とある提督の日記   作:Yuupon

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最後は日記風では上手く伝えられそうにないので第1章のエピローグと同じく三人称でやっていきます。
というか日記だと(12 とある提督の日記参照)1000文字弱がまさかの10,000文字……。
それからUA20万、ありがとうございます
多分第2章終了に三人称視点が三話くらい掛かるかなぁ……



20 前哨戦(三人称)

 志島鎮守府の陥落から始まった戦い。

 これは、その一部始終である。

 

 

 

 

 ☆月H日。

 燦々(さんさん)と太陽が照らす日の昼下がりだった。

 神無鎮守府(かんなしちんじゅふ)。提督が就任してから僅か一週間と少しの鎮守府では、朝から一人の少女が疾走していた。

 

「急いで提督に伝えない、と!」

 

 小さな三つ足の傘を持ち、赤いスカートを履き、頭に簪のようにして桜の花飾りがついた電探をつけている少女。

 普段は冷静沈着な彼女だが、今回ばかりはその例から漏れていた。ハァハァ、と荒い息を零しながら鎮守府の廊下を疾走する。

 そして少女は勢いそのままに廊下を曲がり、目の前にあった扉。『司令室』、そう書かれたプレートが掛かっている扉を勢い良く開け放った。

 

 

 

 1

 

 

 

 同日☆月H日、午前10時20分、天気は晴れ。

 いつも通り五時前に起床した九条日向(くじょうひなた)は若干眠い目を擦りながら資料を片付けていた。最近では何故か鎮守府の皆が積極的に手伝ってくれるようになり睡眠時間が増えたせいかたるみ始めてるな、と思う。

 通常、『提督』と呼ばれるモノは以前九条がやっていた夜二時に寝て朝四時起きというブラック企業も真っ青なモノでは無いのだが、実際にそれを教える人が居なかったため、九条はそれを常識と信じ込んでいるのだ。

 まぁ、それはともかくとして彼は目の前の書類に頭を悩ませていた。

 

(うーん、資材は溜まってきたけど若干皆を働かせ過ぎてるからなぁ……。休みを作らないと)

 

 休み。本人達が聞けば、九条提督が取れ! と言うこと間違い無しなのだが彼はそれに気付かない。

 彼女達を『艦娘』と呼ばれる兵器だと認識していないのと、更には駆逐艦の姿が完全に子供。所謂(いわゆる)労働基準法に違反するような容姿をしているのもそれに拍車を掛けていた。

で、

 

(そもそもあの子達(電ちゃん達)働かせてる時点でアウトだよな? バリバリ労働基準法違反ですよね?)

 

 完全にアウトです、本当にありがとうございます。そんな言葉とともに頭の中では手錠を掛けられる自らの姿。

 やベーよ! 無意識の内に犯罪履歴増やしちゃったよ! そもそも小学生くらいの子を学校行かせてない時点で完全に犯罪者ルートまっしぐらだーッ! と九条は頭を抱えながら心の中で絶叫する。

 ……俺、もうダメかもしれない。

 そんな事を考えて慌てて首を横に振った。というか、そもそも九条は犯罪(鎮守府への不法侵入)をしたからその罪の償いの為にここに居る(と、本人は思っている)ので、更に罪状を増やしてしまったと言うのはなんと言うか償う機会をくれた鎮守府の方々に申し訳ないと思う。喧嘩ばかりしてた不良高校生(頭はそこそこ良い)にもそんな思いはあるのである。

 と、がっくりと肩を落とし反省の意を述べていた九条はふと外からバタバタ、と誰かが走ってくる音に気付いた。

 なんだ? と、顔を上げた瞬間、勢い良くバタン! と扉が開け放たれる。

 

「提督!」

 

 誰が来たのだろう? 確認の為に見ようとしたら、いきなり入ってきた女の子の柔らかい手が九条の腕を掴んでいた。

 そして次の瞬間、紙のようなモノが九条の前に突き出される。

 なんだなんだ? と九条が首をそちらに向けると、大学生くらいの美人さんが居た。腰まで届きそうな赤みがかった黒髪に、化粧が必要ないほど整った顔立ち。赤いスカートを履き、上は脇を開けた巫女服のような服。そこまで見て、九条はようやくその人物が誰であるか分かった。

