大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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2.ゼロからイチへ至るまで

 

 

「若者よ、『目覚めた』キミたちは知る“義務”と“責任”がある」

 

 

 女性は、この場に集った全員を見回してそう言った。

 

 

「我が『同胞』が辿ってきた歴史を、受け継いだ想いを、その『力』の在り方を」

 

 

 レイフ・エイフマン、テオドア・ユスト・ライヒヴァイン、ネーナ・トリニティ、ミハエル・トリニティ、ヨハン・トリニティ、ロックオン・ストラトス/ニール・ディランディ、ソラツグ・ハガネ、イデア・クピディターズ、そして――クーゴ・ハガネの9人である。

 つい数分前まで情けない泣き顔を晒していたエルガンは、自分の脇に控えるようにして立っていた。目元がやや赤いが、話をするという点からしてみればまだマシであろう。大体、エルガンが変なことを言うのが悪いのだ。

 

 

『お前から、“世界で2番目に愛される男”になりたい』

 

 

 数十分前の会話が、エルガンの言葉が、女性の脳裏にフラッシュバックする。

 

 どこまでも真摯な眼差し。今まで押し込めてきたものを吐き出すかのように、鬼気迫った声が脳裏に響いた。

 

 

『私がお前の1番目になれないことなど、承知している』

 

『それでも……世界で2番目でもいいから、選ばれたい。1番目はイオリアに明け渡すとしても、それだけは譲れないんだ』

 

 

 確かに、女性にとって1番愛する男はイオリア・シュヘンベルクである。それ以外の男を愛せと言われても無理だ。性格的にも、状態的にも。

 息子認定しているリボンズやイノベイドたち、自分を指導者(ソルジャー)と慕う仲間たちに抱くのは家族愛であり、愛は愛でも例外枠であるが。

 前々から女々しい奴だとは思っていた。変なことを言う奴だと思っていた。長く生きすぎた弊害だとでもいうのだろうか。女性には、彼の気持ちなんてわからない。

 

 わかったとしても、応えることはできないだろう。だから、女性は見ないフリをする。理解することを放棄する。そうすれば、すべてが平穏のまま。

 いつものように軽口を言いあって、喧嘩し合って、背中を預けて、生きていく。女性の命の光が燃え尽きるその瞬間まで、愛すべき日々は繰り返されるのだ。

 

 今までも、これからも。

 

 

「同時に、知る権利がある」

 

 

 ……いけない、盛大に思考回路が脱線してしまった。

 閑話休題である。

 

 

「私とイオリア・シュヘンベルクが何を願い、何を思い、その道を突き進んでいったのかを」

 

 

 女性は大仰に頷き、手をかざした。青い光が舞い上がる。エイフマン、ネーナ、ミハエル、ヨハン、ロックオン、ソラツグ、クーゴらは反射的に目を閉じた。

 『ミュウ』の有する能力を使った、過去の追体験だ。これから6人は、『ミュウ』の歴史と歩み、ソレスタルビーイングの始まりについて『視る』ことになる。

 

 彼らがどんな答えを出すかはわからない。しかし、少なくとも、何も知らなかった頃に戻ることは不可能だ。『ミュウ』として目覚めてしまった彼らは、常に選択を迫られることになる。その試金石が、『ミュウ』と女性の歩んできた軌跡を見た後の判断だ。

 ここに残ることを選んでもいい。古巣へ還ることを選んでもいい。彼らが何を選んでも、女性たちは彼らのバックアップに全力を注ぐつもりだ。『同胞』のよしみである。この世界はまだ、異質なものに対して厳しいきらいがあるためだ。

 だって、ソレスタルビーイングが壊滅するタイミングとか、国際状況を鑑みるに、イオリアの夢見た統一には遠すぎる。統一という名の言論封殺と虐殺が、秘密裏に行われているという時点でお察しだった。8割がた、アレハンドロのせいだろう。

 

 いや、正確に言えば、『アレハンドロを利用しようとしていた存在』のせいなのだが。

 

 

(……すべて、ってわけじゃないんだけどね。うん)

 

 

 女性はひっそりと苦笑しながら目を閉じる。

 新たな『同胞』たちが目覚めるまで、まだ時間がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐるん、と、体が一回転したような感覚に見舞われた。変な浮遊感と振動が続いた後、浮遊感を残して不快な振動はなくなる。

 それを確認した後、クーゴは恐る恐る目を開けた。自分の周囲に漂っているのは、『悪の組織』総帥によって集められた面々である。

 

 眼下には、穏やかな街が広がっている。

 自分たちの見慣れた、平和な光景だ。

 しかし、次の瞬間、世界は一変する。

 

 高層ビルを思わせるような大きな建造物が見えた。気づけば、いつの間にか施設内部に光景が変わる。

 

 内部には、少年少女が集められていた。背丈や声から判断するに、中学生くらいの年齢だろう。彼らはみんな、病院着に似た服を身に纏っていた。

 看護師とよく似た格好をした女性が、少年の名前を呼ぶ。金髪に青い瞳の青年が立ち上がり、看護師に促されるまま部屋へと足を踏み入れた。

 

 ICUを彷彿とさせる機械に横たえられた青年を尻目に、大人たちが機材を動かす。

 それを皮切りに、世界が目まぐるしく動き始めた。

 

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間として、青い星(テラ)の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 その言葉は、どこかで目にしたことがあった。

 

 

『お前はブルー・1(ワン)、突然変異種『ミュウ』のニュータイプだ』

 

 

 その光景は、どこかで思い描いたことがあった。

 

 

(これは……『Toward the Terra』?)

