアリティ……仮想現実、ね」
俺は自分の手を覗き込み、軽く何回か握ったり開いたりを繰り返した。
「(確かに現実と大して変わらないもんだな。感触もそのままで、全然違和感がない)」
想像していたのより意外に再現度が高かったことに驚く。
失礼ながら、てっきり一昔前の小説なんかに出てきたVRの小説みたいに感覚無しで唯動かせるだけなんじゃないかとか思っていたりしたのだが。
と、そんなことよりも。
「初期武器入手のチュートリアル……なんざ有るわけ無いか」
自身が唯一やったことのある狩りゲーでは全種の初期武器が最初から所持品の中に入っていたものだが、試しにアイテムポーチ(本来の呼び方は知らない)を開いてみてもなんにもない。見事なまでに空欄だった。かといっても何かイベントが起きるわけでもなく、俺と同じように設定を済ませた方々は次々と出てきては広場の外に消えていった。
だったら一体どうすれば良いのかと悩んでいると、ふと一つの結論に辿り着く。
「いや、あえて考えろ俺。モン○ンなら古龍すらブーメランで討伐できるんだから、素手でひたすら殴ればいいんじゃね?」
まあそれは、馬鹿馬鹿しいほどの暴論だったが。
そもそも比較対象がおかしいという事にすら気付いて居ない。俺はとりあえずCMに出てきていたようなモンスターを想像する。うん……大丈夫だろ。
「んじゃ早速実戦だ!」
ひとまずプレイヤーで賑わっている広場の外へと飛び出して、ただひたすらに一直線に町の中心の道を駆け抜ける。
とりあえず真っ直ぐ進めば町の外に出られるだろう。根拠はないが。
そんな感じで走り出して三分後、ようやく町の外へと続くであろう門へと辿り着く。
大きな城壁のようなそこに設置されている大型門は完全に開いており、既に準備を済ませ最低限の剣やら防具を着けた連中が仲良く談笑しながら町の外へと出て行ったりしている。
ちなみに俺の装備はといえば、胸に付けている薄い皮鎧を一枚。先ほどアイテムがないと入ったが、あれは嘘だ。単に確認をミスっただけで、装備品一覧の項目を改めて探してみるとたった一つだけ《革の鎧》というアイテムがちゃんとあった。これだけは初期装備として貰えていたらしい。
むしろ武器を寄越せと言いたいところなのだが。
外へ出て歩きながら、俺はゆっくりと壁外に広がる草原を進んでいく。
至る所では湧いて出てきたモンスター相手に集団リンチが行われているが、それを無視して進む。
しばらく歩いてみて分かったが……悲しいことに一人で外に出ているのは俺だけらしい。ほとんどのプレイヤーが最低二人一組になっているというのに、丸腰で出来等に散策しているのは俺しかいない。正直気まずかった。というわけで、俺は一人で誰もいなさそうな狩り場へと向かうことにした。流石に初日から掲示板で「素手でやるとかwww」とか言われるのは避けたい。俺の心は脆いのだ。
結局モンスターを一体も狩ることなく門前に広がる大草原をそのまま真っ直ぐ突っ切り、俺は奥の方にある森の中へと足を踏み入れていった。
「……ここまで来れば誰もいないだろ。まさか初っぱなからこんな奥の方までやってる奴なんて……俺ぐらいか」
まだゲーム内では昼間なので、木の隙間から指す日の光を頼りに俺はそこら辺を探索しながらアイテムを採取することにした。時折木の根元なんかに生えている不明なキノコ群があったので触れてみるとどうやら採取可能だったらしく、人が周囲にいないことを良いことに、限界ギリギリまで採取しながら俺は敵が出るのを待っていた。
そのまま数分経った後、結構な量のキノコやらポーション素材の薬草やらを集めたところでようやくモンスターを一体発見した。
マリオで言うパックンの茎が肥大化して手足となり、自在に歩き回っているモンスター。口に当たる所からは涎を垂らしており、時折足を止めて周囲を見渡したりしながら一定のパターンで動き回っている。
さて一言。
「キモイ」
そしてグロい。
なんで序盤からあんな気持ち悪いモンスターが出現してんだよ。吐き気がする。めちゃくちゃ不気味だ。
※自業自得です。
なんか気になる副音声が聞こえた気がしたが、それはさておき。俺は自らの大前提を端と思い出す。
「……え、何?俺今からあんなの相手に
※自業j(ry
「……よし、ピヨらせよう。せめて動かない所をタコ殴りするとかにして、極力あの涎には触れないようにしよう」
俺は先ほど拾った石ころを取り出して、相手の口の中に入るように狙いを定めて投げつける。
石ころは綺麗に弧を描いて飛んでいき――ぱくっ。
見事に奴の口の中に命中した。同時に、ギロッ。目はないのだが、奴は狙いを付けるかのように見事にこちらに振り向いた。
さあ、かかってこい!――と続いて一発、もう一発と取り出した石ころを相手に当てていく。唯一心不乱に、投げる。投げる。ドンドン投げる。
すると奴はちまちまとした
そんな相手を心の中で嗤いつつ、俺は背にしていた一本の巨木の後ろに回り込んだ。するとどうでしょう。奴は全く速度を緩めることなくこちらに走って来るではないですか。
そして意外にアッサリと。モンスターは俺の狙い通り木の側面に頭から、見事に激突して後ろに倒れてしまった。
試しに陰からこっそりと覗いてみると……起き上がれないのか、手足をばたつかせながら必死にもがいている様子だ。
んじゃ、
木の後ろから飛び出し、モンスターの動体をひたすら殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴るッ!
