九校戦最終日
一高は前日の予選で無事決勝リーグ進出を決めていた。
本選の出場メンバーは十文字、服部、辰巳の3人だった。
主たる攻撃は辰巳と服部であり、十文字は後方からの援護に務めていた。
状況に合わせた服部の安定した魔法に、前衛を務める辰巳のアタックに一高は瞬く間に相手選手を無力化した。
服部は魔法力が高いというより魔法技術が高く、安定して魔法を発動できることが強みだった。
辰巳は単一魔法での干渉力が強く、攻撃を避けるために跳び上がった選手を上から加重魔法を掛けて撃墜させた。
そして「鉄壁」の異名を持つ十文字。
卓越した空間認識能力を持ち、目標を定めにくいステージでも寸分たがわずの座標に障壁を発動させていた。
3人は危なげなく勝利し、無事決勝進出を決めていた。
この分なら決勝も問題ないだろうと安心させる試合だった。
決勝戦は13時でまだ時間があり、達也、深雪、雫、ほのか、雅の5人は冷たい物でも食べようかとアイスの屋台まで来ていた。
「あ、みやちゃん」
アイスの屋台には短い列ができており、その前には雅の良く知った人物がいた。
「燈ちゃんも来ていたのね」
「今日は暑くて敵わん」
一度寒冷化があって地球の平均気温は低下したものの、真夏のこの時期はやはり暑いことに変化はなかった。列には観戦に来たであろう家族連れも並んでおり、一部オートメーション化されていても、人力の部分は大忙しだった。
「3段がお得やで」
「お昼ご飯食べられるの?」
「別腹や」
まるで母と娘か妹のような会話にほのかは小さく吹き出した。
「あ、はじめましてやな。二高一年の香々地燈や。よろしゅう。みやちゃんの親友やで」
ニパっと燈は笑顔を浮かべた。
お淑やかな雅と活発そのものの燈が親友とは不思議な組み合わせだった。達也は面識があったため、深雪、ほのか、雫がそれぞれ自己紹介をした。
「燈ちゃんは何味?」
「イチゴとチョコと抹茶やな」
注文は表示コードを読み取って、端末で支払う一般的な方法だ。
「懇親会で助けてくれたお礼するよ」
「マジか!棒倒し優勝したから、ワッフルコーンにしてもええか?」
「良いわよ」
「みやちゃんの太っ腹!」
燈は嬉しさのあまり抱き付いた。雅も慣れているようで、頭を撫でると燈は大人しく離れた。
傍で見ていた方は親友と言うより、姉と妹の方がしっくりくる。
燈は背も低く、特に3段アイスを目の前に目を輝かせる様子は制服を着ていなければ小学生にでも間違われただろう。ますます落ち着いた雅との年齢差があるように見えた。
5人もそれぞれアイスを注文し、近くのベンチで座って食べることにした。
「しっかし、マジでインフェルノ使う女子高生がおったなんて驚いたで」
「でも、決勝戦で使ってなかった?」
雫は本選決勝の様子を思い出した。深雪が使ったインフェルノほどの威力はなかったが、雅の読み通り詠唱を使った試合展開となった。
「アレ、インフェルノやないで。八寒地獄と八大地獄のミニマムバージョンや」
「聞いたことない魔法だけど、古式魔法なの?」
「せやで」
燈はドヤッと言わんばかりの自慢顔だ。子どもが褒めて褒めてと言わんばかりの様子に微笑ましい様子だった。
「かなり力技よ。火の精霊と氷の精霊を二つに分けて、両方とも活性化させて、焦熱と極寒を作り出す方法よ。効率で言えばインフェルノの方が何倍も良いもの」
雅が補足で説明を加えた。
「実際100度ちょとまでしか上がらんかったし、ウチはそこまで加速・減速が得意なわけやないしな。てか、自分よくインフェルノの術式知っとったな」
「お兄様が組み込んでくださいましたから」
深雪が達也を見ながら微笑んだ。
彼女にとって減速系の魔法は得意分野であり、A級魔法だろうが容易く発動できる。Aランク魔法師の試験で受験者泣かせの問題の一つだろうに、深雪はそれを歯牙にもかけなかった。
「確かに使える方も使える方やけど、それを組む方もやばいで。
みやちゃんの相手やからタダもんやないとは思うとったけど、自分ホンマに規格外やな。
しかも頭でっかちのお堅い技術者かと思ったら、ちゃんと動けるし、流石は千代婆様の見立てやな。もし、しょーもない奴やったら文字通りけっちょんけっちょんにしてやったで」
「けちょんけちょんって」
ほのかも深雪も溜まらず笑い出した。
アイスを片手に達也に向かって指を指しているが、その口の周りはチョコレートアイスが付いていた。何とも締まらない格好である。
「皆笑っているけど燈ちゃん、統合武術の中学生王者だよ」
「統合武術って日本武術・武道の総合格闘技?」
統合武術は柔道や合気道といった畳の複合競技である。
近年、剣道や薙刀道、弓道まで加えた得物ありの試合形式も一部では進められており、無差別級は素手でも得物ありでも良いクラスが設立された。中学生までは安全の観点から畳の上の競技だけだが、一般の試合になると得物を素手でへし折る猛者たちの熱い戦いが見れるとあって人気のある競技となっている。この小さい体にそんな力があるのかと雫やほのかは半信半疑だった。
