ゴールデンウィークがやってきた。
四月、色々あったがなんとか乗り切った。
疲れた体を癒すには絶好の休養日だ。
洋榎たちは、最後の日しか休みがなく。それまで合宿だと言っていた。
そして、その最終日に僕たちは遊ぶことになった。
◆
「なぁ、ゴールデンの最終日暇か?」
昼休み。
いつものメンバーで食事をしている時、洋榎が僕に聞く。
「ゴールデン?」
「ゴールデンウィークのことじゃない?」
あぁ、ゴールデンと言われ、何のことかと思ったら、ゴールデンウィークの事か。
冷静に考えると、明日からゴールデンウィークだ。
連休と聞くと、それだけで心が軽くなる。
「あぁ、別に予定はないけど」
「じゃあ、遊びに行こう!!」
僕の答えに嬉々として、有無を言わせず、予定が埋まった。
そして、未だ答えない僕に、下から上目遣いで見てくる洋榎に、一瞬心がぶれるのがわかる。
「いいよ、遊ぼう」
思わず、洋榎に可愛いと言いたくなるのを抑え、それだけを絞り出す。
「恭子、由子、絹、うち。そして、君。この五人で行こう」
「わかった。でどこに行くんだ?」
「そんなん、男が決めるもんやんか」
洋榎の当たり前だろ、という顔で僕を見てくる。
そんな馬鹿な話はなく、僕が提案したならともかく、誘われて、僕が決めるというのはなんだかおかしい気がする。
「僕が決めるのか?」
「なぁ、恭子」
僕の表情に何を思ったのか、恭子に同意を求める。
「え、私にふらんといて」
「な、由子?」
「のよー」
「…………。というわけで、頼んだ」
色々言いたいことがあるが、とりあえず、これはすべて僕に丸投げされたと認識していいんだろうか?
こんな重大案件、任せられても困る。
これで、僕が選んだところが不評なら、一生癒えない傷、もといトラウマとして、僕は女性をデートに誘えなくなるだろう。
「なぁ、やっぱり洋榎が決めてくれないか?」
「よし、食べ終えた。お先~」
「…………。なぁ、恭子?」
「ごちそうさまでした」
「…………。真瀬さん?」
「またねー」
…………。
どうなっても知らないぞ
◆
「はぁ……。どこがいいんだ」
女の子の好きそうな場所ってどこだろうか?
食べる場所が多いところとか?
うーん、なんか食べるというイメージでもないし。
祭りとかあればいいんだけど、こんな時期にはないよな。
「動物園……とか、いいんじゃないか?」
いや、動物園と来たら水族館も捨てがたい。
「はぁ……。さっきからため息ばっかだ。どっちがいいんだ?」
「そういえば、みんなのケータイ番号とか知らないな……」
出会って、もうすぐ一月になろうとするのに、まだ知らないなんて、我ながら馬鹿だ。
普通、真っ先に聞くものではないか?
でも、あの時は友達とか作る気はなかったし、仕方ないのかもしれない。
「待ち合わせ場所は、一〇時に駅。それだけだったな」
洋榎の事だ。着いてからのお楽しみ、なんて思っているんだろう。
雑誌を眺めて目に入ったのは『デートならココ!!今ココが熱い!!』。
「デート……。じゃないよな」
変な意識させないでくれ、あくまで友達同士の遊びに行くという範疇だ
決してデートなんかではない。
でも、悲しいかな。
一瞬でも意識すると、彼女たちの顔が一人一人思い浮かぶ。
「洋榎、変わってなかったな」
久しぶりに再会した少女は、立派な女性へと成長していた、か。
桜が舞い散るなか、太陽の光を浴びて輝く川に反射され、輝いていた少女が洋榎。
しかも、その少女は昔、遊んでいた幼なじみで……。
あまり、こんな言葉は使いたくないというより、なんだかむず痒くなるが、これは……。
「運命」
思わず口に出し、顔が熱くなる。
何、自爆してるんだ、僕は。
でも、これを運命と言わず、なんて言えばいいのかわからない。
他の言い方としたら、神様のいたずら、とか?
