恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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感想のお題とかも、アンケートになるそうなので、前回あとがきに載せていたものは削除しました。アンケートをする場合、感想ではなく、メッセージ欄ならOKみたいでした。大変、申し訳ありません。

あと、この作品については、内容的にも女性読者が多いだろうなー、男性には好かれない文章だよね(´・ω・`)、と勝手に思っていた節があったので、予想以上に反響いただいてうれしいです。

あと、皆さんがイチャイチャご希望だったのですが、今回はあんまりありません。微糖です。おそらく……。次回、おそらく甘酸っぱくしますので、ご期待ください。


スティープルチェース編3

九校戦の種目が正式に公表される7月3日のお昼休み。

私は生徒会室に呼び出され、中条先輩と服部先輩と一緒にいた。

 

「雅さん、お願いします。九校戦に出場できませんか」

 

私の両手を持ち、祈るような眼をした、藁にも縋る思いの中条先輩がいた。

 

競技についての説明は前日に達也から聞いていたので省略されたが、急な競技変更に対応するため、私に再度九校戦への出場を嘆願されていた。

昨年度の私の出場競技はバトルボードとクラウドボール。今年エントリーをしてほしいと希望されたのはロアー・アンド・ガンナーのソロだ。

照準を付けてボールを打ち返すクラウドボールと水上を移動するバトルボードに出ていた以上、競技適性は高いと判断されたのだろう。

 

「残念ながら、以前から申し上げていたように今年は不可能ですね」

「どうしてもか」

 

一分の隙もなく断る私に、服部先輩も苦い顔をしていた。

新競技と旧競技では必要となる魔法も異なるため、生徒会と部活連を中心に再度選手選びから準備を行わなければならない。ロアー・アンド・ガンナーはバトルボードの選手が応用できるとはいえ、射撃の技術も問われる。

昨年度の射撃競技であるスピードシューティングの選手候補から選ぶという手もあるが、移動しながら的に照準を付けるとなればマルチキャストの才能も必要となる。部活連のメンバーで昨年度も実績を上げた私を候補から外すという選択肢は、二人にとっても惜しいようだ。特に新競技となれば各校持ち味はあれど、横並びと言ってもいいだろうから、作戦より魔法力が物を言う場合もある。

 

説得の場に服部先輩を連れてきたということは部活連の場合、各学校との顔合わせもあるため、できれば参加することが望ましいのだろう。

食い下がる服部先輩に、渋々だが、威を借りることにした。 

 

「とある方がお見えになるので」

「とある方?」

 

私がその方の名前を出した途端、二人は絶句し、文字どおり閉口した。

 

「……それは、仕方がないな」

「そうですね。九校戦どころの話ではないですもんね」

 

二人にようやく納得してもらえたようだ。主役ではなくても、今年は舞台の数が多いため、手伝いや端役で仕事は多い。

 

九重神楽の演者としての寿命は短い。

九校戦も確かに学校にとっては大事な行事であり、出場選手、スタッフは夏季課題の免除に一律A評定は確かに魅力的だが、今年は私も出場を家から取りやめるように言われている。

九島が新兵器の実験場として九校戦を使用することは分かっているのに、手出しができない現状はもどかしかった。

 

 

 

雅の去った生徒会室で、あずさはぽつりと独り言を漏らした。

 

「本当に雅さんの家ってすごいんですね」

 

十師族である十文字や七草の凄さはあずさも目の当たりにしてきたし、警察や政治家への影響力も理解していた。

しかし、九重は二人とは違う意味で別格だった。彼女が口にしたその名前が出てくること自体、日常生活ではまずありえない。

それが珍しいことではないかのような彼女の口調は、見ている景色が違うと感じさせられた。

 

「中条、それを俺たちが気にすることは無い。九重は九重の事情があるが、あくまで一高生徒の一人で、俺たちの後輩だ」

 

服部は自分に言い聞かせるようにそう言った。

彼らの学年には百家の出身の者はいるが、十師族の者はいない。それこそ昨年の先輩の実力を目の当たりにし、自分の立場を思い知らされたが、結局それだけではないと学んだはずだ。

それが誰のおかげかだなんて、服部は口にする気はないが、少なくともあずさよりは冷静に受け止められていた。

 

