大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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5.翼はここに

 クーゴとグラハムの愛機(専用カスタムフラッグ)が、数分間目を離した隙になくなってた。

 何を言っているのかわからないと思うが、クーゴたちも何が起こったのか全然わからない。

 

 愕然と佇む自分の背中を叩いたのは、00■アン■と呼ばれる白い機体を操っていた女性――刹那・F・セイエイだった。彼女は、わけのわからぬ世界に放り出されて四面楚歌状態だったクーゴとグラハムを助け、この部隊に迎え入れるよう進言してくれた恩人でもある。

 刹那の表情も晴れない。何とも言い難い表情を浮かべてふるふる首を振った。どうやら、彼女が駆っていた愛機も被害にあったらしい。指揮官殿は一体何を考えているのだろう。いくらパイロットがいても、機体がなければ意味がないというのに。

 グラハムはぼんやりと格納庫を見上げていたが、変わらぬ現実に打ちのめされてしまったようだ。愛機の名前を呼びながら、がっくりと膝をつく。気のせいでなければ、彼の肩がプルプルと震えていた。

 

 

「泣いてるのか?」

 

「泣いてなどいない!」

 

 

 キッ! とグラハムはクーゴを睨む。普段は彼を見上げているのだが、彼を見下ろす構図は珍しかった。

 

 言葉とは裏腹に、グラハムは泣きそうなのを耐えている。口はへの字に歪み、新緑の瞳にじわりと涙がにじんでいた。

 自分が大切にしていた愛機がなくなってしまったのだ、無理もない。落ち込む気持ちはよくわかる。

 

 クーゴの場合は、諦め半分で達観していた。普段からグラハムに振り回されてきたのだ。多少のことなら動じないでいられる。

 ただ、今回はかなり斜めにかっ飛んだ状況に置かれていた。人間、想定外のことに遭遇すると茫然とすることしかできないとは、本当のことらしい。

 刹那はグラハムの肩を叩いた。口数が少ないが、相手を思いやれる優しさを持っている。特に、グラハムに対しては人一倍、慈愛の感情をあらわにしていた。

 

 

「大切な愛機だったんだな。その気持ちはよくわかる」

 

 

 刹那はうんうん頷く。

 そして、重々しく息を吐いた。

 

 

「よく、やられるんだ。突発的な“シャッフル乗せ換え”をな」

 

 

 その単語にグラハムとクーゴは顔を見合わせた。首を傾げた自分たちに、刹那は訥々と説明を始める。

 

 どうやらこれは、指揮官――イデアによって行われる“お遊び企画”のようなものらしい。戦い詰めである自分たちの気分を紛らわせるためには、このような娯楽が必要なのだという。お茶目と笑えばいいのか、悪質だと非難すればいいのかわからない。

 向う側から悲鳴が聞こえた。喧騒はあちこちに広がっていく。他の部隊も似たような被害にあったようだ。自分たちだけじゃなくてよかったと安堵すべきか、なんで自分たちがこんな目にと嘆けばいいのか。

 自分たちの扉が開き、メカニックたちがやって来た。乗せ換え用の機体が用意できたことを伝えに来たようだ。誰も彼もが苦笑を浮かべている。端末に、今回自分たちが乗ることになる機体の名前が表示された。

 

 クーゴの機体名は『ガンダムアストレイ・レッドフレーム』。遺伝子改造を施されていない人間が使用することを意味した赤い機体であるが、元の持ち主がOSに手を加えたり、疑似人格コンピューターによるバックアップを受けていた。刀を使った接近戦を得意とする機体である。

 ただし、空中戦闘は行えないという欠点があった。宇宙空間での戦闘は可能なのに、空は飛べないのだ。世の中にはそんな機体もあるらしい。クーゴは落胆したが、頭を切り替える。アストレイ・レッドフレームでどう戦うか、作戦を練らなければ。

 

 何より、グラハムや他の面々との連携についても考えなければならないだろう。

 

 まずはグラハムの機体がどんなものか、知る必要があるった。端末を操作して確認してみる。

 機体名は『ゴッドガンダム』。名前を聞いた瞬間、何の脈絡もなくぞっとした。恐る恐るグラハムを見れば、目をキラキラ輝かせているではないか。

 

 

「クーゴ、刹那! 我々はガンダムタイプの機体で戦えるようだぞ!」

 

 

