恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

47 / 118
寒さが厳しくなりましたね。
私のところは雪はまだありませんが、布団やこたつから出られません(´-ω-`)



前話の誤字脱字訂正しました。
ご指摘ありがとうございます。


来訪者編5

翌日、吸血鬼は取り逃したがリーナとはひとまず決着がついたようだ。

叔父もわざわざパレードを他にむやみに広めないようにとの口止めに出たらしい。

その際、周りを取り囲んでいたUSNAのサポートスタッフも撃退したのはまあ仕方のないことだろう。

 

達也を殺すと言ったリーナに怒り心頭の深雪とリーナが対戦することになったのも予想外だが、勝ったのは深雪で、リーナからいくつかの情報を聞き出すことに成功した。

やはりというべきか、吸血鬼はUSNA軍所属の脱走兵だそうだ。

吸血鬼が精神も変性させている可能性が高いとのことだ。

 

吸血鬼の方は保険として合成分子機械を達也が打ち込んでおり、機械からは微弱な特定パターンの電波を発生させている。

そちらは十師族の捜査チームと千葉家のチームで追い込むことになったらしい。

 

そして達也が雫に頼んでいたUSNAでの吸血鬼事件の原因についてはどうやら余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・消滅実験に起因するものだそうだ。

理論としては次元の向こう側には魔法的なエネルギーに満ちた世界があり、ちょうどこの世界と次元の壁によって釣り合いの取れた世界がある。

魔法式は事象改変の結果として生じるエネルギーの不足分を異次元から引っ張ってくるプロセスがあるため、見かけ上破たんしていたエネルギー保存の法則が結果的に帳尻合わせされる。

だが、事象改変ではなく無理にエネルギーを引っ張って来ようとしたため次元の壁から魔法エネルギーを持った情報体が侵入した可能性がある。

これがパラサイトである、もしくはこのエネルギーによって元からこの世にいたパラサイトが活性化したということだ。

 

 

 

これが日曜日までに起きたことだ。

私は完全に蚊帳の外だが、話を聞けば聞くほど私の領分である気がした。

最初からそのことはわかっていたが、家から手を出すなと言われている以上、情報も不用意に渡すことはできない。

もどかしいが、それは仕方のないことだった。

 

今日も今日とて深雪とは別にお昼をとり、実験棟で今週末に控えた実験の最終調整だ。

と言っても私は大学の研究に出るので、発表原稿の最終チェックに付き合っているに過ぎない。

お昼を食べながらの気楽な話し合いとなっている。

図書・古典部の新部長はマリーさんになった。

 

「雅さん、調子はどう?」

「問題ないですよ」

「そう。今度の発表、楽しみにしているわ」

 

私は途中まで研究に参加していたのだが、大学の研究でできる演者がいないので、そちらに引っ張られていた。

主役という話も出ていたが、研究を続けてきた学生にも申し訳ないと流石に辞退した。

 

「それより、祈子さんは受験の方は大丈夫なんですか」

 

三年生で受験目前の祈子さんまで態々学校に来て、私たちの研究を見に来ている。流石に手出し、口出しすることはほぼないが、受験に焦りはないのだろうか。

 

「九重、この人が落ちると思うか」

 

今更だろうと言いたげな様子で鎧塚先輩がそう言った。

 

「それもそうですね」

 

理論だけでなく実技も祈子さんの成績は良い。大学からすでに唾をつけられているので、当日テロに巻き込まれるとか、インフルエンザになるとかそのくらいでなければ落ちることはないだろう。

 

 

 

 

 

昼休みも半ばを過ぎたころ、不意にここでは感じるはずのない、あちらの世界の感覚がした。

土地が怒りを抱くほど、異様な空気が私の肌を撫でた。

 

「なに、これ・・・」

「どうしたの」

「なんか、変な感じしなかった?」

 

古典部には元々そういうモノに敏感な人もいる。

そのためか、私以外にも何人か異変を感じ取ったようだ。

祈子さんと無言で視線を合わせると、やはり彼女も感じたようで無言で席を立った。

 

「すみません、少し席をはずします」

 

正確な場所まではわからないが、位置的にはそれほど遠くない。

外部からの侵入となれば業者か大学の関係者か何かに紛れ込んできたのかもしれない。

 

「皆は出ない方がいいね。マリーちゃん、鎧塚君、あとは頼んだよ」

「分かりました」

「はい」

 

マリー先輩や鎧塚は特に何かを感じたわけではないが、私たちを見て状況を察したようだ。

 

