第二十六話 朽ちた古竜
大扉に手を当て、押したり引いたりして見たが開く気配は無い。鍵が掛かっているのは当然か。
鍵を求め、周辺を探し回っていると先ほど見た砦に出る、その先に出るための階段には霧が見える。近くにはソラールとロートレクのサインがあり、恐らくはこの先に進む必要があると言う事か。
二人を召喚し腹を括る。
霧を越えると辺りは闘技場のようになっていた。
そこに足を踏み入れると分かる圧倒的な存在感、姿は見えずとも何かが居るのが分かる。
闘技場の奥に穴があり、その深い地の底からワニのような頭をした竜が這い上がってくる。
城下不死教区で出会った竜とは違い、身体中腐り果てた竜、しかしその存在感並びに威圧感は以前の竜とは正しく”格”が違う。
更に、その全身は今まで戦った敵の誰よりも巨大だった。
彼の発するプレッシャーにより思わず後ずさってしまう。古の竜は朽ちてなお健在と言った所か。
ソラール達も顔を顰めその存在感を目の当たりにしているようだ。
屈しそうになる心に喝を入れ背中の大剣を引き抜く。
俺が戦う意志を示したからか、目の前の古竜は咆哮を上げ上体を起こす。
肋骨となる部分が全て牙となった巨大な口が開く。
捕食者とその対象、そんな構図が頭に浮かぶ。
本能的な恐怖に身体が包まれ全身が再び震え出す。貼っていた虚勢が剥ぎ取られ思考が逃げる事しか考えられなくなる。
だが、それらを振り払うかの如く、俺は大声を張り上げる。
-来やがれッ‼︎腐れドラゴン‼︎-
-ネズミだって、猫を噛むと言うことを教えてやるッ‼︎ー
抜剣した大剣にエンチャントを施し、切っ先を向けて啖呵を切る。その光景にソラールはバカ笑い、ロートレクも苦笑いを零していた。
古竜はそのままこちらに突進して来る。
俺たちはそれぞれ分散し左右と背後に回り込む。
エンチャントが施された武器は名剣に匹敵する、それはこれまでの道中でよく分かった。
しかし、古竜には気休めにしかならず僅かに鱗を傷つけるだけに留まっている。
俺の大剣でこれなのだ、ソラール達は俺以上に戦いづらそうだった。
ソラールの雷の槍が鱗を数枚破壊する、ロートレクの曲剣が古竜の体表を剥ぎ取る。
しかし、どれも決定打にはならず竜の歩みを止めるに至らない。
それでも、俺は尻尾に向かって何度も何度も剣を振り下ろし彼の傷を広げていく。
身体の末端とは言え徐々に痛みが増して行くのに耐えられなくなったのか、身体を大きく捩らせて周囲に居る俺たちを弾き飛ばす。
俺は鞭のように振るわれた尻尾の直撃をまともに貰い、全身の骨を砕かれたような衝撃を受け意識が飛んでしまう。
気を失ってしまった騎士を庇うように二人の霊体が古竜に立ち向かって行く。
太陽の信徒が古竜に雷を投げ、注意を奪う。女神の騎士がその曲剣で寸分違わず同じ傷に向かって刃を振るう。
鬱陶しい人間を弾き飛ばしたにも関わらず、足元にまだウロチョロとしている。その事実が更に竜の怒りを買う。
足に力を入れ、大きく跳躍する古竜、その巨大な身体を持って矮小な人間共を潰そうとする。
暴れ回る竜、それの矛先を一身に受ける霊体達。
騎士が目を覚ますまであと少し。
数分、或いは数十分か、地面が揺れる衝撃と竜の咆哮が迂闊にも気を失ってしまった俺を揺り起こす。
目が覚めると自分の身体が壁にめり込んでいて、身体中の骨が比喩抜きで砕けていた。
こんな有様となっても、虫の息となっても、辛うじて生きていた。
今回は自身に罹っている不死の呪いに救われた形になったな。
目の前では友人達が俺の為に奮闘してくれている。
こんな所で寝ては居られない。
エスト瓶を取り出し中身を飲もうとするが、砕けた腕では力が入らず床に落としてしまう。
それを拾おうと手を伸ばすが掴み取る事ができずに苛立ちが募っていった。
俺がこうしてもたついている間にも彼らは徐々に追い詰められて行く。
身体ごと倒れ込みエスト瓶の側に顔を近付け、床に零れたエストを舐め取るように飲んでいく。
口に含まれた量は少量、しかし効果はあった見たいで、無理矢理にではあるが動けるようになった。
急いでエスト瓶を拾い喉に流し込む。身体を完治させ転がっていた大剣を古竜に向けてぶん投げる。
投げられた大剣は完全に意識の外にあったらしく古竜の背中に突き刺さった。
仕留めたと思った人間が自分に対して牙を向けたことに驚いたのかゆっくりとこちらを向く。
エスト瓶はただ傷を治すだけのもの、身体に残っている痛みや疲労などは取れることはない。
古竜の視線の先には満身創痍の俺が映っているだろうな。
投げてしまった大剣の代わりにソウルからハルバードを取り出しエンチャントを施す。
ソラール達に自分の回復を示すため、その場でハルバードを薙ぎ払う。
-さぁ、第二ラウンドだ-
-次は早々とマットに沈まないぜ?-