大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season> 作:白鷺 葵
ソレスタルビーイングの秘密基地――通称ラグランジュ3の場所は、アロウズに知れ渡っている。何事もなければ、アロウズの部隊は今日中にラグランジュ3へたどり着き、攻撃を仕掛けていたであろう。
アロウズの足止めをし、ツインドライヴの実験を安全に行うための時間を稼ぐことが、エイミー・ディランディ率いるクルーたちに与えられた任務である。首尾は上々と言っていい。
「相手に与えた損害は、総計で5割強。牽制によるプレッシャーも充分与えたわけだし……」
戦果報告を読みつつ、エイミーは相手部隊の様子を確認する。
アロウズの面々は、一端進軍を止めて補給を行うことにしたらしい。部隊はコースを離れ、別の場所にいた小規模の部隊と合流していた。地上からも、宇宙へ向かう部隊が確認できた。
(これで、見積もりではあと3日程到着が遅れる)
ラグランジュ3にいるベルフトゥーロへ、このことを報告する。すぐに了承の返事が返ってきた。
ツインドライヴの調整やガンダムの整備も順調に進んでいるようだ。エイミーは納得して頷く。
「マーク隊、ホワイトベースに帰投しました! 全機体、損傷軽微です!」
「わかったわ。おヤエさん、ケイ、各機の整備を。操舵のみんなは、指定されたポイントへ向けて舵を取って。全速離脱」
「了解!」
ルナからの報告を聞いたエイミーは、てきぱきと面々に指示を出した。指示を受けた面々も、即座に反応して動き始める。ホワイトベースは大きく舵を切り、この区域から離れていった。
自動扉が開き、帰投した仲間たちがブリッジへとやって来た。アスルを欠いた構成ということで仲間たちはピリピリしていたけれど、その分頑張ってくれたのだ。エイミーは素直に感謝の言葉を述べた。
「みんな、おつかれさま。ありがとう」
「そっちこそ。おつかれさん、エイミー」
エイミーの言葉に、アスルの代打で部隊を率いたマークが微笑む。それを皮切りに、仲間たちが話始めた。
「キムとハロルドが大活躍だったよね」
「今回のMVPだよな。おめでとう」
「褒められると照れるな。嬉しいけどさ!」
「だな!」
クレアとマークから賛辞の言葉を受けたキムとハロルドが、はにかむように笑った。この2人は強気な性格だし、撃墜すればする程に、自身と仲間の士気を上げてくれるムードメイカーだ。但し、感情の振れ幅が激しくて、感情的になってしまうこともあるが。
指揮官は作戦を提示するだけではない。MSの性能やパイロットの能力および性格も把握したうえで、作戦を練る必要がある。『ミュウ』の場合は、後者には特に気を使わなくてはならないのだ。調子に乗りやすい相手には、冷静な人間からのフォローが必要である。
「キム、ハロルド。日本には、『勝って兜の緒を締めよ』という諺がある。今回の勝利に驕ることなく、これからも高みを目指すように」
「……わかってるよ、エルフリーデ」
「ちぇー」
エルフリーデに釘を刺されたキムとハロルドは、ムッとした様子で口を尖らせた。先程の喜びはすっかり失せてしまったらしい。
ミス騎士道と呼ばれるエルフリーデは、驕り高ぶることをよしとしない。調子に乗りやすい面々を諌めるのに適しているのだ。
清廉潔白な在り方を利用されてしまうという弱点もあるけれど、何でもありな戦闘に身を置いてきたラナロウたちがそれをカバーする。
性格が穏やかな面々が、尖っている面々との間を取り持つ形となっているのだ。いいチームだと、エイミーは思う。采配は間違っていなかったようだ。
