大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

4 / 41
1.再動 -もういちど-

 変な奴らがいる。

 何度見直しても、変な奴しかいない。

 

 

(通報しよ)

 

 

 男たちを見たクーゴが真っ先に思ったことは、それだった。端末の番号に警察署への番号をプッシュしかけた自分は悪くないはずである。

 

 仮面が1人、2人、3人。金髪碧眼、仮面を取ったらイケメンと思しき男が3人、椅子に座って並んでいる。

 その中の1人は見覚えがあった。見覚えのある男が、見覚えのある仮面と陣羽織を身に纏っている。

 彼がそれを買う現場にいたクーゴからしてみれば、何とも言えない気分になるのは当然であった。

 

 先程顔を合わせたキリシア・ザビの目元から下を覆うタイプの仮面もアレだったが、これも相当である。ジオンでは仮面が流行(はや)っているのだろうか。ついていきたいとは思わない。

 

 誰か褒めてほしい。この状況で、大声で「変な奴がいるぞ! この国は皆こうなのか!?」と叫んでトレーズの元へ駆け込まなかったことを。

 誰か褒めてほしい。この状況で、『服装その他諸々に見覚えのある男』に対して暴挙に出なかったことを。

 

 前回のゴタゴタ以来、クーゴと彼が音信不通であったことは事実だ。その間に、彼に何があったかなんてクーゴは知らない。

 

 だけど。

 でも。

 これは。

 

 流石にひどすぎるのではないだろうか。

 

 

(なんだ、この、『子どもから目を離したらいつの間にかはぐれてて、探し回ってようやく再開したと思ったら、子どもがヤンキーになっていたのを目の当たりにした親』のような心境は)

 

 

 クーゴの口元が引きつる。半ば脱力してしまいそうになったが、どうにか踏ん張った。

 目元を覆うタイプの白い仮面をつけた男は何かを察知したようで、陣羽織を羽織る仮面の男とクーゴを何度か凝視する。

 彼は最後にクーゴへ向き直ると、これまた何とも言えない表情を浮かべてこちらを見ていた。

 

 無言であるが、おそらく、彼に台詞を付けるとしたらこうだ。『ご愁傷様。キミも苦労しているのだね』と。

 

 

「少し見ないうちに変わりすぎじゃないのか、『グラハム』」

 

「『グラハム・エーカー』は既に死んだ。嘗ての名前も、階級も、全ては過去のものだ」

 

 

 そう言った男は、酷く尖った雰囲気を身に纏っていた。

 空を愛して翔けていたフラッグファイターの面影など見当たらない。

 

 目の前にいるのは侍だ。クーゴはすぐにそう思ったが、同時に嫌な予感も感じていた。彼の愛する侍――もとい日本文化の知識は、9割が思い込みと勘違いで構成されている。

 口を開けばあらびっくり。元日本人の自分が全力でツッコミを入れるような、斜めにかっ飛んだ話をしてくれる。修正すること幾星霜。その努力は、どうやら水泡に帰したらしい。

 特に、『真の愛で結ばれた日本のカップルは、石破ラブラブ天驚拳を放てる』なんて話をされたときはどうしてやろうかと本気で考えた。今でも悩んでいる。

 

 クーゴが目を離さなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。不可抗力とは言えど、考えてみても、もはや後の祭りであった。

 

 閑話休題。

 

 

「じゃあお前、なんて名乗ってるんだ。名前がなきゃ不便だろう」

 

「人は私をミスター・ブシドーと呼ぶ。兵士たちが自分を遠巻きにしながら、そう口にしていた」

 

 

 ふんぞり返った『グラハム・エーカー』――他称(コードネーム)、ミスター・ブシドーは堂々と名乗った。

 そりゃあそうだろうよ。クーゴは心の中で呟き、脱力してしまった。この空間にいると、ものすごく疲れる。

 

 クーゴは仮面の男たちから距離を取る。部屋の外、むしろジオンの外に逃げた方が得策かもしれない。それに、ここにはクーゴの相棒である『グラハム・エーカー』はいないのだ。ならばもう、ここにいる意味など存在しない。

 

 

「帰ります。俺は、『グラハム・エーカー』と話をしに来ただけですので。彼がいないなら、これ以上の話など無意味だ」

 

「待ちたまえ、ス*ー**ト・トレイ**の客員MS乗り。今は亡きグラハム・エーカーから、キミへの言伝を預かっている。……いいや、遺言と言うべきかな?」

 

 

