大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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11.混沌地帯 -ただのカオス-

「ところで、この艦はどこへ向かうんですか?」

 

「アザディスタンだ」

 

 

 クーゴの問いに答えたのは刹那だった。4年前の面影を残しながらも、顔つきは女性としての成長を遂げている。

 あれから4年が経過したということは、彼女は20歳(ハタチ)になったということだ。日本で言えば、成人していた。

 もう、酒や煙草に手を出せる年齢になったのだ。変化も色濃く表れる年頃である。月日の流れは早いものだった。閑話休題。

 

 アザディスタンと言えば、つい先日、アロウズによって解体されたばかりであった。以降、反政府派と連邦の諍いが絶えないという。アロウズの兵士や地球連邦軍政府の目が激しく光っていてもおかしくない。

 そんな危険地帯に、ソレスタルビーイングの面々は何をしに行くのだろう。今回の作戦――仲間の救出任務があるわけでもないし、危険へ飛び込むメリットが想像できなかった。クーゴは首をひねった。

 

 

「先程、アロウズの収容施設で保護した……」

 

「マリナ・イスマイール様の故郷よ。そして、反政府組織カタロンの力が強い地区でもあるわ」

 

 

 説明を続けようとする刹那を遮り、ベルフトゥーロが補足を入れる。

 

 マリナ・イスマイールは、アザディスタンの王女『だった』人物だ。地球連邦および治安維持部隊の介入を受けて国の解体が決まった際、彼女は王女としての資格を失っている。

 指導者を奪われてしまった旧アザディスタン関連国は、内戦の影響もあってバラバラになってしまった。しかしどの関連国も、連邦政府による統一支配に甘んじる気はないらしい。

 反政府武装組織の力が強く、特に、過激派のカタロンが急激に勢力を広めているという。同組織の支援によって、関連国たちは各地で連邦政府相手にゲリラ戦を行っているそうだ。

 

 

「この艦には私以外に、アロウズの収容施設から保護された非戦闘員であるマリナ様が同行してるの。でも、この艦に同行していると、嫌が応にも戦いに巻き込まれてしまうでしょう? ……それは、マリナ様にとってよろしくない事態なのよ。幸い、比較的落ち着いた地区もあるし、そこにはマリナ様が信頼できる人物が暮らしているわ。彼女は、その人物を頼るつもりでいるみたい」

 

「だから、故郷であるアザディスタンに送り届ける、と。了解です」

 

 

 クーゴの返事を聞いたベルフトゥーロは満足げに笑った後、サイオン波を駆使して浮き上がった。車椅子がないため、サイオン波が彼女の移動手段となっている。この程度のサイオン波なら、特に体調を崩すようなものではないそうだ。

 彼女の背中が廊下の向こうへ消えた。間髪入れず、女性と話す声が聞こえてくる。この声の主がマリナ・イスマイールなのだろう。クーゴがそう思い至ったときには、既に2人の声は小さくなっており、やがて完全に聞こえなくなった。

 

 ブリーフィングルームを見回す。話し合いが終わって解散したためか、残っている人間の姿もまばらであった。

 

 

(さて、これからどうしようか)

 

「すみません! ちょっと質問があるのですが」

 

 

 手持無沙汰になった、と思ったときだった。不意に、声をかけられる。

 振り返れば、髪を2つに結び、黄色い制服を身に纏った少女――ミレイナ・ヴァスディがこちらを見上げていた。

 

 ミレイナの瞳は好奇心に満ち溢れている。きらきら輝く双瞼には、クーゴとイデアの姿が映し出されていた。

 

 

「ズバリ、お2人は恋人同士ですか!?」

 

 

 熱っぽい眼差しが向けられた。しかも、何やらとんでもない質問を投げかけられたような気がする。クーゴの頭は、一拍遅れて、ミレイナの質問の意味を理解した。

 恋人同士? 誰と誰が? 確認するようにミレイナの眼差しを辿れば、そこにいるのはやはりクーゴとイデアだった。つまり、ミレイナは、クーゴとイデアの関係について訊ねたのだ。

 「何を言っているんだ」と、クーゴは反射的に言葉を紡いでいた。当たり前のことを、当たり前に告げただけである。だから、胸が痛むとか、何かが込み上げてくるなんてあり得ない。

