大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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幕間.ミスター・ブシドーは希う

 『ソレスタルビーイングの母艦が海底に潜伏している』という情報がミスター・ブシドーの端末に届いたのは、丁度今しがたのことであった。

 

 画面をスクロールさせると、作戦行動への参加要請が出ている。要請と銘打たれているが、実際は強制だ。……最も、たとえ強制でなかったとしても、この機会を逃したいとは思わないのだが。

 “この作戦に参加すれば、ブシドーの望む場所にたどり着ける”――乙女座の勘が、そう主張していた。予感でもあるし、ブシドーが前を向いていられる希望でもある。ブシドーは黙々と情報を確認していく。

 

 

「陣頭指揮はアーバ・リント少佐、同行者はカティ・マネキン大佐か……」

 

 

 アーバ・リントもカティ・マネキンも、アロウズの指揮官である。但し、前者と後者にはマリアナ海溝並みの差があった。

 カティはAEUが誇る指揮官であり、ソレスタルビーイング壊滅戦でも陣頭指揮を執っていた。彼女の采配は素晴らしいものであるし、良識人として人望も兼ね備えている。

 対して、リントに関しては悪い噂しか聞かない。彼は非戦闘員や民間人を巻き込むだけでなく、非人道的な手段を行使することすら是としているタイプだ。

 

 率直に言う。ブシドーは、リントのようなタイプが気に食わない。本来の自分――嘗てのグラハム・エーカーは、そういう姑息な手段を使う人間に対して、物申さずにはいられない性質だった。例え最後には従わざるを得なくとも、声を上げて訴えただろう。

 しかし、ブシドーにはそれができない。自身もまた、姑息な手段を使う人間の手駒として存在しているためだ。何度も何度も、この手を汚した。アロウズの闇の底に身を窶したブシドーは、もう、元の場所へ『還る』ことは不可能である。あの場所へ『還る』には、あまりにも闇に浸りすぎたのだ。

 

 

(……それでも、私には、まだ、できることがある。……そう、思いたい)

 

 

 ブシドーは、祈るようにして端末を握り締めた。

 

 つがいのお守りが揺れて、澄んだ鈴の音色が響く。挫けてしまいそうな己を奮い立たせてくれる、優しい音色だ。

 ブシドーに残された時間も、与えられた選択肢も少ない。おまけに、どれもこれも不本意なものばかりである。

 だからといって、諦めたかと問われれば否だ。自分の運命の相手だって戦っている。彼女の好敵手(ライバル)を名乗る男が、潰れていいとは思わない。

 

 『還れない』自分の末路を、ブシドーは十二分に『分かっていた』。いつか、少女にとってのグラハム/ブシドーは、単なる遠い過去になるのだろう。生きていくうえで、時折、「ああ、こんな男がいたんだった」と思い返す程度の存在になる。

 グラハム/ブシドーにとっての少女は、世界をひっくり返すほど鮮烈な存在だった。己のすべてを賭して追いかけた相手であり、己のすべてを賭して愛した、運命の相手である。今この瞬間も、グラハム/ブシドーは少女に思いを馳せているのだ。

 

 正直、ちょっとばかし、不公平だ。自分ばかりが、少女を追いかけているように思う。

 

 嘗てブシドーがグラハムだった頃、一方的だと言われようが構わなかった。彼女に手を伸ばし続けることがすべてで、手を握り返されたときのことなんて一切考えていなかった。

 だから、同じ想いを抱いてくれたことを知ったときは驚いたものだ。驚きは一瞬で喜びへと変化し、幸福へと至る。グラハムは、それを抱え込むので手一杯だった。

 彼女に相応しい存在でありたいと願うようになったのも、同じ頃からだったと思う。結局は、自分の無力さと弱さを思い知らされ、今では己の行く先すらままならないでいるが。

 

 

「キミは、私を忘れてしまうのだろう。きっとそうだ」

 

 

 囁くように呟いた言葉には、どこか恨みがましい響きが宿っていた。己の女々しさに反吐が出る。

 運命なんて変えられない。未来なんかどこにもない。分かっているのに、止めることができなかった。

 

 

「……だが、私は存外諦めの悪い男でね。それが取り柄なんだよ、少女」

 

 

 針の穴を通す程度の希望を、ブシドーの眼差しは見据えている。

 

 第3者から見れば破滅への道程だろうが、構うものか。せめて――グラハム/ブシドーの存在が過去になっても、少女にとって、鮮烈なものとして残ってくれたなら。そうして、最期の瞬間に、彼女を見つめることができたなら。

