大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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21.大脱走、プル・エクスチェンジ・ピーポー

 次から次にオートマトンが襲い掛かってくる。アンドレイはそれらを必死に巻きながら、一般人である絹江、シロエ、マツカらを先導していた。

 

 オートマトンは何をトチ狂ったのか、一般人である3人に対して優先的に攻撃を仕掛けてくる。彼らを守りながら逃げるというのは至難の業だったが、それが軍人としてのアンドレイの職務であった。

 職務である以上に、絹江を守りたいと願うのはアンドレイ個人の想いだ。まあ、今はそんなことなどどうでもいい。この3人の安全を確保しつつ、施設内から脱出しなくてはならない。

 

 

(あの新型は、テロリストおよび反政府組織の人間“だけ”を鎮圧するものではなかったのか!?)

 

 

 護身用の銃を構えつつ、アンドレイは身を潜める。勿論、取材に来ていた一般人3人組を庇うことも忘れない。

 自分は市民を守る、誇り高い軍人なのだ。絹江の不安そうな眼差しを受け止め、安心させるために彼女に言い聞かせる。

 

 

「絹江さん、大丈夫です。必ず私が貴女たちを守ります」

 

「スミルノフ少尉……」

 

 

 絹江は安心したのだろう。ふっと表情を緩ませた。シロエとマツカは周囲の状況を確認している。

 一般人でありながら、周囲の危険を探るその眼差しは、軍人たちのものとよく似ているように思った。

 

 会場にテロリストが潜伏しているため、鎮圧用のオートマトンが投入される――話を聞く限り、嫌な予感は感じていた。参加者に危険が及ぶのではないかというアンドレイの申し立てを、上層部は軽くあしらったのである。「新型は、アロウズに異を唱える異分子だけを鎮圧するから問題ない」と。

 

 なんて暴論がまかり通ったのだ。アンドレイは思わず歯噛みする。アロウズの理念は、いったいどこへ行ってしまったのだろう。

 しかも、反乱分子“だけ”を鎮圧すると言いながら、ただの一般人に襲い掛かっているという事実はどう説明するというのか。

 

 

「うわあああああ!」

 

 

 また1人、オートマトンによって、人が無残にも蜂の巣にされた。その人物はウエイターの格好をした青年であった。彼の虚ろな眼差しは絹江へ向けられている。倒れた拍子に投げ出された手は、彼女に助けを求めているかのようだった。

 

 

「――ッ!」

 

 

 人が殺される現場を間近で目撃したことはなかったのだろう。絹江が顔面蒼白になって口を抑えた。シロエとマツカも顔を真っ青にして、彼の姿を見つめていた。

 オートマトンは獲物を探してうろついていたが、別の方向にいる獲物を見つけたようだ。アンドレイたちを無視して廊下を突き進んだ。

 

 

「今だ! 走るぞ!」

 

「はい!」

 

 

 アンドレイの号令と共に、絹江たちが駆け出す。背後から銃撃音が響いた。視界の端で青が煌めく。

 振り返ることなく、4人は廊下を駆ける。奥の方に非常口が見えた。4人は躊躇うことなくそこへ駆け込み、ドアを蹴破る勢いで飛び出す。

 外には脱出できた人々が集まり、身を寄せあっていた。自分たちはどうにか助かったらしい。命拾いしたという訳か。

 

 絹江たちの無事を確認しようとし――アンドレイは気づいた。絹江たちはじっと会場を見つめている。彼女たちの眼差しは、救えなかった命を悼むような眼差しであった。悲しみの奥には、何かに対する強い怒りが滲んでいるように見える。

 

 自分の中に去来したこの疑問と予感を、何と呼ぼう。

 アンドレイは、3人に声をかけることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい先程、自分が何をしたのかを、ビリーは『正しく』理解した。

 あろうことか、親友に向かって発砲したのである。終いには、揉みあいの果てに親友を撃った。

 

 

「ああ、あああ、ああああああああああ……!」

 

 

 どうして自分は、何の躊躇いもなく親友を殺そうとしたのだろう。彼を恨んでいるなんてあり得ない。

 そりゃあ、親友のせいで徹夜デスマーチを敢行する羽目になったことは何度もあるし、怒りを抱える出来事がないわけではないが。

 流石に、親友を「殺してやろう」だなんて思ったことなどないし、ビリーにはそんな大それたことができるとは思ってもいなかった。

 