「アスルさんから通信入りました。すぐに合流できるそうです」
「わかった。指定ポイントで合流すると伝えておいて」
「了解」
さて。エイミーはモニターに映し出された情報を見つめる。今のところはこちらが有利だが、どう転ぶかわからない。
何せ、相手は軍そのものを動かすことができるのだ。民間私設武装組織はゲリラ戦が関の山である。
カタロンならば、アロウズとの泥試合も厭わないのだろう。彼らのやり方を見ていると、「世界を変えるためならば、カタロンという武装組織そのものが崩壊してもいい」と考えている節がある。
下の兄――ライルはカタロンの密偵としてソレスタルビーイングに張りついているようだが、今後、彼はどうするのだろうか。イノベイドとイノベイター、および『ミュウ』と人類の関係性について悩んでいた。
恋人のアニューが誰かに利用される可能性があるとなれば、ライルは黙っていられまい。エイミーだって、自分の義姉になるであろう女性が生物兵器として利用されるなんて可能性を見過ごすことはできなかった。
誰もが当たり前に生きる世界。
(そのためにも、頑張らなくちゃ)
穏やかな時間は短いけれど、確かに存在している。
和気藹々としたクルーの様子を見つめながら、エイミーは微笑んだ。
◆
「相変わらず、無茶苦茶なことやってますよねぇ」
施設の壁をぶち抜いたアストレアFの後ろ姿を見つめながら、テオドアは深々と息を吐いた。アストレアFの武装であるGNハンマーを見ていると、∀ガンダムのハンマーを思い出すのだ。
正直なところ、
次の瞬間、アストレアFのハッチが開いてテリシラが放り出された。彼は転がるように床に倒れこんだが、目の前に現れたものに目を見張った。右腕を失ったレイヴの体が、カプセル内に保管されている。
(
いくらビサイドが「肉体を乗り換えれる」とはいえ、肉体を捨てさせるため本当に致命傷を負わせるとは。
しかも、「イノベイドが持つ特別なナノマシンを起動させることができる」という前提で行動したのだ。でなければ、レイヴの肉体にダメージを与えようとは思わない。
(まあ、Dr.テリシラという名医もいますから、レイヴのことはもう大丈夫でしょう。問題は――)
テオドアはちらりと視線を動かした。別の肉体を得たビサイドが、真っ裸のままコックピット席に乗り込む。服を着ている暇がないとはいえ、全裸でコックピットに乗り込むのは非常にアレだ。
『人前で全裸って……せめて、葉っぱでもなんでもいいから、そのひっどいイチモツは隠しましょうよ。現実世界にはモザイクなんて存在しないんですよ』
『ええい、余計なお世話だ!!』
テオドアはひっそり脳量子波で指摘したが、ビサイドは顔を真っ赤にしながら切り捨てた。一応、知恵の実を食べたアダムとイヴよろしく羞恥心はあったらしい。その脳量子波を偶然キャッチしてしまったのか、テリシラが何とも言えない表情になった。
ちなみに、
余計な会話はそれまでと言わんばかりに、アストレアFとHi-νガンダムが
しかし、フォンはテオドアに同行するよう言ってきた。
「最後の監視者として、今回の1件を見届けろ」と。
(フォンは既に、“6人の仲間集め”に関わる秘密を知っているのでしょうか。僕がこれを見届けなければならない理由も……)
フォンならば、普通にあり得そうで怖い。彼は己の力で道を切り開こうとする人間を愛している。そのためなら、多少の荒療治も厭わないタイプだった。……たとえそれが、どんな方向であっても。
「そんじゃ、第2ラウンドを始めるか!」
