うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
戦が終わった後であっても、雇兵(アンクアム)にはまだまだ需要がある。
軍の雑用に残党狩り、不穏な情勢に対する護衛や用心棒から、夜盗強盗に身を窶(やつ)す者まで様々だ。
今はまだボルネ・オという名のままの街に、『ティティカルオゥル』は留まっていた。
雇兵団(アンクァウラ)としての仕事を探しながら、逃げた仮面の女と、その供であるエヴェンクルガの消息を求めて。
成果には、あまり芳(かんば)しいものはなかったが。
征服された街の中、巡回する正規の兵がちらほらと見える大通り。
どこか殺伐とした剣呑な活気に満ちた場を、某(それがし)はアルルゥと共に歩いていた。
背に、食材の山を積み負って。
「なぜ、某(それがし)がこのような真似を……」
「ゴハンの準備はトラの仕事」
「こんな雑用はテルテォにでも
やらせればよいだろうが」
「むー、がんばるって言った」
「それは、確かに言ったが……」
ガチャタラと共に不満のまなざしを向けられると、返す言葉がない。
背にかかる重みを噛み締めながら、ただ黙して足を運ぶ。
指を結んだ夜以来、アルルゥはなにかと用事を押しつけては、その約束を持ち出して某(それがし)を振り回すようになった。
食事に関することばかりでなく、職務私用の別もなく、だ。
ずいぶん仲良くなったじゃないか、などとティティカ姉は笑っていたが、実際に付き合わされるこちらは身がもたない。
某(それがし)はムックルのように頑丈ではないのだ。
さて、どうやって納得させようか。
言葉を探しているうちに、アルルゥが歩みを止めていた。
見ているのは、先の人垣か。
にぎわいとは異なる人だかりの向こう側から、交わされる激しい声が聞こえてきた。
「なんだテメェ」
「なんか文句あんのか、コラ」
「妙な格好しやがって。余所者はすっこんでな」
ガラの悪い男が三人、威嚇の声を上げていた。
この程度の騒ぎは珍しくもない。
巡回の兵たちも、一瞥しただけで通り過ぎている有様だ。
対する人物は二人。
白い外套(アペリュ)を身にまとった、華奢な姿と小さな姿。
「今お店のもの盗ったでしょ。
お金払わなきゃいけないんだよ」
「ひ、姫さま、おやめください。
危ないですよ」
どうやら女性と子供のようだ。
声と体格でそうと知れた。
特に女性の方はわかりやすい。
身の丈に対して大きすぎる外套(アペリュ)も、胸の膨らみを隠しきれてはいなかった。
男たちも、それに気づいたらしい。
「あ? なんだお前、女か」
「だったらもっと楽しいことしようぜ。
こんなところで騒いでないでよ」
「ツラ見せてみな、おら」
女性の正論を聞こうともせず、下衆な笑みを浮かべにじり寄っていく。
小さな方がますます慌て、男たちから離れようと手を引くが、女性は毅然と対じたまま動こうとはしなかった。
捨ておくわけにはいかないだろう。
「トラ」
「ああ」
アルルゥに促されるまでもなく、背の荷を置いて歩み出ていた。
腰の刀に手はかけない。
この程度の騒ぎで抜く必要もない。
「あ? なんだテメェ」
「なんか文句あんのか、コラ」
「妙な格好しやがって。
余所者はすっこんで、
なぁ!?」
使い古された文句を最後まで告げさせることなく、一人の手をとり、地に叩きつけた。
呆然とした隙に、もう一人の顎を掌で打ち、落とす。
「な、なにしや、がっ――」
最後の一人の背に回り、意識を叩き伏せるまでに、まばたき二度の時も必要としない。
唐突に終わった騒ぎに周囲の方が声を失っていた。
それは、当事者である女性も同じ。
「大丈夫ですか? お怪我は――」
「ありがとー! 助かっちゃったよー」
「ありっ?」
声を掛けた途端、飛びついてきた女性に押し倒されていた。
柔らかい、大きな胸に。
抱きしめられて息ができない。
圧倒的な存在感は、ティティカ姉にすら匹敵するだろう。
などと、冷静に判断している場合ではないっ。
「ちょ、やっ、離れ、むごっ!」
「みんななんだか怖かったけど、
やっぱりいい人もいるんだねー。
ね、ムティ。
世の中捨てたものじゃないって言ったでしょ」
「姫さま、はしたないですよ。
感謝を述べるならきちんと礼節をふまえてですね」
「それはいいから、離れ、ろっ」
「トラ、いやらしい目になってる」
「なってないっ」
「ほえ?」
のしかかる力がふいに消えた。
あまりに唐突な変化と、垣間見た美に、思わず意識を奪われる。
乱れた外套(アペリュ)の下から現れたのは、銀の髪と青い瞳。
そして、黒い翼だった。
「アル、ちゃん?」
驚きの声と表情は、名を呼ばれたアルルゥも同様に。
「……カミュちー?」
「やっぱり、アルちゃんだー!」
「ぐぇ?」
倒れた某(それがし)を踏み台に跳び、黒い翼はアルルゥを抱きしめた。
頬に涙を伝わせながら。
あたたかな想いはすぐに伝わったのだろう。
呆然としてたアルルゥも歓喜の声を返す。
「ホントに、カミュちー?」
「ホントだよ、カミュだよ!
アルちゃん、アルちゃん!
うぅ、久しぶりだよー」
「むふー。カミュちー」
「元気そうでよかったよー。
あは、ガチャタラも一緒だー」
『キュウゥ』
感動の再開、なのだろう。
少女たちの邂逅は華やかに、涙は周囲へと伝わり、
いつの間にか、抱きあう二人はよくわからない喝采に包まれていた。
踏み潰された某(それがし)を気にする気配は微塵もない。
小さく、肩を叩かれた。
「ぅ?」
「お疲れ様です」
小さな姿の、小さな手に。
幼さ残すオンカミヤリューの少年だけが、同類を哀れむまなざしで、某(それがし)の功を労(ねぎら)ってくれた。