 

 

 以前、クーゴが読んだことのあるSF小説に、同じ場面が出てきたことを思い出す。『Toward the Terra』を読んだとき、どうしてか、「これはただの創作ではない」と感じたことを覚えている。

 もしかしたら、それは、クーゴの『ミュウ』因子や荒ぶる青(タイプ・ブルー)の系譜が、クーゴの知らぬ間に訴えかけてきたものだったのかもしれない。異種族の末裔としての本能が、先祖の記憶に反応したのだろう。

 

 

『早く乗り込むんだ! 船に!』

 

 

 燃え盛る街並みから飛び立った宇宙船。当てもなく彷徨い続けた彼ら――『ミュウ』は、長い旅を経て、惑星アタラクシアの育英都市アルテメシアに潜伏する。

 『ミュウ』の初代指導者が、後継者を見出した/ある少年が成人検査を受けたとき、長い戦いと旅路の幕が上がったのだ。少年の名は、ジョミー・マーキス・シン。

 人類と和解するためにメッセージを送る彼に対し、人類は容赦ない攻撃を繰り返した。長い逃亡生活に疲れ果てた『ミュウ』たちは、逃れの星へと身を寄せる。

 

 人類が植民地惑星にしようとして失敗し、捨てられた『赤い惑星(ほし)』。東雲色の空と、赤い大地が広がる惑星だった。『ミュウ』たちはこの惑星をナスカと名付け、命を育む。

 

 移り変わる光景の速度が緩んだ。

 

 固く閉ざされた部屋の向うから、女性の叫び声が木霊する。廊下に並んだ男は、完全に無力であった。

 特に椅子に座っている男性――茶髪で額にバンダナを巻いた青年は、手を組み、願をかけるようにして叫んでいた。

 

 

『嗚呼! 神様、仏様、コーラサワーッ!!』

 

『おい、ちょっと待て。コーラサワーって何だ?』

 

『クレアが言ってた。ご利益あるって』

 

 

 この会話を耳にして、クーゴは思わず噴き出した。コーラサワーは、AEUのエースパイロットであり、国連軍の友僚だ。以前からちょくちょく顔を合わせており、彼の2つ名である“不死身”というのは、クーゴが名付け親である。

 パトリック・コーラサワーの幸運は、確かに後利益ありそうだ。ガンダムと戦い、何度も撃墜されながらも無事に帰還する男。「大丈夫、必ずここに帰る」というフレーズは、彼のためにあるようなものであった。

 

 

(……でも、どうしてこの人たちが知ってるんだろう?)

 

 

 クーゴがささやかな疑問を抱いた刹那、扉の向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。男性たちが、弾かれたように、扉を開けてなだれ込む。

 

 病室の中で、青を帯びた黒髪の女性が、汗だくになりながらもやり遂げたような笑みを浮かべていた。彼女の腕の中には、夜の闇を思わせるような黒髪の女児が元気に動いていた。

 夫がよたよたと近付いてきた様子を見た女性は、満面の笑みを浮かべた。女性を労うようにして、老若男女の『ミュウ』たちが、彼女の周囲に集まって来る。

 誰もが、新たな命の誕生に心躍らせていた。S(スペリオル).D(ドミナント)体勢では人工授精が一般的であり、自然分娩が廃れていた時代だ。喜ばしいのは当然だろう。

 

 

『お前ら、その子の名前はどうするんだ?』

 

 

 襟元にクラバットを巻いた男性が、夫婦に問いかけた。

 2人は幸せそうに微笑み、おくるみに包まれた娘へ告げる。

 

 

『ベルフトゥーロ・ティアエラ』

 

『ベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイド……』

 

 

 盲目の女性は、確認するように、女児の名前を鸚鵡返しした。そして、ふっと笑みを浮かべる。金の長髪がさらりとゆれた。

 

 

『“未来の鐘を鳴らす者”……。きっとこの子は、誰も考えられないような偉業を成すでしょう』

 

 

 盲目の占い師から託宣を得た少女は、自分より数か月早く生まれていた男児と楽しそうに笑いあっている。

 黒髪に、青い瞳。ベルフトゥーロと呼ばれた女児は、誰かに似ていた。その面影を、クーゴはどこかで見たことがある。

 刹那、女児の姿は幼子へと成長していた。髪をお団子に結んだ少女は、年齢以上の好奇心と行動力を持っていて、縦横無尽に駆け回っていた。

 

 彼女よりも先に生まれた男児や、2人の後に生まれた8人の子どもたちが加わる。それと並行して営まれる、ナスカでの穏やかな日常。それが永遠に続くものなのだと、誰もが信じて疑わなかった。

