大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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12.悲痛なる叫び

 暫く見ないうちに、親友がとんでもないことになってた。

 何を言っているかわからないと思うが、この言葉で察して頂けたら喜ばしい限りである。

 

 唐突な無茶ぶりで申し訳ない。

 

 オーバーフラッグスの面々が武道大会に出場して、ガンダムたちと戦いを繰り広げてたのは間近で見ていた。彼らの口から「隊長をやっていた『彼』が新たな力を得て、姿形が変わった」という話も耳にしている。

 自分がいなくなってから、オーバーフラッグスたちは大変な目に合っていたらしい。闘技場からとぼとぼと出てきた彼らに話しかけたら、「『彼』が暫く失踪したと思ったらいつの間にか帰って来て、でも、そのときにはもう性格が変貌していた」と泣きつかれた。

 元・オーバーフラッグス隊長機が新たな姿へと変わってからずっと、オーバーフラッグスたちとは別行動を取っていたそうだ。その行方は全く掴めていないという。現在の『彼』はライセンサーという特殊な地位にいて、行動制限が少ないためだ。

 

 友人たちが『姉』の陰謀に振り回されている仲間たちを見過ごせるはずがなかった。『姉』の企みを止めるために奮闘していたはやぶさであったが、なかなか方法は見つからないでいる。

 

 

「会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!」

 

 

 向う側から聞こえた声につられて、奥の通路に向かった。多分、ここまでのノリだったら、はやぶさは「ああ、アイツは何も変わってない」と力なく笑い飛ばしていただろう。

 しかし、はやぶさは、すぐに『彼』が変わってしまったことを思い知ることになった。

 

 

「ヴェーダの情報を餌にすれば、必ず会えると信じていたぞ!」

 

 

 餌。その言葉に、はやぶさは息を飲んだ。

 

 『彼』は決して卑怯な真似はしなかった。相手を罠にかけるという卑怯な戦術を、誰よりも嫌う性格をしていた。正々堂々、全力でぶつかり合うことを好み、それを至上としていたのに。

 誰かの大切なものを人質/餌にするようなことを、率先して行うような性格ではなかったのに。『自分』が行方不明――実質敵には死亡扱い――になっていた間に、一体何が起こったというのか。

 元からエクシアを(いろんな意味で)困らせていたけれど、そこまで酷くはなかった。確かにこんな変貌を遂げてしまえば、オーバーフラッグの面々がオロオロするのも頷ける。はやぶさの場合は、彼らとは違う感情が湧き上がっていた。

 

 

「まさか、あんたがヴェーダの情報を!?」

 

「その通りだ! あの情報は、キミをおびき出すためのもの!」

 

 

 エクシアの面影を宿す機体――ダブルオーの問いに、『彼』は悪びれる様子もなく答えた。

 彼女は急ぎの用事がある様子だった。スターゲイザー-アルマロスも、困ったようにため息をつく。

 ダブルオーたちと行動を共にする異界の英雄たちも同じらしく、「何しに来たのコイツ」と言いたげな眼差しを送っていた。

 

 

「どいてくれ! 今は、あんたに構っている暇はないんだ!!」

 

 

 ダブルオーは切実な響きを持って訴える。だが、『彼』は何を思ったのか、

 

 

「邪険にあしらわれるとは……ならば、キミの視線を釘付けにする! 今日の私は、阿修羅すら凌駕する存在だ!!」

 

 

 鞘から武器を引き抜き、ダブルオーに突きつけた。戦え、と、『彼』の纏う覇気が訴える。

 その口調はまるで、何かを懐かしみ、その光景を慈しんでいるようにも見えた。

 

 

「ようやく巡り会えたこの機会……。乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない」

 

 

 『彼』は噛みしめるように呟く。そこは以前と変わっていない。

 

 「何を言ってるんだこの人」――周囲の面々が反応に困っている。彼らの困惑が手に取るように伝わってきた。

 スターゲイザー-アルマロスは、どこか懐かしそうな眼差しを向けている。

 彼女は『彼』が暴走する様子を、「わあ元気ですねえ」程度のノリで流してしまえる猛者であった。

 

 もうどうしたらいいかわからない、と、ウルトラマンや仮面ライダーたちが頭を抱えている。知り合いなら何とかしてくれと、彼らはダブルオーに視線を送った。

 はやぶさは知っている。それは、彼女にとって相当の重荷であることに他ならない。ダブルオーが申し訳なさそうに肩を落としたのを見た彼らは、状況を察したらしい。

 