 ブシドーの言葉に、クーゴは思わず足を止めた。ドアノブにかけようとした手を戻し、振り返る。ブシドーの瞳はまっすぐにクーゴを捉えていた。

 揺るぎない眼差しはグラハムなのに、彼は自ら「そうではない」と主張する。なんて矛盾に満ちた男なのだろう。

 ただ、はっきりとわかることが1つある。『奴』が『奴』である限り、クーゴはずっと『奴』に振り回され続けるのだ。

 

 

「平和工作を目的とした特務部隊・オルトロス隊に入隊し、連邦との平和路線打ちだし、および人類の脅威を討つ戦いに参加してほしい。この部隊には、キミのような人物と、キミが持つ力が必要不可欠なんだ」

 

 

 ああ、やはりこいつはグラハムだ。

 外見が変わろうと、佇まいが変わろうと、雰囲気が変わろうと、根っこは何も変わっていない。

 

 クーゴはふっと笑みを浮かべた。そして、ある確証を得るために問いかけてみる。

 

 

「ひとつ、訊ねたいことがある」

 

「何だ?」

 

「お前、刹那・F・セイエイという女性のこと、どう思ってる?」

 

 

 それを聞いたブシ□ーは、間髪入れずに返答した。

 

 

「愚問だな! 『彼女』は私の運め」「うん、わかったもういい。やっぱりお前は『グラハム・エーカー』だ」

 

「『グラハム・エーカー』は既に死んだと言った!」

 

「わかった、わかったから」

 

 

 ぷんすこという擬音がよく似合うような怒り方である。そこも全然変わっていなくて、クーゴは目を細めた。

 

 目元のみを覆うタイプの仮面をした男――シャアは苦笑していた。自分たちのやり取りに、何とも言えない気持ちになってしまったのだと思う。対して、ヘルメットタイプの仮面をした男――ゼクスは懐かしそうに微笑んでいた。

 ヘルメット仮面の笑い方は見覚えがある。連邦軍時代の戦友にして、年の離れた友人でもあった男だ。自分たちのやり取りを見ていた彼が、柔らかな笑みを浮かべていたことを思い出す。こんな形で3人が揃うなんて、誰が思うか。

 

 

「協力する、『グラハム』」

 

「だから、『グラハム』は既に死んだと……っ、本当か!?」

 

「ああ。只今より、クーゴ・ハガネは、オルトロス隊に入隊、貴殿らと行動を共にする」

 

 

 ブシドーはぱっと表情を輝かせた。奴だけではなく仮面2人組も嬉しそうに笑う。面倒なのが倍に増えるなんて、最初から分かっていた。もう諦めの境地である。この際、グラハム級の問題児が何人増えようと同じことだ。

 クーゴが同意の返事をしたのと同じタイミングで、キリシアとトレーズが部屋の中に足を踏み入れてきた。2人は嬉々とした様子で「歓迎しよう。準備をする」と言い残して部屋を出る。もしかして、最初から会話を聞いていたのだろうか。

 協力すると言って数分しか経過していないが、もう後悔し始める自分に気づく。今からでも協力を撤回できないだろうかと考えて、クーゴは心の中で首を振った。そんな外道は『あの人』だけで充分である。現在進行形で、『あの人』は暗躍を続けていた。

 

 ミューカスを始めとした人類の脅威どもが湧いているというのに、人類は内輪もめで手一杯だ。ジオンはジオンでガッタガタだし、連邦は連邦で汚職まみれである。こんな人類で大丈夫か? 大丈夫じゃない、問題だ。むしろ問題しかない。

 今こそ、派閥やら何やらを超えた集団が必要だ。キリシアやトレーズが内密で援助及び協力体制を結んでバックアップしている組織――コネクト・フォースのように。『目覚めた』クーゴだからこそ、その重要性はひしひしと痛感している。

 

 オルトロス隊の和平工作の中には、コネクト・フォースのバックアップも含まれているという。とんでもない多重スパイだ。

 

 

(世界だけではなく、獅子身中の虫も騙さなくちゃいけない、か)

 

 

 クーゴは思考回路を別方面にフル回転させる。そのとき、机の上に何か置かれた。

 

 並べられたのは仮面、仮面、仮面。フルフェイスタイプのものから目元のみを覆うタイプのものまで、様々な種類の仮面が並んでいる。

 嫌な予感がしたクーゴは、仮面3人組を見上げた。奴らは無邪気な瞳でクーゴを見つめている。子どもみたいに輝く瞳には、強い期待の色が見て取れた。

 ブシドーとゼクスが同意するかのように頷く。金髪碧眼イケメン仮面3人組を代表して、シャア・アズナブル大佐その人が厳かに言った。

 

 

「見ての通り、今日から同志となるキミの仮面は手配済みだ。好きなものを選ぶといい」

 

「いや、いらねーよ!」

 