 一度、隅々を眺めてみたかったのだと奴は笑う。そもそもゴッドガンダムは、自分たちの世界で運用されていたガンダムとは違うものだ。勿論、太陽炉も搭載されてない。彼が追いかけてやまない“天使”とは似て非なるものだというのに、このはしゃぎ様。余程ガンダムが好きなのか。

 子どものように大喜びするグラハムに、刹那は静かに目を細める。何かを懐かしむような瞳の奥から、深い慈しみと悲しみが滲み出ていた。刹那の過去に何があったかは知らないが、彼女自身が決して語ろうとしないだろう。

 

 

『ジェネレーション・システム起動。ステージを再現します』

 

 

 無機質なシステムアナウンスが響く。戦闘が始まる合図である。

 自分たちはメカニックに挨拶し、戦闘準備に入った。パイロットスーツに着替え、指定された機体へ飛び乗る。

 

 

『皆さん、出撃してください! イデア・クピディターズ、行きます!』

 

 

 指揮官の指示が飛んだ。パイロットたちは頷き、次々に宇宙(そら)へと飛び出していく。

 

 

「ウイングガンダムゼロ。刹那・F・セイエイ、未来を切り開く!」

 

「ゴッドガンダム! グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

「ガンダムアストレイ・レッドフレーム。クーゴ・ハガネ、出る!」

 

 

 刹那に続いてグラハムが、グラハムに続いてクーゴが、宇宙へと飛び出した。

 

 

 

*

 

 

 

 

「ゴッド・グラハムフィンガー! ヒート・エンド!!」

 

 

 奴の拳が黄金(こがね)に爆ぜる。敵を倒せと轟き叫ぶ。終いには、元の機体の持ち主に無断で技を改名してしまった。

 まともに一撃を喰らった機体は、耐えきれずに爆発四散。視覚的にも威力的にも、ゴッドフィンガーはオーバーキル過ぎるのだ。

 文字通りの一騎当千である。「もうこいつ1人でいいんじゃないかな」と言いたくなるような光景であった。

 

 これはひどい。とにかくひどい。べらぼうにひどい。

 

 

(始末書どころか裁判沙汰だ)

 

 

 ゴッドガンダムの持ち主から、何か言いたげな視線が突き刺さってくる。彼は現在、シャッフル乗せ換えで『連邦の棺桶(ボール)』と呼ばれる機体に搭乗して、一騎当千の活躍を見せていた。

 持ち主――ドモン・カッシュの場合、始末書や裁判よりもガンダムファイトを所望するのか。いずれにしろ、ロクなことになりゃしない。胃がキリキリと痛むのを感じながら、クーゴはため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『還る』ために、『悪の組織』および『スターダスト・トレイマー』に身を寄せることにしてから、早半年が経過しようとしている。テストパイロットの仕事が忙しすぎて、似付けを数える暇もなかった。カレンダーの日付が進んでも、技術開発や任務の進退で響く悲喜こもごもの悲鳴は変わらない。だから、慣れてしまったのだろう。

 ロックオンが弟の身代わりになって重傷を負うというやり取りも、雑務係の女性――ラ・ミラ・ルナが「こんな仕事なんて聞いてない」という悲鳴を残してMSに乗せられ出撃させられるというやり取りも、ネーナがテオドアに既成事実で迫ろうとして失敗するというやり取りも、クーゴの中では『日常』になってしまっていた。

 

 パイロットスーツを着ずに、コックピットに座る。虚憶(きょおく)の中でゼクスやヒイロたちがしていたこのスタイルにも、もう慣れた。

 『ミュウ』の中でも、サイオン能力が高い者や、最強と謳われる荒ぶる青(タイプ・ブルー)の能力を持つ者は、生身で宇宙空間を活動できるためだ。

 テストパイロットになる前は、荒ぶる青(タイプ・ブルー)の力の使い方をイデアから習っていた。パイロットとしてのリハビリ中である現在も、それを続けている。

 

 

「クーゴさん。余計なこと考えてますね?」

 

 

 どこか拗ねたような声がした。目を瞬かせれば、鼻先がくっつく寸前程の至近距離にイデアの顔が現れる。声同様、彼女は不満げな面持ちである。髪につけられた桜の簪がきらきらと輝いた。

 

 

「すまない。もうすぐ半年になるなと思って」

 

「……もしかして、焦ってますか?」

 

