うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第四幕・26~ 闇の宮・罪罰

 

 崩れる天井に倒れる巨鳥。

 満ち満ちていた深い瘴気が、射しこんだ光でわずかに薄まる。

 突然の闖入者たちにより、黒い球堂は束の間の静寂に包まれた。

 それは、混乱が広がる直前の静寂。

 音を忘れた場の中で騎兵の姉弟は、涼しげなまなざしを崩さぬ隻眼の怨敵と向き合っていた。

「貴様ぁ、ラクシャイン!」

「貴公らか。

 なるほど、ここまで迫るとは大したものだ」

「ぬかせ!

 オリカカン皇とクッチャ・ケッチャの民の怨み、

 今度こそ晴らしてくれる!」

「落ちつけ、テルテォ」

「しかしっ、姉上!」

 血気にはやる弟を諌(いさ)め、リネリォは冷たい視線をラクシャインへと向け続けていた。

 ムックルを中心とした円陣の基となる点に、瘴気を吐き出し続ける六つの怨石(オゥ・カゥン)を見る。

「……あれが、

 貴方のご子息の成れの果てか」

 訊ねる声に感情はない。

「……そうだ」

「人の負の念たる『怨(オン)』を集い、

 地獄(ディネボクシリ)への門を開け、

 この世(ツァタリル)を終わらせる。

 そのための子だと」

 どこまでも静かな問いに、答える声もまた静か。

「……そうだ。

 それこそ我が子の、

 そして、我の生まれた意味だ。

 大神(オンカミ)ウィツァルネミテアより

 我が血に与えられた宿業にして使命」

 気負いのない挙動のまま、ラクシャインは鋼の棍を振った。

 軽々と扱う動きには、触れるすべてを砕く威がこめられている。

「邪魔をするというのであれば

 何者だとて容赦はせぬ。

 この世を地獄(ディネボクシリ)と化してでも、

 我は、我が子を蘇らせよう」

「子を、蘇らせる?」

「それこそが、

 我が唯一の贖罪なれば」

「言いたいことはそれだけか、

 一族の恥晒しが!」

 交わされる静かな言葉を、憤怒の声が遮った。

 テルテォの示す怒りは純粋で、それゆえ強い。

「いかな妄言を並べ立てようと

 貴様が裏切り者であることに変わりはないっ。

 名誉も誇りも全てを捨てて、

 我欲のために、一族を……!」

「…………」

「なにが宿業だっ、なにが贖罪だ!

 それを成して、

 貴様の罪が許されるとでも思うのか!」

「……いや」

 反論の言葉はなかった。

 黙したままテルテォの怒りのすべてを受け止め、それでもラクシャインは揺るがない。

 それは己の罪を知り、罰を覚悟した者の佇(たたず)まい。

 その上で尚、彼は我が道を貫くと決めたのだろう。

 今ならば、リネリォにもその意が少しだけわかる。

 それもまた人の生き方なのだと、旅の中で知ったから。

「貴方は武士(もののふ)ではなく、

 父としての道を選ばれたのだな」

 ラクシャインは答えない。

 沈黙こそが雄弁に彼の想いを語っていた。

 握られた、重く硬い鋼の棍の挙動も、また。

「だが……」

 続けようとした言葉は、それ以上届かなかった。

 束の間の静寂は、すでに時を終えていたから。

「貴様ら、一体何者だ!

 神聖な儀式の最中に、このような……っ。

 ええい、誰であろうが構わん。

 殺せ!

 そやつらの血を地獄(ディネボクシリ)へと捧げるのだ!」

 覆面の一人が上げた気勢に乗り、黒服の群れが動きだした。

 手に武器を取り、奇声を上げ、なだれるように押しよせてくる。

 対峙する三騎の周囲は、瞬きの間で騒音に埋められた。

「姉上っ」

「チ……」

 短く舌を打ちながら、リネリォは迫る敵へ槍を振るう。

 だが影は、どれほど斬っても一向に数を減らす様子を見せなかった。

 やむをえず場を移せば、その分、怨敵との距離は開いていく。

 三度槍を振るう間に、ラクシャインの姿は再び遠くへ離れていた。


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