 

 

「俺なんかが恋人だなんて、イデアに失礼じゃないか」

 

 

 クーゴは苦笑しつつ、ミレイナに眼差しを合わせた。

 親戚の子を諭すように、言葉を続ける。

 

 

「彼女のような素晴らしい人には、もっと相応しい相手がいるはずなんだ。冗談や勘違いでも、そういうことは言っちゃいけないよ?」

 

 

 ミレイナは目を瞬かせる。そんな返事が返ってくるとは、まったく予想していなかったのだろう。え、と、困惑したような声を漏らし、クーゴとイデアを交互に見比べた。

 

 背後から視線が突き刺さってきたような気がして振り返れば、眉間に皺を寄せたイデアがクーゴを睨んでいた。一拍遅れて、彼女の思念が流れてきた。

 怒っている。理由は不明だが、イデアは強い憤りを感じているらしい。今までの会話に、そんな要素があっただろうか。クーゴには一切身に覚えがなかった。

 こめかみから汗が伝い落ちる。もの凄く、居心地が悪い。イデアの視線は容赦なく、クーゴを責め立てるかのように向けられた。変な空気に耐え切れなくなる。

 

 どうして、彼女は怒っているのか。

 どうしても、クーゴにはわからなかった。

 

 

「……イデア」

 

「なんでしょう」

 

「どうしてキミが怒るんだ?」

 

 

 単刀直入に問いかければ、ますますイデアの表情が曇る。怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった感情が向けられた。

 どうして、と、イデアの口が小さく動く。彼女は何かを言ったようだが、その先は聞き取ることができなかった。

 光のない紫苑の瞳は、磨かれた鏡のようにクーゴの姿を映し出す。瞳の中の青年は、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 イデアの手が、クーゴの服の袖を握り締めた。控えめに、けれども強い力を以てだ。

 アンバランスなその様子に、クーゴは一瞬面食らった。間髪入れず、紫苑の瞳にじわりと涙が浮かぶ。

 

 

「クーゴさんの、ばか」

 

「え」

 

「どうして貴方は、そんな風に、過小評価通り越してネガティブなんですか」

 

 

 そんなことを、言われた。今度こそ、もう、どうすればいいのか分からない。内心狼狽しながら、クーゴはイデアを宥めることにした。それ以外に、いい方法が見つからないためでもある。

 

 

「キミが怒るようなことも、涙を流すようなことも、何もないじゃないか」

 

 

 至極当然のことを、当然のように、当たり前のことを当たり前に告げただけだ。イデアが怒ったり、泣いたりするような要素なんてどこにもない。

 なのにどうして、彼女は怒るのだろう。どうして彼女は泣くのだろう。悲しいことなんて何もないのに、だ。

 

 幾何かの沈黙の後、イデアはクーゴの腕に顔を押し付けるようにして寄せてきた。かすれたような小さな声が、耳を打つ。

 

 

「貴方が、貴方自身のことを蔑ろにするからです。……貴方がそんな風に言われるの、私は嫌なんです。――例えその相手が、貴方自身であったとしても」

 

 

 そんなことを言われても、クーゴにはどうしようもない。

 

 

「……すまない」

 

「上っ面だけの謝罪じゃないですか、それ」

 

「わかってる。でも、ごめん」

 

 

 多分、自分を過小評価し続ける癖は一生治らないだろう。異様な贔屓と歪んだ憎悪の中で生きてきたクーゴには、それくらいが妥当な評価だと思っているためだ。

 「本来ならば、きっと、クーゴなんかよりも高い評価を得るべきだった人物がいたはずだ」――その考えは、ちょっとやそっとでは変わってくれそうにない。

 世の中には、クーゴのことを認めてくれる相手がいる。「キミは自分のことを過小評価しすぎだ」と苦笑していた親友たちの姿が脳裏をよぎった。

 

 自分自身を「ダメなもの」だと扱うことは、自分を信じ、認めてくれる人々を傷つけることになる。クーゴのような存在を見出してくれた人々に、何も悪いところなんてないのだ。

 彼らが信じたクーゴ・ハガネを、クーゴ自身が信じられなくてどうする。その想いに応えることが――もう少し、自分を誇ることが、彼らに報いる最良の方法ではないか。

 

