アンドレイの大きな種火は放浪者が影でコッソリ渡してます。
第五十一話 刃の魅力
ロートレクの遺品と、彼の所有していた火防女の魂を手に入れ、自分の世界に帰還する。
今の俺は恐らく泣いているのだろう、視界がさっきからボヤけていてまともに前が見えない。
だが、泣くのはこの世界に居る間だけだ、自分の世界に帰れば王の試練が待っているんだ。
だから、泣くのは今だけだ。
元の世界に帰る頃には涙も止まっていた。
そして、両断されたハルバードをどうするか、頭を悩ませる。
いくら綺麗に両断されてしまったとは言え、素人の手では修復出来そうに無い。
一旦、アンドレイの所まで戻ろうかと思ったのだが、微かに鉄を打つ音が聞こえる。
その音に導かれるように移動して行くと、巨人が剣を打っていた。
彼は拙い言葉で武器を鍛えるか? と聞いてきた。
彼の手に俺の装備を預け、修理してもらう。
彼の手で修理されたハルバードを受け取り、他には何が出来るのかと聞いてみると、彼は雷の変質強化と、特殊なソウルを使用した武器の変質も可能だそうだ。
彼は俺の中にあるクラーグのソウルと、腰の刀を指差していた。
彼の指示に従い、クラーグのソウルと腰の居合い刀を彼に渡す。
巨人鍛冶屋がクラーグの魂を居合い刀に込めるように強化して行く。
徐々にその形を変質させて行く居合い刀。
彼は打ち終わった刀を俺に向けて差し出し、他に何か無いか?と聞いてきたのだが、俺は受け取った刀を鞘から抜き、その刃に目を奪われる。
至高の一振り。
究極の刀。
混沌の刃と銘打たれていたこの刀には特徴的な斑流紋が浮かんでいる。
この刀は刃を見ただけで名刀だと分かる。
恐らく、この刀以上の斬れ味を持つ刃物はロードラン中を探し回っても見つからないだろう。
岩でも鉄でも斬れそうだ。
寧ろ、今すぐ、何かを、斬りたくなってきた。
丁度、今、目の前に、斬れそうな物が……。
刃を振り上げ、巨人鍛冶屋に斬り掛かろうとした時だった。
巨人鍛冶屋はもう用が無いと思ったのか、再び鉄を叩く音が辺りに響き、正気を取り戻す。
急いで刀を納刀して刃を見ないようにする。
荒くなった息を整えながら、この刀の事を考える。
この刀の刃を眺めて居ると、不思議と周りに見える物を手当たり次第斬ってみたくなってしまった。
目の前の巨人鍛冶屋の事を斬れる何か、としか認識できなかった事からもその恐ろしさが分かってしまうだろう。
だが、この刀を手放したくは無い。
必ず俺の旅に役に立つ物だ。
こんな発想をしている時点でこの刀の魅力に囚われてしまったのだろうが、コレを耐えられればこの先、心が何かに揺さぶられる事は無くなるだろう。
確かにクラーグの性質を引き継いで居るためか、振るうだけでも力が抜けて行くような気分になる。
生物を斬ればその分生命力を吸われてしまうだろう。
更に、この刀は芸術品と言う言葉では収める事が出来ない程美しい物だ。
この美しさもクラーグの性質を受け継いでいるのだろう。
この刃に、生命の火を捧げたくなって来るのだ。
世に言う妖刀や魔剣の類いは、こう言った物なのだろう。
それらはタダの刃物だ、妖刀や魔剣と言った称号は振るう者によって付けられた蔑称。
数打ちの唯の刀でも、万分の一、億分の一の確率で打たれる渾身の一振りに魅了された人がいれば、それは十分妖刀になり得る。
この混沌の刃も同じだ。
俺の心構えで、名刀やなまくらにも、魔剣や聖剣にもなるのだ。
怖いから使わないでは駄目だ、この刀を存分に使えるようにならなければ。
混沌の刃はソウルには仕舞わず、腰に差しておく。
大きく深呼吸し、混沌の刃を抜く。
