「あなた、あの子には走る才能があるわ。よかったぁ、安心したわ。どれか一つでも才能があれば、それを伸ばしていけば、きっとすごい子になるわ。将来はオリンピックかしら?」
「気が早いぞ」
「だって、あの子、勉強はあまりできなかったし、色々やらせたけどどれもダメ、不安だったの。でも、これで安心。あの子には才能がある」
自分は凡人だと言う母さん。
子供の頃から才能のない自分を卑下しており、自分を欠陥品とまで言うくらい、才能を渇望していた。
そんな母さんが父さんと出会い。
僕を産んだ。
もちろん、母さんは願った。
この子に才能がありますように。
僕は幼い頃から色んな習い事をやらされた。
しかし、どれも平均くらいだった。
母さんは平均から伸ばすという考えはなく。
突出した才能を求めた。
そして、幼稚園の運動会。
僕は、ようやく才能を見せることができた。
走り。
僕はぶっちぎりで優勝した。
母さんはこれこそこの子の才能だ。と思い込んだ。
そこから、僕たちは狂っていったんだと思う。
◆
「駆。惜しかったわね。次こそ優勝よ」
母さんは結果を求めた。
優勝の二文字。それだけを。
とにかく色んな大会に行った。
そして、徐々にその力の片鱗を見せることもできるようになってきた。
母さんが喜んでいる。
僕はそれだけを求め、母さんのために走り続けた。
◆
「全中中距離で三位よ!!あと少しで優勝は逃したけど……。でも、大丈夫。高校ではもっとすごい選手になるわ」
「しかも、あの子推薦蹴って、自分の学力で行きたい高校に行くなんて言っちゃて、本当すごい子になって……。すごく嬉しい。誇らしいわ」
僕は走り続けると同時に、勉学でも頑張るようにした。
とにかく、努力あるのみ。
努力。
その言葉を胸に自分の実力で、提示された推薦校より、さらに上の強豪校への道を自分の努力で手にした。
◆
「駆!!!しっかりして、駆!!いやよ、いや。駆!!!私の夢を終わらせないで!!!」
そんな春。
僕は学校へと行く道中。
新一年生たちが集うこの春。
小学生が轢かれそうになっているのを助けた。
別に正義感とかそんなものは持ちあわせてはいなかった。
ただ、その時。
僕なら助けられる。
そう思った。
でも、そんなのは幻想で。
靭帯損傷。
どこの箇所がとか、これには全治何日とか、リハビリが、とかそんな言葉を医者が言っていた気がする。
でも、僕にはどれも聞こえていなかった。
僕の脳裏に渦巻くのは、一つの言葉。
「夢を終わらせないで」
あぁ、僕は終わったんだ。
◆
「一場、残酷だが、お前の速さは全盛期には戻せない。脚も弱っていれば、心も弱っている。今のお前を大会に出すわけにいかない。他の連中に申し訳ない」
そうして、中学時代の僕を高く評価していてくれた、高校の監督は、僕に死刑宣告をした。
◆
「駆。すまん。母さんは少し体調が良くなくて……。父親として失格だが、母さんもお前と同じくらい愛しているんだ。だから、大阪のおじいちゃんのところに行ってくれ。頼む。もう転入手続きは済ましてある。単位も引き継げる。試験は面接だけだ。なぁに、お前なら大丈夫だ。だから……ごめん」
そして、僕の家は狂った歯車を止められず。
狂って、狂って。
◆
「ごめんなさい。脚が速くてごめんなさい。夢をみさせてごめんなさい。あなたの夢を壊してごめんなさい。あなたの前から消えます。だから、元気になってください」
僕は、何を見ているかわからない表情で外に視線を向ける母さんに、赤の他人として接することしかできなかった。
僕の家族は崩壊した。
◆
「おお、駆こっちじゃ」
「じいちゃん、久しぶり」
駅で降りるとじいちゃんが待っていた。
二人で家に向かう。
家に着くと部屋に案内される。
「ここは駆のお父さんが使っていた部屋じゃ。お前が来る前に片付けたから、使えるぞ」
「ありがとう」
そうして僕は、この街にやって来た。
◆
もうすぐ、学校が始まる、この時期。
去年の出来事を思い出す、この時期。
僕は外に出て、春の空気を吸ってくる。
ここは桜並木があって心が洗われる。
なにやら川の方から声が聞こえる。
魚を釣ろうとしているのか?
この時期は釣れないと思うが……。
親切心とは違うが、時間の無駄かもしれない。
それだけでも教えてあげなきゃ。
僕は少女二人に話しかける。
「あのー。今の時期は魚は釣りにくいと思いますよ?」
「あぁん?そうなんか、恭子?」
「私が知るわけ無いでしょ?」
そして、振り向いた少女は……。
この春、僕たちは再び邂逅する──
─END─