大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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大丈夫だ、2ndシーズンの中盤だから。
22.決別-さよなら-


「さあ、始めようじゃないか! ガンダム同士の、とんでもない戦争ってヤツをよォ!!」

 

 

 サーシェスの宣言を皮切りに、赤いガンダムが自律兵器をこちらへ向けて飛ばしてきた。彼の言葉を『聞く』に、あの武装の名前はファングというらしい。4年前に起きたMSWAD基地での戦闘でも、似たような兵器を搭載した偽ガンダムがいたか。

 四方八方に飛び回る自律兵器を回避すれば、間髪入れずマスターフェニックス・フオヤンとハルファスベーゼの砲撃に晒される。相変わらず2機はダブルオーをマークしており、刹那を執拗に狙って攻撃を繰り出していた。

 

 背後に佇むバルバトロは、クーゴ/はやぶさと刹那/ダブルオーの両方に対して砲撃を撃ってくる。四方八方に炸裂した後に一点へと集まるビームや、極太のレーザー砲を交互に撃ち放ってくるため、なかなか距離を詰められない。その間にも、赤いガンダムやマスターフェニックス・フオヤンとハルファスベーゼが接近戦および遠距離兵装で攻めてくるのだ。数の上でもその他諸々でも、敵の方が有利である。

 

 

(くそ、躱して撃ち落とすのだけで手一杯だ……!)

 

 

 ガーベラストレートやライフルを駆使して敵の攻撃を相殺しているが、状況は完全に防戦一方である。特に、赤いガンダムのファングは早すぎて目が回りそうになるのだ。

 『ミュウ』としての能力を使って先読みしているものの、相手の攻撃が『読めた』としても完全に回避できるとは限らない。シールドを展開すれば、赤い雨あられに穿たれた。

 気のせいでなければ、展開したシールドに蜘蛛の巣状のヒビが走っている。しかも、赤い光弾がシールドに突き刺さる度、力/意識をそぎ落とされるような感覚に見舞われるのだ。

 

 

『クーゴ・ハガネ、気を付けてよ! 奴のファングには、S.D体制下で開発された、対『ミュウ』用の兵装も搭載されてる!』

 

「なんだって!?」

 

 

 リジェネの思念波を聞いて、クーゴは血の気が引くような気持ちになった。

 

 S.D体制下の技術がどれ程惨たらしいものなのか、『悪の組織』および『スターダスト・トレイマー』に居候することになったときに散々聞かされていた。人類と『ミュウ』の戦いでも投入され、多くの『同胞』を嬲り殺しにした忌々しい兵器。

 並大抵のサイオン波を無効化し、強力なサイオン波を有する『ミュウ』の場合はその力をじわじわとそぎ落とし、最終的には命を奪う。他にも、「サイオン波の暴走を強制的に引き起こし、広範囲の敵味方を殲滅する爆薬にする」なんてものも開発されていたらしい。

 

 次の瞬間、再びファングが展開する。四方八方に飛んだ牙が標的にしたのはセラヴィーだ。ファングの攻撃を回避しようとしたセラヴィーの眼前に、ハルファスベーゼの放ったワイヤーが纏わりつく。

 本来ならワイヤーの先に搭載された爪で機体を穿つのだろうが、ハルファスベーゼはそれをしない。ワイヤーによって動きを封じられたセラヴィーは、さながら蜘蛛の巣にかかった哀れな獲物のようだった。

 

 

「まずい!」

 

「ティエリア!」

 

「――させん!」

 

 

 助けに入ろうとしたはやぶさとダブルオーを阻んだのは、マスターフェニックス・フオヤンであった。巨大なバスターソードで、ダブルオーのGNソードとはやぶさのガーベラストレートを纏めて受け止める。赤い火花が散った。

 そのコンマ数秒の差で、再びファングが展開する。牙が狙ったのは、身動きの取れなかったセラヴィーだ。ダブルオーとはやぶさの手が届くはずだった場所に、赤い光が容赦なく降り注ぐ!!