 しかし、その平和は唐突に終わりを告げた。人類が差し向けたのは、星そのものを破壊する兵器――メギドシステム。安息の地となるはずだった赤い星は、瞬く間に戦禍に飲み込まれた。

 

 

『どうして!? どうして私の大切な人は皆、私を置いて逝ってしまうの!?』

 

 

『ユウイ、トオニィ! 私を1人にしないで!!』

 

 

 ベルフトゥーロの友人である男児――トオニィの母親が、悲鳴を上げて泣き叫んでいた。

 彼女は己の能力を暴走させた果てに、愛する人の幻を見ながら死んでいった。その死に顔は、まるで眠っているかの様子だった。

 

 

『言った、だろう? エターナ。……俺は、キミを、1人にしない、と……』

 

『……ありがとう、マーク』

 

 

 瓦礫に潰れた伴侶の手を取って、友人――イニスの両親は息絶えた。唯一の救いは、最期の最期に伸ばした手が届いたことだろう。

 

 

『やだよ、こんなの嫌だ……! ずっと一緒だって言ったじゃない! 約束破らないでよ、ラナロウ!!』

 

『……ったく。本当にお前は、しょうがねぇな……クレア』

 

 

 血まみれになって息絶えた男性の傍を、女性は最期まで離れなかった。この2人は、ベルフトゥーロの両親だった。

 この2人は最期まで、滅びゆく星と共に命を散らした。娘の故郷で、意識不明となった娘の目覚めを待ち続ける――その願いに殉じたのだ。

 

 犠牲は終わらない。惑星を破壊し、『同胞』を殺す兵器を止めるために、命を賭けた者がいた。

 

 

『……ジョミー、皆を頼む』

 

 

 銀色の髪に、紅蓮の瞳。彼こそが、初代の指導者(ソルジャー)――ブルーだ。彼は、己の命と引き換えに、『同胞』の命を救ったのである。

 その犠牲を引き金に、2代目の指導者(ソルジャー)となったジョミーは、優しさだけでは生きていけないことを痛感する。そうして――彼は、強硬手段に出た。

 

 宇宙(そら)に、爆炎の花が咲く。戦艦が、戦闘機が、次々と撃墜されていった。青い光が宇宙(そら)を飛び回る。その光の中央にいたのは、赤き星で生まれ育った10人の青年たちだった。

 彼らは強制的に、自分の体を成長させた。それも、全ては2代目指導者(ソルジャー)の力となるため。青い星(テラ)へ『還る』という悲願を叶えるためだった。その中に、黒い髪をお団子に結んだ女性――ベルフトゥーロの姿があった。

 彼女の隣にいたのは銀髪の女性、イニス。2人の後に続くようにして飛び回っていたのは、鳶色の髪の青年だ。白髪が混じってもう少し老ければ、エルガンとよく似ている。いや、あの青年がエルガンなのだ。クーゴは直感した。

 

 彼らの活躍で、ジョミーはアルテメシアへと帰ってきた。そこで、彼は自分を殺そうとした張本人、テラズ・ナンバー5と直接対決を行う。ジョミーが『ミュウ』として目覚めた因縁の場所で。

 

 

〔無駄です、ジョミー・マーキス・シン。この聖域は、何人たりとも近づくことはできません〕

 

 

 姿を現したのは、テラズ・ナンバー5。

 たらこを模したようなフォルムに、能面のような顔がついている。

 無機質で不気味な赤い瞳が、こちらを静かに見据えていた。

 

 

(こいつ、モラリア戦役で見たぞ!?)

 

 

 クーゴは息を飲んだ。テラズ・ナンバー5は、モラリア戦役でイデアを追いつめた存在と酷似している。いや、瓜二つと言っても過言ではない。何故、S.D体制――西暦3000年代相当の技術が、西暦2300年代に存在しているのだろうか。

 

 クーゴの思考を断ち切るかのようなタイミングで、奴は告げる。[『ミュウ』は秩序を乱す。お前たちは存在してはならない]――その判断によって、沢山の命が奪われたのだ。犠牲を目の当たりにしてきたジョミーが、おめおめ引き下がるはずがない。

 青い光が、バリアを打ち破った。サイオン波が、テラズ・ナンバー5の本体を撃ち抜く! 馬鹿な、と、最期の悲鳴を残してテラズ・ナンバー5の映像が掻き消え、本体のコンピュータが派手な爆発を引き起こした。光が晴れ、瓦礫が散乱する。

 

 岩場が丸々なくなったためだろう。ジョミーの足元は、透き通った水で満たされていた。歩みを進めれば、ばしゃんと水の音が響く。

 彼は何かを懐かしむように目を伏せて、懐から何かを取り出した。幾何の沈黙の後、彼はそれを放り投げる。とぽん、と、水の音が響いた。

 

 

『行こう』

 

 

 世界は移り変わる。黄昏の空と、さびれた遊園地。

 

 新緑の瞳が見据えるのは、ブルーが帰りたいと願った青い惑星(わくせい)。すべての命が生まれ落ちた楽園――青い星(テラ)

 

 

『道は、開かれた』

 

