とりあえず第二章終わりの目安をつけました。
それに伴って前哨戦二話、中盤戦三話、残りラストを後半戦としたいと思います。
物語に変更はございませんので題名だけ変わったと思ってもらえれば。
では、どうぞ。
14
五〇近い連装砲ちゃんの面々は敵一艦にあたり、五機で対応するリンチ戦法によって着実に志島鎮守府内の深海棲艦を処理していた。
爆音、爆風、戦いの余波を極力抑えた、正に殺すためだけに特化させた戦法は見事としか言えないほど上手くパターンにはまり、未だこちら側に犠牲者はいない。
同じスペックどころか、むしろ劣っているにも関わらず、圧倒的な物量と統率によって荒れ狂う深海棲艦を薙ぎ払って蹂躙を続ける連装砲達。銃器が鳴り響く音だけが続き、断末魔の叫び声と金属の音が炸裂している。
離れた所から見ると、それは酷く
その様子を駆逐艦、電は半ば泣きそうな顔で見ていた。
「おっそーい、なんて言いたくないくらいガチ過ぎません?」
島風もまた、魔改造された自らの連装砲ちゃんにドン引きする。が、紛れもなくあれは自らの連装砲ちゃんなのだ。あまり見たくない光景だとはいえ、目を背けるわけにはいかない。
普段から沈めることには慣れていたせいか、少しの嫌悪感はあれどそれ以上のものも無かった。
が、電にとってはその感情が無かったことが悲しいらしい。
「ごめ、……ゴメンなさい」
ポロポロと涙が溢れていた。
何度も何度も。凄惨な殺し方をして、嫌悪感を感じてしまっていることからか。
しかし目は背けずに、謝罪の言葉を述べていた。
「…………、」
島風は黙り込んで、電の顔を見る。
そして自分の行動を
自分は今、流れ作業のように。自らの手を下すことなく敵を沈めている。何もせずにだ。
果たしてそれは良いことなのか?
戦場において、殺さなければ死ぬのは自分だ。
だが、電のようにそれ以外の可能性を探ろうとする艦娘を見ると、どうも自分の行動が間違っているようにも思える。
艦娘として、深海棲艦を沈めることは
だが、
『ふざけてんじゃねぇよ……』
頭に浮かぶのは、この神無鎮守府で初めて『彼』が怒った時の言葉。大本営から届いた命令書を握りしめる姿を、実は島風は見ていたのだ。
島風と電だけで志島鎮守府を奪還せよ、と言われた時のその言葉を思い出すたびに、何故か胸が痛くなる。
心が、痛くなってしまう。
『なんで……なんであの二人を巻き込まなきゃなんねーんだよ』
提督になったばかりの、本部から天才と謳われていた少年。
『誰一人だって、犠牲になんかさせないッ!!』
別に、彼の言うことは美しいとは思わない。
思想なんて人の数だけあるし、島風からすればあの時彼が叫んでいたことは綺麗事だった。
しかし。
以前の『提督』よりはきっと、ずっとマシなのかもしれないと島風は思う。
元はただの一般人のくせに、艦娘を守るためにわざわざ提督になったと聞いたあの少年は、きっと提督としての任務や国を守るための『選ばれた人間』として当たり前のように君臨する者よりは、遥かに。
前の提督に教わった冷徹な指揮を取りながら、島風は思い切り奥歯を噛みしめる。
(……司令官、私はーーーー)
この変化をどう判断すれば良いのだろうか?
「行間」
救難信号ならとっくに出されていた。
しかし、その信号は大本営に届くことはなかった。別に、信号に破損がある訳ではない。目的地まであまりにも距離があり、そして乗り物が調達できないという訳でもない。
彼らが動かないのは、その情報自体が届かなかったからだった。
「……思ったよりも早かった、か」
海の上で、セグウェイ型の機械に乗った人間が呟いた。
その顔は楽しげだ。周りには一〇人の艦娘達が、命を待つようにして、ぐるりと囲んでいる。
「提督、『彼』はどのように?」
青みがかった
二航戦、
「志島鎮守府あたりに置いておけば良いよ。敵艦はある程度殲滅したし」
提督、と呼ばれた人間はカラカラと笑う。
蒼龍はそうですか、と話を切った。
「待ってよ。焦らないで欲しいね。むしろ本題はこれからなんだから」
そう言って、提督は周りの艦娘らに告げる。
「これから面白いことをするよ、あの
15
九条日向のまぶたが動いた。
それは自分の意思で動かしているとは思えないほど小さなものだ。ただゆっくりと、ゆっくりとまぶたが開く。それでいて、数秒はボヤけた視界が目に映っていた。遠近が上手く捉えられていないのか、しかし数秒でようやくピントがカチリとはまりこんだ。
病室のような、部屋だった。
(……ここ、は……)
ここがどこなのか、九条には分からなかった。あるいは見覚えがあっても、その情報を脳内の情報と照らし合わせられなかったのかもしれない。目に映った光景よりも、鼻で嗅いだ薄い硝煙と消毒用のアルコールが混ざったような匂いの方が早く理解出来た。
(確か……撃たれて……どうなった、んだ?)
