大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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3.Tomorrow's whereabouts

 

「さて、これが“ゼロからイチに至るまで”の歩みだ」

 

 

 ベルフトゥーロはうんうん頷いて、クーゴたちを見返した。『ミュウ』の年齢云々の話でうっかり(精神的に)大炎上してしまった余韻は、未だにくすぶり続けている。

 

 

『あれ? そういえば、今回はグラン・マとイオリアのいちゃいちゃシーンが少ないですねぇ』

 

『いつもだと、32時間ぐらいぶっ続けで年齢指定物のシーンが続くのに……』

 

『ピー音まみれになるのが日常でしたから、夜戦開始一歩手前で止まるのは新鮮です。むしろ異常です』

 

『これに関しては、異常が正常なんだよなぁ。間違っているのが私たちだし……』

 

 

 テオとイデアがひそひそ囁くような声が『聞こえた』。2人はちらりとアイコンタクトをしただけで、口は一切動かしていない。

 何も知らない頃の自分だったら、“2人は一切口を動かしていないのに、2人の声が聞こえる”という現象に恐怖を覚えていただろう。

 しかし、自分が『ミュウ』であることを知り、『ミュウ』の能力について知った今なら納得できる。この現象に、恐怖を抱くこともなかった。

 

 2人の会話内容を伺うに、ベルフトゥーロは結構自重したらしい。この場には齢7歳に満たない子どももいるのだから当然のことである。むしろ、今回は少年によって救われたということらしい。

 彼がいなかったら『視せられていた』だろう光景を想像し、クーゴは小さくかぶりを振った。想像するだけでも薄らと寒気がした。これ以上考えると精神的に凹みそうなので、以後は考えないようにしなくてはならない。

 

 

「ここからは、現在の世界情勢の話になるよ。一部の方々からしてみれば“おさらい”みたいなものかな」

 

 

 そう言って、ベルフトゥーロはクーゴに視線を向けた。この話は、少し前に意識を取り戻したクーゴ向けの内容らしい。迷うことなくクーゴは頷き返した。そのタイミングを待っていたというかのように、ベルフトゥーロは端末のボタンを押す。

 ホログラムの映像が映し出される。燃え盛る炎と、天を遮らんばかりに広がる粉塵。国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦で見た機体――ジンクスが縦横無尽に飛び回っていた。まるで、仇敵の行方を探しているかのように。

 

 

「国連軍とソレスタルビーイングの戦いが終わったのち、議会は『世界の戦力を1つに集め、統合軍を作る』ことを提案。各国もそれを承認し、統合軍を作るために動き始めた。でも、それに反対する勢力が大規模なテロを起こしたのよ」

 

 

 「彼らの行動は、結局、己の首を締めるような結果を招いたけどね」と、ベルフトゥーロは締めくくる。ホログラムの映像が切り替わった。

 ジンクスとよく似た赤い機体と、赤を基調にした見知らぬ機体がずらりと並んでいる。ごつごつしたフォルムは、人革連のティエレンを彷彿とさせた。

 エイフマンが苦い表情を浮かべてその機体を見返している。何か憤りに近いものを抱いているようだ。その対象者は、愛弟子のビリーに向けられている。

 

 

「教授、どうかしたんですか?」

 

「……この半年間の間、私の教え子(カタギリ技術顧問)は、何に現を抜かしていたんだと思ってな」

 

 

 ユニオンの技術的権威が、と、エイフマンは小さくぼやいた。

 

 彼の言葉とティエレンの面影を彷彿とさせる機体を見比べ、クーゴは何となく合点が言った。統合軍のMSは、人革連の技術者がメインになって開発を進めているのだろう。

 ということは、平穏な頃にビリーと話した「フラッグの後継機」は、かなり難しい案件になりつつあるということか。エイフマンが憤る理由もわかる気がした。

 

 

「大規模なテロをどうにかこうにか鎮圧した統合軍は、統一を推し進めるために独立治安維持部隊を発足したの。部隊名はアロウズ。この部隊には、各国の精鋭たちが招集されたわ」

 

「アロウズ!? ハワードたちが所属してる部隊の名前じゃないか!」

 

 

 聞き覚えのある部隊名が耳に入り、クーゴは思わず声を荒げた。その言葉を証明するかのように、アロウズに所属している軍人のデータが表示される。

 己の言葉/己が夢で聞いた通りに、見覚えのある名前が提示される。ハワード、ダリル、アキラ、ジョシュア――それらを追いかけて、ふと、クーゴはある名前に目を留める。

 コードネーム、ミスター・ブシドー。その名前を、クーゴは『知っていた』。脳裏をよぎったのは、仮面と陣羽織を身に纏った親友――グラハム・エーカーの後ろ姿であった。

 

