恋より   作:わか

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6話

「行ってきます」

 

ばあちゃん達にそう言い、家を出る。

今日から心機一転、月曜日が来た。

 

自転車を漕ぎながら、そろそろ桜も終わるな、なんてだれでも思ってそうな事を考えながら、学校へ向かう。

 

途中、電車組と合流する地点で見知った顔を見かける。

僕が見ていたのに気づいたのか、その子と視線が会う。

向こうも気づいたみたいなので、近くに行き挨拶をする。

 

「おはよう、恭子」

 

「おはよう、一場くん」

 

自分は僕に下の名前を強制し、自分は苗字で君付け。

何か釈然としないので、少し突っ込んでみる。

 

「なんで、君付けなの?一場でいいんだけど?」

 

「え?あーなんでやろうな?男の子とあんま話したことがないでやろうか?」

 

まさかの事実を突きつけられ、僕の心臓が少し早くなる。

あまり話したことがないのに、呼び捨てで呼んでいいのか?

 

「その、僕なんかが呼び捨てでいいのかな?」

 

「うーん」

 

止まっていた恭子は歩き出し、僕も自転車から降りて一緒に歩く。

なんかこれってカップルに見えたりしないだろか?なんて、思ってしまうが、恭子はこれといって何も変わらないので黙っておこう。

 

「まぁ、君は特別。なんてね」

 

そうはにかむ恭子に僕はドギマギさせられて、朝から可愛い子にこんなこと言われて、役得なのかわからないが、とりあえず、曖昧に頷く。

これ以上この話題は危険だ。

そして、今気づいたが、後ろに真瀬さんがいた。

 

「あ、おはようございます。すみません、気づきませんでした」

 

ばか正直に言ってしまった自分を憎みながら、真瀬さんの返事を待つ。

 

「大丈夫なのよー」

 

真瀬さんの優しさに感謝する。

 

「あ、僕はこっちなんで」

 

「自転車だもんね、後で」

 

「ばいばい」

 

恭子と真瀬さんと別れ、僕は昇降口とは反対の方の自転車置場に向かう。

 

「真瀬さんがいたならカップルなんて思われてないよな」

 

恭子とカップルに見られたくないという気持ちではなく、ただ、転入早々目立つのは個人的に控えたい。

 

 

「さっきはどうも」

 

教室に着くと恭子が話しかけてくる。

真瀬さんを見ると、読書をしていた。

なんの本を読んでいるのか気になるが、僕は普段本を読むような人種ではないと思い出し、気にしないことにする。

 

席に着き、一時間目の準備をする。

 

「いて」

 

言葉に出すほど、別に本当に痛かったわけではないが、頭を軽く叩かれ思わず声を出してしまった。

後を振り返ると手をチョップの形にしながら、立っている洋榎がいた。

 

「おはようさん」

 

「おはよう」

 

洋榎はそれだけ言うと自分の席に着く。

あいつ、朝はいつもダルそうだな。

 

 

午前の授業も無事終わり、お昼休みとなる。

 

「また一人で食おうとしとるんか?」

 

恭子がそんな事を言ってくる。

友だちのいないのに、一人もなにもないと思うんだけど。

そう思うんだけど、どこかで言わない方がいいと思った。

だって、彼女にそういえば……。

 

「私ら、友だちやろ?」

 

そう言うと思ったから。

きっと彼女は怒ってくると思ったから、だから。

 

「じゃあ、一緒に食べよう」

 

恭子は笑顔で頷く。

 

「うちも一緒に食べる」

 

そうして、洋榎が集まり。

 

「いれてー」

 

真瀬さんが集まり。

こうして輪ができる。

 

「なんや駆?変な顔して」

 

「いや、なんでもないよ」

 

それがなんだか嬉しくて、笑顔になってしまう。

 

 

弁当を半分食べた所で、洋榎が一つの疑問を僕にぶつける。

 

「駆は運動できるんか?」

 

「え?」

 

「いや、最後体育やんか。できるんかなーって」

 

