とある提督の日記   作:Yuupon

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遅くなってすみません。
リアルが忙しかったのと暇つぶしで書いた話が意外に伸びたのと、……色々な批判を受け止めたりと。
ちょっと暫く筆をとってなかった事でストーリーを一部忘れたりと色々ありかなり時間がかかりました。
というか前話を見直して最後が酷い、と感じて恥ずかしくなったのですが(黒歴史確定ですね)
まぁともかく中盤戦をどうぞ。

(……次で二章を終われるかなぁ?)

追記、

結論、終われませんでした。
中盤戦から前哨戦に題名を変更いたしました。


21 前哨戦(三人称)②

 5

 

 

 同日、☆月J日。

 横須賀提督こと、橘冬夜(たちばなとうや)は資料の山を処理していた。

 神無鎮守府。九条日向との連絡を終えた彼は自分に与えられた任務を考える。

 

(……なんで元帥は俺に武蔵野提督を調べろって言ったんだ? 非常事態……それも俺が主力として指揮しなきゃなんねー時に)

 

 そこが冬夜提督にとって不思議だった。

 何故、この時に武蔵野提督を調べる必要があるのかが。

 確かに、幾つか疑いたくなる部分はある。あまり積極的に動いて居ないにも関わらず、なぜか多くの情報を持っていること。それも深海棲艦と内通していてもおかしくないような量。そして九条に対する理不尽な命令書を元帥が認めた事も。

 

(何かおかしい……九条にしたってあのふざけた命令書に驚きはすれど淡々と答えたのだってそうだ。いや、アイツにとっちゃコレだって出来る範囲の事なのかもしれねーが、それにしたって要は死ね、と言っているような内容だぞ?)

 

 つい最近配属された新人提督。いや、天才を思い出す。相手が元帥だとしても敵だと認識すれば不遜で、それでいて俺達の誰にも出来ないような事を平然とやってのけたあの男。

 彼ならばきっとやり遂げるのだろう。しかし、それにしたってもう少し驚いたりするものじゃないだろうか?

 

(まぁ九条の事はいい。それよりも問題は武蔵野提督だ。今回の戦艦棲姫の侵攻……今一番怪しいのがあの人だからな)

 

 だが、あくまで容疑者。に留まるが。

 と、

 

「……、あー、一旦打ち切るか。考えなんて性に合わねぇ。動いて探るか」

 

 冬夜提督は立ち上がった。そのまま部屋を後にする。

 欲しいのは情報だ。疑わしいなら調べれば良い。簡単な話だった。

 

「まー、武蔵野大将が裏切りなんて真似するとは思えねーが。まずはあのふざけた命令書の真偽でも調べるとしますかね」

 

 そう呟いて、冬夜提督は唐突に振り返る。

 

「……で、何の用ですか? 理沙提督センパイ」

 

 廊下。誰も居ない方向へと冬夜提督は振り返らずに言った。

 廊下の角からその女は姿を見せる。そして冬夜提督の隣まで歩き肩に手を置いて、言った。

 

「おいおい。まさか私をおいて行く、なんて言わねーよな。生憎(あいにく)だがあのおっさんには借りがあるからな、付き合わせろよ冬夜」

「どうせダメって言っても着いてくるんでしょう?」

「当たり前だぜ。よく分かってるじゃないか、冬夜」

「……せめて離れないようにしてくださいよ?」

 

 桐谷理沙(きりやりさ)。金髪の女は無言で若干面倒にそうに、それでも肯定の意を示す。

 冬夜提督よりも頭一つ分身長が低い彼女は背中まである金髪を三つ編みにまとめ、白い海軍服を真っ黒に染めた(改造した)服を羽織り、楽しげな表情で冬夜提督の横を歩き、呟いた。

 

「さぁて、楽しい楽しい調べ物の時間だぜ」

 

 

 

 冬夜提督達は外へ出た。

 堤防の方を見ると、海軍船と思わしき船が慌ただしく入港と出航を繰り返している。

 志島鎮守府が落ちた影響だろうか? と考えつつ、海岸線に沿って歩いていた。

 その時だった。

 

(……あれ? なんだあの船)

 

 見知らぬ船があった。少なくとも横須賀鎮守府のものではない。目を凝らしてじーっと見てみると元帥のマークが描かれていることに気付く。

 

(あの船……元帥の?)