 

「どうして意識不明だった奴が、世界情勢の一端を知ってるんだよ?」

 

「……夢で、仲間たちから話を聞いた。多分、『ミュウ』の能力が理由なんだと思う」

 

 

 ミハエルが怪訝な顔をして首を傾げた。思い当たる節は『ミュウ』の能力くらいしかない。

 自信なさげに頷いたクーゴの言葉を肯定するように、ベルフトゥーロは頷いた。

 

 

「アロウズの役目は治安維持にある。但し、奴らのスタンスは“治安を維持するためならば、言論封殺だって厭わない”タイプだ。奴らから邪魔者だと認定されてしまえば、あの手この手で抹殺される。社会的、あるいは肉体的な意味でもね」

 

 

 ベルフトゥーロは深々とため息をつき、肩をすくめた。クーゴも眉をひそめ、名簿に映し出された仲間たちの名前を見つめる。彼らはみんな、虐殺を強要されているのだ。

 夢の中で『知らされて』いたとはいえ、改めて現実を目の当たりにすると辛いものがある。彼らは自ら進んで、この治安部隊に移ったわけではないと『知って』いれば、尚更。

 

 丁度、ホログラムには戦地が映し出されている。無抵抗の人間たちに、ジンクスとよく似た赤い機体からの攻撃が降り注いだ。

 

 

「これは、連邦政府のやり方に否定的だった少数部族の住む地区に、アロウズが攻撃を仕掛けたところよ」

 

「……こんな光景を見ても、議会や市民は何も言わないのか」

 

「言えないんだよ。議会の連中も、市民も、虐殺が起こっているなんて()()()()んだからな」

 

 

 クーゴの言葉に、ロックオンと呼ばれた青年は首を振った。彼の発言に嫌な予感を覚え、クーゴは息を飲む。

 

 

「まさか、情報統制か!?」

 

「ああ。しかも、情報統制を行っているのは、アロウズが所有するスーパーコンピュータだって話だ」

 

 

 「ソレスタルビーイングの頭脳と同じレベルのモノがあるなんて知らなかった」と、青年は遠い目をした。彼は、そのコンピュータにまつわるものに思いを馳せているように見える。

 彼の言う“ソレスタルビーイングの頭脳”が何を指しているかは、コンピュータという発言からなんとなく予想はできた。クーゴの予測を肯定するかのように、脳裏に光景が浮かぶ。

 

 特攻兵器が飛び交う中に、小惑星が見える。あれこそがソレスタルビーイングの頭脳であると、クーゴは直感した。

 

 スーパーコンピュータに仕掛けられていた防壁を突破しようとするのは、紫基調で重装備のガンダムだ。その隣には、青基調で羽が生えたガンダムが並んでいる。羽の生えたガンダムには、ゼロシステムという“勝利を演算する”システムが搭載されていたはずだ。

 この光景を、『知っている』。虚憶(きょおく)で何度も目にした光景だ。「人間ではシステムが齎す情報に耐えられない」とされながら、防壁を突破しつつ五体満足で帰ってきたガンダムパイロットの名前。確か、名前は――ヒイロ・ユイ。コロニーのガンダム、ウィングガンダムゼロのパイロットだ。

 そういえば、彼はどの虚憶(きょおく)でも、刹那と相棒のような関係にあった。OEでもコンビを組んで飛び回っていたし、Zでは無二の親友と言える間柄だった。それを見たグラハムが何やらぶちぶち言っていたような気がする。奴にも思うところがあったらしいが、今はどうでもいいことだった。

 

 

「しかし、誰もがこの支配を受け入れたわけではない。現状を打破しようとしている者たちは存在する」

 

 

 次に口を開いたのはエルガンだった。

 彼もまた、端末を操作する。

 

 映し出されたのは、旧式のMSたち。疑似太陽炉が流布したことによって廃れた、各国の機体たちだった。ティエレン、ヘリオン、イナクト、ブラスト、そして――フラッグ。

 

 

「政府の強制的な統一に反対する、過激派武装組織カタロン。彼らは第2のソレスタルビーイングになろうとしているようだが、結果は察するに余りあるな」

 

「要するに、世界の害悪とされてるってことか」

 

「ああ。……当然だな。スーパーコンピュータによって、世界に発信される情報には偏っている。箱庭を造り上げる人間にとって都合のいいものばかりだ」

 

 