あぁ、運動か。

そういえば、ここ最近は一切していないな。

だって、もう走る意味はないし。

 

「どうした?なんか聞いたらあかんことやったんか?」

 

洋榎が申し訳なさそうな顔をして、僕の顔を覗いてくる。

 

「大丈夫だよ。ただ、最近運動してないから、さ。自分の今がわからないんだ」

 

「見た目的に出来そうな雰囲気やけど?」

 

恭子の何気ない質問に、僕はなんとも言えない気持ちになる。

そうか、まだ見えるのか。

そうやって、誰にかに期待されるのは嫌だな。

自意識過剰かと自分でも思うが、そんな何気ない言葉なのに体が反応してしまう。

 

「全然できないよ」

 

そう答えることが精一杯だった。

 

 

六時間目、体育がやってきた。

やりたくないわけではないし、むしろ久しぶりに体を動かせると思い、体が喜んでいるのが憎い。

 

体操服に着替えグラウンドに出る。

今日は最初の体育の授業ということあって、基礎体力を測るみたいだ。

 

順調に消化していく。

そして、最後に残されたのは、長距離だった。

 

一五〇〇メートル走。

この学校のグラウンドは一周四〇〇メートルなので三周と半分と少し。

短距離は次回の授業で測るとのことだ。

 

二クラス合同の体育の授業だが、それでも男子の数は少ない。

しかし、男子と同時に走るとペースを乱す女子生徒もいるかもしれないので、女子が先行する。

 

男子は二分遅れで走ることになった。

 

女子が位置につく。

 

先生がスターターピストルを構える。

 

パンッ

 

音と同時に走りだす。

先頭を行ってるのは、洋榎だった。

文化部の割にはかなり速く、いい走りをしている。

麻雀だけじゃなくて、運動もできるのか。

 

僕が感心していると、パンッと音がなる。

 

「やばっ」

 

僕は一歩遅れで走り出す。

しかし、その一歩目は足が泥に埋もれているのではないかと疑いたくなるほど重く。

さらに一歩を進めようとするが、次は鉛をつけているんじゃないか、と錯覚に囚われる。

 

まぁ、つまるところ。

 

「遅い」

 

僕は昔は思い出す。

もっと背筋を伸ばすんだ。

こんな前傾姿勢じゃもたない。

 

歩幅を一定にしろ。

 

リズムを整えるんだ。

 

ちょっとずつだが、最初よりは楽になってきた。

一周、二周と繰り返し、残り一周とちょっと。

 

気づけば、楽しんでいた。

辛いし、汗はたれて目に入り邪魔だし、足は痛いし、きっと明日は筋肉痛だ。

でも、楽しい。

 

昔より、全然楽しい。

勝ちに拘らない走りがこんなに楽しいなんて。

 

僕のスピードはどんどん速くなる。

でも、やっぱりその速さは一瞬だけで。

 

それでも夢中で走っていたのか、気づけば、ゴールしていた。

 

男子七人中、五位。

過去の自分なら、自分を責めていただろう。こんな順位しか取れないのか、と。

しかし、今は晴れやかな気分だ。

 

「はぁはぁ」

 

グラウンド中程で仰向けに倒れる。

酸素を求め、一生懸命呼吸している自分がなんだかおかしく思える。

 

「おつかれ」

 

太陽が隠され、日陰になる。

目を開けると、僕を真上から覗いている洋榎がいた。

 

「はぁはぁ、おつ、かれ」

 

「自分、めっちゃ速いやんか。なんや最後のあれ。びっくりしたわ」

 

「そんなこと、ないよ」

 

呼吸がだいぶ落ち着いきた。

洋榎がそれを見計らってか、手を差し伸べる。

手を伸ばし、洋榎の手を掴む。

立ち上がった僕に、頭を撫でてくれる。

 

「頑張ったな」

 

そう満面な笑顔で言われたら。

 

「まぁな」

 

僕も、満面の笑みでしか答えれないじゃないか。

 


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