 自分がとんでもないことをやろうとしている。自分の意識外で、誰かに体を乗っ取られてしまったかのようだ。

 

 

(とんでも、ないこと)

 

 

 ビリーがその単語を反復したとき、ずきりと頭が痛む。ノイズまみれの光景の向こうで、誰かが首を締められていた。ぎりぎりと音が聞こえてきそうである。

 誰かは、見目麗しい茶髪の女性だった。苦しそうな呻き声が、徐々にか細くなっていく。手の主は相当女性を恨んでいたようで、更に力を込めていた。

 

 このまま首を圧迫され続ければ、女性はやがて呼吸を止めるであろう。物言わぬ死体となり、床に転がるのだ。女性を締める手の主は、そのことをよく知っていた。むしろ、知っているから首を締めているのだ。

 不鮮明なノイズが少しづつクリアになっていく。見覚えのある女性の姿が鮮明になってきた。彼女のことを、ビリーはよく知っている。淡い想いを抱き、焦がれ続けた高嶺の花――リーサ・クジョウだった。

 では、そのクジョウの首を締めて殺害しようとしている人物は、誰なのか。ビリーが思案に耽る間にも、映像の中で聞こえるクジョウの呼吸が弱々しくなっていく。クジョウは己の死を悟ったのか、悲しそうに目を閉じた。

 

 

『……ごめんなさい、ビリー……』

 

 

 弱々しく紡がれた謝罪の言葉が何を意味しているのか、ビリーは『正しく』理解した。――理解してしまった。

 

 ビリーは、殺そうとしたのだ。リーサ・クジョウを。

 そんなことをしたいなんて、考えたことなんか、なかったのに。

 

 

(そうだ。僕は、あのときも同じように……!)

 

 

 意識ごと体を乗っ取られたのは、親友を撃ったときだけではない。高嶺の花を殺そうとしたときもだ。部屋が荒らされ、高嶺の花が姿を消した日のこと。その日、ビリーは彼女を手にかけようとしていた。

 ビリーの体中から嫌な汗がどっと噴き出す。頭の中は完全にパニックであった。今、自分に何が起きているのだ。自分じゃない何者かに体を奪われ、自分の望まぬまま動いている。この状態が異常であるということはわかっていた。

 助けを求めるように親友へ視線を向ける。彼は、叔父に介抱されていた。軍服には美しい空色の布が巻かれている。しかし、端の方に、無理矢理引きちぎられたような痕跡があった。誰かが親友を手当てしてくれたらしい。

 

 ビリーの脳裏に、ドレスの引き裾を引きちぎって応急処置を施していた人物の後ろ姿がよぎった。そういえば、親友を撃つ前に、自分はその女性を殺そうとしていた。恐ろしい事実を次から次へと理解し、ますますビリーは寒気を覚えた。

 

 

(ああ、僕は……僕は……!!)

 

 

「止血がきちんとなされているようだな。これなら……」

 

 

 叔父の声が、どこか遠くから響いてくるようだ。叔父の話を聞いた親友が、ふっと笑みを浮かべる。異様に儚い微笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様ぁッ!!」

 

 

 リボンズが端正な顔を歪ませ、留美(リューミン)を睨んだ。彼の激昂を目の当たりにした留美(リューミン)は高笑いする。

 

 

「だから言ったでしょう? 『そこまで言って、ただで済むと思わないことね』って!」

 

 

 楽しそうに笑う留美(リューミン)を、ティエリアも睨み返した。彼女の脳量子波が見せる光景の凄惨さに、ティエリアは怒りをあらわにしないではいられなかったのだ。

 オートマトンによって人が撃たれていく。いや、オートマトンは『ミュウ』因子を有している者だけを狙い撃ちし、何の躊躇いもなく蜂の巣にしていった。

 『同胞』が殺されていく現場を目の当たりにしたのだ。『ミュウ』であるリボンズが怒りをあらわにするのは頷ける。特に、『ミュウ』は同胞意識が強い。

 

 それは、S.D体制で『ミュウ』が“『同胞』同士以外、完全に孤立無援だった”という極限状態にあったことが原因なのだろう。だから、『同胞』が傷つく現場を目の当たりにすると平静でいられなくなるし、この状況に耐えられない。