 

 世界が移り変わる。宇宙(そら)に、沢山の花が咲いた。赤く燃える、爆炎の花だ。いくつもの命が、炎に飲まれて散っていった。

 楽園の名を冠した母艦の中庭に、多くの犠牲者が並んでいる。その中には、ベルフトゥーロたちと同じ赤の制服を身に纏った者たちがいた。

 多くの犠牲を払って、『ミュウ』たちは青い星(テラ)にたどり着く。青い星だと思われていたそこは、赤く濁った死の星だった。

 

 その事実に絶望するのは当たり前のことだった。多くの仲間たちが涙をこぼし、咽び泣いた。それでも、彼らは事実に向き合い、生存権を手にするために人類側の面々と対話を行う。

 グランドマザーの元へ向かうことになったのは、ミュウの指導者(ソルジャー)・ジョミーと人類の代表者・キース。2人は地下深くへ向かい、グランドマザーと対峙する。最終的に、機械は人類と『ミュウ』両方を抹殺することを選ぶ。

 

 奴の判断に対し、ジョミーとキースは協力してグランドマザーを撃破した。だが、グランドマザーは2人に致命傷を追わせたのち、青い星(テラ)に向けて、全メギドシステムのエネルギーを照射しようとしたのである。

 

 

『トオニィ、ベル、イニー。……お前たちは強い子だ、僕の自慢の……。……だから、皆を頼む』

 

 

 尊敬する指導者を追いかけてきた若者たちに、未来は託された。青年たちは戦場に躍り出て、種族の垣根を超えたニンゲンの戦いが始まる。

 光の消えた地下深くに、人類と『ミュウ』の指導者たちは横たわっていた。彼らはここで散ることを選んだのだ。

 もうすぐ死を迎えるというのに、ジョミーとキースの表情は晴れやかだった。己の歩んできた道を誇るように、微笑んでいた。

 

 

『……箱の最後には、希望が残ったんだ』

 

 

 最初に力尽きたのは、ミュウの指導者だった。人類の指導者は友の死を見送り、寂しそうに天井を見上げる。

 

 

『…………最期まで、私は独りか』

 

 

 言葉を紡ごうとするキースを制するかのように、天井から巨大な岩が落下してきた。

 キースはそれに抗うことなく、目を閉じる。轟音が何もかもを飲み込んでいく。

 

 それを最後に、世界は闇に飲まれた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ぐるん、と、体が一回転したような感覚に見舞われた。変な浮遊感と振動が続いた後、浮遊感を残して不快な振動はなくなる。

 それを確認した後、クーゴは恐る恐る目を開けた。自分の周囲に漂っているのは、『悪の組織』総帥によって集められた面々である。

 

 先程、最後に見た暗闇とは打って変わり、天を覆うのは惑星(ほしぼし)だった。遠くに見える青い星は、クーゴたちにとって親しみのあるものだ。

 

 

「地球……?」

 

 

 そう零したのは、誰だったのだろう。声の主を探そうと面々の顔を伺えば、イデアとテオが静かに目を逸らした。その横顔を一言で表すとするなら、苦笑いが妥当だろう。

 まるで、バカップルの馴れ初めを延々と聞かされる相手や、そうなるであろう自分の運命を憐れんでいるかのようだ。例えが酷いかもしれないが、そんな気がしてならない。

 次の瞬間、眼下に白い船が見えた。あれは、『ミュウ』の祖先たちが暮らしていた母艦、シャングリラだ。いつか見た白い鯨よりも小さいが、外観はほぼ一緒である。

 

 人革連がガンダムを鹵獲しようとしたときに現れた白鯨は、おそらくシャングリラの後継艦なのだろう。西暦3000年相当に発達したテクノロジーの結晶だ。西暦2300年代の技術力が及ぶはずがない。

 資材や食べ物、鉄鋼や特殊金属すら人工で生み出せる世界だ。各惑星で資源の取り合いを行う必要がない。なんと便利な世の中だろうか。ただ、命の重さに関しては最悪の極みだと言えそうな部分はあったが。

 

 気づいたら、見覚えのある芝生の上に立っていた。

 

 ここは、自分たちが集められた中庭とよく似ている。しかし、今、自分たちがいる場所は、自分たちが集められた中庭とは違い、目につくようなオブジェクトや人が座れそうなベンチは見当たらない。心なしか、狭いような印象を受けた。

 赤い制服を身に纏った若者たちが、青い星を見上げている。後ろ向きのため表情は伺えないが、彼らが酷く驚いている様子が『伝わって』きた。何に対して驚いているかを探ろうとした瞬間、世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこに向かうのかと問われた。未来へ向かうのだと答えた。

 

 赤い空、崩れていく機械仕掛けの巨大樹。命が散っていく姿を、ベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイドは今でも覚えている。

 同時に、どれ程の年月が過ぎ去っても、忘れることはないだろう。嘗ての長老たちがメギドの戦禍を忘れていなかったように。

 

 

(あれから、長い時間が過ぎたなぁ)

 

 