 彼らの予感を決定づけるかのように、『奴』は語り始める。

 

 

「そう。ガンダムの存在に、私は心奪われたのだ! この気持ち、まさしく愛だ!!」

 

「愛!?」

 

 

 いきなりの愛の主張に、ダブルオーは素っ頓狂な声を上げた。『彼』の口調や言っている内容も以前と変わらないのに、明らかに『彼』は変貌してしまったように思える。

 スターゲイザー-アルマロス以外の面々がドン引きしていた。ある種の恐怖を感じ取ったのだろう。みんな、不審者を見るような眼差しを『彼』に向けていた。

 

 

「……あのー、あれはどうにもならないんですか?」

 

 

 ウルトラマン・メビウスが恐る恐ると言った感じで問いかけてきた。『奴』の言動を真正面から受け止めようとして、精神が悲鳴を上げているらしい。

 

 SAN値直葬という言葉がよく似合うメビウスに対し、スターゲイザー-アルマロスはのほほんと微笑む。

 今までの言動を思い返すと、彼女は意外と図太かった。『奴』の言動を見ても、平然としているためである。

 

 

「ふふ。相変わらずだなぁ、あの2人」

 

「……アンタも動かないってことは、そういうことかよ……」

 

 

 ウルトラマン・ゼロも苦い表情を浮かべる。その横顔がげんなりとしているように見えたのは、決して気のせいではない。あの様子だと、ゼロは彼女によって、恋愛云々についてがっつりと根掘り葉掘りされたように見えた。

 彼の父親――七番目のウルトラマンも、もれなく餌食になりそうな気がしてならない。一児の父親ということは、妻に当たる相手とのアレやコレがあるわけだから、彼女が食いつかないはずがないのだ。

 他にも、スターゲイザー-アルマロスに対して苦手意識を抱く面々もいた。いや、恋愛系の話には乗り切れないでいる様子だ。ダブルオーたちが所属するチームは、男性が9割を占めている。……これ以上話すと埒が明かないので、閑話休題といこう。

 

 盛大に愛を叫んでいたはずの、『彼』の表情が曇る。どろりとした闇を湛えたように、カメラアイが黒光りした。昏い輝きにぞっとする。

 

 

「だが、愛を超越すれば、それは憎しみとなる。――だから、私はキミを倒す!」

 

「あんたは……ッ」

 

 

 歪んでいる、と続けようとしたダブルオーが言葉を止めた。「お前が歪んだ原因は俺なのか?」――彼女の視線は、そう問いかけている。

 彼女の心を察知したのだろう。ほんの一瞬、『彼』は沈痛そうな表情を浮かべる。そうして、ダブルオーを気遣うような眼差しを向けた。

 何かが脱線してしまっても、『彼』がダブルオーに向ける想いは変わらなかった。愛とは、そういう感情のことを言うのだ。はやぶさは1人、納得する。

 

 誰かを傷つけるようなものは、愛と呼べるものとはいえない。

 いつかどこかで聞いた言葉。恋する少年が言っていた言葉だ。

 

 

「……私には、“これ”だけしかないんだ。いくら歪んでいると非難されようとも、こうしてキミに挑み続けるしかない」

 

「マ■■オ……」

 

 

 ダブルオーは、震えた声で『彼』の名前を呼んだ。名前を呼ばれるとは思わなかったのか、『彼』は一瞬目を見張る。

 

 

「嬉しいな。初めて、名前を呼ばれた。……いいや、違うな。私が『覚えていない』だけか」

 

 

 『彼』は、何かを手繰り寄せるように考え込む。

 幾何かの間をおいて、『彼』は悲しそうに微笑んだ。

 

 

「私がキミに挑み続ける本来の理由は、今、私が口にしたもの――あるいは認識しているものとは違うのだと思う。……いや、違うはず、だった」

 

「はぁ? アンタ、何訳の分からないことを言ってるんだ?」

 

 

 自信なさげに言葉を紡ぐ『彼』の様子に、ゼロは違和感を感じたらしい。最も、「何を言っているのか分からない」にウエイトを置いたツッコミであったが。

 

