26巻買いました。これから読みます
帯で発表された『司波達也暗殺計画』が10月に発売だそうですが、先生の公式サイトで連載されているの知らなかった(ノД`)・゜・。
2月11日 月曜日
朝から校内はなにやら浮足立った様子だった。
バレンタインというイベントは迫っているが、当日でもない今日、早朝から騒がれるような何かがあったのだろうか。
「おはよう、雅。ねえ、さっき三高のプリンス見かけたんだけど、なんか知ってる?」
私が席に着くと、エイミィがニコニコというより好奇心があふれた笑みを浮かべながら近づいてきた。
「おはよう。三校のプリンスって一条君?」
「そうそう。教頭先生に連れられて校長室に入ったのを見たんだよねー」
どうやらこの浮足立った様子は三高のプリンスこと、一条家次期当主が来ているという噂が飛び交っているのだろう。
「さあ。私は何も聞いていないけれど、一時的な転校かしら」
「この時期に?」
「箱根の件で一条家も協力しているんじゃないかしら」
七草家と十文字家、四葉家はテロ実行犯の捜索を開始している状況で、一条家が何もしないとは言い難い。
当主が情報収集やその他の差配をする関係上、現場に出向くのは当主以外の親族、尚且つ男性が望ましいとなれば、次期当主として定められている一条将輝以外にはいないだろう。
ただ、捜査は少なくともひと月近くは掛かると目算されているので、その間学校を休むとなると単位が足りなくなる。
捜査のため休学していたら単位が足りなくて進級できないと言うのはいくら十師族として仕事をしていても本人も望むところではないため、止むを得なく一時的な転校ということは考えられる。
「どこのクラスに入るか分からないけれど、なにかしら説明があるんじゃないかしら」
魔法科高校生では、退学より転校の方が珍しい。
まず編入試験の難易度が入学試験以上に高く、一高、二高、三高以外から難易度を下げてその他の魔法科高校に転校することはあっても、それ以外は聞いたことがない。
ただ前例がないだけで、制度上できないわけではない。
筆記の程は知らないが、実技は間違いなく優秀であることは九校戦での戦いぶりを見ていたら分かる。
気になるのはどこのクラスに配置されるかという事だが、一科生に欠員が出ると、二科生の中から成績順に一科への転属が認められる。
彼の実力を考えて一科生と実習をするとして、席が空いているとなると、使えるクラスは限られてくる。
朝のホームルームの時間となり、教室にはB組の指導教員ではなく、
教頭の説明によると、一条君は家庭の都合でこれから三学期末までの約一か月間、一高で勉強することになるらしい。一科で席が空いているのはB組とD組だったので、どちらかだと思ってはいたが、B組で過ごすことになるようだ。
魔法大学と魔法科高校のネットワークを利用して三高のカリキュラムを履修するため席を借りるだけなので、転校ではなく、所属は三高のままなので、赤が基調の三高の男子制服のままだ。実習や実技は単位にならないが、参加はするらしい。
家の都合だなんて言葉を曖昧にしているが、テロ関係の調査だという事は伝わったようで、クラスからは無言ではあるが、隣と顔を見合わせたり、興味深そうにしたり、逆に顔を顰めたりと、静かにざわめきが広がった。
「第三高校の一条将輝です。この度は第一高校の皆さまのご厚情により一緒に学ばせていただくことになりました。一か月という短い間ですが、よろしくお願いします」
一条君が言い終わると同時に、小さく頭を下げた。
クラスからは戸惑いと共に拍手が送られた。
見回してみると、男子からは値踏みするような、女子からは概ね好意的な印象を持たれているようだ。
「意外」
「何が?」
「てっきり深雪に案内頼んだり、食事にでも誘いに来るかと思ったのに」
その日のお昼はいつものメンバーで食堂に来ていた。
噂の一条君は、私たちとは少し離れた席で2年生の男子生徒数人とテーブルを囲んでいる。
