大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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14.いろんな意味でのカタロン壊滅

 そこに乙女がいた。

 

 アンドレイの思考回路はそれだけに支配されていた。

 目の前には、大嫌いな季節に出会った麗しい乙女が、アンドレイに対して微笑みかけている。

 

 

「今回、アロウズの前線を密着取材させて頂くことになった、絹江・クロスロードです。お久しぶりですね」

 

「は、はい! 本当に、お久しぶりです」

 

 

 麗しき乙女――絹江が会釈した。彼女は自分を覚えていてくれたのだ。アンドレイもそれに続いて頭を下げる。絹江の立ち振る舞いは洗練されていて、けれどどこかエキゾチックな雰囲気を漂わせていた。例えるなら、そう、大和撫子。

 アンドレイは日本文化に詳しくはない。ただ、この艦にいる侍かぶれによる日本文化講習が(嫌でも)耳に入ってくるせいで齧らされた程度である。しかし、そのおかげで、アンドレイの頭の中では美しい着物を着た絹江の姿が想像されていた。

 着物の柄についても、侍かぶれのライセンサーによる日本文化講習で齧っている。どの柄物も素晴らしかったが、アンドレイは百合の花が気に入っていた。ちなみに、今、自分の頭の中にいる絹江が身に纏っている着物の柄も百合である。

 

 どの着物も素晴らしいのだが、特に、緑系の色が良く似合っていた。

 アンドレイは頭の片隅で、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 しかし、世の中は、いいことだらけではないらしい。アンドレイの思考回路に水を差すが如く、青年たちの声が響いた。

 

 

「あ、あのう……」

 

「すみません、僕たちもいるんですけど……」

 

 

 声の方向にいたのは、大嫌いな季節に出会った絹江の傍にいた青年2人――シロエとマツカである。

 前者は絹江と同じジャーナリストであり、後者は研究者である。どうしてこの組み合わせなのか。

 

 有頂天気味だったアンドレイの頭は一瞬で冷めた。例えるなら、常夏の島から南極大陸に放り出されてしまったかのような体感気温、および心境である。

 

 あくまでも、それは、アンドレイ個人の心である。今、アンドレイは軍人だ。母と同じ、市民を守るためにここに立っている。個人的な感情を表に出すことは憚られた。

 歪みかけた自分の口元を無理矢理戻しつつ、アンドレイは民間人、もといジャーナリストたちを連れて、艦内を案内することにした。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「…………」

 

 

 端末に映し出された任務を確認し、アンドレイは目を伏せた。『オートマトンをキルモードで使用する』ということが何を意味しているのかなんて明白だからである。

 アンドレイはちらりと背後を伺い見た。絹江たちジャーナリスト3人組は、戦艦内の談話スペースに座って話し込んでいる。本部からの連絡だと言って、距離を取っていて本当によかった。

 作戦内容には守秘義務がある。当然、ジャーナリストたちに作戦の全貌を話すというのは言語道断だ。それ以上に、このことを知った絹江がどんなことをするか、分かったものではない。

 

 作戦内容の下部の方に、絹江たちへ流す用の情報が書かれていた。どこからどう見ても、『過激的な活動を行う反政府組織の鎮圧』である。勿論、「オートマトンをキルモードで投入する」なんて話は、完全に秘匿とされていた。

 更に情報を確認すれば、『もし、ジャーナリストたちが深入りしそうになったら適宜処理を行え』とあった。つまり、アンドレイは実質的な“3人の監視役”として、アロウズの闇を覆い隠せということである。

 

 

(絹江さん)

 

 

 アンドレイは強く手を握り締めた。凛とした笑みを浮かべた絹江の姿が脳裏にちらつく。自分は、彼女を手にかける日がきてしまうのだろうか。

 

 軍人としての任務の中で、もしかしたら、親友や恩人、血縁者または配偶者、および恋人を見捨て/手にかけねばならなくなる――なんてことは、よくあることだ。軍人としての務めを果たすために、アンドレイの母を見殺しにした男のことはよく知っている。

 しかも、そいつはアンドレイのことを放置した上に、よりにもよって“アンドレイと同年代の女性”――ソーマ・ピーリスを養子として迎え入れようとしているのだ。彼女をアンドレイの代替えにすることで、自身の心を慰めようとでもしているのだろうか。

 

 なんて裏切りだ。アンドレイは強く拳を握り締めた。ピーリスは、父――セルゲイをとてもよく慕っている。奴の行動は、彼女にとっても失礼なことではないのか。

 母を見殺しにしたときからつくづく思っていたのだが、セルゲイが何を考えているのか分からない。いや、あんな奴のことなど、分かりたくもなかった。

 セルゲイに背を向けて家を飛び出してから、アンドレイはずっと、父親を見ようとは思わない。奴の言葉を聞こうとすら思わなかった。

 