 ここで、『彼』は初めてダブルオー以外の存在に興味を示したようだ。目を瞬かせ、ゼロに視線を向ける。

 どこかぎこちない反応に、ゼロは眉間に皺を寄せた。『彼』の様子がおかしいと察したためであろう。

 「ああ」と、『彼』はゼロの言葉に対して相槌を打つ。その声は、先程のような感情に溢れた叫びとは程遠かった。

 

 まるで、機械の合成音声を彷彿とさせるような、平坦な声。『彼』を知っている者が聞いたら、確実に凍り付くレベルのものだ。かくいうはやぶさも、その1人に入る。

 メビウスや仮面ライダー・オーズも、本能的に「彼は何かがおかしい」のだと察したらしい。流石は歴戦の英雄。力を失っていても、その実力は伊達じゃない。

 

 

「訳有って、私は自分の記憶を信用できない状態にある。今、こうしてキミたちと会話した内容も、後で『ヤツ』に消されるか、『ヤツ』の都合のいいように改竄されるのだろうな。……しかも、私が『消された』、あるいは『改竄された』と自覚できるようにしているあたり、相当性質が悪いようだ」

 

「そんな酷いことをされているのに、どうして貴方は『ヤツ』に従っているんですか!?」

 

「……どうして、か」

 

 

 憤るメビウスに、『彼』は自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

 

「道化でなければ、守れないものがある。そうなってでも、失いたくないものがある。取り戻したいものがある」

 

 

 カメラアイは、真っ直ぐにダブルオーを映し出した。

 

 

「……今の私が、確固たる確証を持って信用できるものは、ただ1つ」

 

 

 万感の思いを込めた眼差しに、彼女は思わず息を飲む。

 

 

「――“最期まで、キミを見つめていたい”。……それだけなんだ、“少女”」

 

 

 少女、というのは、ダブルオーが嘗てエクシアだった頃、『彼』が彼女の愛称として使っていたものだった。彼女が己の名を『彼』に明かすまで、そう呼ばれていた。

 そういえば、『彼』は、ダブルオーと遭遇した後も、彼女の名前を呼んでいない。『彼』の性格上、機体名が変わったとしても、エクシア呼びで突っ込んで行きそうだ。

 エクシアの名前を知った際、『彼』の喜びようは半端なかったのだ。はやぶさ――当時のカスタムフラッグやオーバーフラッグたちに自慢していた程だったから。

 

 名前を知った以後は、頻繁に彼女をエクシアと呼んでいた。そんな『彼』が、名前を知らぬ頃の愛称でダブルオーを呼んでいる。

 『彼』の言葉から違和感の正体を察してしまったダブルオーが、驚愕に目を見開いた。彼女の声が戦慄く。

 

 

「あんた、まさか……!」

 

「はは。キミの名前すら『忘れて』しまった。……その名前を告げるのに、キミがどれ程の勇気を必要としていたか……辛うじてだが、まだ覚えているのにな」

 

 

 『彼』は痛々しいほど儚げな笑みを浮かべる。今にも泣き出してしまいそうな気配が漂った。

 

 以前だったら、決して浮かべたことのない表情(かお)だ。

 だが、それはすぐに、決意と激情に歪んだ。

 

 

「……だからこそ、私は――!!」

 

 

 刀を模したサーベルを振り上げ、『彼』はダブルオーたちに迫る! 彼女も覚悟を決めたように、ビームサーベルを構えた。他の面々も迎撃態勢を取った。戦いが始まろうとしている。

 はやぶさはそれを見ていた。少し離れた場所から、英雄たちと『彼』とのやり取りを聞いていた。そうして、思ったことがある。ただただ、感じたことがあった。それはとても簡単なこと。

 鞘から日本刀を模したブレードを引き抜き、はやぶさはGNドライヴおよびESP-Psyonドライヴを作動させた。青い燐光を纏い、翡翠色の粒子をまき散らしながら、『彼』と『彼女』の間に割って入るかのように突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリロバイトを退けたダブルオーは、アリオスに掴った。即座にアリオスがトランザムを発動し、2機は海面へ向かって行く。ソレスタルビーイングには、可変機=タクシーという方程式でもあるのだろうか。クーゴはそんなことを考えた。

 思い返せば、デュナメスがキュリオスの上に乗ってテロリストたちを狙い撃っていた映像を目にしたことがある。確か、あれはタクマラカン砂漠での出来事だった。連鎖的にMD大暴走の記憶が引っ張り出されてしまったのは仕方のないことだろう。