 何をするわけでなく椅子に腰かけていたベルフトゥーロは、ぼんやりと天井を見上げた。ニンゲン同士が手を取り合い、未来を生きることを選択してから、3世紀の時間が流れた。

 忌まわしきグランドマザーが停止した後の青い星(テラ)は、おおよそ、生き物が住めるような状況ではなかった。星を再生するための環境制御が機能しなくなったため、青い星(テラ)の再生力に頼るしかない。

 グランドマザーは人類の管理だけでなく、惑星の環境も管理していたのだ。青い星(テラ)再生を速めるため、惑星の環境を制御していた。それがなくなってしまったため、青い星(テラ)の環境をいじることができなくなった。

 

 人類と『ミュウ』は、青い星(テラ)が再び命が降り立てる場所になるまで、別な惑星で暮らす/流浪することとなった。

 グランドマザーとの最終決戦の後、人類と『ミュウ』は共に生きるための体制を整えてきた。

 

 300年の間に、シャングリラから植民地惑星に降り立って人類と共に生きることを選択した『ミュウ』や、シャングリラと共に宇宙を流浪することを選んだ人類もいる。

 青い星(テラ)は相変わらず死の星のままであった。惑星の環境を変えるなんて、ちょっとやそっとの時間ではどうしようもない。千年、万年、億年……遠い時間がかかる。

 それこそ、『ミュウ』の長命をもってしても、青い星(テラ)再生を見届けるなんてことは不可能だ。世代をまたぐ勢いで、気長に見守るしかないのであった。

 

 

「あーあ。今日も今日とて、暇だなー」

 

 

 ベルフトゥーロは大きくあくびをし、頬杖をついた。机の上には、彼女が描いた図面が散乱している。

 

 どの図面に描かれた機体も、デザインやフォルムはバラバラだ。ただ、共通点があるとしたら、変形した際の形態または佇まいが人型であるということだろう。

 最近『視る』ようになった光景で目にする機体を、記憶している限り描きだしたものだ。人型ロボに浪漫がないかと問われれば、浪漫の塊しかないと答える。

 

 しかし、残念ながら、S.D体制および西暦3000年相当の技術では、「人型ロボは効率性が悪い」という判断によって、人型ロボの開発は放置されてきた。無駄なことはしないというのがグランドマザーの基本方針である。その犠牲になった研究は山ほどあった。

 その風潮は『ミュウ』と人類の思考回路にも言える。実際、新型戦闘機の開発で、ベルフトゥーロが人型ロボを提案したら「効率性が悪い」だの「開発が難しい」という理由で、最終的には却下されてしまった。近頃の奴らには浪漫が足りない。

 描いた図面をファイルにとじて、再び図面を引き始める。以前『視た』ロボットを思い出しながら、ベルフトゥーロは手を進めた。今回は色のことも覚えていたので、図面に色を付けていく。白と青を基調にした機体。額に刻まれていたアルファベットは――G-U-N-D-A-M。

 

 

「繋げて、ガンダム……。唯一機体名が分かるのは、これだけね」

 

 

 似たような機体をいくらか描き続けた後、それらの共通点であるアルファベットを眺める。ガンダムという機体名は聞き覚えもないし、見覚えもない。

 S.D体制の技術では、到底たどり着けない境地のものだ。そもそも、人型ロボを作るという発想がないのだからしょうがない。ベルフトゥーロは苦笑する。

 

 ベルフトゥーロは、そのまま机に突っ伏した。何をするわけでもなく、ただぼんやりと思いを馳せる。誰も手を出そうとしない、人型ロボの開発。賛同者がいないわけではなかった

 

けれど、ベルフトゥーロ派の発言を組んでくれる者はごく少数派である。

 

 

(……一緒に浪漫を追いかけてくれるような、そんな相手はいないものか)

 

 

 深くため息をついて、目を閉じた。心地よい微睡みに、ベルフトゥーロは身を任せる。

 闇の中には誰もいない。一瞬の浮遊感。意識がゆっくりと沈んで――

 

 

「――……え?」

 

 

 微睡みの闇の底にあったのは、どこにでもあるような2階建ての家だった。1階の部屋は光がなく、2階の一室が妙に明るい。引き寄せられるように、ベルフトゥーロは明るい部屋へと近づいた。サイオン波で浮かんでいるときと同じような感覚で、だ。

 部屋の中にはたくさんの機材や本で埋め尽くされている。どれもこれも、その道の専門家が読む本だ。特に多かったのは、機械関連やロボット工学のものだった。それらに埋もれるようにして、小さな人影が動く。そこにいたのは、まだ14にも満たない少年だった。

 彼は一心不乱にキーボードを叩いていた。PC画面に映し出されているのはプログラムの羅列である。ベルフトゥーロは、自然とその画面に目線を向けた。少年がマウスをクリックすると、画面に画像が表示された。人型ロボットの図面である。

 

 それを見て、ベルフトゥーロは息を飲んだ。先程自分が描いていた図面とほぼ同じデザインの機体である。

 

 この少年こそ、ベルフトゥーロと同じ浪漫を追いかける者だ。本能的に、ベルフトゥーロは悟る。次の瞬間、少年がベルフトゥーロの方を向いた。

 黒髪に黒目。端正な顔から滲み出るのは、彼が持つ才能と、世界に対する絶望だ。すべてを諦めてしまったかのような、達観した境地。

 

 

(…………)

 

 

 ほんの一瞬、心臓がざわめいた。何もおかしいものなど見ていないというのに、心拍数が異常に早くなった気がする。何が起こっているのか、ベルフトゥーロには分からない。

 

 少年の瞳が大きく見開かれる。ひゅっ、と、息が漏れる音がした。色白の肌が淡く染まる。少年は惚けたようにこちらを見ていた。

 彼の瞳には、ベルフトゥーロの姿が映し出されている。……まさか、彼は、ベルフトゥーロを認識しているというのだろうか?