 

 

「うわあああああああああああっ!!」

 

 

 リジェネとティエリアの悲鳴が響き渡る。セラヴィーの姿は、爆風に飲み込まれて消えてしまった。間髪入れず、赤いガンダムはダブルオーに躍りかかった。

 

 

「く……!」

 

 

 ダブルオーはGNソードで受け止める。マスターフェニックス・フオヤンのバスターソードよりも2回り以上小さなバスターソードであったが、変則的な接近戦では充分使える代物だった。

 いつぞや目の当たりにしたモラリア戦役の再現だ。エクシアがイナクトに押されていたときの光景が頭をよぎる。援護へ向かおうとしたはやぶさへ、鎌を二刀流に構えたハルファスベーゼが突撃してきた。

 刃が派手にぶつかり合って火花を散らす。押し合いは互角であったが、そこへマスターフェニックス・フオヤンが飛び出してきた。代わりに、ハルファスベーゼが後ろへ後退する。流れるようなコンビネーションだ。

 

 関心する間もなく、今度はマスターフェニックス・フオヤンのバスターソードと力比べをする羽目になった。刃と刃が拮抗する。

 しかし次の瞬間、バスターソードが赤白い炎を纏った。光が爆ぜる。間髪入れず凄まじい力が発生し、はやぶさは吹き飛ばされそうになる。

 

 

「うおおおおおおおおおおおッ!」

 

 

 対抗措置として、クーゴもサイオン波を展開した。荒ぶる青(タイプ・ブルー)の力をもってして、マスターフェニックス・フオヤンの推進力に真正面から挑みかかる。赤白い炎と青の光が派手にぶつかり合い、拮抗し、爆発する。

 機体を震撼するような衝撃に呻きながらも、クーゴは敵機を見据えた。はやぶさも、マスターフェニックス・フオヤンも、関節部から僅かに白煙が漂っている。先程の拮抗で互いにダメージを追ったらしい。相手はまだやる気のようだ。

 クーゴだって諦めるつもりはない。ガーベラストレートを構えて(ワン)留美(リューミン)とその使用人紅龍(ホンロン)と対峙する。2人の後ろには蒼海だって控えていた。1人で3人纏めて相手するなんて、いつぞやのシミュレーター――女の敵を守る戦いより難易度が高すぎやしないか。

 

 相変わらずセラヴィーは行動不能だし、ダブルオーは赤いガンダムに押されている。

 こちらが圧倒的に不利なのは、何の変化もないことであった。

 

 

「アリー・アル・サーシェス。遊ぶのもそこらへんにして頂戴。貴方のために、どれだけのお金が消えたと思ってるのかしら」

 

 

 高笑いして暴れるサーシェス/赤いガンダムの戦い方を眺めていた蒼海は苛立ち紛れに呟いた。途端に、赤いガンダムがダブルオーとの剣載を中断するようにGNソードを切り払った。

 

 

「――嫌なこと思い出させるんじゃねえよ、雇い主さんよォ」

 

 

 楽しそうに笑っていた表情が、醜悪に歪む。

 サーシェスもまた、苛立たしさを爆発させながら刹那へ斬りかかった。

 

 

「4年前、俺の半身が吹っ飛ばされたせいで受けた再生手術代で儲けがパーだ! 終いにゃそれを、あのオンナに盾に取られてこき使われて……!」

 

 

 赤いガンダムがバスターソードを振りかざす。

 

 

「そのツケ、テメエらの命で償えッ!!」

 

 

 そうして、その刃をダブルオーに振り下ろした。ダブルオーもやられっぱなしでいるつもりはないようで、再びGNソードやライフルで応戦する。

 間髪入れず、紫の砲撃が赤いガンダムに降り注いだ。セラヴィーが復活したらしい。再び剣載が始まったが、こちらがジリ貧であることには変わりなかった。

 このまま戦い続ければ、確実に、クーゴたちは黒幕たちの手によって落とされるだろう。その果てに待ち受けるのは、明確な死だ。背中に悪寒が走る。

 

 

「貴様だけは赦さない……! ロックオンの仇討ちをさせてもらう!」

 

 

