大丈夫だ、問題しかないから。 -Toward sky- <2nd Season>   作:白鷺 葵

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7.帰還者疾駆

 端末に送られてきた情報は、嘗ての第8航空部隊(オーバーフラッグス)のメンバーたち――ハワード、ダリル、ジョシュア、アキラが所属する部隊のものだった。彼らは、コロニー・プラウドで行われる作戦に参加するらしい。日時と時間まで記載されている。

 コロニー・プラウドに収容されている『悪の組織』技術者はいない。別の場所に収容されているようだ。収容されている多くの人間が、カタロンの構成員や関係者だった。その中に添えられるように、アロウズから反政府関係者というレッテルを張られた者たちである。

 行け、と言うことだろうか。クーゴが問いかけようにも、情報を送ってきた張本人であるベルフトゥーロおよびエルガンは今、囚われの身となっている。彼女/彼の行方は未だ掴めていない。2人のレベルであれば、サイオン能力を駆使して逃走することは可能だろう。

 

 それでも、彼女/彼が脱出したという情報はない。

 ……もしかして、脱出できない理由があるのだろうか。

 

 

(いや、考えていても仕方がないか)

 

 

 クーゴはかぶりを振った。嘗ての仲間たちの動向は気になる。

 

 反政府テロの鎮圧任務とあるが、彼らがさせられることは文字通りの虐殺だ。良心的な軍人を地で行く面々には、些か厳しいかもしれない。

 それでも、ハワードたちはやり遂げようとするのだろう。……やり遂げなければ、ならないのだろう。クーゴは深く息を吐いた。

 

 

「…………」

 

 

 隣にいて端末を見ていたイデアの表情は晴れない。眉間には深々と皺が刻まれている。何か、悩んでいるようだ。

 

 

「イデア、どうかしたのか?」

 

「……クーゴさん。あの、私も貴方に同行してもよろしいですか」

 

 

 イデアは真剣な眼差しで、クーゴを見上げた。紫苑の瞳は逸らされることはない。言葉は確かに疑問形なのだが、クーゴが何と答えようとも、イデアは絶対について来ようとするだろう。

 彼女と一緒に行動することに、何か問題があるわけでもないのだ。むしろ、単騎出撃を想定していたクーゴにとって、とても頼れる相棒であろう。断る理由どころか、その申し出はとても心強いものだ。

 

 

「ああ、頼むよ」

 

 

 2つ返事で頷けば、彼女は安心したように微笑んだ。その表情はすぐに消えて、満面の笑みで「お任せください」と、大仰に胸を張って見せる。

 これでも彼女は250歳以上300歳未満。クーゴよりもはるかに年上なのだ。話していても、そうとは思えない。少々子どもっぽい同年代に思える。

 機体の準備も万端だ、と、エイフマン教授を筆頭とした技術者たちから連絡が入った。流石は旧ユニオンが誇る技術顧問だ。頼れる存在である。

 

 イデアの後ろで椅子に座っていたロックオンも、クーゴとイデアに声をかけようとして立ち上がり――ふと、何かに気づいて端末へ視線を落とした。

 

 中途半端に上がった右手の動きが止まる。眉間に深いしわが刻まれる。口元が戦慄いた。

 顔が顔面蒼白通り越して、今にも卒倒してしまいそうだ。ロックオンは大丈夫なのだろうか。

 

 

「――ッ、ライル!」

 

 

 弟の名前――ロックオンが零していたのを耳にしたことがある――を叫びながら、ロックオンは即座に能力を使って転移した。思念増幅師(タイプ・レッド)および『ミュウ』の力に慣れた彼は、後者由来の新しい力、もとい『サイオン波を駆使したテレポート』を使えるようになったばかりである。

 

 以前は“弟に何かあった/何か起きるかもしれないと察知する”と、暴発的にテレポートを繰り返していた。

 そのおかげで、弟の危機を未然に防ぐことができた代わりに自分が身代わりになっていたか。今回も、それに近いのかもしれない。

 『悪の組織』関係者の救急車に浚われるようにして連行されるロックオンの姿が脳裏に『視えた』ような気がした。その光景を頭の端へ片付ける。

 

 

(……あれ?)