「なるべく早く『還りたい』というのが本音だな。しかし、姉さんが関わっている以上、万全の態勢でなければ勝ち目はないだろう」

 

 

 心配そうにこちらを見上げたイデアに、クーゴは微笑んで首を振った。彼女の言葉通り、どこか焦りのようなものを感じていたことは確かである。

 しかし、速さに固執して敗北してしまったら意味がない。誰1人欠けることなく、仲間たちと一緒に、青い空の元へと『還る』のだから。

 イデアは目を瞬かせた後、慈しむように目を細めた。どことなく羨望が見え隠れしているように思ったのは、クーゴの気のせいではなさそうだ。

 

 

「私も、微力ながらお手伝いさせてください」

 

「イデアは充分手伝ってくれてるよ。キミにだって、やらなければいけないことがあるだろうに」

 

「私はやりたいことをしているだけです。……それに、私は『帰れない』から」

 

 

 「だから、貴方が『還る』ための手伝いをさせてほしい」と、イデアの双瞼は訴える。

 

 仲間たちから化け物と言われたからだと思うが、イデアはソレスタルビーイングに戻ろうとしない。でも、ソレスタルビーイングの動向は気になって仕方がなさそうだった。

 アプロディアというスーパーコンピュータに『ソレスタルビーイングの動向について』調べてもらっていることは知っている。彼女も本当は、仲間たちの元へ『還りたい』のだろう。

 

 なんとかしてやりたいとは思う。だがしかし、残念ながら、今のクーゴがどうこうできるようなものではなかった。

 

 現在、クーゴはサイオン能力を駆使した宇宙空間探索の特訓をしている。今回は、小惑星に思念を使って干渉するそうだ。

 上手く干渉できるようになれば、思念波を使った攻撃や防御に使えるようになるという。下手したら、他者の精神も操れるそうだ。

 サイオン能力も道具に過ぎない。使い方を間違えれば、大変なことが起こる。それを懸念した人々の疑心暗鬼が何を引き起こしたかは察して余りあった。

 

 

「こんな凄い能力を手にしたら、色々と勘違いしてしまう奴もいるんだろうな。驕り高ぶって、害悪をまき散らすだけの存在になり下がるだろう」

 

「確かにそうですね。S.D体制時のグランドマザーや多くの人類も、『ミュウ』の持つ力を恐れました。特に荒ぶる青(タイプ・ブルー)は、1人で数十の戦艦を墜とす力を持っていますから。グラン・マも現役時代は百数十艦程沈めたって言いますし」

 

「なかなかに強大だな」

 

 

 イデアの言葉に、思わずクーゴは視線を逸らした。クーゴも荒ぶる青(タイプ・ブルー)の1人である。そこまでの力を有しているのなら、MSなんて必要ないだろう。S.D体制を敷いていた地球には、そもそもMSという概念が存在しなかった。

 ベルフトゥーロがこの世界に残ることにしたのは、彼女の考案する人型ロボット――MSのさきがけとなるものが存在していたという点もあったに違いない。1番の理由は、やはり愛おしい相手――イオリア・シュヘンベルクの傍にいたかったからだろうが。

 

 

「クーゴさん」

 

「わかった」

 

 

 イデアがおかんむりになられた。クーゴは苦笑し、小惑星に向き直る。惑星、と言っても、MSより2回り程小さい程度のものだ。周囲には星になれなかったかけらが漂っている。

 呼吸を整え、手をかざす。クーゴを包んでいた青い光が、より一層輝きを増した。小惑星の周辺が青く発光し、ぐらりと傾く。少しづつ、少しづつ、クーゴは力を加えた。

 時計回りに動かしたり、反時計回りに動かしたり、別の小惑星をぶつけてみたり等、小惑星に干渉した。こめかみを汗が伝う。は、と、クーゴは大きく息を吐いた。

 

 どうやら、他のものに干渉する――特に、ものを自分の意のままに動かす――のには、自身を防御したり他者へ攻撃したりするのはかなり力を使うらしい。在るものの在り方を強引に捻じ曲げようとするわけだから、相手も全力で抵抗する。意思の有り無しに関わらず、どんなものであろうとも同じようだ。

 

 そう考えると、何の気なしに小惑星を消し飛ばすイデアやテオドアたちは、相当の手練れであることは明らかだ。戦艦を百数十艦沈めたベルフトゥーロに至っては、文句なしの最強だろう。