 

(そう考えると、俺のために泣いたり、怒ったりしてくれる人がいるっていうのは、凄いことなんじゃないかな。……とても、大切なことなんだろうな)

 

 

 なんだか照れくさくなって、クーゴは苦笑した。傍にいたイデアは何かを察知したように目を瞬かせ、改めてクーゴを見つめる。

 

 つられるようにして、イデアも微笑む。クーゴの気のせいでなければ、彼女の頬は薔薇色に上気しているようにも見えた。綺麗な笑みだな、と、漠然とそんなことを思う。

 何となくぎくしゃくしていた空気は元に戻ったようだ。先程までもの息苦しさや、変な空気はどこにもない。そもそも、どうしてこんな話になったのだろう? 忘れてしまった。

 そのタイミングを待っていたかのように、この場に場違いな音が響き渡った。その出どころは、クーゴとイデアの腹からだ。最後に食事を取ってから結構な時間が経っている。

 

 

「……あー」

 

 

 非常に居たたまれない。というか、恥ずかしい。クーゴは思わずイデアから視線を逸らした。

 とりあえず、こちらをじっと見ていた刹那とミレイナに、キッチンの使用許可を取る。2つ返事が返ってきた。

 

 「泣かせてしまった詫びをしたい」と、クーゴはイデアに声をかけた。キッチンの使用許可から、イデアは料理を連想したのだろう。ぱっと表情を輝かせた。そんな彼女を見ていると、なんだか心が温かくなるような気がする。

 

 さて、何を作ろうか。イデアにキッチンへの案内を頼みながら、クーゴは料理へ思いを馳せる。

 満面の笑みを浮かべたイデアが、幸せそうに料理を頬張る姿が鮮明に思い浮かんだ。

 

 

 

 

 余談だが。

 

 

「……セイエイさん、あれは……」

 

「どこからどう見てもバカップルだろう? まだ付き合ってすらいないんだぞ、あの2人」

 

「乙女の勘が狂いっぱなしですぅ」

 

 

 何とも言い難そうにした乙女2人がそんなことを漏らしていたことなど、クーゴとイデアは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ミス・カイルス。

 クーゴたちが所属する部隊で行われた、美女コンテストである。

 

 石神からバカンスへ行こうと誘われたときから、なんとなく嫌な予感がしていた。『悪の組織』の連中が嬉々と同行してきたのを見たときから、愉快犯的な作為を感じていた。石神が理由を説明するときに悪人面なんかするものだから、黒い笑みを浮かべて「真の目的とはミスコンである」と宣言されたとき、反射的に飛び蹴りしたクーゴは悪くないはずである。

 渾身の蹴りは石神に避けられ、懐刀のあまりにもあんまりなコメントにずっこけてしまった加藤にクリーンヒットしてしまった。そのとき巻き上げた砂の余波を喰らったのは、近くにいて話し合っていた森次とゼロであった。汗まみれの彼らには酷なことをしてしまった。もちろん、全方位に対して土下座ものである。お詫びにスポーツドリンクを差し入れしたが、帳消しになるとは思えない。

 クーゴがぐだぐだ考えているうちに、ミスコンはどんどん進んでいく。教師コスプレをしたヨーコが速着替えで水着に変化したり、無人機が襲撃してきたので撃退したり、美海が水着で出てきて浩一と絵美の三角関係が大炎上したり、無人機が襲撃してきたので撃退したり、アイドルファンとマネージャーが露骨な贔屓に走ったり、無人機が襲撃してきたので撃退したり。途中で挟まる出来事――無人機の襲撃が、普段の日常と大差ないように思うのは何故だろうか。

 

 ミスコン進行と無人機撃退を繰り返し、やって来た乱入者(くろまく)も追い払い、休暇なのに休暇じゃないバカンスは過ぎていく。

 

 夏の日差しが眩しい。いや、原因はおそらく、ミスコンで盛り上がる熱気とか、ミスコンで披露されるアレなアレとかだろう。

 それに見惚れてパートナーからぶん殴られる男性陣とか、落ち込んで裏方でぐちぐちやってる女性陣とか、悲喜こもごもだ。

 

 