 

 

 端末の下の方に、追伸と書かれた文面があった。それを一読し、クーゴは思わず眉をひそめた。

 「元第8航空部隊(オーバーフラッグス)の面々に遭遇したら、この台詞を言うように」というものだった。

 

 

(なんだこれ。……この台詞に、何か意味があるのか?)

 

 

 文面には「還ってきたとならばこの台詞」とある。しかも、ご丁寧に、その文章が赤く点滅しているのだ。情報の送り主があらぶっているのがよくわかる。

 脳裏に誰かの声がした。『ソロモンの悪夢』という単語が頭から離れない。その言葉の該当者もまた、還ってきた人物だった。義に生きた男の名前は、何だったか。

 考えたって分からないことは仕方がない。今は、自分にできることをするだけだ。クーゴ・ハガネという男が生きていることを、世界に知らせる必要がある。

 

 世界の裏で暗躍する蒼海も、操り人形にされているグラハム/ミスター・ブシドーも、これで気づくはずだ。まだ何も“終わっていない”のだと。

 

 蒼海の暴挙を赦すことはできない。彼女の支配を赦すことはできない。そのせいで、クーゴが関わってきた人々や無辜の人々が踏みにじられていくのを、黙って見ていられるはずがないのだ。

 己の胸に手を当てる。旧ユニオン軍の、青基調の制服が目に入った。今のクーゴが拠り所にする大切な絆の証であり、自分が取り戻したいと――『還りたい』と願う場所。決意を固めて前を向く。

 

 

「コロニー・プラウドで行われる掃討作戦の開始時間は……今から1時間後ですね。ESP-Psyonドライヴのワープを使えば、目標地点にすぐ到達できます」

 

 

 イデアは静かな面持ちで頷いた。

 

 S.D体制の技術水準では、既にワープドライブが開発され、実用化されていたという。惑星間の移動距離も短縮されていたようで、西暦2300年代からしてみれば羨ましいの一言に尽きる。しかもそれは、人類側も使えた技術であった。

 幼い頃に夢見たこと――外宇宙探索という言葉がリフレインする。西暦2300年代では実用化されていない技術ばかりだ。今後実用化されるとしても、膨大な時間がかかることだろう。その片鱗に触れているというのは、胸が熱くなる事実だった。

 どこかに置き忘れてきた子どもの姿が『視えた』ような気がして、クーゴは人知れず目を細める。感傷に浸るのは、これで終わりだ。後は前を向いて、還るべき場所へ向かって突き進むのみ。

 

 還りたい場所があるから、鳥は飛んでいける。

 はやぶさは、飛んでいけるのだ。

 

 クーゴはイデアと顔を見合わせ、頷いた。能力を駆使し、格納庫へ転移する。そのまま愛機に乗り込めば、技術者たちがざわめく声が聞こえてきた。カタパルトが開き、いつでも出撃できるという合図が見えた。

 操縦桿を握り締める。はやぶさのカメラアイが光った。スターゲイザー-アルマロスが飛び出していったのに続いて、はやぶさが飛んだ。宇宙(そら)の闇を切り裂いて、飛んでいく。純白の天女と夜色の鳥が並ぶ姿は、どこか神秘的な空気を漂わせた。

 2機の周囲に青い光が舞う。搭載されたドライヴが輝き、黄色かった粒子の色が翡翠色に変わった。宇宙(そら)と空間を、飛び越える。――周囲の風景ががらりと変わった。背後にいた白鯨の姿はなく、遠くの方にコロニーが見える。

 

 

(あそこが、コロニー・プラウド……)

 

 

 クーゴは目的地を睨みつけた。

 クーゴ・ハガネの、“始める場所”。

 

 赤く塗装されたジンクスたちが映った。懐かしい気配を感じ取る。

 

 

「みんな……!」

 

 

 ハワード・メイスン、ダリル・ダッジ、ジョシュア・エドワーズ、アキラ・タケイ。

 意図された采配であるとはいえ、仲間たちと再会したのはかれこれ4年ぶりである。

 

 じわり、と、クーゴの心に込み上げてくるものを感じた。その衝動に駆られるようにして、クーゴの口が開く。

 

 

「『還ろう、始まりの場所へ』」

 

 

 歌を、口ずさんだ。

 

