うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・21~ アルルゥといっしょ・戦へ

 

「いやー、今日も働いたねぇ」

「んふー、たのしかった」

 夕食の席では、今日も楽しげな声が交わされている。

 仕事に関する反省(?)めいた話なのはまだよいが、それも西瓜(シイカ)収穫の手伝いでは……

 街のおもしろおかしい散策行へと移り変わった話を聞き流しながら、某(それがし)は大きく息を吐いた。

「トラ、おかわり」

「おや、どうしたんだい。

 元気ないじゃないか。

 やっぱり自分で作らないと

 納得できないかい?」

「そんなわけがありますか。

 俺が……某(それがし)が不満なのは、

 雇兵団(アンクァウラ)としての

 仕事内容に関してです」

 空になった椀を受け取りながらも愚痴をこぼしていた。

 汁をすくい、注ぎ足す間も、語る文句は止まらない。

 エヴェンクルガにあるまじき行為だとわかってはいたが、一度噴きだした思いは鎮まらない。

「ティティカ殿は本当に

 雇兵団(アンクァウラ)として

 名を広める気があるのですか?

 ここ数日、我らがこなした仕事といえば

 人足めいた事ばかりではありませんか。

 久しく剣をまともに振ってもいません。

 このようなことでは名誉や主を

 得られぬばかりでなく、

 腕を磨くことすらままならないでは

 ありませんか」

「おや、雇兵(アンクアム)になるのは

 乗り気じゃないのかと思ってたけど、

 そんなに人を斬りたいのかい?」

「そ、そういうわけでは……」

「山賊退治めいた話もないわけじゃないよ。

 食いっぱぐれた元農民なんてのを

 斬りたいんなら受けてもやるさ」

 盃を一つ干し、差し出しながら、ティティカ殿は言った。

 顔には笑みを浮かべているが、瞳の奥には冷たい光を湛えている。

 思わず唾を飲んでいた。

 そう、武士(もののふ)の名誉とは、つまり人を斬ることだ。

 例えそれが誰であれ、世に害をなすのであれば、斬る。

 迷う必要などありはしない、のだが……

 横から向けられるアルルゥの視線が、どうしようもなく痛かった。

 空になった盃を満たしながら、言葉を返す。

「……それが、名誉となるのであれば」

「心が揺れてるよ、

 エヴェンクルガのお侍様」

「っ……」

 隠したつもりの動揺は、ごくあっさりと見抜かれていた。

 敗北感にも似た思いがよぎる。

 器が違う、と。

 言葉を失った某(それがし)を前に、ティティカ殿は気にする風でもなく、常の彼女に戻っていた。

「それに、こんな日常もけっこう

 気に入ってるんじゃないのかい?」

「そんなこと、は……」

 言われて気づく。

 某(それがし)の手は気落ちする心とは無関係に、差し出されたアルルゥの椀に自然とお代わりを注いでいた。

 ここまで順応していたのかと、別種の情けなさが胸を満たす。

 ティティカ殿は楽しげに盃を舐めていた。

「焦るもんじゃないよ。

 大丈夫だって。

 ちゃんと相応しいデカいヤマにも

 当たりつけてあるんだから……

 グ、フっ!

 ゲホ、う、ふ……」

「ティティカ殿?」

「おねーちゃん?」

 突然その言葉が止まる。

 ティティカ殿は盛大に咳きこみながらも、近づこうとした某(それがし)たちを、伸ばした手で制した。

「ゲホ、ゲホ……。

 あー、ゴメンゴメン、ムセちまったよ」

「いや、しかし――」

「失礼しますよ」

 それでも寄ろうとした動きは、外からの闖入者に妨げられた。

 戸を開いたのは、ネズミを髣髴とさせる、見覚えのある少年。

「お前は、あの商人と一緒にいた……」

「ハイ、ハイ、ニコルコと申します。

 どうぞご贔屓に」

 挨拶も早々に、ニコルコは外見同様の素早さで、ティティカ殿の元に歩み寄っていた。

 書簡を手渡し、耳元で何事か囁いている様がどうにも胡散臭い。

 親玉と同じような雰囲気に、溜めていた不満を思いだし、吐きだす。

「ちょうどいい。一度言っておきたかったのだ。

 お前らが某(それがし)たちにもってくる仕事だがな、

 もう少し――」

「タイガ、お待ちかねの仕事がきたよ」

 それも、途中で遮られた。

「平穏な日常もここまで、だね」

 告げる声はごく軽やか。

 ティティカ殿のまなざしはにこやかなまま、少しだけ寂しさを湛えていた。


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