 強大な力が使えるとはいえ、『ミュウ』も無敵ではない。『Toward the Terra』の人類軍は、サイオン波に抵抗する訓練をした兵士やサイオン波を無効化して攻撃できる兵器を開発し、実戦投入している。

 

 

「今日はこれくらいにしましょう」

 

「……だな」

 

 

 イデアの申し出に頷き、クーゴは小惑星の干渉をやめた。彼女に促され、自分たちの拠点へ戻るため宇宙(そら)を舞う。

 

 程なくして、大きな白鯨が姿を現した。ここが『悪の組織』の本部である。古の『ミュウ』もまた、この艦とよく似た白い艦だった。『悪の組織』本部の方がはるかに巨大だが。

 MSの発着場に視線を向ければ、怠惰の悪魔の名を冠したガンダムが放り出されるようにして出撃していた。ルナの悲鳴がドップラー効果を残して消えていく。今日も通常運転だ。

 

 

「あ、お帰りなさい!」

 

「午前中のノルマ、達成ですね。お疲れ様です」

 

 

 それと入れ替わりで発着場に降り立ち、母艦内へ足を踏み入れた。クーゴの気配を察したのか、管制室のすぐ脇にあった休憩室から宙継が飛び出してきた。

 彼の後に続いて、テオドアが顔をのぞかせる。休憩室の奥の方で、何やら作業をしているトリニティ兄妹とはらはらしているエイフマンの背中が見えた。

 確か、エイフマンは、「以前約束した紅茶のパウンドケーキを作る」と言っていた。朝の時点では、トリニティ兄妹たちは関与していなかったはずだ。

 

 おそらく、3兄妹はエイフマンの作業に便乗したのだろう。特にネーナは、テオドアを墜とそうと奮闘していた。

 

 ……食べ物に媚薬を盛るとかしてなければいいのだが。

 やったとしても、効果がないというのは予想できている。

 

 

「エイフマン教授が、紅茶のパウンドケーキを作ってくれたんです!」

 

「ソラくんも手伝っていたんですよ。レイフたちのパウンドケーキは完成したんですが、後から加わった教え子たちの方が難航しているようで……」

 

 

 宙継が皿を差し出した。ふんわりと漂うミルクティーの香りが鼻をくすぐる。テオドアが補足を入れながら苦笑したのと同じタイミングで、部屋の奥から爆発音が響いた。

 

 「ぎゃあああああああああああああ!」と、キッチンにいた4人が悲鳴を上げた。オーブンが火を噴いている。もうもうと黒煙が溢れ、辺り一面、墨の臭いが充満する。

 宙継が、慌てた様子でキッチンへ駈け込んだ。間髪入れず、換気扇を回す。程なくして、墨の臭いは消えうせた。げほげほと4人が急き込んでいた。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あ、ああ。なんとか……」

 

 

 エイフマンはクーゴにそう返して、ちらりとトリニティ兄妹――厳密に言えば、ネーナ――へ視線を向けた。

 オーブンの中にある消し炭を見て嘆きを叫んだ彼女の隣で、兄2人がオロオロと右往左往している。

 

 

「どうして!? なんでレシピ通り作ってるのに、あたしがやると大爆発するのよォォォ!!? 惚れ薬以外何も入れてないのにィィィィィ!!」

 

「ね、ネーナおねえさん、落ち着いてください! 今回がダメだっただけで、次は大丈夫ですよっ」

 

「そうだぜネーナ! 俺たちも手伝うから! なっ? なっ!」

 

「ああ! 失敗は恥ずべきことではない! 成功のための糧になるからな!!」

 

 

 だから自信を失わないで、と、宙継、ヨハン、ミハエルが必死になって励ましていた。何やら危険な単語が出てきたように思ったけど、気のせいと言うことにしておく。

 エイフマンは額に手を当ててため息をつき、テオドアは苦笑しながら4人の元へ歩み寄った。ぐずるネーナに肩を叩き、何やら会話を始める。途端に、ネーナは目を輝かせて頷いた。

 会話の内容は不明だが、どうやらネーナは立ち直れたようだ。ヨハンとミハエルも安心したように表情を緩ませる。仲の良い兄弟とは羨ましい。クーゴには得られないものだった。

 