 

「大和? どうした?」

 

 大和。それが、目の前にいる美人さんの名前だった。

 そして彼女は九条が勤めている神無鎮守府の責任者兼、九条の秘書らしい。

 らしい、と曖昧なのは未だに九条の実感が湧かないのと、実際に働いたり助言を貰ったりしているとどうも秘書、とは思えないからだった。つまり、九条にとっては普通の高校生である自分が何だかよく分からない内に配属させられて、その先で居た上司。みたいな感覚である(ただし敬語ではない)。

 そして、そんな有能な方である彼女はいつに無く冷静さを欠いていた。ハァハァ、と荒い息を吐いていて何だか1キロくらい全力疾走してきたような雰囲気を匂わせる。

 何かあったのか? そう思いつつ尋ねると彼女は一言。

 

「提督……この書類を」

「あー、うん」

 

 受け取って、読んでみる。彼女がここまで冷静さを欠いているという事は何かしら『よろしくない』事が起こったのだろう。

 何だか嫌な予感がした。大変嫌な予感がした。しかし、読まなければ何も始まらないので仕方なく読み始めて、

 

「は?」

 

 驚愕した。

 別に、何か驚く事が起こったとか横須賀提督は元帥さんの隠し子だったとかそんな事ではない。

 問題なのは『書類の内容』だった。

 

 『志島鎮守府二オイテ深海棲艦ノ襲撃アリ。尚、提督ノ氷桜提督トハ連絡ガ取レズ。十分二注意サレタシ』

 

 それは志島鎮守府が謎の深海棲艦の集団によって落ちた、という報告書だった。

 そしてその鎮守府を九条は知っていた。つい最近、知っていた。

 神無鎮守府から最も近い鎮守府で。知り合いが提督を勤めている。

 九条は報告書を凝視する。

 もしかしたら嘘なのでは? そんな考えも浮かんだがその書類には元帥の判が押されていた。

 つまり、この書類は偽物ではない。

 

「…………、」

 

 九条は黙ったまま、携帯を取り出した。電話帳を開き、一人の名前を押す。

 それだけで周囲の温度が二、三度下がったような気がした。しかし、少しだけ残された希望に掛けて九条は携帯を耳に押し当てる。

 コール音は二回で相手が出た。

 

『もしもし、九条です』

『……九条提督か。氷桜提督の事だね?』

 

 九条が電話した相手は元帥だった。元帥は目的は分かっている、というように九条へと確かめる。

 

『その通りです。書類は本当なのですか?』

 

 一気に切り込んだ。回りくどいことなんていらなかった。

 ただ、九条は何よりも知り合いの安否を心配していた。

 無意識の内に喉をゴクリと鳴らし、相手の答えを待つ。元帥は言った。

 

『真実だ』

 

 一言だった。たった一言で言われた。

 九条はその後失礼します、とだけ言って携帯を切った。

 一瞬だけ目を閉じ、また開く。次に目を開いた時、その顔は九条日向ではなく提督としての姿になっていた。

 

「大和、全員を集めろ。緊急会議を行う」

 

 

 

 2

 

 

 何時も賑やかな司令室は今日に限って静かだった。

 大和が全員を呼びに行って十数分。既に全員が集まり、後は提督である九条が報告を開始するだけ。

 九条は顔を上げて、重い口を開いた。

 

「……志島鎮守府が落ちた」

 

 どういうことか? と口々に尋ねてきた少女達に九条は書類を取り出した。

 

「昨日の夜。突然謎の深海棲艦の艦隊が志島鎮守府を襲ったらしい」

 

 書類に書かれている事をそのまま読み上げる。

 

「感知するレーダーを突破され、夜襲を掛けられたからか混乱状態に陥ったらしく、直ぐに落ちてしまったようだ。そして今なお、志島鎮守府の提督とは連絡が取れていない」

 