 セラヴィーとケルディムは海中に残ることにしたらしい。他の罠を警戒しているようだ。賢明な判断だろう。指揮官がいると思しき旗本艦を潰す役目は、ダブルオーとアリオスに任されたという訳である。

 

 はやぶさとスターゲイザー-アルマロスは、役に立たなくなったEソナーの代わりに、サイオン波を使った人力ソナーでの索敵を行っていた。正直、海底よりも海上に大量の反応が見られる。己の身を苛むような寒気を感じるのは何故だろう。

 索敵結果をプトレマイオスクルーへ伝えた後も、クーゴは海面へと視線を向けた。悪寒が段々と強くなってくる。このままでいたら、何かまずいことになるという確信があった。はやぶさのカメラアイには、海上から差し込む光が揺らめく様子が映し出されている。

 

 次の瞬間、海上から、水をぶち破るかのような振動が襲い掛かってきた。水面が激しく紋を刻む。

 

 

「な、なんスか今の!?」

 

「上空からの砲撃か!?」

 

 

 リヒテンダールとラッセが水面へと視線を向けたのが『視えた』。先程の衝撃が余程のものだったのか、プトレマイオスの動きを拘束していた樹脂繊維がぶちぶちと切れる。

 艦体は大きく傾いたものの、操舵が復活したおかげで即座に体制は整えられた。攻撃で使用不可になっていたEソナーが回復するのももうすぐであろう。

 

 

「やりぃ! 怪我の功名ッス!」

 

「調子に乗らない!」

 

「Eソナーおよびセンサー、機能回復です! ――アロウズの新型機、反応多数!?」

 

 

 もう窮地を脱出した気でいるリヒテンダールに、クリスティナが厳しいツッコミを入れた。

 2人のやり取りは夫婦漫才みたいなように思える。状況が状況でなければ、微笑ましい光景だったであろう。

 そんな夫婦漫才を尻目に、ミレイナがEソナーおよびセンサーの復旧を告げた。間髪入れず、彼女は金切り声をあげる。

 

 プトレマイオスのEセンサーが、海上にいた反応を映し出しているのが『視えた』。旗本艦と思しき戦艦の周囲には、Unknownと銘打たれた機体やMDが飛びまわっている。

 映像がピックアップされた。白と紫に翼を持つ、謎の新型機。その佇まいは天使のようだが、緑に輝くモノアイの瞳が異様さを引き立てている。あれは、天使と言う名の悪魔だ。

 

 クルーたちがざわつく。連邦、あるいはアロウズの新型MSを目の当たりにしたのだ。その気持ちはよく分かる。

 

 

「戦艦からMS部隊、来ます!」

 

 

 フェルトの声が響いた。その脇には、戦況を険しい顔つきで見つめるアニューの姿がある。出撃前、ボロ雑巾同然のロックオンが、転がるようにしてケルディムに乗り込んだ姿を見かけたのだが、3人はちゃんと和解(あるいは妥協)できたのだろうか。閑話休題。

 画面には、変わった外観をしたアヘッドと対峙するダブルオー、ジンクス部隊と対峙するアリオスが映し出される。クーゴの目を惹いたのは、アヘッドだ。兜を被った武者を連想させるような佇まいに、刀を彷彿とさせるような形状のビームサーベル。その太刀筋は、クーゴの型と似ていた。 

 

 あの方を知っている人間は、ユニオン関係者くらいのものだ。その中でも、クーゴと同じ型を再現できるような人間はいない。

 ――そういうものに惹かれていた物好きなら、クーゴはよく知っていた。まさか、アヘッドに乗ってダブルオーと交戦している奴は。

 

 

『なんという僥倖……! 生き恥を晒した甲斐があったというものだ!!』

 

 

 何とも言えない予想を肯定するかのように、奴の声が響き渡った。

 

 グラハム・エーカー/ミスター・ブシドーの搭乗するアヘッドは、流れるような剣技でダブルオーと鍔迫り合いを繰り広げる。太刀筋はクーゴのものをベースにしているため、自分がダブルオーと戦っているような図を眺めているような気がしてきた。