 箱庭、という言葉を語るエルガンの眉間には、深々と皺が刻まれていた。まるで、その言葉自体に嫌悪感を抱いているかのように。

 エルガンは古の『ミュウ』だ。コンピュータ(グランドマザー)が打ち立てたS.D体制によって故郷を滅ぼされ、家族や仲間を失っている。

 S.D体制を一言で言い表すなら、箱庭と言う言葉が相応しい。――ああ、だから彼は、この言葉を嫌っているのか。合点がいった。

 

 クーゴはホログラムに視線を向ける。疑似太陽炉搭載型と非疑似太陽炉搭載型の機体が戦いを繰り広げていた。

 どちらが優勢かなんて、見なくてもわかる。疑似太陽炉搭載型1機に対し、旧式の非疑似太陽炉搭載型十数台が戦っていた。

 

 しかし、非疑似太陽炉搭載型の機体は次々と撃墜されていく。カタロンの方がじり貧であった。

 

 ホログラムの映像が変化した。そこに映し出されるカタロンの活動は、第2のソレスタルビーイングを名乗るには、いささか荒々しいものだった。テロリストと言っても過言ではない行動も見られる。

 穏健派よりも過激派の方が多いのだろう。いや、過激な路線を取らないといけない程、カタロンに所属する面々は切羽詰っているように思った。世界から理不尽に責められ、弾圧される側だから仕方ないのかもしれないが。

 

 

「で、その脇で人命救助とボランティア、およびアロウズの妨害に動き回っている組織が『スターダスト・トレイマー』ってワケです」

 

 

 エルガンに代わって、テオが口を開いた。

 

 

「アロウズから攻撃、あるいは弾圧される人々の大部分が、“連邦の支配体制に異を唱えた”あるいは“支配体制に疑問を抱いている”人間です。優秀な軍人や政治家など、その分野は多岐にわたります。しかもその大半が、有能で人望のある場合が多い」

 

「箱庭を造り上げたいと思う人間からしてみれば、邪魔者になり得る存在ってことか」

 

「ええ。……と言っても、アロウズが1枚岩かと言われれば、答えは否ですけどね。組織内の中でも、“支配体制に疑問を抱いている”人間だっています。表だって言わないだけで」

 

「でも、ひとたびそれを口に出すと、即座に抹殺されます。『スターダスト・トレイマー』の任務は、彼らを保護したり、アロウズの弾圧を妨害したり、現在の支配体制を打倒するための作戦を水面下で行うことです」

 

 

 テオの言葉をヨハンが引き継いだ。クーゴは首を傾げ、問いかける。

 

 

「支配体制の打破って、具体的に何をするか決めているのか?」

 

「一番手っ取り早いのが、アロウズのしていることを世界に発信することかな」

 

 

 「なかなかうまくいかないみたいだけど」と、ネーナは肩をすくめる。スーパーコンピュータによる厳重なロックを乗り越えるのは、相当骨の折れる作業であることは明らかであった。それでも、『スターダスト・トレイマー』の面々は諦めていないようだが。

 他に何をしているのかと問えば、やはり、アロウズの作戦を妨害することがメインとなっているという。特に、保護に関することを重点的に行っている様子だった。「守るべきは人材である」ということだろう。次の時代を切り開くには、やはり人の力が必要不可欠だ。

 

 そこまでの話を聞いて、クーゴはふと気づいた。

 

 ネーナを筆頭としたトリニティ兄妹、およびテオの話を聞く限り、彼ら自身が『スターダスト・トレイマー』に所属しているような話しぶりである。

 確認するようにテオを見れば、彼は満面の笑みを浮かべて見せた。キミの考えは間違ってないよ、と言いたげな、綺麗な笑みであった。

 笑顔の意味の答え合わせとでも言わんばかりに、ベルフトゥーロが悪い笑みを浮かべる。それこそ、『悪の組織』の総帥に相応しい笑顔だった。

 

 

「ふっふっふ。キミの想像通りだよ。『悪の組織』と『スターダスト・トレイマー』は、同一組織だったのさ!」

 

 

 これ以上にもないドヤ顔だった。そこまで胸を張って言う内容かと思ってしまうくらいに。

 ベルフトゥーロは得意げに笑っていた。何とも言えない空気が漂う。

 

 

「どうだ、驚いたか?」

 

「…………そうですか」

 

 

 どうにかして、それだけを口にした。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 沈黙。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 沈黙。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 沈黙。

 

 

「…………」

 

「…………ちょっとォ! そこは『な、なんだってー!!?』って驚くとこじゃない! ノリ悪い!」

 

 

 ベルフトゥーロが口を尖らせる。彼女の後ろに控えていたエルガンが、額に手を当ててため息をついた。

 ロックオン、ヨハン、ミハエルは顔を見合わせたのち、ベルフトゥーロから視線を逸らして首を振る。

 少年はおろおろと女性と周囲を見回し、イデアとテオは生温かく微笑んだ。これが通常営業らしい。

 

