大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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13.途上にて

「反政府勢力収監施設がガンダムの襲撃を受けたことは、間違いのない事実です」

 

 

 記者会見を開いた代表代理が、淡々と事実を報告する。

 彼女の話を遮るように、記者たちは手を上げて次々と質問をぶつけた。

 

 

「彼らはソレスタルビーイングなのでしょうか?」

 

「反政府組織がガンダムを独自開発したという噂もあります」

 

「それらは憶測の域を出ていませんが、どちらにせよ、現政権を脅かすテロ行為であることは明白です。政府はテロ組織撲滅のため、直轄の治安維持部隊の派遣を決定しました」

 

 

 女性は淡々と話を続けた。

 

 記者会見は滞りなく行われ、終了する。報道者たちはぞろぞろと会見場から出て行った。絹江は隣に座っているシロエに視線を向ければ、彼も目配せで答えた。マツカもアイコンタクトで了承の意を伝える。

 3人の報道陣たちは、殿役のようにして部屋を出た。そのまま街へ繰り出して、とある喫茶店の前で足を止めた。桃色の花を鈴なりに咲かせた、特徴的な花が風に揺れている。扉にはclauseの文字。それが、安全地帯である証だ。

 ナスカの花は、『悪の組織』および『スターダスト・トレイマー』に所属する『ミュウ』に関する目印だ。ここが、絹江・シロエ・マツカら3人の拠点であった。政府から公式発表された情報と、組織が掴んだ情報を組み合わせる。

 

 世界を歪ませる者たちが何を企てているのか、この情報から判断するのは難しい。しかし、真実を集めて繋ぎ合わせていけば、きっと真実にたどり着けるはずだ。

 思考回路を巡らせていたとき、絹江の眼前にカフェラテが置かれた。泡にはナスカの花が描かれている。顔を上げると、スオルがお茶目に笑ったところであった。

 

 

「ありがとうございます、スオルさん」

 

「いやいや、サービスだよ。ちょっと待っててくれ」

 

 

 スオルはひらひらと手を振って、カウンターへと戻っていった。シロエは口元を緩ませてチョコレートドリンクを口に運び、マツカが緑茶を飲んでほうと息を吐いた。

 厨房から甘い匂いが漂ってくる。スオルがケーキを焼いてくれているのだろう。それを楽しみにしつつ、絹江はコーヒーを啜った。

 

 

「ソレスタルビーイングの復活を予見し、アロウズの権限拡大を図る……。その集大成が、もう少しで形になろうとしているのね」

 

「でも、“反政府組織を叩き潰す”だけにしては、ちょっと大げさな気がします。もしかしたら、本命は別なところにあるんでしょうか?」

 

 

 マツカが神妙な顔で問いかけてきた。シロエは眉間に皺を寄せ、顎に手を当てた。

 

 

「いずれにしても、ソレスタルビーイングや『悪の組織』()および()『スターダスト・トレイマー』()が頑張らなきゃいけないってことですね」

 

 

 絹江も頷いた。そのことは、絹江だってわかっている。だから、沙慈とルイス夫婦がソレスタルビーイングへ出向し、頑張っているのだ。

 戦いとは無縁だった沙慈とルイスが、この4年間で随分様変わりしたように思う。自分にできることを探し、できることを全力で行っている。

 沙慈はもう絹江に守られる必要もないし、ルイスだって立派な淑女だ。まだまだ子どもだと思っていた2人の成長に、絹江は複雑な気持ちになった。

 

 結婚して夫婦になった2人に対し、絹江は未だに独身である。伴侶? そんなもの、どこにいるの状態だ。

 

 イケメン2人を侍らせていて何を申すかと言われそうだが、シロエとマツカは戦友だ。それ以上の感情は、ないったら、ない。多分。

 絹江をゲイリー・ビアッジの魔の手から救ってくれたときの2人は、本当に格好良かった。防壁を展開するマツカや、思念波でゲイリーの足を止めたシロエとか。

 

 

「いや、そこらへんに積まれていた資材や石を大量に投げつけたり落下させたりした絹江センパイの方が格好よかったと思いますよ」

 

「傭兵の不意を突きましたからね。前や後や横だけならまだしも、上からも振ってきた訳ですし」

 

 