 とりあえず、クーゴは椅子に座った。ネーナとトリニティ兄たちはもう1度パウンドケーキに挑戦するつもりらしい。

 

 宙継も手伝おうとしたが、ネーナは首を横に振った。「ソラはおじさまと一緒にケーキを食べるんでしょう? あたしは大丈夫だから」と言い、宙継の背をぽんと叩いた。

 おいでおいでと、エイフマンが宙継を手招きする。少年はぱちくりと目を瞬かせた後、クーゴを伺うように視線を向ける。クーゴはふっと笑みを浮かべた。

 

 

「それじゃあ、一緒に食べようか」

 

「! はいっ!!」

 

 

 宙継は目を輝かせ、パウンドケーキが乗った皿を手渡す。クーゴはそれを受け取り、椅子に座った。宙継も、いそいそと椅子に座る。エイフマンも目を細め、パウンドケーキを切り分けて皿に乗せた。宙継の分だろう。

 「まだたくさんあるから」と、エイフマンはイデアに皿を手渡した。イデアも口元をほころばせて、嬉しそうに椅子に座った。テオドアも椅子に座り、奮闘する教え子たちの背中を見守る。今日もまた、いつもの日常が過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これで、最後」

 

 

 指定された標的を、ガーベラストレートで一刀両断する。惚れ惚れとするくらい、素晴らしい切れ味だ。

 視界の端に表示された時間が止まる。目標時間内に、すべての標的を破壊し終えた。これでノルマは達成である。

 

 

『おお! 良い数値が出ましたね! 出力も安定しているようですし、これなら……!』

 

『ふむ。これで、ESP-Psyonドライヴの調整は完了じゃな。よかったのう、おにーさん。徹夜デスマーチから解放されて』

 

『……あれ? そういえば今日は地球歴で何日でしたっけ?』

 

『お、おにーさん……』

 

 

 通信越しから聞こえてきたテオドアとエイフマンの会話に、クーゴは思わず遠い目をした。“クーゴの全面バックアップ”というベルフトゥーロの方針が原因で、テオドアを筆頭とした技術班が駆り出されていたためである。

 彼女たちは、同族に対して甘い傾向があるらしい。特にベルフトゥーロは、S.D体制――“人類は敵、味方は同胞のみ”という極限状態を生き抜いてきた、最古参の『ミュウ』なのだ。いくら後世になって人類と手を取れるようになったとはいえ、思うところがあるのだろう。

 テオドアもそれを了承して、地球歴がわからなくなる程の徹夜デスマーチをやってのけた。後で差し入れを持っていこう。彼には味覚がないけれど、彼が味覚を借りる相手は結構なグルメらしい。おいしいものや珍しいものが好きだという話を聞いた。

 

 見た目にもこだわるという話を小耳に挟んだので、和菓子で勝負してみようかと思っている。

 

 

『ガンダムアストレイ・レッドフレーム、帰還してください』

 

「了解」

 

 

 テオドアたちとの会話をそこそこに、クーゴは操縦桿を動かした。クーゴ用のESP-Psyonドライヴを調整するために持ち寄られたのが、ガンダムアストレイ・レッドフレームと呼ばれる機体だった。

 クーゴは以前、虚憶(きょおく)でこの機体に搭乗したことがある。ジェネレーションシステムの異変を解決するための戦いの最中のことだ。イデアが思いついた突発的なシャッフル乗せ換えが原因である。

 

 正直、アストレイ・レッドフレームの性能は、グラハムがやらかしたことの方が印象が強すぎて覚えていない。ドモン・カッシュの愛機の必殺技を無断で改名していた奴だ。

 終いにはヒート・エンドまできっちり言いきった。パクリというよりは、「本歌取りして魔改造した結果、本家以上のインパクトを持つシロモノになった」ようなノリである。

 あの後、グラハムに技を奪われたドモンはどうしたのだろうか。思い出そうとしたが、凄まじい頭痛に襲われてしまう。思い出してはいけないと警告するかのようだった。

 

 程なくして、大きな白鯨が姿を現した。MSの発着場へ降り立ち、機体を格納庫へ収納する。ハッチを開いて機体から降りれば、そこには技術者たちが待ち受けていた。

 