 己すらままならずとも、自分がどう死ぬか/生きるかくらいは決めたい。破滅一直線の、馬鹿馬鹿しいくらいささやかな願いだ。少女にとって、いい迷惑だとは充分承知している。「それくらいしないと思い出してくれなさそうだ」と言ったら、彼女は何と言い返してくれるだろうか。

 

 ブシドーは苦笑しながら、情報を読み進める。そうして、目を留めた。文面を目にしたとき、凄まじい悪寒が駆け抜ける。

 今回の作戦に参加するMSパイロットの名前に、刃金3兄弟――海月、厚陽、星輝の名前があった。最近ロールアウトされたばかりの新型に搭乗するという。

 センチュリオシリーズと銘打たれた異質な機体。天使を思わせる外観だが、不気味に輝くモノアイの瞳が印象的だった。

 

 

『あの機体は、素晴らしい破壊力を有しているわ。MDとしても、搭乗機体としても使える。双方の連携も可能よ』

 

 

 脳裏にフラッシュバックしたのは、センチュリオシリーズの機体性能を語る刃金 蒼海の姿だ。彼女はうっとりとした口調で、ウィンドウに映し出された情報を眺めていた。

 ノイズだらけの記憶を――あまり信頼のおけなくなってしまった記憶を必死に手繰り寄せる。ブシドーの記憶が正しければ、あの機体には広範囲兵器が搭載されていたはずだ。

 

 下手をすれば、同じ場所で作戦行動をしている友軍諸共消し飛ばしかねない。あの3人は、気分次第で広範囲兵器を使用することも厭わないはずだ。ブシドーの思考回路は容易にそれをはじき出す。悪寒がより一層酷くなった。

 

 ブシドーは端末を操作する。今回の指揮官たちに、この情報を報告しておかなくてはならない。邪気にまみれた子どもは、何をするか予想がつかないのだ。

 アーバ・リントにカーソルを合わせた途端、寒気が悪化した。ブシドーの本能が、「こいつには言うだけ無駄だ」、「言っても碌なことにならない」と叫んでいる。

 ならば、消去法でカティ・マネキンだろう。彼女は良識ある軍人だ。きっと、この情報も有意義に活用してくれるだろう。犠牲を減らすよう動いてくれるに違いない。

 

 

(伝えるべきことは……)

 

 

 端末に文章を打ち込む。今、ブシドーが覚えていられる限りのことを――いずれ『消され』、『改竄され』てしまうであろうことを、大急ぎで打ち込んでいく。

 

 冒頭に、『この情報は内密にすること』、『送り主であるブシドーに、内容について尋ねるような連絡や接触は取っていけないこと』、『その連絡が届く頃には、ブシドーはこの情報のことを『覚えていない/いられない』可能性が高いこと』を書き記した。

 次の文面を打ち込み――そのタイミングを待っていたかのように、ずきりと頭が痛んだ。その痛みは、情報を打ち込めば打ち込むほど悪化していく。ブシドーは歯を食いしばって痛みをねじ伏せた。まだ、倒れてはいけない。

 

 

(……あと、すこ、し……!)

 

 

 覚えていた分の情報を打ち終えたのと入れ替わりで、ブシドーは崩れ落ちた。痛みに耐えられなくなったのだ。

 倒れまいと壁に手を伸ばした際、端末が手から離れる。拾い上げようとしたが、体が動かない。

 床を滑るように飛んでいくブシドーの端末は、誰かの足にぶつかることでようやく動きを止めた。

 

 誰かは親切な人間のようで、ブシドーの端末を拾い上げた後、ブシドーの存在に気づいて駆け寄ってきた。

 足音は2つ。女性と男性。「大丈夫ですか?」と響いた声も2つあった。ブシドーはのろのろと顔を上げる。

 

 

「ピーリス中尉……に、……スミノルフ少尉、か」

 

 

 荒い呼吸を整えながら、ブシドーは自分を助け起こしてくれた相手を見上げた。ソーマ・ピーリス中尉とアンドレイ・スミノルフ少尉が、心配そうにこちらを見下ろしている。端末を拾ったのはピーリス中尉だったようで、端末を差し出してくれた。