 映像の中で逃げ惑う『ミュウ』たちは、それでも『同胞』を見捨てることができなかった。中には、仲間を助けようとして自分諸共撃ち殺された者も多い。生き残って逃げ延びた者は、助けられなかったことを悔い、己を責めていた。

 

 

「なんてことを……!」

 

「酷い、酷いよ……!」

 

 

 ティエリアの唸るような声も、リジェネの大泣きに近い悲鳴も、留美(リューミン)の心を動かすに足らないようだ。彼女は脇に控える紅龍(ホンロン)に目配せする。主の命を受けた使用人は、忠実に従った。

 彼の目がくすんだ金の光を放つ。それに呼応するかのように、起動音が響いた。轟音と共に、部屋の扉が吹き飛ばされる。青い光が爆ぜ、間髪入れずティエリアは何かに引っ張り込まれた。見上げれば、リボンズの眼前に青い光が舞っている。

 

 あれは、自分たちを守るためのものだ。ティエリアはそれを理解した。次の瞬間、青い光の向こう側にいるオートマトンが攻撃を繰り出してきた。弾丸が青い光にめり込む。思念波による防御壁――ティエリアは、イデアのものを見て知っている。

 

 オートマトンは何発も銃弾を撃ち込んだ。リボンズが苦悶の声を漏らす。びし、と、何やら嫌な音が響いた。

 よく見れば、鉄壁の盾にひびが入り始めている。その光景を目の当たりにした留美(リューミン)が笑った。

 

 

「このオートマトン、ただのオートマトンではないの。対サイオン波用の武装が搭載されている、特別仕様」

 

 

 留美(リューミン)の言葉に同調するが如く、オートマトンは銃弾を撃ち込んでくる。その度に、サイオン波で編まれた盾にひびが入った。リボンズが苦悶の声を漏らす。

 

 

「S.D体制下の技術……! しかも、当時の人類が対『ミュウ』用に生み出した兵装か!!」

 

 

 忌まわしいものを眼前に捉え、リボンズが苦々しい表情を浮かべる。そうこうしている間にも、思念波の壁は弾丸が次々と突き刺さってきた。蜘蛛の巣状に広がったひびが、どんどん大きくなってきている。

 こんな状況じゃなければ原理やその他諸々を聞きだしたい。だが、切迫した状態で悠長に話せるはずがなかった。『ミュウ』やS.D体制等のことはまだ理解しきれていないティエリアだが、非常にマズイ事態であるということは察していた。

 あの壁が破壊されれば、自分たちは容赦なく蜂の巣にされるだろう。窓から脱出を試みようとし――リジェネがティエリアの手を引き留めた。そうして首を振る。彼の顔は鬼気迫っていた。よく見れば、暗闇の中に赤い光がぎらついている。

 

 リジェネは思念波/脳量子波を使い、ティエリアに声をかけた。

 

 

『あの窓の下にはオートマトンがうじゃうじゃいる。『ミュウ』である僕は当然だけど、下手したらキミも狙い撃ちされる可能性があるよ』

 

『文字通り、袋の鼠にされたという訳か……!』

 

 

 (ワン)留美(リューミン)らしい采配である。前門の黒幕どもとオートマトン、後門もオートマトン。悪趣味な布陣ではないか。 

 どこへ逃げても、会場中にオートマトンがはびこっているのは確実だろう。「害虫駆除の準備は完璧ですわ」と、留美(リューミン)は艶絶に微笑む。

 

 逃げようにも逃げ場がない。防御するにしても、リボンズのシールドもいずれはオートマトンの特別兵装――銃弾に撃ち抜かれる。留美(リューミン)の思念波で見せられた光景――無残に殺された『ミュウ』たちの躯が頭をよぎった。

 

 

『こんの、ド外道がァァァァァァァッ!!』

 

 

 刹那、どこか遠くから、クーゴの声が響き渡った。

 間髪入れず、部屋の天井に派手な凸ができる。

 おそらく、上の階の床は思い切り凹んでいるであろう。

 

 部屋が吹き飛ぶことはなかったが、この場一帯を押しつぶすかのような圧力が発生し、爆ぜる。突如の事態に、留美(リューミン)紅龍(ホンロン)、オートマトンらが動きを止めた。その隙をついて、リボンズが手をかざす。

