第九話 油断大敵
あの黒い騎士に斬り捨てられてから暫くして、篝火の前に亡者として肉体が再構築される。
新たに人間性を砕き篝火にくべる。
その炎に当てられながら先ほどの光景を思い浮かべる。
全くぶれることの無い剣先、骨ごと身体を断ち切る技術、大剣を片手で軽々と扱う膂力、盾を弾き飛ばした時の判断力。
たった一瞬だったがその全てがまぶたの裏に焼き付いている。
そう言えば大王グウィンの騎士達が火継ぎの旅の後に世界各地を放浪していると言う。
もしかしたらあの騎士がそうだったのかもしれないな。
黒騎士の事は一先ず置いておく。
今重要なのは、先に進もうと思うと火炎壺と斧を持った亡者を掻い潜ら無いと行けない事だ。
どうやって突破したものか。
やはり遠距離攻撃が出来る武器が必要か?しかし、さっきの戦いでソウルを失ってしまったから商人の所にあった弓を購入するのは無理だ。
そもそも俺は弓を使った経験なんぞない。
遠距離を攻撃できる代物は今の俺の手持ちには火炎壺とナイフしか無い。
しかしこれらは牽制に使えはしても決定打になりはしないだろう。
高低差の問題もある。
彼らは上から投げるだけで構わないがこちらは高い場所まで投げないといけない。
走り抜けようとすると亡者が入り口を塞ぎ、それの相手をしていると火達磨だ。
オマケに下に逃げると黒騎士の歓迎が待っている。
上手い手が浮かばない。
目の前のナイフと壺を眺めながらあれこれ考える。
せめて正面を塞ぐ亡者の動きを一瞬だけでも止められれば何とかなるのだが…。
壺は意外と重くこの状況には不向きだな、だがナイフ一本では奴らの動きを止めるには至らないよな。
いや、まてよ?
盾の裏にナイフを仕舞い壺を腰に括り付ける。
試してみたい事が出来た、上手く行けば此処を通り抜けられるかもしれない。
改めて通路の前に立つ。
今回は剣を鞘に仕舞って右手はフリーにしてある。
通路を渡ろうとすると先ほどと同じように爆炎が視界を奪う。
降り注ぐ火炎壺を掻い潜り入り口へと向かう。
亡者が現れ斧を振りかぶっていが、その身体に盾に仕舞ったナイフを四本同時に投擲する。
しかし投げたタイミングが早かったからか簡単に避けられてしまう。
それで良い。お前をそこから動かすのが目的なんだ。
そのまま建物の中に転がり込み亡者達と向かい合う。
部屋の奥の扉が開きもう一体亡者が追加される。
斧持ちが二体、剣持ちが一体か。
幸いなのは盾を持っているのは剣を持っている奴だけということか。
俺は彼等に見えるように盾の裏から新たにナイフを四本取り出して今にも飛び掛かりそうな彼等を牽制する。
流石に眉間や喉を狙うのは無理だが胴を狙って投げればそれなりに当たるだろう。
だが盾を構えた亡者はそのままこちらに来る。
ナイフ程度では盾の上から攻撃出来ないと思っているのだろうか?勿論俺のメイン武器はナイフでは無い。
構えている盾を回し蹴りで弾き飛ばし、後ろの二人に目掛け手に持ったナイフを投げ付けてから抜剣する。
後ろの二人は予想外だったのか反応出来ず片方の亡者は心臓に深々とナイフが突き刺さっていた。
両手で剣を構え、後ろを見ながら唖然としている亡者を容赦無く斬り捨てる。
最後にナイフが刺さり腹を押さえている亡者に詰め寄り首を刎ね飛ばす。
なんだか、上手く行き過ぎた感が有るな。
思っていた以上に結果が出てしまい素直に喜んで良いのか悪いのか微妙な所だ。
俺は調子に乗り易いからなぁ。
使用したナイフを回収した俺は奥の扉から見える階段を上って行く。
その先には三体の亡者が固まって居た。
丁度いいな。