何度見ても美しく、素晴らしい刀。
コレで何かを斬りたくなってくる。
その誘惑を断ち切るように、外にいる蝙蝠のデーモンに向かって踏み込み、斬り捨てる。
デーモンは手に持つ槍ごと骨まで一気に斬り裂かれる。
その際に、俺の身体を何かに蝕まれるような感覚と共に倦怠感が襲う。
斬った感覚は無かった。
まるで空を斬るがのごとくにこの刃の銀閃は目の前のデーモンを一刀の元に両断した。
ふと、刃に再び目を奪われる。
血で濡れた刃は最高に美しく、頬擦りしたい程で。
もっと、もっとこの刃が血に濡れた所を見たくて。
目を瞑り、血払いを済ませ刀を改めて納刀する。
思考が、またこの刃に魅了される所だった。
認めたくは無いが、今ならあの放浪者の気持ちが分かりそうだ。
その事に溜息をつきながら首を振り、思考を切り替える。
コレを呑み込んで、刃を振るえるようにならないといけないのは中々骨が折れるぞ……。
殺人鬼のような思考になり始めたから、一回篝火まで戻って頭を冷やそう。
お ま け 不死の英雄外伝〜闇の落とし子〜
センの古城で、あの騎士に挑戦状を叩きつけた後、俺は師匠の元に向かっていた。
俺が師匠と出会ったのは蜘蛛女の住処から出た時だった。
あの騎士によって付けられた人生で始めての黒星。
餓鬼だった頃に住んで居たソルロンドのスラム街でも、食い扶持を求めて入団したアストラの騎士団でも味わった事の無い屈辱。
それを何倍にもして返すために、奴が丁重に作っていた墓を暴き、魔剣を引き抜いたその帰り道に出会った女が俺の師匠だ。
呪術と言う業、文字の読み書きなんざ出来やしなかった俺でも使える物。
魔術も奇跡も結局は恵まれた人間が使う物、俺のような半端者には縁が無い。
あの男は以前には無かった魔術を扱ってやがった。
だから、俺もそれに対抗する力が必要だった。
始めは、利用するだけ利用してから殺すつもりだったのだが、最近は不思議とそんな気が起きなくなっていた。
ーどうした? 神の居城に向かったのでは無かったのか?ー
ーその前に、アンタに呪術の火を強化してもらいたくてなー
ーそれは構わないがな……ふむー
師匠は顎に手を当てて何かを考えている。
今までの経験が碌な事じゃねぇと俺に警笛を鳴らして居る。
ーあーっと、やっぱりやmー
ーよし、思い付いたぞー
嫌な予感は的中しやがった。
ー何か、変わった料理が食べたいー
ー是非、私に振舞ってくれー
ーまたかよ‼︎ー
ーこの間、作ってやったばっかだろうが‼︎ー
本来、不死人は食欲が無い。むしろ、人間だった頃の習慣に縋り付き、不死という現実を受け入れる事ができずに終わっちまう連中も多いのだからある方がおかしい。
なのに、目の前の女はアレが食いたい、コレが欲しいから取ってこいなどと、好き放題言いやがる。
拒否しようものなら面倒な拗ね方をしてコッチの話も聞きやしねぇ。
俺は溜息を一つ付いて、変わった料理と言う注文に頭を巡らす。
俺のレパートリーは全て振舞った事が有る以上、手持ちのレシピは役に立たん。
かといって知り合いも少ない為、料理を聞いて回る何て事は出来やしねぇ。
アレンジは所詮アレンジだ、作るならこのロードランにも中々伝わっていない東の辺り料理か。
そんな事をつらつらと考えていると。
ー……いや、冗談だ、本気にするな馬鹿弟子ー
ー呪術の火だったな、待っていろ今強化するー
ーあん? なんだそりゃ?ー
ー変に気ぃ使ってんじゃねぇよー
ーアンタがそれを強化してるウチに適当に見繕ってやるー
ー期待して待ってやがれー
こんな感じの事が裏では繰り広げられてます