昨年は接点が少なかったが、今年度に入り、服部は雅の人となりを知る機会が増えた。礼儀正しく、品行方正。少々毒気のある場合もあるが、七宝のような無礼者に対してのみであり、自分の立場を驕りもせず、他者を見下しもしない。

司波兄との関係を下世話に話す者がいると聞いた時も、冷ややかに呆れて『想像力が豊かなのでしょうね』の一言で片づけてしまった。

魔法実技、理論の成績も申し分なく、古式魔法の造詣に至っては、大学レベルの話ができる。

こう並べてみれば、非常に真面目な非の打ち所がない優等生だ。去年の自分と比べて劣等感を感じるが、理性がそれは意味のないことだと冷静に静止をかける。

 

「遠巻きに見て、勝手に壁を作ることこそ、九重が最も厭うことではないのか」

 

あくまで想像だが、服部はそう感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

期末テストを控えた7月8日、日曜日。

 

学校が休みのこの日、達也はFLTに出向いていた。

かねてから作成していた完全思考操作型CADの最終テストが、達也の到着を待ちきれなかった牛山の手によって行われていた。

 

世界初の完全思考操作型CADは、半年前にドイツのローゼン・マギ・クラフト社から発売されている。FLTとはコンセプトが異なり、想子波でスイッチを操作する専用機であり、携帯型というには大型である。

 

対してFLTでは魔法を記録しているCADは従来のままに、それを指で操作するのではなく、無系統魔法で操作するというコンセプトとなっている。ローゼンは専用機を必要とするが、FLTのものは従来使い慣れたCADをそのまま使用することができる点が大きなメリットだろう。

新たに従来のCADにペアリング用のソフトをインストールしなければならないが、過去五年間に発売されたCADの約八割をカバーし、特化型・汎用型の制限なく使用できるため、メーカーの枠を超えた大きな追加購入の需要が見込まれる。

 

その完全思考操作型CAD自体はとても小型で、直径3㎝、厚さ6mmの艶消し加工のされた銀色の円盤となっているため、首から下げて使用できる。

従来品のように想子波でCADのスイッチを操作する場合、間違ったスイッチを押してしまうこともあり、CADの認識誤認率も高かった。一方これは想子操作に慣れていない魔法師でも正確に起動式を選択でき、CADの誤認識もなくすことができていた。

コンセプトは異なるが、完全思考操作型のCADとしては上位互換品と言っても差しさわりないだろう。

 

魔法を発動させるための起動式をわざわざ魔法を使って出力するとあれば、一見回り道に見えるが、CADを動かす想子波は単純なものでよいため、魔法師にかかる負担は無視できる範囲だ。

実質、思考するだけで確実に魔法が選択できる点は大きく評価されるだろう。

完全思考操作型CADの最終テストを行い、バグ等も見つからなかったため、完成品となったCADを手土産に達也は自宅に戻っていた。

 

 

 

 

バグ対応や最終点検に予定していた午後の時間帯が丸々空いてしまったが、達也にこれといった予定はない。テスト前なのでテスト勉強をするのが普通なのだろうが、あいにく達也の場合、その必要は直前でもない。

魔法工学の最先端で活躍する達也にとって高校生レベルの魔法理論などまさしく釈迦に説法。その他一般科目も、ある程度出題範囲の教科書や問題集を確認すればよいだけのことだ。

 

家に残っている深雪や雅は流石にそういうわけにはいかないので、ある程度直前にも詰め込む方が効果的だが、理論に関しても二位、三位を入学時からキープしているため、今回も大きく出題傾向が変わらなければ、上位の順位は変わらないだろう。

 

深雪は九校戦の準備で随分と振り回されているようだし、雅も神楽の稽古で多忙だ。少しだけ息抜きに誘ってみても良いかもしれないと、達也はリビングの扉を開けた。

 

 

深雪は偶々手が離せないのか、珍しく達也を出迎える者はいなかった。

だが、リビングは無人ではない。

達也は足音を立てないように、ソファーに近づくと、そこに静かに寝息を立てている雅を見つけた。座ったままの姿勢で、ひじ掛け部分に体を預け、達也が近付いても起きる気配はない。

 