「凄いですね」
ほのかが感心したように燈を見つめた。
ほのかも雫も優秀な魔法師の卵だ。客観的にも、主観的にもそういえるだろう。
しかし二人とも魔法力が強いことに自信があっても、それが全てだとは考えていない。二人の魔法力を凌ぐ存在は常に二人の前を悠然と存在しているし、魔法の戦闘となればか弱い女子に変わりない。
体格がいいわけでもない燈が統合武術に優れていることに対して純粋に賞賛いるのだ。
「せやで。まあ、それしか取り柄がないんやけどな」
雅が可愛いわよと言えば、それは常識だとしたり顔で言うのだからまたもや笑いがその場を包むことになった。
雅の親友で妹ポジションが危ういと危機感を抱いていた深雪も、燈の歯に衣着せぬ物言いと愛嬌に笑みを深めた。
「あと自分、結構噂になっとるで。九重の桜姫が東下りしてまで選んだ相手はどこの誰やってな。ウチの副会長とか確実にみやちゃんのこと狙っとるやろうし、九重の姫さんにお近づきになりたい奴ばっかりや」
「やはりそうなのですね」
深雪の目が冷ややかになったのを燈は感じ取った。
「みやちゃんが二高に来とったらもっと大変やったで。ウチが言うまでもないやろうけど、後夜祭は雅ちゃんから離れん方がええで」
燈はワッフルコーンの先を口に放り入れながら言った。
ほのかの顔が一瞬暗んだ。
その変化に気が付いたものは女子たちだけだったが、口に出すことはしなかった。芽吹いたばかりの思いを摘むほど彼女たちは無慈悲ではなかった。
後夜祭
12日前の懇親会とは打って変わって、会場は和やかな空気に溢れていた。大会の緊張から解放された反面か、生徒たちは何時にもまして浮き足立ち、フレンドリーな様子が窺えた。
会場には高校生だけではなく、大学関係者や魔法協会の関係、大会のスポンサーやはたまたメディアの関係者まで訪れている。単なる取材もいるが、将来有望な若者と面識を持ちたいという思惑を含んだ者もちらほらといる。実際、好成績を叩きだした生徒には声を掛けられている場面が多く見られた。
圧巻なのは深雪の所であり、二重、三重と人垣ができている。傍らに市原先輩がいて、怜悧な視線で牽制をしつつ、後輩を不躾な者たちからガードしていた。
達也もまた魔法関連の企業や達也と独立大隊との関連を知らない軍の高官から声を掛けられていた。そして言うまでもなく、私の周りにも人が集まっていたのだが、大人たちがこぞって奇妙な物を見るかのような表情を浮かべていた。それは隣にいた渡辺先輩も、そして私ですら予想だにしない展開だった。
「お久しぶりでございます、雅様」
「お久しぶりです、春日井教授」
「おや、私のような者を覚えていただけるとは光栄に存じます」
「春の園に足を運んでくださったことは聞き及んでおります。
ご挨拶できたら良かったのですが生憎と高校も始まる時期とあって忙しく、お礼申し上げるのが遅くなりもうしわけありません」
「とんでもございません。この場であいさつできただけで光栄の極みでございます。
まさか九重の方が九校戦に出場していらっしゃるなど思いもよりませんでした」
魔法の黎明期からこの国を支えた権威ある老齢の魔法師が一介の高校生に対して敬語を使っている。明らかに周囲の魔法関係者は驚きを隠せなかった。
この春日井教授は魔法大学の中でも指折りの気難しい性格と知られており、苦手とする人物も多い。それが最敬礼を取り、まるで自分が下であるかのような敬意を払っているとは天変地異の前触れではないかと現実逃避をする者もいた。
「兄達が高校生らしく伸び伸びと楽しんでくれと送り出してくれましたので、その好意に甘えさせていただきました。本来であれば末席として神事に率先して加わる身なのですが、次の舞台は新たな舞姫も決まりましてお披露目の場となっております」
「それはお優しい兄君でいらっしゃる。九重の名が広く知られたことは私としましてもまるで自分の事のように嬉しく思います。新たな舞姫誕生、おめでとうございます。僭越ながらお祝いと御祝電をお送りいたしますので、なにとぞ今後もよろしくお願い申し上げます」
気難しいはずの教授が声を落ち着かせ、孫のように年の離れた一生徒に最上級の敬語を使っている。周りの学者たちや企業、大学関係者はこの少女は一体なんなのだと雅に近寄ることすら躊躇わせた。
「はい。父にもそう申し伝えます。それとこの場にいる私は一介の学生に過ぎませんので、あまり畏まれますと周りの方々が驚かれているようです」
「これは失礼いたしました。ですが、私のような分家も分家の者が九重の姫君と言葉を交わすことが許されるとは、苦労した甲斐があると言うものです。
積もる話もございますが、ご多忙と存じますので御前失礼させていただきます」
「はい。お声掛け頂きありがとうございました」