 受け取って情報を送信したいのは山々だが、多分、頭痛が悪化して失神するのがオチだろう。申し訳ないがと前置きし、送信してくれるように頼めば、彼女は2つ返事で頷いた。端末を操作しようとし――ピーリスの眉間に皺が寄る。間髪入れず、アンドレイも眉をひそめた。

 

 

「これは、一体……!?」

 

「なんだ、これは……!?」

 

 

 多分、端末内に書かれた情報が、2人にとって衝撃的なものだったのだろう。どんな内容、だったのだろうか。頭ががんがんと痛みを訴えている。

 

 意識がぼうっとしてきた。何か、大事なことをしていた途中だったはずなのに、思い出せない。ピーリスとアンドレイが何を疑問に思っているのか、分からない。

 自分の端末に視線を向ければ、余計に頭痛が悪化した。頭が割れんばかりの痛みに見舞われ、ブシドーは思わず頭を抑えて呻く。痛い。痛い。痛い。

 

 

「……そうだ、端末……。……連絡、送らなくては……」

 

 

 うわ言のように頭に浮かんだそれは、そのまま口に出ていたらしい。必死の形相に気圧されたのか、2人は黙って頷いてくれた。

 

 幾何の間の後、送信を告げる音が響いた。

 これで一安心である。ブシドーはほっと息を吐いた。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、すまない。ありがとう」

 

 

 鈍い痛みが残っているが、立てなくなる程ではなくなった。ブシドーはよろめきながらも立ち上がる。――行かなくては。

 

 

「大尉」

 

 

 ピーリスに名前を呼ばれ、ブシドーは振り返った。困惑に満ちた表情のピーリスとアンドレイが、こちらを見返している。

 どうかしたかと尋ねると、2人は顔を見合わせる。変な沈黙がこの場に広がった。

 

 

「……いえ、なんでもありません。今回の任務、宜しくお願いします」

 

「こちらこそ、宜しく頼む」

 

 

 ピーリスはぺこりと頭を下げた。ブシドーも頭を下げ返す。

 

 作戦開始の時間は、刻々と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シンが、死んじゃう?」

 

「ええ。貴女が戦わないから、代わりに彼が死んじゃうの」

 

 

 声が響いた。ブシドーは思わず足を止める。

 

 部屋に近づいて、扉の隙間からこっそりと部屋の中を覗き見た。部屋の中にいたのは、女性――蒼海と、金髪の少女。少女は、外見からして10代であることは明らかである。

 少なくても、成人しているとは思えない。しかも、言動から見るに、実年齢はまだ幼いのだろう。おそらく、刃金3兄弟と似たようなものだ。嫌な予感を感じながら、ブシドーは2人の会話に耳を傾けた。

 

 

「やだ……! ステラ、死にたくない……!」

 

「じゃあ、シンが死んじゃうわね。貴方の身代わりになって、ここから居なくなっちゃう」

 

「ぁ……」

 

 

 ステラと呼ばれた少女は、愕然とした表情で蒼海を見上げた。幼子が怯えるような眼差しに、ブシドーは胸が痛くなった。同時に、蒼海への怒りを募らせる。

 蒼海はまた、卑劣な手を使って手駒を揃えようとしているのだろう。ブシドーだけでは足りないとほざくのか。ブシドーは強く拳を握り締めた。手が小刻みに震えた。

 2人は延々と問答を繰り返す。その度に、ステラはどんどん追い詰められていく。顔面蒼白になったステラは、恐怖で身を震わせていた。

 

 死という言葉に、彼女は異様な怯えを見せる。まるで、その言葉が引き金になっているかのようだ。

 

 蒼海は不気味な笑みを浮かべながら、何度も何度も引き金を引いた。死という言葉を、ステラに突きつける。

 ステラは今、崖っぷちに突っ立っているような状態だ。落ちるのも時間の問題だろう。

 

 

「何してるんだよ、オッサン」

 

 

 背後から声が響いた。振り返れば、不機嫌そうな表情の海月が腕を組んで佇んでいる。おそらく、次の作戦についての話だろう。ブシドーはすぐに合点がいった。

 

 

「次の任務か」

 

「正解! オッサンもわかるようになったじゃないか」

 

 

 海月がへらへらと笑いながら、立石に水の如く、任務内容を喋り出す。

 この様子だと、彼は諜報に向いていない。ブシドーは漠然とそう思った。

 

 

「親プラント派の衛星を破壊する任務だよ。オッサンは敵の露払いを頼むぜ!」

 

 