 

実験室から出ると人ならざる気配が強くなっていた。

 

「奴さんからお出ましとは探す手間が省けたね」

 

例の吸血鬼とみて間違いないだろう。ピリピリと精霊が警戒を私たちに告げている。

 

「どうします。十師族も吸血鬼を追っているようですが、呼びますか」

「十文字君なら空間の変化に敏感だ。おそらく、分かっていると思うよ。ひとまず、様子見に行こうか」

「分かりました」

 

場所は精霊が導いてくれる。

私たちは足早に外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マクシミリアンのスタッフとして一高には6人のスタッフが派遣されていた。その中にはリーナと同じくUSNAからスパイとして潜入してきたミカエラ・ホンゴウがいた。

 

(偽装解除方陣とは。ただの高校とは侮っていましたね)

(ばれたと思いますか)

 

声なき問いかけは霊子を振動させ、仲間に声を伝える。

蜂の羽音のようなざわめきは人には全く聞こえない吸血鬼の「声」だった。個我はないが、それぞれが全くの同一個体というわけでもない。

彼女たちが潜入して学校にめぐらされていた方陣のせいで霊子波と想子波が一瞬揺らいでしまった。

 

仲間の反応を見ると、霊子波を読み取れる魔法師はごく僅かであり、気が付かれた可能性は低いとのこと。

彼らの目的を考えるならば裏向きには潜入すべきではなったが、彼女にとっては表向きの捜査上必要なことだった。

 

「ミアとニコルは積み荷を降ろす準備をしてもらっていいかしら」

「分かりました」

「はい」

 

ミアと呼ばれた20代ほどの女性とニコルと呼ばれた栗毛の30代の男性は上司の指示に従い、トレーラーの外に出る。

ニコルもまたミアと同じく吸血鬼だ。

彼の口添えもあり、ミアはマクシミリアンに容易に潜入できた。

周囲を見回すが、業者搬入口のため当然ながら生徒の姿はない。

二人は安堵しつつ、大型の機材を降ろすための準備に取り掛かっていた。

 

「すみません。少しよろしいですか」

 

話しかけてきたのは二人の少女。

二人とも長い黒髪をしており、一人は現代では珍しい眼鏡をかけており、一人は琥珀玉の簪で髪をまとめていた。

一見すると、普通の高校生だ。

世間一般の観点でいえば美しい見た目をしているが、人外というほどでもない。

 

だが、彼らは自覚した。

彼らの感覚がその存在を知覚した瞬間、鳥肌が立った。

それは恐怖だった。

原始的な記憶にして、生命存続のための絶対的な感情。

季節のせいではないほど、その存在は冷え冷えとしていた。

まるであちらの世界のような、何もなく底知れない。しかし、明らかに自分たちとは異なる力。

 

自分たちを確実に殺すことのできる存在を目の前にしたとき、彼らはすぐさま行動に移した。

 

(ニコルは眼鏡の方を)

(分かりました)

 

二人は瞬時に二人を殺すべく接近してきた。

鉤爪状にされた指にはそれぞれ角錐状の力場を纏っており、素手で肉体を抉るための攻撃力を兼ね備えていた。

だが、二人が踏み出すと同時に胴体に容赦のない雷撃が撃ち込まれた。

人間の体を借りているため、体を動かすための電気信号がいったん麻痺する。

致死クラスの電撃を浴びせられても二人は一瞬にして傷ついた神経、内臓を修復させ、意識を取り戻した。

 

「やはり物理攻撃は効きませんね」

 

簪の少女はいつの間にかCADを構えており、清廉な見た目に不釣り合いな無機質なそれは一寸の隙も無くこちらを向いていた。

 

「準備ができるまでは任せたよ」

「分かりました」

 

眼鏡の少女は数歩下がり、なにやら彼らにとって厄介そうな準備をしていた。和紙でできた手のひらサイズのそれからは霊子の濃密な気配がしていた。あれが整えられれば自分たちに勝ち目はない。

マクシミリアンの人間はこの際、意識する必要はない。元々隠れ蓑に過ぎなかった存在だ。

幸い二人以外に生徒の姿はなく、さらに一人は準備ができるまでは無防備で数の上でこちらが有利だと二人は再度距離を詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔性の気配を感じて、精霊に導かれながら向かった場所は業者の搬入口だった。私たちのほかには学生も教授もおらず、業者はトラックから普通に搬入業務を行っていた。