 ティエリアとセラヴィーが飛び出す。彼の言うロックオンは、『悪の組織』に居候しているニール・ディランディのことを指している。彼は刹那から「ニールが生きている可能性がある」という話を耳にしていたはずだ。

 それでも、ニールが大怪我を追って行方不明になった原因はサーシェスである。例えニールが生きていたとしても、ティエリアにとってサーシェスは「仲間を奪った張本人」という認識を持っているのだから、仇と言うのも間違っていないのだろう。

 

 刹那もティエリアの怒りに同調したらしい。ダブルオーはセラヴィーを援護するように銃撃を放った。セラヴィーもまた、赤いガンダムの至近距離からビームキャノンを撃ち放つ。

 

 だが、赤いガンダムはそれを躱して砲口を叩き切った。爆風が炸裂するが、煙の奥から腕が伸びる。ティエリアの執念を反映した機体は、ほんのわずかだが赤く発光していた。リジェネがサイオン波を駆使し、ティエリアの執念とセラヴィーの性能にブーストをかけたのだろう。

 セラヴィーの手はがっしりと赤いガンダムを抑えつけた。ぎぎぎ、と、取っ組み合いが始まる。これだけ至近距離なら、セラヴィー自慢の砲撃を浴びせれば消し飛ばせたであろう。しかし残念なことに、砲口は叩き切られてしまっている。

 このまま取っ組み合いを繰り広げても、近接戦闘に向かないセラヴィーの方が不利だ。次の瞬間、セラヴィーの膝関節付近から突然腕が生えた。その腕はビームサーベルを構え、躊躇うことなく赤いガンダムへと振り下ろす!

 

 

「隠し腕だと!?」

 

 

 サーシェスは驚いたように声を上げたが、調子近距離の攻撃を曲芸師のように避けて反撃に移った。

 

 

「残念だな。それならこっちだって持ってるぜェ!」

 

 

 赤いガンダムの脚から飛び出した腕は、セラヴィーの隠し腕を真っ二つに叩き切った。間髪入れず、セラヴィーの姿は爆風に消える。今度はダブルオーが赤いガンダムへ躍りかかる。バスターソードとGNソードが火花を散らす。

 身動きの取れなくなった赤いガンダムへ再びセラヴィーがビームサーベルで挑みかかるが、今度は別の脚から隠し腕が飛び出した。赤い光のビームサーベルが、紫の光のビームサーベルとぶつかり合った。文字通り、隙がない。

 

 

「貴方、他人の心配なんてしている暇がありまして?」

 

「っ!!」

 

 

 留美(リューミン)の声で、クーゴは我に返った。降り注ぐ砲撃を躱し、ガーベラストレートで攻撃をいなしていく。四方八方に飛んだワイヤーを避けたとき、はやぶさは足を引っ張られた。

 はやぶさの脚に爪が突き刺さっている。ワイヤーの先を辿れば、蒼海のバルバトロの放った攻撃だとわかった。次の瞬間、ワイヤーがムチのようにしなった。はやぶさはバルバトロによって、縁日の水風船のように弄ばれる。

 

 

(まずい!)

 

 

 このままでは、思い切り振り下ろされる。高度数百メートルから、地面に叩き付けられるのだ。その末路は――言わずもがな、である。

 背中を襲った悪寒は、己の末路に対する恐怖だけじゃない。もっと別な場所にあるものだ。少し前、自分はそれと対峙していたような気がする。

 

 クーゴの思考回路は、体を襲い始めた遠心力とGによって、強制的に中断させられた。代わりに湧き上がるのは、己が死へと向かっている事実と、それに対する恐怖のみ。

 

 

「この世界に、あんたなんか要らない」

 

 

 醜悪に微笑んだ蒼海の姿が『視えた』。

 彼女の表情が、歓喜に満ち溢れている。

 

 

「塵芥と成り果てなさい! 刃金(ハガネ)空護(クーゴ)ォォォォォォォッ!!」

 

 

 咆哮にも似た笑い声が、クーゴの頭の中にがんがんと響き渡った。

 

 死にたくない。

 でも、死ぬ以外に道がない。

 それでも、死にたくない。死んではいられない――!