「クラスは違うけれど、それより先にA組の森崎君がお昼に誘ったみたい」
「どっちが先にしても、初日から深雪のお尻を追っかけるなんてプリンスのイメージ崩れるわね」
エリカの正直すぎる感想に大半が苦笑いだ。ただ、深雪は不服というより好意を向けられること自体が理解できないと言わんばかりの表情だ。
深雪の気持ちをどこまで一条君が察しているのかはともかく、いくら深雪に気があるとしても、クラスも違う状況で誘うような度胸はないのか、初日で大人しくしているのか。
クラスは隣とは言え、理由を付けて会いに行く用事もないのか、まずはクラスメイトと仲良くすることに努めているのか、今のところ、深雪に挨拶もできていないらしい。
私としては、このまま距離をとったまま事件解決まで深雪と接触は持たないでもらいたい。
「それにしても、一条君が一高に転校とは予想していなかったな。転校してきた理由に説明はあったのかい」
「家の事情」
吉田君からの質問に雫が端的に答えた。
「あと転校ではなく、端末を借りてオンラインで三高の理論科目を受講するそうよ」
「家の事情って、一条家の?」
私からの補足に、吉田君は少し声を潜めて達也に問いかけた。
「今の時期だとテロ絡みなんだろうけど、達也は何か聞いている?」
「魔法協会を通じた声明は知っているだろう」
「ああ。テロの首謀者を炙り出すっていう、あれ?」
「一条はその任務で東京に来ている。ついでに言うと、七草先輩、十文字先輩と俺も捜索に加わっている」
テロ実行犯の捜索は本来、警察の仕事だ。
いくら強大な力を持とうとも民間人である十師族が、捜索にあたることは越権行為であるため、あくまで十師族は協力体制を取りつつ独自に動いている。
しかも報復目的ではなく、昨今加熱する人間主義をはじめとした反魔法師運動に対する世論対策の意味合いも含まれている。
なので達也は家からの仕事ではあるが、特に隠すことも話題を逸らすこともしなかった。
「へえ、そうなんだ。………ねえ、達也。僕も手伝おうか」
「幹比古には反魔法師団体の方に注意してほしいんだが」
「反魔法師団体?」
「当校の生徒が盗撮や暴言の被害にあっていると俺に教えてくれたのは幹比古だぞ」
1月の中頃、風紀委員会から生徒会を通じ、全校生徒に報告と注意喚起があった。
魔法師は人間の本来許されない力を行使している、魔法は戦争利用するために開発されている、魔法科高校生はたとえ一般生徒でも戦闘訓練、軍事訓練を行い思想教育されている、魔法師の自衛権のために武器(CADのことだと思われる)を携帯し、市民の安全を脅かしている等々、魔法師はまるで人間ではない別の種族だと言うような過激な思想を含んだ人間主義の主張は横浜事変の一件以降、発言力を強めている。
世界的な緊張が高まる中で、日本のみならず、魔法師は危険な存在だと声高々に叫び、各地でデモや集会が行われている。
魔法師はいくら国防には欠かせない存在になっているとはいえ、ごく普通の日常生活を送っている人々にとっては魔法とは縁遠いものであり、よく分からないがとても危険なものといった程度の認識しかない。
そもそも魔法師は絶対数が少なく、人口千人当たり一人、実際のところ成人後も魔法師として働ける程度の魔法技能を持つ者たちは一万に一人程度のごく少数だ。
往々にしてマイノリティというのは、異物として社会から認識され、無意識無知の民衆にとっては批判のはけ口になりやすいものだ。
例え、それが未成年であったとしても魔法が使えるというだけで、緊迫している社会情勢の中では言われのない暴言や大勢で取り囲むといった嫌がらせを受ける対象になってしまうことを、安易に仕方ないとは言いたくはなかった。
「テロ事件が起こる前からあの状態だったんだ。世論が魔法師に対して批判的になっている今、魔法師に対してより過激な暴力に訴える可能性は無視できない」
吉田君は急いで端末を取り出すと手持ちのデータを確認し始めた。