 そう言い残し、海月は廊下の向こうへと駆けて行った。少年の背中を見送った後、ブシドーは端末へと目を落とした。そこには、アロウズや地球連邦が集めた、カイルスの情報が提示されている。

 半年前の戦いの後、カイルスは散り散りになった。アークエンジェルを中心に集まった連合艦隊の中に、嘗てのグラハムが焦がれた相手が所属する組織がある。ソレスタルビーイングも、この世界のどこかで息をひそめているに違いない。

 カイルスに属する団体や参加している個人個人が、今回の任務のように、無辜の人々を虐殺するようなことを赦すとは思わない。カイルスに所属するどの団体/誰かが、確実に行動を開始するだろう。

 

 今回の任務には、どの団体が阻止に来るのだろうか。

 

 

(できることなら、ソレスタルビーイングが――……彼女が、いい)

 

 

 名前も思い出せなくなったけれど、ブシドーにとっては大切な相手だ。自分の運命の相手と言っても過言ではない。彼女は、歪みを破壊するために戦う少女だった。

 地獄の底から見上げる希望は、何よりも尊く美しい。それがあるから、ブシドーはこうやって生きていられる。――生きていたいと、思うのだ。

 

 ブシドーは端末を握り締めた。つがいのお守りが揺れて、澄んだ鈴の音色が響き渡る。このお守りは、「離れた恋人たちが、互いを想いあうもの」だったはずだ。

 

 彼女から手渡された銀色のハートは、貰った当時から何も変わらず輝いていた。その煌めきを見ていると、少女の想いもブシドーと同じく代わっていないのではないかと、馬鹿馬鹿しいことを考えてしまう。今のブシドーは、到底少女に釣り合うようなものだとは思えない。

 あの頃とは大きく様変わりしてしまったグラハム/ブシドーだけれど、根底にあるものは変わらないと信じたかった。いずれその理由を忘れてしまうとしても、ブシドーは、少女を見つめ続けていたい。――例えその末路が、己の破滅だったとしても。

 

 

 

*

 

 

 

 果たして、ブシドーの望みは叶った/予想は的中した。

 

 惑星の破壊を防ぎに来たカイルスは、ソレスタルビーイングが中心となったチームだった。彼らは人々を救出しながら、アロウズの連中と大立ち回りを繰り広げる。

 ブシドーは周囲を見回した。センチュリオシリーズの機体を駆る刃金3兄弟が、同シリーズの下位互換機をMD部隊として率いている。奴らの動きには注意しなくてはならない。

 奴らが“ある一定の布陣”を組むことが、センチュリオシリーズが誇る広範囲兵器の発動条件だ。一度それが発動されれば、惑星や戦艦、敵味方の区別なく、何もかもを消し飛ばすだろう。

 

 

(今のところ、その布陣が並んでいる様子はないようだな……)

 

 

 カイルスのロボットたちは、センチュリオシリーズに対して善戦している様子だった。旧世代のガンダムでは追いすがれないと蒼海は言っていたが、パイロットの腕と経験がその差を縮めている。

 特に、少女が駆るガンダムエクシアは、海月の搭乗する機体と互角――否、海月の機体を圧倒していた。当然の結果だ。少女の健闘を視界の端に捉えつつ、ブシドーはひっそりと笑みを浮かべた。

 

 伊達に、彼女の好敵手(ライバル)を自称していた訳ではない。手心や贔屓目を加えるまでもない事実であった。

 

 

「旧世代の機体のくせに、なんなんだよお前!」

 

「――世界の歪みは、俺が断ち切るッ!!」

 

 

 癇癪を起こした海月のセンチュリオは、弾薬のことも考えずにランチャー・ジェミナスを展開する。エクシアは降り注ぐ砲撃の雨あられを難なく躱し、センチュリオへと躍りかかった。さながらそれは戦乙女のようだ。

 エクシアの実体剣と、センチュリオのブレード・ルミナリウムがぶつかり合い、派手に火花を散らす。武装性能的にはセンチュリオのブレード・ルミナリウムが上だが、エクシア/少女は難なくそれをひっくり返した。

 文字通りの一閃が叩きこまれる。センチュリオはバランスを崩した。場所が場所だけに仕方のないことだが、エクシアの太刀筋と佇まいはいつ見ても惚れ惚れしてしまう。パイロットが少女だからというものもあるが。

 

 センチュリオの機体損傷は、みるみるうちに修復されていく。あの機体にはナノマシンが搭載されていた。厄介な相手であることは、(立場上)味方であるブシドーから見てもすぐに分かった。あの子どもたちが搭乗するのには危険すぎる兵器だ。