 ぶうたれたベルフトゥーロに代わって、エルガンが口を開いた。

 

 

「『悪の組織』が技術提供や慈善事業による穏健的なアプローチを行い、『悪の組織』では解決しづらい荒事を担当するのが『スターダスト・トレイマー』だな。大体の面々が、『悪の組織』の技術者と『スターダスト・トレイマー』のMSパイロットおよび戦術指揮官、あるいはクルーの構成員となっている」

 

「ってことは、アニエスたちも……」

 

「ああ。彼らも、若輩者であるが腕利きの技術者であり、MSパイロットでもある」

 

 

 クーゴが頭に思い浮かべたのは、ユニオン軍に在籍していた頃に交流を重ねた若き技術者たち――アニエス・ベルジュ、ジン・スペンサー、サヤ・クルーガー、アユル・クルーガーの4人であった。クーゴを()()と呼んだ面々である。

 クーゴの問いかけにエルガンは頷いた。端末をいじり、何かを確認する。「……ふむ。この件が片付けば、彼らは戻ってくるだろう」と、小さく呟いた。彼の様子から察するに、アニエスたちはMSパイロットとして出向いているらしかった。

 

 

「ま、現状確認はこんなものかな」

 

 

 ベルフトゥーロはそう締めくくり、クーゴを見た。何かを問いかけるかのような眼差しだった。今までのこと、現在のことと話が続いてきたのならば、次にする話は1つである。

 

 

「次は、これからの話ってことか?」

 

「そうだね。それに関しては、ここにいる全員に当てはまるよ」

 

 

 ベルフトゥーロは周囲を見回す。ここにいる面々の大半が、訳があって『悪の組織』/『スターダスト・トレイマー』に身を寄せている者らしい。

 表では死んだことにされている者、組織の壊滅によって行き場を失ってしまった者、元いた場所に出戻る以外方法がとれない者の3グループに分かれている。

 そして、クーゴ以外の人物が、『どうするかの回答を保留している』もしくは『行動を起こすためのタイミングを待っている』面々なのだ。

 

 ベルフトゥーロは、答えを急がせるつもりはないらしい。時間はまだあるから、と、静かに微笑んだ。20代の女性が浮かべるような晴れやかな笑みではなく、老婦人が若者を見守るような、慈愛に満ち溢れた微笑みであった。

 若々しい外見とは打って変わった表情に、クーゴはほんの一瞬面食らう。どう反応していいのかわからない。それは、イデアとテオ以外の面々も同じだったようだ。何とも言い難そうな表情を浮かべ、視線を彷徨わせる。

 

 

「さて、今回はここまで。何かあったら連絡して頂戴。もしくは、イデアやテオ、アスルやエイミー辺りに連絡してくれればいいからね」

 

 

 そう告げて、ベルフトゥーロは車椅子の向きを変えた。刹那、彼女の端末に着信が入る。

 

 

「はいもしもし、『悪の組織』代表取締役(そうすい)です。――ああ、貴女様でしたか。……はい、……はい! わかりました、即座に向かいます!」

 

 

 並大抵の男が霞むほどのいい笑顔で、ベルフトゥーロは端末越しの相手に答えた。そして、即座にこの場から転移する。『ミュウ』の能力を使ったのだろう。

 彼女の背中を見送った後、エルガンが肩をすくめてため息をつく。端末を確認した後、彼は「そろそろ時間だな」と呟いた。彼は国連代表だ。会議があるのかもしれない。

 エルガンもベルフトゥーロと同じように転移する。残されたのは、ベルフトゥーロによってここに集められた面々ばかりだ。何とも言い難い沈黙が広がる。

 

 

「……えーと、とりあえず、自己紹介しましょう」

 

「そうだな。名前は会話の最中に訊いたわけだけど、自己紹介はまだだったし」

 

 

 イデアの提案にクーゴは乗った。

 

 クーゴの自己紹介を皮切りに、面々が自己紹介を終えていく。最後になったのは、黒髪黒目の少年だ。

 Unicornのパイロットで、蒼海の息子。少年はおずおずと口を開く。

 

 

宙継(そらつぐ)です。刃金(はがね) 宙継(そらつぐ)。宇宙の『宙』に、跡継ぎの『継』という字を書くんです」

 

「へえ。……そっか、宇宙の『宙』の字も、『そら』って読むからな。そう言う意味ではお揃いかな」

 

「お揃い?」

 

「ああ。俺の名前、『空』を『護』るって書くと言っただろう? 前に使われた『空』()の字が、同じ読みになるんだよ」

 