一目見て私達のやり取りに尻込みをした関係者も多く、腫れ物に触れるかのように雅はその後別の関係者に声を掛けられていた。渡辺先輩は市原先輩のように後輩に対する牽制役のつもりで、出鼻を挫かれたが、その後の意外と丁寧な対応に安心していた。渡辺先輩には事故もありその身を案じて声を掛けられることも多く、二人でいれば声掛けは後を絶たなかった。
ひとしきり時間が過ぎると関係者たちは会場を後にし、生徒たちだけの時間となった。
達也は側にあったドリンクを手に取り、一息ついた。
「渡辺先輩、ありがとうございます」
「達也君も色々と声を掛けられていたようだね。最後はローゼンの日本支部の社長だろう。一年生が声を掛けられたのは初めてじゃあないかな」
「そうですか。自分は初参加なので」
喜ぶでもなく、相変わらずな後輩の答えに渡辺先輩は面白くないと肩をすくめた。
「君がなぜ名前を売ることに消極的なのかは知らないが、宝石と贋作を見るくらい名の知れたものにはできるだろうよ。
―――私は少し出てくるから、きちんとフィアンセのエスコートはするんだぞ」
渡辺先輩はニヤニヤと含み笑いを浮かべ、達也の肩を叩いて会場を後にした。きっと恋人に会うためだろうと達也も私も柄にもなくゴシップ的な想像をめぐらせた。
大人たちの白々しい化かし合いも終われば、優美な管弦の生演奏が聞こえ始める。
この後夜祭はダンスパーティも含まれており、他校の男子は積極手に声を掛けていた女子を連れ、会場の中央に集っていた。
制服と言うのが残念に思える人もいたが、女子はシルクテイスト・オーガンジーのインナーガウンを着用しており、曲に合わせて華やかな雰囲気を作り出していた。
深雪はギリギリまで来賓に囲まれていたため、あまり話せなかった男子たちは気後れをしており、誰もまだその手を差し伸べていなかった。達也と一緒にスルスルと人垣を抜け、深雪の隣に立った。
「久しぶりだな、一条将輝」
「む、司波達也か」
その人垣の中にはクリムゾン・プリンス、一条将輝の姿もあった。
勝った者と負けた者、気安い挨拶に見えてあまりお互いに気を使っていなかった。
「耳は大丈夫か」
「お前に心配されるまでもない」
「そうか」
十氏族『一条』の次期当主として、それなりに力もあり、それ相応に訓練も積んで実戦経験もある自分が苦杯を飲まされたとあって一条の態度は友好的ではなかった。
一条の素っ気ない返答に、達也はそれもそうかと納得していたが、深雪の不快だと言わんばかりの視線を受け、一条は狼狽えた。
「えっと司波さん・・・・・・ん?司波ってもしかして」「一条さんたら私とお兄様が兄妹だと思っていなかったんですか」
「いや、その・・・・」
くすくすと深雪に笑われ、彼は視線を彷徨わせていた。
「いつまでもここに固まっているわけにもいかないし、一条と踊ってきたらどうだ?」
達也の言葉に一条さんはがばっと嬉しそうに顔を上げた。
半ば信じられないという表情でもあったが、すぐさま恭しく作法にのっとって深雪に一礼した。
「ぜひ、一曲踊っていただけませんか」
「こちらこそよろしくお願いします」
作法通り、それ以上に美しく深雪も礼を返し、一条の手を取った。
どうやら彼女のお眼鏡に叶ったようだ。
「お兄様、お姉様行ってまいります」「ああ」
二人の姿に深雪を囲んでいた男性陣はクリムゾン・プリンス相手に仕方がないと互いに慰めながらその場を離れていった。
達也はあまりダンスには乗り気ではないだろうし、壁の花でもしていようかと提案しようとしていた。だが、達也は丁寧に腰を降り、作法通りに手を差し出した。
「雅、俺と踊ってくれませんか」
昨日と言い、今日と言い、達也は一体どうしたんだろう。
達也がこういう場を好まないことは知っている。ダンスだって積極的に踊る様なことはない。
私だからだなんて自惚れてしまう。私はシンデレラじゃないけれど、一夜くらい夢を見ても良いだろうか。
「喜んで」
私が手を取ると、ふわりと達也が微笑んだ。
泣きたいほど私の指はきっと震えていた。
中央に出るとやはり注目されていたのは深雪と一条さん。
美男美女で、お互い試合でも活躍していたから視線を集めるのも無理はない。
達也と向かい合って、曲に合わせてステップを踏んだ。いつもより近い距離に心臓の音が伝わっていないかとひやひやしていた。
「ワルツは久しぶりね」
「ああ」
「深雪とも練習したの?」
「少しな。中学でも踊る機会があったんだ。深雪には雅の方が踊りやすいと言われてしまったよ」
達也は少し困ったように言った。確かに私が深雪のためにと私のワルツの練習につき合わせていたが、その深雪からは合格点はもらえなかったようだ。
「ふふ。深雪も贅沢ね。こんなに安心してリードしてもらえるのに」
「そう言ってもらえるのは光栄だよ」
達也は映像を見て、動きを再現しているので優雅とかは抜きにして正確性だけは満点だった。