「まだ暴行を受けたと言う報告はない。けど、校外で嫌がらせを受けた件数は増えている……」
風紀委員会には部活連や生徒個人、活動時間内に風紀委員が確認した被害が報告されている。恐らくそのデータを見ているのだろう。
「ごめん、達也。僕は本当に呆けていたようだ。校内の問題ばかりに目が向いていた」
吉田君は危機感を明々と顔に浮かべていた。
箱根のテロの一件と社会的な魔法師に批判的な風潮のせいで、校内もどこかピリピリとした不安定な状況であり、ちょっとした口論やそこから取っ組み合いになるケースが例年と比べれば多くなっている。仲裁には風紀委員が呼ばれることが多いため、吉田君はそちらに目が向いてしまったのだろう。
「後でデータを送ってもらえるか。生徒会のデータと合わせて報告をしておく」
「分かった。達也が任務に集中できるよう頑張るよ」
「頼りにしているわよ、風紀委員長!」
気合を入れて頷く吉田君に、エリカが吉田君の背中を強めに叩いた。
「そういえば、九重さん。部活の方は大丈夫かい?」
吉田君はもう一つ、思い出したように心配の滲む声で私に問いかけた。
「念のための延長願いだったから準備自体はできているし、後輩がプレゼンの練習をする時間が減ったくらいね」
図書・古典部の1年生はこの時期になると研究発表をすることになっている。先輩の研究グループに参加している人もいれば、自分でテーマや対象を設定して研究を行っている人もいる。
今年は新入部員3名が魔法研究を主に入部していて、文芸部門の2人も協力している。
発表前とあって念のため部活時間の延長申請をしていたが、先ほどの話のように校外での迷惑行為への対策と安全のために、部活動の延長許可は取り下げられた。
「図書・古典部の研究発表ってもうそんな時期か」
「明後日よ。都合が良ければ、来てくれると嬉しいわ」
プレゼンの資料はほぼ出来上がっており、部活の時間は装置の最終調整を行い、原稿読みについては自宅に帰ってグループ通話で練習しているらしい。
「ちなみに雅も出るの?」
「協力はしている、と言うに留めるわね」
あくまで研究の主担当は1年生のため、プレゼンの推敲やアドバイスはしていても、研究そのものについては口出しをしていない。
「当日のお楽しみということですね」
深雪は私がなにか発表で魔法を使うと予想したのか、期待に目を輝かせた。達也はテロ捜査の関係もあって難しいだろうが、深雪は決まりのようだ。
「けど、雅は大丈夫?」
「なにが?」
エリカが殊の外、真面目な顔で問いかけた。何に対して大丈夫なのかが分からないが、心配している風に見えて口元がわずかに上がっているのが気にかかる。
「去年の発表みたく、この時期にあんまりカッコいいことされるとチョコレートの数が凄いことになりそうだなって」
皆の視線が私に集まった。
「まさか、ね?」
私の同意を求める声に首を縦に振ってくれる友人は残念ながらいなかった。
2月12日
B組の二時間目は実習だった。今日の課題は『魔法の終了条件の定義』だ。
永続する魔法は存在せず、どんな魔法でさえ必ず有効時間に限りがある。
しかし、魔法の終了条件を定義しない魔法は、何時その効力が切れるか分からないままその対象に残り続ける。
例えば、ランプを赤く点灯させる魔法を使った場合、終了条件を定義していなければ、魔法力の続く限りランプは赤色に点灯したままになる。
また、赤く点灯したランプを青色に変更する場合、魔法がかかったランプの上に青色に点灯すると言う魔法を上書きするため、前の魔法を上回る魔法力を必要とする。
これを防ぐために魔法の終了条件を定義するのだが、この方法は主に二つある。
一つは魔法の発動時間の指定。もう一つは、魔法の改変が定義された内容まで進行したことをもって魔法の終了とみなす方法だ。実践ではこちらの方が多く使われている。
魔法の終了条件の定義は魔法師の技量の測る上で重要な要素の一つと見なされているため、簡単そうに見えて比重の大きいテストである。
「流石」