 

「スミルノフ少尉、大丈夫ですか?」

 

 

 不意に、絹江の声が間近で響いた。目を瞬かせれば、彼女の憂い顔が間近に迫っている。

 乙女とは、憂い顔すら絵になるらしい。アンドレイはそれを深く思い知った。

 

 

「あ、ああ、平気です」

 

「……本当にですか?」

 

「はい」

 

 

 ぎこちない会話のキャッチボールを繰り返した後、絹江は眉に皺を寄せて周囲を見回す。談話スペースで情報を纏めているシロエとマツカも、どこか険しい面持ちでいた。

 絹江はどうしたのだろう。アンドレイが彼女の様子を疑問に思ったのと、絹江がアンドレイを見返したのはほぼ同時だった。彼女の口が動く。

 

 

「作戦が、始まるんですね」

 

「!!」

 

 

 確証を持った物言いに、アンドレイは思わず目を剥いた。

 

 

「どうしてそれを……!」

 

「やっぱりそうなんですね!」

 

 

 合点がいったように絹江が食いつく。彼女の物言いは、鎌をかけたような感じだった。

 目を見張って唖然とするアンドレイに対し、絹江は顔の影を深くさせながら、表情を曇らせる。

 

 

「艦内がざわめき始めたような気がしていたから、もしかして……と思ったのですが」

 

「……守秘義務があるため詳しくはお答えできませんが、作戦が行われることは確かです」

 

 

 絹江は不安そうに周囲を見回していた。アンドレイは彼女の不安を和らげようと、勤めて笑みを浮かべてみせる。なるべく声に力強さを出して、言葉を紡いだ。

 

 

「けれど、大丈夫です。貴女が心配するには及びません。私は作戦に参加するのでここには居られませんが、他の方々の指示に従って、待機していてください」

 

 

 アンドレイは真っ直ぐ絹江を見つめた。ヘイゼルの瞳が静かにアンドレイを映し出している。

 

 

「……分かりました。スミルノフ少尉も、お気を付けて」

 

 

 幾何かの沈黙の後、絹江は頷き返した。ご武運を、と、淡く色づいた唇が言葉を紡ぐ。アンドレイは迷うことなく返事を返した。それを聞いた絹江は、ふわりと微笑んだ。

 乙女の微笑みは眩しい。アンドレイは人知れず、目を細めてそんなことを考えた。胸の奥底に、甘美なときめきが広がった。今なら、いくらでも武勲を挙げられそうな気がした。

 絹江に背を向け、アンドレイは着替えに向かった。部屋に入り、パイロットスーツに着替える。乙女の微笑の余韻に浸りながら格納庫へ足を踏み入れれば、ピーリスが憂い顔でアヘッドを見つめていた。

 

 どうかしたのだろうか。アンドレイが声をかける前に、ピーリスは独白のように言葉をこぼした。

 

 

「このような作戦が……。大佐が転属に反対した理由が、ようやく分かった」

 

 

 セルゲイがピーリスの転属を反対していた――その言葉に、アンドレイの胸の奥がざわめいた。幼い頃から蓋をしてきた怨嗟の感情が声を上げ始める。

 アンドレイがアロウズにいることに関しては何も言わなかったくせに、どうしてピーリスのことには口を出したのだろう。どうして、ピーリスを心配したのだろう。

 

 湧き上がってきた感情の正体がちらつき始める。『それ』を認めるには、アンドレイにとって癪なことだった。すべてを切って捨てるかのごとく、アンドレイはピーリスの元へと足を踏み出した。

 

 

「中尉は誤解しています。スミルノフ大佐は……任務のためなら、肉親すら見捨てられる男ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふたりのこの手が真っ赤に燃える!」

「幸せ掴めと轟き叫ぶ!」

「せきぃっ!」「はっ!」

「ラァァァッブラブゥゥゥッ! 天っ驚ぉぉぉ拳っっっ!!」

 

 

 うら若き青年と乙女は手を取り合う。彼らの目には一切の迷いがない。2人の手が真っ赤に燃える。生きて幸せ掴むと轟き唸る。夫婦は同じ場所を見て、同じ未来を見ているのだ。クーゴにはその姿がはっきりと『視えた』。

 