胸や背中に包帯が巻かれている感触があった。おそらく何者かが治療してくれたのだろう。
部屋の照明は落とされていたが、誰かの気配があった。布団の腹のあたりに、腕のような何かに触れられているのを感じる。目だけを動かしてそちらを見ると、電の姿があった。
泣き疲れて眠ったような、そんな表情を浮かべていた。
その事に九条はほんの少し罪悪感を覚えたが、
(……、ぁ)
どこかボンヤリとしていた頭が覚醒した。
意識が活性化し、血液が全身に巡っているのが分かる。
志島鎮守府の奪還。
戦艦棲姫。
九条は空中に放られて銃器で打たれた時に意識を失ったが、まだ作戦は継続中のはずだ。そうでなければ困る。もちろん、『無事に作戦が終わった』可能性もゼロではないが、しかしそのビジョンは思い浮かばない。戦艦棲姫は正真正銘の化け物だ。戦争経験のない……いや、戦争経験があったとしても立ち向かってどうにかなる訳ではないのが九条には分かっていた。
電が生きている事は確認した。
だが、島風はどうだ?
それに氷桜の無事も分からない。
ベッドから身体だけ起き上がった九条は、頷いた。
自分に寄り添うように眠っている電をもう一度見て、九条は立ち上がる。
(……ゴメン、電ちゃん。でも今は、島風ちゃんを。それとこの戦いでやらなきゃならない事があるから)
痛む身体を引きずりながら九条が病室らしき部屋を後にしようとして、
「はい、怪我人は寝てください。起きるにははっやーい」
凄い作り笑顔の島風に止められた。
「……は?」
「いや、だから起き上がるには早いって」
ギクリと身体を凍りつかせた九条が変な声を出すと、怪訝そうな顔つきで島風が言った。
いや、問題はそこではない。
「え? は? まさか無事に作戦成功した、の?」
「寝ぼけてんですか? 当たり前です、あれだけ戦力揃えてるんですし」
目を何度も見開きする九条に対し、島風はどこ吹く風である。当たり前、と言い切ってから彼女は九条に質問した。
「それよりも、何があったんですか? 海岸に流れ着いてたし、身体中傷だらけじゃないですか」
「傷だらけ……? ぁ、そう言えば銃弾の雨に打たれて…………!?」
島風の言葉で思い出した。
そうだ。
自分は降り注ぐ銃器の弾幕を身体全体で受けたはずなのだ。つまり、死んでいなくてはおかしい。
なのに何故自分は生きて、ましてや動けているのか。
普通なら真っ先に思い浮かぶ疑問だが、何しろ命がけのシチュエーションだったのだ。さらに起き立ての頭では混乱していてもおかしくはない。が、そこでようやく九条は気づいた。
「んぎゃああああっ!?」
突然、弾かれたように浮かび上がった激痛に九条は飛び跳ねた。そして着地、した瞬間に全身が痺れたような痛みがはしる。
突然の奇行に驚いたらしい島風が慌てて、
「おぅっ!? 司令官、無理は良くないですッ! だから早いって言ったじゃないですか!?」
「おごっ、おごごごごごごっ!? い、今まで感じたことのない全身の筋肉痛的な何かがーッ!?」
たまらず叫んだ九条を島風が支える。そんなバタバタと煩くしてしまったからだろうか。うぅ、という声がベッドの方から聞こえてきた。
顔だけ動かしてそちらを見る。
「……、ぁ」
目をこすって眠そうな声を上げて、電がこちらへ顔を向けていた。九条の顔まで目が動いたとき、彼女は覚醒したらしい。
ッ! と声にならない声を上げて、次の瞬間には九条の懐に飛び込んできていた。
「司令官さんっ!!」
「ぃゃ待て電ちゃん今はうぎゃあああああっ!?」
現場は
「……で、結局何があったんだ?」
あの騒ぎから二〇分、ようやく落ち着いた九条はベッドの上から二人に尋ねた。
「何があったも何も、普通に全滅させて終わりです。あとは周辺の哨戒と残党の処理をしていましたが、それらにも問題はありません。むしろ問題なのは司令官です」