 

 

「クーゴさん!」

 

「――っぉう!?」

 

 

 次の瞬間、何かが切断されるような音と聞き覚えのある声が響いた。はやぶさを振り回していた力から、投げ出されるような形で解放される。

 

 寸でのところで機体の態勢を整え持ちこたえると、翡翠色の粒子が見えた。顔を上げる。はやぶさと瓜二つの機体が、目の前に降臨していた。

 はやぶさとの違いを挙げるとしたら、機体が少々小柄で高速戦闘に特化したフォルムになっていることだろうか。あとは機体のカラーリングか。

 因みに、はやぶさの機体の色は鉄紺(てつこん)といい、黒みを帯びた紺色だ。目の前の機体の色は、非常に淡い青緑色である。確か、白緑(びゃくろく)と言ったか。

 

 声の主のことを、クーゴはよく『知っている』。

 戦うことを――人の命を奪うことを嫌う、優しい少年のものだった。

 

 

「……宙継、くん?」

 

「はい!」

 

 

 クーゴの問いかけに、少年――刃金(はがね) 宙継(そらつぐ)は躊躇うことなく頷き返した。通信の向こうに映し出された彼の表情は、年相応の笑みを浮かべている。4年前に見た泣き顔はどこにもなかった。

 バルバトロのアームを切り裂いたのは、はやぶさと瓜二つの機体が構えていた実体剣である。刀身の長さは脇差、あるいは短刀程の長さしかない。よく見れば、宙継の機体は青い光を纏っている。彼もまた、クーゴと同じ荒ぶる青(タイプ・ブルー)なのか。

 

 『悪の組織』に居候していた時点で、宙継の能力はまだ未知数扱いだったはずだ。クーゴがイデアと行動を共にするようになった後で、この能力を本格的に開花させたのだろう。

 間髪入れず、視界の端で爆発が起こった。サーシェスの機体に、花を模したレーザービット兵器と水晶を思わせるようなデザインの自律兵器――牙が次々と襲い掛かっていく。

 レーザービットと牙はサーシェスの機体だけではなく、留美(リューミン)紅龍(ホンロン)、蒼海の機体にも容赦なく攻撃を繰り出した。

 

 

「あれは……」

 

 

 見たことのある武装。あの武装を搭載した機体は、トリニティ兄妹のラグエルシリーズだ。花を模したレーザービットはネーナのフルール、牙を搭載したのはミハエルのフォルス。

 

 

「――月は、出ているな!」

 

 

 不意に響いたのは、ある兵器を使用するためのキーワードだ。そのキーワードを必要とする機体は、ヨハンのフィオリテである。

 その言葉から間髪入れず、フィオリテ最強武装のツインサテライトキャノンが火を噴いた。一騎当千を地で行く威力は流石と言えよう。

 

 ツインサテライトキャノンの砲撃は、セラヴィーの砲撃以上に範囲が広い。何とか逃げ切った敵機たちだが、どの機体も脚や腕、および武装を失っていた。最強兵装によって欠損した個所からは、紫の火花が派手に散っている。

 新たに表れたスローネシリーズの発展型と味方識別に、刹那とティエリアが驚いた声を上げる。ラグエルたちはセラヴィーとダブルオーを、宙継の機体ははやぶさを庇うようにして戦場へと躍り出た。

 6対4。数の上で、どうにかこちらが上に回れた形となる。最も、戦いが激化することは変わらない。さてどうするかとクーゴが思案しかけたときだった。遥か上空から、鮮やかな翡翠色の光が降り注いだのだ。

 

 誰か/何かがサイオンバーストを展開しているのだろうが、レーダーには反応がない。その砲撃は、一方的にサーシェスの機体を追い詰めていく。まるで、セラヴィーを援護しているかのようだった。ティエリアは困惑しつつも、その長距離狙撃に合わせることにしたらしい。連携を繰り広げていた。

 

 

「あの告死天使(ガンダム)を操ってたのはテメエだったんだな!? (ワン)留美(リューミン)!!」

 

「よくも我々を嵌めてくれたな……!」

 

「ソレスタルビーイングの理念に従いつつ、あたしたち個人の恨みとその他諸々! 倍にして返してやるんだから!!」

 