「ロックオン、最ッ低……!!」

「待ってくれフェルト! これは誤解だァァァァァァァ!」

 

「ライルが、ライルが浮気したァァァァァァァァァァ!」

「待ってくれアニュー! これは誤解だァァァァァァァ! お前の家族にも説明させてくれェェェェェェ! 俺死ぬ、確実に殺されるゥゥゥゥゥ!」

「待てコラ、ライル・ディランディィィィィィィ!」

「可愛い妹分を泣かせやがってぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「貴様の罪を数えろォォォォ!」

「天誅だ!」

「粛清する!」

「DNAを残さないレベルで頑張ってみようか。これは、リボンーズキャノンを使わざるを得ない案件だな」

 

「眩しいわね、アレルヤ」

「そうだね。でも、僕にとって一番眩しいのはマリーだよ」

「アレルヤ……」

「マリー……」

 

「アーデさんの馬鹿ー! 女装で可愛いなんて悔しいですぅー!」

「ちょっと待ってくれ! 山下は!? 彼はいいのか!?」

「私よりも可愛いアーデさんなんて、アーデさんなんて……っ! 大好きですぅぅぅぅうわぁぁぁぁぁん!」

「待ってくれミレイナ、僕もキミが大好きだァァァァァァァァァ!!」

 

 

 喧騒が聞こえる。

 

 審査員に抜擢されて壇上に上がり、美女を見てデレデレしていたストラトス兄弟は、お互いの恋人から顰蹙を買ったらしい。特に弟は悲惨で、彼の背後には妹分を想う家族が獲物を構えて迫っていた。スイカ、スイカ割り用のバット、氷で作られたジョッキ、サメの形をした浮き輪、釣竿、ロケット花火等、凶器は様々である。

 端の方では、「ミスコンなんてどうでもいい。キミさえいてくれるなら。むしろキミこそがミス・カイルスだ」を地でいく恋人たち――アレルヤとマリーがいた。見るからに、幸せそうで何よりである。クーゴも彼らのように自分の世界へ入り浸れればよかったのだが、性格上、うまく逃げることができないでいた。本当にしょうがない。

 後ろでは、山下の巻き添え+αを喰らって女装したティエリアを見たミレイナが、大泣きしながら走り去っていったところだった。彼女の悲しみもわかる。だって、件の恋人はそこらへんの女性よりも女性らしいのだから。そんなティエリアも、ミレイナの後を全力で追いかけていった。

 

 ミスコン進行と無人機襲撃を繰り返し、休暇なのに休暇じゃないバカンスは過ぎていく。

 C.Cによって半ば強引に引きずり出されたバニーガール――紅月カレンが悲鳴を上げて逃げ去っていった後のことだった。

 

 

「何やら、向うが騒がしいな」

 

 

 悲鳴が聞こえる。引きずり出されたバニーガールと同じ色の悲鳴だ。

 

 

「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 羞恥心によって憤死してしまいそうな、女性の声。何事かと壇上を見た。

 

 

「また飛び入り参戦らしいな」

 

「いや、無理矢理引きずり出されたの間違いだろ」

 

 

 隣にいたグラハムは能天気に言った。クーゴは思わずツッコミを入れる。誰がどう聞いても、飛び入り参戦しようとした風には聞こえない。

 真夏の太陽が目に刺さる。次の瞬間、かき氷片手に観戦していたグラハムが目を剥いた。クーゴも息をのんで、その光景を凝視する。

 

 白。

 

 太陽の光なんか気にならないほど鮮烈な、白だった。

 

 水着である。まごうことなき水着である。胸元が強調され、きわどいレベルでざっくりと切込みが入った水着である。フリルもふんだんに使われていた。

 一言で表すとするなら、花嫁という単語が相応しい。頭につけられたヘアバンドの飾りが、花嫁に被せるようなヴェールのようにも見える。

 隣にいたグラハムがかき氷を落とした。砂浜にブルーハワイの青が派手に飛び散る。しかし、奴はもう、かき氷なんて気にしていなかった。

 

 視線はただ、まっすぐに。

 純白の水着を身に纏う、刹那・F・セイエイに向けられている。

 