 テオドアが指示を飛ばし、それに合わせて技術者たちが慌ただしく作業を始めた。徹夜デスマーチから解放されたという喜びが、テンションを高くする理由なのかもしれない。

 あまりの熱気に耐えられなくなって、クーゴはそそくさと格納庫から撤退した。廊下を通り抜け、中庭へ向かう。以前は地図を頼りにしなければ迷子になっていたのだから、慣れたものだ。

 

 中庭へ足を踏み入れれば、遊具で遊んでいた宙継と子どもたちがこちらを振り向いた。

 金髪碧眼の少年――ジョミーと、黒髪に青い瞳の少年――キースだ。2人とも、宙継と同年代の子どもたちである。

 『Toward the Terra』の主人公にして、両陣営の指導者と瓜二つであること以外は、どこにでもいる普通の子どもだ。

 

 

「クーゴさん!」

 

「グラン・マ! クーゴさんが来たよ!」

 

 

 クーゴの存在に反応した宙継に続いて、ジョミーがベルフトゥーロに声をかけた。彼女は花が咲くように破顔すると、大きく手を振った。

 

 

「よっ、若造! 今日も来てくれたのかー」

 

「約束ですからね」

 

「誠実な人は好きよ。関心関心」

 

 

 ベルフトゥーロはうんうん頷いた。彼女に促され、クーゴは椅子に腰かける。ベルフトゥーロとの談笑もまた、クーゴにとっての日常であった。端末越しか、直接本人と顔を合わせるかの差異はあったが、どちらだろうとあまり変わらない。

 視界の端にいた宙継たちは、何かを確認するかのように顔を見合わせ、人差し指を口に当てた。そして、そそくさと遊具から離れ、1番端のベンチスペースに腰かける。クーゴとベルフトゥーロの邪魔にならないよう、遊びを変えることにしたようだ。

 

 なんともいじらしい子どもたちである。見ているだけで微笑ましい。

 視線を感じて向き直れば、慈しむように目を細めたベルフトゥーロがいた。

 彼女もクーゴと同じような心境だったようだ。ふ、と、クーゴは小さく噴き出した。

 

 

「そういえば、キミ専用のESP-Psyonドライヴ、調整が終わったんだってね」

 

 

 談笑の皮切りと言うかのように、ベルフトゥーロが話題を提供してくれた。クーゴは頷く。すると、ベルフトゥーロは子どものようにはしゃいだ様子で問いかけてきた。

 

 

「ね、どうかな?」

 

「何がですか?」

 

「フラッグよりも、はや」

 

「言いませんよ!? 俺はフラッグ一筋なので」

 

「……つれないねェ」

 

 

 「今日こそ言ってもらえると思ったんだけどなー」と、ベルフトゥーロは苦笑しながら肩をすくめる。クーゴ専用のドライヴを調整するための機体――ガンダムアストレイ・レッドフレームに登場することになって以来、彼女はずっとそんな話ばかり振ってくるのだ。

 確かに、フラッグとガンダムの性能差は明らかだった。疑似太陽炉が普及してからは、ジンクスおよびアヘッド系列の機体が主流となっており、フラッグの系譜は絶たれてしまったと言っていい。どうしようもないことは、クーゴとて認めている。

 それでも、クーゴにとっては、フラッグは思い入れのある機体だった。クーゴが空を目指した理由の1つであり、クーゴと友人たちを繋ぐ絆そのものでもある。フラッグを捨てるということは、自分が憧れたものや積み上げてきたすべてを捨てるということを意味しているのだ。

 

 ガンダムに対して強い思い入れのあるベルフトゥーロも、そういう意味ではクーゴのご同輩であった。彼女にとってガンダムは、イオリアと育んだ愛そのものを指している。

 ソレスタルビーイングにあるガンダムたちも、『悪の組織』が所有するガンダムたちも、ベルフトゥーロとイオリアの愛の結晶――子どもたちなのだ。

 

 フラッグという単語から何か思い出したようで、ベルフトゥーロがぽんと手を叩いた。

 

 

「キミ用の新型機、ラストスパートに入ったから。エイフマンが張り切ってたよ。テオドアにも頑張ってもらわなきゃ」

 

「テオドアはやっと徹夜デスマーチから解放されたばかりなんです。休ませてやってください」

 

 

 無茶ぶりにゴーサインを出そうとするベルフトゥーロを諌める。彼女は目をぱちくりさせた後、苦笑した。もう少し我儘になっていいのに、と、彼女は呟く。

 クーゴからしてみれば、自分は充分すぎるほど我儘を言っているのだ。自分のために頑張ってくれている人たちに気を使うのは当然である。

 