げゃ、と、笑いをこぼしたフォン/アストレアFと、不敵に笑うビサイド/
テオドア/Hi-νガンダムはレイヴとテリシラを庇うように立ち、ファンネルの防御壁を展開した。
「こっちは完全防備です。迷うことなく派手にやっちゃってください」
「上等」
「待て! フォン・スパーク、何故お前はオレを攻撃するんだ? お前の目的は何だ?」
フォンの感情を現すように、アストレアFはGNハンマーを構える。次の瞬間、何を思ったのか、ビサイドがフォンへ通信を入れた。何故、
彼らの感情を読み取ったテオドアは、思わず蛙のような呻き声を上げたくなった。フォンもビサイドも確信犯だからだ。特に、前者は後者なんて足元にも及ばないレベルであった。
――2人とも、己の/相手の質問に答えは要らないということも、意図があることを悟っていたのだから。
(えげつないです)
「俺も1枚かもうと思ってな。“6人の仲間集め”とやらに」
高度な心理戦に、テオドアは寒気を感じて身を縮ませる。
こちらの心情など気にせず、フォンはにやりと悪い笑みを浮かべた。
「おっと、お喋りはここまでだ。これ以上、時間稼ぎはされたくないからな」
「気づいていたか……だが、もう遅い!」
ビサイドが叫んだのと同じタイミングで、壁がぶち抜かれた。降り立ったのはアロウズのMS――センチュリオ。ライセンサーだけが搭乗を赦された、特別な機体だ。ライセンサー以外はMDとして利用されている。
だが、フォンにとっては大した意味もなさそうだった。彼は上機嫌に笑い、ハンマーを振りかぶった。センチュリオの売りであるナノマシンを駆使した防壁を叩き壊し、打ち崩す。自身を守る盾を失った天使たちは、あっという間に倒れ伏した。
飛んでくる破片や銃弾は、ファンネルに寄る防壁によって阻まれた。
周囲はあっという間に荒れ果て、瓦礫が散乱している。
「防御壁がなかったら、完全に巻き添えを喰らっていたぞ……」
「僕、防御型じゃないんですけどね。ファンネル駆使したトリッキーな戦術するのが本職なんですけどね」
テリシラが戦々恐々とした様子で戦いを眺めていた。テオドアも、自身の専門外の戦い方をする状況に嘆きをこぼす。
その隙に、
勿論、センチュリオはGNハンマーの質量可変効果によって叩き潰された。イロモノ装備の効果に感心しながら、ファンネルフィールドを解除する。フォンは、
「はっ、バカめ。これから、イバラの道が待っていることも知らずに――」
フォンは一体何を知っているのだろう。彼の眼差しは、真っ暗な夜空の向こうへと向けられていた。
その先に何があるのか、テオドアも辿ってみる。残念なことに、テオドアには、その先を見通すことはできなかった。
◇◇
戦場は、文字通りの大混戦だ。
四方八方から特攻兵器が飛来し、争い続ける人類に見切りをつけたイマージュの群れが攻撃を仕掛け、操られたバジュラ達がZEXISに集中砲火してくる。
「バジュラとの戦いで疲弊したところを狙うなんて……!」
「流石は世界の影……しかも、元がつく連中だな」
アレルヤと
4つ巴とは名ばかりで、実際はZEXIS対イマージュ・バジュラ・特攻兵器という酷い構図だ。
「ZEXIS。これはね、一方的に嬲られるだけの簡単なお仕事よ。そのまま死んでくれれば完璧なんだけど」
「ねえさん! あんた、一体どこにいるんだ!?」
蒼海の笑い声が聞こえてきた。クーゴの問いに、彼女は言葉を返さなかった。代わりに、宇宙艦近辺に隠れていた“何か”がここへ姿を現す。
例えるならそれは、20世紀に日本で行われた万国博覧会でお披露目された太陽の塔だ。塔の最上部に覗く顔は、いつぞや対峙したテラズ・ナンバーと雰囲気がよく似ている。