 実際、襲ってきたのは突然だったのだろう。ロクな情報も伝えられてないことから、相当ヤバかったと思える。

 と、ここからは自分の意見も交えていくことにしよう。

 

「次の目標は恐らくウチの鎮守府だろうな。志島鎮守府から最も近いからってのが理由の一つだ」

 

 位置的にはこの鎮守府が最も近い。距離にして約三十キロメートル。次点で五十キロメートル離れている鎮守府が向かい側にあるらしいが、恐らく本土に近い此方側へ進撃して来るはずだ。

 

「それと、恐らくだが志島鎮守府の奪還作戦もウチが主体となって行われるだろう。最も近い拠点、というのもあるが戦績を確認する限りではウチが最も高いからな」

 

 大和がそれ程有能なのだろう。勝率が100パーセントなのには驚いたものだ。というか、そもそも何故自分が説明しているのだろうか? と若干疑問を抱きつつ九条は話を続ける。

 

「これから他の鎮守府と話をつけるつもりだが、とりあえず今日からは暫く何時もより監視を厳しくするつもりだ。初日は金剛、すまないが頼む。俺も一緒にやるから我慢して欲しい」

「Yes! 任せて下さい提督ゥ! 一緒ならドンとこいって感じデース!」

 

 ビシ! と敬礼した金剛はニコニコ笑いながら答えた。心なしかとても嬉しそうに見える。

 ……何だか別のベクトルで嫌な予感がしてきた。

 

「明日は大和と間宮さん、頼む。とりあえず暫くはローテーション組みながら監視を強化するからな。それと、電、暁、雷、響、島風の五人は何かあればすぐ動けるようにしておけ」

「「了解しました」」

「「「「「はい!(なのです)」」」」」

 

 

 もし、戦いが起これば真っ先に五人を戦闘から離さなければならない。何かあれば、直ぐに動けるようにしてもらおう。

 そして書類の内容を説明した九条は最後にこう言って緊急会議を締めくくった。

 

「目標は誰一人欠けず、そして怪我をしないように! 以上!」

 

 誰からも異議が無いことを確認して、九条は部屋を出た。

 そのまま足を外へと向ける。

 何だか、とても外の空気を吸いたい気分だった。

 

 

 

 

 

 説明に時間を掛けたせいか、時刻は既に夕方だった。

 夕暮れに染まる神無鎮守府には特に何の異常もない。いつも通り海がザザー、と音を立てているだけだ。

 

(……深海棲姫さんの忠告はこれを指していたのか?)

 

 何気なく辺りを見渡して、堤防の辺りで座り込んだ九条は落ちていく夕日を見つめながら考えてみる。

 数日前に九条自身も感じた嫌な予感。それが当たったとでも言うのだろうか。いや、もしかしたら既にウチの鎮守府にも……、そんな嫌な予感がして、改めてぐるりと見回してみるが何処にも異常は無い。

 

(深海棲艦は早ければ今日の夜には来るかもしれない……今のままで防げるか?)

 

 氷桜。自分と同い年で最年少で大将に昇格していて。罪の償いなんていう理由で提督になった俺とは違って優秀なヤツ。

 そんな氷桜がアッサリ敗北した深海棲艦の集団。そんなヤツら相手にこの鎮守府を守り切れるのか。

 いや、問題なのはそこではない。自分はどうだっていい。

 それよりも問題は電ちゃん達だ。子供である彼女達をこれ以上危険な目に合わせても良いのか? いや、良いわけがない。

 そんな風に自問自答した、その時だった。

 

「??? 何だこんな時に。電話?」

 

 携帯の着信音が鳴った。ポケットから取り出して出る。

 

『はい、もしもし九条です』

『九条君か。俺だ、横須賀提督だ』

 

 電話の相手は横須賀提督だった。本名ではなく横須賀提督、と言っている事から仕事の電話なのだろう。

 