 彼女を引きずり出したイデアは、真夏の太陽よろしくな笑みを浮かべていた。

 空と海の境目を思わせるような、青いグラデーションのビキニ。

 目が焼けただれそうなくらいの眩しさを感じる。クーゴは思わず目を逸らす。

 

 その先に、グラハムの横顔があった。

 

 

「――天使だ。天使が降臨した」

 

 

 グラハムの声は、至極真面目な響きを宿していた。言っていることは(経験則上)アレだが。

 

 ギャラリーが大盛り上がりする中で、グラハムは迷うことなく壇上へと向かった。顔を真っ赤にしてぷるぷる震える刹那だが、グラハムが近づいてきたことに気づいて顔を上げる。

 至極真面目な顔が、今にも泣き出してしまいそうな顔と向き合う。ギャラリーがどよめいたその瞬間、奴は姫に求婚する貴族よろしく刹那の手を取り跪く。どこまでも澄み渡った翠緑の瞳が、赤銅色の瞳を射抜いた。

 

 

「刹那」

 

「な、なんだ?」

 

「結婚しよう。今すぐ、ここで」

 

 

 絶対零度。熱気に燃えていたギャラリーが、ほんの一瞬だけれど、確かに、文字通り『凍り付いた』。

 

 

 

*

 

 

 

「ご家族の皆さん、刹那を私にくださぁぁぁぁぁぁぁいッ!」

「誰がやるかコンチクショウ! お父さんは赦しませんよォォォォ!」

「兄さんが! 兄さんが壊れたー!」

「いくらなんでも酷すぎる……!」

「ここから先は死守する! テコでも動かん!」

「スメラギさん、指示を!」

「ええ。各自に通達! 手段は問わないから、グラハム・エーカーを全力で迎撃して!」

「よっしゃああ! イアン、アレ持ってこい!」

「任せろラッセ! こんなこともあろうかとォォォォ!」

 

 

 空を彩る花火なんてなんのその。波打ち際で、ぎゃあぎゃあ叫び声が聞こえる。

 さっきまでいいムードだったのに、完全に台無しであった。

 

 

「ラッセさんとイアンさんが構えてるやつ、バズーカじゃないですか?」

 

「そうだな」

 

「どこから持ってきたんだろう、アレ……」

 

「わからん」

 

 

 銀河の問いかけに、クーゴは曖昧な笑みを浮かべて見せた。

 

 

「あの人たち、生身の人間に対してバズーカ向けてますケド大丈夫なんですか?」

 

「多分」

 

「多分、って……」

 

 

 浩一の問いかけに、クーゴは曖昧な笑みを浮かべて見せた。

 

 

「……止めないのですか?」

 

「止められると思うか?」

 

「劣等種にしては、賢明な判断ですね」

 

 

 連邦初の革新者が、言葉とは裏腹に、労わるような眼差しを向けてきた。

 クーゴは曖昧な笑みを浮かべて見せる。ぶっきらぼうに肩を叩かれた。

 

 

「結局、最後までしまりませんでしたね」

 

「そうだな」

 

 

 取っ組み合うグラハムとソレスタルビーイングクルーたちを眺めながら、イデアがのほほんと微笑んだ。

 クーゴは大きく息を吐く。打ち上げ花火はもうすぐ終わりそうだというのに、彼らの戦いはまだ終わりそうもない。

 寄せては返す波の音に紛れて、水しぶきが跳ねる音がひっきりなしに響く。誰かが転んだのか、派手に水が爆ぜた。

 

 でも、とイデアは言葉を続ける。

 

 

「私たちらしくて、いいですよね」

 

「……そうだな」

 

 

 クーゴはイデアの言葉に同意し、喧騒へと視線を向ける。

 平和な日常が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 今、現状には場違いなくらい和やかな景色が広がっていたような気がする。

 幾何かの間の後で、それが虚憶(きょおく)の光景だったと、クーゴはようやく合点がいった。

 

 いつかは続くと信じていた、和気藹々とした日常の光景が頭をよぎった。今となってはもう、手が届きそうにない光景のようで悲しくなる。グラハムが刹那を口説き倒していた様子は昨日のことのようにも思えたし、遠い昔のようにも思えた。

 