その姿を確認したベルフトゥーロが、仇敵を見るような眼差しになった。彼女の口が動く。『視』間違いでなければ、ベルフトゥーロは「グランドマザー」と言った。
グランドマザー。嘗て、人類と『ミュウ』を殲滅するために地球を滅ぼそうとしたスーパーコンピュータにして、S.D体制を造り上げた存在そのもの。
『ミュウ』からしてみれば、一族の怨敵に当たるだろう。その遺伝子は次世代の『ミュウ』たちにも刻まれているようで、クーゴの本能が戦いていた。
『返してよ、人殺し! 私の仲間たちを返してぇぇ!』
『沙慈、沙慈! やだ、やだよ……返事をして、沙慈ィィ!』
遠くから悲鳴が『聞こえて』くる。女性が血まみれになった青年たちを支えて金切り声をあげる光景が『視えた』。次に映し出されたのは、頭から血を流して動かない沙慈を抱えて泣き叫ぶルイスの姿だ。
女性の仲間を撃ち、沙慈に大怪我を負わせたのは、この場に乱入した独立治安維持部隊のアヘッドである。GNアーチャーに搭乗していたピーリスは、そのパイロットが誰であるかを察した様子だった。
「アンドレイ、貴様……! 大佐だけでなく、非戦闘員の一般人まで手をかけたのか!!」
「私は悪くない! 裏切ったのはあいつらだ! お前もだろ、裏切り者があああああああああああああ!」
怒りを燃やしたピーリス/GNアーチャーがアンドレイ/アヘッドへと迫る。アンドレイもまた、錯乱しながらもピーリスを敵だと認定したらしい。2機は激しく鍔迫り合いを繰り広げた。
「ほら、ごらんなさい。人間は己の感情を制御できない生き物。だからこそ、
「テメェがそれを言うのかよ……!」
高みの見物をしているのは蒼海だけではない。彼女をはじめとした
奴らの物言いが琴線に触れたのか、ZEXISの隊列から1機が飛び出した。ホランド・ノヴァクが操る機体だ。余命幾何もないホランドは、世界を守るために特攻しようとしているのだ。
勿論、最前線に飛び出すわけだから、イマージュたちはホランドの機体へ狙いを定める。機体に攻撃が命中し、その度にホランドのうめき声が聞こえてきた。レントンが彼を呼び止めようとするが、止まらない。
「聞けよ、イノベイター! それにイマージュ!」
ホランドの叫びに呼応するかのように、ほんの一瞬だけ、イマージュが動きを止める。
「俺は自分だけが不幸だと思いこんで、周りに毒を撒き散らかしたクズ野郎だ! あそこにいる“自称”新人類と同レベルの、身勝手なドアホウだ!」
その言葉は懺悔のようでもあるし、自身に対する嘲りのようにも思える。破界事変のときの彼は、その言葉通りのことをやってのけた。
エウレカとイマージュを利用することで世界をリセットしようとしたことを、ホランドはどこかで気にしていたのかもしれない。
「だがな、俺は変われた! ここにいる奴等と、俺の愛する奴らのおかげで!」
だから自分は戦うのだと、ホランドは叫ぶ。
「俺の愛する奴らと世界を、俺やテメェ等みたいなクズの好きにさせないために!!」
だから命をかけても惜しくないのだと、ホランドは叫ぶ。
彼の気迫に、ホランドを制止しようとしていたレントンが止まる。彼もまた、エウレカのために命を賭けたことがあったからだ。
勿論、命を賭けているのはホランドだけではない。次の瞬間、プトレマイオスがトランザムを発動した。
事実上、グランドマザーの支配下に置かれたヴェーダを取り戻しに行ったのだろう。彼らが戻るまでの戦線の維持――ZEXISの役目。
(――!?)