 絹江の思考を『読み取った』ようで、シロエとマツカがのほほんと答えた。居たたまれなくなり、絹江はそっと目を逸らす。ゲイリーの魔の手から逃れる際、絹江は思念増幅師(タイプ・レッド)の『ミュウ』として『目覚め』を迎えたのだ。

 その際、能力を盛大に暴発させ、路地裏にある資材や石を投げつけたり、建物の屋上に置かれていた資材や石、鉄パイプ等を上空から大量に降らせたりしたのである。流石の傭兵でも、四方八方と上空から飛んだり落ちたりした資材や石には対応できなかったらしい。

 

 

「『金盥が奴の脳天に直撃した』ってのは傑作でしたね。古典的なドッキリ番組、あるいはコントみたいで」

 

「『鉄パイプと資材を、対象物の足元目がけてピンポイントで降らせる』ってのも、凄いコントロールがいるんですよ。絹江さん」

 

「……やめましょう、その話。どんどん脱線してきたから」

 

 

 2人からの賛辞に居たたまれなくなった絹江は、情報収集に集中しようとペンを握った。

 

 次の瞬間、絹江の背中に悪寒が走った。ノイズまみれの光景が広がる。鮮血を思わせるような赤いMSに歩み寄る男の後ろ姿が『視えた』。口元には特徴的な無精髭を生やしている。あの傭兵だ。

 ゲイリー・ビアッジ――あるいはアリー・アル・サーシェス。偽名をいくつも使い分けており、本名は不明。絹江は思わず顔を上げる。シロエとマツカも先程の光景を『視た』ようで、険しい表情を浮かべていた。

 

 

「……一筋縄ではいかないわね」

 

 

 地獄の底から這いあがってきた悪魔の権化に、絹江は頭を抱えたくなった。ゲイリーおよびサーシェスは、4年前から姿を消していたという。そういえば以前、4年前に行われた国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦で、ゲイリー・ビアッジというAEUの軍人が参戦していたというデータを見つけた。

 彼はそこで「体の半分を失う重傷を負った」という記載があったものの、行方までは分かず仕舞いだった。五体満足で立っていたのだから、おそらく、彼は再生手術を受けたと思われる。この4年間は、再生手術とそのリハビリのために潜伏していたのかもしれない。

 では、一体誰が、ゲイリー/サーシェスに再生手術の費用を出したのだろう? 体の半分を再生させるとなれば、時間は当然、費用だって莫大な額が必要になる。傭兵稼業で羽振りが良かったとしても、そんじょそこらの小金持ちが出せるような金額ではない。

 

 今回手にした情報から仮定するに、アロウズの背後には、相当な財力を持つ人間が背後にいることは明らかだ。参考までに、アロウズの最大出資者は刃金蒼海である。次点で、(ワン)留美(リューミン)が挙げられた。

 後者はソレスタルビーイングのエージェントである。何故、彼女は敵組織にも援助を行っているのだろう。エージェントとして情報収拾するにしても、留美(リューミン)とアロウズの関係はかなり密接である。

 

 

「何だろう。物凄く、嫌な予感がします」

 

「その予感、間違いじゃないかもしれませんね」

 

 

 マツカが不安そうに目を伏せ、シロエが苦々しい顔をしてホットチョコレートを煽る。

 

 とにかく、確証を得なければ始まらない。しかし、情報は少なかった。

 絹江は情報を見直しながら、深々とため息をついた。

 

 

「ここは、懐に飛び込むしかないかもしれないわね」

 

「懐?」

 

「密着取材よ。アロウズの軍人に、ね」

 

 

 絹江の言葉に、シロエとマツカが顔を上げた。2人は目を瞬かせ、即座に真剣な眼差しになって頷く。

 そうと決まれば、早速下準備だ。手にした人脈と情報を再び広げて、3人は議論を交わし合う。

 何か忘れてしまったような気がしたが、絹江たちにとって、そんなことは些細なことであった。

 

 

 

「……ケーキ、できたんだがなぁ……」

 

 

 スオル・ダグラスがそう小さく呟いたことに気づくのは、外が真っ暗になった後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ミヤサカさん! お久しぶりです、沙慈ですー!」

 

「沙慈のお嫁さんのルイスですー! お元気でしたかー?」

 

「う、うわああああああああああああああああああ! リア充だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 歓迎ムードのカタロン基地に足を踏み入れて、コンマ数秒後のことである。

