うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・1~ 再会

 

 戦が終わった後であっても、雇兵(アンクアム)にはまだまだ需要がある。

 軍の雑用に残党狩り、不穏な情勢に対する護衛や用心棒から、夜盗強盗に身を窶(やつ)す者まで様々だ。

 今はまだボルネ・オという名のままの街に、『ティティカルオゥル』は留まっていた。

 雇兵団(アンクァウラ)としての仕事を探しながら、逃げた仮面の女と、その供であるエヴェンクルガの消息を求めて。

 成果には、あまり芳(かんば)しいものはなかったが。

 

 征服された街の中、巡回する正規の兵がちらほらと見える大通り。

 どこか殺伐とした剣呑な活気に満ちた場を、某(それがし)はアルルゥと共に歩いていた。

 背に、食材の山を積み負って。

「なぜ、某(それがし)がこのような真似を……」

「ゴハンの準備はトラの仕事」

「こんな雑用はテルテォにでも

 やらせればよいだろうが」

「むー、がんばるって言った」

「それは、確かに言ったが……」

 ガチャタラと共に不満のまなざしを向けられると、返す言葉がない。

 背にかかる重みを噛み締めながら、ただ黙して足を運ぶ。

 

 指を結んだ夜以来、アルルゥはなにかと用事を押しつけては、その約束を持ち出して某(それがし)を振り回すようになった。

 食事に関することばかりでなく、職務私用の別もなく、だ。

 ずいぶん仲良くなったじゃないか、などとティティカ姉は笑っていたが、実際に付き合わされるこちらは身がもたない。

 某(それがし)はムックルのように頑丈ではないのだ。

 

 さて、どうやって納得させようか。

 言葉を探しているうちに、アルルゥが歩みを止めていた。

 見ているのは、先の人垣か。

 にぎわいとは異なる人だかりの向こう側から、交わされる激しい声が聞こえてきた。

「なんだテメェ」

「なんか文句あんのか、コラ」

「妙な格好しやがって。余所者はすっこんでな」

 ガラの悪い男が三人、威嚇の声を上げていた。

 この程度の騒ぎは珍しくもない。

 巡回の兵たちも、一瞥しただけで通り過ぎている有様だ。

 対する人物は二人。

 白い外套(アペリュ)を身にまとった、華奢な姿と小さな姿。

「今お店のもの盗ったでしょ。

 お金払わなきゃいけないんだよ」

「ひ、姫さま、おやめください。

 危ないですよ」

 どうやら女性と子供のようだ。

 声と体格でそうと知れた。

 特に女性の方はわかりやすい。

 身の丈に対して大きすぎる外套(アペリュ)も、胸の膨らみを隠しきれてはいなかった。 

 男たちも、それに気づいたらしい。

「あ? なんだお前、女か」

「だったらもっと楽しいことしようぜ。

 こんなところで騒いでないでよ」

「ツラ見せてみな、おら」

 女性の正論を聞こうともせず、下衆な笑みを浮かべにじり寄っていく。

 小さな方がますます慌て、男たちから離れようと手を引くが、女性は毅然と対じたまま動こうとはしなかった。

 捨ておくわけにはいかないだろう。

「トラ」

「ああ」

 アルルゥに促されるまでもなく、背の荷を置いて歩み出ていた。

 腰の刀に手はかけない。

 この程度の騒ぎで抜く必要もない。

「あ? なんだテメェ」

「なんか文句あんのか、コラ」

「妙な格好しやがって。

 余所者はすっこんで、

 なぁ!?」

 使い古された文句を最後まで告げさせることなく、一人の手をとり、地に叩きつけた。

 呆然とした隙に、もう一人の顎を掌で打ち、落とす。

「な、なにしや、がっ――」

 最後の一人の背に回り、意識を叩き伏せるまでに、まばたき二度の時も必要としない。

 唐突に終わった騒ぎに周囲の方が声を失っていた。

 それは、当事者である女性も同じ。

「大丈夫ですか? お怪我は――」

「ありがとー! 助かっちゃったよー」

「ありっ?」

 声を掛けた途端、飛びついてきた女性に押し倒されていた。

 柔らかい、大きな胸に。

 抱きしめられて息ができない。

 圧倒的な存在感は、ティティカ姉にすら匹敵するだろう。

 などと、冷静に判断している場合ではないっ。

「ちょ、やっ、離れ、むごっ!」

「みんななんだか怖かったけど、

 やっぱりいい人もいるんだねー。

 ね、ムティ。

 世の中捨てたものじゃないって言ったでしょ」

「姫さま、はしたないですよ。

 感謝を述べるならきちんと礼節をふまえてですね」

「それはいいから、離れ、ろっ」

「トラ、いやらしい目になってる」

「なってないっ」

「ほえ?」

 のしかかる力がふいに消えた。

 あまりに唐突な変化と、垣間見た美に、思わず意識を奪われる。

 乱れた外套(アペリュ)の下から現れたのは、銀の髪と青い瞳。

 そして、黒い翼だった。

「アル、ちゃん?」

 驚きの声と表情は、名を呼ばれたアルルゥも同様に。

「……カミュちー?」

「やっぱり、アルちゃんだー!」

「ぐぇ?」

 倒れた某(それがし)を踏み台に跳び、黒い翼はアルルゥを抱きしめた。

 頬に涙を伝わせながら。

 あたたかな想いはすぐに伝わったのだろう。

 呆然としてたアルルゥも歓喜の声を返す。

「ホントに、カミュちー?」

「ホントだよ、カミュだよ!

 アルちゃん、アルちゃん!

 うぅ、久しぶりだよー」

「むふー。カミュちー」

「元気そうでよかったよー。

 あは、ガチャタラも一緒だー」

『キュウゥ』

 感動の再開、なのだろう。

 少女たちの邂逅は華やかに、涙は周囲へと伝わり、

 いつの間にか、抱きあう二人はよくわからない喝采に包まれていた。

 踏み潰された某(それがし)を気にする気配は微塵もない。

 小さく、肩を叩かれた。

「ぅ?」

「お疲れ様です」

 小さな姿の、小さな手に。

 幼さ残すオンカミヤリューの少年だけが、同類を哀れむまなざしで、某(それがし)の功を労(ねぎら)ってくれた。


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