他のパートナーにぶつかることもないし、私の足を踏むなんてこともない。少し意地悪をしてステップを変えてみても、難なくついてくる。
「流石だね」
「雅だから合わせられる。他ならこうも上手くはいかないよ」
言葉一つに踊らされる私も相当今日は可笑しい。
時折すれ違う深雪たちと視線を交わしながら、一曲を踊りきった。
一条さんは深雪と踊り終えると上級生のお姉さま方からダンスのお誘いを受けていた。深雪は静かに私の元にやってきた。その顔は満足げで一条さんとのダンスが良かったのではなく、私と達也が踊っていたのを見て感激していたと言う。
ちなみに達也は勇気を出して誘ってきたほのかに連れていかれてしまった。
少しだけ後ろ姿を見送るのが心苦しく、さっきまで重ねていた手のぬくもりが恋しかった。
「深雪、美男美女で絵になってたよ。達也さんと雅、息ぴったりだったね」
エイミィが私を見ながらしみじみと言った。
「お姉様がお兄様にワルツを教えていらっしゃったし、昔からお兄様の練習相手はお姉様だったのよ。合わないはずがないわ」
深雪は満足げにそう言った。
「一条さんとはどうだったの?」
「観た通りよ」
ニマニマと聞くエイミィに深雪は自分の感想を告げづにそう言った。
悪いともいいとも言っていないが、ほほうとエイミィは目を輝かせた。
「お姉様、深雪と踊っていただけませんか?」
「私でいいの?」
「お姉様がいいんです」
「分かったわ」
ほのかのことを知っていたのか、深雪が元気づけるように私を誘った。女性ペアというのは珍しいだろうが、正式な舞踏会でもないし、いいだろうと私は深雪に手を差し出した。
私が男役、深雪が女役だ。
他のペアの邪魔にならず、女子同士ても目立たないようにと端の方で踊ることにした。優美な曲調に合わせて踊る深雪は完璧にステップを踏み、その上優雅なのだから自然と人目が集まっていた。
「流石はお姉様。一条さんより踊りやすいです」
「ダンスの時はパートナーをしっかり見ることよ。私達の方ばかり見ていたでしょう」
「すみません。お姉様とお兄様が踊っている姿をこの目に焼きつけたくて」
「可愛らしいことを言っても駄目よ」
私も口では諌めながらも仕方ないなと思っていた。深雪も分かっていますと微笑み返した。
上級者向けのステップも難なく踊れる深雪に感心しながら、私は男役に徹していた。身長的にはさほど変わりないが、深雪に男役と言うのは忍びなかった。
曲が終わると大きな拍手が送られた。深雪は上機嫌な様子だった。
「お姉様、ありがとうございました」
「私も貴女と踊れてよかったわ」
「お客様、御飲み物はいかがですか」
エリカが初日と同じく、ウェイトレスの恰好でドリンクを持ってきた。西城君や吉田君も誘われていたようだが、厨房のほうでアルバイトに精を出しているそうだ。
ドリンクで一息を付きながら、エリカは深雪を見ながら意地悪そうに笑った。
「深雪も策士ね。これは雅と深雪を誘う男子のハードル上がったわよ」
「あら、なんのことかしら」
「とぼけちゃって」
満足そうな笑みに隠して、深雪の行動にはなにか踊る以上の意図があったのだろうか。
「どういうこと?」
私がそうエリカに問いかけると、仕方なさそうにエリカは言った。
「だって、あれだけ達也君と息ぴったりに綺麗に踊った後に深雪でしょう。しかも雅が男性パートを完璧に踊っているから、男子はかなり自信がないと雅とパートナー組めないでしょう」
「エリカ、仕事していたの?」
「ちゃんとしてたわよ。ちょっとした休憩よ」
深雪の訝しげな視線ににエリカは茶化したように反論した。
詳しく見ていたのならばあまり説得力のない言葉だった。
その後、誘われたのは雫とエイミィで二人とも面白そうだからと言う意見だった。勿論私が男役で、二人とも満足そうにしていたので良しとした。
二人と踊り終えると私たちの方に近づいてくる女子の一団を見つけた。
「あ、あの…九重さん!」
「はい」
視線が合うと、二高の3年生であろう人が私に声を掛けた。
「私達とも踊っていただけませんか」
集団はまるで獲物を見つけた猫のように目を輝かせたり、あるいは乙女のように頬を染めていた。
状況が理解できずにいると、燈ちゃんが小走りにやって来た。
手に持った皿には予想通り、大量のケーキが並んでいた。
「あんな、鶴ちゃんが、みやちゃんが九重神宮の高雅様やって言ってしもうたんよ」
あの人はっ、と思わず頭を抱え込みたくなる。
高雅の名前は厳密な秘匿事項ではないが、知られたら煩わしいことも増える。本当に困ったものだ。
「たかまさ様?誰?」
雫がそう聞くと、燈ちゃんは意外そうな顔をしていた。
神楽をすることは告げているが、男装していることは話していない。
高雅の名も一高では知らない者が多い。
それもあって一高に行ったのだが、これではあまり意味がなかったのかもしれない。
「せやで。皆、知らんのか?九重神宮の高雅様。みやちゃん、男装して神楽踊るんやで」