 

 沙慈とルイスに声をかけられた男が、2人の姿を視界に入れた瞬間発狂した。彼の悲鳴を皮切りに、一部のカタロン構成員が悲鳴を上げ、ダッシュで逃げ出し始める。

 あまりの展開に、ティエリア、アレルヤ、ロックオン(ライル)が、ぽかんとその光景を静観していた。かくいうクーゴも、この状況についていけていない。

 イデアはのほほんとした顔つきを崩さないでいた。この中でただ1人、何かを察した刹那が天を仰ぐ。こめかみには沢山の青筋が刻まれていた。

 

 

「あっ、待ってくださいよミヤサカさーん!」

 

「なんで逃げるんですかミヤサカさーん!」

 

 

 逃げる男性を追いかけて、クロスロード夫妻は基地内へと駆け出していった。施設の奥から阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡る。反響していた複数の声は、やがて遠くなり、聞こえなくなった。

 悲鳴が聞こえなくなってから幾何かの間をおいて、金髪の男がこちらへ姿を現した。彼はしきりに廊下の奥を気にしていたけれど、ソレスタルビーイングを迎えることにしたようだった。

 

 クラウス・グラード。彼が、このカタロン支部を取り纏めるリーダーらしい。彼は簡単な自己紹介を行った。

 

 クラウスの自己紹介が終わった後、彼に先導されるような形で施設内に足を踏み入れる。通路の至るところに、座り込んでガタガタ震えている人々を見かけた。

 奥の方から再び阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてきた。それに混じって、クロスロード夫妻の声が聞こえる。2人はミヤサカという男と追いかけっこをしているらしい。

 時折「リア充怖い」というか細い声が、座り込んでいる人々のあたりから聞こえてきた。異様な空気に痺れを切らしたロックオン(ライル)がクラウスに問いかけた。

 

 

「なあ、何が起こってるんだ?」

 

「彼らはコロニー・プラウドに捕らわれていたんだ。その際、アロウズから酷い尋問を受けたようでね。そのPTSDに、今も苦しんでいる」

 

 

 クラウスが沈痛な面持ちで語った。その横で、刹那が何とも言えない微妙な表情を浮かべている。何か言いたいのだが、どう言えばいいのか分からない――彼女の渋面は、密やかにそう訴えていた。

 

 刹那の表情から何かを察知したスメラギとティエリアが「あっ」と小さく呟き、彼らからそっと視線を逸らした。口は真一文字に結ばれている。

 イデアはニコニコ笑みを浮かべ、何も語らない。クーゴとアレルヤとロックオン(ライル)の3人は、相変わらず状況を理解できないままであった。

 

 そのまま部屋へ通される。扉が閉じる直前、ひときわ大きな悲鳴が響いたが、扉が閉まると同時にかき消された。

 クロスロード夫婦は職場の先輩だった人物――カタロンの構成員を気にかけており、その人物へ言伝を頼もうとしてここへ同行したのだ。

 先程悲鳴を上げて逃げた人物こそ、2人が心配していた相手なのだろう。しかしその人物は、夫婦を目の当たりにした途端に逃げ出した。

 

 あれがPTSDだと言うのなら、引き金はもう少し別なところにありそうな気がする。さしずめ、“リア充恐怖症”か。ここの医療関係者は大変だろう。閑話休題。

 

 

「会談に応じてくださり、ありがとうございます」

 

 

 カタロンの面々が会釈した。スメラギたちも会釈し返す。ソレスタルビーイング側は自己紹介をしなかったが、カタロンの面々は事情をくんでくれたようだ。寛大な心で流しつつ、マリナ・イスマイールの保護を引き受けてくれた。

 彼女はアザディスタン方面の非戦闘地区にいる人物を頼るつもりだったらしいが、どうするのだろう。彼女はカタロン構成員の女性――シーリンと、旧知の中にあるらしい。しかし、顔を合わせない間に、2人の間には何とも言い難い溝ができていたようだ。

 互いの立場に関する言及を続けたマリナとシーリンの間には、微妙な空気が漂っている。戦争や戦いというものを好まないマリナからしてみれば、武力で道を切り拓こうとする選択を選んだシーリンが信じられないのだろう。

 

 