「ありがとう」
今日の授業は作用時間を変数として定義する実習であり、白いプラスチック球を赤→青→緑に1秒ごとに色を変えるという魔法を30秒間に10セット行い、終了時点の秒数の誤差がプラスマイナス1秒以内が合格ラインになっている。今日はまだ初回のテストのため、実習室は比較的気楽な雰囲気だ。
秒数の読み上げの補助や時計のストップウオッチを使いながら魔法を使っても今日は構わないが、本番はそれらを使いながら魔法を使うことはできない。
私は雫とペアになって練習をしているが、読み上げ補助なしでも誤差なく1回目で合格基準を満たしてしまった。
「終了条件って1秒刻みでカウント取っているんだよね」
「そうね」
1秒ごとの変化のずれは積算されることは無く、最終的に30秒に帳尻が合えば良いという内容だが、ランプを赤、青、緑に3秒で変化させるより、赤1秒、青1秒、緑1秒と1回ずつ定義して魔法を発動させた方が合わせやすい。
「カウントのコツってあるの?」
雫は1回目のテストで読み上げの補助を付けたが1秒ズレてしまった。
広域に及ぶ魔法や、規模の大きい術式は得意のようだが、細かい制御は苦手と言っていたので、今回のテスト内容を聞いた時、顔が若干嫌そうな感じに見受けられた。
「あまり褒められたやり方ではないけど、リズムで取るという方法もあるわね」
「リズム?」
「1分間を60拍で取るか、120拍の倍速で取ってみる方法ね」
私は携帯端末からメトロノームのアプリを起動させ、120bpmに設定する。他の組の邪魔にならないように音量に気を付けつつ、カッカッという昔ながらのメトロノームの振り子の響く端末を雫に渡す。
「1秒の感覚を掴めるようになったら、60拍に下げて、それからメトロノームを外してみたらどうかしら」
雫もピアノをやっていると聞いたことがあるので、1秒という時間よりリズムで合わせる方がやりやすいかもしれない。合わなければ地道に時計を見たり、読み上げをしたり、1秒という終了条件の定義の練習を繰り返すだけだ。
「やってみる」
雫は私の端末を左手に持ち、実験用の端末の前に向かった。
読み上げの補助は必要ないため、私は少し離れた位置で結果を見ることにした。
思った通りリズム感は良いようで、先ほどとは違って1秒の刻み方に誤差が少ない。120bpmにしたため裏拍子がある分、リズムとして取りやすいのだろう。
「揃った」
30秒のテスト時間が終了し、雫が結果を確認すると表情は乏しいが、声に感動が滲んでいる。1秒ごとの誤差も30秒後の誤差もズレはかなり少ない。
「あくまで1秒の感覚をつかむものだから、何回か練習したら、次は終了前10秒か5秒で読み上げをしてテストしてみる?」
「分かった」
その後何回かテストしたが、授業時間の半分を過ぎる頃になると雫はすでにメトロノームなしで終了前の読み上げだけになっていた。
「順調?」
隣の端末を使っていたエイミィが声を掛けてきた。
彼女も早々に基準は満たしたようで、今はペアの女子に端末を譲っている。
「一条君が意外と苦戦しているみたいだよ」
「一条君が?」
離れた端の端末を使っている一条君を見ると、表情は芳しくない。
合格基準を満たしているかまではここからは分からないが、まだ納得のいく結果が出ていないのだろう。
「三高は戦闘メインのカリキュラムだから、慣れないだけかもしれないわよ」
基本的にはどこの学校も魔法科大学の入試を受けられるだけの基準を3年間で身につけられるよう授業内容は設定されているだろうが、三高はどちらかと言うと魔法戦闘を想定した実習が多いと聞く。実践を想定した魔法というのは、魔法の改変が定義された内容まで進行したことをもって魔法の終了とみなす方法が主流であるため、そもそも変数として秒数を指定することはあまりないのかもしれない。
しかも一条家が得意とする魔法は人体に直接作用する魔法であり、干渉力の高さが鍵になる。十師族として相応の魔法力はあるようだから、多少の得意不得意はあったとしても試験までには感覚を掴めるだろう。