しかし、物事はうまくいかないというのが常識であった。クーゴの脳裏に、突如ヴィジョンが映し出される。スメラギと対峙するビリーの姿だ。
『クジョウ! はやく、僕を撃って!』
『ビリー!? 貴方、何を言っているの!』
『このままじゃ、僕はキミを殺してしまう……! 僕は嫌だ、キミを殺すなんてできない! 殺したくなんか……』
顔を真っ青にして叫ぶビリーの表情とは裏腹に、彼の手には銃が握られている。銃口は、スメラギの心臓に向けられていた。
引き金を引けば簡単に彼女の命を奪えるだろう。ビリーの意志を反映しているのは、彼の表情と震える腕であった。
『クジョウ、僕はキミが憎い……違う、違う! 僕はキミを憎んでなんかっ……! ああ、殺したい、殺してやる……ッ、違う……違うよ、僕は、僕はぁぁぁぁぁぁッ!』
引き金が引かれた。銃弾はスメラギの頬を掠めて壁にめり込む。ビリーの目は、虚ろになったり光が戻ったりと目まぐるしく変化していた。グランドマザーの支配に逆らっているためだ。
完全に操られていて、尚且つ相手が外道ならば、躊躇うことなく撃ち殺せる。でも、目の前にいるビリーにはまだ正気が残っているのだ。しかも、ビリーは必死になってスメラギを守ろうとしている。
そんな相手を撃ち殺せるだろうか。万に1つほどの可能性ではあれど、助けることができる人間を、殺すことができるだろうか。命を賭して自分を守ろうとしている昔なじみを、自分に危害を加えるという理由だけで、躊躇いなく殺せるだろうか。
スメラギの答えは否だった。彼女は小さく首を振る。
刹那、ビリーの瞳から光が消えた。悲鳴が止み、彼は虚ろな表情のまま銃を構える。今度は、銃を持つ手に震えはない。
グランドマザーに意識を支配されてしまったのか。クーゴがハッとしたとき、はやぶさに衝撃が襲い掛かった。
「ぐ……!」
機体損傷は軽微だが、攻撃は次々に降り注ぐ。あちらこちらで悲鳴が響き、光がちらついた。戦艦かMSに被弾したのだろう。
(くそ! このままじゃあ、完全にジリ貧だ!!)
どうする。どうすればいい。
このまま仲間の命が散っていくのを、自分は見ていることしかできないのか。
そのとき、クーゴの視界にダブルオーの姿が目に入った。カメラアイの光は昏く、呆けてしまったように見える。まるで、取り返しのつかない過ちを犯し、途方に暮れているかのようだ。
「俺たちの生んだ歪みが、広がっていく……」
弱々しい刹那の声が聞こえた。今にも泣き出してしまいそうな声だった。
「みんなの命が、消えていく……!」
爆発音が遠くから響いた。また悲鳴が聞こえる。命を燃やして戦う者たちの声が、小さくなっていく。
希望は絶望に飲まれた。憎しみの声が延々と『聞こえてくる』。ZEXISは、怨嗟の中に沈んでいるのだ。
「――そんなことを……」
刹那の想いが伝わってくる。不器用だけれど、本当は深い愛情を持って相手を思いやれる優しい
ダブルオーの機体が淡く発光した。GN粒子の輝きが、どんどん強くなっていく。まるで、刹那の心に呼応するかのようだ。その温かな輝きを、クーゴは『知っている』。これは、人の心の光だ。世界に指し示す希望の道しるべ。
「刹那!」
「――させるかああああああああああッ!!」
アムロがはっとしたように声を上げた。ニュータイプの直感で、彼は何かを感じ取ったのだろう。次の瞬間、ダブルオーの太陽炉が一際強い輝きを放った。刹那の瞳が暗い金色に輝いたのが『視える』。あれは、純粋なイノベイターの特徴と一致していた。