「シーリンさま、マリナさまを苛めないでください。彼女の笑顔は、こんな世の中にこそ必要なんです」

 

 

 背後から声がした。この場にいる全員の視線が、1点に集中する。

 

 そこにいたのは、ローラー付きの椅子に座って大きく足を組んだ女性がいた。黒髪をお団子にまとめ、青い瞳を持つ女性――ベルフトゥーロ・ティアエラ・シュヘンベルク。彼女を視界に捉えたクーゴたちは目を剥いた。

 ベルフトゥーロはプトレマイオスで待機する、留守番組だったはずだ。輸送船やガンダムに忍び込んでいた様子もないし、はやぶさのコックピットにだっていなかった。要約すれば、『彼女はここに居るはずがない』部類になる。

 

 

「ちょっと待て! あんた、どうしてここにいるんだ!? 留守番してたんじゃなかったのかよ!?」

 

 

 それを頭の中ではじき出し、いち早く動いたのはロックオン(ライル)であった。ベルフトゥーロは煩そうに耳をふさいでそっぽを向く。

 勢いよく椅子がぐるぐる回転した。「お前の意見など聞いちゃいないんだよ」と言いたげに、頬を膨らませる。聞き分けの悪い子どもみたいだ。

 一歩遅れて、アレルヤがロックオンの意見に同調した。どうやってここに来たのかと問われたベルフトゥーロは、回転を止めて、いい笑顔で答える。

 

 

「“飛んで”きた」

 

「はぁ!?」

 

「だから、“飛んで”きたんだってば」

 

「い、意味が分からない……!」

 

 

 ベルフトゥーロの答えに、ロックオンとアレルヤが表情を戦慄かせる。そういえば、この2名はベルフトゥーロのサイオン波が牙を向いた現場を見ていないし、サイオン波に関する能力がどれ程のものかを知らない。いや、後者はソレスタルビーイングの面々にも言えることだった。

 『ミュウ』が「外宇宙からやって来た、異なる人類の辿った異なる進化の果てにいる者」であることは知っているだろう。アロウズの部隊が水中を航行していたプトレマイオスに攻撃を仕掛けてきたことで、会話および情報は中断されてしまっていたが。

 

 飛んできた、という言葉から、『ミュウ』であるクーゴが連想したのは2つだ。1つはサイオン波を使ってこの場へ転移したこと、もう1つはサイオン波を駆使して文字通り“空を飛んで来た”かである。

 後者だった場合、あの椅子はカタロン施設内のどこからか拝借したということになるだろう。だが、彼女が座っている椅子は、カタロンの施設で使われているものではない。逆に、プトレマイオスでなら見かけたことがあった。

 そうなると、後者ではない。ベルフトゥーロは、あの椅子ごと、この場へ転移してきたのである。荒ぶる青(タイプ・ブルー)の思念波を駆使し、クーゴたちの思念を辿り、この場所を見つけて“飛んで”きたのだ。

 

 随分とまあ、アグレッシブなグラン・マ(おばあちゃん)である。エルガン代表がこめかみを抑えた理由が分かる気がして、クーゴはそっと目を逸らした。

 

 

「相変わらず、『悪の組織』の総帥さんは行動力に溢れているのですね」

 

 

 シーリンが苦笑しながら眼鏡のブリッジに手を当てた。シーリンの言葉を聞いたクラウスが、ほんの少しだけ目を見開いた。

 クラウスは何かを考えているかのように、顎へ手を当てる。ベルフトゥーロは目敏くそれに気づいたようで、鋭い視線を向けた。

 

 

「武装面での協力なんてしねぇからな」

 

 

 地の底から轟くような声だった。チンピラのような口調と獣を思わせるような眼差しが、容赦なくクラウスに突き刺さる。

 

 ばっさりと言い捨て、ベルフトゥーロは再び椅子を回転させた。クラウスがぎょっとした表情でベルフトゥーロを睨んだが、彼女は「あーあーあー、何も聞こえませーん」と言いながら、椅子を回転させる速度を倍にあげた。

 おそらく、クラウスは『悪の組織』に協力を取り付けようとしたのだろう。ガンダムの戦力を当てにしているということは、自分たちでは手の届かない技術を有する『悪の組織』の力だって欲していてもおかしくない。