「学生で神楽に興味がある方が少数よ」
「それでなのかな。正直、雅の方が男子相手より踊りやすかったよ」
「ありがとう、雫」
本気かお世辞か分からない雫の言葉に私は素直にお礼を言った。
懇願する瞳で私を見つめている一団に向かって、一礼して断りを告げた。
「皆さんの事をお誘いしたい方々を差し置いて、私がお相手をさせていただくのは申し訳なく思います」
深雪や雫たちは同じ学校の友人だかと言えるが、流石に他校の女子相手にダンスとは彼女たちにとっても外聞も悪いだろう。
此方に視線を向けている男子も多く、きっと誘いたい女子もいるはずだ。それを差し置いてまで私と踊ることはないだろう。
「学校の男子なんてどうでもいいです!」
一番前にいた女子が涙ながらにそう言った。
「お願いします、高雅様」
「私たちに、常世の夢を魅せてください」
「牛若丸のころより、拝見しております。まさか、こんな場所で巡り合えるだなんて…」
「私なんて、桜姫のころからのファンでした」
「春の宴、観覧させていただきました。お会いできるだなんて光栄の極みです。今宵ひとたびのご慈悲を頂けないでしょうか」
学年関係なく、女の子たちが私の周りに集まっていた
主に二高と六高の女子生徒たちだ。
「さっすが、みやちゃん。人気者やな」
呆れたように半ば面白がって燈ちゃんは私の背中を叩いた。諦めろということなのだろうか。泣かれたとあっては私も居心地がが悪い。
「わ、分かりました。ですが、誘っていただける方がいらっしゃったらそちらを優先してくださいね」
「高雅様と踊れるならそんなお誘いいりません!」
「むしろ、こっちから願い下げです!」
女の子たちの気迫に押されながら、比較的おとなしそうな上級生を選び、ダンスの輪の中に加わった。
残った女子たちで喧嘩しそうな状況を見かねた燈によって整理された順番に沿って、雅は女子とダンスをすることとなった。ただ、普通のペアに申し訳ないと言うことで隅の方で踊ってはいたが、女子同士のペアと言うのはなかなか人目を引いた。
これが一度の事ならまだしも、片方はずっと女子と踊っているのだ。
相手の女子の恍惚とした顔を浮かべていた。
雅は男子の自尊心が崩れるくらい誰に対しても完璧なリードであり、雅と踊った人の中には感激のあまり、泣きだす人もいたくらいだ。
もちろん、勇気を持って雅やその周囲の女子を誘おうとした男性陣もいた。
しかし、ことごとくお呼びでないと冷ややかな視線を浴び退散してしまった。よもや、雅も自分の名前がこれほどにまで知られていることに驚いた。
その後も女子の列が絶えることなく、雅は終始女子とダンスを踊り続けていた。文字通り、休む間もなくである。それでも笑顔を崩さないのはさすがの演技力と言えるだろう
それを見ていた雫やエイミィは驚きを隠せなかった。
いくら深雪と雅が誰よりも優雅に、上品に気品あふれる様子で踊っていたとしても、納得できなかった。あの心酔したような瞳はまさしく雅を以前から知っている者のようだった。騒ぎを聞きつけた深雪も来たが、彼女は不満げな様子を隠していなかった。
「なんであんなに、雅は他校の選手から人気なの?しかも女子ばっかり」
「お姉様のお家は神職だから、お姉様も幼少のころから神楽をなさっていたの。
今は男装舞の名手として知られているわ」
「男装舞?それで女の子ばっかりなんだね」
若干トゲトゲしさを感じる深雪の声にエイミィはへえと感嘆を零した。
「雅が男装ってちょっと想像つかないけど」
雫が言うように、姐さんと慕われる渡辺や芝居がかって少年っぽい言動を意識している同級生の里見スバルならいざ知らず、凛とした面差しで美人と名高い雅からはどちらかと言えば巫女姿の方が似合いそうだ。
雫もエイミィも男装と言われても全く想像がつかなかった。
「ほんまに、神様やで。女でも男でも関係なくみやちゃんの舞は惚れてまうからな」
「お姉様の人誑し」
深雪の不満そうな言葉にケラケラと燈は笑った。
「そりゃ、今まで殿上人の様やと思うとった人が、目の前におったらな。光源氏もびっくりなモテ方やな」
「その光源氏はこの比ではないでしょう」
「せやった」
女性がこぞって侍りたがる光源氏の二つ名を持つ彼女の兄の姿を想いだし、燈はたまらず大笑いをした。
何人もの女子と絶え間なく踊り、ようやくラストダンスの時間となった。もうラストはいらないくらい、踊っていたから壁の花を決め込もうとしたところで人垣が割れた。
あの女子の視線もものともせず、赤と黒を基調とした制服の彼が私の前に手を差し伸べた。
「九重さん。ラストダンス、俺といかがですか?」
「熱い視線を送っていらっしゃる方は多くいらっしゃいますよ」
「それは君にもね」
その目には困惑も見えたが、それ以外にもなにか企んでいる様子が窺えた。甘いマスクに隠して、腹の内では何を考えているか。
確かめる意味合いもあり、私は一条さんの手を取った。