 

 ミハエル、ヨハン、ネーナが怒りをあらわにした。ラグエルたちがダブルオーと連携してマスターフェニックス・フオヤンやハルファスベーゼと鍔迫り合いを繰り広げる。

 間髪入れず、別方向から紫の光が雨あられのように降り注いだ。見上げれば、ケルディム、アリオス、スターゲイザー-アルマロスが遠距離兵装の狙撃で面々を援護している。

 これで、自分たちの戦力は10対4。数の上でもこちらに軍配が傾く。己の不利を察したのだろう。4機はそれぞれ散開し、空の彼方へと消えていく。

 

 

「ティエリア、スメラギさんから帰投命令が出てる」

 

「止めるな! 奴がロックオンの仇なんだぞ!!」

 

「ダメだって! そんな満身創痍で追いかけたら死んじゃう!!」

 

「ええい邪魔だ、抱き付くなぁ! というか貴様、どこ触ってるんだ!?」

 

「えっ? ……そんな、分かってるクセにィ」

 

「やめろぉ!! 顔を赤らめるな気持ち悪い! それ以上触ったら、痴漢とわいせつ罪で訴える!!」

 

 

 セラヴィーは執念深くサーシェスの機体を追いかけようとしていた。激高するティエリアを、言葉的な意味でアレルヤが、物理的な意味でリジェネが引き止める。後者は何やら変な状況になりつつあるが、効果は抜群だったようだ。

 

 とりあえず、ティエリアを宥めすかした面々は、プトレマイオスへと戻ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分かりすぎるというのは、かえって不便なものである。ロックオン(ニール)は大きく息を吐き、スナイパースコープから離れた。

 つい先程まで、ロックオン(ニール)の瞳はサーシェスの搭乗するガンダムと、そいつに挑みかかるティエリアのガンダムを鮮明に映し出していた。

 もう一度スコープを覗けば、きっと、サーシェスの機体を追いかけて狙撃することも、嘗ての仲間たちの様子を見ることもできるのだろう。

 

 だが。

 

 

「……ダメだ。気持ち悪ィ」

 

 

 口元を抑え、ロックオン(ニール)はコックピットに崩れ落ちる。能力の適正と自分の長所を無理矢理噛み合わせようと試行錯誤している弊害が出ているのだろう。元々、思念増幅師(タイプ・レッド)の力は狙撃型のガンダムにはあまり向いていないと聞く。

 むしろ、ファングやファンネル等の自律兵器を運用するのに適しているそうだ。狙撃系では苛烈なる爆撃手(タイプ・イエロー)の攻撃力増強が向いていると聞く。でも、仕方がないものは仕方がない。ロックオン(ニール)はのろのろと顔を上げた。

 

 コックピットのコンソールに、帰投命令の表示が出ている。どうせもう、今日は戦えそうにないのだ。素直に従うべきだろう。

 応用とは難しいものである。特に、思念波の扱いは『ミュウ』にとってデリケートな案件だ。無理を通せば、暴走させて死んでしまう可能性だってある。

 せっかく生きているのだから、また死ぬのはダメだろう。そんなことをしたら、今度こそ、古巣の面々を悲しませてしまう。そんなのは御免だった。

 

 

(速く使いこなせるようにならねぇと。合流がどんどん遠のいていっちまう)

 

 

 ロックオン(ニール)は頭を抱えてしまいそうになった。ベルフトゥーロやエミリーの方針上、今のままのロックオン(ニール)では合流したとしても足手まといにしかならないという。

 

 それもそうか。戦う度にグロッキーになってしまうのだから。戦闘中に気を失ったり、意識を朦朧とさせてしまったりしては、作戦行動の遂行に支障が出る。当然のことだった。

 シミュレーターでは別に平気だったのだが、実際に差異を調整しようとすると、影響は頓著に出てくるらしい。『ミュウ』の繊細さには、有難迷惑しか感じなかった。

 