珍しいこともあるものだと思うのと同時に、流石の雅も激務だったと理解した。神事は新暦に合わせて行われているが、長年の慣習によって時期が決まっているため、たとえ雅がテスト前であろうと関係ない。

しかも今年は舞台が立て込んでいるため、いつも以上に稽古に掛ける時間が多い。

 

九重神楽の演目は術者の才能がそのまま反映される。

難しい演目をこなせる人材は、九重神楽の演者の中でも指折り数えるほどしかいない。雅もその一人に数えられるため、数か月先だけではなく、まだ7月だというのに既に来年に向けても動き出している。しかも、今回の九校戦では九島の工作もあり、雅も色々気苦労もあるのだろう。

 

ソファーという寝心地の良いとは言えない場所で不自然な格好を取っていると、体を痛めてしまうから起こすべきなのだろうが、いつもより少しだけあどけなく見える無防備な寝顔にこのままもう少し見ていたいという欲が出てくる。

 

どうするべきかと悩んだところで、リビングへと続く廊下から足音がした。

 

「おかえりなさいませ、達也様」

 

時間を見ても、おそらく昼食の準備をしに来たであろう、水波だった。どうやら彼女はここに雅が寝ていることは知らず、達也の気配を感じて入ってきたのだろう。水波が声を出したことで、雅もようやく目が覚めたようで、うっすらと目を開けた。

 

「え、あれ、達也?」

 

目の前に達也がいることに驚いた雅は目を白黒させた。

 

「おはよう、雅」

「お、おはよう」

 

雅は慌てて、体を起こし、手櫛で髪を整える。

 

「あの、その、ごめんなさい。だらしない恰好で」

「いや。疲れていたんだろう」

 

達也に寝顔を見られたのが恥ずかしかったのか、雅は達也から目を逸らしている。対して達也は一見複雑そうな苦笑いに見えて、実に困惑した緩んだ笑みを浮かべていた。

 

 

 

その場に居合わせた水波は達也のその表情を見て、内心ひどく驚いていた。

水波はこの4月から司波家で生活するようになったが、それまでは深雪はおろかガーディアンである達也とも訓練を一緒にするどころか言葉を交わしたことも無かった。

四葉家の使用人たちから聞く達也はひどく冷徹で、熱を持たない人形だと嘲笑われていた。四葉家当主の甥であるにもかかわらず、同じ一族の中からも疎まれている。

使える魔法が魔法なだけに、四葉もその力を手放せないが、そうは言っても放置するにはあまりに大きい力だと理解している。だから、いくつもの目に見える枷、見えない枷を設けてその行動を抑制している。

 

雅との婚姻は九重家から持ち掛けられたものだが、達也以外の誰かに嫁がせる方がよいのではないかとの声もある。九重のネームバリューは絶大だ。

魔法師社会だけではなく、一般社会にも名の知れた家であるため、歴史の浅い四葉にとっては願ってもない相手であり、その関係性を繋ぎとめるために達也は使われていると誰かが言っていた。種馬の子どもは所詮種馬かと揶揄されていることも耳にしたことがある。

 

 

使用人にも四葉家の人間にも悪評が多い達也だが、水波から見た達也は、シスコン、よく言えば妹想いの努力家だ。水波もガーディアンとして四葉の訓練で鍛えられてはいるが、一体どんな訓練を受ければ彼のようになれるのか想像できない。

血の滲むなどでは言い表せない。血反吐を吐いて、何度骨を折り、筋を傷つけ、打ちのめされ、倒されても、死ぬことができない体。

ガーディアンとしては理想なのだろうが、水波はそれを決して便利だなんて思わない。

 

水波も四葉で世話になっている以上、一般的な見方とは多少ずれているとは理解しているが、それでも彼のことは異常としか言えない。

 

勉学の面でも追随する者は学内にはおらず、魔法理論に至っては学生レベルとは言えない、紛うことなき天才。規格外の想子量を持ち、事象を改変するというごく普通の魔法が使えない部分を他の才能や技術で補っている。

彼にしか使えない『再成』と『分解』の魔法もさることながら、『精霊の眼(エレメンタルサイト)』といった特殊技能や『術式解体』といった圧倒的対抗魔法。世界で非公表、未確認も含め、50人もいないと言われる戦略級魔法師の一角。

