第百三十話 鏡写し
始まりの火が灯る聖域。
静寂に包まれ、荘厳な空気が流れている此処で行なわれる火継ぎの儀式は粛々と済まされる筈だった。
だが、この聖域は今静寂とは程遠く、荘厳な空気は欠片も無い。
剣戟の音が響き渡り、爆風によって灰が巻き上がる。
その音源は二人の男。
片方の男は放浪者の装いをし、その右手には墓王の大剣が、左手には混沌の娘によって限界を越えた呪術の火が灯っていた。
彼の大剣は幾多の武具を取り込んだ刃と化し、その全てのチカラを振るうことが出来る。
もう片方の男は上級騎士の鎧を着込み、その右手にはアルトリウスの聖剣が、左手にはアルトリウスの聖盾が握られている。
そして彼の背に背負われている聖剣、その名は月明かりの大剣。
聖剣の中の聖剣、深淵の邪神を討った刃。
互いにぶつかり合う為の格は十分。
そしてその存在は対極。
方や闇の王、方や光の王。
前者は世界に闇の帳を落とし、神に成り代わる事を目的とし、後者は世界そのものを創り直す事を目的としている。
しかし、鏡写しの彼らの目指すものは奇しくも同じ物。
結果や過程は違えど、人の世を創ろうとする目的は同じなのだ。
だが、彼らの中に協力や和解などと言う言葉は無い。
何故なら、世界の王は一人で十分なのだから。
放浪者は墓王の大剣を蛇腹剣のように振るい、騎士を強襲する。
彼は鞭のようにしなるその刃を巧みに操り、周囲の隆起した地面に身を隠している騎士を引き摺り出す。
騎士はその刃を防ぐために、アルトリウスの聖剣を連結部に振り下ろし墓王の大剣の破壊を目論む。
放浪者はその動きに合わせて刃を巻き戻し、その過程で彼の握っている聖剣を絡め取る。
騎士はすり抜けて行く聖剣を気にした様子は無く、直ぐさま盾の裏に貼り付けていたナイフを彼に投擲する。
刃の巻き戻しによって産まれる隙、そこに付け入るように放たれるナイフ。
放浪者はそれを巻き取っている最中の墓王の剣を操作し、騎士から絡め取った聖剣ではたき落とす。
ナイフを迎撃後、放浪者はアルトリウスの聖剣を握ろうとしたのだが、剣自身に拒まれてしまい、それを断念する。
彼がもたついたその一瞬を狙い、放浪者の身体に目掛けて騎士が闇の玉を撃ち付ける。
彼は咄嗟に墓王の大剣で防いだようだが、その一撃で闇術の恐ろしさを察したようだ。
騎士が二度目の闇術を発動する為に杖を構えている姿を確認した放浪者は、おもむろに刃を振るう。
放たれたのは真空の刃、それはアイアンゴーレムの斧の力。
彼の刃が取り込んだ無数の武具の一つ。
その一撃によって彼の詠唱を阻害しようとしたのだろうが、騎士はその一撃を防ぎもせずに無理矢理闇術を発動する。
真空の刃には猛毒が含まれて居たようで、口から血を流しながらも騎士は立ち上がり、それを解毒する。
騎士の周囲に展開した追う者たち。
深淵の邪神マヌスの業、最強の闇術。
彼は月明かりの大剣を振るって光波を飛ばして彼を牽制しつつ、闇の霧を放って放浪者の視界を奪う。
光波による牽制を受けた放浪者は、その霧こそ回避したものの、その代償に騎士の姿をたった一瞬見失ってしまった。
その瞬間に霧の中から襲来する追うものたちを、放浪者は墓王の大剣で斬り払ってゆく。
最後の一つを迎撃しようと彼がモーションを起こした瞬間に、霧の中から騎士が居合抜きを敢行する。
回避や防御は不可能、大発火程度では押し切られてしまう。
決定打かと思われたその刃を、放浪者は膝で蹴り上げる。
彼の神速の居合抜き、それを抜かれてしまえば防ぐ方法は無い。
だからこそ、抜刀の瞬間を狙って鞘ごと蹴り飛ばし、蜘蛛姫から授かった混沌の大火球を投げつける。
騎士はそれをパリィし、ナイフを取り出そうとしたのだが、それを防ぐ為に放浪者は大発火で騎士の盾を弾き飛ばす。
その一瞬を好機と見たのか、放浪者は混沌の嵐をもって周辺ごと全てを焼き尽くす。
火柱に弾き上げられた騎士は、背中の月明かりの大剣を暴発させ、辛くもその区域から脱出した。
仕切り直し、お互いがその場から飛び退き、互いの剣を構えながら相手を見据える。
完全に防ぎきったかに思えた騎士の居合い抜きは彼の脇腹を確かに切り裂いていた。
深くは無いが決して浅くは無い傷。
だが、対峙する騎士の胸にも風の刃による傷が深々と刻まれ、至る所に火傷の跡が残っている。
明らかに、騎士は追い詰められていた。
放浪者が取った策は、彼の手数を潰す事。
いくら機転が効いたとしても、どんな奇策を思い付こうと、実行する為の手段が無ければ水泡に帰すからだ。
そして、その策は見事嵌った。
騎士が再び聖剣に魔力を込め始め、その際に出来る隙をカバーするかのように、炎のハルバードを回転させながら投擲する。
ブーメランのように炎の円を描いているハルバードを、放浪者は回避せずに墓王の大剣の刃で迎撃する。
ハルバードの炎に接触した瞬間、その部分が炸裂し、彼の腕を弾き上げるが、その反動を利用して燃える刀身を地面に突き立てる。
騎士の足元から突き上げられるように現れた無数の墓王の大剣、それは魔力で編まれた幻影だったが、その悉くが騎士の身体を貫いた。
咄嗟に彼は急所だけは逸らしたが、全身を串刺しにされ身動きが取れなくなっていた。
投影した刃が消える前に騎士の下まで踏み込んだ放浪者を彼は睨み付ける。
彼の手に武器は無い、月明かりの大剣は串刺しにされた際に取りこぼした。
放浪者は心底興奮しながら彼に向かって刃を向ける。
ーそれだよ、その眼だよ‼︎ー
ー昔から変わらないそいつを、俺は抉ってやりたくってなァ‼︎ー
そう言った彼は騎士の赤眼を抉り取る。
痛みを堪えている騎士に愉悦の表情を見せながら彼は刃を振り下ろす。
ーAuf Wiedersehen‼︎ー
ー嗚呼、ずっとお前に言ってやりたかった……ー
ー俺の、勝ちだァァァァァァァア‼︎ー
あっ(察し