 ティエリアたちを守っていた防壁が掻き消え、次の瞬間、目が眩むような眩しさの青が爆ぜた。途端に、オートマトンたちが吹き飛ばされる。どのオートマトンも紫電が走り、自分たちに攻撃することはできない様子だった。

 

 

「走れ!」

 

 

 残骸と化したオートマトンを派手に蹴飛ばしながら、リボンズが先導するように部屋から飛び出した。リジェネとティエリアもそれに続く。リボンズが先陣を切り、ティエリアが中心、リジェネが殿役の順番で部屋を出た。

 

 ちらりと振り返れば、外壁をよじ登ってきたオートマトンが窓を割って部屋内へと侵入してきたところだった。照準は最後尾のリジェネを捉えている。だが、リジェネはそれを察していたようですぐに手をかざした。赤い光が舞いあがる。

 リジェネの足元に転がっていたオートマトンが浮き上がった。部屋に侵入してきたオートマトンの銃弾を、残骸を使って防御する。機械の装甲を穿つことはできなかったようで、オレンジ色の火花がばちばちと爆ぜた。

 

 

「それ、もう一丁!」

 

 

 リジェネの体が赤く発光する。浮かび上がったオートマトンの残骸が、勢いよくオートマトンの元へと突っ込んだ。残骸を避けられなかったオートマトンが動きを止める。間髪入れず、オートマトンの残骸が派手に爆発した。火柱が上がる。

 流石の革新者(イノベイター)でも、炎に飲まれるという事態は恐ろしいものらしい。留美(リューミン)が金切り声をあげ、紅龍(ホンロン)が焦ったように呻いた。狼狽する使用人を女主人が怒鳴りつける。その声を背にして、ティエリアたちは駆け出した。

 

 

 

*

 

 

 

 四方八方、オートマトンがうじゃうじゃいる。奴らは『ミュウ』因子を有する者――特に、力が強い人物を優先的に狙ってくるのだ。

 当然、最強と謳われる荒ぶる青(タイプ・ブルー)と一緒に行動していれば、オートマトンの強襲に巻き込まれるのは当然と言えよう。

 そこまで説明したリボンズは、考え込むように顎へ手を当てた。いや、考え込んでいるのではない。言いたいことがあるが、言い出しにくいだけなのだ。

 

 ティエリアは、リボンズが何を言いたいのか察していた。おそらくはリジェネも、リボンズが何を考えているのか分かっている。

 

 

「……オートマトンの特性と、奴らを操っている人間の精神状態を考えれば、現状で一番、優先的に狙われているのは僕だ」

 

「囮役をするつもりなの? 危険だよ!」

 

 

 リジェネがリボンズの服の袖を引っ張った。彼の瞳は、兄を心配する弟の眼差しを向けていた。イノベイドたちには血縁関係なんて存在しないのに、本物の兄弟のように見える。

 先程対峙した(ワン)留美(リューミン)紅龍(ホンロン)兄妹――使用人と女主人とはえらい違いだ。あちらは完璧に主従関係が成立しているうえ、妹の方は兄を道具としか見ていない。

 

 

「けれど、このままじゃあ、全滅する可能性の方が遥かに高いんだ。僕が囮役を買って出た方が生還率が上がる」

 

「でも!」

 

「――リジェネ」

 

 

 聞き分けの悪い弟を諭すように、リボンズは優しい眼差しを向けた。リジェネは言葉を詰まらせた後、不満そうに俯く。しかし、彼はすぐに顔を上げると、意を決したようにして頷いた。

 

 

「わかった。絶対無事に帰ってきてね、絶対だよ」

 

「約束する」

 

 

 リジェネの言葉にそう返して、リボンズはひらひらと手を振った。そうして、間髪入れずに物陰から飛び出して、オートマトンの群れの前へと躍り出る。

 青い光が舞いあがった。まるで篝火のように揺らめくそれに、オートマトンたちは蛾の如く群がっていく。しかし、奴らはすぐに衝撃波で吹き飛ばされた。

 火花が散る。潰されるような激しい音が響き、一歩遅れて炸裂音が響いた。それでも尚、オートマトンの数は減らない。むしろ増えた。

 