 

異質で異常で天才で鬼才で、一個人に与えられるには理不尽なまでの戦力を有している。

その達也が、ごく普通の恋人に向けるように微笑みを浮かべていた。

その様子が水波にはまさに衝撃だった。

その微笑みは一瞬で、テスト勉強や九校戦の練習などからくる疲れから来た見間違いかと水波は思ってしまった。

まるで幾万の言葉を使ってその愛しさを語っても足りないほど、雄弁にその瞳から愛しさが滲み溢れていた。

 

達也は深雪以外を大切にできない、そうできないように彼の母によって魔法がかけられている。

そう水波は聞いている。

しかし、一緒に暮らしてきた中で達也と雅を見ていると、本当にそうなのかと疑いを持つようになった。雅は無条件に達也を信頼しているように見えるし、達也も雅を守ろうと動いている。

二人とも家で人目も憚らずに体を寄せたりすることは無く、むしろ深雪と達也だったり、深雪と雅の方がベタベタと接点が多い。

愛しているが愛されない恋人と愛することのできない恋人という悲しく空しい関係ではなく、まるで長年寄り添った夫婦のように同じ笑顔で微笑む。

 

本当に名前だけの関係なのだろうかと、疑いたくなる光景だった。

水波は達也の監視も当主から密命として受けている。彼が四葉転覆を図ることがないように、何重にも防壁は設けられているが、可能性は捨てきれない。

もし、雅のことを達也が本当に好いているのだとしたら、それは達也のアキレス腱になり得る。同時に、深夜様がかけられた魔法が解けかかっている、または既に解けている可能性がある。

 

このことを報告すべきか否か、水波は頭の中で思案した後、もう少し様子を見ることにした。まだその可能性があるだけの段階であり、報告するにしてもあくまで水波の主観的な情報のみで根拠が足りない気がしていた。

 

「水波ちゃん、お昼の準備?」

「あ、はい」

 

水波は考えている途中で急に雅に話しかけられ、上擦った声で返事をした。そういえば、そのためにキッチンに来たのだと、水波は平静を装って急いで昼食の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月21日土曜日。

 

7月下旬になり、新競技の調整に手間を取られていた達也もようやく手が空くようになった。

 

新競技のシールドダウンやロアー・アンド・ガンナーの選手も形になってきており、練習相手の選手に勝ち越せるようになってきた。唯一気がかりなのはスティープルチェースだが、これは特に対策のしようもなく、演習林を使った体力作りがメインになっている。どんな仕掛けがされているのか不明なため、下手に対策して先入観を持たないようにするためだ。

 

 

学校もこの時期は土曜日の授業はなく、九校戦の準備が主体になっている。達也たちは選手とエンジニアであるため、午前中から練習に参加し、夕方には解散になった。

 

三人はまっすぐに家に帰ると、早めの夕食を取り、それなりにフォーマルな衣服に着替えると、キャビネットに乗り込んで目的地まで向かった。

三人が向かったのは東京駅近くにある四葉系列のホテルの談話室だった。

一般のチェックインならば受付にある機械に端末をかざせば、料金の支払いも鍵の受け取りもできてしまう。しかし、サービス業とあって細やかな部分は人間が対応する方が向いており、フロントにもスタッフが配置されている。

 

達也たちは宿泊ではないため、フロントのスタッフに予約の名前を伝えると、待ち合わせの相手はまだ到着していないようだった。

この場所は先方から指定されているが、相手は遠方から来るのと、達也たちが予定より早く来ていたため、それについては特に問題はない。

部屋に案内され、スタッフが出ていくと、達也はすぐさま盗聴器や盗撮器の類を調べるが、反応は白だった

 

達也たちが到着してから10分ほど待ったところで、待ち人は到着した。

 

「夜分にすまないね」

「ごきげんよう、達也お兄様、深雪お姉様」

 

ホテルには遅れて黒羽貢と黒羽亜夜子の二人が到着した。二人とも場所に合わせてスーツとワンピース姿だが、亜夜子のワンピースは趣味なのか、黒いレースがあしらわれたゴシックスタイルと呼ばれるものだった。

 

「いいえ。こちらこそ、調整を付けていただきありがとうございます」

 