 

「あの、すみません」

「? はい、なんでしょう」

 

 近寄って、船に何かを運ぶ人に尋ねる。

 

「この船には何を積んでいるのでしょうか?」

「えっと、許可の無い方は……」

「失礼、私は横須賀鎮守府提督をしている橘冬夜(たちばなとうや)と申します」

「あぁ、ここの鎮守府の方でしたか。成る程、納得です」

 

 証明書を出すとその男はあぁ、と頷いた。

 冬夜提督が彼に再度何を輸送しているのかについて尋ねると、男は一枚の紙を取り出した。

 

「こちらに書かれているものです。艦娘の装備だと聞いております」

 

 冬夜提督は男が持っている艦娘の装備のデータ用紙を眺め、その先を追った。書かれている装備は全て同一の名前だった。

 

(……? 装備が全て同じ。どういう事だ?)

 

 別に、同じ装備だけをまとめて輸送するのは不思議な事ではない。ストックの問題もあるだろうし、その装備を使う艦娘が大勢いれば、キッチリと使用されるからだ。

 気になるのはそこではない。

 書かれていた装備名。

 それが明らかに不自然だった。

 

(……連装砲ちゃん? 島風が使用するものだったか)

 

 島風しか使用しない連装砲。それがひいふうみい、合計五十近く。一人の艦娘しか使用しない装備を五十も。

 どう考えても不自然な書類に、冬夜提督が首を捻っていると理沙提督がズカズカと船の中へと歩いて行った。

 

「あ! ちょっと待ってください理沙先輩」

「待たない。目の前に怪しいものがあるのに調べないなんてもってのほかだ」

 

 制止したが、理沙提督はそのまま船内に積まれた装備を一つ一つ確認しに行ってしまった。

 どっちにしろするつもりではあったが、こう自由に動かれるとやりにくい。しかし、役割分担と飲み込んで冬夜提督は男に質問を投げかける。

 

「そう言えば、輸送先は何処なんですか?」

「えぇと、神無鎮守府、と聞きましたよ」

「ふむ……」

 

 男は思い出すような素振りを見せたのちに答えた。

 その言葉が間違っていなければこの大量の装備の輸送先は九条提督の鎮守府になる。

 しかし、彼の下にいる島風は一人だった筈だ。

 まさかまた、何かの作戦を思いついてこんな事をしだしたのだろうか?

 

「その装備を注文したのは誰か分かりますか?」

 

 冬夜提督がそう尋ねると、男は頷いて、

 

「誰も何も元帥ですよ。そもそもマークを見れば分かると思いますが」

「それは、元帥が神無鎮守府に送るように電話された、と?」

「えぇ。急ぎで、と仰られていました」

 

 疑念が深まった。

 元帥の行動、武蔵野提督の行動。そして神無鎮守府への連装砲ちゃんの輸送。

 全く話が繋がらないのだ。

 

 元々、冬夜提督に与えられた仕事は武蔵野提督の監視兼、戦艦棲姫部隊の撃破。そして氷桜提督の捜索と発見だ。

 主に戦艦棲姫部隊を撃破するのは神無鎮守府の九条の仕事だが、それにしたって命令がおかしい。

 

 駆逐艦二隻での戦艦棲姫部隊を攻略。本来ならば物量で潰すべきなのにそれをしない。

 氷桜提督の捜索だって今すぐにでも始めなければならないのに、海軍の初動が遅い。

 更に追い討ちを掛けるように武蔵野提督の不審な情報所得と元帥の動き。

 

 何か、何かが、自分の知り得ない場所で動いているような気がする。

 

(そもそも考えてみればおかしい事ばかりじゃねーか。まず、なんで元帥は今回の件の決定権を持たないんだ? 鎮守府が落とされ、今尚周辺の鎮守府に危機が迫っているこの現状、どう考えても海軍自体が積極的に動きべきだろう。それなのに何故決定権を持つのが、『元帥』ではなく『大将』なんだ? まさかこんな時にまで九条を引き摺り下ろすなんて馬鹿な真似はしてるとか? いや、そもそもあの人だって大将という役割がある。考える力はあるし、実力だって……)

 

 確かに九条の能力は常軌を逸しているくらいの勢いで高いと言える。九条が提督になった時、武蔵野提督はそれを良しとしていなかったが、それだって気に食わないから(、、、、、、、、)なんて馬鹿みたいな理由じゃない。