そもそも一条君自体、この実習は単位にはならないので、出なくても支障はないから、例え合格基準に満たなくても進級できないことは無い。
「一条君ならもっとソツなくするかと思って」
「確かに」
エイミィの意見に雫も同意した。
私も一条君が課題に手こずっている様子に少なからず意外感は覚えたが、口には出さなかった。
一条家が深雪に対して婚約の申し入れをしている状況で、一条君と接点を持ったとしても、冷たく当たったとしてもあれこれと不必要に騒ぎ立てられても困る。
テロの首謀者の捜索が目的で来ている以上、個人的な事情は蚊帳の外に置いて他のクラスメイトと同等に接するつもりだ。
それに聞かれてもいないのに私がアドバイスをするなんて、一条君としても癪だろう。
「雫、端末が開いたようだから練習してみる?」
「分かった」
結局、雫は授業時間内に読み上げなしで1秒以内の誤差という基準をクリアできた。
遠目で見ると、一条君も最終的には良い結果が出たようで、肩を撫でおろしていたのが見えた。
その日のお昼休みは、いつものメンバーに加えて一条君も一緒にテーブルを囲んでいた。
誘ったのはわたしではない。
昼休みに入るとすぐ、深雪を連れたほのかが一条さんも一緒にどうかと食堂に誘ったのだ。
単にせっかくだから顔見知りになりたいのか、それとも深雪と一条君をくっつけようとしているのか分からないが、どうしても裏を考えてしまう。
仮にほのかが一条君と深雪の婚約を支持し、兄と深雪との婚約が破棄された場合、達也と私の婚約にも影響が出る。
既に結ばれた婚約を四葉家が破棄したとなると、達也と私の関係も見直される。
そうなれば、四葉家が次に相手として選ぶならば同じ十師族の七草家か、後ろ盾はあるが家としての
ほのかがそこまで計画しているとは思いたくはないが、どうしても嫌な方向に頭は働いていた。
料理を受け取ると、深雪の両端の席に私と達也が付き、達也の正面には一条君、深雪の正面にはエリカが付いた。
自然な流れで行けば、一条君の正面は深雪になるような席順だったのだが、前を歩いていた吉田君がそれを察したのか、お茶を取りに行くと言って順番がズレたので、このような席順になっている。
一条君としては隣か正面に付きたかっただろうが、結果的には私が許容できる位置になった。
「一条君、捜査はどんな感じ?」
明け透けとしたエリカの言葉に、一条君は汁椀を持ちながら言葉を詰まらせた。
十師族がテロ首謀者の捜査に協力しチームを組んでいることはここの席にいる者なら知っていることだが、実際のところは十師族に捜査という権限はないため、法律的にグレーな行為である。無論、逮捕権もなければ警察や公安と言った職業についていないので名目上、自衛以上の魔法の行使はすることはできない。
しかし、実際のところは捜査に協力していたところ、テロリストからの攻撃を受け、止む無く迎撃したという建前は使える。
エリカは軽々しく聞いたが、とっさに顔に出す一条君も一条君だ。
「エリカ、一条は東京に来たばかりだぞ。いくら飛びぬけて優秀な魔法師だとしても一日で目に見える成果は上がらない」
意外なことに達也が助け舟を出した。
確か、昨日のところで十文字先輩や七草先輩と顔合わせと情報交換をしたと聞いているが、そこまでは話さなかったようだ。
「そうよ、エリカ。そんな催促するような事ではないわ。一条さん、いきなり申し訳ありません」
「いや、謝っていただかなくても」
激しく一条君は戸惑いを見せていた。
三高の上杉さんから女子に人気があるとは聞いていたが、意外と根は真面目なのかもしれない。
「それにしても、一条さん。羨ましいです」
「はい?!あの、何がでしょうか」
深雪の純粋無垢な無邪気な笑みに、一条君は狼狽えた。
「お兄様が“飛びぬけて優秀”だなんて。お兄様、意外と辛口なのですよ」
笑いながら深雪は責めるような、やや嫉妬まじりの眼差しを一条君に向ける。