 

 間髪入れず、手元にあった仮面を投げつけた自分は、何も悪くないはずである。

 

 

「そんなに嫌かね?」

 

 

 仮面3人組は顔を見合わせた後、残念そうな空気を醸し出す。

 う、と、クーゴは面食らった。

 

 何を思ったのか、シャアはクーゴが投げ捨てた仮面を手に取った。仮面と言うよりは、顔全体を覆うお面と言った方がいいような形のものだ。白くて丸いお面には、目の部分だけを見せるようにしてV字の穴が開いていた。視界は良好どころか最悪そうな仮面である。実用性には程遠い。

 

 2世紀ほど前のゲームのキャラクターに、同じような仮面をつけていた奴がいた。

 確かそのキャラクター、“世界一カッコいい一頭身”とか呼ばれていたような気がする。

 脱線した思考のまま顔を上げれば、シャアが機体に満ちた眼差しを向けてきた。

 

 

「私はこれが似合うと思うのだが」

 

「だからいらないっての!!」

 

 

 重ねて言おう。

 間髪入れず、手元にあった仮面を投げつけた自分は、何も悪くないはずである。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 跳ね起きたクーゴが見た景色は、白一色の部屋だった。

 

 小さなベッド、申し訳程度に書物が放り込まれた本棚、花が挿されていない陶器の花瓶。

 壁には、クーゴにとって馴染みのある空色の軍服と、どこかで見たことのある制服が飾られている。

 

 あれは、どこで見たのだろう。そう考えたクーゴの脳裏に浮かんだのは、年若い技術者たちの後ろ姿だった。

 

 

(ああ、アニエスたちが着ていた制服と同じやつか。……あれ?)

 

 

 おかしい、とクーゴは思う。自分が身に纏っているのは、病人が着るような簡素な服であった。

 

 

(俺が意識を失ったときの状況は、どう状態だった……!?)

 

 

 思い出す。友人たちの決意、汚された想い、牙を向く悪意。宇宙(そら)の果てで向き合った敵の攻撃が、愛機――GNフラッグに降り注いだ瞬間で、クーゴの記憶は断線していた。

 自分は死んでしまったのではないか。ここは死後の世界で、夢うつつのような気分なのだろうか。迷走し始めた己の思考回路を抑え込むついでに、己の頬を抓って見る。痛い。

 死人に痛覚はない。そもそも死人は、外部の刺激に反応しない。そう考えると、多分、クーゴは生きていると言えるだろう。次に浮かんだ疑問は、至極当然のことだ。

 

 ここは、どこだ。

 愛機のコックピットから、何故、こんな部屋に。

 

 クーゴの思考は、急に開いた扉の音によって中断された。

 

 音に惹かれて、その出どころへ向き直る。そこにいたのは、ペールグリーンの髪を簪でまとめた女性と黒髪黒目の少年だった。

 前者は日常と戦場で何度も顔を合わせてきた相手であり、後者はクーゴが救ったUnicornのパイロットである。

 

 

「クーゴさんっ!」

 

 

 ペールグリーンの髪の女性――イデアがクーゴの眼前に立った。彼女の紫苑の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。女性に泣かれてしまったことなど、自分の人生で初めてだ。正しい対応の仕方など知る由もない。

 

 しかし、それだけでは終わらなかった。イデアの隣に立っていたUnicornのパイロットである少年も、くしゃりと顔を歪ませた。

 間髪入れずに嗚咽が響く。目を真っ赤に腫らして、思いの丈をぶつけるように涙を溢れさせる。よかった、という言葉を聞き取れたのは僥倖だろう。

 どうしたものか。泣きじゃくる女性と少年を、同時に/早いタイミングで泣き止ませる手段など思いつかない。

 

 

「え、えっと、その……」

 

 

 クーゴはおろおろと手をさまよわせた。2人は相変わらず、涙を零し続けている。クーゴの無事を心から喜んでくれているのだ。

 目が覚めてよかった、と声がする。聞き覚えのある女性の声と少年の声。その主を、クーゴは『知っている』。

 

 

『助けた後も全然意識が戻らないから、僕らが助けるの遅かったからじゃないかと思ったんです。ああ、本当に良かった……!』

 

『そろそろ目覚めると持っていたんだけど、いつになったら“そろそろ”が来るのかなって心配したんですから……!!』

 

 