精霊を見れば、敵意を持った存在は確かにあそこにいると示していた。

トラックから降りてきたスタッフに話しかけたら、「何か」と問われる前に二人そろって攻撃を仕掛けてきた。

幸いにして風紀委員の私はCADの携行を許されている。

二人と交戦していると、リーナが校舎の陰から走って現れた。

 

 

「ミアと雅?貴方たち、何をしているの!」

 

どうやらリーナとマクシミリアンの彼女とは既知の間柄らしい。

 

だが、そんなことを彼女に確認する間もなく、吸血鬼二人はリーナに目もくれず、こちらに突撃してくる。肉体を強化しているのか、元々訓練を積んでいたのかわからないが、スピードはそれなりにある。

こちらは背後に祈子さんを控えさせているので、彼女に手を出されるわけにはいかない。

飛道具を持っていないようで、素手での攻撃を繰り出している。

CADすら操作していないところを見ると、サイキックである可能性も高い。先ほどの攻撃で神経を焼き切ってもだめだったため、攻撃方法を変えることにした。

 

目に意識を集中させると、どうやら脳の一部に強い思念を感じる。

二人の眉間目がけて攻撃を集中させる。

女性に向かった1発は避けられたが、男性には命中し、動きを止めた。

やはり脳にパラサイトは巣食っているらしい。

迫る来る女性は私を攻撃しようと拳を引き絞っている。

 

CADのトリガーを引く直前で、エリカが小太刀を片手に高速で吸血鬼に迫っていた。すぐさま攻撃をキャンセルし、距離をとる。

吸血鬼が背後のエリカの存在に気が付いたと同時にエリカが持っていた小太刀で心臓を一突きにした。

胸からは大量の血が流れるが、エリカは苦い顔をしていた。

 

「エリカ、下がって」

 

エリカが刀を引き抜き、スカートにもかかわらず吸血鬼を蹴り飛ばすと同時に追い打ちをかけるようにピンポイントで吸血鬼二人に冷気が襲い掛かった。一瞬にして吸血鬼は氷の中に閉じ込められ、動きを止めた。

 

「深雪、達也」

 

振り返るとCADを構えた深雪と達也がいた。

 

「お怪我はありませんか。お姉さま」

「ええ。ありがとう」

 

達也と深雪が私たちの近くまでやってきた。

 

氷漬けにされた二人からはまだ嫌な感じは取れていない。

おそらく、神経を焼き切っても生きていたのだ。

人間の皮が使えなくなる程度ではいずれ出てきてしまうだろう。

 

「マクシミリアンの人はどうしたの。まさか殺したの」

「人聞きの悪いことを言うな。眠ってもらっただけだよ」

 

リーナの問いかけに、達也は心外だという風に首を振った。

おそらくマクシミリアンの社員は部外者で、二人の存在は知らなかったのだろう。そうでなければ、態々今まで夜に活動していた理由がない。

 

「ちょっと待ってよ。ソレを持っていかれたら困るんだけれど」

 

エリカが身柄の行方について手を挙げた。

 

「そいつがレオをやったやつならいくら達也君でもやるわけにはいかないのよ。こっちにも面子ってものがあるのよ」

 

エリカはこの吸血鬼について一歩も譲るつもりはないらしい。

千葉家としても証拠もなく吸血鬼を討伐したとは言えないだろう。

彼女は殺していないので、証言は取れる。おそらく、どのような形かはわからないが、処断されることは間違いないだろう。

 

 

「おいおい。くだらない言い合いはそこまでにしてくれないか」

 

祈子さんがエリカの剣幕に呆れながら、二体の吸血鬼を眺めていた。

 

「まだ、こいつら死んでないから」

「へ?」

「なに?!」

 

エリカと十文字先輩が疑問の声を上げると同時に、頭上に嫌な気配を感じた。

 

「危ない!!」

 

トレーラーの方から吉田君が叫んだ。咄嗟に祈子さんの腕を引き、十文字先輩が広く頭上に障壁を張った下に引き入れる。

 

深雪とエリカが氷漬けの二人を見る。

その二人は先ほどとから身動き一つしていなかった。

当然氷漬けの状態で魔法が使えるわけがないし、そもそも意識があるはずがない、という常識を覆すような光景だった。

 

「自爆?!」

 

氷像が内部から電光を散らして急激に光りだした。

 

「伏せろ!」

 