 

 それを聞いた外国人枠が、面白そうなものを見つけたかのように感嘆のため息を漏らす。確かに、漢字の同音異字については興味深いものがあるだろう。湧くのもわかる気がする。

 周囲の湧きように、少年が目を瞬かせた。おそろい、と、囁くように零して、口元をほころばせる。以前対峙したときに見た悲壮なものではない、年相応の少年の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「リチャード少佐に代わって、僕がオルフェスに搭乗することにしたんです」

 

 

 そう言ったアニエスは、強い決意を固めているようだった。彼の眼差しはどこまでも真っ直ぐで、迷いなど見えない。彼の姿を見ていると、どうしてか、前大戦の自分たちのことを思い出す。

 クーゴたちの始まりも些細なことがきっかけだった。運命的な何かに引きずられて振り回されて、けれど最後は自分から「運命と向き合う」ことを選択した。『未来のために戦う』ことを選んだときも、『大切な場所へ還る』ことを選んだときも。

 懐かしいような心地と、部下の成長していく姿に、クーゴは感慨深いものを抱いた。もし、クーゴが早い段階で結婚していたら、年頃の子どもがいたのかもしれない。だから、息子を見ているような心地になるのだろう。

 

 

「……そうか。何を言えばいいかは分からないが、それがお前の選択なら、それでいいと思うぞ」

 

「はい」

 

「頑張れよ。俺も、できる限りサポートするから」

 

 

 クーゴが笑いかければ、アニエスも微笑んで頷き返した。

 

 アンノウン・エクストライカーズに居候する羽目になってから、もうすぐ1カ月近くになる。謎の巨大ロボットに後輩共々撃墜され、機体の暴走で死にかけていたところをリチャードたちに助けられたときのことは、遠い昔のように思えた。

 当然だ。アーカムシティに現れた謎のロボに撃墜されて以降、世界を揺るがしかねない陰謀に巻き込まれてしまったのだから。おかげでアンノウン・エクストライカーズはテロリスト認定され、連邦軍やその他諸々から追われる立場にある。

 

 

(心配事がないわけじゃないけどな。グラハムとか、ジンとか)

 

 

 脳裏をよぎった憂いに、思わずため息をつく。クーゴの関係者はみんな、クーゴと同程度、あるいはそれ以上に厄介な事態に身を置かれてしまっていた。その理由は、クーゴが社会的に死んだことにされてしまっているのと、指名手配犯の1人にされてしまったことと深く関わっている。

 露骨な監視である。かねてから親交があった面々は、アンノウン・エクストライカーズや異邦人たちに対して敵対的な人間の下に配属させられていた。その代表は、上司のローニン・サナダやグラハム率いるソルブレイブズ隊が挙げられる。犯人であるハザードの顔が浮かび、クーゴはひっそり眉をひそめた。

 特に大変な目に合ったのが、クーゴの身内である。“彼”の精神と外見は10代の子どもだ。たとえ大卒程度の学力を持っていても、子どもであることには変わりない。犯罪容疑者の身内だからといって、独房に放り込まれそうになったり、自白を強要させられそうになったり、暴力を振るわれる云われはないはずだ。

 

 グラハムたちが庇ってくれたものの、ハザード率いる一派は追撃の手を休めなかった。アンノウン・エクストライカーズと関わりのある人間たちで、多くの者たちが監視対象にされているという。親しい関係であればあるほど、対応が不当で厳しいものになるという話を、グラハムから『聞いた』。

 思えば、身内の“彼”は、クーゴを神聖視している印象があった。身内同士、腹を割って話せる関係を築いていこうとしているクーゴたちであるが、身内になるまでのゴタゴタが尾を引いている部分があるのだろう。無条件で慕ってくれるのは嬉しいが、ぎこちなさが残ったままなのが悲しい。

 

 最近は、どうにか普通に過ごせるようになったと思う。そう思いたい。

 

 半ば祈るような気持ちで“彼”を見る。彼は、早瀬浩一を筆頭とした面々と楽しく談笑していた。友達が増えたと語る“彼”の姿を見ていると、込み上げてくるものがあった。

 大人しく控えめな“彼”であるが、行動力は凄まじい。『悪の組織』からのバックアップを受けたとはいえ、ハザード一派の監視を掻い潜って、単身日本へ高飛びするとは思わなかった。

 しかも、“彼”もまた、クーゴと似たような巻き込まれ体質を発症した。なし崩しで早瀬軍団に所属し、そのままJUDAおよびアンノウン・エクストライカーズに合流したのである。

 

 

(……まるで、本当の“身内関係”みたいだ)

 

 

 クーゴはほっとして微笑んだ。

 

