恋より   作:わか

12 / 12
そうして僕は、この街にやって来た

「あなた、あの子には走る才能があるわ。よかったぁ、安心したわ。どれか一つでも才能があれば、それを伸ばしていけば、きっとすごい子になるわ。将来はオリンピックかしら?」

 

「気が早いぞ」

 

「だって、あの子、勉強はあまりできなかったし、色々やらせたけどどれもダメ、不安だったの。でも、これで安心。あの子には才能がある」

 

自分は凡人だと言う母さん。

子供の頃から才能のない自分を卑下しており、自分を欠陥品とまで言うくらい、才能を渇望していた。

そんな母さんが父さんと出会い。

僕を産んだ。

 

もちろん、母さんは願った。

この子に才能がありますように。

 

僕は幼い頃から色んな習い事をやらされた。

しかし、どれも平均くらいだった。

母さんは平均から伸ばすという考えはなく。

突出した才能を求めた。

 

そして、幼稚園の運動会。

僕は、ようやく才能を見せることができた。

 

走り。

 

僕はぶっちぎりで優勝した。

 

母さんはこれこそこの子の才能だ。と思い込んだ。

 

そこから、僕たちは狂っていったんだと思う。

 

 

「駆。惜しかったわね。次こそ優勝よ」

 

母さんは結果を求めた。

優勝の二文字。それだけを。

 

とにかく色んな大会に行った。

そして、徐々にその力の片鱗を見せることもできるようになってきた。

 

母さんが喜んでいる。

僕はそれだけを求め、母さんのために走り続けた。

 

 

「全中中距離で三位よ!!あと少しで優勝は逃したけど……。でも、大丈夫。高校ではもっとすごい選手になるわ」

 

「しかも、あの子推薦蹴って、自分の学力で行きたい高校に行くなんて言っちゃて、本当すごい子になって……。すごく嬉しい。誇らしいわ」

 

僕は走り続けると同時に、勉学でも頑張るようにした。

とにかく、努力あるのみ。

努力。

その言葉を胸に自分の実力で、提示された推薦校より、さらに上の強豪校への道を自分の努力で手にした。

 

 

「駆!!!しっかりして、駆!!いやよ、いや。駆!!!私の夢を終わらせないで!!!」

 

そんな春。

僕は学校へと行く道中。

新一年生たちが集うこの春。

 

小学生が轢かれそうになっているのを助けた。

別に正義感とかそんなものは持ちあわせてはいなかった。

ただ、その時。

僕なら助けられる。

そう思った。

 

でも、そんなのは幻想で。

 

靭帯損傷。

 

どこの箇所がとか、これには全治何日とか、リハビリが、とかそんな言葉を医者が言っていた気がする。

でも、僕にはどれも聞こえていなかった。

僕の脳裏に渦巻くのは、一つの言葉。

 

「夢を終わらせないで」

 

あぁ、僕は終わったんだ。

 

 

「一場、残酷だが、お前の速さは全盛期には戻せない。脚も弱っていれば、心も弱っている。今のお前を大会に出すわけにいかない。他の連中に申し訳ない」

 

そうして、中学時代の僕を高く評価していてくれた、高校の監督は、僕に死刑宣告をした。

 

 

「駆。すまん。母さんは少し体調が良くなくて……。父親として失格だが、母さんもお前と同じくらい愛しているんだ。だから、大阪のおじいちゃんのところに行ってくれ。頼む。もう転入手続きは済ましてある。単位も引き継げる。試験は面接だけだ。なぁに、お前なら大丈夫だ。だから……ごめん」

 

そして、僕の家は狂った歯車を止められず。

狂って、狂って。

 

 

「ごめんなさい。脚が速くてごめんなさい。夢をみさせてごめんなさい。あなたの夢を壊してごめんなさい。あなたの前から消えます。だから、元気になってください」

 

僕は、何を見ているかわからない表情で外に視線を向ける母さんに、赤の他人として接することしかできなかった。

 

僕の家族は崩壊した。

 

 

「おお、駆こっちじゃ」

 

「じいちゃん、久しぶり」

 

駅で降りるとじいちゃんが待っていた。

二人で家に向かう。

 

家に着くと部屋に案内される。

 

「ここは駆のお父さんが使っていた部屋じゃ。お前が来る前に片付けたから、使えるぞ」

 

「ありがとう」

 

そうして僕は、この街にやって来た。

 

 

もうすぐ、学校が始まる、この時期。

去年の出来事を思い出す、この時期。

 

僕は外に出て、春の空気を吸ってくる。

ここは桜並木があって心が洗われる。

 

なにやら川の方から声が聞こえる。

 

魚を釣ろうとしているのか?

この時期は釣れないと思うが……。

親切心とは違うが、時間の無駄かもしれない。

それだけでも教えてあげなきゃ。

 

僕は少女二人に話しかける。

 

「あのー。今の時期は魚は釣りにくいと思いますよ?」

 

「あぁん?そうなんか、恭子?」

 

「私が知るわけ無いでしょ?」

 

そして、振り向いた少女は……。

 

 

 

この春、僕たちは再び邂逅する──

 

 

─END─


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。