 

「キミのために無茶をしてくれる人間がいるってことは、とても幸せなことなんだよ。若造はその人の想いを大切にしてほしいねぇ。……キミ自身も、誰かのために無茶をするタイプだろうに」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 

 なんて屁理屈だ、という言葉を飲み干した。

 

 おそらく、ベルフトゥーロはクーゴの気持ちを察しているだろう。年の功と荒ぶる青(タイプ・ブルー)は伊達ではない。何を言われても論破するくらいの貫禄がある。

 彼女が傍若無人な面を惜しげもなく見せるのは、相手を心から信用し、信頼しているためだ。その人物ならやってくれるだろうと確信しているためだ。

 そしてその分、自身もまた無茶を惜しまない。相手を信じているからこそ、自分も相手に応えようとする。全身全霊、そして己の持ちうるものすべてを使ってだ。

 

 今は遠いユニオンの空が脳裏に浮かんだ。グラハムは今、ミスター・ブシドーとして、どこかの戦場に立っているのだろうか。姉によって鳥籠に閉じ込められ、羽をもがれた鳥のように、身動きできずにいるのだろうか。

 彼から無茶なことを要求されたことは何度もあった。戦場でも、日常でも、刹那とのアレコレでも、無茶を要求されなかったことなんてなかったと思う。むしろグラハムは、期待されたら全力でそれに答える代わりに、相手にも同等あるいはそれ以上の無茶を(本人は意識せずに)求めるようなタイプだった。

 

 グラハムを厄介者呼ばわりし疎む相手がいた一方、グラハムの味方になり、彼の無茶ぶりに応えようとした人間がいたのも事実だ。かくいうクーゴも後者に当たる。それ程の人間的魅力が、彼にはあった。

 

 

「貴女と話していると、友人のことを思い出します。無茶ばっかりやらかすし、そのせいでしょっちゅう迷惑を被るけど、どうしてだか放っておけない……あいつはそんな奴です」

 

「そうか。大切な友達なんだね」

 

 

 ベルフトゥーロは静かに目を細めた。まるで、クーゴの姿に誰かを重ねて見ているかのようだ。

 しかしそれも一瞬のこと。彼女はすぐに朗らかな表情を浮かべ、新しい話題を切り出した。

 

 

「日本が新しく人工衛星打ち上げるらしいね。何号機かは忘れちゃったけど、名前は覚えてるよ。『はやぶさ』だったかな? キミが好きな人工衛星の名前も、『はやぶさ』だったよね」

 

「あ、はい」

 

 

 いきなり、どうしてそんな話題が出てくるのだろう。クーゴは思わず首を傾げ、ベルフトゥーロはますます笑みを深くした。

 

 

「『還る』ための旅路。使命を果たし、『はやぶさ』は『還ってきた』。まるで、キミが向かう旅路のようだよ」

 

 

 ベルフトゥーロの言葉はどこか重々しかった。彼女もまた、青い星(テラ)へ『還る』ための旅路を征った流浪の民。故に、旅路の辛さを知っている。

 『還る』という言葉の意味や重さも、ベルフトゥーロは知っているのだ。それこそが、彼女の人生だったから。だから、『還る』という言葉に反応する。

 クーゴの願い――仲間たちと共に、大切な場所へ『還りたい』――を叶えるために、全力でサポートしてくれる。嘗ての自分や同胞たちを支え、励まそうとするかのように。

 

 相槌を打ち、クーゴは宇宙(そら)を見上げた。遠くに、青く輝く地球が見える。この星に、クーゴが帰りたいと願う蒼穹(そら)があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイフマンから呼び出されたのは、専用ドライヴの調整が終わってから1週間後のことだった。

 

 格納庫の2階にある休憩室には、完全燃焼したと思しきテオドアが死んだように眠っている。彼の背中には毛布が掛けられており、目元には凄まじいクマがあった。他にも、多くの技術者がグロッキー状態になっている。

 休憩室の中を観察するのをやめて、クーゴはエイフマンに続いた。閉まっていた扉が開く。逆光のせいか、扉の先にある機影がよく見えない。しばし目を凝らして、ようやくその全体像を見ることができた。機体の面影を、クーゴは知っている。

 

 