 クーゴが歌いだしたのを皮切りに、5機のジンクスが攻撃の手を止めた。4機はハワードたちの機体だったが、残りの1機はクーゴの知らない相手のものだ。

 もしかしたら、残りの1機に搭乗するパイロットにも、クーゴの歌が『聞こえた』のかもしれない。その人物にも、『ミュウ』やそれとよく似た因子があるのだろうか。

 

 

「――危ない!」

 

 

 イデアの声が響いた。スターゲイザー-アルマロスが飛び出していく。スターゲイザー-アルマロスが守ろうとしていたのは、満身創痍のガンダムだ。

 両手と右脚がちぎれ、顔半分が黒いパーツになっている。その機体には見覚えがあった。グラハムとフラッグが追いかけ続けた天使――ガンダムエクシア。

 パイロットは勿論、刹那・F・セイエイだ。彼女もどうにか生き残ってくれていたらしい。ブシドーを止める手立て、もとい希望はここに存在していた。

 

 砲撃が再開される。見知らぬガンダムが、エクシアを助けるために戦場に降り立ったのだ。

 

 

「一体、何がどうなってるんだ!?」

 

 

 男の声が聞こえた。刹那、拳を振り上げるベルフトゥーロの姿が脳内によぎる。

 いけ、と、彼女の口が動いた。今だ、と、彼女の口が動く。――それに従うようにして、叫んだ。

 

 

「ユニオンよ、俺は『還って』来た!!」

 

 

 クーゴの高らかな声が、コロニー・プラウドの周囲に響き渡った。

 

 

「……ダメだ、ものすごくこっ恥ずかしい……! いくら約束とはいえ、この台詞言うのに何の意味があるんだ……!?」

 

 

 じわじわと湧き上がってきた羞恥心に押しつぶされそうになりながらも、クーゴは操縦桿を握り締める。

 

 アヘッドやジンクスが唖然とした様子でクーゴ/はやぶさを見つめていた。珍妙な乱入者が珍妙なことを口走ったのだ、誰だって驚くだろう。ハワードたちとは違う他のジンクスやアヘッドが、クーゴのはやぶさへと攻撃を仕掛けてきた。

 戦いに来たわけではないが、このまま大人しく殴られてやるつもりはない。『還る』前に死ぬなんて結末は御免である。突っ込んでくるジンクスやアヘッドに対して、クーゴ/はやぶさは真っ直ぐ突っ込むようにして飛んだ。

 

 ビームランスから繰り出されるレーザー攻撃を縫うようにして躱しつつ、こちらもビームライフルを打ち放った。

 ジンクスやアヘッドらが回避に専念する。その隙を狙って、クーゴははやぶさの速度を上げた。

 

 

「トランザム! ――サイオン、フルバースト!!」

 

 

 己の持ちうるサイオン能力を爆発させる。青い光が舞い上がり、普通からは想像できない勢いではやぶさが加速した。ESP-Psyonドライヴ搭載の特別性疑似太陽炉は「ガンダムに搭載されていた純正GNドライヴにおける“トランザム”も使用可能である」らしい。エイフマンとテオドアの談だ。

 トランザムとは、GNドライヴが作り出す特殊粒子の性質を利用したシステムだ。一定時間――数分間程度、爆発的な高速戦闘を行える。粒子貯蔵量が一定以下になる、あるいはタイムリミットがきてしまうと、GN粒子が充填されるまで再度使用することができないというデメリットがあるらしい。

 はやぶさは目にもとまらぬ速さでジンクスたちの元へと突っ込む。相手側から見れば、はやぶさが急接近してきたように見えるだろう。だが、そのまま突撃するのではない。クーゴの脳裏に浮かんだのは、嘗てのグラハム・エーカーが得意としていた空中可変だ。

 

 

「――グラハム・スペシャル」

 

 

 友の名を冠した技を、口に出す。

 どこかで見ているであろうグラハム/ブシドーに、届いてほしいと願いながら。

 

 

「――アンド」

 

 

 はやぶさが可変する。フラッグの面影を色濃く残す形態だ。

 速度を落とさず、勢いそのままに、ジンクスやアヘッドたちとすれ違う。

 すれ違いざま――あるいは出会い頭に、はやぶさは、鞘からガーベラストレートを引き抜いた。

 