 脳裏にフラッシュバックしたのは、宇宙(そら)の闇。大破したフラッグが煙を上げていた。血まみれの男を引っ張り出したのは、イデアと少年だった。

 次に映ったのは、白い部屋に横たわったままの青年。眠っていたのは、他ならぬクーゴ・ハガネである。自分を心配そうに見つめている人物もまた、あの2人であった。

 どうやら、自分は2人に心配をかけたようだ。ならば、かけるべき言葉は1つだろう。彼女と彼は、その言葉を待っているに違いない。クーゴはえぐえぐ泣きじゃくる2人に笑いかけた。

 

 

「……心配かけてすまない。俺を、助けてくれてありがとう」

 

 

 クーゴの言葉を聞いた2人は、ぐしぐしと涙をぬぐって笑い返す。

 

 やっぱり、イデアには泣き顔よりも笑顔が似合う。彼女の笑顔を見ているだけで、クーゴの胸があたたかくなるからだ。

 そして、彼女の隣にいる少年もだ。Unicornに搭乗していたときのような、悲痛な顔など浮かべるべきではない。年相応の笑みを見て、クーゴもほっと息を吐いた。

 

 そうして、再び部屋の中を見回してみる。病院の個室を思わせるような内装であったが、窓が一切見当たらない。

 

 

「ところで、ここは一体どこなんだ?」

 

「『悪の組織』の本社です」

 

 

 クーゴの問いかけにイデアが答えた。

 

 『悪の組織』は世界各国に支社を置いている――その話は、ちらほら耳にしたことがあった。しかし、本社の場所は詳しく明言されていなかったように思う。そこまで思考を回転させたとき、はたと、クーゴは気づいた。思わずイデアを凝視する。

 確か、彼女はソレスタルビーイングのガンダムマイスターだったはずだ。『悪の組織』とソレスタルビーイングの関係は――その大多数が噂話でしかなかったが――「良好な関係ではなかった」とされている。その疑問を察したのか、イデアはちょっと困ったように苦笑した。

 

 

「元々は私、『悪の組織』からソレスタルビーイングに出向していた派遣社員だったんですよ。……所謂、出戻りってヤツですね」

 

「出戻り……」

 

 

 その言葉に、クーゴははっと息を飲んだ。クーゴの記憶は、ソレスタルビーイングと国連軍の最終決戦で止まっている。

 「ソレスタルビーイングから、古巣である『悪の組織』に出戻った」――イデアの言葉を反濁したクーゴは、もう一度イデアの顔を凝視した。

 大至急確認しなければならないことがあった。反射的に、クーゴはイデアの腕を掴んで問いかける。

 

 

「そうだ! 国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦は!? あの戦いは一体どうなったんだ!? キミたちがここにいるということは……」

 

「……あ、そっか。クーゴさんは半年間意識不明だったから、あの戦いの顛末を知らないのか」

 

 

 合点が言った、と言うかのように、イデアがぽんと手を叩いた。うんうん頷くイデアと少年の様子に流されかけ、クーゴは止まる。

 今、何やら聞き捨てならないことを言わなかったか。自分の耳がおかしくなければ、とんでもない言葉を拾ってしまったように思う。

 

 半年。半年とな。

 

 

「俺は、奇襲されてから半年間、ずっとここで眠ってたってことなのか?」

 

「はい」

 

 

 クーゴの問いに答えたのは、Unicornのパイロットをしていた少年だった。

 

 

「貴方が撃墜された現場にたどり着いて、貴方を助けようとしたんです。でも、僕じゃどうしようもできなくて……途方に暮れてたところに、イデアさんが来てくれたんです。それで、『悪の組織』本社に運び込んでもらって、治療もしてもらえて……」

 

 

 当時の様子を思い出してしまったのだろう。言っている傍から、少年の瞳が涙で潤む。

 無事でよかったです、と、彼はしゃっくり混じりの声で締めくくった。

 

 それに続くようにして、イデアも口を開いた。

 

 

「半年前に起きた、国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦。あの戦いで、国連軍は疑似太陽炉を搭載した新型機の大半を失いながらも、ソレスタルビーイングを壊滅させることに成功しました」

 

 

 何も映さない紫苑の瞳。彼女が見ているのは、あの戦いで起こった出来事なのだろう。そんな気がして、クーゴは押し黙る。

 いくら自らを派遣社員であった称していたとしても、ソレスタルビーイングもまた、彼女にとっては大切な場所だったはずだ。

 イデアが刹那と仲睦まじげにしていた様子が脳裏を翔けた。ソレスタルビーイングが壊滅したということは、刹那はどうしたのだろう。

 

 

「ソレスタルビーイングが壊滅したってことは、ソレスタルビーイングのメンバーは、全員戦死したってことなのか?」

 

「戦死はしていません。ですが、メンバーは散り散りになってしまっているようです」

 

 