 あわよくば、トップの協力を得て戦力増強をと考えていたらしいクラウスの表情が歪む。人に対しては誤魔化しが効いても、人の心や感情を機敏に察知する『ミュウ』には、彼の思考は丸わかりであった。イデアもムッとした顔でクラウスを睨む。

 

 クラウスは取り繕うように咳払いした。カタロンの構成員たちが目を逸らし、シーリンが落胆したようにため息をつく。そのとき、扉が開いた。

 無邪気な顔した子どもたちが、カタロンの構成員に纏わりついた。子どもたちの姿を見た刹那が眉をひそめる。掌が、強く握りしめられた。

 

 

「まさか……カタロンの構成員として、育てているのか……!?」

 

 

 その言葉と同時に、頭の中で誰かの記憶がリフレインする。身の丈に近い大きさの機関銃を構えた少女が、戦場の中を駆けていた。

 人が死に、人を殺し、少女は戦い続ける。――幾何かの間をおいて、クーゴは、その少女が刹那であると気がついた。

 

 ならば、今のが刹那の過去なのだろう。彼女の過去はざっくりと聞いていたが、やはり、戦争によって傷を負った人間であった。記憶の中の少女は10代の前半だったように思う。日本生まれのクーゴからしてみれば、程遠い世界のように思えた。閑話休題。

 

 

「勘違いしないで。身よりのない子どもたちを保護しているだけよ」

 

 

 間髪入れず、シーリンが厳しい表情で刹那の言葉を否定した。連邦の政策によって、あの子どもたちは皺寄せを喰らったのだという。彼らもまた、連邦の被害者なのだ。

 

 

「予算の関係上、すべての子どもたちを保護するとまではいかないが……」

 

「――逆に言えば、予算と設備が整えば、あの子たちのような子どもたちを保護することができるってことでしょうか?」

 

 

 クラウスの言葉を遮ったのは、つい数秒前まで「あーあーあー、何も聞こえませーん」と言いながら椅子を回転させ部屋の端から端に移動するという奇行を繰り返していたベルフトゥーロであった。

 彼女は丁度クラウスと向き合う位置で椅子の動きを止める。先程までいた聞き分けの悪い子どもや、チンピラ口調の獣はどこにもいない。凛とした佇まいの――それこそ、女社長という肩書がよく似合う。

 『悪の組織』は技術の提供や技術者の派遣を行っているだけではない。子どもたちの支援教育やボランティア、更には慈善事業にも力を入れている。子どものことになると、見捨てることはできなかったようだ。

 

 やる気満々で臨むベルフトゥーロの様子に、カタロン構成員やソレスタルビーイング勢が表情を引きつらせる。ギャップについていけないのだろう。彼らの気持ちはよく分かった。

 その脇で、マリナを見つけた子どもたちが彼女に纏わりつく。子どもたちにとって、マリナは憧れの存在のようだ。嬉しそうに笑う子どもたちの様子に、マリナも表情を綻ばせた。

 

 

「あれ?」

 

 

 そのうちの1人が、何かに気づいたようにベルフトゥーロの横顔を覗き込む。ベルフトゥーロもそれに気づいたのか、その子へと視線を向けた。

 

 子どもはじっとベルフトゥーロの顔を見つめていたが、ややあって、合点がいったように手を叩いた。

 他の子どもも、その様子に連鎖したように手を叩く。彼らの表情がぱっと明るくなった。

 

 

「おばさん、クサナギさんのお友達でしょう? クサナギさんがおばさんと仲良く写ってる写真、見せてもらったんだ!」

 

「前に来てた『悪の組織』の第一幹部の人が言ってた! 自慢のお母さん(マザー)なんだって! 写真も見せてもらったよ!」

 

 

 意外なところでそんな繋がりができていたらしい。誰もが目を見張る中で、ベルフトゥーロだけがニコニコ笑っていた。女性が反応しそうな単語――「おばさん」という単語にも動じない。……まあ、500歳ほどの年齢になれば、「おばちゃん」や「おばあちゃん」など、痛くもかゆくもないだろうが。

 子どもたちに人気なマリナとベルフトゥーロは、そのまま子どもたちの相手をすることにしたようだ。子どもたちに引っ張られるような形で、2人の背中が部屋の向こうへと消えていく。その背中を見送って、面々は前を向き直った。長らく脱線したが、ようやく本題に入ることにしたらしい。