『こちらも忙しいから手短に言うぞ。志島鎮守府の件だが、万が一深海棲艦が攻めてきた場合はウチと九条君の神無鎮守府で協力する事になりそうだ。恐らく奪還作戦と捜索もウチと九条君のトコが主力になるだろう。だからある程度連携を取るために方針を決めようと思ってな』

 

 つまりはお互いの動きをある程度決めよう、という事のようだ。それについては九条も大体同意なので肯定の意を示す。

 

『だが連携を決めるにしても問題が一つある。まだ確定では無いらしいが、上層部はこの敗北を無かった事にしようとしたいらしい。つまり少ない艦娘で志島鎮守府を奪い返し、殲滅戦と称して後から大部隊を送る。そんな感じになるだろうな。ついでにこれ以上負ける事は日本海軍としての恥とかなんとか。艦娘が最も多い国としての意地を見せたいんだろーが、それが逆に仇になってやがるから、相当キツイ事になるのは間違いねーだろうな』

『……はい? 敵の量が未知数なのにハンデでやれと? 馬鹿なんですか上層部は』

 

 深海棲艦。相手がどれほど居るのか。ボスは何なのか。それも分からないのにハンデ戦。

 馬鹿げている、と九条は思った。

 

『元帥も反論はしているんだがまだ情報が無いからな。志島鎮守府がロクに対応できなかったところを見ると手強いのも間違いない』

 

 横須賀提督も頭を悩ませているようだ。

 というか、九条としても上層部の意向がよく分からない。そもそもの話、大部隊で殲滅すればそれで済む話なのに何故そうしないのか。

 頭の中で『?』が飛び回る。確かに敗北を隠したい気持ちは分かるが、それが無茶苦茶な案を通す事に繋がるのだろうか?

 何か。何か大事な事を見落としているような気がした。

 

『とりあえず今日は色々と忙しいから明日電話する。守りに関しては明後日には支援を出来るように準備しておくが異論は無いか?』

 

 ありません。ではまた明日、と答えて九条は電話を切った。そしてそのまま九条はとある番号にかける。

 

『もしもし、少し調べて欲しい事がーー』

 

 

 

 

 3

 

 

 翌日の☆月J日。

 昨日の送られてきた報告書のせいで一睡もせずに鎮守府の見回りと監視を続けた九条はドス黒いくまを作ったまま司令室で仕事をこなしていた。

 

「眠いので寝てきマース。おやすみ提督ゥ」

 

 一緒に監視していた金剛は昨日の夜、終始ソワソワしながらこちらをチラチラと見ていたのだが、明け方頃には眠気に抗えなくなってきたようで終わりと同時に部屋へと戻って行ってしまった。

 で、現在九条は少し眠気のある頭を無理やり覚醒させながら仕事を続けているのである。

 と、

 

「おはようございます九条提督。って凄いくまですね」

 

 そう声を掛けてきた主は大和だった。監視が終わってからもずっと対策を考え続けていたからか部屋を悶々鬱々(もんもんうつうつ)とした負の空気が渦巻いていたのだが、彼女はそれを気にしないらしくズカズカと入り込んで心配そうに九条の顔を見つめている。

 本当なら彼女居ない歴=年齢である九条にとっては100パーセントドキドキするシチュエーションなのだが、生憎昨日の疲れも重なってそんな気さえ起こらなかった。

 

(く、くそう。本当ならスッゲードキドキするシチュエーションなのに!)

 

 嘆いても反応しないものは反応しないのだ。そんな自分に何となく不幸だ、と思いつつも九条は仕事の手を止めようとしない。

 と、唐突に大和は九条の頰を両手で優しく触ると、

 

「本当に顔色が悪いのですが大丈夫ですか? 一睡もしていないようですし変わりますよ?」

「(何ですかコレーッ!? 大和さんが優しく頰を撫でてくれるってなんだこの素敵イベントはーッ!)」

 

 心配そうな表情で大和は優しく九条の頰を撫でる。それはヒンヤリとしたそれでいて優しい『女の子の手』だった。

 先程まで反応しなかった身体がようやくこの素敵イベントを経て段々と温度を上昇させていく。

 すると、大和は驚いたように、

 

「あ、あれ!? 温度が上がって……大丈夫ですか提督!」

 

 ペタペタと大和の細く長い指が九条の顔やら何やらに這い回る。少しばかりヒンヤリとした大和の体温が何だかとても心地良く、それでいて暖かかった。

 が、

 

(ちょ、待……っ! うおお! このままでは何か完全にアウトな趣味に目覚めてしまいそうな予感!)