 クーゴは思考を切り替えるように首を振り、切った材料をフライパンに入れた。熱されたオリーブオイルが爆ぜるような音が響く。野菜が焦げないよう気を使いつつ、ゆっくり、しんなりするように炒めた。タイミングを見て、クーゴはトマトソースを加えた。

 さっと炒め、栽培されていたハーブの棚からバジルを取り出し、加える。塩コショウで味を調え、バジルと粉チーズを皿に盛りつけた。これで、ラタトゥイユの完成だ。次のおかずを作るため、冷蔵庫を物色する。ここの台所事情は意外と良く、様々な野菜や肉、魚や果実が取り揃えられていた。

 アボガド、トマト、モッツァレラチーズを手にして振り返れば、椅子に座っている人数が増えていた。最初はイデア、刹那、ミレイナしかいなかったのが、いつの間にやらティエリア、アレルヤ、ラッセ、ベルフトゥーロ、マリナらが加わり、楽しそうに談笑している。その光景が尊いもののように思えた。

 

 

(ちょっと多めに作ったかな、と思ったけど、そうでもなかったなぁ)

 

 

 トマトソースの鮮やかな赤を身に纏った野菜が、おいしそうな香りと湯気を漂わせている。大皿に一山盛られたそれを満足げに眺めた後、クーゴは次の品へ取り掛かった。

 

 充分熟れたアボガドの皮は、黒曜石を思わせるように黒々としていた。包丁を入れて真っ二つにし、種をくり抜き、皮を剥く。柔らかい果肉を崩さないようにするのは、少々骨が折れた。トマトは瑞々しく、艶やかな赤が視界をよぎった。

 どれも同じような幅になるよう気をつけながら、モッツァレラチーズ、トマト、アボガドを手早く切る。手早く大皿に盛りつけてれば、目に栄えるような色合いになった。次は調味料を混ぜ合わせ、盛り付け終わった皿にソースをかける。これで、カプレーゼの完成だ。

 

 

「スメラギさんも、折角だから食べましょうよ!」

 

「え、ちょっと……!?」

 

 

 響いた声に振り返れば、イデアが茶髪の女性――スメラギ・李・ノリエガを引っ張り込んでいるところだった。彼女の姿を、クーゴはどこかで目にしたことがある。

 確か、ビリーが「高嶺の花」と言って、見せてくれた卒業写真に、女性とよく似た人物が写っていたように思う。ビリーは彼女をクジョウと呼んでいた。

 ……もしかして、スメラギがビリーの言う高嶺の花である、ということだろうか。年も彼と同年代のように見えるが、……まさか、そんなことはないだろう。

 

 スメラギがイデアに引っ張り込まれる光景を見つけたのか、足音が2つ近づいてくる。

 

 

「わあ、おいしそうな匂い!」

 

「待ってよルイス! そんなに引っ張らなくても……本当だ」

 

 

 顔を出したのは、『悪の組織』の技術者夫婦――沙慈・クロスロードとルイス・クロスロード夫妻だ。2人はキラキラ目を輝かせ、皿に盛りつけられた料理を眺めている。

 

 

「私、パパを呼んで来るです!」

 

 

 ミレイナが弾丸のように部屋を飛び出した。やはり多めに作っておいて正解だった、と、クーゴはひっそりそう思った。

 4人しかいなかった部屋は、いつの間にかちょっとした居酒屋の団体客みたいな賑わいになっている。

 

 クーゴは冷蔵庫を確認した。材料が入ったスペースの一角に、クーゴが一番最初に作ったミルクプリンが陣取っている。充分冷えており、問題はなさそうだ。

 トッピング用のシナモンやココア、砕いたナッツの準備も万端だ。出来上がった料理を配膳すれば、この場に感嘆の声が響き渡った。……やっぱり、照れくさい。

 そのタイミングで、両親を引き連れたミレイナが部屋に戻ってきた。誰も彼もが目を輝かせ、椅子に座る。おいしそう、という声が止まない。

 

 

「どうぞ」

 

 

 クーゴの合図を待っていたと言わんばかりに、みんな料理へ手を伸ばした。一口食べた途端、ぱっと表情を輝かせる。口々に賞賛の言葉が向けられた。美味しいという言葉は、最高の褒め言葉である。

 