 

 そうして、ソレスタルビーイングとカタロンの会談が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリロバイトを失った責任を取るような形で、リントにあった指揮権はカティへと移行した。モニターに映し出されていたアーサー・グッドマンは、深々とため息をついた。

 そんな会話を、ブシドーはぼんやりと見つめていた。最近は、目の前で何かが起きていても無感動でいることが増えたような気がする。薬漬けの弊害だろうか。

 

 唯一、激情を露わにできるときがあるとするなら、それは――。

 

 脳裏に浮かんだのは、刹那が駆るガンダムだ。そうして、クーゴが駆る、フラッグの面影を宿した機体。ブシドーが地獄の底から見上げ続けた希望だった。

 胸の奥に、鈍い痛みを覚える。息が詰まりそうになる衝動をどうにか堪えながら、ブシドーは静かに目を閉じた。今は、それを露わにするときではない。

 

 

「ああ、そういえば」

 

 

 通信を切ろうとしたグッドマンが、何かを思い出したように手を打った。彼は手元にあった資料を引っ張り出す。

 

 

「今度の作戦から、ジャーナリストが同行するそうだ。最前線で戦う軍人を取材したいと言ってな」

 

「民間人を同行させろ、と?」

 

「かいつまんで言えば、な。まあ、アロウズのイメージアップに繋がるということで、宜しく頼むよ」

 

 

 カティが何かを言い返そうとしたが、それよりも前に、グッドマンからの通信が切れるほうが早かった。民間人を同行させることに、カティは反対したいのだろう。しかし、それは上層部の決定事項で覆らないと察したようだった。

 良識派の軍人が肩身の狭い思いをする場所――それが、アロウズという名の檻である。ここに集められた良識派の軍人は、自由に飛ぶための羽と思考を奪われてしまうのだ。ブシドーは無感動の表情を崩さぬまま、漠然と考えた。

 

 深々と息を吐いたカティがブシドーへ振り返った。

 

 

「……という訳だ。今後、私の指示にも従ってもらう。宜しいな? ミスター・ブシドー」

 

「…………断固、辞退する」

 

 

 どこまでも平坦な声が出た。昔の自分が聞いたら驚くだろうな、と、ブシドーは漠然と考える。

 カティの眉間に皺が寄った。彼女の気持ちも分からなくはないが、これだけはどうしても譲れない。

 

 

「私は司令部より、独自行動の免許を与えられている。つまりはワンマンアーミー……たった1人の軍隊なのだよ」

 

「そんな勝手な……!」

 

「免許があると言った」

 

 

 勝手な行動を咎めるカティの言葉を叩き切る。彼女の隣で、リントがひっそりとほくそ笑むのが見えた。ブシドーはリントへ向けて睨み返す。お前のための行動ではないし、この意見はお前にも該当するのだと。

 まさか睨まれるとは思わなかったリントが、怯えるように身を竦ませた。釘はしっかりと刺さったらしい。それを確認した後、ブシドーは壁から背中を離した。そのままさっさと部屋を出ていこうとして、足を止める。

 

 

「もう一度、敢えて言わせてもらおう。私には独自行動の権限がある」

 

 

 ブシドーは振り返った後、確認するように言葉を紡ぐ。カティは、訳が分からないと言いたげに眉をひそめた。

 

 

「……勿論、その権限には、私の発言行為も含まれる」

 

「貴殿は、何を……」

 

「司令部からは秘匿とするようにと言われたが……私個人で、秘匿にしておくには危険すぎる情報(モノ)だと判断した。よって、指揮官である貴殿らに連絡しておく」

 

 

 ブシドーの言葉を聞いたカティとリントが目を瞬かせた。

 アロウズの情報体制のせいで、指揮官でもまともに情報が入ってこないのだ。

 

 部隊によって、入ってくる任務の内容や情報も全く違う。「治安維持任務だと思って取り組んでいた任務が、実質的にはただの虐殺だった」――なんていう話は、よくあることだった。

 

 幸か不幸か、その事実を知ってしまう人間もいる。知っていて協力し続ける者、知ったが故にアロウズに反旗を翻し反政府組織へ鞍替えする者、すべてから逃げ出すためにアロウズを辞める者など、対応の仕方は様々だ。最悪の場合だと、知ったが故に口封じされたり、ブシドーのように薬漬け等の手段によって傀儡にされることもある。閑話休題。

