学校が始まって初めての休日だ。
特に誰かと約束をしていたりとか、宿題も出されていない。
いや、あることはあるのだが、そんな大変なものではなく、数時間で終わるようなものだ。
何もやることがないというのはすごく退屈だ。
ベッドに寝転がりながら、天井を見つめる。
春休みの最後に再会し、新しい友人っと言っていいのかわからないが、そんな人たちと出会い。
一瞬だったような気がする。
親の元を離れてから、こんなに時間が経つのが早く感じるのは初めてだ。
「…………」
ピンポーン
インターホンが鳴る。
ばあちゃんが出るだろうと思ったが、朝から町内会の集まりで居ないんだった。
僕はベッドから出ると、窓の外を覗く。
ポニテールの少女とロングの少女が見える……。
ん?
ポニテールの子に見覚えがある。
再びインターホンが鳴る。
そして、少女が上を向く。
あ、目が会った。って洋榎か!?
急いで下に降り、外にでる前に鏡で自分を確認する。
別にナルシストというほどのものではないが、なんか女の子の前に出る時は気を使ってしまう。
「なんだ?何かようか?」
「なんや、せっかく美少女二人が遊びに誘いに来たっていうのに。もっとこう喜びコロンビア」
「おねえちゃん、ほら、ちゃんと誘わないと」
「う、うん。あーなんというか……。暇か?」
洋榎が上目遣いでそんなことを言ってくる。
こいつ、普段あんなノリなのに、こんな時だけ女の子アピールされたら……。
「暇だ」
断れないだろ。
「ほんまか!!よっしゃ!なら早く支度して行くで!!駆も久しぶりの大阪ちゃうか?とりあえず、たこ焼きいっとこか!!」
「よかったね、おねえちゃん」
僕は最低限の荷物を持つと外にでる。
「で、どこに行くんだ?」
「少し、電車乗って道頓堀行くで。お好み焼き食おう!!」
「あれ?たこ焼きは?」
洋榎は僕の言葉を無視して先を歩く。
「えーと、はじめまして。じゃないですよね、妹の絹恵です。一場先輩、よろしくお願いします」
「あぁ、絹恵……ちゃんだよね?大きくなったね」
「はい……。それなりに」
僕と絹恵ちゃんは肩を並べ、洋榎の後に続く。
◆
とりあえず、色々と見て回り、お好み焼きの店に入る。
店内は広く、待たずに席に座れた。
「おねえちゃん、冷たく当たってたんですよね?」
絹恵ちゃんがそう言ってくる。
冷たいよりさらに上位互換の冷たさだったかもしれないが……。
「まぁ、多少冷たかったかも」
「私から謝らせて下さい。姉が迷惑をかけました」
「いや、そんな絹恵ちゃんが頭を下げなくても」
「そうやで、絹。そう簡単に頭下げたらあかん」
今、僕と絹恵ちゃんの心のなかで同じ事を思っているだろう。
「「お前のことだぞ!!」」
「おい、お二人さん。心の声、漏れとるで」
僕と絹恵ちゃんは手で口を覆う。
「ほら、出来たで」
洋榎は三等分にし、絹恵ちゃんと僕の皿に乗せる。
「ほら、食いな」
洋榎は自分の皿にも乗せ、手を合わせる。
「いただきます」
「「いただきます」」
口に運ぶ、口の中で熱々のお好み焼きが踊る。
口を小さく開け、手で口を覆い、空気を入れる。
熱い、熱いけど、美味しい。
材料とかは店が用意したものだけど、焼いたのは洋榎だ。
僕も手伝おうとしたら、男は黙って座っとり、なんて言ってくる。
口の中でソースとマヨネーズ、かつお節の匂いが鼻に通り、一層旨さが引き立つ。
と気づいたら洋榎が僕の事をじっと見つめていた。
「えーと、おいしいよ」
「せやろー!!もっと褒めてーや!!」
洋榎は満面な笑顔で、次を焼き始める。
「よっしゃ、すみませーん!!焼きそばもお願いします!!」
洋榎が追加の注文をする。
「おねえちゃん、そんなに食べれる?」
「大丈夫、男がおるからな!!このくらい食ってもらわんと」
洋榎が嬉しそうなのを見ると、僕も嬉しくなってくる。
でも……。
「入るかな?」
「入るよ。なんたって、うちが作るんやからな!!愛情たっぷりやで!!」
「そうか」
そんなこと言われたら、食べなくちゃな。
◆
食後に少しお茶でも、なんてお洒落な感じではなく、帰る前に少し休憩していく。
駅内のコーヒ屋さんに入る。
「洋榎ってコーヒ飲めるの?」
僕は何気なく質問する。
「あたりまえよ、再会した時言ったやろ。うちは大人の女性なんや。コーヒくらい飲めず、大人は語れへん」
「そっか」
「一場先輩は何頼むんですか?」
「僕は、ミルクコーヒーかな」
「なんや、駆。コーヒ飲めへんのか、子供やなぁ」
「洋榎はブラック飲めてすごいな。僕にはあの苦さは少し苦手だな」
「え?ブ……」
「え!?おねえちゃん、ブラックコーヒなんて飲めたんだ!!ほんとに大人の女性だね」
「え、いや、その……。ブラック……」
洋榎の様子がおかしい。
「どうした?大丈夫か?」
「あぁ、ブラックね、ブラック。うん、飲めるに決まってるやんか!!あ、すみません!!注文頼みます」
「オリジナルブレンド一つ」
「ミルクコーヒ」
「あ、私もミルクコーヒーお願いします」
「はい、オリジナル一つに、ミルク二つですね」
店員さんは頭を下げ去っていく。