 少女/エクシアはそれに驚いた様子だったが、迷うことなく追撃行動に移った。瞬時の判断力は賞賛に値する。――そう、いっそ好意すら抱いてしまいそうだ。この場には場違いだと思うくらい、甘美なときめきが胸を満たす。それこそが、今の己を己足らしめているのだ。

 

 

「――……っ」

 

 

 ああ、どうして。

 

 今、このとき程、運命の相手である少女の名前を呼べないことが、惜しいと思ったことはない。

 ブシドーのアヘッド・サキガケが事実上の静観を決め込んでいたときだった。

 

 下位互換機のMDたちが動き始めた。ブシドーの背中に悪寒が走る。それは文字通り、本能からの警告だった。

 海月は、MDたちと連携して広範囲攻撃を放つつもりだ。そんなのに巻き込まれてしまったら、カイルスは――エクシア/少女は。

 ブシドーは操縦桿を動かした。爆発的な加速と共に、アヘッド・サキガケはエクシア目がけて突っ込んで行く!

 

 

(頼む、少女)

 

 

 どうか。どうか。

 

 

(私を、見つけてくれ)

 

 

 ブシドーの祈りが届いたのか、エクシアがこちらを見た。少女の面影を宿した麗しい女性が、酷く驚いた顔でブシドーを『見返して』いる。

 彼女は見つけてくれたのだ。だから、もう、充分。情けない面を晒したが、それも、これで終わりだ。意識を切り替えるように、ブシドーは叫ぶ。

 

 

「見つけた……見つけたぞ、ガンダムエクシアァァ!!」

 

 

 勢いそのまま、アヘッド・サキガケはエクシアへ突撃する。驚きながらも、エクシアは即座に実体剣で応戦した。刃同士がぶつかり合い、派手に火花を散らした。

 海月のセンチュリオはぶつかり合いの余波に巻き込まれ、思わず距離を取る。突然の乱入者に、下位互換機が狼狽えるように動きを止めた。これで、広範囲兵器は使えまい。

 カイルスのメンバーも、ブシドー/アヘッド・サキガケの乱入に気づいたようで、エクシアの援護へ向かおうとしている者もいた。一歩遅れて、厚陽と星輝、下位互換機が動き出す。

 

 

「何人たりとも手出しは無用! あの機体は、私の獲物だ!!」

 

 

 ブシドーの一喝に、厚陽と星輝のセンチュリオが動きを止めた。トップの驚きが伝染したのか、下位互換機のMDたちも動きを止める。余波はカイルスの面々にも広がったらしい。

 

 特に驚いているのは、ブシドー/アヘッド・サキガケと対面している少女/エクシアだろう。同時に、彼女は知ってしまたはずだ。ブシドーがグラハム・エーカーであることや、アロウズの従順な駒と化したことを。

 胸の奥底がじくじくと痛んだが、ブシドーはそのすべてを受け入れた。望んだ明日が来ないことも、己の進む道に待ち受ける破滅も、とうに覚悟はできている。もう、ブシドーはどこへも『還れない』。

 

 だから。/アヘッド・サキガケは再びエクシアへ突っ込む。

 どうか。/ビームサーベル実体剣がぶつかり合い、火花を散らした。

 キミは。/鍔迫り合いに押し勝ったのはアヘッド・サキガケ。弾き飛ばされたエクシアが体勢を崩す。

 

 

(生きてくれ。――私が居なくなった後も……その先の明日を)

 

 

 視界の端で、海月のセンチュリオと下位互換機が動き出すのが見えた。それよりもコンマ数秒先に、アヘッド・サキガケの一撃が、エクシアに叩きこまれた。

 

 

「がぁっ……!!」

 

 

 女性の悲鳴が響く。機体は中破。体を強かに打ち付けてしまったのか、パイロットである少女がぐったりしていたのが『視えた』。彼女の頭から血が流れている。

 この結果に、ブシドーは一瞬狼狽した。彼女が死んでしまったら本末転倒である。ブシドーが手心など加えずとも、彼女は死なないだろうと思っていたが、それが仇になったのか。

 別方向でセンチュリオと対峙していたガンダムデュナメスがエクシアを庇うようにして立ちはだかる。パイロットであるお父さんの怒りは計り知れない。

 