ラストダンスとあって、周りにいるペアも人一倍気合が入っているようだった。
「女の子とも踊っていたけれど、君はどちらも踊れるんだね。むしろ男性パートの方が得意なのかい?」
「お恥ずかしながら、どちらも嗜む程度ですよ。男性パートが踊れるのは深雪の練習相手にもなっていましたから」
「なるほど。そのおかげで多くの男性陣の心は折れかけたわけだ」
苦笑いを浮かべる一条さんに私の踊っていた様子も見られていたようだ。
「では貴方は心の強い勇者というわけですか。それとも、王子様とお呼びした方が良かったでしょうか?」
「よしてくれ」
彼がため息をつく瞬間に、方向転換。慌ててついてくる様子に動揺したのが窺えた。
私が今踊っているのはどの教本にもないステップ。リズムを外してはいないが、動きが変則的なのだ。彼は戸惑いながらも、リズムに合わせて私についてきた。
普通男性側がリードするものだが、リードしているのは私であり、彼は思った以上に頑張っている。手慣れているとも言えるかもしれない。
「師族会議から通達がありましたか?」
私の言葉に彼の顔が強張った。その表情だけで図星だと窺えた。
「消音術式は敷いていますので、私達の会話限定で聞こえないですよ」
「いつの間に」
「それが古式の術式ですよ」
懐にある式神を使い、手を握っている間には少なくとも私たちの会話が漏れることはない。読唇術を使われれば分かる人もいるだろうが、この人であふれる中で理解できる手練れはそういないだろう。
「君との婚姻を勧められた」
少し照れた様子で彼はそう口にした。私としては特別驚きもせず、そちらの方向から来たかと冷静に感じていた。
「京都の九重神宮直系。裏の名も知っている」
「ご存知でしたか」
「流石に『一条』が知らないわけにはいかないだろう。九重は魔法師の最古参だ」
「神職ですよ」
「それは神社としての仕事だろう。君らの本質はさらに深い」
彼が言いたいのは『九重』の裏の名『四楓院』
代名詞は【千里眼】とも言う。
『九重』=『四楓院』ではなく、『四楓院』は優秀な分家の人間や臣下も含めた集団の名だ。
個人に与えられ、主に名を貰い、この国の守護を司ることになる。
15歳ごろから20歳ごろまでに任命され、死ぬまでその任を解くことができない。
呪われた名だと言う人もいる。
十師族の当主には代々九重と四楓院の関係は知らされている。
彼も次期当主とあって最近知らされたのだろうし、達也に敗北したとあって、彼の周囲は相当焦りもあるに違いない。
「ならば、【星巡り】の話も知っているのでしょう」
「ああ。婚姻避けの者だと思っていたのだが、見つかったのか?」
「見つかったではなく、既にいますよ」
「いつまでもその相手を隠せるのか?」
【星巡り】は私と達也仲のことだ。誰なのか正式に公表していない以上、フェイクと思われているのだろう。私は分かりやすくため息をついた。
「深雪にあんな視線を向けておいて……お心はどちらにあるのでしょう」
「え!!あ、いや………その…」
彼のステップが乱れ、内心、ほくそ笑む。足を踏まなかったのは流石というべきだろうか。
「その…司波さんは君の親戚か何かではないのか。彼女が姉と慕うほど、親しいのだろう」
「そうですね。可愛い妹のような存在です。ですが生き別れの姉妹とかそのような設定はないですから、むしろ残念ですか?」
「そうだな。彼女は普通の家なのだろう」
「ええ」
彼女たちの情報は恐ろしいほどガードされている。
秘密主義と言われる四葉が徹底的に隠し、調べれば調べるほど彼らの情報は四葉と縁がないことに行きつく。私と達也を経由し、『四楓院』の名に行きついたとしても、それは【千里眼】の青田買いで言い訳が付く。達也のサイオン量と魔法戦闘技能、深雪の魔法力から見れば『四楓院』の保護下にあることは子供でも推測できる。
しかるべき日まで彼らの素性は闇に葬られていなければならないのだ。
「今日の事は聞かなかったことにしておきます」
「星の王子様が怒るのか?」
「氷の女王様も怒りますよ」
「愛されているんだね」
「私にとっても大切な人達ですから」
ステップはある仕掛けを施すためにかなり難解なのだが、少しは慣れて彼はどうにか私に引きずられることなく合せている。感覚的に上手い部分もあるのだろうが、十師族の次期当主とあれば経験も豊富なのだろう。
「私のことはともかく、深雪に連絡先を渡すぐらいの強気でなくてどうするんですか?」
「いや、そこまでまだ話したことがないのにいきなり連絡先を渡すだなんて…」
一条さんは顔を真っ赤にさせた。いくら周りに聞こえていないとはいえ、明らかに周囲の様子を窺っていた。
どうやら深雪に対して好意があることは確かなのだろう。
先ほどの婚姻云々の話は私が四楓院を知っているかと言う確認を込めたものだったのだろう。
「案外奥手なんですね。普段、周りの方からのアプローチの方が多いからでしょうか」
