うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・24~ ユズハの願い・色仕掛け

 

 再び戻ったヌルティオセの都にて、『ティティカルオゥル』は情報を収集する運びとなった。

 軍を統率する指揮官への道をつけるため、まずは兵を丸めこもう、というのが今日の策だ。

 某(それがし)はアルルゥ、カミュ、ユズカ殿と共に、目的の兵がいる飲み屋を眺める宿の一室に待機している。

 ――のだが。

「……ティティカ姉はどうしたんだ?」

「寝てる。

 頭痛いって」

「……まったく、あの人は」

「あの、昨夜だいぶお酒を召し上がっていましたから、

 そのためではないかと」

「今日の調査はティティカ姉が言い出したのですよ?

 だというのに……」

「それは、その、申し訳ございません……」

「あ、いや、ユズカ殿を責めたわけでは」

「むー、トラ、ユズっちいじめた」

「だから、違うと。

 い、いちいちガチャタラを用意するなっ」

「でもほら、作戦と服は借りてきたから、

 とりあえずカミュたちだけでやってみようよ」

「作戦、ねぇ……」

 ティティカ姉が考えた策は単純明快。

 色仕掛けによる篭絡だった。

 古今東西、情報収集には金と女を使うのが常道ではある。

 それはまぁ、ティティカ姉の色香をもってすれば、大概の男は陥落するのだろうが。

 何分、今この場に残っているのは、アルルゥたちである。

「着てみた」

「どう、でしょうか?」

「えーと……」

 アルルゥとユズカ殿が、ティティカ姉の着物を身にまとい、その姿を某(それがし)に見せつける。

「袖や裾が、ずいぶん余ってしまうのですが……」

「むふー。ムラムラ?」

「……いや、

 だらしないだけにしか見えないな」

 体格も体型も合わない布地を無理やり体にまとめていては、艶(あで)やかさもなにもない。

 率直な感想はユズカ殿の涙を誘い、某(それがし)はガチャタラの奇声に脳を揺すられる事となった。

 そんな些細な騒ぎの中、第三の人物が戻ってくる。

「こんなのでいいのかな?

 ティティカ姉様とちょっと違う気がするんだけど」

「ぶっ?」

 現れたカミュの姿に、思わず噴きだしていた。

 どうまとめたのか、着物の裾は膝までしかなく、おまけに大きく開いている。

 オンカミヤリューの翼を出すために、背はほとんど露出した状態だ。

 その上で前まで着崩しているので、胸などは半ばこぼれだしていた。

「な、なんて格好だっ。

 ティティカ姉でももう少し大人しいぞっ」

「えー、そう?

 似たようなものじゃないかな」

 言ってその場でくるりと回る。

 短い裾がまくれ上がり、白い足が眩(まぶ)しく覗く。

 節度を語るべき口が、体の硬直によって動かない。

 その様をどのように解したのか、カミュは口の端を大きく吊り上げていた。

 文字通り、にんまりと。

「まあいいや。

 トラちゃんの反応見るかぎり、

 ちゃんと目的は果たせてるみたいだし」

「あ、あのなぁ」

 アルルゥとユズカ殿からの視線を感じる。

 棘のある痛々しい視線だ。

 なぜそのような目で見るのだろう。

 某(それがし)はまったく悪くないというのに。

「それじゃ早速行ってみよう。

 あのお店で飲んでるんだって」

「お、おい」

 そんな事など気にもせず、カミュは某(それがし)の腕を引いて宿を出ていた。

 護衛としての役割は始めから決められていた事だが、こうも急では話もできない。

 呆気にとられているうちに、目的の飲み屋へと足を踏み入れていた。

 店内にいた酔客たちが、一斉に視線を向けてくる。

 当然、某(それがし)にではなく、カミュにだ。

 店には酌をする女たちも何人かいるのだが、カミュとは露出の度合いが違う。

 健やかな手足の白い肌は、色とりどりの衣服よりも、遥かに男たちの注目を集めていた。

 全員が声を失っている間に進んでいたのは、計算なのか、地の成せる業か。

 カミュは足早に目的の人物へと近づいていた。

 細く鋭いまなざしに、細い顔と細い身形。

 痩せぎすな体がまとう武装は、ヌルティオセの兵が備える正規のものだ。

 ティティカ姉の調べによれば、戦場指揮の要人と密接な繋がりがある人物だという。

 取り入れば、核心とはいかぬまでも、なんらかの情報を得る手がかりにはなるだろう。

 慎重な対応が求められる交渉の場を、某(それがし)はカミュに任せる事にした。

「えーっと……

 うっふーん、ちょいと、おにいさん?」

「ぷ、くっ……」

 正確には、第一声に噴きだしかけて言葉を継げなくなったのだが。

 色っぽい仕草と口調のつもりなのだろう。ティティカ姉を真似ているのかもしれない。

 にしても面白すぎる。

 見た目が色気を振りまきすぎなだけに、言動の稚拙さが余計に際立っていた。

 重要な作戦である事はわかっているのだが、どうしても笑いを堪えきれない。

 カミュは赤くなった顔をチラとだけ某(それがし)に向けてから、果敢にもそのまま男へ話しかけた。

「ちょ、ちょいとお話したいんだけど、

 相席いいかな?」

「……断る。消えろ」

 だが、そんなカミュの懸命さも、男には伝わらなかったようだ。

 まあ、この演技に引っかかるような者が重要人物でも、こちらが困る。

「え、ええ? なんで?

 カミュ、こんなにがんばってるのにっ。

 ほら、胸とか足とかいっぱい出してるよ?」

「興味がない。いいから消えろ。

 さもなくば――」

 などと、面白がっていられるのもここまでか。

 某(それがし)は男が剣に手を伸ばしたのと同時に、カミュの前に進み出た。

「そこまでにしていただこう」

「なんだ、キサ……ま」

 鋭いばかりであった男の目が、唐突にその光を揺るがせた。

 少しは話を聞くつもりになったのか。

 機を逃さず、速やかに警告する。

「非礼は詫びる。

 しかし、刀に手をかけ

 それ以上近づくというのならば、

 某(それがし)にも相応の用意が――」

「……ほう。

 イイ男がいるではないか」

「――……は?」

 だが、どうやら男の変化には、別の意味があったらしい。

 細い目には先とは異なる、妖しい光が宿っていた。

「話とやら、聞いてやってもいいぞ。

 ただし、二人きりで、な」

「い、いや、ちょ、

 そ、そういうのは考えてなか――」

「初めてか? 怖がる事はない。

 慣れれば女よりもいいものだ」

「な、何の話を……!

 カ、カミュ、助け――」

 思わず助けを求めた先、後ろに避難していたカミュは、なぜか瞳を輝かせていた。

「そういうのもアリだよね!」

「あるかぁ!」

「さぁ、行こうか」

「いや、まて、落ち着け!

 某(それがし)にそんな気は――」

 思いもよらぬ強い力に逆らえず、無理やり店から引きずりだされていた。

 囲む好奇と興味の衆目の中に、感じる二人の少女の視線。

「タイガ様……不潔です」

「がんばってこーい」

 息を詰まらせるユズカ殿と、親指を立てるアルルゥの姿に、思考が数瞬停止する。

 気がついた時には、馬車に乗せられていた。

「さあ、楽しもうじゃないか」

「……なーーーーーーーーーー!!」

 動き出した馬車の中、叫ぶ声も高らかに、技も術もなく暴れまくる。

 

 ……いかなる末路を迎えたかは、あえて語らぬ事としよう。


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