 こんなときでさえ、ブシドーは少女の名前を呼んでやることができないのだ。声に出すことはおろか、心の中で叫ぶことすらも。

 

 

「オッサン、意外とすげーな」

 

「旧式とはいえ、ガンダムを戦闘不能に追い込むなんて……母さんが貴方に拘る理由も頷けますね」

 

 

 星輝と厚陽の声が聞こえた。相変わらず、他者を見下す節は変わってない。

 間髪入れず、通信が開いた。海月が不満そうに撤退の指示が出たことを告げる。

 

 

「……ここまでか。今回は敢えて見逃そう。次は、互角の機体での全力勝負を所望する」

 

 

 動揺を他者に悟られるわけにはいかない。ブシドーは勤めて平静と無関心を装いながら、ぴくりとも動かないエクシアに背を向けた。

 

 去り際に、振り返る。カイルスの面々が慌てた様子でエクシアを格納庫へ運んでいるのが見えた。少女は大丈夫だろうか。それを知る術は、ない。

 ブシドーは懐から端末を取り出した。つがいのお守りが揺れて、澄んだ鈴の音色を響かせる。青いお守りは、ブシドーが少女に手渡した方の片割れだ。

 元は恋愛成就のお守りで、人の生死にかかわるようなことから持ち主を守るのは分野違いなのかもしれない。だが、願をかけるものはそれしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 現を彷徨っていた意識と視界が、急にクリアになった。幾何かの間をおいて、ブシドーは『己が虚憶(きょおく)を見ていた』ことに気が付く。

 意識が断線していた時間はほんの数秒間だが、目の前の光景は様変わりしていた。視界の端々に、センチュリオシリーズの機体が点在している。

 

 天使の外観をした悪魔の群れは、ガンダムたちを今か今かと待ち構えていた。どうやら、ライセンサーの作戦加入は「リントの作戦が失敗する」ことを想定して参加要請が出ていたらしい。しかも、作戦を立てたリントには、その想定の話はされていないようだ。

 

 

『2分間の爆撃の後、トリロバイトで近接戦闘を行います。敵艦が圧潰する瞬間が見れないのが残念ですが……』

 

 

 リントが得意満面で作戦を説明する光景が『視えた』。リントの作戦が失敗することを前提として参戦したブシドーからしてみれば、彼がおめでたい頭の人間にしか見えないのは致し方ないことなのだろう。おそらくは、蒼海も同じように思っているはずだ。

 彼の作戦を聞いていたカティは、ずっと海面およびセンチュリオンたちの動きに気を配っている。彼女は敵指揮官の技量をよく知る人物だ。リントにやり込められるはずがないと踏んでいるようだ。同時に、センチュリオたちの動きを警戒している様子だった。

 カティがセンチュリオを危惧している――その光景を目にしたブシドーの胸に、安堵感が広がった。そこで、はてと首を傾げる。自分はどうして、センチュリオシリーズに気を配るカティを見て安堵したのだろう。その理由が全く分からなかった。

 

 センチュリオたちは陣を組んでこの場を旋回している。それを視界にとらえた途端、ブシドーの背中に悪寒が走った。

 突如、激しい頭痛に見舞われた。悪寒が一層激しくなる。どこかで警笛が鳴る音がした。得体の知れない焦燥が、ブシドーを苛む。

 

 ノイズだらけの世界に、センチュリオと戦うエクシアの姿が映し出される。視界の端に見えた陣形は、今、センチュリオたちが組んでいる陣形と同じものだ。

 

 

(――いけない)

 

 

 あの陣形は、だめだ。

 ブシドーの本能が、叫ぶ。

 

 突然、指揮官が乗った戦艦が方向変換した。付近を飛んでいたセンチュリオの羽が、淡い燐光を宿し始める。獲物が網にかかるのを待ち構えるような図に見えたのは、きっと気のせいではない。

 

 次の瞬間、派手な水しぶきが上がった。逆光に反射して、飛び出してきた機影が映し出される。エクシアの面影を宿した、新型機。ブシドーが焦がれてやまぬ相手が、目の前にいる――!!

