うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

20 / 235
~第一幕・17~ アルルゥといっしょ・割烹

 

「ねーちゃん。注文たのむよ」

「こっちも、酒と肴おかわりだ」

「はぁい。ただいまぁ」

 酔った男たちの呼び声に、ティティカ殿がほがらかな言葉を返す。

 着崩した艶やかな装いはそのまま、豊満な胸は襷(たすき)がけにされ、より強調されていた。

 客たちはティティカ殿を振り向かせたいがために、飲みきれぬ、食いきれぬ注文を繰り返している。

 そして、別の一方では。

「お嬢ちゃん。おじさん、

 おかわり頼んでもいいかなあ?」

「わかった。まってる」

「次、こっちも頼むよー」

「ん」

 割烹着を着たアルルゥが、急ぐ様子もなく対応していた。

 口数少なく黙々と働く様はティティカ殿とは対照的で、それがまた違った種類の客に好ましく見えているのだろう。

 外では、ムックルが客引きとして座りこんでいる。

 いや、あれは不貞寝だろう。

 アルルゥに厳しく言われているからやむをえないのだろうが、客寄せとして置かれている様は、とても森の主(ムティカパ)とは思えない。

 もっとも、今の某(それがし)に、ムックルを笑うことはできなかった。

「タイガ、お酒を三本と串焼きの盛り合わせ。

 それとお通しもう四つね」

「トラ。お酒よっつと焼魚定食みっつ。

 あとアルルゥも串焼き食べる」

「……」

 請けた注文をこなすべく、厨房にこもっているような様では。

 

 場所はとある食事処。

 飯と酒を供ずる店が、今回の仕事場だ。

 昼飯時から夕餉の今まで、某(それがし)たちは休む間もなく、人の波を回し続けていた。

 

 溜息を吐きながら、用意した注文の品を並べていく。

 六本の酒と串焼きの盛り。

 お通し四つに焼魚の定食三つ。

「むー、アルルゥの串焼きは?」

「仕事をしろ、仕事を」

「う~」

「ティティカ殿!」

「ん、なに?」

「これが雇兵団(アンクァウラ)の仕事ですか、

 これが!」

「えーっと、ほら。

 戦場では後方の補給隊ってのもいるじゃない。

 そういうのの延長だと思えば」

「ここは戦場ではないでしょう」

「まあまあ、いいじゃない。

 名も売れるし、お金もいいんだから」

「こんなことで名が売れても不名誉ですっ」

 思わず爆発させた怒りも、まるで聞いてはもらえない。

 ティティカ殿は軽い笑いで受け流すと、呼び声に引かれて行ってしまった。

 後には、さらなる注文をとってきたアルルゥが残っているだけ。

「いいから、はやく作る」

「某(それがし)は料理番ではないっ」

「仕事は仕事。

 エヴェンクルガは一度うけた仕事を

 途中でほうりだしたりしない」

「ぐ……」

 幼さを感じさせる言動は、しかし逆らいがたい説得力で、某(それがし)の心を深々と抉(えぐ)っていた。

 湧き上がる葛藤を、他にぶつける場所もない。

「く……

 くそおおお!」

 しかたなく、すべての無常を忘れるように、俎板(まないた)の上の食材を望まれるがまま刻み続けるのだった。 

 

 

「割烹『ティティカルオゥル』としても

 やっていけそうだね」

「絶対にお断りです!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。