 武蔵野提督は武蔵野提督なりに九条が提督になった時のリスクを考えたはずなのだから。

 

(命令書もおかしい。俺に渡されたのはあくまで『支援』で、主となって戦えと言われたわけじゃない。九条が駆逐艦二隻で志島鎮守府を奪い返してから、俺たちが支援として周りの艦の撃破にあたる。でも、その過程がおかしい。確かに九条には実力はある。ハッキリ言えば俺なんて足元にも及ばないような『才能』が、だ。だけど、それがなんで駆逐艦二隻で挑ませる(、、、、、、、、、、、、、)なんて事に繋がるんだ? 上層部は何を考えてーーー

 

「冬夜!」

 

 不意に横合いから声を掛けられた。思考を一時中断してそちらを見ると、真剣な表情の理沙提督の姿。

 少し驚いたが、直ぐに平静を取り戻した冬夜提督は尋ねる。

 

「どうしたんですか?」

「中身全部報告書通りだった、……でも、なんかおかしい」

「おかしい?」

 

 冬夜提督は船内に視線を向けて、どこかおかしいかちょっと考えてみる。

 だが、特におかしいと思える部分は見当たらなかった。

 

「何かおかしい部分がありましたか?」

「……あぁ。なぁ冬夜、連装砲ちゃんって確か自立型の武装だよな。大体触ったら動くと思うんだけどどこか違うか?」

「いえ、少なくとも今まで見た連装砲ちゃんは大抵そうでしたよ?」

 

 イマイチ質問の意図が分からない。そんなの提督業に関わっている人なら誰だって知っている常識じゃないか、と冬夜提督は呟いて

 

 

 気づいた。

 

 そう言えば、輸送中とはいえ連装砲ちゃんがなんの反応もしていない事に。

 理沙提督が調べた時、連装砲ちゃんを触って調べていたりしたが動く様子なんて無かったし、ましてや自立している様子なんてない。

 自立型、という自分の意思で動ける武装なのに。

 

 駆逐艦島風が操る事も可能だが、基本的には連装砲ちゃんは自立式の武装だった。それなのに、船内の連装砲ちゃんは動かない。

 だが、それでもスリープモードだから、とか燃料が入っていないからと言い訳も出来る。しかし、今回のはそれと比べても明らかにおかしい。

 

 『輸送される武装には燃料を入れる』。特に今から戦争をおっ始めようなんて時に燃料を入れずに輸送するなんてあり得ない。

 神無鎮守府など、今まさに戦争から最も近い位置に存在する鎮守府なのだ。燃料くらい当然として用意して、入れておくのが普通。それなのに燃料が入れられていないなんてあり得ない(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。つまりこの連装砲ちゃんには燃料が入っているはずなのだ。

 スリープモードにしたって解除方法くらい理解している。理沙提督がそれをしなかったとは思えない。

 

 そして、自立。

 自立式という事は、自分の意思で動く事が可能な武装ということだ。

 動きや思考が大雑把だからか、半自立のように扱われている為に戦いには使われていないが、この武装は自分で動く事が出来る(、、、、、、、、)

 

 そう言えば最近では島風の遠隔操作による連装砲ちゃんの操作を真似た、人間による自立式武装の操作なんて実験も行われていたような覚えもあるが、それ自体は余程の事が無ければ『人間』には不可能だと言われていた。

 その理由は高度な操作技術、そして『連装砲ちゃん』自体に主と認められない限り外部からの操作を武装自体が受け付けない(、、、、、、、、、、、)から。

 

「……、」

 

 もし、この武装を依頼したのが九条なら。この大量の連装砲ちゃんをどう使うのか。

 想像するしかないが、まさか九条には不可能と言われた連装砲ちゃんの操作が可能だとでも言うのだろうか。

 

 もしくは、元帥が九条に送り付ける予定のものだとしても元帥は九条に何をやらせるつもりなのか。

 

 理解不能(分からない)

 

 提督でーーーーいや、おそらく全人類の中で最強の頭脳を持つと思われる二人の考えが理解出来ない。

 何を考えて自分にこんな命令を下したのか。電話口であの無茶な命令を受けてなお飄々と答えていた九条の目には何が見えているのか。

 分かるのは一つの事実。

 どう足掻いても頭脳で二人を理解するのは不可能だという事実。

 だからこそ、冬夜提督は理解した。

 ようやく、彼は動き出した。

 