 胸の奥から湧き上がった甘美なときめきは、しかし、得体の知れない恐怖と焦燥感に塗り潰された。センチュリオたちの羽の光が強くなる。白と青基調の戦乙女(ガンダム)は、センチュリオたちの動きに気づいていない。

 否。少女/ガンダムは、目の前にある戦艦を潰すことを優先した。指揮系統を叩けば、この場は混乱に包まれる。その隙に乗じて逃げようという算段なのだろう。だから、全機撃破よりも指揮系統を潰すことに全力を注いだのだ。

 

 一足早く方向変換し離脱を図ろうとした戦艦だが、少女/ガンダムにしてみればいい獲物だろう。彼女は迷うことなく戦艦に刃を振り下ろそうと迫る。

 その視界の端で、陣形を組んだ海月とMDのセンチュリオの羽が、一際激しく輝いた。醜悪に笑う海月の横顔がちらつく。

 

 

「――みんな、死んじゃえ!」

 

 

 ――それだけは、させない!

 

 ブシドーの想いに応えるかのように、アヘッド・サキガケは新型ガンダム目がけて突っ込んだ。ガンダムとの距離はあっという間に縮まった。驚いたように、ガンダムのカメラアイがこちらに向けられる。

 スピードを緩めることなく、アヘッド・サキガケはガンダムに体当たりを仕掛けた。視界の端に、陣形を組んだセンチュリオンの羽がこの場を覆いつくさんほどの光を爆ぜさせたのがちらつく。刹那、凄まじい衝撃が機体に襲い掛かった。

 目を閉じていても、瞼の間から溢れんばかりの光が突き刺さる。大量の光と水しぶきが上がり、容赦なく戦艦のブリッジやMDたち、アヘッド・サキガケやガンダムたちに降り注いだ。アヘッド・サキガケは半ば覆い被さるようにして水を受け止める。

 

 衝撃を耐えきって、ブシドーは目を開けた。体は少しばかり悲鳴を上げているが、機体は水を被っただけで無事である。少し離れた先にいた少女/ガンダムも、回避のために旋回していた戦艦も無事だ。カティはやってくれたらしい。目の前に広がる光景に、ブシドーは酷く安堵した。

 そのまま、ブシドー/アヘッド・サキガケは武器を構え、少女/ガンダムと対峙する。勿論、視界の端にちらつくセンチュリオたちの動きにも気を配った。海月のセンチュリオたちが陣形を解いたのが伺える。どうやらあの広範囲兵器は、1回だけしか使えないらしい。

 

 

(なら、()()2()()、あれが降り注いでくる可能性があるということか――……?)

 

 

 思考を巡らしかけたブシドーは、はたと気づいた。どうして自分は、「広範囲兵器は()()2()()降り注いでくる」と知っているのだろう。

 知らないことをどうして思い出したのか――違う。ブシドーはそれを知っていた。知っていたが、消されたのだ。そこまで考えて、ブシドーは納得する。

 なら、味方の戦艦が巻き込まれぬように注意を払いながら、ガンダムと戦うまでだ。できれば、自分と彼女の戦いにも横槍を入れられたくはない。

 

 アヘッド・サキガケは、ブレードを構えてガンダムへと斬りかかった。剣がぶつかり合い、派手に火花を散らす。入れ代わり立ち代わり、アヘッド・サキガケ/ブシドーとガンダム/少女は剣載を繰り返した。

 流石は好敵手(ライバル)、そして、ブシドー/グラハムにとってのプリマドンナ。こちらのエスコートに任せるだけでなく、こちらを振り回そうと大胆な動きを見せる。この世界に自分たちしかいないのではと錯覚してしまいそうだ。

 

 

『あの剣捌き……誰かに、似ている……? まさか、クーゴ・ハガネか?』

 

 

 少女の声が『聞こえた』。確かに、と、ブシドーはひっそり自嘲する。このコンバットパターンは、嘗て、クーゴ・ハガネが提供してくれた剣道の型をベースにしている。クーゴは一刀流と二刀流を使い分けていた。今回の型は一刀流である。

 

 

『いや、違う。だとしたら……でも、そんな……』

 

 

 気のせいか、少女の声が震えた。多分、連想してしまったのだろう。クーゴ・ハガネではない人物で、この動きを知っている人間を。あるいは、好んで真似しそうな人間を。

 少女の面影を宿した麗しい女性が、酷く驚いた顔でブシドーを『見返して』いる。――彼女は、ようやく、ブシドー/グラハムを見つけたのだ。見つけて、くれたのだ。

 

 

『グラハム・エーカー……?』

 

 

 恐る恐ると言った感じで、少女は問いかけてきた。嘗てのグラハムならば、きっと、見るに堪えない程酷い笑みを浮かべていたであろう。

 