火炎壺は爆弾のように爆発するから爆風でダメージが期待できる。
腰の火炎壺を握りながら彼等に気付かれないように近寄って行き、彼等の中心に壺を投げ込む。
予想外だったのが爆風によって彼等亡者の身体が燃え上がりバタバタと倒れて行った事だ。
亡者の身体は炎に弱いのか。
確かにミイラの様な身体だと思っていたが、まさにその通りだったのか…。
自分の身体にも起こりえる出来事に気を引き締めて旅を続けて行こうと思わせてくれる光景だった。
商人から買った鍵を使って目の前の小屋に入る。
そうして中で見つけた宝箱を開ける。
中には何やら黄色い松脂のような物が入っていた。
そして不思議な事にこの松脂は帯電しているようだった。
民家から外に出ると、見張り塔の様な場所にまたボウガンを持った兵が上からこちらを覗きこんでいた。
射角の問題なのか向こうから撃たれる事は無かったがあれには良い思い出が無いので最優先で潰す事にする。
見張り塔の螺旋階段を駆け上がり頂上へと到達する。
奴はボウガンを構え階段の上から此方を狙っていた。
矢が放たれる前にナイフを投擲、それが引き金を握る手へ吸い込まれる様に刺さる。
堪らず奴はボウガンを落とし手を押さえる。
それを階段を駆け上がる勢いを殺さずに斬り捨てる。
仕留め終えた亡者には目もくれずに俺は足元に落ちているボウガンを拾う。
試しに矢を放って見るが問題なく使用出来た。
階段を上っている際に思いついた事だったが、存外上手くいってくれて助かった。
これで遠距離に対する攻撃手段も確保出来た。
先ほどの亡者からボウガンに装填する為の矢を拝借した、数にして30本程だったが今はこれで十分だろう。
ボウガンはクロスボウとも呼ばれ片手で矢を放てる上に特別な技量が必要無く誰にでも扱える武器だ。
その分リロードの際に隙が出来たり、限界以上の性能が出せないなどの欠点があるが弓を使えるか怪しい俺が使うには最適な物だろう。
見張り塔の高さを利用し下に見える亡者達の頭を撃ち抜いて行く。
そうして辺りを制圧し下に降りる。
周りに転がっている亡者達の亡骸を跨ぎながら不死教区へ向う為の階段の上の亡者に矢を放つ。
しかし彼は咄嗟にしゃがみ放たれた凶弾を回避する。
ボウガンを仕舞い抜剣してから階段を駆け上がり先手を打とうとするが、彼は燃えた樽を上から転がしてきた。
上に向かおうとしている身体を無理やり避けさせたが間に合わず樽に跳ね飛ばされ地面を転がる。
地面に倒れている俺に亡者が階段を飛び越え、落下する勢いを利用して俺を持っていた剣で地面に串刺しにする。
幸い、急所から外れていたおかげで即死はしなかったが重症には変わりない。
腰の剣は階段で轢かれた時に落としてしまった。
蛙の様に腹ばいに地面に縫い付けられた状態ではナイフを投げる事も出来ない。
この亡者は慎重な性格なのか、俺を貼り付けにしたままにして階段のそばに転がっている俺の剣を探している。
恐らく無抵抗な俺に確実に止めを刺す積もりなのだろう。
だがそんなに簡単に負けてはやれない。
仕舞っていたボウガンをソウルから取り出し口を使って何とか矢を装填する。
そして奴が俺の剣を発見し拾った瞬間にこめかみをボウガンの矢が撃ち抜いた。
両手に力を入れ地面からゆっくり立ち上がる。
次に自分の背中に刺さっている剣を引き抜きエスト瓶で傷を癒す。
調子に乗りやすいと自分で言って居てこの様か。
あの黒い騎士のようになるなんて今のままだと夢物語だな。
警戒心を弛めず維持し続けるのは難しいな。
この件は要反省だ。
でないと口ばかりの愚か者になっちまうからな。
そんなんだと格好付かないだろ?