 大気圏の真下の下。嘗て、デュナメスは地上から大気圏までの距離から狙撃をしたことがある。4年前の武力介入の一件で、その力を示した。

 今、デュナメス-クレーエがやったのはその逆で、高高度からの狙撃だった。大気圏上空から下にある対象物を狙い撃ちしたのだ。

 相手からはデュナメス-クレーエを視界の端に捉えることはおろか、レーダーでキャッチすることも、距離的にほぼ不可能だろう。

 

 

「せめて、作戦時間内の間だけでも、普通にしてられるようにならなきゃな……」

 

 

 果てしない目的に、ロックオン(ニール)の気が遠くなる。

 もう一度深々と息を吐きだした後、ロックオン(ニール)は操縦桿を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オートマトンの暴走?」

 

「あれは無茶苦茶だ。罪もない一般人および民間人を、見境なく殺していきました」

 

 

 首を傾げた上司に向かって、アンドレイは声を張り上げた。

 

 

「新型オートマトンは、反乱分子だけを鎮圧するものではなかったのですか!?」

 

 

 アンドレイの脳裏に、無残に殺された一般人の姿がよぎっては消えていく。ウエイター、アルフヘイム社の役員数名、警備員――そうして思い浮かんだのは、オートマトンから襲撃される絹江たちの姿だ。

 テロリスト鎮圧にオートマトンが投入されるのはよくあることだ。勿論、鎮圧に重点を置いたモードで起動させるのが普通である。しかし、あの会場で使用されたオートマトンは、最初からキルモードで動いていた。

 オートマトンをキルモードで投入するという作戦は、今まで何度も繰り返してきた。だが、あれはあくまでもカタロン殲滅時に行ったものである。一般人がひしめくパーティ会場に投入したことは一度もない。

 

 人が多くいる場所では、オートマトンの誤作動が心配される。

 今回の一件は、誤作動による暴走ではないのか。

 

 

「何を言っているんだ、スミルノフ少尉」

 

 

 アンドレイの訴えを聞いた上官は、どこか呆れた様子でアンドレイを見返した。息巻くアンドレイを諌めた彼は、机の上から書類を差し出した。

 その書類にはご丁寧に写真も添付されている。オートマトンによって蜂の巣にされた死体だ。業務上目にする機会が多いとはいえ、気持ちのいいものではない。

 

 

「オートマトンは正常だった。見たまえ」

 

 

 上司に促され、アンドレイは書類に目を通す。死体の写真の下に、写真の人物が所持していたと思しき遺留品のリストが並んでいた。勿論、写真付きである。

 オートマトンによって殺された人間たちとその遺留品を見比べ、アンドレイは目を丸くした。彼らはみな、共通のものを所持していたためであった。

 花と翼が描かれたエンブレム。ある被害者は手帳に、ある被害者はネクタイピンに、ある被害者はアクセサリーに、控えめながらもその紋章が刻まれている。

 

 このエンブレムは見覚えがあった。少し前に反政府団体の認定を受け、取り締まりが行われている謎の組織――『スターダスト・トレイマー』のロゴマークである。

 

 アンドレイの様子を察したのか、上司は厳かに頷いた。

 そうして、淡々と事実を告げる。

 

 

「こいつ等はみな、反政府団体に所属するテロリストだった。証拠も裏は取れている。そして、他の一般人には一切危害を加えていなかったぞ」

 

 

 茫然と書類を眺めていたアンドレイに、上官は「もういいか」と問うた。アンドレイは頷き、書類を戻す。「所用があるから」とだけ言い残し、上官は速足で去って行った。

 

 オートマトンが正常に動いていたと言うのなら。

 オートマトンに襲われた絹江たちは。絹江の正体は。

 

 

(そんな、まさか……)

 

 

 信じられない。信じたくない。アンドレイの頭の中で、絹江の表情が浮かんでは消えていく。

 『ジャーナリストたちが怪しい動きをしたら、適宜処理を』――上司から言い渡された言葉が脳裏をよぎった。

 軍人の職務を全うするために母を見殺しにした父親の後ろ姿がフラッシュバックし、アンドレイは首を振った。

 

 自分は、どうすればいいのか。

 