 

 それの真偽を問う間もなく、世界が反転する。がくん、と、体全体に衝撃が走った。

 

 

「痛ァ! っ、何!?」

 

 

 起き上がると、そこは自室だった。机の上に置きっぱなしにしていた図面やファイルが散乱している。どうやら、先程の衝撃は、シャングリラが揺れたことが原因だったらしい。

 各所からざわめきの声が聞こえる。シャングリラに何かが起きた、と言うことだろうか。トオニィたちが慌てふためく思念を追いかけて、ベルフトゥーロは即座に転移した。

 中庭には、多くのクルーが集まっていた。誰も彼も、遠くの宇宙(そら)に釘付けである。ベルフトゥーロも、彼らの眼差しを追いかける。そこにあったものに、目を疑った。

 

 青い星。すべての命を生み出し、育んだ故郷そのもの。

 けれど、それは、違うものだ。自分たちの知る青い星とは、別のもの。

 

 一体全体、何が起きたのだろう。愕然としていたベルフトゥーロの脳裏に浮かんだのは、先程邂逅した少年の姿だった。

 

 ここにいる。彼は、この青い星にいる。

 確証なんて何もないけど、絶対的な確信があった。

 

 

「……うん。行かなきゃ」

 

「は? って、おい――」

 

 

 ふらり、と、ベルフトゥーロは足を踏み出した。視界の端で、エルガンが怪訝そうな眼差しを向けてきていたのが見えたが、それも一瞬のことだった。間髪入れず、ベルフトゥーロは転移した。

 降り立った場所は、先程の夢で見た景色と同じ場所。どこにでもあるような2階建ての家だった。1階の部屋は光がなく、2階の一室が妙に明るい。引き寄せられるように、ベルフトゥーロは明るい部屋へと近づいた。

 次の瞬間、がらりと窓が開く。室内にいた人物が、大きく身を乗り出すようにしてベルフトゥーロの方を向いた。黒髪に黒目、端正な顔立ち。先程、微睡みの底で見かけた少年、その人である。

 

 少年の瞳が大きく見開かれる。ひゅっ、と、息が漏れる音がした。色白の肌が淡く染まる。少年は惚けたようにこちらを見ていた。

 ベルフトゥーロの心臓がざわめいた。心拍数が早くなった気がする。こちらも、惚けて少年を見つめていた。

 

 ベルフトゥーロと同じ浪漫を抱く者。志が同じ、同志となる相手。けれどそれ以上のものを、ベルフトゥーロは感じていた。

 

 

良い男(うんめいのあいて)を見つけた」

 

「え?」

 

 

 込み上げてくる衝動のまま、ベルフトゥーロは少年の手を取る。

 その勢いに身を任せ、ベルフトゥーロは、少年に思いの丈をぶつけた。

 

 

「少年、私はキミが好きだ! キミが欲しい!! ――私にキミの子どもを孕ませてくれ!!!」

 

「待たんかいぃぃぃぃッ!!」

 

 

 カッコよく決めたベルフトゥーロの脳天に、エルガンのサイオン波が叩きこまれた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「……宇宙(そら)からの来訪者、か」

 

 

 嘗ての少年――現在では立派な青年となった男性は、静かに空を見上げた。彼に続いて、ベルフトゥーロも空を見上げる。

 

 

「どうかしたの?」

 

「いや、昔のことを思い出していたんだ。キミと初めて出会ったときのことだ」

 

 

 青年は懐かしそうに目を細め、くつくつと笑いをこぼした。ベルフトゥーロも、当時のことを思い出して口元をほころばせる。己の衝動を告白にした結果が、「私にキミの子どもを孕ませてくれ」だった。

 現在、自分たちは、所謂婚約者同士となっている。式を挙げる日取りも決まっており、その日を楽しみに過ごしている真っ最中だ。将来的には、彼の子どもを孕み、慈しみ、育てる日も近いだろう。無論、同じ浪漫を追いかけることも忘れていない。

 

 この地球に残ることを選んだ『ミュウ』は、ベルフトゥーロを指導者(ソルジャー)とした団体を作って生活していた。最も、その大半が、青年の掲げる理想実現のために協力する技術者となっている。面々はこの星の社会に順応しつつ、イオリア計画を進めている真っ最中であった。