 「詳しいことは、出戻ってしまったためにわからないですけど……」と、イデアは締めくくった。彼女が古巣に出戻ったのは、そういう経緯があったからなのかもしれない。

 でも、どうしてだろう。他にも何か、理由があるかもしれないと思ってしまった。組織が大打撃を受けたという理由だけで、イデアは出戻ることを選べるような人間だろうか。

 

 友人たちの話をするとき、彼女はとても楽しそうにしていた。今思えば、その友人たちこそ、ソレスタルビーイングのメンバーたちだったのかもしれない。

 

 話を聞く限り、イデアは仲間のことを大切にしていた。壊滅したという理由だけで、古巣に出戻るような人間だとは思えない。じゃあ、何故、彼女は出戻ることを選んだのだろう。不意に、クーゴの頭の中に何かがフラッシュバックした。

 2人の男女が、化け物を見るような目つきで『こちら』を見返している。いや、この男女だけではない。この場にいるすべての人間が、『こちら』を化け物だと認識していた。手をかざせば、男女は怯えるように身をすくめる。その瞳には、明らかな拒絶の意があった。

 はっとして、クーゴはイデアを見た。彼女が出戻った理由は、仲間から拒絶されてしまったためだったのか。その疑問を肯定するかのように、イデアは苦笑しながら目を伏せた。寂しそうに、苦しそうに笑うその姿に、胸が締め付けられる。

 

 

「みんなの反応は、当然のことです。私は、ニンゲンとは違いますから」

 

「何が違うんだ。確かに、キミは俺と同じ共有者(コーヴァレンター)で、虚憶(きょおく)持ちだ。でも、それだけじゃないか」

 

「そうですね。私と貴方は同じです。でも、()()()()()()()()

 

 

 イデアはそう言って、静かにクーゴの手を取った。ふわり、と、青い光が舞い上がる。

 

 青。鮮烈な青。荒ぶる青(タイプ・ブルー)。いつかどこかで、この色にまつわる話を聞いたことがある。この色にまつわる物語を紐解いたことがある。

 特殊な力に目覚めたがゆえに、人類から迫害された者たちがいた。命の生まれ故郷――青い星へ、母なる地球へ『還りたい』と、旅を続けた者たちがいた。

 クーゴが初めてその物語に触れたとき、証拠は何一つないにも関わらず、「これはただの創作ではない」と確証を抱いたことを思い出す。

 

 『悪の組織』からの技術提供。その条件が、『Toward the Terra』というSF小節の読破だった。そこに出てきたのは、『ミュウ』と呼ばれた人々。

 機械によって記憶を消すという成人検査の過程で生まれた、サイオン波と呼ばれる脳波でテレキネシスを駆使する者たちの総称だったはずである。

 

 ある者はサイオン波によるテレキネシスで対象者を攻撃し、ある者はテレキネシスで防壁を作り出し、ある者は他者の感情や思考を深層心理の隅々まで読み取り、ある者は生身のまま宇宙(そら)を翔る。

 特に、生身のままで宇宙(そら)を翔ることが可能な者は、『ミュウ』の中でも最強と謳われる能力者――荒ぶる青(タイプ・ブルー)である場合が多い。そこまで思い出して、クーゴはイデアから発せられる光の色に気づいた。

 イデアの色は、青。生身のまま宇宙(そら)を翔ることが可能な、最強と謳われる能力の持ち主だ。ということは、先程男女が怯えていた理由は――生身で宇宙空間を縦横無尽に飛び回り、且つ、敵を倒していたことが起因していたのだろうか。

 

 

「……だとするなら、共有者(コーヴァレンター)は……ヴィジョンや虚憶(きょおく)は……」

 

「クーゴさんの考えている通りです。これらはあくまでも、『ミュウ』が有するサイオン波による副産物にしかすぎません」

 

 

 イデアは真剣な表情で頷く。

 紫の瞳は、まっすぐにクーゴを捉えていた。

 

 

「ヴィジョンや虚憶(きょおく)は、その人物が『ミュウ』として『目覚め』を迎える前兆の1つなんです」

 

「……じゃあ、俺は――」

 

 

 彼女の言葉を、クーゴは正しく理解した。

 己が一体『何』かを、理解してしまった。

 

 クーゴがイデアと()()()()()ということは、即ち。

 

 

「俺も、キミと同じ――『ミュウ』なのか」

 

 

 その問いかけに、イデアは静かに微笑んで、頷いた。そうして、クーゴへ手を差し伸べる。

 

 

「立てますか?」

 

「あ、ああ」

 

 

 頷き、クーゴはイデアの手を取った。長らく動いていなかったせいか、体が鉛のように重い。

 よくよく考えてみれば、半年間眠っていた人間が立ち上がろうとするのは無理がある。

 しかし、多少の難はありつつも、クーゴは立ち上がった。よろめきながらも、一歩一歩、確実に足を進める。

 