 胸を潰されるような痛みが走る。これは、ブシドーの想いだ。残された親友とともに、失ってしまった親友の想いを背負って飛ぼうとしていた。親友を人質に取られた。行き場のない籠の鳥は、それでも空へ焦がれていた。赤黒い機体を見上げる研究者が、歪んだ笑みを浮かべた姿が『視える』。

 開発途中の新型機。エイフマンの弟子であるビリーが、ブシドーのために作り上げた機体だ。フラッグの系譜を継ぐ“それ”は、クーゴと交わした約束の結晶でもある。その機体は、初陣の瞬間を待ち構えているかのように見えた。

 

 

「……あいつら! 俺のコンバットパターン、覚えた上に組み込んだのか……!!」

 

 

 クーゴは歯噛みした。自分が社会的に死んでいたことは知っていた。だが、まさか、親友たちがそんなことをやり遂げてしまうとは思わなかったのだ。

 特にグラハム/ブシドーは、クーゴの型を完璧に再現するために、計り知れない努力をしたのだろう。あいつは、負けず嫌いで執念深い男だ。

 

 

「この動き……何か変だわ」

 

 

 センサーと睨めっこしていたスメラギが、眉間に皺を寄せて敵の動きを見つめている。次の瞬間、クーゴの眼前に、海上の様子が広がった。戦況の動きが『視える』。

 

 背後の甲板から、MS部隊が空へと飛びあがったのが見えた。先陣を切ったのは、ブシドーの搭乗するアヘッドとは違う型のものだ。その機体は可変型のガンダムに狙いを定める。こちらも派手な鍔迫り合いを演じていた。優勢なのはアヘッドの方である。しかし、アロウズのMS部隊は、なかなか攻めきれないでいた。

 彼らは新型機の周辺にMDが集まりにくくなるようにしながら、ガンダムを迎え撃っている。スメラギはそれを指摘して、首をひねった。アロウズにとってその戦術は、普通に戦うより精神的に辛いものである。どうして彼らは、味方の妨害をするかのように布陣を組んでいるのだろう。

 

 

「まさか、あのときの衝撃は――!!」

 

 

 スメラギは、はっとしたように顔を上げた。即座にデータを打ち込み、情報を確認する。幾何の間をおいて、スメラギの横顔がこわばった。

 データの数字がとんでもない数値を叩きだしている。先程の衝撃が敵からの攻撃だったと仮定し、空中及び地上でその攻撃を受けた場合の被害状況を確認したのだろう。

 

 

「この数値……地上および空中の、半径数キロから数十キロ範囲が焦土と化す威力です」

 

「何ィ!? じゃあ、あの新型機のパイロットは、旗本艦や友軍も吹き飛ぶと分かってて、そんな武装を展開したってことか!?」

 

 

 フェルトとラッセ表情を戦慄かせた。水中だったから、威力が大分抑えられていたらしい。

 

 

「アロウズの指揮官は、不完全で不確かながらも、この武装のことを予測していた……。だから、新型機の広範囲攻撃から逃れるために回避行動を取ったのね。……そして、その武装を展開させないよう、MS部隊を配備させている。――この場にいる自軍の命を、守るために」

 

 

 スメラギの声がひどく震えていたのは、何故だろう。クーゴがそれを疑問に思う前に、プトレマイオスのセンサーがけたたましく鳴り響いた。レーダーに機影が映し出される。機体は――ユニオンフラッグやAEUイナクトを中心とした構成だ。

 太陽炉非搭載型の機体を中心にしている部隊は、反政府組織くらいしかない。しかも、アロウズのMS部隊より倍の機体数で隊を組んでいるということは、反政府組織の中でもかなりの力を有している組織だ。そうなれば、答えは1つ。カタロンが、ソレスタルビーイングの援護に入ったのだ。

 この連係は、自分たちの意図したものではない――スメラギの目がそう語っている。アロウズのMS部隊は、突然の乱入者に対応するため動き出した。当たり前のことであるが、新型機への注意が散漫になる。

 

 カタロンの連中と、アロウズ及びガンダムのMSと戦艦を取り囲むようにして、新型機たちが陣取っているのが視界の端に映った。

 しかも、端と端に1組づつ、目を惹くような陣形を組んでいる。それを目にした途端、クーゴの背中に激しい悪寒が走った。

 

 

「いけない!」

 

『イデア、若造!』

 

 

 スメラギが声を荒げた。割り込むようにして、ベルフトゥーロの思念が流れ込んでくる。彼女はマリナの傍についていたため、通信できるようなものは思念波くらいしかない。

 

