「一場くん、これ部活動一覧のプリント」
門崎先生がプリントを渡してくる。
ざっと目を通すが僕が気になる部活はない。
「前の高校では……えーと、陸上部?に入ってたんだよな?ここでもどう?なんでも、すごかったって聞いたんだけど……」
「いえ、陸上はやめたんで。失礼します」
先生に頭を下げ、帰り支度をする。
「うーん。でも、ちょっとだけでも見ていかないか?」
「すみません」
深く頭を下げ、教室から出て行く。
陸上部……。
近い高校ということでこっちを選んだけど、失敗だったか。
でも、どこの高校に行こうにも、絶対に陸上部はあるだろう。
無関心だ。
陸上はもう忘れた。
走り方も覚えていない。
もう、僕は走れないだろう。
でも、なぜか、なぜか、声に惹かれるように。
僕は、グラウンドへと足を向ける。
◆
アップ中だろうか?
陸上部の人たちがグラウンドをゆっくりと走っている。
まとまって走っているわけではなく、個々で準備運動という名のアップをしている。
綺麗なフォームだ。
そう思う。
終わったのか、それぞれの個々の競技の準備に入る。
気づけば、僕は階段のところで座っていた。
短距離、中距離、長距離、その他の陸上競技。
結構部員数がいる。
短距離の選手がセットに入る。
そして、パンッと。
なった瞬間、4人の選手が走る。
風を切り、ただ己の身体を前と、前と進める。
いつしか、周りの音も、自分の呼吸さえも聞こえなくなるであろう。
気づけばゴールしていた。
あぁ、選手と自分を重ねていた。
自分の心臓がドクンドクンと鳴っている。
もう一度、自分もあのグラウンドで。
そう一瞬思うが、すぐにその思いを忘れる、忘れようとする。
僕に、あそこに立つ資格はない。
別に誰に強制されたわけではない。
でも──。
「なんや、そんな陸上部見て。入りたいんか?」
頭上から声をかけられる。
その独特な訛り。
僕の知る限り、一人しかいない。
「洋榎か……」
「なんや、その残念そうな顔は。恭子に来て欲しかったか?残念ながら、先輩と卓に着いとる」
「自分はやらなくていいのか?」
「休憩中」
「そうか」
洋榎は僕の隣に腰を下ろす。
「まだ、休憩中か?」
「もうちょっとや」
「そうか」
一瞬間が開く。
「で、陸上部に入りたいんか?」
いや、とすぐに否定の言葉が浮かんだが、口が動かない。
「無視か?まぁ、答えたくないんやったらええけどな」
「いや」
今度はすぐに否定の言葉出てくる。
「陸上部に入るつもりはないよ。ただ、頑張ってるなって思って見てただけ」
「当たり前や。どの部活も、うちらも一生懸命にやってる。なんやったら、今から部室来るか?歓迎するで?」
「誘ってくれて嬉しいが、遠慮するよ。麻雀のルール知らないんだ」
「そんなん、一週間もあれば、完璧マスターオッケーや!!」
「なんだそれ。じゃあ、帰るよ」
「そうか。またな。おつかれさん」
洋榎は立ち上がり、スカートをはたくと僕に背を向け棟の中に入っていく。
「洋榎。ありがとう」
ピクッと、一瞬反応し、手を掲げ、後ろ向きに振るう。
クールなやつだな。
もう一度、グラウンドを見る。
汗をかきながら、ただひたすら走り、時々談笑し、もう一度身体を痛めつけ、鍛えている。
それを繰り返しているさまを見続ける。
もういいだろう。
そう自分に言い聞かせ、帰路に着く。
◆
──絹恵side
「あ、おねえちゃん。どこいってたの?トイレにしては長かったような?」
「絹。女性にそんな事聞くのはあかんで、デリカシーつうもんがな」
「私も女性なんだけど……。なんか窓の外ずっと見てたけど?」
「あぁ、実はな。おったんや」
「な、何が?」
「恭子の霊体が!!」
「勝手に殺すな」
「いた」
後ろから、末原先輩に叩かれるおねえちゃん。
「いいから、入って。先輩たちの相手、頼むわよ。私、トイレ行くから」
「任せとき、恭子の無念を晴らすために、やるでーやるでー」
「無念って……。まぁ、いいわ。頑張ってね」
おねえちゃんが先輩たちの卓に着く。
「うーん。何を見てたんやろう?」
おねえちゃんが見ていた窓の景色を見てみる。
グラウンドが見える。
それだけ。
うーん。
はっ!?
まさか、おねえちゃんの好きな人がグラウンドのどこかに!?
でも、陸上部しか……。
はっ!?
まさか、好きな人が走っているのを見て、それが見たくなった!?
おねえちゃんって案外乙女なんだなー。
「愛宕妹?やらない?」
「は、はい!!」
なんで、まだ正式な部員でもないのに、私は麻雀部にいるのか、疑問はつきへん。
仮入部は来週からやったはずなんやけど……。