 

 6

 

 

 九条日向(くじょうひなた)は武器を作成するドックに居た。

 ここは妖精さん達の仕事場で、建築もさる事ながら開発までなんでもござれの物理法則とか常識とかを色々と吹っ飛ばしてしまうそんな異世界とも呼ぶべき場所だった。

 

「だから、万が一の時に怪我を防止出来るような。そんな装備が欲しいんだよ。何つーのかな、せかい○ゅの葉とかリザ○クションのアレとかみたいなの。妖精さんなら何とか作れない?」

 

 そんな仕事場で、九条は何とか想像を実現出来ないか『真剣』に語りかけていた。

 九条の目の前には大工さんのようにハチマキをした妖精さんなる不思議生物が確かにいた。人間のような姿だが明らかにアニメのキャラクターのようなのっぺりとした妖精さんがいた。

 そんな不思議生物ならば、ゲームのような死んでも大丈夫な道具が作れるのではないか、と九条は思っていたのだが。

 

 『突然来て何無茶言ってんすか旦那』と、言いたげな表情で妖精さんは九条を見つめている。その周りには失敗作なのか幾つものペンギンさんやらなんやらが散乱していた。

 

「きあいのハ○マキとかフェ○ックスの涙みたいな回復もしくは耐えれるような装備。それが欲しいんです!」

 

 そう言いつつ視線を横へずらすと、別の妖精さんが『提督、妖精つっても無理はあるんすよ』とこちらを見つめている。

 九条自身真面目に考えての行動なのだが、いかんせん妖精さんからするとただ無茶言われているようにしか思えないらしい。

 

(……、そんな都合良くいくとは思ってなかったけどさ。駆逐艦だって百メートルはあるような船だろ? それを二十分で。ましてや高速ナントカみたいな道具を使えば一瞬でそんな船が作れるみたいだし。真面目に『俺の技術に常識は通用しねぇ』って言えるような技術を持つ不思議生物ならもしかしてって思ってもさぁ……)

 

 ガックリと、肩を落とした時に首からかけていて服の内側に入っていた勾玉が服の外に零れ落ちた。

 それは数日前に貰った『お守り』である。

 確か、女神みたいに綺麗なお姉さんから貰った。そう言えば俺達以外にもあの人もこの島に住んでたっけ、とふと数日前の出来事を思いだす。

 このゴタゴタが終わったら会いに行こうかな、そう考えて、

 

「……、どうした? 妖精さん」

 

 九条は服の端をグイグイと引っ張る妖精さんに尋ねた。キラリ、と。妖精さんの目が光っていて、何かとても興味深そうな表情を浮かべている。その視線の先は九条の勾玉へと向けられていて、いかにも私気になります! と言いたげにしていた。

 九条は少し考える。

 少しだけなら見せても問題無いか? お守りだし改造しないように頼めば良いよな。そう考えて九条は首から外した勾玉を妖精さんに手渡した。

 

「大事なものだから改造とかはしないでくれよ?」

 

 コクリと頷いた妖精さんは急いで調べるようにジックリと勾玉を観察し始める。と、そうしたかと思うと、数人の妖精さんがわらわらと集まってきた。皆、勾玉が気になっているようで何やら真剣そうな、それでいて面白そうな表情で嬉々として調べている。

 

「ははっ、そんなに気になるのか?」

 

 尋ねると、妖精さん達が同時に頷く。コクンコクン! と頭を上下させる様子が何処か小動物のようで可愛らしい。

 と、そのまま数分程ぶっ続けで調べていた妖精さん達が突然勾玉を九条に返した。何やらやる気に溢れた妖精さん達は九条に勾玉を返した後、そのまま凄まじい勢いで何かを作成し始める。

 

 何作ってんだろう? そんな疑問を覚えつつ、九条は出来たら知らせるように言うと、部屋の外へと足を向ける。

 今はとにかく時間が惜しかった。

 

 

 

 

 

 廊下に出た九条は何かを悩むような素振りを見せながら歩いていた。

 

(出撃まで後、数時間……か。どうするべきかねぇ)

 

 まだ、時間はあった。

 残された時間で出来ることをやろう、提督として当たり前のことだ。

 

 戦争に子供を巻き込むなんてことは、九条自身未だに認めたわけではない。

 巻き込まざるを得ないこの状況でもその考えは変わってはいない。

 