 

「――“抜刀(ダラン・ソード)”!」

 

 

 薙ぎ払うような一太刀を浴びせる。すれ違いざま、あるいは出会い頭に行われた高速攻撃を躱すことなどほぼ不可能だ。侍の時代に生み出された抜刀術には、出会い頭やすれ違いざまに行う暗殺術もあった。それを、はやぶさで再現した。

 真正面にいたジンクスの首が吹き飛んだ。振り向きざまにアヘッドの肩に一太刀浴びせる。流れるようにして方向変換し、勢いそのまま別のジンクスたちに斬りかかった。煌めく太刀筋は、ジンクスやアヘッドたちを一網打尽にする。

 

 はやぶさと対峙していたジンクスおよびアヘッドが沈黙したのと同じタイミングで、クーゴはサイオンバーストを解いた。

 

 機体を覆っていた青い光が弾け、翡翠色の粒子が黄色へと変化する。ドライヴの出力は一気に数値を減らしたが、安定していた。

 クーゴは小さく息を吐く。今のところ、クーゴやはやぶさに大きな異常は発生していない。何かあったら大変なことになる。

 

 

『ESP-Psyonドライヴは、GN粒子だけでなく、パイロットの有するサイオン波の特性を利用します。よって、発動した際の効果や持続時間は使用者によって大きな差異があるんですよ』

 

 

 テオドアの話が脳裏を翔けた。

 

 

『例えば、“デコイを大量に作り出す”、“通常のシールド以上の強度を誇る鉄壁を発生させる”、“トランザムシステムを上回る高速戦闘が可能”など、その種類は多岐にわたります。パイロットの特性次第では、複数の効果を発生させるものもあるんですよ!』

 

 

 クーゴは己の手を見つめた。サイオンバーストを駆使した際、自分とはやぶさが青い光を放ったことを思い返す。テオドアとイデアも、複数の能力を組み合わせていると言っていた。

 複数の特性を有するのは、各能力でもトップクラスの実力者や荒ぶる青(タイプ・ブルー)の能力者に多いようだ。特に、“トランザムシステムを上回る高速戦闘”は荒ぶる青(タイプ・ブルー)であれば多くの者が使えるという。

 イデアやテオドアも使える能力であり、現時点でのクーゴが把握している己の特性だ。『悪の組織』関係者曰く、クーゴの能力は未知数だということらしい。まだまだ使える特性があるかもしれないそうだ。

 

 

『但し、能力の継続時間やその他諸々は、本人の精神力および精神状態に強く影響されます。感情が昂りすぎると、“サイオンバーストを暴走させ、最悪の場合は周囲に被害をまき散らして当事者も命を落とす”……なんて場合もありますので、注意してくださいね』

 

 

 危険を忠告するテオドアは、どことなく沈痛な面持ちでいた。彼にも何か、思うところがあったのかもしれない。

 

 サイオンバーストの危険性に関しては、テオドアだけではなく、他の面々からも聞かされた。特にベルフトゥーロは、真面目な顔をして何度も忠告していたか。

 彼女の幼馴染の母親(カリナ・アスカ)が、サイオンバーストの暴走によって命を落としたことを知っているためだろう。激高した幼馴染(トオニィ)の暴走による被害のこともあったのかもしれない。

 感情によって能力を引き出すのだ。感情をコントロールできないと、己と周囲に破壊をまき散らす。充分に注意しておかねばならない。クーゴは息を吐いた。

 

 

「撤退だ!」

 

 

 あちこちから、指揮官たちの声が響く。それを皮切りに、アロウズのMSたちは蜘蛛の子を散らすようにプラウド周辺から立ち去った。幾何か後に、カタロンの輸送船と思しき艦がプラウドから現れ、宇宙(そら)の闇へと消えていった。

 初陣にしてはいい感じだ。クーゴは1人納得する。視界の端に映ったのは、どこかで見たことのあるような母艦だった。以前、軍の情報で、ソレスタルビーイングの母艦であると示された画像の艦とよく似ている。

 

 『悪の組織』のデータベースにも、同じ母艦があった。名前は確か――プトレマイオス。

 