 

『行って! でなきゃ、大変なことになる!!』

 

 

 ベルフトゥーロの思念に背中を押されるような形で、クーゴ/はやぶさとイデア/スターゲイザー-アルマロスは顔を見合わせ頷いた。

 先程海上へ飛び出したダブルオーとアリオスに倣い、飛行形態のはやぶさにスターゲイザー-アルマロスが捉まる。

 

 

「トランザム! ――サイオン、フルバースト!!」

 

 

 己の持ちうるサイオン能力を爆発させる。青い光が舞い上がり、普通からは想像できない勢いではやぶさが加速した。

 一歩先に海上へ向かったダブルオーとアリオスよりもずっと速く、海面へと近づいていく。

 

 

「――いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 間髪入れず、はやぶさとスターゲイザー-アルマロスが海上へと飛び出した。眼前には、陣形を組んだ新型機が広がる。彼らの羽が、この場を覆いつくさんほどの光を爆ぜさせた。

 スターゲイザー-アルマロスがはやぶさから手を離し、即座にトランザムとサイオンバーストを発動させた。青い光が煌めく。コンマ数秒で、新型機との距離が迫る。

 はやぶさがガーベラ・ストレートを握り締めて居合の型を取り、スターゲイザー-アルマロスがアームズについたブレードを展開し、舞い散る光を、光ごと一刀両断した。

 

 追撃とばかりに、スターゲイザー-アルマロスを中心にして防壁が展開し、凄まじい風が巻き上がる。真っ二つに引き裂かれた光は、風によって吹き払われた。

 

 コンマ数秒後、遠くに飛ばされた光の残骸が爆ぜる! 残骸は四方八方に降り注いだが、広範囲且つ遠くへ吹き飛ばされたためか、威力は疎らなものだった。先程海中で感じた衝撃には程遠いであろう。

 アロウズの旗本艦やMS部隊、ダブルオーやアリオス、特別な改造が施されたアヘッドたち、カタロンの太陽炉非搭載型MSたちも、スターゲイザー-アルマロスの展開した防壁のおかげで傷一つついていない。

 

 爆発の余波で、新型の下位互換機と思しきMDが爆発四散した。新型も無事では済まなかったようで、羽の一部がえぐれている。しかし、新型の羽は、徐々にではあるものの自己修復が始まっていた。

 

 

(ナノマシンによる自己修復……! 虚憶(きょおく)由来の技術でも、実現が『可能そうで難しい』と言われたヤツを搭載してるのか)

 

 

 新型機たちは陣形を解いて、この場から逃げるように飛んでいく。

 状況が状況でなければ追撃した方がいいのだが、アロウズ、カタロンとの三つ巴状態である。

 下手に動くことはできない。彼らはじっとにらみ合いを続ける。

 

 クーゴ/はやぶさは、武者のような佇まいのアヘッドへと視線を向けた。少し離れたところにいるダブルオー/刹那も、武者のようなアヘッド――否、グラハム・エーカー/ミスター・ブシドーへ視線を向けていた。

 

 

「グラハム」

 

『……グラハム・エーカー』

 

 

 クーゴが嘗ての友人の名を呼べば、ほぼ同じタイミングで、ひどく震えた刹那の声が『聞こえた』。

 茫然とグラハム/ブシドーを見つめる刹那の横顔が『視える』。卒倒一歩手前の、愕然とした表情だ。

 

 アヘッドを見つめるダブルオーは、パイロットである刹那の心が反映されているかのようだった。幾何かの間をおいて、アヘッドのカメラアイが静かに輝く。クーゴは思わずアヘッドを見た。

 仮面をつけた男――ブシドーが、今にも泣き出してしまいそうな顔を浮かべた様子が『視えた』。それでも、なんとか微笑もうとしているかのように口元を震わせる。苦しそうに、悲しそうに、寂しそうに、彼は目を伏せた。

 その光景が終わった直後、武者のようなアヘッドは、自分たちに背を向けた。眼下には、アロウズの旗本艦とMS部隊が撤退していく様子が伺える。アロウズは、この場から一端引いて体勢を立て直すことにしたようだ。

 

 カタロンのMS部隊は、彼らに追撃する様子はない。彼らの目的は、ソレスタルビーイングとの合流らしかった。

 