 自分と“彼”を繋ぐものは、まるで互いが互いの過去/未来の姿をしているとしか思えない外見と、“身内”という関係と、一緒に暮らしているという事実だけである。

 だから、ふとしたときに「自分と“彼”が“身内関係”だ」と指摘されたり、感じたりすると、とても嬉しく思うのだ。クーゴはゆるりと目を細める。

 

 

「さて、俺も頑張らなきゃな」

 

 

 自分にできることを、全力で。

 クーゴは、決意を固めるように手を握り締めた。

 

 

 

*

 

 

 

 

 どんな理由があっても、子どもが親を殺していいはずがないのだと。

 家族が家族を手にかけていい理由などないのだと。

 アニエスはそう言って、サヤの代わりに引き金を引いた。

 

 サヤと寄り添う彼の姿を見ていると、意地の悪い質問をぶつけてみたくなる。

 

 

(なあ、アニエス。お前の理論だと、俺はとんでもないヤツだってことになるな)

 

 

 クーゴは身内関係にある人間に、引き金を引いたことがあった。

 大切なものを守るため、大切な場所へ『還る』ため、暴走し続ける身内――“彼女”を止めるために。

 

 その決断が正しかった、とは、まだ断言することができない。大丈夫だと思っても、日々を生きるうちに、自信が持てなくなる日があった。

 今だって、そう。若者の背中を見て、自分の歩みを鑑みる。悩んで、迷って、それでも生きていくしかできないのだろう。

 不意に、手を引かれた。振り返れば、イデアが心配そうにこちらを見つめている。クーゴは相当憔悴していたらしい。

 

 

「大変なことって、立て続けに起きるんだな」

 

「そうですね」

 

 

 イデアはクーゴの手を取る。

 

 

「……今のクーゴさんに必要なことは、ゆっくり休むことだと思いますよ。頑張るの、ちょっとお休みしましょう」

 

 

 ね? と笑うイデアの横顔は、とても綺麗だった。

 それにつられて、クーゴも表情を緩める。

 

 

「そうだな」

 

 

 クーゴの手から零れ落ちたものは、沢山ある。前者の方が圧倒的に多いけれど、手の中に残ったものもある。手の中から零れ落ちそうな中で、紙一重で手の中に残っているものもあった。

 “身内”である“彼”こそ、紙一重で手の中に残っているものだ。クーゴは祈るように目を伏せた。もうこれ以上、自分たちの手の中から何も零れ落ちてくれるな――その願いが、叶えばいい。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 死せる者たちの魂が、生きる者たちを走らせる。未来のために散った人々が、未来を生きようとする自分たちに力を貸してくれたのだ。

 

 世界の秩序を守るため、世界のすべてをリセットしようとする女神。その存在こそ、ノーヴル・ディランが“アルティメット・クロスに超えさせようとした強大な壁”だ。

 誰もが決意を固めて神に挑む。大切なものを守るため、人が人として生きる“当たり前”を守るため、積み上げられてきた過去とこれから積み上げていく未来を守るために。

 女神が使役する化身たちを打ち倒し、あるいは掻い潜り、仲間たちは攻撃を叩きこむ。クーゴもそれに続いて攻撃を仕掛けた。機体の武装が唸りを上げる。

 

 強大な力を持つ女神の体が揺らいだのはいつだろう。仲間たちが放った攻撃が効いているのだ。それを確認した面々の士気も一気に上がる。

 攻撃を仕掛け、攻撃を躱し、攻撃を防御し、どれ程の時間が経過したのか。ついに、女神が崩れ落ちた。それを確認した、青い機体が飛び出す。

 

 

「うおおおおおおおっ!」

 

「はあああああああっ!」

 

 

 オルフェスとライラスが合体する。命の答えに到達したサヤとアニエスが手にした、新しい力――オデュッセイアが降臨した。

 

 機体を動かしているのはアニエスとサヤだけではない。2人とは違う方向性から命の答えにたどり着いた者たち――ジンとアユルもいる。彼らが見出した答えが互いの答えを補完し合い、機体の出力を爆発的に引き上げた。

 青白く輝く光は、アニエス、あるいはアルティメット・クロスたちの命の輝きだ。明日を手にし、未来に向かって歩み出すことを望む、人々の想いそのものだ。光の太刀が女神に叩きこまれる。1つ、2つ、3つ。女神は断末魔の悲鳴を最後に、爆炎の中に消え去った。

 自分たちがやり遂げたことを感じ取り、仲間たちが歓声を上げた。お調子者も、物静かな人も、知的な人も、不愛想な人も、誰構わず笑顔を浮かべる。しかし、気づいてしまった。