「島風ちゃんの言う通りなのです。さぁ司令官さん、吐いてください。何があったのですか? 妖精さん達の説明は受けましたが、よく分からなかったのです」
「ぃゃ、その前に今日はいつだよ。同日なのか?」
「残念、翌日です。本部へは私が連絡しておきました。司令官が起きるのが遅かったので」
色々と聞きたいことがあったが、二人の剣幕が物凄い。とりあえず翌日であることは分かったのだが、いかんせん外は暗いのでそんなに時間が経過したようにも思えない。
というか海岸に流れ着いていたとのことだが、あの状況でどうやって自分は助かったのだろう、と九条は考えてみる。
(……つーか、吐けって言われても。船を駄目にしたことをあんま口に出したくないんだけど)
怒られそうだ。
というか最新型の船なんて、それこそ数百万じゃ済まないだろう。鎮守府への侵入という罪に加えて、器物破損(最新型の船)が増えたことに軽く絶望感すら感じた。
もう、一生鎮守府でただ働きをしなければいけないんじゃないだろうか?
(い、いやまさか……。でも完全に壊されてたし)
自分の身体の怪我よりもそちらが気になってしまう。
と、そのときカラン、と何かが地面に落ちた。
「ん?」
ベッドのふちに当たって地面に落ちた何かを拾い上げようとして、先に電が拾い上げた。
「はい、落としたのです」
「うん、ありがとう電ちゃん」
受け取って何を落としたのかを確認する。ヒビが入った『ソレ』は、触れるたびにボロボロと崩れていた。
ーーーー勾玉。
(……ぁ、そう言えば)
それを見て、九条は思い出した。
この鎮守府に来て、間もない頃。無人島と言われていたこの島に似合わない古ぼけた神社があったことを。
その中で黒髪の女性と出会ったことを。
(ーーーーあの時の、か)
首からかけるタイプの勾玉の中心に弾丸のカケラが突き刺さっていた。そこからヒビが広がっている。
初めてもらった時は淡い蒼色を放っていた勾玉にはもはや光は存在しない。それどころか、何百年も昔の遺物であるかのような風化を感じさせた。
「勾玉、ですか?」
「あ、あぁ」
あれ、こんなに古かったっけ? と首をかしげる九条が持つ勾玉を見て島風が問いかけた。
「うわ……凄いのです。これ、多分私達が船だった頃。それよりも昔に作られたものなのです」
「そうですね、見た感じ突き刺さった破片は昨日のものと見た方が良さそうです……」
昨日のことを思い出したのか。苦虫を噛み潰したような顔をする島風。電も複雑そうな顔を浮かべていた。
「…………、」
黙り込んだ九条はそっと勾玉を撫でてみた。
つい昨日まで保っていた新品さはない。代わりにあるのはザラザラとした感触だった。
『海での危険を一度だけ無くせるわ』
あの言葉を思い出すなら、あの銃撃の雨を防いでくれたと言うのだろうか。
本当に効果があるのかは分からないが、まるで役目を終えたかのように勾玉は風化してしまっている。
ジッと勾玉を見つめていると、少女達がそれぞれぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。九条はわずかに目を細める。
神様が身近にいるとは思えない。
だが。
電、島風、鎮守府に残してきた彼女達ーーーーこういった人達と再び出会わせてくれる機会を作らせてくれたのが勾玉をくれた女性のおかげだというのなら、九条は素直に神様に感謝しようと思う。
そして。
生かしてもらえた幸運を、二度と失わないように守る。
何があっても。
勾玉をくれた彼女からのチャンスを活かしてみせる。
「……? どうしたのですか、司令官さん。真剣な表情で」
「きっとアレでしょう。勾玉に何かしらの思い出があったんじゃないですか? ほら、勾玉をギュッと握ってますし」
ある意味な、と九条は少しズレた島風の言に頷いた。
とにかくにも生き残ったのだ。
もう一度、
やっと二日終わった(九条君が寝てたおかげ)。