 見知らぬガンダムが、エクシアとスターゲイザー-アルマロスを見つめている。攻撃を仕掛けてくる様子はない。

 あれは、ソレスタルビーイングが新しく作った機体なのだろうか。以前目にした重装備系の機体と似ている。

 

 

『イデア・クピディターズ』

 

 

 青年の声が『聞こえた』。紫の髪をおかっぱに切りそろえ、眼鏡をかけた青年の顔が『視える』。

 彼の顔、およびプトレマイオスを目にしたイデアが狼狽えるように表情を曇らせた。

 

 

『イデア!』

 

 

 沢山の声が、イデアの名前を呼んでいる。驚きと、喜びと、祈りにもよく似た切実な想いが渦巻いていた。スターゲイザー-アルマロスは動かない。

 イデアは身を縮ませ、俯いた。彼女は何かに怯えている。嘗て仲間に向けられた畏怖の眼差しが、イデアの動きを止めているのだろう。

 「自分は『還れない』」と零していたイデアの言葉が脳裏をよぎる。彼女は、『還れない』――否、『還らない』決意を固めていた。

 

 イデアの決意は揺らいでいる。この場に留まり続ければ、彼女はまた違う決意を固めるのではないだろうか。共に歩む道を選択するかもしれない。

 

 『還りたい』と願うクーゴ個人としては、彼女にも『還って』欲しいと思っている。イデアは口では「『還れない』」と言い、『還らない』決意を固めている。けれど、仲間たちの動向に気を配っているあたり、本当は『還りたい』と思っているのだろう。

 仲間たちに対し、彼女は『ミュウ』であることを黙っていた。その判断が間違っていたとは思わない。迫害されてきた一族の記憶を鑑みれば、自分の正体を隠そうとするのは当然のことだ。仲間たちを失わぬよう、けれども『ミュウ』であることが露呈しないよう、イデアは必死にやってきた。

 

 

「……イデア。キミは、『還らない』のか?」

 

 

 クーゴは通信回路を開き、イデアに呼びかけた。

 

 

「彼らは、キミを呼んで……」

 

「『還れない』」

 

 

 イデアは、きっぱりと言い切った。

 

 

「そんなの、都合のいい幻聴です。……ソレスタルビーイングのみんなが、化け物の存在を赦すはずがない。争いの引き金になりかねない存在を、赦すはずがないんです」

 

 

 彼女の声は震えている。もしかして、泣いているのだろうか。場所が場所でなければ、涙をぬぐってやることができたかもしれない。クーゴは内心で歯噛みする。

 今は『還らない』。イデアの決断に対して、クーゴが何か言えるようなものではないのだ。わかった、と返して、スターゲイザー-アルマロスへと視線を向けた。

 純白のガンダムは、満身創痍のエクシアや新型ガンダム、および嘗ての古巣に背中を向ける。イデアの名を呼ぶ声が一層強くなった。悲鳴、と言った方がいいかもしれない。

 

 イデア/スターゲイザー-アルマロスを追いかけようとする機体の前に、クーゴ/はやぶさは躍り出た。

 ほんの一瞬、驚きの感情を持ってイデアが振り返る。クーゴの行動が予想外だったのだろう。

 

 

「――ありがとう、ございます」

 

 

 ほんの少し上ずった声で、イデアはクーゴへ感謝の言葉を述べた。

 

 名残惜しそうに嘗ての仲間たちを見つめた後、スターゲイザー-アルマロスは飛び立った。未練を断ち切ろうとするかのように、緑色の粒子が爆ぜた。トランザムシステムとサイオンバーストを併用した全力離脱。

 流石に、新型ガンダムでも対応できなかったようだ。それと同じく、進路を遮るはやぶさに対し、どう対応するか迷っているようである。にらみ合いを続けながら、クーゴはイデア/スターゲイザー-アルマロスが離脱したことを確認した。

 

 それを確認した後、クーゴ/はやぶさはスターゲイザー-アルマロスとは別方向へと飛び出す。飛行形態に可変し、サイオンバーストとESP-Psyonのワープを駆使して『飛んだ』。