 先程の妖精さんへの依頼だって安全を確保する為の事だった。もしも、ダメージを受けても直ぐさま復活出来るような道具があれば。そうすれば戦場でもある程度の安全は確約出来る。

 

 だが、それは完全な戦争に突入してしまった場合の対策だが。

 

(戦争が嫌なら、どうすれば良いかなんて直ぐ分かるしな)

 

 どうすべきか。

 ーーそんなの決まっている。

 

(意味もない戦争なんて間違ってる。なら、止めちまえば良い。……話をすれば良いんだ。この考えが凄い馬鹿みたいな事で、愚かな事なんて分かってるけど、俺に出来るのはそれしかないもんな。俺が犠牲になる、なんて高尚な考えを持ち合わせているわけじゃないけど、話をするだけなら俺にだって出来るし)

 

 話を聞けば良い。

 相手だって何も考えずに戦争を起こすなんて事は無いだろう。絶対に何か理由があるのだ。

 

 それに深海棲姫だって言っていた。人類と深海棲艦の戦いだって元は人間が深海棲艦の住処である深海を荒らしたのが原因だと。

 このことから深海棲艦も知能を持つことは分かる。

 武蔵野提督の報告書にも話す艦が居るとも書いてあった覚えもある。

 それなら話を聞いて、誰が間違っているのか。それを判断してやればいい。

 人間が深海を荒らしたと言うのなら人間が深海棲艦に謝罪をすれば良いのだから。

 

「……、まぁ現実的じゃないのは分かってるけどさぁ」

 

 勿論、そんな簡単な話じゃないことなんて分かりきっている。

 そんな事も分からないほど九条は馬鹿ではない。だからこそ現在の状況が絶望的なのも分かる。だが、その絶望的な状況を変えなければ救えない。

 九条は。九条日向という人間は絶望を希望に変えるような一手など持っていない、無力な人間だ。

 だからこそ、自分に出来るのは一つだった。

 

(全てを上手く収める方法なんて分からない。なら、俺がやるべきは俺に出来る事を全て試す事。そんな簡単な話じゃねーか)

 

 

 7

 

 

 志島鎮守府奪還への奇襲は夜だった。

 タイミング良く濃い濃霧が発生しており、九条の鎮守府付近は静寂に包まれていた。

 九条は元帥から届いた物資を出撃用の高速船に運ぶ。出撃について来なければならない二人。島風と電の二人は緊張した面持ちで座っていた。

 

 今の九条には、自分の行動の理由なんて何もない。命令書になんで子供二人を連れて行かなければならないのかも分からない。相手がどんな理由で志島鎮守府を落としたのかも分からない。氷桜が無事なのか分からない。だが、分からないからこそ九条は動けていた。

 

 これがもし絶対に死ぬ戦い、だとか。氷桜が死んだと確認されていた、とか。行ったところで惨めな現実を見せられるだけと事前に確定的な未来として分かっていれば九条は出撃する事が出来なかっただろう。

 きっと逃げ出していた、と思う。何もかも放り投げて逃げていた、と。

 不安が無い、と言えば嘘だ。出撃した途端に襲われるかもしれない。死ぬかもしれない。そう考えたら足が震えてくる。

 だが、一方で九条にはまだ余裕があった。

 それは信頼だった。まだ僅かな時間だったが、自分に接してくれた周り人達への信頼だった。皆ならきっとやってくれる。助けてくれる。この奇襲作戦は成功する。

 そう言い聞かせて不安を打ち消したからだった。

 

 巨大な電極のようなモノを運びながら九条はつい先程行った会議を思い出す。

 それは、キスカ島撤退作戦の真似だった。

 

 濃い濃霧。目的は濃霧に紛れ、志島鎮守府への奇襲。周りの敵艦が気付く前に制圧を終え、再び奪われぬように地盤を固める。

 キスカ島撤退作戦と違うのはこれが『撤退』ではなく『攻略』である事だけだ。

 

「妖精さん、こっちの荷物を頼む」

 

 元帥から送られてきた物資を妖精さん達に頼むと、一斉に運び出して船に積み始めた。

 余った妖精さん達には別の仕事を言い渡す。

 

「さっき作った『アレ』も、頼むな」

 

 そう言って大まかな準備を終えた九条はゆっくりと皆の元へと近づいて行く。

 やれる事はやった。

 人事を尽くして天命を待つ、後はただそれだけだった。


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