恋より   作:わか

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とある事情で祖父母の家に住むことになった主人公。次期に始まる新学期前に、一人の少女と久しぶりの再会を果たす(あらすじ)



プロローグ

走っている、髪をなびかせ、ただ、走る。

 

気づけば、大観衆の中、声援浴び、他のレーンの選手と競い合っている。

誰よりも速く、もっと速く。

僕は肺に酸素を送り込み、脚の筋肉を精一杯使い、もっと前へと進もうとする。

左右の選手との差が広がっていく。

 

僕は走っている。

 

走る喜びを噛み締めながら、ゴール目前で横からトラックが突っ込んでくる。

 

誰かが僕を押す。

しかし、弾いた先にも車が走ってくる。

 

僕はそれに弾き飛ばされる。

 

とっさに頭をかばい、道路に転がる。

 

意識が朦朧とする。

 

さっきまで競技場で走っていた僕は、今道路で倒れこんでいる。

全身が軋む、関節という関節から悲鳴が聞こえる。

 

痛い。

痛い。

 

腕に力を入れ、立ち上がろうとするが、力が入らない。

 

脚を触る。

 

え?

 

どこにそんな力があったのか、腕に力を込め脚を見る。

 

脚が……ない?

 

 

「うわあああああああああああああああああ」

 

僕は、全身をバネに身体を起こし、布団をめくり脚を確認する。

 

「ある」

 

全身が脱力するのがわかる。

何やってんだ。

 

脱力すると同時に、もう一度布団に沈み込む。

 

「夢かよ……」

 

時計を確認すると、六時半。

今は春休み、起きるのには早過ぎる。

 

再び眠りにつこうと、瞼を閉じ、布団を肩まで掛け眠る。

眠る。

早く。

眠れ!!

 

…………。

 

「くそ、眠れない」

 

あんな夢を見たせいか、眠気は一向にやって来ず。

むしろ冴える一方だ。

 

「はぁ……」

 

ため息しか出ない。

もう昔のことなのに、今も思い出す。

一生この罪を背負っていかなければいけない。

 

あのころは子供だった。では済まない。

ちょっと走るのが速かっただけで、勘違いしてたんだ。

僕には才能がある。

 

そんな根拠のない自信を持ちながら成長してしまった結果、僕は……。

 

僕に勘違いさせるような才能がなければよかったのに。

布団から出て着替える。

もう春だっていうのに、少し肌寒い。

 

トイレを済ませ、居間に行く。

 

居間からテレビ音が聞こえる。

 

「ばあちゃん、おはよう。早いね」

 

「おはよう。駆が遅いだけで、私達はいつもこんなもんだよ」

 

老人の朝は早いということか……。

いや、老人とか関係なく、家が農家だからか?

 

「じいちゃんは畑?」

 

「そうやね、まだ帰ってきてないみたいやね」

 

「そっか。ちょっと手伝ってくるよ。せっかく早く起きたんだし」

 

「おお、そうかい。おじいさんも喜ぶよ」

 

顔を洗い、寝ぐせを直し、動きやすい服装に再び着替える。

 

畑はすぐ近くだ。

 

 

「いた」

 

趣味の畑だ、というじいちゃんだが、それなりに広さがある畑である。

様々な野菜を作っている。

今は3月だから、ほとんど休業状態だ。

 

じいちゃんの年齢的に春野菜を作れるほど体力はない。

だが、じいちゃんは体力はある、大丈夫なんて言うけど、さすがに年だ。

元々は米農家だったけど、今はやりたかったという野菜を作っている。

そして、今まで使ってた土地は息子、おじさんに渡し続けている。

 

「じいちゃん、おはよう」

 

「おお、駆。早いな」

 

「手伝うよ。何してたの?」

 

「ただ、畑を見てただけじゃよ。落ち着くんじゃ、畑を見るだけで。引退した後は、もう畑に行かないなんて思ったものだがのう」

 

「そっか」

 

「駆、お前の分の畑は残してあるからのう、決心がついたら言っておくれ。いつでも、直人に言っておこう。いつか、二人で米を作れるように」

 

「僕にできるかわからないのに、気が早いよ」

 

「そうかのう」

 

「もう終わった?帰ろう」

 

 

ご飯を食べ終えて、少し外に出る。

 

4月の風が肌を撫で、川辺の木々が色づき始めている。

この川辺は下流途中まで桜が続いている。

 

自転車を引っ張りだしてくる。

 

「ばあちゃん!!ちょっとサイクリングしてくる!!」

 

ばあちゃんに聞こえてるか怪しいけど、まぁ大丈夫だろう。

 

川の流れる音を聞きながら、木漏れ日の中を走る。

時々、散歩してる人やランニングをしている人とすれ違う。

 

何分経っただろうか?そんなに経った気はしないが、住宅が増えていく。

マンションとかも見えてくる。

 

意識をそっちに持ってかれていると、川辺から何か叫び声が聞こえる。

 

「~~~~釣れへん!!」

 

釣れない?