「目覚めさせるものですか!」
「いけない!」
間髪入れず、ダブルオーの太陽炉から発生した輝きが、この場一帯を包み込む。どこまでも温かな光の中に、仲間たちの声が響き渡る。今まで以上に、彼らの近くで戦っているのだと実感した。
(これが、真の
「今です! 人と人を繋ぐのが、僕たち『ミュウ』の仕事ですよ!」
不意に声が聞こえた。振り返れば、ZEXISとは別行動をしていたテオドア/Hi-νガンダムの姿があった。
彼の言葉は、嘗て『ミュウ』の少女が残した名言そのものである。『ミュウ』の力は、心を繋ぐためのものだった。
クーゴはイデアと顔を見合わせて頷く。前に向き直り、自分たちはサイオン波を展開した。能力を駆使し、仲間たちの心を繋いでいく。
失ったと思った仲間が還ってきたことに喜ぶ女性がいた。死の淵を彷徨っていた沙慈がルイスと再会し、寸でのところで還ってこれたことを喜ぶ声がした。父の愛情と、誰も自分を裏切っていなかった事実を知って、涙をこぼすアンドレイがいた。友人が何を思い、何のために戦ったのかを知って和解したルルーシュとスザクの笑顔があった。ようやく高嶺の花に「好きだ」と告げることができたビリーが、「クジョウを殺さなくてよかった」と泣きわめいていた。
(ああ、なんて綺麗な光なんだろう)
真っ暗闇に光がともるような心地になり、クーゴはゆるりと目を細める。限界で悲鳴を上げていた体が、嘘のように軽い。
仲間を助けたいと願う刹那の想いを、GN粒子は――イオリアの遺産が叶えて/応えてくれたのだろう。
「どうなってやがるんだ? 体の痛みが全くない。まるで、細胞の1つ1つが生まれ変わったみたいだ……」
「どうしてだろう。お腹が熱い……。それに、さっきまでの頭痛が完全に消えてる」
満身創痍だったホランドとシェリルが、何事もなかったかのようにぴんぴんしている。片や寿命が目前に迫り、片や死を待つしかない病を患っていたというのにだ。
間髪入れず、イマージュたちが攻撃の手を止めた。しばしZEXISの方を見つめたのち、くるりと向きを変えて去って行く。人類に攻撃を仕掛ける意図はないらしい。
「よかった……。みんな、分かってくれたみたい」
「イマージュは俺たちのこと、もう1度信じてくれたんだね」
レントンとエウレカが安堵したように微笑んだ。GN粒子は、人だけでなく、知的生命体ともわかり合う力を持っていたようだ。
もしかしたら、これが“来るべき対話”の鍵を握っていたのだろうか。クーゴがそれを問いかけるより先に、仲間たちが湧き立った。
真の覚醒を成したイノベイターと、驕り高ぶる支配者が激突する。世界の明日を決める戦いは、もうすぐ決着を迎えようとしていた。
◆◆
クーゴは思わず目を見開いた。周囲を見回すと、心なしか、周囲に煌めくものが漂っているように思う。この光を、クーゴはどこかで目にしたことがあった。遠い
件の光は、ラグランジュ3中に漂っている。確か、今、ツインドライヴに関する実験が行われていたか。今、ラグランジュ3のなかに漂うこの輝きは、イオリアが残した遺産に秘められた真価なのかもしれない。
GN粒子を浴び続けることで、人間はイノベイターに革新するという。……もしかして、今、この一帯を包み込む光こそが、刹那を革新者へ誘う鍵なのだろうか。
談話室に舞い散る光を目の当たりにし、宙継とイデアが感嘆の息を吐いた。
「うわぁ……。綺麗な光だぁ……」