 

「ラッキー……では、なさそうです」

 

 

 イデアはぽつりと呟いた。眉間には皺が寄っている。彼女は、カタロンが自分たちの完全な味方であるとは思っていないようだ。

 過激派の中心となっている武装組織カタロンは、ソレスタルビーイングの理念とはそりが合わなさそうである。

 相手が求めているのは、疑似太陽炉搭載型と戦うための力だ。アロウズの支配を打ち砕く力。――あくまでも、戦力として。

 

 もし、ソレスタルビーイングがカタロンとの共闘を拒んだら、カタロンはどんな反応を示すだろうか。特に、ケルディムのパイロットであるロックオン(ライル)は、カタロンの関係者である。ヘタをしたら、ケルディムが寝返るなんてこともあり得そうだ。

 ロックオン(ニール)がその現場を目の当たりにしたら、修羅場は一気に加速するだろう。そう考えて、クーゴははたと止まった。どうしてクーゴは、「この場にロックオン(ニール)がいたら」という予想を巡らせているのだろうか。

 

 不意に、虚憶(きょおく)が『視えた』。焼野原の男と対峙するロックオン(ニール)の前に降り立ったケルディム。パイロットはロックオン(ライル)だ。顔を合わせた2人が、何やら不穏な会話を続けている。状況が戦場でなければ、即座に兄弟喧嘩コースへまっしぐらだったであろう。彼らが踏みとどまったのは、焼野原の男がいたからだ。双子はぐだぐだと会話しながらも、的確な連携で焼野原の男を追いつめていった。

 

 

(……もしかして、双子が揃うのか?)

 

 

 クーゴがそんなことを考えたとき、プトレマイオスから通信が入った。このまま、カタロンと合流することになったらしい。

 プトレマイオスが海中から浮上する。ガンダムたちも水中から姿を現し、カタロンのMS部隊の誘導に従った。

 

 ダブルオー/刹那は、ただ茫然と、アヘッド/ブシドーの去っていった方角を見つめていた。フェルトやミレイナの呼びかけで、漸く我に返ったようだ。殿につく。

 はやぶさ/クーゴとスターゲイザー-アルマロス/イデアは、最後尾のダブルオー/刹那に視線を向ける。――なんだか、見ていて胸が痛くなってきそうな姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那がよく知るグラハム・エーカーは、晴天の空を思わせるような笑顔を浮かべた男だった。どこまでも一途で、真っ直ぐで、生真面目で、妥協を知らなくて、負けず嫌いで……とかく、面倒な男であるともいえる。

 

 だが、今。アロウズの新型アヘッドに搭乗していた男は、矛盾をはらんだ目をしていた。何かを諦めながらも、何かを求めているかのような、悲痛な瞳。

 クーゴの反応からして、「グラハムがアロウズに身を寄せている」ことや「何か大変なことになっている」ことは察していた。ロクなことでない、と。

 その詳細を、刹那は今、目の当たりにした。グラハムは、自軍が巻き込まれることも厭わず広範囲兵器を起動させようとする者たちと水面下で駆け引きを行っていた。

 

 それだけではない。相手に悟られぬようにと計算しながら、それとなく刹那とダブルオーを庇ったのだ。

 あのとき、彼のアヘッドが体当たりを仕掛けてこなかったら、ダブルオーは広範囲兵器の攻撃によって塵芥になっていたであろう。

 

 

「グラハム・エーカー……」

 

 

 グラハム自身は何も言わなかったけれど、彼の剣は叫んでいた。ただ真っ直ぐ、刹那を求めていた。星に手を伸ばし、届かないと落胆し、それでも手を伸ばすことをやめない子どものように。

 彼は、あんな風に、儚く笑うような男ではなかった。悲痛さを孕んだ笑みを浮かべるような男ではなかった。何かを飲み込んで、泣きそうな――歪んだ笑みを浮かべた彼を見たのは、初めてだった。

 

 

「どうして――」

 

 

 震えた声が漏れた。次の瞬間、頭の中にノイズが走る。

 悲鳴、絶望、闇の底。妖艶に嗤う女の顔が『視えた』。

 

 一度、刹那はそうやって嗤う女を見たことがあった。4年前、京都で、白いワンピースを着ていた刹那を水たまりへ突き飛ばした相手だ。クーゴの実の姉――蒼海。

 