 人間社会に溶け込んでいる代表格は、エルガン・ローディックやイニス・メファシエル・ギルダーらが筆頭である。彼らは青年や、青年の仲間たちと同じ“天才科学者”という隠れ蓑を使って活動していた。実際に、『同胞』たちの中では策謀とメカニックを担当していただけある。

 

 

「この世界には、キミたちと同じ、外宇宙を旅する流浪の民がいる」

 

「そうね。私たちの場合は外見が人間と同じだったから、力を発現させなければ社会に受け入れてもらえるわ」

 

「……しかし、すべての来訪者が、ヒトと同じ外見であるとは限らないだろう」

 

 

 青年は、憂うようにしてため息をついた。

 

 

「ヒトは、自分と違うものを排除しようとするからな。もし、私の想像するような来訪者が地球へやって来たとしたら、このままの人類だと、対話することは不可能だ」

 

 

 殺し合いでも始めそうだよ、と、青年はため息をつく。ベッドサイドに置いてあった端末をいじれば、ニュース番組が映し出された。

 どこかの国で行われている民族紛争。多くのMSが、戦車やMSに攻撃を仕掛けている。傷ついた人間の姿が画面をよぎった。

 この惑星でも、人類同士の争いが続いている。同じ種族でもダメなのだ。外見や特徴が人とかけ離れていたら、容赦なく迫害する。

 

 ベルフトゥーロは、青年にすり寄った。青年も、ベルフトゥーロを抱き寄せる。

 

 

「……だが、希望はある。外宇宙の人類が、キミたちのような力に目覚めたんだ。他者に想いを伝え、わかり合うために必要な力を、キミたちは持っている」

 

「確かに『ミュウ』は、私たちの人類が進化した姿よ。……もしかして、この地球の人類も、私たちと同じような存在として進化することができるってこと?」

 

「ああ。可能性はゼロではない。“人類が『ミュウ』を受け入れたことによって、その者が『ミュウ』に目覚めた”というケースがあるとキミが言っていたんじゃないか」

 

「確かに、S.D体制の研究で、“人類すべてが『ミュウ』を受け入れると、最終的にはすべての人類が『ミュウ』に進化する”だろうとは言われたわ」

 

「それこそが、人類が生き残るために必要な革新(シンカ)なのだと私は思う」

 

 

 青年は静かにベルフトゥーロへ手を伸ばす。大きく、けれども繊細な掌が、ベルフトゥーロの頬に触れた。

 優しい手つきに、ベルフトゥーロは目を細めた。愛おしさに任せて、青年の方に寄り添う。

 

 

「だから、革新者(イノベイター)なのね」

 

「そう。それこそが、人類の未来の姿だ」

 

 

 2人は顔を見合わせ、微笑み合った。そして、何やら重大な決断を下したように、厳かに頷く。

 

 

「よし。じゃあ、今日も愛を育むことにしようか」

 

「オーライ! 再出撃だ!!」

 

 

 女性の元気な返事により、夜戦開始の狼煙が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が白く染まる。光が晴れたそこにいたのは、テーブルに頬杖をついてこちらを見つめる女性――ベルフトゥーロ・ティアエラ・シュヘンベルクの姿だった。彼女の後ろに控えるような形で、エルガン・ローディックが佇んでいる。

 あの光景は、ベルフトゥーロの過去だ。彼女が歩んできた人生だ。クーゴはそう直感した。他の面々が息を飲む音が聞こえる。その中でも、イデアとテオは殆ど動じていない様子だった。まるで、以前からその話を知っていたかのように。

 

 

「……だから、世界を統一させるために、ソレスタルビーイングが生まれたって訳か」

 

 

 茶髪の色男が、渋い表情を浮かべてため息をついた。

 

 

「イオリアのメッセージの裏側に、こんなものがあったなんて驚きだぜ。……しかも、その妻が当時の姿のまま、300年間も生きてたなんてな」

 

「ははは。どこぞの“金色が大好きな成金野郎”にも言われたよ」

 

 

 ベルフトゥーロはけらけらと笑う。その言葉を引き継ぐように、イデアが補足を入れた。

 

 

「『同胞』たちの大半が、若い見た目でいますからね。実年齢を聞いたらびっくりしますよ」

 

「……ちなみに、貴女や社長の御歳は?」

 

「私は250年以上300年未満ですね。グラン・マは確か、500歳を超えてたかな……」

 

「…………」

 

 

 ――嘘だ、こんなこと!!

 

 クーゴは大声で叫びたい衝動に駆られたが、寸でのところで押し留まった。

 茶髪の色男も、エイフマンも、少年も、ネーナたちも、あんぐりと口を開けている。

 

 

「老衰の速度にも個人差があるし、場合によっては強制的に体を成長させてる人もいるわ。エルガンなんて、こんな見た目だけど、私より年下よ?」

 

 

 ベルフトゥーロの言葉を肯定するかのように、エルガンが小さく頷く。誰かが息を飲む声が聞こえた気がした。クーゴも、ベルフトゥーロとエルガンを見比べてしまう。

 どこからどう見ても、ベルフトゥーロの方が若い。外見年齢で言うとするなら、20代のバリバリの女性である。車椅子に乗っていなければ、もっと活動的な女性だと思うだろう。