「いや、そんなことは…・・・」
一条さんは言葉に詰まった後、苦々しく眉を顰めた。
「君、案外良い性格しているよな」
私の発言だけではなく、このステップと音取り。
男性としてリードしているはずがリードされている感覚だろう。
「私と達也さんの壁を乗り越えずに深雪に到達できるだなんて思わない事ですね」
「確かにそれは厄介だ。肝に銘じておくよ」
最初の場所からぐるりと一周し、曲もラストに近づいてきた。
最後の音に合せて、私は最後の“術式”を踏み込んだ
一条将輝は九重雅のダンスの相手をしていた。
彼女の反応からして『九重』が『四楓院』であることは間違いないだろうと確信していた。
色々と誤魔化した言葉や上級者向け以上に困難なステップで惑わされはしたが、当初の目的は達成したと言えるだろう。ラストまで踊りきると、頭上に情報が改変される予兆を感じ取った。
一条以外にも感覚の優れた者は天井を見上げると、眩い光が降り注いだ。
「これは………」
金色の光が割れ、まるで粉雪のように細かい金の光がゆっくりと降り注いでいた。音もなく淑やかに降る光の粒は照明に照らされキラキラと輝き、まるで天から祝福されているかのようにも見えた。
演出用の照明ではない。光の屈折を利用した魔法だ。ラストを飾るにふさわしい、幻想的な演出だった。
「誰が…」
一条は会場を見渡すが、それらしいサイオン揺らぎ窺えない。
むしろ皆、突然の演出に驚き、喜んでいる様子を窺わせた。
いくらダンスに気を取られていたとはいえ、この規模の魔法を一体いつだれが行ったのか。
彼女の方を見るとさほど驚いていなかった。むしろ、周りの反応をみて満足げのようにも見えた。一条は直感的にその考えが浮かんできた。
「まさか、君が…」
優雅に、清廉に、淑やかに、それでいて蠱惑的な笑みだけでで、彼女はその答えを示した。
これから会場は一校だけの祝賀会が行われる。優勝校のご褒美と言える特典だ。連絡先を渡したり、親睦を深めた生徒たちに構わず、一条は真っ先に壁際にいる相棒の元へと向かった。
「お疲れ様。司波さんに九重さん、一高の
吉祥寺は一条が深雪を誘うことは理解できたが、雅まで誘うとは思っていなかった。茶化しを込めて、ドリンクを渡すと乱暴に彼はそれを受け取った。
「やられたよ」
いつもの余裕はなく、一条は苦々しく、豪快にソフトドリンクを飲み干した
「確かに、九重さんは珍しい足運びだと思ったけど何か言われた?」
「あのステップ、ただの意地悪かと思ったら違ったんだ。あれだけ踊りながら、会話しながら、魔法を使用されて気配さえ気が付けなかった」
「将輝が?!魔法って、最後のアレは九重さんが発動した魔法なのかい?」
吉祥寺は純粋に驚きを浮かべた。彼もダンスフロアを見ていたが、見た事の無いステップに翻弄されていた一条に笑いを堪えている程度だった。
手慣れているはずの一条が焦るくらいに彼女のステップはかなり特殊なのだろうが、単に意地悪でもされているのかと思っていた。
「ああ、おそらくそうだ」
「けど、彼女は何時CADを使ったんだい。あんな規模の魔法をまさかCADなしでだなんていわないよね」
ダンスをしていた中央の天井から光の屈折を利用した魔法が降り注いだ。
演出的な意味合いのある魔法であり、魔法協会の誰かがサプライズにでも仕掛けたのだろうと思っていた。それが一条を相手にしながら、それを全く気取らせずに発動してみせた。
「あれは歩法による魔法だ」
「歩法?確か、古式の術式の一つだよね」
吉祥寺は頭の中から知識を引きずり出していた。
「魔法陣に足からサイオンを流して魔法を発動する。発動までの時間が長いし、安定性も悪いって今じゃあほとんど使われない方法だ」
「しかも術式自体に魔法の感知防止も掛けられている。そしてその今はほとんど使わない技術が残っているのが彼女の家だ。おそらく、踊り終わるころに完成するように踊りながら陣の形成とサイオンを注いでいたんだろう」
一条は残っていたドリンクを煽った。
あれだけの規模の魔法が殺傷性があれば自分は死んでいた。
完全に遊ばれ、掌で踊らされ、こちらの意図もすべて理解されていた。それが一条のプライドをズタズタにしていた。
「このホールに人がいる状況で、将輝を相手にしながらそれをやってのけたのか?」
吉祥寺は信じられないと言う風に目を見開いた。
いくら踊りながらとはいえ、これだけの魔法師の目をあざむく術式を吉祥寺は知らなかった。
モノリスコードでやられた吉田も古式魔法使いだったが、あれはまだ理解できる。しかし、今回の方法は彼の理解の範疇を越えていた。
「ああ、そうだ」
司波達也の他にも強力な防壁がいたものだと一条は苦虫を噛みしめた。どうやら、ハードルは相当高そうだと高嶺の花の少女を思い出した。
祝賀会場
一高生がお祝いムードに浮かれる中、深雪はにこやかに1年女子と談笑していた。だが、そこに達也と雅の姿がない。
