走っている、髪をなびかせ、ただ、走る。
気づけば、大観衆の中、声援浴び、他のレーンの選手と競い合っている。
誰よりも速く、もっと速く。
僕は肺に酸素を送り込み、脚の筋肉を精一杯使い、もっと前へと進もうとする。
左右の選手との差が広がっていく。
僕は走っている。
走る喜びを噛み締めながら、ゴール目前で横からトラックが突っ込んでくる。
誰かが僕を押す。
しかし、弾いた先にも車が走ってくる。
僕はそれに弾き飛ばされる。
とっさに頭をかばい、道路に転がる。
意識が朦朧とする。
さっきまで競技場で走っていた僕は、今道路で倒れこんでいる。
全身が軋む、関節という関節から悲鳴が聞こえる。
痛い。
痛い。
腕に力を入れ、立ち上がろうとするが、力が入らない。
脚を触る。
え?
どこにそんな力があったのか、腕に力を込め脚を見る。
脚が……ない?
◆
「うわあああああああああああああああああ」
僕は、全身をバネに身体を起こし、布団をめくり脚を確認する。
「ある」
全身が脱力するのがわかる。
何やってんだ。
脱力すると同時に、もう一度布団に沈み込む。
「夢かよ……」
時計を確認すると、六時半。
今は春休み、起きるのには早過ぎる。
再び眠りにつこうと、瞼を閉じ、布団を肩まで掛け眠る。
眠る。
早く。
眠れ!!
…………。
「くそ、眠れない」
あんな夢を見たせいか、眠気は一向にやって来ず。
むしろ冴える一方だ。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
もう昔のことなのに、今も思い出す。
一生この罪を背負っていかなければいけない。
あのころは子供だった。では済まない。
ちょっと走るのが速かっただけで、勘違いしてたんだ。
僕には才能がある。
そんな根拠のない自信を持ちながら成長してしまった結果、僕は……。
僕に勘違いさせるような才能がなければよかったのに。
布団から出て着替える。
もう春だっていうのに、少し肌寒い。
トイレを済ませ、居間に行く。
居間からテレビ音が聞こえる。
「ばあちゃん、おはよう。早いね」
「おはよう。駆が遅いだけで、私達はいつもこんなもんだよ」
老人の朝は早いということか……。
いや、老人とか関係なく、家が農家だからか?
「じいちゃんは畑?」
「そうやね、まだ帰ってきてないみたいやね」
「そっか。ちょっと手伝ってくるよ。せっかく早く起きたんだし」
「おお、そうかい。おじいさんも喜ぶよ」
顔を洗い、寝ぐせを直し、動きやすい服装に再び着替える。
畑はすぐ近くだ。
◆
「いた」
趣味の畑だ、というじいちゃんだが、それなりに広さがある畑である。
様々な野菜を作っている。
今は3月だから、ほとんど休業状態だ。
じいちゃんの年齢的に春野菜を作れるほど体力はない。
だが、じいちゃんは体力はある、大丈夫なんて言うけど、さすがに年だ。
元々は米農家だったけど、今はやりたかったという野菜を作っている。
そして、今まで使ってた土地は息子、おじさんに渡し続けている。
「じいちゃん、おはよう」
「おお、駆。早いな」
「手伝うよ。何してたの?」
「ただ、畑を見てただけじゃよ。落ち着くんじゃ、畑を見るだけで。引退した後は、もう畑に行かないなんて思ったものだがのう」
「そっか」
「駆、お前の分の畑は残してあるからのう、決心がついたら言っておくれ。いつでも、直人に言っておこう。いつか、二人で米を作れるように」
「僕にできるかわからないのに、気が早いよ」
「そうかのう」
「もう終わった?帰ろう」
◆
ご飯を食べ終えて、少し外に出る。
4月の風が肌を撫で、川辺の木々が色づき始めている。
この川辺は下流途中まで桜が続いている。
自転車を引っ張りだしてくる。
「ばあちゃん!!ちょっとサイクリングしてくる!!」
ばあちゃんに聞こえてるか怪しいけど、まぁ大丈夫だろう。
川の流れる音を聞きながら、木漏れ日の中を走る。
時々、散歩してる人やランニングをしている人とすれ違う。
何分経っただろうか?そんなに経った気はしないが、住宅が増えていく。
マンションとかも見えてくる。
意識をそっちに持ってかれていると、川辺から何か叫び声が聞こえる。
「~~~~釣れへん!!」
釣れない?