 留美(リューミン)および紅龍(ホンロン)が操っているため、リボンズに狙いが集中する――そう睨んだのは間違いではなかったようだ。様々な方角からオートマトンが殺到し始める。リボンズとは目と鼻の先の距離しかないのに、どのオートマトンもリジェネおよびティエリアなんて眼中にない。

 

 逃げるとしたら、これ以上のチャンスはないだろう。リジェネが後ろ髪引かれるように振り返り、けれどもすぐに前を向く。

 ティエリアも彼と共に駆け出した。背後から炸裂する青い光は、あっという間に闇に飲まれて消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これで、この場に潜入していた工作員たちで生きている者たちは、全員か)

 

 

 アスルは思念波を展開しながら、生存者を確認する。このパーティ会場に潜入していた『同胞』の人数は25人程だったが、生き残ったのは10人程度のようだった。

 最後の生き残りだったルイス・クロスロードを、彼女の夫がいるであろう宇宙へ転移させたのは少しばかり前のことだ。今頃は、半泣きの夫と共に無事を確かめあっているだろう。

 身に纏っていた服は銃弾や攻撃でボロボロになっており、その幾つかからは、じわりと血が滲んでいる。オートマトンによる、執拗な攻撃のせいで負った傷だった。

 

 そうやって足を止めている間にも、アスルの思念波に引かれたオートマトンたちが武装を展開して迫ってくる。

 アスルも即座に思念波で応戦した。オートマトンの群れはあっという間に爆風に飲み込まれ、破裂していく。

 

 

『……ソルジャー・ブルー……』

 

『……イマイマシイ、『ブルー・ワン』……』

 

『……『ミュウ』ハ、マッサツ……』

 

 

 ノイズまみれの機械音から漏れたのは、無機質な声と懐かしい単語や言葉だった。アスルはそれらが何を意味しているのか『知っている』。

 

 ソルジャー・ブルー。世界で一番最初に生まれ落ちた『ミュウ』にして、原初の青(タイプ・ブルー:オリジン)。初代指導者(ソルジャー)として古の『ミュウ』たちを率いた男の名前である。

 彼は2代目の指導者(ソルジャー)であるジョミーを見出した後に長い眠りにつく。ナスカに人類の男が来訪し捕虜になったのと同時期に目覚め、ナスカ崩壊時には衛星破壊兵器メギドと相打ちになった。

 

 何の因果か、アスルはその男の記憶を有していた。この記憶とは、超兵機関で目覚め、B001と呼ばれていた頃からの付き合いである。

 ベルフトゥーロ曰く、外見も完全に瓜二つと言うことらしい。元々アスルは金髪碧眼だったが、機関の実験台にされている間に色が変わったのだ。

 元の記憶は手術のせいですべて失ってしまっていたが、『ミュウ』として目覚めて以後、少しづつだが取り戻してきていた。閑話休題。

 

 

「やはり、S.D体制の系譜を組んだ遺産か……。どうして、こんなものを……」

 

 

 焼けこげたメモリを拾い上げ、アスルは歯噛みする。それは自分自身の感情でもあるし、アスルの中で息づくソルジャー・ブルーの憤りでもあった。

 

 グランドマザーに関する系譜は、もう破壊されたはずだ。人類は――ヒトは機械の支配を否定し、破壊し、己の意志で生きていくことを選んだ。故に、グランドマザーの存在は完全に否定された。

 機械にとって、己の存在を否定されたり、己の存在意義が無くなるというのは、人間でいう所の死に等しい。そのため、すべてを否定されたグランドマザーは、「死なば諸共」と暴走したのだ。

 

 嘗ての青き星に砲門を向けた衛星破壊兵器。それを破壊するために手を取り合った人類と『ミュウ』の最終決戦。

 その場にアスル/ブルーはいなかった。だが、戦いの顛末はベルフトゥーロから『視せられ』たため把握している。

 ブルーの夢見た青き星(テラ)は幻想でしかなかったのがショックだったが、長い時間をかければ、あの星はきっと『還って』くるだろう。

 

 

(今の一撃で、僕に殺到していたオートマトンはすべて倒したな……)

 

 

 あとは自身の脱出だけ――そう思ったときだった。近くから、気配がする。刹那、少し離れた林の向こうで、青い光が爆ぜたのが見えた。

 