 エルガンは、どこからどう見ても40代後半から50代前半、初老の紳士にしか見えなかった。生来の貫録も相まって、渋く落ち着いているように思える。彼女より年下とは思えない。

 

 「あ、そっか。教官とおじーちゃんのことか」と、ネーナが合点が言ったように手を叩く。その隣で、テオとエイフマンが肩をすくめた。

 その言葉が本当だとすると、テオの方がエイフマンよりも年上だということになる。最早、なんでもありだとでもいうのだろうか。

 

 不意に、肩を叩かれた。見上げれば、茶髪の色男が、クーゴの頭を乱暴に撫でる。

 

 

「そうだよな。びっくりするよな。俺も同じ気持ちだから、よくわかるよ」

 

 

 彼は気を使ってくれているらしい。まるで、弟をあやすかのような手つきだ。そろそろ三十路のクーゴであるが、頭を撫でられるとは予想外であった。

 掌から伝わってくるのは、年下へのスキンシップ。――その感情を読み取ってしまったクーゴは、反射的に色男を見上げた。勘違いが起きているという、確証的な予感を得たためだ。

 

 

「……非常に失礼なんだけどさ」

 

「どうした?」

 

「キミ、何歳?」

 

「25」

 

 

 やっぱりそうだ。彼は、多大な勘違いをしている。

 

 ユニオン軍ではよくあることであり、クーゴ自身も、このことで何度も大変な目に合った。勝手にクーゴを年下認定した面々から兄貴風を吹かされたため、誤解を解こうとして年齢を告げれば「存在自体が詐欺だ」と喚かれたことは1度や2度ではない。

 車を運転すれば呼び止められ、夜の街を歩けば警察に連れていかれ、酒を購入しようとしたら店員に呼び止められた挙句店のバックヤードへ拉致されて説教され、免許証を提示すれば偽装だと決めつけられて警察署へ連れていかれた。

 

 クーゴは生温かい目で色男を見返す。年下からそんな反応が帰ってくるとは思わなかった色男は、目を見開いて狼狽した。

 彼は明らかに混乱している。クーゴへの対処の仕方を考えあぐねているようにも見えた。年の甲とはこういうことを言うのだろう。

 一拍。間をおいた後で、クーゴは苦笑した。困惑する色男に、間違いを修正するため口を開く。

 

 

「俺の方が年上だな」

 

「え?」

 

「29だ」

 

 

 長い沈黙。色男は数回瞬きした後、眉間に皺を寄せた。

 見る見るうちに血の気が引いていく。

 

 

「嘘だろ……? 俺より、年上だと……!? どこからどう見てもティーンエイジにしか見えない、この男が……!!?」

 

「あれ? ロックオン、覚えてないの? この人がクーゴさんよ」

 

 

 イデアが妙なニュアンスで色男――ロックオンに補足を入れた。途端に、ロックオンがぐるんと首を動かす。

 そうして、イデアとクーゴを交互に見返した。……正確に言えば、記憶の中にある何かと、クーゴを比較対象しているようだ。

 しばしの沈黙の後、ロックオンは信じられないようなものを見るような眼差しを向けながら、崩れ落ちるようにして椅子に座ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の母が亡くなった事故のこと、あまりよく覚えていないんです」

 

「確かに私、事故の現場に居合わせたはずなのに。……確かにそこで、母から希望を託されたはずなのに」

 

「……とても大切なことだったのに」

 

 

 

「グラン・マ、教えて」

 

「――あの日、私は一体『何』を見たの?」

 

 

 

 

 レティシア・カノンが見た光景が、少しだけ先の未来に起きうる出来事の鍵となることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変ですイオリアさん! イニスとアランが、決着をつけるって言い残して役所へ向かったんです!!」

 

「どうしますか!? このままだと、役所が血みどろに……っ!」

 

 

 

「イオリア。イニスからこんなのが届いたんだけど」

 

「なんだこれは。……立会人状?」

 

「なんでも、『最後の戦いをするから、みんなに立会人になってほしい』んだって」

 

「ええと、場所は――……教会?」

 

 

 

 

 

 

 

 遠い昔に、こんなやり取りがあったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うちの一族の男って、早逝するんだよ。俺も、子どもの頃は『長くても20代までしか生きられない』って言われてた」

 

「当時のキミがこの光景を見たら、なんて言うのだろうな?」

 

「驚くんじゃないかな。今の俺も、充分驚いてるよ」

 

 

「あれから長い時間が過ぎ去ったけど……これからも、長い時間、生きていくんだろうなぁ。俺たちは」

 

 

 

 

 予想だにしない程の長い時間を、仲間たちと共に歩んでいくことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれから長い時間が経過して、すべてが御伽噺になりました」

 

「それでも僕は、生きていきます。今までも、これからも」

 

 

「――だから、見守っていてくださいね? 父さん、母さん」

 

 

「艦長、出発のお時間です」

 

「わかった。これより、本艦は外宇宙探索へ出発する」

 

 

 

 予想だにしない程の長い時間を、歩いていく者がいることを。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの明日は何処(いずこ)なりや。


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