宙継は目を輝かせてその光を見つめていた。
光から伝わってくる感情を読み取るように、ゆっくり目を細める。
そんな宙継を見ていると、なんだかとても微笑ましく思うのだ。彼が年相応の子どもとして振る舞う姿を見ると、安堵感がじんわりと湧き上がってくる。
(当たり前のことを当たり前に……それが一番難しいんだよな。特に、俺たちみたいなのは)
心のどこかに薄暗い影を持つ人間は、当たり前とか平穏とかいう言葉がどれ程尊いか、身を持って体感していた。遠い昔に負った傷は、未だ癒えることなく血を流し続ける。表面上、何事もないように装いながら。
真正面からそれと向かい合いながら生きる者。傷に背を向けながらも、時折振り返りながら生きる者。その傷をなかったように振る舞いながら生きる者。人の数だけ、傷との向かいあい方がある。折り合い方があるのだ。
「……声が聞こえる。これは、刹那?」
イデアは少し驚いたように目を見張ったが、すぐにゆるりと目を細める。その姿はまるで、母親が我が子の成長を喜んでいるようだった。
「優しい光。これが、あの子の想いなのね」
光を見つめるイデアの眼差しは、どこまでも優しい。紫苑の瞳は慈しみで満ちている。
彼女は、こんな綺麗に笑うのか――クーゴの脳裏に、漠然とそんな思考が浮かぶ。
不思議なことに、宙継を見ているときとは違う微笑ましさが湧き上がってきて、口元が緩む。
『クリス……ッ!!』
『ちょ、何!? いきなり抱きしめてくるなんて……う、嬉しいけど……』
不意に、感極まったリヒテンダールがクリスティナをぎゅうぎゅうと抱きしめている姿が『視えた』。クリスティナの声が聞こえて嬉しくなった、とリヒテンダールは笑う。それはクリスティナの方も同じようで、2人ははにかんだ笑みを浮かべていた。
『沙慈……』
『ルイス……』
別の場所では、沙慈とルイスが顔を真っ赤にして照れ照れしている。この夫婦もまた、お互いの声が聞こえて嬉しくなったらしい。そういえば、似たような光景を
また、光景が切り替わる。そこにいたのは、ダブルオーの実験を見ていた面々だ。
その中でも、一際クーゴの目を惹いたのは、ベルフトゥーロの横顔だった。
『――嗚呼』
地球を思わせるような青い瞳が、歓喜に打ち震えている。
『これが、あの人が待ち望んだ光。私たちが夢見たもの。私が見たかったもの』
ベルフトゥーロの眼差しは、ツインドライヴの実験結果と周囲を漂う緑の光――GN粒子に釘付けであった。
彼女はきっと、数世紀前の仲間たちと夫の姿を『視て』いたのかもしれない。青い瞳がゆっくり細められる。
『300年、待ち続けた甲斐があった』
ベルフトゥーロは幸せそうに微笑んだ。『ミュウ』としての長命だからこそ、彼女はツインドライヴが最大限の力を発揮する瞬間に居合わせることができた。
200年越しに、夫の英知が使われる姿を見たのだ。嬉しくないはずがなかろう。それまでの200年間、彼女はソレスタルビーイング創設に関わった第1世代のメンバーとして、ずっと見守ってきた。
……どんな気持ちだったのだろうか。仲間たちが次々と寿命で去って行く中、見知った顔に――大切な人たちに置き去りにされていくというのは。きっと、どんなに長生きしたとしても、忘れられるものではない。
クーゴが目を伏せかけたとき、ベルフトゥーロが弾かれたように息を飲んだのが『視えた』。
ベルフトゥーロのいた光景が切り替わる。
どこかに、光が落ちた。次の瞬間、大地が炎に飲み込まれた。
(――!?)