 あれは、アスルと同じ荒ぶる青(タイプ・ブルー)のものだ。色もそうだが、工作員たちの思念波なんて比べ物にならない強さを有している。

 アスルの脳裏に浮かんだのは、薄緑の髪に紫の瞳の青年である。彼は思念波を駆使し、大量のオートマトンを一手に引き受けていた。

 

 リボンズ・アルマーク。『悪の組織』の第1幹部だ。彼は黒幕と真正面から対峙していたはずではなかったのか。

 

 

『この命、そう簡単にはくれてやれないね。家族のためにも、無事に帰らなきゃならないんだ!』

 

 

 リボンズの脳裏に浮かんでいた人物の顔には、見覚えがある。『悪の組織』の第1幹部たちだ。その中でも一際鮮明に見えたのは――明るく笑うベルフトゥーロの姿だった。

 ベルフトゥーロは慈しむような眼差しでリボンズを見つめていた。彼女の口が動く。「貴方は私の、自慢の息子」――紡がれた言葉に、アスルは思わず目を見開いた。

 アスルの中で生きるブルーが叫ぶ。あの青年を――ベルフトゥーロの息子を死なせてはいけない。まったくもってその通りだ。アスルは苦笑する。

 

 どうやらまだ、戦う必要がありそうだ。彼の思念を辿り、戦場へと転移する。

 即座にアスルは思念波を展開し、リボンズに襲い掛かろうとするオートマトンを吹き飛ばした。

 

 まさかアスルがこの場に残っているとは思わなかったのだろう。リボンズは大きく目を見開いた。

 

 

「キミは……アスル・インディゴかい!? 何故――」

 

「逃げなかったか、だね?」

 

「っ!」

 

 

 アスルが先回りして言えば、リボンズは酷く驚いたように息を飲む。アスルは静かに笑った後、自分の中に存在する原初の青(ソルジャー・ブルー)の言葉を告げた。

 

 

「『逃げられるわけないじゃないか。キミが死んだら、“赤き星の子”が――ベルが悲しむ』」

 

「あ、貴方は……」

 

「『これ以上、彼女を悲しませたくはない』――僕の中にいるソルジャー・ブルーがそう言ったんだ」

 

「!!」

 

 

 世界で最初に現れた原初の『ミュウ』の名を出されたためか、リボンズが目を瞬かせる。アスルの言葉を『正しく』理解したリボンズは、どこか狼狽したような眼差しを向けた。

 敬意を持って接しようとしたが、この場でどう反応すればいいのかわからない――彼の眼差しはそう訴えている。アスルは苦笑して肩をすくめた。

 

 

「僕が誰の記憶を有していようが、僕はアスル・インディゴであることには変わりないよ。だから、畏まったり恭しくするのはなしにしてくれ」

 

「……わかった。但し、1つ約束してくれ」

 

 

 リボンズが真剣な面持ちでアスルを見下ろす。身長差で言えば、アスルの方が数センチほど低いためだ。閑話休題。

 

 約束という言葉をオウム返しにすれば、彼は表情を崩さぬまま頷いた。

 顔つきは険しい。何か重大なことかと思い、アスルは身構えた。

 

 

「キミも、無事に帰ること。キミがいなくなったら、マザーはとても悲しむから」

 

 

 彼の横顔は、どこまでも優しい。だが、敵を目にした途端、強気で不敵なものへと変貌した。血が繋がっていなくても、その面影はベルフトゥーロを思い起こさせる。

 

 

「アスル。こういうときにピッタリな言葉があるんだ」

 

「……その様子だと、途方もなく物騒な言葉なんだろうね」

 

「でも、この光景以上に相応しいのもないと思うよ」

 

「わかった。乗るよ」

 

 

 リボンズとアスルは軽口を叩き合った後、オートマトンの群れへと向き直った。自分の中にいるブルーは、やや興奮しているように思う。彼の記憶では、まともに軽口を叩き合ったことが皆無だったためであろう。

 幼少期の記憶は成人検査で消されていたし、指導者となってからは『同胞』を導くため、強くなければならなかった。それは、超兵機関で実験されていたときも変わらなかったし、現在でも隊のリーダーを務めているから大差ない。閑話休題。

 