 

 当の本人はそれどころでは無かったらしい。女性(しかも美人)に身体をペタペタ触られるという未知の感覚に九条は襲われていた。

 と、その時だった。

 

「て、提督! 電報が届いたのです」

 

 勢い良く扉を開けて入室してきたのは電だった。慌てた様子で両腕をブンブン振りながら九条達の方を見つめて、

 

「にゃっ!? にゃにをしているのですか!?」

 

 一瞬で頰を赤く染めた。ついでに言動もおかしい。

 不思議に思った九条が横を見ると、至近距離にまで迫った大和の顔。

 横を向いただけお互いの唇が触れ合うような、そんな近さ。それを見た瞬間九条は理解した。

 

(あぁ、あの素敵イベントはこう言うオチか)

 

 刹那、一人の少年の悲鳴と打撃音が響き渡った。

 

 

 

 4

 

 

 落ち着いてから九条は電から船で輸送されてきた報告書を受け取った。重要! と大きな字で書かれている。

 ……なんと言うか、本当に重要な資料なのか? そう疑いたくなるような資料だった。

 しかし読まなきゃ始まらない。仕方なく九条は中から紙を取り出してちらりと見てみる。

 

 命令-番号0七-一五-七五二四-甲

 

 神無鎮守府(かんなしちんじゅふ)提督。『電ト島風』ノ二艦デ志島鎮守府ヲ奪還シ、提督ハ一時ソチラへ移ルベシ。尚、本作戦ハ機密事項二

 

 九条はギョッとした。紙に書かれた事をまだチラリと見ただけだが、何やらおかしな事が書かれていたような気がする。

 

「……、」

 

 九条は一瞬偽物か考え、目を開けた。

 見なかったことにする、なんて事は出来ないのだろう。覚悟を決めて九条は全ての資料を取り出した。

 10枚近い資料が入っていた。その中に一枚だけワープロではなく直筆の資料を見つけた九条は気になってその資料を取り出す。

 

『昨日の件だが、私なりに調べてみた。海が荒れている原因を探るのは流石に大変だったが何とか一日で原因を突き止めたので命令書と一緒に送る』

 

「元帥さん。仕事が早いな」

 

 呟いて九条はその資料を自分のポケットへと押し込んだ。そして一番上の資料を確かめる。

 

『戦艦棲姫が指揮する深海棲艦の群れ』

 

 資料の名前はこうだった。

 

(戦艦棲姫……?)

 

 九条は首をひねる。確か深海棲艦には姫、と呼ばれる上位種が居るとかどうとか、という話を思い出した。

 改めて資料の文字を目で追っていくと、資料作成者、のところで一人の名前があった。

『武蔵野鎮守府提督』その横には大将の印鑑。

 

(武蔵野鎮守府提督って……確か俺が提督になる時に反論した人だっけ?)

 

 少し前の出来事を思い出す。確か、ヤケに突っかかってきた人だった。睨まれた覚えがあるので何となく好きではないタイプの人だ。

 

 と、思い出すのを止めて、資料へと意識を戻す。

 資料の内容は専門的だったが、九条は自分の持っている知識でなんとか読める言葉へと変換していく。

 

『敵は戦艦棲姫。どうやら周りには100近い深海棲艦が居る模様。出てきた原因は不明。だが、志島鎮守府と神無鎮守府付近で突然姿を現した事からどちらかの鎮守府付近で何か事故が起こったと考えられる』

 