 次の瞬間、シャトルの内側から凄まじい光とエネルギーが発生した。それらが収まったのと同時に、シャトル内部に送り込んだオートマトンの反応はすべて沈黙している。

 シャアもゼクスもブシドーも、その他の部下たちも、誰も何も言わなかった。クーゴも何も言えぬまま、眼前に広がる現象を眺めていた。沈黙が痛い。

 似たような光景を、クーゴは間近で目にしたことがある。そのときは平和な観光地で、夫婦と対峙していた若い恋人たちが撃っていた。

 

 現在、その恋人たちは様々な悲劇を乗り越えた果てに、『悪の組織』に所属する技術者として、おしどり夫婦となっていた。

 件の夫婦は、エクシアの後継機をコネクト・フォースに届けるため、シャトルに搭乗している。

 

 

「いくよルイス!」

「いくわよ沙慈!」

 

「せきぃっ!」「はっ!」

「ラァァァッブラブゥゥゥッ! 天っ驚ぉぉぉ拳っっっ!!」

 

 

 今度はシャトルの前方から、凄まじいエネルギー砲が撃ち放たれた。慌てて総員散開の指示を出したが、回避が遅れたザクとゲルググが吹き飛んだ。

 どの機体も大破はしていないが、戦闘続行は不可能だろう。部下たちが動揺する声が『聞こえて』くる。その中で、クーゴは深々とため息をついた。

 

 

「……だから、やめとけって言ったのに」

 

 

 『エクシアの後継機を奪取せよ』という任務を自分たちに与えた上層部の人間が、クーゴの頭によぎった。彼らはクーゴの進言を聞かず、この作戦にGoサインを出したのである。……まあ、その理由を「勘」としか言えなかったクーゴも悪いのかもしれないが。

 沙慈・クロスロードとルイス・クロスロード。この名前を見たときに感じた悪寒の正体は、これだったのだ。今ならば、「エクシアの後継機を乗せたシャトルを襲ってはいけない」理由を事細かに説明できるのに。そんなことを思っても、もう後の祭りであった。

 オルトロス隊の中に動揺が走る。輸送船に護衛役がついていなかったのは、夫婦が『石破ラブラブ天驚拳』の使い手だからだろう。あの攻撃は、使い手の技量およびサイオン波によるブースト効果によっては一騎当千の破壊力と化す。

 

 ――丁度、今みたいに。

 

 

「なんだあれは」

 

 

 幾何かの間をおいて、シャアが弱々しい声で問いかけた。

 彼の言葉を皮切りに、ゼクスも同じようにして呟く。

 

 

「なんだあれは」

 

 

 精神状態が崖っぷちなシャアとゼクスの問いかけに反応したのはは、凍り付いていた空気から復活を果たしたブシドーであった。クーゴが説明する間もなく、ブシドーが声を上げる。

 

 

「あれは……!」

 

「知っているのかミスター・ブシドー!?」

 

「石破ラブラブ天驚拳だ。日本では“真の愛で結ばれたカップル、および夫婦のみが放てる”とされる、伝説の奥義……!」

 

「なんと……!」

「あれが、伝説の奥義……」

 

「…………俺は突っ込まんぞ。もう、何も突っ込まんからな」

 

 

 ブシドーの説明を受けたシャアとゼクスが戦慄する。以前のクーゴならこの説明に突っ込みを入れたのだろうが、クーゴは日本を離れて久しい身である。日本の観光地で初めて『石破ラブラブ天驚拳』を見たときもそうだった。

 久々に日本に帰って来たら、いつの間にやら日本文化に『石破ラブラブ天驚拳』が増えていた。その説明をグラハムから聞き、否定しようとしたら実物が目の前に現れた――そのときのクーゴの気持ちなんて、きっと誰もわからないだろう。

 

 

「――…………私も、撃ってみたかったなぁ」

 

 

 ややあって、ブシドーはぽつりと呟いた。今にも泣き出してしまいそうな横顔が『視えた』気がして、クーゴは何とも言えない気持ちになる。

 ブシドー/グラハムは、連邦の闇から命からがら逃れた後――蒼海の支配から逃れた今も、その眼差しは刹那だけを見つめていた。

 彼が抱える想いを察したのか、シャアとゼクスも俯く。女性関係が大炎上気味の2人(特にシャア)だが、だからこそ、ブシドーのことが心配なのかもしれない。

 

 元々、ブシドーは刹那のガンダム――エクシアの後継機を奪うという任務には乗り気ではなかった。納得だってしていない。しかし、ジオン優勢の講和条約を結ぶための戦力として、ガンダムが注目されていることは理解している。だから、彼は何も言わなかった。

 

 「自分は我慢弱い」と豪語するという言動からして、ブシドー/グラハムは自分勝手な男だと思われやすい。だが、彼は良識派の軍人であり、優先順位はきちんと心得ている。そうでなければ、ブシドーはこの戦場にいない。