 リボンズとアスルは視線を合わせて頷く。そうして、同時に思念波を展開させ、叫んだ。

 

 

「――くたばれ、ブリキ野郎!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オートマトンの群れを消し飛ばし、時には掻い潜りながら、どうにかして会場から脱出することに成功したらしい。自分たちの機体が隠されていたポイントが眼前に広がるのを感じて、クーゴは大きく息を吐いた。

 つい今しがた、リボンズから『パーティ会場から脱出完了』の連絡を貰ったばかりである。それを聞いたリジェネが安心したようにへたり込んだのが印象的であった。あとは愛機と一緒にこの場を去るだけである。

 変装していた衣装一式を脱ぎ捨てて、クーゴは旧ユニオン軍の制服を身に纏った。自分が『還りたい』と願う場所と同じ色をした制服は、クーゴがフラッグファイターとしてここに存在していることの証だった。

 

 クーゴははやぶさのコックピットに飛び乗る。次に、ドレス一式を脱ぎ捨てたティエリアが、リジェネと一緒にセラヴィーへ乗り込んだ。リジェネ同伴に関して、ティエリアは仕方がなさそうにしている様子だ。

 最後に、ドレス一式を抱えて刹那がダブルオーへ飛び乗った。彼女が身に纏っていたもののすべてが、グラハムからの贈り物である。例えチャペルトレーンがちぎれてしまったとしても、そう簡単に捨てられるようなものではない。

 

 

(俺が思っていた以上に、刹那はあいつのことを好いてるんだな)

 

 

 それはおそらく、グラハム/ブシドーにだって言えることだろう。グラハム/ブシドーが思っている以上に刹那は彼のことを想っているし、刹那が思っている以上にグラハム/ブシドーも彼女のことを想っている。

 

 互いを思いあう2人を、蒼海は滅茶苦茶にしようとしているのだ。“グラハム/ブシドーがクーゴの親友だった”なんて、くだらない理由のために。

 クーゴは歯噛みしながら操縦桿を動かした。はやぶさは空へと舞い上がる。間髪入れず、ダブルオーとセラヴィーもそれに続いて空を舞った。

 パーティ会場はどんどん遠くなっていく。これで一安心――そう思ったとき、突き刺さるような悪寒を感じた。明らかな殺意が迫ってくる。

 

 

「っ!?」

 

 

 レーダーがけたたましく鳴り響く。敵機が1つ、映し出された。

 毒々しい赤紫。鳥を思わせるようなそのMAは、見覚えがあった。

 

 PMCトラストのイナクトと戦っていたときに乱入し、クーゴのフラッグに襲い掛かってきた機体。そして、国連軍とソレスタルビーイングの決戦で、グラハムと刹那たちを強襲し、クーゴを撃墜した機体。――刃金蒼海が有するMAだ。

 次の瞬間、ずんぐりとしたフォルムの羽が不気味に発光する。光の群れは、まるで複数の目玉がぎょろぎょろと動いているように見えた。あれがやばいものだと察したのはクーゴだけではなかったようで、セラヴィーとダブルオーが散開した。

 一歩遅れてはやぶさも散開する。次の瞬間、MAの翼が火を噴いた。幾筋もの光が放たれる。それらは会場近辺の林に着弾し、その周辺を焦土へ変貌させた。砲撃の威力を目の当たりにして、クーゴは思わずごくりと息を飲んだ。

 

 ダブルオーとセラヴィーの視線は、あのMAに釘付けだった。パイロットの心境を如実に表しているといえる。

 

 

「今のは、ほんの牽制よ」

 

 

 鳴り響く鈴を思わせるような笑い声と一緒に、全員の回線が開いた。声の主は刃金蒼海である。

 

 

「ねえさん……!」

 

「せっかくだから、もうちょっと派手にした方がいいかしらね?」

 

 

 クーゴの呼びかけにも動じることなく、蒼海は楽しそうに笑っていた。彼女の提案に従うように、林の下から2機の機影が飛びあがる。

 片や、告死(こくし)天使を思わせるような機体。片や、燃え盛る不死鳥を思わせるような機体。そのフォルムは、ガンダムを連想させた。

 

 

「――ハルファスガンダムに、フェニックスガンダムだと!?」

 

「しかもこの機体、発展型じゃないか!!」

 

