うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「ねーちゃん。注文たのむよ」
「こっちも、酒と肴おかわりだ」
「はぁい。ただいまぁ」
酔った男たちの呼び声に、ティティカ殿がほがらかな言葉を返す。
着崩した艶やかな装いはそのまま、豊満な胸は襷(たすき)がけにされ、より強調されていた。
客たちはティティカ殿を振り向かせたいがために、飲みきれぬ、食いきれぬ注文を繰り返している。
そして、別の一方では。
「お嬢ちゃん。おじさん、
おかわり頼んでもいいかなあ?」
「わかった。まってる」
「次、こっちも頼むよー」
「ん」
割烹着を着たアルルゥが、急ぐ様子もなく対応していた。
口数少なく黙々と働く様はティティカ殿とは対照的で、それがまた違った種類の客に好ましく見えているのだろう。
外では、ムックルが客引きとして座りこんでいる。
いや、あれは不貞寝だろう。
アルルゥに厳しく言われているからやむをえないのだろうが、客寄せとして置かれている様は、とても森の主(ムティカパ)とは思えない。
もっとも、今の某(それがし)に、ムックルを笑うことはできなかった。
「タイガ、お酒を三本と串焼きの盛り合わせ。
それとお通しもう四つね」
「トラ。お酒よっつと焼魚定食みっつ。
あとアルルゥも串焼き食べる」
「……」
請けた注文をこなすべく、厨房にこもっているような様では。
場所はとある食事処。
飯と酒を供ずる店が、今回の仕事場だ。
昼飯時から夕餉の今まで、某(それがし)たちは休む間もなく、人の波を回し続けていた。
溜息を吐きながら、用意した注文の品を並べていく。
六本の酒と串焼きの盛り。
お通し四つに焼魚の定食三つ。
「むー、アルルゥの串焼きは?」
「仕事をしろ、仕事を」
「う~」
「ティティカ殿!」
「ん、なに?」
「これが雇兵団(アンクァウラ)の仕事ですか、
これが!」
「えーっと、ほら。
戦場では後方の補給隊ってのもいるじゃない。
そういうのの延長だと思えば」
「ここは戦場ではないでしょう」
「まあまあ、いいじゃない。
名も売れるし、お金もいいんだから」
「こんなことで名が売れても不名誉ですっ」
思わず爆発させた怒りも、まるで聞いてはもらえない。
ティティカ殿は軽い笑いで受け流すと、呼び声に引かれて行ってしまった。
後には、さらなる注文をとってきたアルルゥが残っているだけ。
「いいから、はやく作る」
「某(それがし)は料理番ではないっ」
「仕事は仕事。
エヴェンクルガは一度うけた仕事を
途中でほうりだしたりしない」
「ぐ……」
幼さを感じさせる言動は、しかし逆らいがたい説得力で、某(それがし)の心を深々と抉(えぐ)っていた。
湧き上がる葛藤を、他にぶつける場所もない。
「く……
くそおおお!」
しかたなく、すべての無常を忘れるように、俎板(まないた)の上の食材を望まれるがまま刻み続けるのだった。
「割烹『ティティカルオゥル』としても
やっていけそうだね」
「絶対にお断りです!」