 どこか諦めたように微笑むブシドーは、迷いを振り払うように目を閉じた。再び目を開けた彼の双瞼には、爛々とした光が宿る。彼の口元が不敵に微笑んだ。何か、強い確証を持ったかのように。

 

 

「――来る」

 

 

 嬉しそうに、ブシドーの口元が緩んだ。

 

 

「ゼクス特尉!」

 

「どうしたのだ?」

 

「こちらに急速に接近する熱源を補足しました! おそらく、コネクト・フォースかと!」

 

 

 間髪入れず、部下たちから連絡が入った。

 

 

「フハハハッ! そうこなくてはな!」

 

 

 ブシドーはそれを予期していたのだろう。刹那を求めてやまぬ彼の表情が、久々に恋人と逢瀬をするように見えたのは気のせいではない。

 ……まあ、実際に、ブシドー/グラハムと刹那の関係はそういうものなのだが。クーゴは遠い目をしながら苦笑した。本当に、しょうがない奴だ。

 

 彼の言葉を肯定するかのように、ガンダムたちが姿を現した。エクシア、ウィングゼロ、スターゲイザー-アルマロス、エグザート――コネクト・フォースの先遣部隊だろう。

 

 

「間に合ったか」

 

 

 刹那が表情を緩めた姿が『視えた』。エクシアの隣には、当たり前のようにウィングゼロとスターゲイザー-アルマロスが陣取っている。

 それを目にしたブシドーが、悲しそうに目を伏せたように見えたのは気のせいではない。代わりに、ゼクスがムッとしたように口元を結んだ。

 ヒイロとリリーナの関係について文句を言うゼクスであるが、何かあっても何もなくても怒りを爆発させる。そういう意味では、彼も難儀な人であった。

 

 ゼクスの怒りは、リリーナを放置して同僚(ブシドー)の恋人――刹那と良い仲になっているヒイロに向けられていた。残念ながら、ヒイロ本人は恋愛に疎めな部分があるため、なかなか進展しないようだ。

 最も、ゼクスは「リリーナに手を出したら、今度開発される新型を駆って強襲しに行く」と豪語している。妹の幸せを応援したいのか邪魔したいのかよく分からない。リリーナの恋愛も大変そうであった。閑話休題。

 

 

「刹那!」

「来てくれたのねっ!」

 

 

 沙慈とルイスが嬉しそうに手を振ったのが『視えた』。

 

 彼らを横目にしつつ、オルトロス隊とコネクト・フォースたちは交渉を始める。しかし、結局のところ、交渉は決裂した。

 オルトロス隊およびジオンは連邦側に近いコネクト・フォースを完全に信じている訳ではない。故に、彼らの指揮下に入ることを拒んだのだ。

 

 ブシドーやゼクスは連邦の闇によってダメージを受けた人間である。特にブシドーは、連邦の後ろ盾の1人である蒼海によって、文字通りの傀儡にされていた時期があった。

 連邦の闇をどうにかできないなら、コネクト・フォースと共に戦うことは不可能だ。かくいうクーゴも、連邦の後ろ盾云々の懸念については同意する。

 下手をすれば、自分たちの情報が流れて大惨事になりかねない。不気味な笑みを浮かべる蒼海の姿を振り払いながら、クーゴは深々と息を吐いたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「ふたりのこの手が真っ赤に燃える!」

「悪を赦すなと轟き叫ぶ!」

「せきぃっ!」「はっ!」

「ラァァァッブラブゥゥゥッ! 天っ驚ぉぉぉ拳っっっ!!」

 

 

 うら若き青年と乙女は手を取り合う。彼らの目には一切の迷いがない。2人の手が真っ赤に燃える。虐殺など赦さないと轟き唸る。夫婦は同じ場所を見て、同じ想いを抱いているのだ。

 次の瞬間、凄まじい衝撃波と光が発生し、何もかもを吹き飛ばした。辺りには、粉々に砕け散ったオートマトンの残骸が転がっている。これ、本当に殺傷兵器だったのだろうか?