「『悪の組織』は、技術者にとって天国であり、楽園であり、己を磨くのにふさわしい環境が整っている場所だと思う。そのおかげで、大破したキミのフラッグをベースにし、思う存分改修することができた」

 

 

 エイフマンはそう言って、ゆっくりと振り返った。

 

 

「これは……!?」

 

「フラッグの系譜に『悪の組織』の技術を合わせた物じゃ。『ミュウ』由来の技術の結晶を組み込んだからな。事実上の、『キミのためだけにチューンされた機体』となる」

 

 

 彼の言葉は、クーゴの予想を肯定した。

 クーゴの機体は、フラッグの系譜を継ぐ機体。

 

 

「俺のためだけに作られた、フラッグの後継機……」

 

 

 これが、クーゴの翼。仲間たちと共に、青い空の元へ『還る』ための力。

 

 国連軍との戦いで大破した相棒が、新たな力と姿を手に入れて生まれ変わった機体なのだ。

 もう一度、相棒と一緒に空を飛べる――その事実が、じわじわとクーゴの心に沁みていく。

 口元が歓喜に震えたクーゴとは対照的に、エイフマンは困ったように苦笑した。

 

 

「そう。ただな、機体は完成したのだが、まだ完全ではないのだよ」

 

「どういうことですか?」

 

「――機体の名前が、まだ決まっておらんのだ。キミに、名付けてもらおうと思っていたからな」

 

 

 エイフマンは静かに微笑み、じっとクーゴを見返す。クーゴの言葉を待っているかの様子だった。

 

 名づけなんてやったためしがない。ネーミングセンスも皆無である。いきなりの難題に、クーゴは思わず生唾を飲み干した。これから苦楽を共にする戦友に、変な名前をつけることはできない。

 この翼は、『還る』ためのものだ。嘗て、クーゴが空を目指すきっかけになったフラッグの系譜を引き継ぐものだ。この御旗を目印に、クーゴは仲間たちの待つ空へとたどり着いた。そうして今、そこへ向かって『還ろう』としている。仲間たちと一緒に、空の元へと。

 

 脳裏に浮かんだのは、幼い頃に夢見た宇宙(そら)。長い長い旅路を追えて、地球へと帰還した人工衛星の名前だった。

 『還る』ための旅路を征く機体の名前は、『還るべき場所』へとたどり着いて見せた伝説の人工衛星にあやかろうと思ったのだ。

 無茶苦茶な願掛けだとはわかっている。確認するように相棒を見れば、その名前がいいと言わんばかりにカメラアイが輝いた。

 

 クーゴはふっと表情を緩め、エイフマンへと向き直る。新しい相棒に魂をふき込むため、その名を口にした。

 

 

「――“はやぶさ”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ユニオンよ、俺は『還って』来た!!」

 

 

「……ダメだ、ものすごくこっ恥ずかしい……! いくら約束とはいえ、この台詞言うのに何の意味があるんだ……!?」

 

 

 

 

 本格的な初陣で、開口1番にこんなセリフを言わされる羽目になることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とくと見るがいい! いきり立て! 私の――」

 

 

『グラハム、知ってるか? 益荒男には、その、……公の場では口に出すことを憚られるような、えっと、……アレな意味があってだなぁ……』

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………とくと見るがいい! 盟友が作りし、我がマスラオの奥義を!!」

 

「おいちょっと待て。何だこの異常な間は!? いや、そもそも何故言い直した!?」

 

「そこは突っ込んではいけない! それ以上突っ込まれたら、その……私が破廉恥なことになってしまう!!」

 

「待ってくれ! あんたは一体何を思い至ったんだ!!?」

 

「ナニ!? ナニって、キミ……っ、キミも相当破廉恥だな少女!!?」

 

「おい待て! 字面がおかしいぞ!? あんた本当にどうしたんだ!? 大丈夫なのか!?」

 

 

「えっ? 何? 何が起きてるんだこれ?」

 

 

 

 

 

 

 御旗の元から分かたれた機体と対峙することを。

 

 

 

 

 

 

 

「人工衛星のはやぶさは、自分が燃え尽きても、ちゃんと役目を果たしてくれたそうだ」

 

 

「……ありがとう。俺を、俺たちを、ここまで送り届けてくれて」

 

 

 

 

 『還る』ための翼は、己の役目を果たすことを。

 

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの明日は何処(いずこ)なりや。

 


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