うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第四幕・23~ 闇の宮・儀式

 

 夜の夜。

 闇の闇。

 あるいは、魔の胎動に蠢く子宮。

 黒く重い角石を積み上げ形作られた球堂の有様に、その中心で輝きを放つ巨大な法陣に、アルルゥは見覚えがあった。

 

 それは、いつか地の底で見た、『大封印(オン・リヤーク)』と呼ばれる陣に酷似していた。

 

 異なる点はただ一つ。

 満ちているものが清らかな光ではなく、滅紫の瘴煙であることだけ。

 それは、六方に置かれた呪物から溢れ続けている。

 分かたれた六つの怨石(オゥ・カゥン)、幼子の頭に胴、両の腕と両の足から、絶えることなく、延々と。

 ハクビの呪言が響く。

 濃密な障気は渦を巻き、意思を持つように集まっていった。

 刻まれた陣の中央に。

 そこに置かれたムックルに。

『ヴォオオオオオオオオ!』

「ムックル、ムックル!」

 檻から響いてくる苦しげな咆哮を聞いても、アルルゥは彼の名を呼んでやることしかできなかった。

 どれほどもがき、身をよじっても、ラクシャインの拘束から逃れることは叶わない。

 騒ぐことしかできない状況に絶望がこみあげてくる。

 呪はハクビ一人のみならず、球堂の周囲を埋めつくす黒衣の集団の口からも響いていた。

 重なり、交わり、増幅された暗い念は、地獄(ディネボクシリ)の怨嗟を謳うように強くなる。

 ムックルの苦痛の咆哮に、謳われる怨嗟の響きに、高まっていく邪(よこしま)にして純粋な力。

 一際の明瞭な声は、チキナロを含めた五つの影から発せられていた。

 漆黒の外套(アペリュ)に施された真紅の繍火を大きく揺らし、五人分の哄笑が暗く響く。

「ついに、ついに来たぞ、この時が!」

「ええ、まさに。

 今こそ時の終わりの刻よ」

「これですべてが終わる。

 この私の手で、この世のすべてが……」

「ククク……消える……

 すべて、消え去るのだ……」

「ハイ。

 我らが悲願が、ついに……」

 語られる言葉は率いる五人のみならず、この場に居るすべての者が抱く念。

 心の底から滅びを望む、清々しくも歪んだ想いが、大地の紋を、地獄(ディネボクシリ)へと通ずる門を、少しずつ開いていく。

 だが、そんなことに、アルルゥは欠片の関心もない。

 今はただ、目の前で苦しむ我が子を思うのに精一杯で、気づくことができなかった。

 

 怨嗟の唄をわずかに乱す、遠くからの騒ぎの音に。

 

「?」

「なん、だ?」

 狂乱した宴の中に、少しずつ不穏の気配が混ざり始める。

 異質な音はそれ程に大きくなっていた。

 石砕く響きは次第に近く、重い音は高らかに。

 風の流れと動きの変化は、それより遥かに急激で。

 瞬間で散り広がった瘴気の紫煙は、落ちくぼむ丸い天井と共に。

「な、なに!?」「な、なんだ?」

「侵入者だと?

 バカな、この場所を知れるわけが――」

「うおわ!?」

 瓦礫の雨が混乱を呼び、大鷲の姿が拍車をかけた。

 満ち満ちた澱んだ瘴気が、ほんのわずかに祓われる。

「だああ!?」

「カリン!

 見境なく壁や床を抜くな!」

「邪魔なものは壊せばいいんですわ」

「そうだよ。

 こんなところで遠慮する必要なんかないよ」

 そして、聞こえてくる耳慣れた声たちに、アルルゥは目を見開いた。

 光を背にし現れたのは、懐かしく、忘れえぬ、いつもと変わらない『ティティカルオゥル』の面々。

 大鷲に一撃叩きこんだ武士(もののふ)が、アルルゥに気づき声を張り上げる。

「アルルゥ!」

「……トラっ」

 気勢を上げて闇を払うタイガの姿は、高揚を思いだしたアルルゥの目に、似合わぬ勇壮さを具えて見えた。


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