 照れくささを誤魔化すように、クーゴは椅子に座った。

 自分も腹ごしらえをしなくては。作った料理へ箸を伸ばし――

 

 

「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああん!!」

 

 

 女性の泣き声が響いた。間髪入れず、何者かが扉を蹴破る。何事かと振り返れば、大泣きしたアニューがベルフトゥーロへ抱き付いた。

 アニューは確か、ロックオン(ライル)と一緒にいたはずだ。何があったのだとベルフトゥーロやクルーたちが尋ねるが、彼女はわんわん泣くだけである。

 そんなアニューを、ベルフトゥーロは慣れた様子であやしていた。やはり、グラン・マ(おばあちゃん)の愛称と500年生きた年の功は伊達じゃない。

 

 幾何かの間をおいて、アニューの泣き声が小さくなっていく。ひく、と、しゃっくりの音が響いたが、どうやら落ち着いて話ができるようになったらしい。藤色の瞳は、派手に泣き腫らしたためか赤くなっていた。

 

 

「落ち着いた?」

 

 

 ベルフトゥーロの問いかけに、アニューは小さく頷いた。

 何があったの、と、ベルフトゥーロは再び問いかける。

 

 途端に、アニューの瞳に涙がにじんだ。ライルが、と、アニューは何度も口にする。ベルフトゥーロはアニューの言葉を待っていた。

 ライルの名前を繰り返していたアニューの口から、次はフェルトという名前が出てきた。今度は「ライルが、フェルトちゃんに」と繰り返す。

 自分の言葉が引き金となったのか、アニューはまたぐずり始めた。今度はイデアも一緒になって、アニューに寄り添う。

 

 幾何かの間をおいて、アニューの泣き声が小さくなっていく。ひく、と、しゃっくりの音が響いたが、どうやら落ち着いて話ができるようになったらしい。アニューは涙にぬれた顔をそのままに、ヒステリック気味な声で叫んだ。

 

 

「ライルが……ライルがフェルトちゃんと浮気したの!」

 

 

 その言葉を言い残し、アニューは再び大泣きし始めた。先程部屋に飛び込んできたときと同じ勢いで、彼女はわんわん泣き叫ぶ。

 

 和気藹々とした食卓が、一気に切迫した空気に包まれた。アニューの声と言葉を聞きつけたクリスティナとリヒテンダールが部屋に雪崩れ込み、スメラギとイアンが絶句する。ラッセとティエリアがこめかみをひくつかせ、アレルヤが愕然とした表情のまま噴き出した。

 ベルフトゥーロとイデアは完全に無表情である。マリナが狼狽し、刹那は「もうどうしたらいいのか分からない」と言いたげな顔をしていた。ミレイナはゴシップにも興味があるようで、「修羅場ですぅ!」と好奇心に満ちた目で現状を眺めている。とんだカオスだ。

 

 

「アニュー! 待ってくれ! 誤解なんだ!!」

 

 

 浮気した男が使う常用句(テンプレート)な台詞を引っ提げて、ロックオン(ライル)が部屋へと飛び込んだ来た。周囲からの視線なんて気にせず、ロックオン(ライル)はアニューに訴える。

 だが、アニューはキッとした眼差しでロックオン(ライル)を睨みつけた。涙にぬれた恋人の姿に、ロックオン(ライル)は思わず怯んでしまう。そこへ、アニューは間髪入れず言葉をぶつけた。

 

 

「何が誤解よ! さっき、フェルトちゃんにキスしてたくせに!!」

 

 

 この場の空気が凍り付いた。爆弾を投下されたのだ、当然である。

 

 

「しかも口によ!?」

 

 

 即座に核弾頭が落ちてきた。イアンとラッセが無言のまま立ち上がり、アレルヤが戦きながら軽蔑の眼差しを向け、ティエリアは気持ち悪いものを見るような眼差しを向けた。ミレイナが口元を覆う。

 椅子に座っていたベルフトゥーロも立ち上がった。気のせいでなければ、彼女の手から青い光が瞬いているようにも見える。……そういえば、ロックオン(ライル)は、彼女の尋問を目の当たりにはしていなかった。

 周囲の反応と恋人の涙に、ロックオン(ライル)は孤立無援だと悟ったらしい。それでも何とか足掻こうとしているようで、助けを求めるように後ろを振り向いた。彼の視線の先には、ピンク色の髪を束ねた少女が佇んでいる。