 

 いや、それよりも。

 

 

「……なんだあれは」

 

 

 クーゴの疑問を代弁するかのように、ロックオン(ライル)が抑揚のない声で呟いた。

 それも問題かもしれないが、そちらは重要度は低い。もっと大きな問題があるからだ。

 

 

「なんであの2人がここにいるの!?」

 

「あの2人は、プトレマイオスにいたはずではなかったのか!?」

 

 

 ロックオンに続いて、アレルヤとティエリアが驚愕の声を上げた。

 

 そう、問題はこっちである。あの夫婦は、プトレマイオスに残っていたはずだったのだ。カタロンとの会談を終えた後、クーゴたちと一緒に戻ってきたはずなのに。

 プトレマイオスはこの場に来ていない。ガンダムを先行させたためだ。このカタロン支部に到着するとしたら、丁度夕方頃だろう。

 

 

「まさか、サイオン波を駆使して転移したってのか……?」

 

「サイオン波ってのは、そんなことまでできるのか!?」

 

「ば、万能にも程がある……!」

 

 

 クーゴの言葉に、ソレスタルビーイングのクルーたちが目を剥いた。サイオン波の力が、数キロ先の目標地点に一瞬で転移できるものだと知ったためだろう。

 最初からそれを知っていた『悪の組織』勢は、当たり前のことを確認するように首を傾げている。そっと視線を逸らした例外は、クーゴだけのようだった。閑話休題。

 

 カタロン中東支部がアロウズに発見されたということで、ソレスタルビーイングは彼らの救援に駆けつけたのだ。しかし、眼前に広がる光景は、自分たちの予想していた地獄絵図とは大きく異なっていた。……大惨事であることは変わりないのだが。

 目の前で石破ラブラブ天驚拳無双を繰り広げるクロスロード夫婦の姿は、文字通り圧倒的であった。2人は石破ラブラブ天驚拳で次々とオートマトンを粉砕していく。京都で見た恋人たちを彷彿とさせる光景であったが、威力はあの恋人たちを軽く超えていた。

 クロスロード夫婦の奮闘により、カタロンの構成員たちは我先にと逃げ出していく。気のせいでなければ、「リア充怖い」という心の声が四方八方から響いてきたように思った。カタロンは1人身が多い、という言葉が脳裏をよぎったのは何故だろう。

 

 アロウズの部隊は散開し、カタロンの旧式MSを次々と屠っていく。アヘッドやジンクスは、赤子の手をひねるかのように基地やMSを吹き飛ばしていった。オートマトンが使えないなら、MSで直接攻撃をすることにしたようだ。

 

 その中で、特別改造の施されたアヘッドの動きが鈍い。搭乗しているパイロットの女性の思念がクーゴの中に流れ込んできた。彼女はこの作戦に乗り気ではない。アロウズの作戦が文字通りの虐殺であることを知っていて、困惑しているらしい。

 オートマトンを破壊し尽くしたクロスロード夫妻は、自分たちの元へ突っ込んできたMSたちを睨みつけた。2人は迷うことなく拳を構え、ジンクスやアヘッドたちに向き直る。2人の拳が光に包まれた。沙慈の体が赤く輝く! 思念増幅師(タイプ・レッド)の力だ。

 

 

「いくよルイス!」

「いくわよ沙慈!」

 

「せきぃっ!」「はっ!」

「ラァァァッブラブゥゥゥッ! 天っ驚ぉぉぉ拳っっっ!!」

 

 

 虹色の光と衝撃波が発生した。その様は、セラヴィーの砲撃と大差ない。(勿論ガンダムよりは劣るが)ジンクスを一撃で戦闘不能にする威力があった。

 その様を間近で目撃したティエリアが、あんぐりと口を開けた。眉間に深いしわが刻まれ、眉の根元がぴくぴく震えている。

 

 

「石破ラブラブ天驚拳。日本では“真の愛で結ばれたカップル、および夫婦のみが放てる”とされる、伝説の奥義……」

 

 

 どこかで聞いたことのある説明文だった。昔のクーゴが聞いていたら、真っ先に否定しただろう。しかし、クーゴは京都でその使い手たちを間近で目撃している。

 今でもあれは間違いだと信じたいのだが、クーゴは日本を離れて久しい身だ。自分が知らないうちに、新しい文化が生み出されていてもおかしくない。

 故に、今のクーゴがその真偽を論じることはできなかった。だから、クーゴはティエリアの言葉に突っ込みを入れる資格は存在していないのだ。

 

 ティエリアはぶつぶつと、石破ラブラブ天驚拳の説明を繰り返し続けた。――そうして、彼は、吼えた。

 

 

「何なんだ、あれは!? いったいどういう原理だ!? 何をどうすれば、連邦の機体が一撃で戦闘不能になるほどの威力になるんだ!?」

 

 

 ごもっともである。すべて、サイオン波という力のせいなのだ。

 大パニック一歩手前のティエリアに、イデアはいい笑顔で言った。

 

 

「あれこそ、サイオン波によってブーストされた一撃――いわば、愛の力!」

 

「愛ィ!?」

 

「いいなあ2人とも。私も、あの人と一緒に撃ちたいなぁ」

 

 