 アンドレイは歯噛みする。そうしてふと、思い至った。

 父は、どんな気持ちでその決断を下したのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白緑(びゃくろく)の機体を見上げる。はやぶさと瓜二つの外観だが、よく観察するとちょくちょく差異が見つかった。曰く、高速戦闘に特化した機体ということらしい。

 

 

「ちょうげんぼう、って言うんです」

 

 

 宙継が、嬉しそうに機体の名前を口に出した。ちょうげんぼうは、クーゴの機体名の元ネタの元ネタ――隼の別名である。大きさは鳩程度の大きさで、小鳥やネズミを狩るそうだ。

 4年前は一角獣の名を冠するガンダムに搭乗していた宙継が、クーゴと同じフラッグの系譜を継ぐMSに搭乗するなんて思わなかった。宙継はくるりと振り返り、微笑む。

 

 クーゴは思わず、疑問を口にしていた。

 

 

「ガンダムには、乗らないのか」

 

「僕、フラッグの方が好きなんです」

 

 

 はにかむ宙継に、クーゴは何となく照れくささを感じた。こちらを見上げる宙継の眼差しは、神を信仰する信者のようだ。

 自分が神聖視されるという状態に、もう、なんだか、どうすればいいのかわからなくなる。クーゴは視線を彷徨わせた。

 変な気分を持て余しながら、クーゴはブリーフィングルームへ足を運んだ。互いの報告事項で、部屋は賑わいを見せている。

 

 トリニティ兄妹はプトレマイオスの面々を助けてくれたということで、着艦許可が下りていた。ネーナは刹那やイデアたちと談笑し、ミハエルがティエリアの女装について問いただしてリジェネ共々叱られ、ヨハンはリヒテンダールと話し込んでいる。

 

 そのとき、話し込んでいた輪からロックオン(ライル)が離れてクーゴへ歩み寄ってきた。クーゴの存在に気づいたティエリアも顔を上げる。

 剣呑な眼差しが突き刺さってきた。あれは、加害者家族を詰問する被害者遺族の眼差しとよく似ている。なんとなく、クーゴはすべてを察していた。

 

 

「刃金蒼海って、お前の姉なんだろ? なんでああなったんだ」

 

「十中八九俺のせいだよ」

 

 

 ロックオン(ライル)の問いに答えたのは、ほぼ反射だった。その先の言葉もすべて、事実関係を元にして紡がれた言葉である。

 

 

「俺が大人しく死んでいれば、そもそも生まれてさえこなければ、あの人は普通に生きていけたんだ」

 

 

 クーゴの言葉を聞いた面々が目を剥いた。何か地雷を踏んでしまった、と、悔いるような表情。

 どうして彼らはそんな顔をするのだろう。彼らはただ、当然のことを問いかけたに過ぎないのに。

 

 

「いくら努力しても、あの人を認めてくれる人間は誰もいない。あの人の結果はいつも俺に持っていかれてしまう。いくら頑張っても、弟より出来が悪いと蔑まれる。終いには、弟からも憐みの眼差しを向けられ、同情され続けるんだ。鬱屈した人生を原因である俺に吐き出しても、余計惨めになるだけで意味がない。周りはみんな、俺を持ちあげてあの人を蔑ろにする連中しかいない。自分の味方がいない状況で、あの人は怒りや悲しみを抱えて生きてきた」

 

「お、おい!?」

 

 

 誰かが酷く動揺した声が聞こえた気がした。

 

 

「うちの家の男子って早死にするってジンクスがあってなあ。俺、昔は何かある度に倒れて寝込んで点滴や病院のお世話になる生活してたんだよ。医者からは『この子は20まで生きられないでしょう』って太鼓判押されてた位病弱だった。あの人も、それを希望にしてたんだ。当然だよな。自分が日陰に追いやられて全否定される要員は、絶対この世からいなくなるんだ。そうなれば、今度こそ、自分のことをみんなが評価してくれる。素晴らしいって褒めてもらえる――そう信じて、頑張ってきたのに」

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

 

 誰かが慌てている声が聞こえた気がした。

 

 