十文字先輩が注意を促し、体を丸めて防御態勢をとる。

まるで紙切れのように女性の体は燃え上がり、何もないところからゴルフボール大の雷球が飛来した。速さはせいぜい弓矢ほどだが、威力は人を気絶させるには十分だった。

十文字先輩が張っていた障壁で第一波は防ぐことができたが、攻撃は休むことを知らない。

360度ランダムに打ち出される雷球は想子で編まれた魔法式による事象改変だ。その事象改変の気配に何とか反応し、対応しているが、普通の魔法師にはパラサイトの存在は見えない。

 

「っこれは強烈だね」

「祈子さん」

「悪いけど、ちょっと役に立たなそうだ。」

 

祈子さんは両目をふさいでいる。

 

祈子さんは、『佐鳥』は“悟り”の力を持つ。

触れたモノ、目にしたモノ、聞いたモノ

それぞれ術者によって得意なモノはあるが、五感で感知できない情報を知覚する能力がある者を四楓院では『佐鳥』と呼ぶ。

祈子さんは本に残された意思を読み取ることを得意としているため、目と触覚が人より優れた感覚がある。

 

私は主神の恩恵と加護を受けているから、魔性の光に苦しめられることはなく、存在も見えている。だが、この攻撃を捌きながら封印に集中することは難しい。

 

「達也」

 

背中合わせになった達也を振り返る。

 

「1分、守って」

「・・・分かった」

 

一瞬だけ、私の手を握った。

任せられた、頑張れと言われている気がした。

 

「手があるのか」

 

十文字先輩が祈子さんを背に守りながら訪ねた。

 

「ええ。ですが、先ほどより抵抗されますし、その間は無防備になるので、防御はお任せします」

「分かった」

 

二体分のパラサイトの攻撃は依然として苛烈を極める。

肉体を失ってもなお逃げ出さないのは依代を求めているからだ。

つまり、この場にいる誰かに憑りつこうと目論んでいるからに他ならない。そんなことはさせない。

無理やりこちらの世界に来させられたとはいえ、土足でこの土地に踏み入ったのだ。それ相応の代償は受けてもらわなければならない。

 

 

祈子さんが持っていた人型の依代を受け取り、髪にさしていた簪を抜いた。

 

 

 

 

私は静かに息を深く吸い込んだ。

 

『“黄泉の門より出でし、来訪者よ

ここはイザナミの守りし土地

イザナミが育みし土地

彼岸の国、黄泉の国、根の国のものよ

選ぶがよい”』

 

パラサイトが悲鳴にも似た波動を放つ。私が詠唱を始めると、理の世界にいた霊子情報体が現実世界のものとなって現れだした。

 

「あれがパラサイト?」

 

リーナが突如として姿を見せたパラサイトに目を見開いていた。

何もなかった空間に霞のような存在が浮かび上がる。

 

『“魂なく、姿なく、声なく、さりとて意志あるものよ

汝に憑代を授けよう

さもなくば死を与えよう

霞と消えゆくか、我らが軍門に降るか選ぶがよい“』

 

バチバチと電球の飛来数が増加する。触手のようなものを伸ばし、こちらに取り入ろうとパラサイトも必死になって抵抗する。

 

『“ここは大神の守護する土地”』

 

声に想子を乗せる。

 

『“ここは天の葦原より授かりし土地”』

 

大地が共鳴する。

 

『“選択せよ”』

 

怒りを抱いた土地がパラサイトを押さえ込む。

 

『“汝の名を述べよ”』

 

クラゲのような、粘菌のようなパラサイトは抵抗を続ける。

空気を震わせ、不快な波動をまき散らす。

想子を乗せた言霊の鎖でパラサイトを縛る。

 

『“我ら系譜にその姿と真の名を示せ”』

 

 

簪の玉が反応し、和紙の依代に二体のパラサイトが抑え込まれる。

物理的な明るさだけではなく、霊子的な眩い閃光が辺り一帯を包み込む。

光が晴れると、地面には人型を模した依代が落ちていた。

 

「終わったの・・・?」

 

リーナが呆然と依代を見ていた。

今まで感染者を粛正するしか方法がなかった彼女からしてみれば、自分のしてきたことを否定されるような出来事なのだろう。

依代を拾い上げるために簪を手にしたまま近づくが、手を伸ばした瞬間、一つの依代が真っ二つに切れた。

 

パラサイトは封印を突き破り、逃げるべくトレーラーの方向に向かった。

私相手では分が悪いのか、一度は封印されて脆弱化しているからか、私たちを避けるようにパラサイトは飛んで行った。

トレーラーの陰には美月と吉田君がいる。

 