洋榎は注文し終えると落ち着かない様子で、トントンと机を指で叩いている。
何が彼女をそこまで苛つかせているのか。
僕は、先ほどの会話を思い出す。
いや、そんなはず……。
しかし、僕の中で一つの答えが出る。
「洋榎、もしかしてブラック飲めないのか?」
「…………」
「おねえちゃん、やっぱり飲めないの?前までココアしか飲んでなかったからおかしいとは思ってたんだけど」
「洋榎?」
「…………うん」
やっぱり。
飲めないのか……。
今更注文を変えるのもお店の人に悪いし。
「じゃあ、僕が飲むよ。少し苦手ってだけで、飲めないことはないんだ。ミルク入れれば、ミルクコーヒーと変わらない。かもしれなし」
最後の方が小声になってしまったが、大丈夫だろう。
別に飲めないことはないんだ。
「ごめん、ありがとう」
そう面目ないといった表情で謝罪と感謝の言葉を言う。
「いや、元はといえば僕が悪いんだし」
「そうだよ、私達が悪いよ。ごめんね」
とそこにコーヒが運ばれてくる。
テーブルにコーヒが並び終わり、去っていく店員さん。
「とりあえず、飲んで落ち着こう」
僕たちはコーヒを一口飲み、少し落ち着いてから会話を始める。
「そういえば、今日は部活ないのか?」
「まだエンジン全開じゃないねん。学校側が最初の土日の練習は認めてへん。テストの添削関係で校舎に入れへんってさ。運動部はやっとんのに……。来週からは仮入部の新入生たちがいっぱい入ってくるから、大変や」
「本当は新一年生の部活自体、来週の一週間で仮入部してから決めるんですよ。でも私はおねえちゃんによって強制的にっていうか、部活見学しに行ったらやらされて……。まぁ、他の子もやらされてたんで大丈夫やと思うけど。ていうか学校に内緒っていうのが恐い……。おねえちゃん、本当に大丈夫なんやろうな?」
「大丈夫、大丈夫。心配せんでも怒られるだけや」
「怒られる!?」
そうか、グラウンドで走っていたのは二年生と三年生か、どうりで綺麗な洗練されたフォーム。アップで力尽きない体力。
合点がいく。
「大会は近いのか?」
「インハイ予選がある。うちらはシードや、絶対に勝つ」
洋榎の目は本気で、闘志の炎で燃えていた。
その目は、勝つことしか見ていない、プロの目。
洋榎はきっとすごいプロになるだろう。そう予感がした。
◆
ようやく落ち着いた、絹恵ちゃん。
実際には何も解決していないが、なんとか帰宅につく。
切符を買い、電車に揺られている。
こっち方面へはあまり人が乗らないのか、この時間帯がそうなのかわからないが、電車内は比較的に空いており、簡単に座れた。
目を瞑る。
今日は色々あったが、すごく楽しい一日だった。
こっちに来て充実した日、というは今日が初めてかもしれない。
でも、いいんだろうか?
僕はこんな幸せを受け入れてはいけないのでは?
だって、僕は──。
突然。突然肩に重さを感じる。
僕は少し首を動かし、横目で右を見る。
肩にもたれかかっていたのは洋榎だった。
「ーーーーー」
すぅーすぅーと寝息が聞こえる。
「おねえちゃん、寝ちゃいましたね。すぐ着くのに」
「まぁ、寝かせといてあげよう」
だって、洋榎の体温を感じると、さっきまでの鬱々とした気持ちが吹き飛ぶんだ。
どうしてだろうか?
どうして彼女は、こんなに温かいんだろうか。
まるで、太陽みたいな少女だ。
すぐ着くかもしれない。
でも、もう少し、この幸せを感じたい。
なんだろうか、視線をすごい感じてやっぱり起こしたい気持ちになってきたぞ。
◆
帰り道、もうすぐ分かれ道であろう、その前に洋榎が呟く。
「なぁ、駆は部活に入らんのか?」
「あぁ、入らない。帰宅部になるよ」
「え?一場先輩入らないんですか?麻雀部一緒にどうですか?」
「ごめん、麻雀はわからないんだ」
「そうですか……」
絹恵ちゃんの気持ちはすごく嬉しいんだけど、部活自体、もうやる気はないんだ。
いや、僕に何かを期待されるようなことはあってはならないんだ。
洋榎は何か言いたそうだが、黙っている。
その態度に感謝する。
「じゃあ、ここで」
僕は、お礼を言い、歩き出す。
「駆!!」
洋榎が後で叫ぶ。
恥ずかしいからそんな大声で叫ばないでくれ。
そんな気持ちで後を振り向く。
「また、遊ぼなぁ!!!!」
そう手を振る洋榎に。
僕は、昔の洋榎と被せてしまい。
すごく懐かしい気持ちになった。
夕日により真っ赤に染まった空は、終焉を迎える世界みたいで。
そして、夕日に照らされた彼女は、今にも消えそうで。
だから、この儚い空に祈ろう。
願わくば、彼女の夢が叶いますように。
『なぁ、駆?大きくなったら、うちと──』
あぁ、なんだか懐かしい約束を思い出した気がする。
彼女はあんな子供の頃の約束を覚えているだろうか?
過去の情景は今と同じように、少女が夕日の中、笑顔で手を振りながら──。
あの時の僕はなんと言っただろうか?
東京に行く前で、もう会えないと思ったから、こう言ったんだ。
『さよなら』
でも、今は。
「また、来週。学校で!!」
初デートでした(絹恵もいるけど)。楽しんでいただけましたら幸いです。