 これもまた、『ミュウ』のなせる業だというのか。問いかけるようにイデアを見れば、彼女はふわりと微笑んだ。

 

 

「そういう訳じゃないですけど……うん、大丈夫ならそれでいいです」

 

 

 グラン・マの言うとおりだったなぁ、と、イデアは呟く。はて、グラン・マとは誰だろう。

 

 

「私たちの長です。同時に、『悪の組織』の代表取締役でもあります」

 

「代表取締役……」

 

 

 その言葉を皮切りに、クーゴの脳裏に1人の女性の姿が浮かんだ。アザディスタンの空港で会った、車椅子の女性。彼女が差し出した名刺に、「『悪の組織』代表取締役」という文字が書かれていたことを思い出した。

 もしかして、彼女もまた、『ミュウ』なのだろうか。そんな疑問を抱いたことに気づいたイデアは、曖昧に微笑んだ。「会えばわかります」と言って、クーゴの手を引く。車椅子の女性/『悪の組織』代表取締役の元へ案内してくれるらしい。

 

 

「その前に、着替えたいんだが……」

 

「あ、わかりました。一応、ユニオン軍の軍服と、私たちが支給される制服と、2種類ありますけど」

 

「ユニオン軍の方でいい。俺はフラッグファイターだからな」

 

 

 そう言ってユニオンの軍服に手をかければ、イデアはふっと表情を緩める。愛おしいものを見つめるような眼差しに、クーゴは何となく気恥ずかしさを感じて目を逸らした。

 イデアと少年は気を使ってくれたようで、「着替え終わったら声をかけてください」と言い残して部屋を出た。彼らの背中を見送った後、クーゴは制服に袖を通す。

 見慣れた制服を身に纏った自分。何の変哲のない、見慣れた姿だ。しかし、言いようのない違和感を感じる。その理由を、クーゴはきちんと自覚していた。

 

 深緑の軍服を身に纏った友人や、部下たちの姿が脳裏をよぎる。夢の中で対面した彼らは、誰1人ユニオン軍の制服を着ていなかった。

 彼らが身に纏っていた軍服は、どの組織のものだっただろう。独立治安維持部隊アロウズなんて、クーゴの知識では思い当たらない。

 

 あるとすれば、虚憶(きょおく)から齎されたものだけだ。文字通り、けれども悪い意味での治安維持を任務にしていた部隊と同じ名前である。まさか、やっていることまで同じなのだろうか。

 

 考えすぎていたせいか、制服を着る手を止めていたようだ。これ以上、イデアや少年を待たせてはいけない。

 思考を止めて、クーゴはさっさと制服に着替えた。扉を開けて、着替えが終わったことを告げた。

 

 

「終わった。行こう」

 

「はい。……あら?」

 

 

 遠くから騒がしい声が響いてくる。そこへ、イデアは視線を向けた。

 

 赤い髪の少女、青い髪の青年、鳶色の髪と浅黒い肌の青年が、談笑しながら小走りで翔けてきたところだった。3人とも、パイロットスーツを身に纏い、ヘルメットを脇に抱えている。

 『悪の組織』の技術者だろうか。いや、でも、あの格好は、技術者と言うよりは、クーゴと同じMSパイロットだろう。年齢は、明らかに10代後半か20代前半である。クーゴよりも若い。

 

 

「あ、イデアーっ!」

 

「ネーナ。ノブレスくんから頼まれたミッション、どうだった?」

 

「ばっちり! 治安維持部隊が行っている虐殺行為に介入して、虐殺対象者の救出および保護任務に成功したよっ!」

 

 

 赤い髪の少女――ネーナは満面の笑みを浮かべてVサインした。後ろにいる青年たちも得意げに微笑む。

 

 

「教官、褒めてくれるかなぁ」

 

「褒めてくれると思うよ。報告を受けたとき、『無事に終わってよかった』って安心してたから。一緒に話を聞いていた教授に、ネーナたちのこと自慢してたのよ」

 

「えへへ……」

 

 

 ネーナは仲睦まじくイデアと話していたが、クーゴの存在に気づいて目を瞬かせる。そして、合点が言ったように手を叩いた。

 

 

「あ、だからおじいちゃんが『紅茶のパウンドケーキを作るのに必要な茶葉を調達してほしい』って言ってたんだ」

 

 

 彼女の言葉を皮切りに、青年たちがクーゴを見た。まじまじと見つめられると、どうにも恐縮してしまう。

 青年たちは端末とクーゴの顔を見比べ、ややあって納得したように顔を見合わせていた。

 