 宇宙(そら)と空間を超える。ガンダムとソレスタルビーイングの母艦はなく、クーゴたちが身を寄せている白鯨が見えた。イデアのスターゲイザー-アルマロスの姿も見える。

 クーゴの想いは、嘗ての仲間たちに届いただろうか。蒼海の操り人形にされてしまったグラハム/ミスター・ブシドーに届いただろうか。考えてもわからないし、賽は投げられた後だ。

 

 

(……これから、か)

 

 

 先の見えない明日へ思いを馳せながら、クーゴは帰投する。

 はやぶさの隣にスターゲイザー-アルマロスが並んだ。

 

 その様は、例えるなら――隼が乙女を導いているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、怒ってるんだろうなぁ」

 

 

 プトレマイオスの廊下で、クリスティナ・シエラは目を伏せた。普段の調子からは想像できない程、声が沈んでいる。

 

 

「……やっぱり、辛いッスよね。俺たちは、イデアに酷いことしたんだ……」

 

 

 リヒテンダール・ツエーリも同じ気持ちだ。

 深々と息を吐く。天を仰ぎ、目を手で覆う。

 

 

「俺だって、イデアのこと、化け物だなんて言えるような立場じゃなかったのに」

 

 

 リヒテンダールは覆っていた手を離して、己の腕を天にかざした。服の下に隠れているが、そこには機械化した鉄の肢体が存在している。太陽光紛争のテロに巻き込まれた際、体の大部分を機械化することでリヒテンダールは生き延びた。

 生きているのか、死んでいるのか――あるいは“生かされている”のか。人間なのか、機械なのか――そもそも“生き物”と言える存在なのか。リヒテンダールの境界線は曖昧だ。もっと体を弄繰り回せば、化け物並みの力を得ていてもおかしくない。

 人間離れした力を持っていたイデアは、己の力がばれた末路を悟っていたのだろう。化け物と畏怖され、罵られることを覚悟して、それでもクリスティナとリヒテンダールを助けるために力を使ったのだ。二度とここに戻れないと――戻らないと覚悟して。

 

 クリスティナに嫌われるのが怖くて黙っていたリヒテンダールなんかより、イデアは辛く怖い思いをしていたのだ。

 秘密を抱えて、それでもみんなが大好きで、だから守ろうとしていた。リヒテンダールは目を伏せる。

 

 

「会いたいな。もう1回、話がしたい。また一緒に、笑いあいたい」

 

 

 クリスティナは蹲ったまま、視線を下したまま、声を震わせた。

 

 彼女は、イデアと親友のような間柄だった。クリスティナとイデアが楽しそうに談笑する現場を、リヒテンダールは何度も目にしている。

 イデアの戦死にはクリスティナが1番心を痛めていた。フェルトも、姉のような相手を失った悲しみに打ちひしがれていたものだ。

 

 後から合流した刹那もまた、沈痛そうな表情を浮かべていた。刹那にとっても、イデアは大切な相棒だったから当然だろう。それに、刹那に春をもたらした立役者でもある。

 4年前はイデアといがみ合っていたティエリアでさえ、イデアが自分たちの元から逃げ出したのを目の当たりにして落ち込んだのだ。クルーたちにとって、イデアはもう、大切な家族だった。

 今更かもしれない。でも、仲間たちは確かに気づいたのだ。――……イデア・クピディターズという女性が『何』であろうとも、自分たちにとっては、かけがえのない大切な仲間なのだと。

 

 

「俺もッスよ」

 

 

 リヒテンダールは瞼を閉じる。4年前には日常のように繰り広げられたイデアとの掛け合い。彼女に茶化されて振り回されてきたけれど、その騒がしさと和やかさが、今は酷く恋しい。

 還ってきてほしい。プトレマイオスクルーは、みんなそう考えている。みんなそう願っている。……そんなささやかな願いを壊してしまったのは、他ならぬリヒテンダールとクリスティナ自身だったのに。

 

 

「伝えたいことが、沢山あるのになぁ。……イデアに」

 

「……そうッスね。俺たちのこととか、今までのこととか……沢山、沢山」

 

 

 ――そう。

 

 ――伝えたいことが、沢山。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空の向うに、ぽつぽつと星が姿を現し始めた。市内に複数の学校があるためか、夕方になると学生らしき風貌の若者を見かけることが多い。丁度この時間帯が帰宅ラッシュなのだろう。中には遅くまで残っている者もいるようだが、それは少数派だ。