 イデアはうっとりとした口調で、石破ラブラブ天驚拳の光を眺める。夫婦による愛の力は、また別のジンクスのカメラアイを吹き飛ばした。

 カタロンもアロウズも混乱しているようで、様々な思念が飛び交っていた。……彼らの気持ちは、分からなくない。かくいうこちらも困惑している。

 

 

「もう2人だけでいいんじゃないかな」

 

 

 アレルヤが抑揚のない声でそう言った。偶然『視えた』彼の顔は、完全に白目を剥いていた。時折、「いいなぁ。僕もマリーとああなりたい」なんて思念が漏れるのは気のせいであろう。

 そうあってほしいと強く願ったのは何故なのか、クーゴは全然わからなかった。脳裏に、クロスロード夫妻やグラハムと刹那らとよく似たような男女が石破ラブラブ天驚拳を撃つ図が『視えた』ような気がする。

 男女の足元には、「もう勘弁してください」と泣き叫ぶ者たちがいた。彼らはみんな1人身だった。エイフマンやトリニティ兄妹の兄たち、ラッセやスメラギ、マリナとよく似た人もいる。エルガンなんて、泡を吹いたっきりピクリとも動かない。

 

 

『もう嫌だ。劣等種もリア充も、大嫌いだ……』

 

 

 銀色の髪を長く伸ばした男性が白目を剥いて呟いた。かすかに見えた瞳が金色に輝いたような気がしたが、それを確認する間もなく彼は失神してしまった。

 

 正直、連想するだけで頭の痛い光景だ。

 クーゴは思わず首を振る。

 

 ――そのとき、それらとは一線を画す思念が流れた。

 

 

『――…………私も、撃ってみたかったなぁ』

 

 

 悲痛な声だった。クーゴが顔を上げれば、武者のような佇まいのアヘッドが隊列の中にいる。

 あの機体に乗っているのはブシドー/グラハムだ。クーゴは反射的に彼の名を呼んだが、反応はない。

 

 ややあって、武者のような佇まいをしたアヘッドが隊列から離れた。別のジンクスに搭乗しているパイロットがブシドーを呼び止めるが、彼は「興が乗らん」とだけ言い残し、空の彼方へと進路を取った。

 武者のアヘッドが向かった方角の先には、アザディスタンの旧クルジス領土地区がある。つい数時間前に、マリナと刹那が向かった方角だ。あのままアヘッドが飛び続ければ、刹那と鉢合わせる可能性だってある。

 『ブシドー/グラハムを一本釣りできる大きな餌』――ベルフトゥーロの例えは酷かったが、言っていることは何も間違っていない。その事実に、クーゴは天を仰ぎそうになった。それだけ、彼は刹那を求めているのだ。

 

 

「すまない。俺は、あの機体を追いかける!!」

 

 

 武者のようなアヘッドの背を追いかけようとしたとき、はやぶさのカメラアイは『何か』を捕らえた。前回の戦いで見かけた『天使の面した悪魔』たちが、徒党を組んでやって来たのである。

 

 

「げ……!」

 

「最悪……!」

 

 

 思わず、クーゴとイデアは悪態をついた。

 

 アロウズとの交戦で見かけたモノアイの天使は3機がMSで、あとは下位互換機のMDで組まれた複数の小隊を連れていた。今回も同じ面々であるが、数が多い。

 そのタイミングを予期していたかのように、アヘッドやジンクスがその場から逃れようと背を向けた。しかし、悪魔たちはお構いなしに布陣を組み始めた。

 奴らの羽が白く輝き始めた。指揮官機である3機は同時に、以前使った広範囲攻撃を打ち放とうとしている。友軍も敵軍も関係なく、カタロンの基地ごと消し飛ばすつもりらしい。

 

 ガンダムたち、およびはやぶさは、それを止めるために即座に方向転換した。

 悪魔たちに攻撃を仕掛けようと武装を展開するが、それらを阻むかのようにMDたちが躍り出る。

 

 

「クーゴさん!」

 

「了解!」

 

 

 MDの欠陥を、『ミュウ』である自分たちはよく知っている。クーゴとイデアは顔を見合わせて頷き合うと、即座にサイオン波を展開した。そのシグナルを受け取ったMDは動きを止め、はやぶさとスターゲイザー-アルマロスへと殺到してきた!