 

 戦いに勝ったのはいいが、地球に帰還する方法が見つからない。どうしようかと仲間たちが悩み始めたときだった。

 

 

「地上へ帰還するためのエネルギーは、自分たちに任せてほしい」

 

 

 その言葉を皮切りに、この戦いで命を落とした者たちが動き出す。彼らに呼応するかのように、一部の機体と人々が“そちら”側へと向かった。

 異界の歌姫、ホウジョウの王、決して仲間を裏切らなかった少年、悠久を繰り返した大魔導士とそのパートナー、フェストゥムの少年、三国志の修羅2人。

 

 

「せっかく一緒に戦えたのに、これでお別れなのか?」

 

「そんなことはない。我々は『あるべき場所へ還る』だけだ」

 

 

 別れを悲しむ自分たちに、彼らは笑い返す。

 

 一緒に戦えてよかった。一緒に過ごした日々は楽しかった。これから生きるキミたちに、未来を託す――。

 彼らの言葉を胸に刻み、アルティメット・クロスは前を向いた。アニエスとサヤも、晴れやかな笑みを浮かべた。

 

 

「それじゃあ、いくぞ」

 

 

 その言葉を合図に、世界が白く染まる。輪廻の果ての世界が消えて、見えてきたのは青い惑星(ほし)――地球だ。

 自分たちの大切な人たちが待つ、自分たちが生きていく場所。多くの命を育む星。最後に見たのはいつだっただろう。随分昔のことのようだ。

 『帰ってきた』――その言葉が、その実感が、すとんとクーゴの胸に落ちる。自然と頬が緩んだ。

 

 

「さあ、帰ろう」

 

 

 そう音頭を取ったのが誰だったのか。

 

 

「ああ、帰ろう」

 

 

 そう答えたのが誰だったのか。

 

 地球へ進路を取った面々には、些細なことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くから、ざわめきが響いてくる。悲鳴に近い声だった。ばたばたという足音も聞こえてくる。

 

 

「少佐! リチャード少佐っ!!」

 

「お父さん!」

 

 

 聞き覚えのある声より、ほんの少しだけ若い声がした。クーゴは足を止め、振り返る。担架に乗せられた男性と、単価の周囲に集まる少年少女が見えた。

 担架に乗せられた男性とは直接顔を合わせてはいないが、虚憶(きょおく)では何度も顔を合わせている。彼が弟子によって撃たれる現場に、クーゴも居合わせていた。

 名前はリチャード・クルーガー。虚憶(きょおく)では、UXのまとめ役でオルフェスのパイロットだった人物である。

 

 男性を取り巻く少年の1人――茶髪でくせ毛の少年こそ、彼の弟子――アニエスだ。黒髪の少女がサヤ、紫の髪の少年がジン、金髪の少女がアユルである。

 

 担架と少年少女は廊下の奥に消える。見知った顔で、交流を重ねていた相手でなければ、クーゴはそのまま無視して部屋へ戻っただろう。

 どうしてか、気になって、クーゴは彼らの元へ向かった。途中ですれ違った者たちの声が『聞こえる』。

 

 

『リチャードさん、大丈夫かな。アロウズとの交戦で怪我したって聞いたけど』

 

『アニエスたちを庇ったんだって。大丈夫かな……』

 

『あの傷だと、パイロットとして戦線復帰するのは無理だろうな。むしろ、無理を押して戦おうとすれば本当に死ぬかもしれない』

 

『アーニーたち、これから大変だろうなぁ』

 

 

 誰もが、彼らのことを心配していた。

 

 

(虚憶(きょおく)にも、似たようなことがあったな)

 

 

 すれ違う人々の会話を総合的に組み合わせながら、クーゴは思い返す。いつかどこかで、地球と人類の未来を切り開くために、己の運命に従った男がいたことを。

 死の運命を受け入れ、未来を切り開く礎となった男。それが、リチャード・クルーガーだった。死せる魂が、未来を生きる者たちを走らせる。その光景を、『知っている』。

 

 果たして、少年少女の姿は見つかった。廊下の一番奥にある椅子に、4人は座っている。誰一人として、明るい表情を浮かべている者がいない。声をかけようとしたとき、奥の扉が開いた。出てきたのは、医師と思しき格好をした若者である。

 

 

「少佐は!?」

 

「お父さん、大丈夫ですよね!?」

 

「一命はとりとめましたが、戦線復帰は絶望的です。無理を押して戦場に立てば、確実に命を落とすでしょう」

 

 

 4人の言葉に、医師は沈痛な面持ちで告げた。それを聞いた面々は俯く。

 

 