 それに引っ張られ、ブシドーはくしゃりと表情を歪ませた。痛みや切なさ、どうしようもなく温かな想いが胸を満たす。

 地獄の底から見つめ続けた希望が、今、ブシドーの目の前にあるのだ。ああ、なんて僥倖だろう。

 今このとき程、運命の相手である少女の名前を呼べないことが、惜しいと思ったことはない。

 

 ――だが、もう、充分だ。

 

 情けない面を晒したが、それも、これで終わり。

 意識を切り替えるように、ブシドーは叫ぶ。

 

 

「なんという僥倖……! 生き恥を晒した甲斐があったというものだ!!」

 

 

 万感の思いを込めて、アヘッド・サキガケは剣を振るう。刃がぶつかり合い、派手に火花を散らした。

 

 背後の甲板から、MS部隊が空へと飛びあがったのが見えた。先陣を切ったのは、アヘッド・スマルトロン――パイロットは、ソーマ・ピーリスだ。

 アヘッド・スマルトロンは可変型のガンダムに狙いを定める。こちらも派手な鍔迫り合いを演じていた。優勢なのはアヘッド・スマルトロンの方である。

 しかし、なかなか攻めきれないのは、センチュリオの動きに注意しているためだった。先程の攻撃は広範囲な上に、この場一体を吹き飛ばすレベルの威力だ。

 

 あの3人は気分野のため、何を引き金にして(面白半分で)力を振るうか分かったものではない。彼らがあれを使えば、この場に居合わせたすべての人間が死に絶えるだろう。残るとしたら、当事者たちと水中にいるソレスタルビーイングの輸送艦くらいか。

 MS隊の面々もそれを察知しているためか、刃金3兄弟の周辺にMDが集まりにくくなるように気を配りながらガンダムを迎え撃っている。普通に戦うより、精神的に辛い戦いであることは確かだ。

 

 

『なんだろう……。部隊の様子が変だ』

 

『まるで、何かの動きを妨害している……?』

 

 

 ガンダムのパイロットたちも、何かに勘付いたらしい。しかし、2人の思考回路はそこで中断された。少女の方はアヘッド・サキガケが突っ込んできたのを躱したため、青年の方はアヘッド・スマルトロンの攻撃を受けたためである。

 再び鍔迫り合いが始まりかけたときだった。別方向から、ビームライフルの光が降り注いだのである。それらはアロウズのMS部隊へ向けられたものだった。レーダーに機影が映し出される。機体は――ユニオンフラッグやAEUイナクトを中心とした構成だ。

 太陽炉非搭載型の機体を中心にしている部隊は、反政府組織くらいしかない。しかも、アロウズのMS部隊より倍の機体数で隊を組んでいるということは、反政府組織の中でもかなりの力を有している組織だ。そうなれば、答えは1つ。

 

 カタロンが、ソレスタルビーイングの援護に入ったのだ。しかもこれは、ソレスタルビーイングたち本人も予想外のことらしい。

 

 

「撤退だ。体勢を立て直す」

 

 

 カティの声が響いた。妥当な判断である。大分口惜しいが、仕方がない。そう思ったときだった。

 

 カタロンの連中と、アロウズ及びガンダムのMSと戦艦を取り囲むようにして、センチュリオたちが陣取っているのが視界の端に映った。しかも、端と端に1組づつ、先程海月のセンチュリオが組んだ陣形を組んでいる。

 それを目にした途端、ブシドーの背中に激しい悪寒が走った。カタロンの攻撃に翻弄された結果、MS部隊はセンチュリオの動きに気を配れなくなった。その隙をつくような形で、厚陽と星輝があの陣形を組み直したのだ。

 

 総員散開の指示を出すには、もう遅い。カティはそれを理解してしまったようで、悔しそうに俯くのが『視えた』。他のMSたちも、その事実に気づいてしまったのだろう。

 遅れて戦場に乱入したカタロンの面々は、事態は飲み込めていない。辛うじて「何かが危ない」ということは気づいたらしい。勿論、彼らもまた、手遅れの部類に入った。

 陣形を組んだセンチュリオンの羽がこの場を覆いつくさんほどの光を爆ぜさせた。もう、何もかもが、遅い。ここにいた命は、例外なく刈り取られる――そんな末路が見えた。

 

 白い光が何もかもを飲み込んでいく。

 視界が白一色に染まっていく中で、

 

 

「――いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 空を思わせるような青い光と、聞き覚えのある男女の声が聞こえたような気がした。


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