うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
夜の夜。
闇の闇。
あるいは、魔の胎動に蠢く子宮。
黒く重い角石を積み上げ形作られた球堂の有様に、その中心で輝きを放つ巨大な法陣に、アルルゥは見覚えがあった。
それは、いつか地の底で見た、『大封印(オン・リヤーク)』と呼ばれる陣に酷似していた。
異なる点はただ一つ。
満ちているものが清らかな光ではなく、滅紫の瘴煙であることだけ。
それは、六方に置かれた呪物から溢れ続けている。
分かたれた六つの怨石(オゥ・カゥン)、幼子の頭に胴、両の腕と両の足から、絶えることなく、延々と。
ハクビの呪言が響く。
濃密な障気は渦を巻き、意思を持つように集まっていった。
刻まれた陣の中央に。
そこに置かれたムックルに。
『ヴォオオオオオオオオ!』
「ムックル、ムックル!」
檻から響いてくる苦しげな咆哮を聞いても、アルルゥは彼の名を呼んでやることしかできなかった。
どれほどもがき、身をよじっても、ラクシャインの拘束から逃れることは叶わない。
騒ぐことしかできない状況に絶望がこみあげてくる。
呪はハクビ一人のみならず、球堂の周囲を埋めつくす黒衣の集団の口からも響いていた。
重なり、交わり、増幅された暗い念は、地獄(ディネボクシリ)の怨嗟を謳うように強くなる。
ムックルの苦痛の咆哮に、謳われる怨嗟の響きに、高まっていく邪(よこしま)にして純粋な力。
一際の明瞭な声は、チキナロを含めた五つの影から発せられていた。
漆黒の外套(アペリュ)に施された真紅の繍火を大きく揺らし、五人分の哄笑が暗く響く。
「ついに、ついに来たぞ、この時が!」
「ええ、まさに。
今こそ時の終わりの刻よ」
「これですべてが終わる。
この私の手で、この世のすべてが……」
「ククク……消える……
すべて、消え去るのだ……」
「ハイ。
我らが悲願が、ついに……」
語られる言葉は率いる五人のみならず、この場に居るすべての者が抱く念。
心の底から滅びを望む、清々しくも歪んだ想いが、大地の紋を、地獄(ディネボクシリ)へと通ずる門を、少しずつ開いていく。
だが、そんなことに、アルルゥは欠片の関心もない。
今はただ、目の前で苦しむ我が子を思うのに精一杯で、気づくことができなかった。
怨嗟の唄をわずかに乱す、遠くからの騒ぎの音に。
「?」
「なん、だ?」
狂乱した宴の中に、少しずつ不穏の気配が混ざり始める。
異質な音はそれ程に大きくなっていた。
石砕く響きは次第に近く、重い音は高らかに。
風の流れと動きの変化は、それより遥かに急激で。
瞬間で散り広がった瘴気の紫煙は、落ちくぼむ丸い天井と共に。
「な、なに!?」「な、なんだ?」
「侵入者だと?
バカな、この場所を知れるわけが――」
「うおわ!?」
瓦礫の雨が混乱を呼び、大鷲の姿が拍車をかけた。
満ち満ちた澱んだ瘴気が、ほんのわずかに祓われる。
「だああ!?」
「カリン!
見境なく壁や床を抜くな!」
「邪魔なものは壊せばいいんですわ」
「そうだよ。
こんなところで遠慮する必要なんかないよ」
そして、聞こえてくる耳慣れた声たちに、アルルゥは目を見開いた。
光を背にし現れたのは、懐かしく、忘れえぬ、いつもと変わらない『ティティカルオゥル』の面々。
大鷲に一撃叩きこんだ武士(もののふ)が、アルルゥに気づき声を張り上げる。
「アルルゥ!」
「……トラっ」
気勢を上げて闇を払うタイガの姿は、高揚を思いだしたアルルゥの目に、似合わぬ勇壮さを具えて見えた。