 

 ばかな、と、ティエリアが戦慄した。

 リジェネは顔を真っ青にする。

 「ご名答」と、別の女性が笑う声がした。

 

 声の主は(ワン)留美(リューミン)。嘗て、ソレスタルビーイングのエージェントだった女性だ。

 

 

「ヴェーダにあった『机上の空論』から再現した機体を、私たちが独自改良した機体(ガンダム)ですわ。私の告死天使(ガンダム)がハルファスベーゼ、紅龍(ホンロン)紅蓮の不死鳥(ガンダム)がマスターフェニックス・フオヤンというの。素晴らしいでしょう?」

 

 

 留美(リューミン)の言葉に共鳴するかのように、彼女の告死天使(ガンダム)――ハルファスベーゼが鎌を振りかざす。地獄の底を連想させるような青紫色の光が、鎌の刀身から吹き上がる。

 紅龍(ホンロン)紅蓮の不死鳥(ガンダム)――マスターフェニックス・フオヤンも、どこからともなく、バスターソードを思わせるような双剣を取り出した。赤白い焔が爆ぜる。

 

 

「そうして――私の機体は、バルバトロ」

 

 

 うっとりとした口調で、蒼海が留美(リューミン)の言葉を引き継いだ。次の瞬間、MA――バルバトロの四方八方からワイヤーが飛び出す。

 その照準が狙うのは、クーゴ/はやぶさではない。刹那/ダブルオーの方だった。ダブルオーは寸前で攻撃を回避するが、攻撃は終わらない。

 いつもなら真っ先にクーゴを狙うのに、どうしたことなのだろう。クーゴの疑問は、ダブルオーへ追撃を図る2機の光景によって遮られた。

 

 マスターフェニックス・フオヤンが構えたバスターソードの切っ先がダブルオーへ向けられる。次の瞬間、バスターソードから砲門が現れた。赤白い光が放たれる!

 ダブルオーはそれを難なく回避したが、待ってましたと言わんばかりにハルファスベーゼが鎌を構えてダブルオー目がけて突っ込む!

 

 

「ちぃ!」

 

 

 刹那は舌打ちしたものの、即座にGNソードをビームサーベルにして受け止めた。二刀流の構えである。ハルファスベーゼの鎌も、いつの間にか二刀流になっていた。刃がぶつかり合って派手に火花を散らしている。力関係は留美(リューミン)に軍配が上がっていた。

 

 ハルファスベーゼの鎌に弾き飛ばされたダブルオーを追撃するように、マスターフェニックス・フオヤンが飛び出す。巨大なバスターソードを振りかぶり、ダブルオー目がけて突っ込んできた。勿論、ハルファスベーゼも追撃しようとワイヤーを射出する。

 

 そうは問屋が下ろさない。次の瞬間、セラヴィーガンダムの砲門が火を噴いた。放たれた一撃はマスターフェニックス・フオヤンの足を止めるには充分な威力を誇っていたようで、マスターフェニックス・フオヤンは攻撃を中断して回避行動に移る。

 はやぶさはダブルオーの前に躍り出ると、ガーベラストレートを引き抜く。刀身の長さを15mから一気に50mに引き延ばした。刃が青い燐光を纏う。そのまま、はやぶさはワイヤー目がけて剣を振るった。バターを切るかのごとく綺麗に切断されたワイヤーがばらばらと落ちていった。

 

 

「まだだ!」

 

 

 ティエリア/セラヴィーが反撃とばかりに攻撃態勢へ移行しようとし――

 

 

「――ところがぎっちょん!」

 

 

 クーゴの脳裏に、焼野原が広がる。炎の中で醜悪に笑う男の顔を、クーゴはよく『知っていた』。刃がぶつかり合う音が響いた。

 見れば、突然の攻撃を咄嗟にビームサーベルで受け止めたセラヴィーがいた。どこかで見覚えのあるフォルムの、赤い機体。

 

 

「スローネシリーズの発展型!?」

 

 

 ティエリアが酷く動揺した声を上げた。

 

 

「まさか……!」

 

 

 刹那が酷く戦慄する。

 

 そこにいたのは、アリー・アル・サーシェス。争いをばら撒く傭兵だ。

 2人が敵意をむき出しにしたことを察した傭兵は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて肯定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。


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