 S.D体制の系譜を継ぐ技術によって生み出されたのがMDである。OSには、『ミュウ』因子を持つ者や『ミュウ』に覚醒した個体を優先的に狙うよう設定されていた。それを利用すれば、奴らの動きを自分たちに殺到させることができる。

 タクマラカン砂漠で、イデアがオーバーフラッグス部隊を守るためにやったことだ。要するに、囮役である。砂糖に群がる蟻のように、MD部隊ははやぶさとスターゲイザー-アルマロスに襲い掛かってくる。それらすべてを迎撃した。

 

 その端で、セラヴィーのバズーカが/変形したアリオスの鋏が/ケルディムのスナイパーライフルが唸りを上げる。たまらず、天使たちは陣形を解いた。

 

 

『――ちぇ。しょうがないや』

 

 

 子どもが、面倒くさそうに呟いた。次の瞬間、はやぶさとスターゲイザー-アルマロスに殺到していたMDが動きを止める。

 モノアイの瞳が青く光ったと思ったとき、奴らは突然この場一体に散開した。何の布陣も組まず、無作為に、天使たちは空を舞う。

 

 アロウズの機体も、カタロンの機体も、ガンダムたちも、彼らの動きが何を意味しているのか全く理解できない。クーゴが訝しげに眉をひそめたとき、背中に凄まじい悪寒が走った。

 その予感を肯定するかのように、天使の羽が白く輝き始める。奴らが広範囲攻撃を放つ際に見せる前兆だ。しかも、この場にいる天使たち、すべての羽が白く光り輝いているではないか。

 

 

「この数値……地上および空中の、半径数キロから数十キロ範囲が焦土と化すです!」

 

「何ですって!?」

 

「あのときの武装と、ほぼ同じ範囲と威力じゃないか!!」

 

 

 ミレイナの声に、フェルトとラッセが表情を戦慄かせた。ミレイナは分析結果を仲間たちに伝える。

 

 

「1機1機の攻撃範囲は、以前の戦いで見た広範囲攻撃にはおよばないです! ですが、これだけのMSおよびMDが、この場で同時に攻撃技を使うと……!」

 

「なんてこった……!」

 

 

 ミレイナの分析結果を聞いたリヒテンダールが弱々しい声を出した。面々は、最悪の結果を頭に思い浮かべる。文字通り、この場が何も残さず消え去る光景が広がっていた。

 今から迎撃しようにも、ジンクスやアヘッドの小隊より倍の数で徒党を組んだMSおよびMDを撃墜することは不可能だ。仮に一部を撃墜できたとしても効果は薄い。

 時間切れによって、数の暴力による広範囲攻撃に晒されるためである。指揮官機たちを叩けば動きを止められそうだが、そこに至るまでの道程は、MDたちがひしめいていた。

 

 それでも、やるしかない。

 自分たちの決意を示すように、6機は各々の獲物を構えて飛び出した。

 

 アロウズの機体が次々とこの場を離脱し始める。その中で、アロウズの作戦に乗り気ではなかった女性の搭乗する機体がぽつんと取り残されていた。特別な改造が施されたアヘッドだ。あの機体には戦意らしきものはない。動揺によって塗り潰されてしまっている。あの様子なら、後回しにしても問題ないだろう。

 

 はやぶさのガーベラストレートが/スターゲイザー-アルマロスのブレードが/セラヴィーのバズーカが/変形したアリオスの鋏が/ケルディムのスナイパーライフルが唸りを上げる。それらは天使の群れを薙ぎ払い、切り裂き、撃ち抜き、吹き飛ばした。レーダー上から、多くの反応が消え去る。

 しかし、自分たちの猛攻から辛くも逃れたMDが、カタロンの支部へと突っ込んで行く。その先には、怪我人の避難のために手を貸していたクロスロード夫妻の後ろ姿があった。2人が急襲に気づいて振り返るも、石破ラブラブ天驚拳を撃つには間に合わない。付近にいたケルディムが追いすがろうとするが、邪魔するようにしてMSが攻撃してきた。

 

 

「邪魔するなよ! せっかく楽しく遊んでるんだから!」

 

「ふざけるな! それが、人間のやることか!?」

 

「砂漠の花火も楽しいじゃん! 俺は花火が見たいんだよ!」

 

「――こんの、クソガキがァァァァァァァァァ!!」

 

 

 子どもの笑い声に、ロックオン(ライル)が怒りをあらわにして攻撃を仕掛けた。彼の怒りを代弁するかのごとく、ケルディムが二丁拳銃で天使を迎撃する。

 

 その隙をついて、MDはケルディムを躱して基地へと突撃した。天使の羽が白く輝く。何もかもを焼き尽くし、吹き飛ばす一撃が迫る。

 あんなものを喰らえば、カタロン支部の人間たちは文字通り殲滅されるだろう。誰1人残さず、構成員だろうが子どもだろうが非戦闘員だろうが関係なく、命を刈り取られる。

 基地へ向かうMDを止めに行こうとした面々の前に、他の天使たちが舞い降りた。どの機体も羽を白く輝かせており、このまま放置することはできない。

 

 MDたちの羽の光が、より一層強まった。

 誰かが悲鳴を上げたのと同時に、MDの翼の光が爆ぜる!