「誕生日が来るたびに『どうしてアンタが生きてるんだ』、『アンタさえ生まれてこなければ』、『アンタが死んでさえいれば』って罵詈雑言ぶつけられるのが日常茶飯事だった。俺自身だって、『俺がいなければ、あの人は普通に生きていけたはずだ』とか『俺さえ死んでいれば、あの人はおかしくならずにすんだんじゃないか』って、いつも思ってた。生きていることが申し訳なくて、その被害が俺の関係者に向けられるのが辛くて、今なんてその極致じゃないか」

 

「と、とにかく落ち着け!」

 

 

 誰かが話を遮ろうとする声が聞こえた気がした。

 でも、それはきっと、クーゴの気のせいだろう。

 

 頭の片隅で何かが警笛を鳴らしている。断片的に、ノイズまみれの光景が浮かんでは消えていく。目まぐるしく光景は変化していった。

 

 厳かな雰囲気が漂う、機械仕掛けの広場があった。天使が誰かを見出した。見出された少年が泣いている。いきたくないと泣いている。それでも天使は彼を連れていこうとした。

 引き留めたのは、少年とよく似た顔立ちの少女だった。彼女は天使を引き留めて、前へ出る。天使は少女に手を伸ばす。少女は何の迷いも躊躇いもなく頷いて、振り返った。

 口が動く。何を言ったのか聞き取れない。少女はにっこりと微笑んだ。それを最後に、ノイズまみれの光景が一気に白み、断線する。暗転。深い闇と、後悔があった。

 

 その光景の意味など、クーゴは何も知らない。

 故に、己の口が紡いだ言葉の意味も、分かるはずがなかった。

 

 

「あのとき、本当に死ぬべき人間だったのは、俺なのになぁ」

 

 

 いつもより上ずった声が漏れた。あれ、と思う。気のせいでなければ、視界が滲んでいた。今年で33歳になった大の大人が、無様に泣き顔を晒している。なかなかにキツイだろう。

 

 周囲から漂う思念は動揺だ。地雷を踏んづけてしまった、と、誰もが焦っている。おかしいな、こんな無様を晒すつもりはなかったのに。クーゴはごしごしと目を拭った。

 不意に、何かが腰にぶつかったような衝撃が走った。間髪入れず、腕を強い力で引っ張られたような感覚。振り返れば、宙継が腰に抱き付き、イデアが腕を引いている。

 2人はじっとこちらを見上げていた。言葉にせず、その眼差しで訴えている。クーゴの言葉を否定し、クーゴの存在そのものを肯定するかのような眼差しだ。クーゴは目を瞬かせる。

 

 

「……僕、貴方が生きていてくれなかったら、死んでいたと思います」

 

 

 ぽつりと宙継が呟いた。

 イデアも頷く。

 

 

「私は、貴方に出会えてよかったと思ってます。……だから、不用意に、死んでいればよかったとか、言わないでください」

 

 

 紫苑の瞳は、揺らぐことなくクーゴを映し出している。彼女の瞳に映った男は、虚ろな表情を浮かべていた。漆黒の瞳には黒洞々と闇が広がっているだけだ。

 

 ああ、こんな顔して延々と湿っぽいことを言い続ければ、誰だって心配するだろう。

 居候の身で、居候先にこんな迷惑をかけてはいけない。

 

 

「ありがとう」

 

 

 クーゴが礼を言えば、宙継とイデアは表情を緩ませた。やっぱり、2人は笑っている顔が良く似合う。

 

 

「……えーと……なんか、ごめん」

 

「いや、別に。大丈夫だって」

 

 

 凍り付いていた面々に頭を下げれば、彼らは少々狼狽した様子だった。配慮が足りなかったとロックオン(ライル)は申し訳なさそうに目を伏せる。ティエリアも同じように、バツが悪そうに視線を彷徨わせていた。

 アレルヤなんて、巻き込まれただけだったらしい。虚ろな顔して延々と喋り出したクーゴを心配して声をかけてくれたようだった。本当に申し訳なかったと思う。お詫びとして、今日の晩御飯は奮発しよう、なんて考えた。

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




【参考および参照】
『BIRD FAN (日本野鳥の会)』より『チョウゲンボウ』

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