「はぁ……。やめだ」
僕は思考を停止し、少し早い眠りにつく。
「水族館でいいや。涼しそうだし」
春と梅雨の狭間を揺れる、この微妙な季節に、水族館の涼しさはちょうどいいだろう。
僕は、ゆっくりと闇に落ちていく。
◆
「全中中距離で三位よ!!高校ではもっとすごい選手になるわ」
「しかも、あの子推薦蹴って、自分の学力で行きたい高校に行くなんて、本当すごい子になって……。すごく嬉しい。誇らしいわ」
◆
僕は、ゆっくりと瞼を上げる。
夢だ。
あぁ、夢だ。
頭は冴えている。
体を起こす、そして、自分が震えている事に気づく。
夢だ。
夢だ、と思うのに、それは今でも鮮明に思い出せて。
「寒い」
◆
九時三十分。
僕は家を出る。
洋榎の話では、昨日のうちに合宿から帰ってきてるはずだ。
だから、待ち合わせ場所に行って、誰も来ない。なんていう事態にはならないはずだ。
「行ってきます」
自転車に乗り、川沿いを行く。
木々は緑づき、夏の気配を感じるようになる。
ついさっきまで春だった気がするのに、もう夏の気配を感じるとは、時が流れるのは早いということか。
駅前に着き、自転車を自転車置場に止める。
「まだ、誰も来てないのか」
駅の待合室に入り、椅子に座る。
時計を見ると、五分しか経ってない。
「あのー」
今更になって、水族館から動物園に変更したくなってきた。
動物園は今の時期が一番適しているのではないだろうか?
「先輩?」
いや、一度決めたことだし、変えるのは良くないな。
「一場先輩?」
え?さっきから誰か呼んでるなーと思ったら、まさかの僕の名前が出る。
何かの間違いじゃないか?
でも、たしかに一場と言った。
僕は声のした方を振り向く。
そこには麦わら帽子を深くかぶった少女が立っていた。
そして、少女はゆっくり顔をあげる。
僕は思わず「あ」という声が漏れる。
この特徴的なおでこ。僕の事を知っている女の子。
この二つでピンとくる。
「えーと、上重さん?」
「はい、覚えててくれましたか」
上重さんは緊張してた面持ちから一転、笑顔になる。
「上重さんも誰かを待ってるの?」
「はい、先輩たちを」
先輩?部活動の先輩か?
「おーい、駆!漫!」
洋榎の声が聞こえる。僕は立ち上がり、待合室から出る。
こちらに向かって歩いてくる、洋榎、絹恵ちゃん、真瀬さん、恭子。
ただ、僕の聞き間違えでなければ、漫という言葉も聞こえた。
そして、僕の記憶が正しければ、上重さんの下の名前が漫だったような?
「よし、全員揃ってるな」
「洋榎?上重さんも来るのか?」
「うん」
いや、何言ったやん、っていう顔してるんだよ。
言われてないぞ。
いや、別に上重さんが嫌とかじゃなくて、って誰に弁明してるんだ。
僕が心の中で慌てていると、上重さんが不安そうに言ってくる。
「すみません!!おじゃまでしたか?」
「いやいや、そんなことないよ!!むしろ嬉しいよ。ただ、聞いてなかったから驚いていただけなんだ」
「そうですか」
良かったと、胸を撫で下ろす上重さん。
「で、どこいくん?」
発案者が行き先を知らないというのは斬新だな。なんて思いながら、僕は行き先を告げる。
「水族館だよ」
「八十点!!」
「え!?」
まさかの採点されるという行為に驚きながら、八十点って結構いいんじゃないか?と思ってしまうのは洋榎に毒されているせいなのか。
「じゃあ、決まったことやし、行こうか」
恭子がみんなを先導し、ホームに入っていく。
「そういえば、恭子は電車通学なのに、なんでここにいるんだ?」
「昨日、夕方に学校に着いて、そのまま洋榎の家に泊まったの。後、やっぱりこういうのってみんなで行ったほうが楽しいじゃない」
照れくさそうに笑う恭子。
真瀬さんも笑顔で頷いている。
「ま、そういうことや」
一人偉そうにしているが、こうまで楽しみにされたら、僕も気合を入れなくちゃな。
◆
水族館に着いたのが、十一時。
「ここ、水族館内に食事するところがあるから、このまま入ろう」
僕はみんなの分の入場料を貰い、まとめて会計を済ます。
その際、学割があると言われ、あそこにいるのみんな高校生ですと言うのが恥ずかしかった。
それに「はい」と了承してくれる受付さんに感謝した。
それぞれにチケットを渡し、入場する。
入ってすぐに暗所だった。
そして、それぞれ水槽に入れられた、小さい海生物たち。
珍しい形をした魚たちに興味津々の彼女たちに、ここで正解だった、と自分に言う。