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 

 渾身の叫びを嘲笑うようにして、MDの天使はカタロン基地を殲滅するための攻撃を仕掛けた。裁きの光が、カタロンの基地に――

 

 

『GNメガランチャー、発射!』

 

 

 ――落ちなかった。

 

 間髪入れず、別方向から、ド派手な黄色の光が炸裂する。ランチャーと言うよりは最早バズーカと言った方が正しいレベルの極太レーザーが、MDがまき散らしかけた光ごと機体を消し飛ばした。

 何事かと砲撃の先を見れば、見たことのないMSたちが天使目がけて突っ込んでくる。そのうちの2機は、ビームサーベルやブレードの代わりに、鋭利な爪を展開して天使の羽を切り落とし、容赦なく貫いた。

 それに続いて、MAに近い風貌の機体が飛び出し、天使たち目がけてアームを伸ばした。その一撃が天使の羽を穿ち、トドメと言わんばかりに雷撃を喰らわせる。衝撃波を伴う余波が、周囲にいた天使の群れもまとめて駆除した。

 

 彼らは一体何者なのだろう。クーゴは思わず機体を見つめ――そこに刻まれていたシンボルに、目を瞬かせた。

 金の翼にナスカの花――それは、『スターダスト・トレイマー』に所属していることを示すロゴマークである。

 

 そうして、その脇に小さく刻まれた数字は1。『スターダスト・トレイマー』の第1幹部が率いるMSたちだ。クーゴは彼らとは直接顔を合わせたことはないが、組織の中では信頼が厚い部隊だと聞いている。

 

 

「ガデッサ、ガラッゾ、エンプラス……凄い凄い! 造ったんだね!!」

 

 

 プトレマイオスの通信から、ベルフトゥーロの黄色い声が聞こえてきた。彼女が嬉しそうに目を輝かせる様子が『視える』。

 まるで、我が子が初めて大掛かりなものを作ったことに喜ぶ親みたいな顔であった。

 

 

「いいなぁ。私も、あんな機体に乗って、ライルと一緒に戦ってみたいなぁ……」

 

 

 彼女の後ろにいると思しきアニューもまた、きらきらと目を輝かせている。どこか羨望に満ちた眼差しで、アニューはぼそりと呟いた。

 双子が勢ぞろいした虚憶(きょおく)の中で、弟の婚約者が乗っていた機体が脳裏をよぎる。理由は一切不明であったが、なんだか変な予感がしてならない。

 基地に群がるMDは彼らの機体に任せることにして、はやぶさやガンダムたちは天使たちの迎撃に移った。それを目の当たりにした指揮官機は不利を悟ったらしい。

 

 子どもの癇癪が『聞こえた』直後、天使たちはそのまま離脱した。天使が逃げていくのを見たアヘッドが、我に返ったかのようにこの場から離脱する。アリオスのカメラアイはパイロットの心境を反映したかのように、悔しそうな面持ちでその後ろ姿を見送っていた。

 

 カタロンの基地に視線を向ける。多くの人間が怪我をしていたり、「リア充怖い」と悲鳴を上げていたりしているが、人命関係の被害は少ない様子だった。しかし、基地が基地として機能するには、被害は甚大である。

 機材もMSも失った。壊滅と言ってもいい。幸いなことは、命が刈り取られずに済んだということか。クーゴは大きく息を吐いて、『スターダスト・トレイマー』のMSたちに向き直った。

 

 

(……あれ?)

 

 

 彼らは、敵がいなくなったはずなのに、武器を構えたままである。MSたちのカメラアイが鋭く輝いた。仇敵を探しているように見えたのは気のせいではない。

 

 違和感に気づいたプトレマイオスのクルーや、ガンダムマイスターたちが話しかけるが、彼らは反応しなかった。仇敵の姿を追い求めるが如く、カメラアイが動く。

 何かを察したイデアが、苦笑しつつ視線を逸らした。ベルフトゥーロは不気味な笑みを浮かべて、許可を出すかの如く、これ以上ないってくらい厳かに頷く。

 それを待っていたと言わんばかりに、向うの通信が開いた。この場にいる人間全員に聞こえるほどの大音量、および異口同音で、彼らの第1声が響き渡った。

 

 

「――こちらに、アニュー・リターナーを泣かせた、最低な二股クソ野郎がいると聞いてきました!! 今すぐ面貸せこの野郎!!!」

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。


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