 

「そういや、教官も仰っていたな。『病室の彼がそろそろ目覚める頃だろう』って」

 

「『別の病室にいるヤツも、どうにか話を聞ける状態になる頃だ』とも言ってたよな。双子の弟に間違えられて覇王翔吼拳を叩きこまれそうになったり、双子の弟を強襲しようとする輩から弟を庇って弟の代わりに覇王翔吼拳叩きこまれたりして、病室と外を行ったり来たりしてたらしいし」

 

「……た、大変だな」

 

「ロックオ――……その人、先に待ち合わせ場所に行ってますから、すぐ会えますよ」

 

「そ、そうか」

 

 

 イデアがのほほんと補足してくれた。

 

 青年2人の会話を聞いたせいか、クーゴの背中に空恐ろしい寒気が走った。それ以前に、自分以外にも『悪の組織』で療養していた人間がいたらしい。

 どんな人間なのだろう、と、クーゴが思ったときだった。青年が握りしめていた端末が鳴り響く。その音を聞いたネーナが、弾かれたように端末を持つ青年の隣に並んだ。

 3人はしばし端末と睨めっこをしていたが、ややあって、クーゴらに視線を戻した。どうしたのだろう。クーゴが問う前に、ネーナがイデアに視線を向けた。

 

 

「『悪の組織』総帥から、集合してほしいって連絡が来たんだ。イデアたちもそこに行くんでしょ? 一緒に行かない?」

 

「私は賛成だけど、クーゴさんは?」

 

 

 いきなり話を振られ、クーゴは面食らった。

 しかし、断る理由はない。

 

 

目的地(しゅうごうばしょ)が一緒なら、断る理由はないな。一緒に行こうか」

 

 

 彼女たちの申し出を受ける。同行者が増えたためか、周囲の空気が賑やかになった気がした。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 端末からの地図情報を確認する。『中庭』という区画に、赤いマークが点滅していた。

 現在位置を表す青いマークは、『中庭』の手前にある。目の前の扉を開ければ、待ち合わせ場所に到着だ。

 

 イデアが先陣を切り、ネーナやクーゴたちがそれに続く。扉が開く音と共に、満天の星空が目に入った。遠くには、青く輝く惑星(ほし)――地球が見える。

 

 

(宇宙……!? ってことは、『悪の組織』の本社は宇宙にあったのか!?)

 

 

 そこまで考えて、クーゴはふと気づいた。ほんの少しずつであるが、地球が見える位置が移動していく。はっとして周囲を見回せば、そこは地上にある公園とよく似た場所であった。

 足元には芝生が生い茂り、所々には座って休めるベンチスペースが点在し、オブジェクトや噴水などが設置されている。つい先程まで誰かいたのだろう。遊具のブランコが、名残惜しそうに音を響かせていた。

 イデアやネーナたちは迷うことなく歩みを進める。広場の中央にある、ひときわ大きなベンチスペースに向かってだ。様々な花で彩られたアーチの下には、丸くて大きいテーブルが置いてある。繊細な装飾が施された、金属製のものだ。光源を受けて、テーブルや椅子らが銀色の輝きを帯びている。

 

 既に先客がいたようで、3人の男性が腰かけていた。

 

 1人目は、茶髪で緑の瞳を持つ白人男性だ。頭や首、服の袖から見える肌には包帯が巻かれており、彼の座る椅子の脇には松葉杖が置かれている。先程青年たちがしていた話――覇王翔吼拳が云々――から顧みるに、彼が『クーゴよりも先に『悪の組織』にいた人物』であろう。

 2人目は、プラチナブロンドの髪に琥珀色のアーモンドアイが特徴な青年だ。端正な顔立ちを見つめて、気づく。テレビで取り立たされていたアイドル、テオ・マイヤーとよく似ていた。いや、似ているのではない。本人である。エイフマン教授が「昔亡くなった兄貴分とそっくり」だとよく話していた。

 

 そうして、3人目は――

 

 

「約束の時間10分前には到着しているのがモットーのキミにしては、随分と寝坊したようじゃのう?」

 

「エイフマン教授……!」

 

 

 白髪に青い瞳を持つ老紳士――レイフ・エイフマン。ユニオンのガンダム調査隊、後のオーバーフラッグス隊の技術顧問を務めていた人物にして、クーゴの愛機フラッグの生みの親だった人だ。

 先のMSWAD基地襲撃事件で亡くなったと思っていた。もう、彼と言葉を交わす機会はないと思っていた。その相手が、目の前にいる。込み上げてくるものをどうにか押しとどめながら、クーゴは笑って見せた。