 テオドアは校内のゴミ拾いをしながら、目的の人物がここを通りかかるのを待っていた。用務員としてハイスクールに潜り込んで早3ヵ月。目的の相手とはそれなりにコミュニケーションを取れている。彼は最近、変な映像を見ると悩んでいる様子だった。

 

 

『大家族の兄弟たちが顔面蒼白になって大慌てしていたんです。何でも、「母が濡れ衣を着せられて政府に拘束されてしまった」「見せしめで処刑されてしまうんじゃないか」って、とても心配している様子だったなぁ』

 

『長兄が「落ち着け」ってみんなを宥めるんですけど、そう言っておいて、その人、自分が開発したMSと、MSを破壊できる威力にまで違法改造した対物ライフル片手に飛び出していこうとしていたんです。弟妹たちから「あんたが一番落ち着け」って怒られてたなぁ』

 

 

 彼の話を聞いて、脳内で「リアルタイム生中継」と草を生やしながら遠い目をしたのは1週間前のことだ。『悪の組織』の代表取締役であるベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイドの身柄が拘束されたのと同日でもある。

 ヴェーダを掌握、もとい、アロウズのスパコンからのハッキングから防衛していたリボンズたちにとって、母と慕うベルフトゥーロが敵の手に堕ちたとなれば相当な打撃である。その際の動揺および騒動が垂れ流しにされてしまったらしい。

 

 最近のリボンズは、コロニー・プラウドに勾留されているアニューと、ソレスタルビーイングの動向を気にしていた。

 

 

「ああ、ノブレスさん」

 

「おや、レイヴくん」

 

 

 聞こえてきた声に、待ち人が来たことを悟った。呼ばれた偽名(コードネーム)に一瞬身をすくめたが、すぐに人当たりのいい笑みを向ける。振り返った先にいたのは、テオドアに負けず劣らず人当たりのいい好青年だった。深緑の髪にアメジストの瞳が印象的である。

 

 この青年の名前はレイヴ・レチタティーヴォ。“表向き”は、この高校に通う学生だ。レイヴ自身はまだ何も自覚していないが、テオドアは彼のことを知っている。彼はリボンズと同じ塩基配列を有するイノベイドであり、ヴェーダがピックアップしている人物でもあった。

 しかし、テオドアが知っているのはその程度である。ヴェーダを掌握しているリボンズは興味深そうに微笑むだけで何も語ってくれない。教えてくれたことは、「テオドアは、レイヴ・レチタティーヴォが辿る顛末を見届けなくてはならない」ということだけであった。閑話休題。

 連日の映像(ヴィジョン)とレポートを纏めるための徹夜強行軍が祟っているためか、レイヴは酷く疲れ切った様子だった。彼との談笑で得た情報から総合すると、使命を帯びたイノベイドとして覚醒する間近のようだ。早ければ今日、あるいは明日一番になるであろう。

 

 

「これで、レポートの徹夜地獄からも解放された。清々しい気分です」

 

「そうですか。これでレイヴくんは進級確定ですね。確か、お友達は留年一歩手前でしたっけ?」

 

「あはははは。……フレッド、泣いてたなぁ」

 

 

 苦笑したレイヴは、教授にしこたま叱られたのちに留年宣言されたフレッドの横顔を思い出しているようだ。救済措置のレポートもハードな内容らしく、今度は彼が徹夜強行軍に入っているという。

 留年と言う単語を聞いて、テオドアの脳裏に地獄事変の一件が浮かんだ。仲間の中に『時の牢獄を破壊したら、次なる時の牢獄――留年が待ち構えていた』なんてことがあったか。一難去ってまた一難である。

 

 永遠の不変を望む者がいる一方、変化に富んだ未来を望む者がいた。後者の人々が起こした奇跡を、テオドアは『知っている』。

 

 

「今日は、レポートデスマーチ完走記念でもするんですか?」

 

「はい。今日はちょっと奮発して、外食するつもりでいます」

 

 