武器と言えるものを持っていないため、もうひたすらに攻撃とは言えない何かを続けていく。
と、そんなことを続けて十数分。
殴った回数が五〇〇を超えた頃でようやくHPが尽きたのか、モンスターは一瞬動きを止めたかと思うと、青いポリゴン片になって爆発した。
その辺りに、小さいウィンドウが表示される。
入手アイテムと金額と経験値。
開きっぱなしにしてあったアイテムポーチを試しに覗き込んでみると、確かにそこには新たに一つのアイテム名が追加されていた。《ただの蔓》。……何に使うの、これ?
「ま、いいか」
体力が減っているわけでもないため、別にアイテムを使用する必要も無い。後で調べれば分かるだろう。
ひたすら殴ったことに精神的な疲れを覚えて、俺は一旦深呼吸する。
この世界では肉体的な疲れはないものの、精神的には普通に疲れるらしい。
「……あ、二体目見ぃーつけた」
深呼吸していた俺の視界に入ってきた新たな一体。今度は先ほどとは何か違い、顔の周りに花びらがついている。だが見た目の気味悪さは全く変わっていなかった。……俺は自身の視界の左上に移る自分のHPバーを確認する。混乱させては殴るという戦法をとったせいか、まったく減っていない。
なら、ついでにアイツもやってしまおう。
……数分後。
渾身の四九八発目を放った瞬間、相手の身体が先ほどと同じように爆発した。え?数えてたのかって?……仕方無いだろ。殴っては離脱して殴っては離脱を繰り返すだけの単純作業、なにか他にやってないと飽きるんだよ。
手元のアイテムポーチに新たなアイテムが追加されたのを確認すると、いきなりその場でファンファーレが鳴り響く。
目の前に《レベルアップしました》とのウィンドウが出現した。また同じように、取得ポイントの割り振りを求められる。
他のゲームならSTRとかATKとかそんな値があると聞き及んでいたが、SAOでは基本的に二つしかない。《筋力値》と《敏捷値》。ヘルプに寄れば《筋力値》は攻撃力や装備品の重量制限を増やし、《敏捷値》はそのままの意味で動きが速くなるらしい。
……さて、どうしようか。
普通に考えたらこの時点では両方平等に振って後々考えて個人の好みに合わせていくべきなのだろう。ヘタに《筋力値》が低ければ満足にこの世界の代名詞たる剣すら持てず、かといって《敏捷値》を疎かにすればモンスターの攻撃を回避できずまた攻撃も当たらない。
そもそもこの世界では可視ステータスがたったの二つであるため、どっちか重視振りもしくは極振りしか選択肢は存在しない。
極振りはまず論外である。オンラインゲームである以上最低限他者との関わりあいは必要であり、そんな中で極振りなどという馬鹿げた行いをして変にチームプレイを崩すのは愚かにもほどが有ると言えるだろう。
ここは
そんな状況で偏ったステータスで剣のイロハも知らない一般人がまともに戦えるとでも?
結論。
《筋力値》:全部。
《敏捷値》:0。
え、さっき語った一般論はどうしたのかって?ソンナノシラナイヨ。
俺は俺の道を行く!!――ってことで良いだろ。文句を言われる筋合いは無い。
ぶっちゃけ敵を狩るのが基本みたいだし、攻撃力をひたすら上げて殴れば……なるようになるさ。
俺の画面の隅の確認ボタンをポチッと押すと、ウィンドウは静かに消滅した。
さあ、これでもう後戻りとかは出来ないわけだ。
やってやろうじゃないか縛りプレイ。これはゲームなんだ、別に死んでも……デスペナとか有ったような無かったような。行動さえすれば後でどうにでもなるだろう。
ふいに過ぎった悲観論を頭を振って追い出し、時間が経ってリポップしたらしき次のモンスターに狙いを定める。
さて、これからひたすら狩るか。
そう心の中で呟いて、俺はアイツラに向けて手元の石ころを全力投球するのだった。
――約一時間後、俺はこの選択をめちゃくちゃ後悔した。
デスゲームとか聞いてないんですけど。