 何故、あの女の顔が見えたのだろう。刹那が首を傾げたとき、不意に、言葉にできぬ息苦しさを感じて胸を抑えた。悲鳴、絶望、闇の底。見上げた空に、緑の光が舞う。白と青を基調にした機体――刹那の乗る、ガンダムが見えた。

 羽をもがれた鳥は、ずっと空を見つめている。その鳥の姿は、仮面をつけた金髪碧眼の男へと姿を変えた。あの仮面と陣羽織を、刹那はよく知っている。片方はグラハムが購入したのを見かけたし、もう片方は刹那が似合うと言ったものだった。

 虚ろな緑が刹那を捕らえた。能面みたいな顔が、ありとあらゆる感情をごちゃまぜにしたように歪む。助けを求めるようでもあるし、刹那を突き放すようなものでもあったし、何かに祈っているかのようにも見える。

 

 

『――……』

 

 

 彼の口が動く。少女、と、その口は紡いでいた。

 

 久方ぶりにその愛称で呼ばれた。刹那が彼に本名を告げる以前の愛称。刹那が名乗ってからは、ほぼ名前で呼ばれるようになった。名前を教えてもらえたことが余程嬉しかったのだろう。一音一音確かめるように、「刹那」と紡いでいた姿が脳裏によぎる。

 しかし、グラハムは刹那の名前を呼ばなかった。その代わりとでも言わんばかりに、グラハムは嘗ての愛称で刹那を呼び続ける。刹那がその違和感に気づいたのと入れ替わりに、グラハムは口を動かした。何かを紡ぎかけ――けれど、彼は悲しそうに目を伏せる。

 

 それきり、グラハムは口を真一文字に結び、首を振った。懐から何かを引っ張り出し、縋りつくようにしてそれを握り締める。

 空の色を思わせるような青い扇。すべてが始まる前に、刹那がグラハムに贈った誕生日プレゼントだ。ちりん、と、澄み渡った鈴の音が響く。

 瞬きすると、刹那の前には、見慣れたコックピットの光景が広がっていた。しかし、胸の苦しさはじくじくと残り続けている。

 

 

「刹那、大丈夫?」

 

 

 フェルトの声が、遠くから響く。

 

 

「セイエイさん、どうかしたのですか?」

 

 

 ミレイナの声も、遠くから響く。

 

 ああ、なんだろう。

 刹那は息苦しさをやり過ごそうとする。

 

 フェルトの声が、また、遠くから響いた。

 

 

「刹那、応答して」

 

「――胸が……」

 

「え?」

 

「胸が、痛い――?」

 

 

 その痛みの答えを、刹那はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ビサイド・ペイン?」

 

『ああ。今から15年前に、マザーから譲り受けたデータがあっただろう? あの力を持っていた人物――人格だよ』

 

 

 そう言ったリボンズの横顔は、どこか寂しそうだった。

 

 

『懐かしいな。……反抗期の弟みたいな存在だったから』

 

 

 彼は俯いていたが、すぐに顔を上げた。リボンズの後ろには、まだ秘匿するつもりのリボーンズガンダムが佇んでいる。

 その脇には、『悪の組織』および『スターダスト・トレイマー』の第1幹部たちが搭乗する機体――ガラッゾやエンプレスたちが並んでいた。

 どの機体も出撃準備は万端である。リヴァイヴとヒリングがコックピットに乗り込むのが『視えた』。ブリングやデヴァインもそれに続く。

 

 彼らの目は燃えていた。怒りの矛先にいるのは、アニューの恋人――ライル・ディランディである。

 “ベルフトゥーロを迎えに行く”だけのはずだったのに、別な目的の方にウエイトが傾いている気がした。

 

 

『じゃ、ちょっと頑張ってくる』

 

「程々にお願いします。カタロンは1人身が多いですから」

 

 

 テオドアの言葉が最後まで紡がれる前に、リボンズの思念波および脳量子波が途切れた。もう1度繋ごうとしたが、ぶっつりと途切れてしまっている。これはもうだめだ。テオドアは匙を投げた。

 

 こうなってしまっては、リボンズたちがやらかすことに関して、テオドアは何もできないだろう。

 今できることは、レイヴたちの仲間探しを見届けることだけである。テオドアは操縦桿を握り締めた。

 

 テオドアのガンダムが動き出す。コックピットには、目的地が表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。


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