「美月!」

 

電光に紛れて美月を乗っ取ろうとパラサイトから糸が伸びる。

吉田君が美月の前に立ち、剣を模した想子で触手を切り取る。

だが、即席の術なのですぐさま再生し、再び美月に襲い掛かった。

だが、私が振り返るより早く、達也が術式解体で襲い掛かろうとしていたパラサイトの本体を触手ごと吹き飛ばした。

 

「逃げられたか」

 

十文字先輩の問いかけに達也は無言だった。

術式解体は想子流の圧力で情報体を押し流す技であり、「解体」という名前はついているが強固な情報体なら流されるだけで破壊はされない。

今回も弱体化はしただろうが、結果としてどこかに逃れてしまった。

それは達也もわかったうえで、美月を守るために術式解体を使った。

逃てしまったパラサイトの気配は残渣ほどしかなく、私でも感知できない。

 

「まあ、一体は確保したからいいんじゃないかい」

 

祈子さんは私が拾い損ねた依代を懐紙で直接手に触れないようにして拾い上げる。

 

「行橋、お前達は何をした」

 

十文字先輩は訝し気に祈子さんを見ていた。

 

「実体を持たない寄生虫に憑代を与えたところだよ。今は抵抗して疲れて眠っているからなんともないけど、潜在的な能力はまあ凄いんじゃないかな」

 

「ソレにパラサイトがいるというのか」

 

「いるけどさっきの一件で力を使って休眠中だから、こちらもあちらも何ともできないね。逃げたやつも人間に取り入るだけの力は残っていないだろうから、精々学校に迷い込んだ猫とか、鳥とかに寄生するんじゃないかな」

 

そう遠くには行っていないはずだが、気配が探れない以上どうしようもない。祈子さんの見立てでは少なくとも人間に寄生するだけの力はないので、ひとまず学校の生徒には被害は出ないだろう。

 

「行橋先輩、それにパラサイトがいるということですが、先ほどのように依代を破って出てくることはないのですか」

 

達也の質問に祈子さんは首を振って否定した。

 

「あっちは肉体の段階であまり霊子体にダメージを与えられなかったから出てきたけど、こっちは雅ちゃんが攻撃しているから逃げることはないと思うよ。動き出すにしても誰かが強い思いをこの子に与えてやらないとだめだね」

 

「思いを与える?」

 

リーナやエリカは訳が分からないという風に疑問を呈した。

彼女たちの理解、特にリーナに取ってみれば精霊に意思があるだなんて眉唾もいいところだろう。

 

「そうだ。精霊には意思がある。霊子にも無論、意思がある。

なまじ実体を持たないから、強い力や思いに惹かれやすい。

私たちの流派ではそう言われているよ。常識を超え、見えないものを理解するのは今の君たちには大変だろう」

 

結局、魔法は世界の認識の仕方なのだ。

科学的に定義された現代魔法がある一方で、古式魔法のように明確に定義されていなくても発動できる魔法はいくつもある。

精霊や霊子も一般的な解釈はあれど、流派や学者によって提言するものは違う。本格的に研究されだしたのが100年前の歴史の浅い学問だから、解明されていないことも多い。

 

「結局、ソレはどうするのだ」

「ウチで預かってお焚き上げでもして、在るべきところに帰す方がいいのかもね。ひとまず、攻撃してくることはないよ。君らも面子はあるだろうけれど、処理してしまってもいいかな」

 

祈子さんが十文字先輩とエリカたちに許可をとった。

 

「こちらは構わん」

「ミキはどう?」

「僕もあの封印方法は見たことがないから、下手に手を出して復活させるよりは行橋先輩に任せた方がいいと思う」

 

封じこめられた以上、解析の方法もあるが、他の流派の術式であり、今回は引くということだ。

 

達也は一切口を挟まなかった。

美月を助けるためとはいえ、何の成果もなく敵を逃してしまった。

被害は出なかったが、同時に成果も少ない。

この捕まえたパラサイトもすぐさまあちらの世界へと還されるだろう。

 

「達也」

 

私は俯いたように見える達也の手を掴んだ。

 

「守ってくれてありがとう」

 

素人が魔性に手を出して、被害が出なかっただけで儲けものだ。

誰か一人が大けがを負ったり、最悪憑かれていた可能性だってある。

攻撃を受けながらでは私一人では封じることができなかった。

だから、今回は仕方がない。

そう思うしかないのだ。

 

 

達也は静かに奥歯を噛みしめていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。