「恭子!!~~~たか!?」
きょうこ?
僕は自転車を止め、川へと降りる。
「なんで、私が付き合わなくちゃ……」
「無性に魚が釣りたいねん!!」
「なんでよ……」
初対面の人に言ってもいいのか悩むが、ここは言っておこう。
「あのー。今の時期は魚は釣りにくいと思いますよ?」
「あぁん?そうなんか、恭子?」
「私が知るわけ無いでしょ?」
少女、というより雰囲気は同年代っぽい女の子二人が振り返る。
「お兄さん、ありがとう…な?あれ?」
「え?」
「どうしたん?」
「お前……どこかで?」
「ひ、洋榎か……?その目と髪型……まったく変わってない、けど……」
「失礼な!?うちのこの溢れだす大人の女性の匂いがわからんとは、ほんま悲しいわ」
「いや、悪い。でも、本当に洋榎か?」
「なにわのアイドルこと、愛宕洋榎はうちのことや!!」
「…………」
「…………」
「……ばか」
「ばかとはなんや、ばかとは!?」
「なんかよくわからへんけど、私は帰るから」
「え?ちょいまち!!あぁ行ってもうた」
「なんか、邪魔したか?」
「ところで、お前誰や!!」
ウルトラマンの臨戦態勢のごとく腕をこちらに向ける。
「えーと、一場駆です。幼稚園と小学低学年まで一緒に遊んでた、駆です」
「あー、あー!!!お前、駆か!?おお、懐かしいな!!」
「邪魔したか?」
洋榎はそそくさと道具を片付ける。
「邪魔というわけではないんやけど……」
片付け終えた洋榎は立ち上がる。
「じゃあ、恭子追いかけなあかんから、またいつか!!」
慌てて、まるで僕から逃げるように走って行く。
「嫌われた?いや、僕とわかった瞬間喜んでたような……。嫌わてたのか……はぁ……」
なんだか一気に脱力する。
なんだろうか、この気持ち。
心臓は落ち着いているのに、胸が一瞬締め付けられたかのような、気がする。
同時に懐かしさも湧いてくる。
あいつ、変わってないな。
そんな感想しか思い浮かばないけど、さっきの締め付けが嘘のように、なんだか嬉しくなる。
◆
──洋榎side
「恭子!!」
「うん?謎の男の子との再会は終わったの?」
「いや、あいつは昔遊んでいた近所の少し仲良かった子供というだけでな」
「それって、幼なじみって言うんじゃない?」
「ま、まぁ、そうとも言う、かもしれへんな」
「なんでそんな隠そうとするん?」
「隠そうとしてへん!!」
恭子の視線が洋榎に鋭く刺さる。
「でも、久しぶりに会ったの?」
「あぁ、うん。小学生低学年くらいに別れたなー。親の仕事関係で東京に行くとか……?」
「へー、じゃあ帰ってきたということなんだ。いつ?」
「知らん。うちも今日久しぶりに会ったねん。うーん、うちの記憶が正しければ、ここらへんあいつの祖父母の家があった気がする……」
「あんたたち、相当仲良かったのね。絹恵は知ってるの?」
「うーん、一緒に遊んでた記憶があるな……。まぁ、絹が覚えているかはわからへんけど」
「私がいない間どんな話してたの?」
「なんも話してへん。その……」
「恥ずかしかった、とか?久しぶりに会ってどんな話していいのか、とか?」
「うちはそんな初じゃないわ。いや、後半は合ってるかもしれへんけど……。今更会っても、なんて話せばいいかわからへん。特に話したいこともないというか……」
「そっか」
「うん」
「なかなか乙女な発言やな」
「なんやと!?」
「なに、そのウルトラマンの臨戦態勢みたいな格好」