 

「恭子!!~~~たか!?」

 

きょうこ?

 

僕は自転車を止め、川へと降りる。

 

「なんで、私が付き合わなくちゃ……」

 

「無性に魚が釣りたいねん!!」

 

「なんでよ……」

 

初対面の人に言ってもいいのか悩むが、ここは言っておこう。

 

「あのー。今の時期は魚は釣りにくいと思いますよ?」

 

「あぁん?そうなんか、恭子?」

 

「私が知るわけ無いでしょ?」

 

少女、というより雰囲気は同年代っぽい女の子二人が振り返る。

 

「お兄さん、ありがとう…な?あれ?」

 

「え?」

 

「どうしたん?」

 

「お前……どこかで?」

 

「ひ、洋榎か……?その目と髪型……まったく変わってない、けど……」

 

「失礼な!?うちのこの溢れだす大人の女性の匂いがわからんとは、ほんま悲しいわ」

 

「いや、悪い。でも、本当に洋榎か?」

 

「なにわのアイドルこと、愛宕洋榎はうちのことや!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ばか」

 

「ばかとはなんや、ばかとは!?」

 

「なんかよくわからへんけど、私は帰るから」

 

「え?ちょいまち!!あぁ行ってもうた」

 

「なんか、邪魔したか?」

 

「ところで、お前誰や!!」

 

ウルトラマンの臨戦態勢のごとく腕をこちらに向ける。

 

「えーと、一場駆です。幼稚園と小学低学年まで一緒に遊んでた、駆です」

 

「あー、あー!!!お前、駆か!?おお、懐かしいな!!」

 

「邪魔したか?」

 

洋榎はそそくさと道具を片付ける。

 

「邪魔というわけではないんやけど……」

 

片付け終えた洋榎は立ち上がる。

 

「じゃあ、恭子追いかけなあかんから、またいつか!!」

 

慌てて、まるで僕から逃げるように走って行く。

 

「嫌われた?いや、僕とわかった瞬間喜んでたような……。嫌わてたのか……はぁ……」

 

なんだか一気に脱力する。

なんだろうか、この気持ち。

 

心臓は落ち着いているのに、胸が一瞬締め付けられたかのような、気がする。

同時に懐かしさも湧いてくる。

 

あいつ、変わってないな。

そんな感想しか思い浮かばないけど、さっきの締め付けが嘘のように、なんだか嬉しくなる。

 

 

──洋榎side

 

 

「恭子!!」

 

「うん?謎の男の子との再会は終わったの?」

 

「いや、あいつは昔遊んでいた近所の少し仲良かった子供というだけでな」

 

「それって、幼なじみって言うんじゃない?」

 

「ま、まぁ、そうとも言う、かもしれへんな」

 

「なんでそんな隠そうとするん?」

 

「隠そうとしてへん!!」

 

恭子の視線が洋榎に鋭く刺さる。

 

「でも、久しぶりに会ったの?」

 

「あぁ、うん。小学生低学年くらいに別れたなー。親の仕事関係で東京に行くとか……?」

 

「へー、じゃあ帰ってきたということなんだ。いつ?」

 

「知らん。うちも今日久しぶりに会ったねん。うーん、うちの記憶が正しければ、ここらへんあいつの祖父母の家があった気がする……」

 

「あんたたち、相当仲良かったのね。絹恵は知ってるの?」

 

「うーん、一緒に遊んでた記憶があるな……。まぁ、絹が覚えているかはわからへんけど」

 

「私がいない間どんな話してたの?」

 

「なんも話してへん。その……」

 

「恥ずかしかった、とか?久しぶりに会ってどんな話していいのか、とか?」

 

「うちはそんな初じゃないわ。いや、後半は合ってるかもしれへんけど……。今更会っても、なんて話せばいいかわからへん。特に話したいこともないというか……」

 

「そっか」

 

「うん」

 

「なかなか乙女な発言やな」

 

「なんやと!?」

 

「なに、そのウルトラマンの臨戦態勢みたいな格好」

 


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