 20代の終わりといういい大人が、泣き顔を晒すことなんてできやしない。ちゃんと笑えていたかどうかはわからないが、エイフマンは幼子に向けるような温和な笑みを浮かべて頷き返してくれた。

 

 

「よがったねぇ。よがったねぇ。感動の再開……」

 

「……2番目もだめ、3番目もだめ、4番目も……5番目も……う、うう……!」

 

 

 不意に、誰かが鼻をすする音が聞こえた。音の出どころを見れば、車椅子に乗った女性が服の袖で涙をぬぐっている。女性の後ろには、顔を覆っている初老の男性。どちらにも、クーゴには見覚えがあった。

 

 黒い髪をお団子に結んだ女性は、イナクトの発表をしていた軍事基地やアザディスタンで顔を合わせている。彼女こそ、『悪の組織』の代表取締役だ。

 白髪交じりの初老の男性は、イナクトの発表をしていた軍事基地やテレビでよく見かけていた。国連の代表者、エルガン・ローディックその人だ。

 

 どうしてこの2人が、同じ場所にいるのだろう。前者の女性はともかく、後者のエルガンは『悪の組織』とは無関係ではないのか。それ以前に、国連代表がこんな場所で油を売っていていいのだろうか。

 クーゴの問いかけを察したのか、エルガンは顔を上げた。涙と鼻水にまみれた顔をハンカチで無理矢理拭い、何事もなかったかのように真面目な表情になった。突き崩したら男の矜持と沽券に係わるため、黙っておくことにする。

 

 

「ベル、泣き止め。彼らをここに集めた張本人が泣いていてどうする」

 

「これが泣かずにいられますかっての。そんな風に変なところでドライだから、私にとってアンタは『妥協して100番目くらいに好きな男』って言われるのよ」

 

「……この世は、地獄だ……!!!」

 

 

 再びエルガンが崩れ落ちる。というか、何だ、その『妥協して100番目くらいに好きな男』という微妙な表現は。その言葉だけで、エルガンの扱いに大体予想がつくのは何故だろう。

 周囲の人々は何かを察したようで、エルガンからそっと目を逸らしていた。成程、クーゴの予想は正解だったようだ。居たたまれなくなり、クーゴもまた視線を逸らす。

 

 話し合いが始まるまで、もう少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「何言ってるんだ。兄さんはこの前、覆面を付けた暴漢に襲われていた俺を助けてくれたんだぞ?」

 

「なんだって!!?」

 

「そのときに酷い怪我をしてな。俺が救急車を呼んだんだ。だから、兄さんが死んでるなんてあり得ないんだよ」

 

「そんな、バカなことが……!!」

 

 

「……あれ? そういえば、あの救急車、病院の名前が書いてなかったような……?」

 

「……は?」

 

「しかも、俺が電話したら、『近くにいるので拾いに行きます。30秒くらいで到着しますから、安心してください』とか言ってた……――ッ!!!」

 

 

 

 

 覇王翔吼拳の被害者の弟が、紆余曲折の果てに、ソレスタルビーイングに加入することを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『悪の組織』は、技術者にとって天国であり、楽園であり、己を磨くのにふさわしい環境が整っている場所だと思う。そのおかげで、大破したキミのフラッグをベースにし、思う存分改修することができた」

 

「これは……!?」

 

「フラッグの系譜に『悪の組織』の技術を合わせた物じゃ。『ミュウ』由来の技術の結晶を組み込んだからな。事実上の、『キミのためだけにチューンされた機体』となる」

 

「俺のためだけに作られた、フラッグの後継機……」

 

「そう。ただな、機体は完成したのだが、まだ完全ではないのだよ」

 

「どういうことですか?」

 

「――機体の名前が、まだ決まっておらんのだ。キミに、名付けてもらおうと思っていたからな」

 

 

 

 

 

 フラッグの系譜を継ぐ、新たな翼が舞い降りることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「身バレを避けるためには、やっぱり顔を覆う必要があると思うんだ」

 

「使いませんからねそんな仮面!!?」

 

 

 

 

 世界一カッコいい一頭身がつけていた仮面を、現実でもごり押しされることを。

 

 

 

 

 

 

 

「……はは、ひどいな」

 

 

「キミはひどいオンナだ、ベルフトゥーロ」

 

 

「ああ、認めよう。ソレは確かに、ワタシが欲したものだ。……しかし、ソレ“だけ”を残されても、ワタシにとっては無価値なんだよ」

 

 

 

 

 “とある世界”の“どこかの誰か”が、一番欲しかったものを手にし、一番大切だったものを失うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの明日は何処(いずこ)なりや。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。