 内容は主に九条や氷桜の鎮守府付近で何かがあった、という予想だった。海の中も妙に荒れていた事から恐らくそれが原因で深海棲艦は来たと考えられると書かれていた。

 

『戦艦棲姫との接触には既に成功。言葉は通じるようだが聞く耳を持たなかった。氷桜提督の安否は不明である』

 

 接触に成功。

 その部分を読んだ九条は何となく違和感を感じた。

 武蔵野鎮守府は確か志島鎮守府から二番目に近い五十キロメートル地点にある鎮守府だった筈。

 だが、それにしたって明らかに接触するタイミングが早い。若干疑問を感じたが九条は次へ読み進めていくことにした。

 

『戦艦棲姫は事実上、戦艦型の深海棲艦の中でも最上位に君臨する存在である。実際の戦闘データから計算しても、七十パーセント弱の確率で前に立った艦娘は轟沈していると算出された』

 

 その下には参考資料と思わしきグラフが載せられていた。

 と、その時。一番下の紙の裏に何かのメモだろうか? 何かが張り付いている事に気付いた。

 

「何だこりゃ?」

 

 剥がしてみると、それはメモだった。

 『静寂島にて合流』。そう書かれている。

 

(静寂島って……確か深海棲姫さんが住んでいるトコだっけ?)

 

 何でその島の名前がここで出てくるのだろう。不思議に思ったが、頭の片隅に留めておくことにして九条は次なる資料へと手を伸ばそうとして、

 

「っとと、とりあえず資料じゃなくて命令書の方を見ておかないとな」

 

 止めた。資料は後で確認するとして、先に命令書を理解しておく必要がある。というか、そもそも最優先事項はそっちじゃねーか、と自分自身にツッコミを入れた九条は先程チラリと見た命令書を手に取ってぱらり、と眺めた。

 

『志島鎮守府奪還作戦『甲』

 電と島風のみで志島鎮守府を奪還せよ。方法は問わない。

 奪還後、志島鎮守府を再び奪われんが為、九条大佐は志島鎮守府に居るべし。

 勿論、神無鎮守府を奪われても任務は失敗したものとする』

 

 九条の手がピタリと止まった。

 電と島風。その意味するところとは何なのか。

 まさか、海軍は子供二人(・・・・)を戦いに巻き込め、と言っているのだろうか。

 

「…………、」

 

『尚、電や島風が轟沈しても任務には差支えなければ構わないものとする。どのような方法でも志島鎮守府を奪還せよ』

 

 海軍だから敢えて轟沈、と船のように書いているのだろうか? 九条にはイマイチ理解出来なかった。

 ふつふつと、怒りに似た感情が湧き上がってきたその時。

 

「……あ?」

 

 携帯が鳴り出した。取り出すと、画面には横須賀提督と表示されている。

 

『はい、もしもし』

『九条君か。昨日の続きだがそれどころでは無くなってな。キミの所にも命令書が届いただろう?』

 

 怒りを隠しつつ電話に出ると横須賀提督は少し切羽詰まった声で九条にそう尋ねてきた。丁度、確認しているところです、と返事をする。

 

『……どうしたんです? なんか焦っているみたいですけど』

『分かるかい? まぁキミなら問題は無いだろう。最近なのだが武蔵野提督の動きが怪しくてな』

 

 『武蔵野提督』。つい先ほど見た名前だった。横須賀提督が愚痴のように言う。

 

『出撃回数が減ったし、その癖元帥を狙っているにしてはヤケに動きが無い。それなのに今回の報告書の内容は濃い』

 

 大将だから情報を掴むのが早い、という事では無いのだろうか。

 横須賀提督も何処か不信感を感じている様子だった。

 

『申し訳ないが、支援に少し遅れが出るかもしれない。万が一の可能性があった場合を考えると、少し調べる必要がありそうだからな』

 

 それも仕方がないか、と九条は思った。詳しい事はよく分からないが、とりあえず横須賀提督は何か重要な事を元帥から頼まれたのだろう。忙しそうな声色だった。

 