達也と貢の目は礼儀的な笑顔を浮かべながらも、どこか挑戦的だった。

黒羽貢と達也の関係は、友好的とは言えない。

達也を兄のように慕う文弥や亜夜子とは友好的な関係が築けているだろうが、貢は四葉の諜報部門のトップと言っても差しさわりなく、達也も何度か接してきたが、常々その心を読ませるようなことがないと感じている。

情報自体は信頼できるが、達也の味方かと言われるとそうではない。

しかも本人にその気がどの程度あるかわからないが、文弥は四葉家次期当主候補の一人であり、深雪とはライバル関係になる。

文弥が次期当主に指名されれば、当然、一族の中で貢の地位も上がる。

 

対する貢も深雪の魔法師としての才能には一目置き、四葉家当主としての器はあると評価しているが、達也については、どこか冷ややかだった。

彼が有する魔法と戦闘能力は言うまでもないが、黒羽家当主として諜報の任務で幾度も命のやり取りをしてきた直観と、彼の生い立ちを知っているばかりに、嫌悪感の方が先に立つ。

 

目に見えない攻防は部屋に入る前からすでに始まっていた。

 

「こんばんは、亜夜子ちゃん。春の一件ではいろいろと力を貸してくれてありがとう」

「どういたしまして。達也お兄様と深雪お姉様のご尽力があったからこそ、ですよ」

 

表面上は明るくも冷え冷えとした空気を、深雪と亜夜子は修正しようと目いっぱい笑顔で挨拶を交わした。

黒羽家は四葉の中でも諜報を担っている。

本来ならば八雲との話し合いでは達也が奈良に出向き、パラサイドールの始末を考えていたが、京都の九重から正式に依頼があったことで、四葉家から静止がかかった。餅は餅屋ということで、諜報は黒羽家に一任されることとなった。

 

「早速だが、話をしようか。こちらも、予定があってね」

「分かりました」

 

貢の提案に5人は席に着き、飲み物を注文した。ウエイターが出て行ったあとの部屋にはすぐさま、水波の手によって電波と音波を遮断する障壁が構築され、完全な傍聴対策のとれた密室が出来上がる。

このホテル自体は四葉の系列であり、達也が盗聴器の有無は調べているが、話の内容が内容だけに用心しすぎることはない。

 

「それで、第九研究所で行われていたのはパラサイドールの研究で間違いはないですね」

 

達也の発言に、貢は亜夜子に目配せをした。

亜夜子はハンドバックから携帯端末用のデータカードを取り出した。

その表情がどこか得意げだったのは、気のせいではないだろう。

 

「こちらが、調査結果になります」

「これは亜夜子ちゃん一人で?」

「いや、流石に亜夜子だけの力ではないよ。九重から事前に情報を貰っていた分、こちらも動きやすかったことは確かだろう」

 

少し驚いたような深雪の言葉に貢が苦笑いを浮かべた。彼としては九重からの依頼だとしても、案内役が付いていた部分は不服なのだろう。

無事に仕事をするのか、監視役とも言っても差しさわりないだろう。

流石に魔法について詮索しないことは暗黙の了解となっていたが、身内以外に諜報活動を身近で見られるのは気分の良いものではなかったはずだ。

 

「流石に同じ十師族とあって、調査も容易ではありませんでした。情報がマスコミに流れれば糾弾必至の妖魔を使った兵器の開発。警備体制は非常に厳しいものでした」

「知ってのとおり、亜夜子の能力は諜報向きだからね。戦闘や制圧向きの能力の深雪ちゃんと得意分野が違っていて当然じゃないかな」

 

貢の言葉は客観的な事実であり、達也もそれに同意する。しかし、深雪の顔はどこか暗い。

 

集団の制圧において、深雪は亜夜子より勝っているが、きっと今この場で兄の役に立てているのは間違いなく亜夜子だ。深雪は昔から亜夜子に対抗心を抱いており、逆もまた然り。

 

得意分野が違うと言っても、今達也の手にあるデータカードが慰めを無意味にする。作戦の障害となり得る感情を達也のように割り切ったり、貢のように切り捨てたりするには、深雪もまだその部分については年相応らしい子どもだった。

 

 

 




サブタイトル:家政婦、水波は見た|д゚)!

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