「なぁなぁ、駆も見てみぃ。おかしいよ、こいつら」
「一場先輩、あっちにエイが泳いでいますよ」
洋榎と上重さんに同時に言われる。
二人はお互いの顔を見ると、おかしそうに笑う。
「愛宕先輩のを先に見ましょう」
◆
十二時になったので、内部に設置されている昼食エリアに行く。
そこは水槽に囲まれているレストランだった。
「すごいところだな」
「ほんまやな」
僕たちは店員さんに案内され、水槽を間近にできる席に着く。
「いい席に座れましたね」
絹恵ちゃんがメニューを見ながら呟く。
「うち、ラーメン」
「あ、じゃあ私も」
洋榎と恭子が注文を決める
「カレー」
「あ、真瀬先輩と同じものにします」
「私はおねえちゃんと同じラーメンで」
真瀬さんと上重さん、絹恵ちゃんが注文を決める。
僕はというと、ラーメンでいいかな、と思うのだが、このメニューを見ていると、どれも魚介、シーフードが頭についていて、少し色々考えてしまう。
水族館の魚たち大丈夫かなって。
店員さんに注文を頼み、待つだけとなった。
「なぁ、駆。なんで水族館にしたんや?」
洋榎が今日の行き先について尋ねてくる。
僕もなんでここを選んだのかと言えば、特に理由もなく。
動物園を思い浮かべたら、水族館も一緒に浮かんだ。
必死に考え、出した結論。
「特に理由はない」
うん、ないんだ。仕方がない。
「ちなみに他の候補先はどこやったん?」
今度は恭子が聞いてくる。
これもない。
いや、動物園があるか。
「動物園」
「あ、いいですね」
上重さんが呟く。
それにみんなが反応し、上重さんの方を見る。
見られた上重さんは縮こまる。
ごめん。
上重さんを助けるためか、同学年の絹恵ちゃんが話す。
「動物園にしなかった理由はなんですか?」
「そうやな、なんでや?そこに水族館を選んだ真意が隠されるんやないか?」
動物園にしなかった理由。
日々夏に向けて、暑くなってくる。
だから、先取りして涼しいところに行きたかった。
あ、たしかに洋榎の言う通り、これが僕が水族館を選んだ理由か。
「涼しいところに行きたかった」
悲しいかな。僕の口下手では、この気持を短い言葉に収められなかった。
でも、言いたいことは伝わっているだろう。
みんなの表所が「そんな理由~?」という表情をしている。
そもそもデート経験がない僕に何を期待していたんだ。
声を大にして言いたい。でも、これを言ったら恥ずかしいのは僕の方で。
それから僕は黙って食事を口にするだけだった。
◆
くつろぎ過ぎたのか、もう一時を回っている。
まぁ、僕がくつろいでいたわけではなく、彼女たちがゆっくりしてただけだ。
僕はじっとジュースを飲みながら、一人静かにしていた。
午後一番でやる、イルカショーを見に行く。
もう座る席はなく。立っている人たちが見受けられる。
僕たちは階段を登り、一番上で鑑賞することにする。
様々な芸をしてくれるイルカに、みんなは大いに盛り上がる。
洋榎の「そこや!」「やっちまえ!」など意味の分からない応援もあったが無事終わった。
再び内部に入る。
最後の大目玉、螺旋階段。
円柱の水槽に螺旋上の少し下った坂をひたすら下っていく。
僕たちはゆっくり下っていく。
みんなが先行するなか洋榎が僕の隣に来る。
「ありがとうな」
「え?」
「こんな素敵な場所に連れてきてくれて、ありがとう」
最初は丸投げされて、多少はむっとしたが、彼女がこんな素直に感謝を述べる。
そして、洋榎に「ありがとう」を言われると、なんだか、よくやった僕、なんて思ってしまう甘々な自分がいる。
つまるところ。
「どういたしまして」
嬉しいということだ。
◆
帰り道。
先に降りた恭子と真瀬さんを除いた僕たちは帰路に着く。
僕たちとは向きが違う上重さんと別れる。
残ったのは僕と、洋榎と絹恵ちゃん。
いつかの帰りもこの三人だったな。
自転車を押しながら、夕日を背に歩く。
そして、別れる。
と後ろから走ってくる音が聞こえる。
振り向くと洋榎だった。
「どうした?」
「なぁ」
「なんだ?」
「こんど、動物園にも行こな!!それだけ!!じゃあ!!」
本当にそれだけ言うと、待っている絹恵ちゃんの元へと走って行く。
自然と顔がにやけるのがわかる。
向こうにいる彼女に向けて、でも聞こえない声で。
「必ず」
一人約束をするのだ。
林間学校は諸事情により飛ばします。すみません。