 

 

「――“1つ目の天使たち”も、次の作戦に参加する」

 

「!」

 

「この情報をどう使うかは、貴殿らに任せよう。……有効に活用してくれることを、願うばかりだ」

 

 

 今度こそ、ブシドーは部屋を出た。

 

 先程の戦闘で、2人はあの天使を――センチュリオシリーズの機体を目にしている。そうして、2人を含んだアロウズの面々は、あの天使によってガンダム諸共消し飛ばされそうになった。一応助かったものの、次も助かるとは限らない。

 センチュリオに搭乗する海月、厚陽、星輝が参加するということは、またあの広範囲兵器が使用される可能性があるということだ。部屋を出る間際、カティが戦慄し、リントが何とも言い難い表情を浮かべていた。

 次の作戦は、どうなるだろうか。ブシドーはぼんやりと空を見上げた。嘗て、仲間たちと一緒に飛びまわった、美しい空だ。太陽の光はどこまでも眩しい。青はどこまでも深く、目に突き刺さってきそうだ。

 

 

虚憶(きょおく)で出会った人たちがいてさ。……その人が言ってたんだ、『空で待ってる』って』

 

 

 クーゴがそう言って笑っていたことを、思い出す。彼は、「待っていると言った相手に会えた」と笑っていた。

 自分も、それにあやかりたいものだ。『還りたい』と願う場所に『還れない』代わりに、目指す場所へたどり着けたなら。

 

 ブシドーは静かに目を閉じた。少女の後ろ姿が『視える』。振り返った少女の口元は――どんな形を、描いていたのだろうか。それを知る前に、彼女の顔は闇へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カタロンの拠点内部を当てもなく歩き回っていたとき、刹那の後ろ姿を見つけた。彼女の視線は、部屋の中へと向けられている。

 部屋の内装は、外から見ても「子ども用の遊ぶ部屋」だとすぐにわかる作りになっていた。中では、マリナとベルフトゥーロが子どもたちと遊んでいる。

 楽しそうに笑う子どもたちを見つめる刹那の目は、何かを諦めているかのように見える。――その眼差しは、どこかで見たことがあった。

 

 『還れない』覚悟を固めた、人の目だ。

 刹那もまた、ミスター・ブシドーと同じ瞳をしている。

 

 

「キミも、諦めたような目をしているんだな」

 

 

 クーゴの言葉に、刹那は振り返った。彼女は静かな目でクーゴを見返したが、居心地悪そうに視線を逸らす。

 

 

「俺は二度と、あの中に入ることはできない」

 

「キミを見ている限り、俺はそうとは思えない。思わないよ。――キミとグラハムは、あんなにも幸せそうだったのに」

 

 

 クーゴは刹那をまっすぐ見返した。こうして見ると、刹那だって、どこにでもいる普通の女性と変わりない。ただ、歩んできた道が過酷だったが故に――人一倍優しかったが故に、茨の道を選択することしかできないでいる。それが己の償いなのだと信じているのだ。

 だから、茨の道のほかに存在する道を選べない。選ぼうとする自分を赦せない。そんな道があるという事実に、見ないふりをしている。その頑なさは、現在のブシドーと似通ったものがあった。そう考えると、クーゴは何とも言えない気持ちになる。

 

 刹那はバツが悪そうに俯いた。無言の時間がしばらく続いたが、意を決したようにして彼女は言葉を紡ぐ。

 

 

「俺には、そんな資格はなかったんだ。……それでもあいつは、俺を選んだ」

 

 

 彼女の手は、パイロットスーツの襟元を握り締めた。金属が擦れる音が響き、天使が刻まれたシェルカメオが姿を現す。グラハムが刹那へ贈ったものだ。

 刹那は愛おしげにシェルカメオを握り締める。気のせいか、青い光が舞いあがったように見えた。サイオン波を発現させたときに発生する光と、どことなく似ている。

 その輝きは、晴天の空を連想させるような晴れやかな光であった。グラハム・エーカーが愛してやまない色である。何とも言えない懐かしさが去来した。

 

 

「だから、あいつを幸せにしてやりたかった」

 

 