 

 おそらく、彼女が件のフェルトちゃんなのだろう。

 ロックオン(ライル)の無実を証明できる、唯一の証人。

 

 

「なあ、頼むよ! お前もアニューに説明してやってくれ!!」

 

 

 涙目で懇願する色男を、少女は無表情で見つめていた。ガラス玉のように無機質な瞳がロックオン(ライル)の表情を映し出す。

 

 例えるならそれは、生ゴミを嫌悪する主婦の目だった。同時に、復讐鬼とも言えそうな、鋭く冷たい光を宿しているようにも見える。

 フェルトちゃんには、ロックオン(ライル)の無実を証明する気なんてさらさらない。彼女は淡々とした口調で言葉を紡ぐ。

 

 

「こいつ、最低」

 

 

 救世主が悪魔に変貌した瞬間を目の当たりにし、ロックオン(ライル)は派手に狼狽した。

 フェルトちゃんの告発は止まらない。むしろ、立石に水の如くすらすら話し始める。

 

 

「私が“前のロックオン”を好きだったことを知られた上に、面白半分でキスされた」

 

「ちょ、待っ」

 

「……ファーストキス、だったのに……!」

 

 

 薄らと涙を浮かべて、乙女は悲しみを吐露する。文字通りのトドメだった。

 

 この場にいる誰もが、フェルトちゃんの味方だった。かくいうクーゴも、状況にはあまりついて行けてないが、彼女の味方側に立っている。

 恋人がやらかしたことを聞いたアニューは、悲しみから怒りへとシフトチェンジしたようだ。ベルフトゥーロから離れ、怒りの形相でロックオン(ライル)を睨む。

 もしここにロックオン(ニール)がいたら、卒倒した後に、ライフル片手に狙撃体制へと移行したであろう。そうしたら、もっとこの場が混沌地帯になる。

 

 クーゴの思考回路が脱線していたとき。

 間髪入れず、アニューが動いた。

 

 

「ライルの」

 

「え」

 

「――ライルの、ばかァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 美しい右ストレートは、ロックオン(ライル)の頬にめり込んだ。ロックオン(ライル)の体は錐揉み回転し、そのまま沈み込むようにして壁と床に叩き付けられる。スローモーションのような光景だったが、実際にはコンマ十数秒の出来事だった。

 アニューは泣きながら部屋を飛び出し、廊下の向こうへと消えていく。文字通り、弾丸みたいな速さだった。アニューの姿が廊下に消えた後、ロックオン(ライル)がよろよろと立ち上がる。その足取りは、生まれたての小鹿みたいだ。

 「待ってくれぇ! 俺の話を聞いてくれぇぇ!」――なんとも情けない声を残して、ロックオン(ライル)は駆け出した。生まれたての小鹿は一瞬でトムソンガゼル並みの跳躍力でアニューを追いかける。彼の背中も、廊下の向こうへ消えて行った。

 

 スメラギとクリスティナがフェルトちゃんを宥める。変な沈黙が暫く広がっていたが、最終的にはそれを払しょくするかのように、全員が椅子に座った。

 姉貴分たちに促され、フェルトちゃんは料理を食べ始めた。暗く沈んだ横顔が、ほんの少し明るくなる。蚊の鳴くような声だったが、確かに「おいしい」と聞こえた。

 

 それを皮切りに、団欒の時間が戻って来る。先程の空気はどこへやら、和やかな雰囲気がこの場を満たした。

 

 

(さて、今度こそ)

 

 

 中断していた腹ごしらえを再開しようと、料理へ箸を伸ばし――

 

 

『――ざまあ』

 

 

 ぽつりと響いた思念に、クーゴは手を止めた。

 思念の出どころを探りながら、そこへ眼差しを向ける。

 

 ――フェルトちゃんが、優雅にカプレーゼを食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




【参考および参照】
『COOKPAD』より、『栄養素満点濃厚アボカドカプレーゼ(ぺトロさま)』、『簡単10分!なのにおしゃれ!ラタトゥイユ(はるるるな☆さま)』、『トルコのデザート セモリナのミルクプリン(yukitrさま)』

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