『キミの方も大変な事は重々承知はしているが……本当にすまない』

『いえ……俺は一応とはいえ提督ですからね。全力で事にあたります』

 

 そう言って九条は通話を終わらせた。

 そのまま携帯をポケットへと滑り込ませ、資料の続きを読み進めていく。

 が、とある一文を読んだ九条の手が止まった。

 

 それは一枚の命令書だった。

 しかし、それを読んだ九条の手が震えた。呼吸が若干不規則になり、心臓の鼓動もおかしくなっていた。

 そして、その視線はとある一文に凝視されていた。

 

『最悪の場合、電と島風を犠牲にしても構わない。

 志島鎮守府を奪還し、戦艦棲姫を轟沈させる事だけに集中せよ。

 武蔵野鎮守府提督 印』

 

 犠牲。

 その一文を見た瞬間、九条は怒りに打ち震えていた。

 

 電も島風も。

 それぞれの思いを持って。これから先を生きていける少女達だ。

 間違っても、こんな命令書一つで命を投げ打たせる事なんてして良いわけがない。

 九条を気遣い、自分に出来る事を精一杯やろうとしてくれる女の子達をこんなふざけた命令一つで死なせても良い。そんな事があってたまるか、と九条は思う。

 しかし、事実として手元にはその命令書があった。だからこそ奥歯を噛み締めながらも最後まで読み切って、

 

『尚、轟沈したとしても一切の責任はーー』

 

 ふざけるんじゃない、と。

 九条はその瞬間資料を握りつぶしていた。

 

「ふざけてんじゃねぇよ……」

 

 まだ幼い二人の少女。それもこれからの未来がある少女達が。何でこんな命令一つで命を落としても良いなんて事になってるんだ? と九条は思った。

 戦艦棲姫。確かに強大なのだろう。

 人類がかつて敗北した深海棲艦の最強種に値する敵なのだから。

 

 だけど、たった一艦の敵を殺す為に二人の少女を犠牲にしても良い理由なんてあるわけがない。

 だが、命令書にはそうしても良いと書かれている。

 必ずその二人を連れて行け、とも書かれている。

 

「なんで……なんであの二人を巻き込まなきゃなんねーんだよ」

 

 明らかにおかしい。

 一つの鎮守府が落とされた。そんな大きな事件だからこそ、この命令書は明らかにおかしい。

 例え、どんな理由があったとしても。

 『戦艦棲姫』という一つの敵を殺す為だけに『二人の少女』を犠牲にしなくちゃならない事にはならない。

 しかし、事実として命令書には元帥の次の官職である大将。武蔵野鎮守府の印が押されている。

 元帥の次に偉い官職に付くその人物がこうしろ、と命令している。

 

「ちくしょう。ふざけやがって……!」

 

 電はしっかりとした夢を持っていた。どんな夢かは分からないけれど、それでも真剣に悩んで。涙して。

 必死に努力出来る女の子だ。

 

「くそう、なめやがって……!」

 

 島風はいつも速さを重視する女の子だ。その為には服装が過激になっても厭わない。

 けれど島風もまた、優しさを持った女の子だ。まだ出会ってから日は浅いが、九条の手の回らない部分を手伝ってくれたりする優しい女の子なのは九条も知っている。

 

 だからこそ九条には認められなかった。

 戦艦棲姫がどれほど人類にとって危険だったとしても。

 どれほど命令書が絶対だったとしても、たとえ九条が牢に入れられたとしても。

 それでも、九条にはその選択を取ることが出来ない。

 

 初め、ワケも分からないまま鎮守府の中で過ごしていた九条に声を掛けてくれたのは電だ。

 暁達第六駆逐隊の。三人を紹介してくれたのも電だ。

 島風だって、まだ出会ってからあまり経って居ないけれど彼女達の存在で頑張ってこれた自分だっている。

 だから、九条は。

 

「……犠牲になんかさせない」

 

 守ることを、決めた。

 

「……誰一人だって犠牲になんかさせないッ!!」

 

 あの少女達を守る覚悟を、決めた。


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