ここで私が深雪と同調するような言葉を口にして逸らすべきかと悩んでいる一瞬の間に、ほのかが口を挟んだ。
「達也さん、やっぱり一条さんのことを認めていらっしゃるんですね。良いですね。男同士のライバルって感じで」
「ライバルと言っても、魔法力は一条の方がずっと上だけどな」
これだけ積極的に話しかけられれば達也も話をほのかに向けざるを得ない。
「今やっている実習は達也さんの得意分野じゃないですか」
「今の課題はスピードや強度よりも正確性を求められるものだからね」
達也は謙遜せず、控えめにほのかの発言を肯定した。確かに変数の定義や終了条件の定義などは達也の得意分野だ。
「達也さん。最初から1秒刻みだったんですよ」
少し席の離れた美月が、達也が謙遜していないことから得意げに口を挟んだ。
「私も大体時間どおりに収めることができるんですけど、どうしても途中で長くなったり、短くなったりするんですよね。なにかコツとかありませんか」
思ったとおり、ほのかは一条君をダシに達也の関心が引きたいようだった。一条君を深雪に押し付けている間に、自分が達也と話せればと思ったのだろう。
一条君は達也もほのかも課題を難なくクリアしていることにショックだったのか、深雪から慰められている。
正直、愉快な光景ではないが、ほのかと達也の会話に割り込むほどの話題もない。一条君と深雪の会話に注目しつつ、やや作業的に食事を口に入れていく。
「そういえば一条君、B組ではどんな感じ?」
「実習で雅の結果聞いて落ち込んでたくらいかな」
雫が一条君の傷を抉るように答えた。
案の定、ほぼ初対面に近い雫の無遠慮な言葉にいや、とかその、とか言葉に困っていた。
「あと割と顔に出やすいと思った」
「あ、私もそれ思った」
雫の言葉にエリカも非難するように一条君を見た。
「一条君、アタシと雅の御膳見て意外と食べるんだなって思ったでしょ」
「いや、そんなことは無い。しっかり食べることは必要なことだと思うぞ」
「それにしては目が泳いでいない?」
「図星」
二人からの容赦のない言葉に上手く取り繕う言葉は思い浮かばないのか、口ほどに雄弁にその顔が物語っていた。
「普通以上に食べないと体重落ちるのよ。雅もそうでしょ」
「そうね」
私やエリカの御膳と深雪や雫の御膳を比べると、量は確かに多い。
男子並みにとまではいかないが、女子にしては多いと思われても仕方のない量であることは確かだ。
「どんな体に悪い減量をしているんだ」
一条君は食べていても痩せるという言葉に眉を顰めた。
ダイエットのために過激な運動をしているとでも思われたのだろうか。
「単純に運動量が多いのよ。サンドイッチ1個で昼食済ませるなんてしたら、帰る前に倒れるわよ。私は食事制限ないからまだいいけど、雅なんて精進料理しか食べられないから大変よね」
「舞台が近い時だけよ。どうしても料理自体カロリー控えめだから、量で補うしかないのよね」
神楽の稽古前にはお握りなどの軽食を取り、夕食も比較的遅い時間になることもある。気力、体力ともに使うだけではなく、痩せすぎても衣装映えが悪くなるからメニューには気を遣う。
エリカも朝は自宅で剣術の稽古や走り込みをして、テニス部の活動をしたり、剣道部に顔を出したりしているので、同年代の女子と比較しても運動量は多いだろう。
「『“優雅”とはそれを維持するための筋力と自然と身に付くまでの反復で培われる。優雅とは余裕であり、余裕を作るのは筋力である。』って、ダンスの先生が言ってた」
雫の言うダンスとは社交ダンスかなにかのダンスだろう。
「優雅はともかく、お前は食い意地が張ってるだけだろ」
「あら、白鳥は水面の下で忙しいのよ!」
エリカは容赦なく机の下で西城君の足を蹴った。
いつものやり取りに、少しだけ私の心は軽くなった気がした。
師族会議編、思ったより長引いています。
多分、次回真夏に、激アマバレンタイン話を入れます。尺が足りれば・・・