 そう言って、レイヴは端末を指示した。学生が行くには少々値の張るレストランだ。自分自身にご褒美、というものだろう。

 懐かしいものだ。嘗てのテオドアも、似たようなことをしては家族から顰蹙を買ったことがある。家族に内緒で、美味しい店の美味しいものを食べていたためだ。

 一度に家族を亡くしてしまうことになるなら、みんなと一緒に美味しいもの巡りでもすればよかった。――後悔しても、もう、失ったものは戻ってこない。

 

 今なら、一緒に美味しいもの巡りをしたいと思う相手が沢山いる。ネーナ、リボンズたち、レイフ、ヨハン、ミハエル――頭に浮かんだのは、彼らの笑顔だ。

 味覚を失い、仲間から借りなければ食事がままならない状態だが、テオドアは気にならない。守りたいものが手の中にあるのだと、改めて実感した。

 

 レイヴと話し込んでいたら、鐘の音が響いた。時計の針は丁度一周しており、薄闇は色を濃くして周囲を包み込んでいた。

 

 

「じゃあ、ボクはこれで。ノブレスさん、また明日」

 

「ええ。――さようら、レイヴ」

 

 

 レイヴは笑いながら手を振り、駆け出した。テオドアも2つ返事で頷き、若者の背中を見送る。

 彼の背中が見えなくなったのを確認し、テオドアは真顔になった。もう大学には用はない。

 

 テオドアは帰宅の手続きをさっさとこなし、作業服から私服へと戻る。ハイスクールの門を出て繁華街へと赴き、隠れ家となったマンションの一室に足を踏み入れた。人目についていないのを確認したテオドアは、端末を開いた。持ってきていたPCと繋ぎ、電源を入れた。

 軽やかな手つきでキーボードを叩く。テオドアの目的は、この大学に勤めていた用務員――ノブレス・アムの痕跡を、『違和感なく』消すことだ。ヴェーダやアプロディアからのバックアップのおかげで、データ改竄は難なく終了した。

 これで、ノブレス・アムという人物は『本日付で、一身上の都合により退職した』ことになっている。テオドアは大きく息を吐いた。オールバックにしていた髪を解いて、銀縁眼鏡とカラーコンタクトを外す。琥珀色のアーモンドアイがゆるりと細められた。

 

 このまま役者になってもいいかもしれない――なんて、ふざけたことを考える。歌手か技術者のどちらかで悩み抜いていた時期や、死へ向かって突っ走っていた頃が懐かしい。

 

 

「ふー……」

 

 

 テオドアは大きく息を吐き、ペットボトルの飲み物を煽った。時刻は22時52分。それを確認したのを待っていたように、端末が鳴り響いた。メールの着信である。

 コロニー・プラウドで発生した反政府デモの情報だ。実際は、カタロンによる救出作戦を察知したアロウズが行った鎮圧作戦であった。確か、そこにはアニューが拘束されていたはずだ。

 彼女は大丈夫だったのか。アニューに何かあれば、ヒリングやリヴァイヴが黙っちゃいない。それこそ、リボンズのように、ガデッサを駆り特別改造した対物ライフル片手に飛び出していくだろう。

 

 ふと、テオドアは手を止めた。ソレスタルビーイングのガンダムが姿を現した、という欄である。エクシアの奮闘に百面相するリボンズの様子が頭に浮かび、苦笑した。

 他にも、フラッグとよく似たMSが現れていたらしい。そちらはスターダスト・トレイマーのMSだと言われているそうだ。その正体を、テオドアはよく知っている。

 

 はやぶさを駆るクーゴの姿が『視えた』ような気がして、テオドアはふっと表情を緩めた。

 

 現在時刻は23時02分。間髪入れず、また端末が鳴り響く。

 こんな短時間の間に何が起きたのか、と、テオドアは身構えながら端末を操作する。

 

 

「『レイヴ・レチタティーヴォの機能覚醒を確認』、か」

 

 

 これで、ヴェーダは『レイヴがミッションを完遂できる環境』を整えるだろう。下手したら、レポートやテストは既にパスしたことにされているかもしれない。フレッド氏が耳にしたら発狂ものであることは確かだ。

 

 一通りの情報を確認した後、テオドアは端末をしまいPCを閉じる。

 手早く身支度を済ませ、隠れ家から目的地へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




【参考および参照】
『Wikipedia』より、『居合術』および『抜刀術』

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