「しかし、オルフェスが中破、ライオットが2機ともシステム崩壊によって修理不能になるとなぁ。ジンの方は新型機の開発がもうすぐ終わるからいいとしても……」

 

 

 『悪の組織』クルーは、自分の専門分野だけでなく、組織のMS開発状況にも精通しているらしい。難しい顔をして、端末を開き情報を確認している。

 何とも言い難そうにしていたアニエスだが、覚悟を決めたように顔を上げた。彼の横顔は、いつかどこかで見た青年の面影を感じる。

 

 

「じゃあ、僕がオルフェスに乗ります」

 

 

 「機体のシステムは、僕が搭乗してたライオットの発展型なんですよね?」と、アニエスは確認するように問いかけた。医師は目を瞬かせたのち、頷く。

 アニエスの決意表明を聞いたジンたちが、驚いて立ち上がった。何かを言う前に、アニエスが放った言葉によって、3人は大きく目を見開く。

 

 

「少佐が意識を失う前に、言ってたんだ。『オルフェスとサヤを頼む』って」

 

「アニエス、お前……」

 

 

 アニエスはジンをまっすぐ見つめて、頷いた。何かを感じ取ったのか、ジン、サヤ、アユルたちは顔を見合わせて、アニエスに視線を戻した。

 訝し気だった3人の表情は、アニエスと同じ微笑みが浮かんでいる。互いの眼差しに応えながら、3人はもう1度頷き合った。

 その光景を、クーゴは『知っている』。輪廻の果てで、未来を求めて戦った青年たちの姿が脳裏によぎった。懐かしさと安堵感が込み上げてくる。

 

 虚憶(きょおく)の中で、クーゴはアニエスとジンを自分とグラハムの関係性に重ねていた。かけがえのない、大切な相棒同士。片方が欠けるなんて、あまり考えたくない。

 彼らの道が分かたれたのはいつだろう。別々の道を行き、刃を、銃口を向け合って、殺し合うことになったのは。もう1度道が重なることを願い、それは2度と訪れなかった。

 

 

(ああ、よかった)

 

 

 この世界の彼らは、虚憶(きょおく)の彼らと同じようなことはないだろう。同じ場所を終着点と定め、同じ道を歩んでいく。

 

 クーゴは思わず表情を緩める。

 不意に、少年少女は顔を上げてこちらへ振り返った。

 クーゴの気配に気づいた彼らは、ぱっと表情を輝かせる。

 

 

「ハガネ()()!」

 

「待てアーニー! ()()少佐って呼んじゃダメだろ!」

 

「でも、国連軍とソレスタルビーイングとの最終決戦で名誉の戦死扱いされて2階級特進したから、少佐が正しいんじゃないのか?」

 

「あっ……」

 

 

 以前見かけたやり取りと違うけれど、彼らは相変わらず仲良しのようだ。その事実が嬉しくて、クーゴの口元が自然と緩む。

 こちらへ駆け寄ってきた彼らに応えるように、クーゴも4人に会釈し返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

「オルフェスがライラスと合体できるようになったんだ!」

 

「これで、ベルジュくんと共同作業が……うふふふふふ」

 

「いいなー。お姉さまばっかりずるい! 私もジンと合体したいです!!」

 

「あ、アユル……!」

 

 

「ああああああああおあああああああああっああああああうわああああああああああああああああああっああああああああああ!?!?!?」

 

 

 

 

 リチャード・クルーガー氏が一時的狂気を発症することを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、どうかな?」

 

「何がですか?」

 

「フラッグよりも、はや」

 

「言いませんよ!? 俺はフラッグ一筋なので」

 

「……つれないねェ」

 

 

 

 

 

 

 

 あまり意図せずに、トラウマフラグをへし折ることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行け、刹那! お前は、ガンダムを超えろ!!」

 

「刹那、その顔はなんだ? その目はなんだ? そんな状態で敵を倒せるか」

 

「キミの想いは充分伝わってる。だから、僕らはその道を切り開く力になる!」

 

 

「まったく。連邦のスーパーエース殿ときたら……相変わらず、引き際を心得ていないのだな」

 

「アナタの愛は、そこで朽ちるはずがありません。そうでしょう? カテゴリー平民の異端者」

 

 

「行くぞ、アンドレイ。我々は、市民を守る軍人だ!」

 

 

「あんたが背負ってる想いは、こんなところで落ちるようなものじゃないだろう!?」

 

「露払いは任せてもらおう、ライトニング。――伊達に、火消しのウインドを名乗っている訳ではないのでな!!」

 

 

 

 いつかの想いが、今ここで生きる人々を奮い立たせる瞬間を、目撃することを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの明日は何処(いずこ)なりや。


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