思わずクーゴは目を見張る。砂漠の都が、一瞬で焦土と化した。
あの場にいた人間は、自分に何が起きたかを理解する間もなく死んでいったのだろう。
沢山の命が、一瞬のうちに奪われた――その喪失感に、恐怖すら覚えてしまいそうだった。
今の光景は、クーゴだけに『視えた』ものではなかったらしい。イデアと宙継も、危機迫った表情を浮かべている。
「今の……」
「メギドの火? ……いいや、威力はアレの足元には及ばないけど、でも……」
宙継がぞくりと身を震わせる。沢山の命が尽きたのを感じ取ったためであろう。先程の光景から『ミュウ』の遺伝子に刻まれた恐怖を連想したのか、イデアは顎に手を当てて不安そうに目線を彷徨わせる。
嘗て、ナスカを滅ぼす際に使用された衛星破壊兵器――それが、メギドシステムと呼ばれるものであった。先程の光景はメギド照射よりも被害は少ないけれど、『ミュウ』の悲しみと恐怖を抉るには充分すぎた。
丁度そのタイミングを待っていたと言わんばかりに、フェルトからの通信が入る。彼女の焦った様子に、何とも言えぬ予感が鎌首をもたげた。
「観測システムが、地球圏で異常な熱源反応を捕らえた模様。至急ブリッジに集合してください!」
彼女の言葉から連想したのは、先程の光景だった。砂漠の都に落ちた光が、街1つを――ひいては国1つを消し飛ばす。
フェルトの言う熱源反応は、十中八九、先程の光/兵器が出どころだ。クーゴの予感は、悪い方向に動き始めている。
(……ねえさん。貴女は一体、何を考えているんだ)
袂を分かった姉の姿を思い浮かべる。記憶の中の姉は、どこまでも歪んだ笑みを浮かべていた。クーゴに――あるいは世界に対する憎しみを、惜しみなくぶつけてくる。
『気に食わない相手は容赦なく潰す』のが姉のやり方だった。あの光はまさしく、姉のやり方を具現化したようなものだ。また、誰かが姉によって傷つけられたのだ。
クーゴは確かに蒼海の弟で、蒼海の家族だ。母亡き後、蒼海の肉親と言えるのはクーゴだけである。しかし、いくら家族といえど、自分は彼女のやり方を肯定することはできない。
(常に血縁者の味方でいることが家族だというなら、俺はねえさんとは家族になれなかったってことか。……そうして、それこそが、俺が一生背負って行かなくてはならない業なんだろう)
クーゴはひっそりと自嘲する。
自分は彼女の一番近くにいながら、そこから遠ざかった人間だ。蒼海の暴走を眺めるだけだった臆病者だ。彼女が周囲の人間たちから否定されても、クーゴだけは彼女の味方でいなければならなかったのに。
蒼海の歪みを知りながら、その歪みを正そうとせず、歪みの根底にある思いから目を逸らし、彼女の想うがままに振る舞わせた――だから、クーゴは蒼海の家族になり得なかったのだろう。
(俺にできることは、あの人を止めることだけだ。――家族になれなかった他人として)
意を決して顔を上げる。イデアと宙継が、クーゴを見つめてきた。互いに頷き合い、ブリッジへと向かう。
いつもと同じルート、同じ距離。なのに、どうしてブリッジまでの距離が遠く感じるのだろうか。
もどかしさを抱えて走る。ブリッジはすぐ見えてきた。扉を開ければ、クルーたちが険しい面持ちで集っている。
目の前に提示された画像には、大きなクレーターが出来上がっていた。画面に表示された地図には、中東のスイール王国が指示されている。
「なあ、これって……」
「太陽光エレベーターの技術を応用した衛星兵器です」
「国1つを消し飛ばす威力だなんて」
クーゴの問いに、アニューが険しい表情で答える。クリスティナが握り拳を振るわせた。彼女の隣にいたリヒテンダールの表情も硬い。
「太陽光発電に関する紛争が起きたときは、こんな兵器ができるなんて思わなかったッスよ」
よりにもよって、と、リヒテンダールは肩をすくめる。その言葉を聞いたクリスティナが、心配そうにリヒテンダールを見上げた。
リヒテンダールはぎこちなく微笑むと、無言のままクリスティナを制した。気にしなくていい、と、彼の眼差しは告げていた。
あの衛星兵器を、このままにしてはおけない――。
クルーたちの意見は一致したようで、みなが顔を見合わせて頷き合う。
仲間たちの言葉を代弁するかのように、スメラギが口を開いた。
「補修が終わり次第、トレミー出向。連邦の衛星兵器破壊ミッションを行います」
クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。