 刹那は噛みしめるように言葉を紡いで、シェルカメオを再度握り締めた。

 

 クーゴの頭の中で、ノイズだらけの映像がフラッシュバックした。屈託のない笑みを浮かべる、金髪碧眼の男性の姿だ。金色の髪は太陽に照らされて輝き、眩いばかりの光を宿した翠緑の双瞼は、ただ真っ直ぐに刹那だけを見ている。

 なんて、蕩けたように笑うのだろう。幸せそうに笑うのだろう。目に眩しいだけでなく、仲間内に対する笑みとは一線を画していた。仲間へ対する笑みが明るさや不敵さを全面的に押し出したようなものならば、刹那に対してのそれは、愛しさを惜しみなく滲ませていた。

 

 間違いない。あの金髪の男は、グラハム・エーカーその人だ。

 それを確認したクーゴは、思わず噴き出した。刹那が怪訝そうに眉をひそめる。

 すまない、と謝った後、クーゴはむずがゆさを堪えながら笑った。

 

 

「充分、幸せそうに笑ってるじゃないか。あいつのあんな顔、見たことないぞ」

 

「そんなことはない。俺はいつも、あの男から貰ってばかりだった」

 

 

 彼女の口元が、かすかに戦慄く。刹那にとって、グラハムはとても大切な相手だったようだ。

 恋人同士というのも、それらしきことを言葉にしなかっただけであって、実質的にはちゃんと結ばれていたのである。

 

 グラハムも、刹那も、互いのことを大切にしていた。おそらく、今この瞬間も、2人はお互いのことに思いを馳せているのだろう。なんとなく、クーゴはそう思った。

 

 

「あんたは、あいつに何があったかを、知っているんだな」

 

「……ああ」

 

 

 刹那の問いに、クーゴは小さく頷いた。

 

 こちらを見つめる赤銅の瞳は問いかける。

 「あいつに何があったのか、教えてくれ」と。

 

 クーゴはわざと勿体ぶるように顎に手を当てて、呟いた。

 

 

「1つだけ、条件がある」

 

「条件?」

 

「――あのバカを連れもどすの、手伝ってくれ」

 

 

 愛情を込めて、クーゴは親友をバカと呼んだ。

 刹那も納得したように、ゆるりと目を細める。

 

 クーゴの脳裏に浮かんだのは、『還れない』覚悟を固めたブシドーの横顔だった。地獄の底から希望を見出したように、彼は目を細める。万感の思いを抱えて、ブシドーは破滅への道を突き進もうとしていた。

 いつか見た虚憶(きょおく)で見た満面の笑みを/すべてが始まる前に、そうして終わる前に見せた満面の笑みを、もう一度グラハムが浮かべられるようにするためにも、刹那の力は必要不可欠になる。

 グラハム/ブシドーにとって、刹那・F・セイエイとガンダムは、希望そのものなのだ。彼が生きる理由にして、彼が目指す道の果てにいるであろう相手。傍迷惑な奴め、と、クーゴは苦笑した。

 

 

「あいつ、バカだからさ。多分、自分がどうなろうと、キミを追いかけ続けるんだと思う。……あいつの目指す終着点(ばしょ)には、確実に、キミがいるはずなんだ」

 

 

 だから、と、クーゴは言葉を続けた。

 

 

「あいつをとっ捕まえて、言ってやってほしい。『『還って』来い』って。『お前の『還る』場所は、ちゃんとここにあるぞ』って」

 

「当たり前だ」

 

 

 刹那は間髪入れずに答えた。赤銅色の瞳には、強い決意が宿っている。

 

 

「俺は、あの男に生きろと言ったんだ。生きてくれと。……だから、死ぬなんて真似はさせない。死ぬために生きるなんて、絶対に許さない」

 

 

 気のせいか、刹那の口元が緩く弧を描いた。凛とした空気は変わらないけれど、ほんの少しだけ、柔らかい気配を感じる。

 彼女が真顔になったのを確認して、クーゴはようやく、あれが刹那の微笑みだったのだと気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 端末の情報を見つめ、蒼海は笑みを深くする。

 

 

「――さあ、狩りの時間よ」

 

 

 蒼海の言葉に反応するかのように、画面に映像が表示された。

 3体の天使が飛び立っていく。――獲物である、カタロンの支部へと向かって。

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。


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