「深雪さん達も楽しんでいるかしら」
「あ、会長」
真由美は会長らしく、グループそれぞれを回っていた。
先ほどのダンスでは達也の相手もし、他の男子とも積極的に踊っていたことから彼女の場合はこういった場は苦手としないようだった。ちなみに、白々しい嘘の合戦やお世辞のオンパレードさえなければという条件が付く。
「あれ、達也君は?雅ちゃんもいないようだけど」
真由美も二人の姿がないことに少々ふくれっつらだった。彼女としては構い甲斐のある後輩がこの場をすっぽかしたことが気に食わないようだった。
「あら、聞くだけ野暮ではないですか」
深雪が淑女の笑みを携えてそう言った。
一瞬の停止のあと、真由美は恐る恐る問い返した。
「え、それって」
「ご想像にお任せします」
達也と雅が逢引をしていることは確定したわけだが、真由美にとっては意外だった。
彼らにとって最優先は妹である深雪に違いないのだが、深雪を置いて抜け出すようなことをするとは思わなかった。深雪が納得している様子から、どうやら彼女が気を利かせたことに間違いないだろうと真由美は考えた。
「あら、達也君も隅に置けないわね」
真由美はこの場に彼らが顔を出しに来たら茶化してやろうと意気込んでいた。
「ねえねえ、深雪。達也さんと雅のラブラブっぷりなエピソードとかないの?」
「あ、いいね。聞きたい聞きたい」
「お姉様たちの?そうね、あまり差しさわりのない物ならいいわよ」
その後、深雪による兄と姉自慢が始まるのだが、誰もがお腹いっぱいになったのは言うまでもなかった。
ラストダンスが終わった後、達也は深雪に呼び出された雅を待っていた。雅は深雪に呼ばれたのだがどうしたのかと問えば、祝賀会に行ったと答えた。
どうやら深雪は気を利かせて二人きりにしてくれたようだ。
あたりは薄暗いが、月明かりで足元は思ったより明るい。
ホテルの薔薇園を少し散歩してから、祝賀会に戻ることにした。
「それで、十文字先輩は何と?」
雅は達也が十文字先輩と出ていったのは見ていた。その後を追うようにして深雪も出ていったので、何かあったのは言うまでもないだろう。
「世間話と言っても、ダメだろうな」
雅の言葉にその通りだと達也は肯定した。
十文字はおそらく達也が十師族の関係者ではないかと見込んでいるはずだ。若しくは四楓院家の関係者であるという可能性だ。
次期当主候補ではなく、一族からは当主としてほぼ認められている彼ならば四楓院家の事も知っているはずだ。九重の血筋がどれほどの者か、当事者である彼女が一番よく理解している。
魔法師の力は遺伝する。それが1000年を超えて続けばどうなるのか。この国の中で最も濃い魔法師としての力が雅には流れている。
その九重が選んだのが達也だ。
当然、それ相応の血筋と力があると理解しているはずだ。
裏から四葉が彼らを護るとするならば、表の名で牽制しているのが九重だ。
【千里眼】の名を知る者の秘密を暴こうとするのならば、【千里眼】に全てを暴かれる。
それだけ情報とは強力な武器になりえるのだ。
達也は隠すことは無用と判断したのか、先ほどあった話をしてくれた。
「四楓院家の子飼いかと問われたよ。そうでなければ十師族の一員かと聞かれた」
おそらく達也に関する調べは進んでいる。
一条に膝を付かせたことで、彼のことは徹底的に様々な情報網を使い調べられている。調べたところで出る情報は真っ赤な嘘ばかりだ。
達也の血筋を知っている者たちが漏らさない限り、彼らの情報は保たれている。
「四楓院の名も知っているのね」
「ああ。次期当主ではなく、既に彼が当主なのだろう」
表向きはまだ高校生であるため、伏せられているが十文字は次期当主とみて間違いないだろうと二人は目算していた。
四楓院の名は避けて通れ。四楓院も四葉と並び忌避されるものだと知っている。四楓院の刃が自分たちに向けばこの国での地位は危ぶまれる。それほどまで裏から力を持つ一族であることは言うまでもないのだ。
警戒しなければならないものが増えたと達也はこれからのことに頭を悩ませた。
達也が一条に勝ったことは今更なかったことにはできないため、達也は別の話を切り出した。
「一条とラストダンス踊ったのか」
「ええ、何か聞きたい様子でしたので。あと四楓院家の事を知っていたわよ。それと、深雪に好意があるのは確実ね。牽制はしたけれど、彼、結構本気みたい」
「それだけか?」
達也が問うと、雅は困ったように笑った。
「家から私との婚姻を勧められたそうよ」
「雅と?」
「【星巡り】が誰なのか明かしていないから、婚姻避けのフェイクと一部では思われているみたい」
「そうか………」
一条家が雅を相手にと言うのは間違った策ではない。
四楓院とのつながりが持てれば、それこそこの国に置いて確固たる地位を確立できる。年齢も合い、しかも直系の女子は雅だけなのでその価値は言うまでもない。
「達也」
「なんだ?」
「妬いてくれた?」
雅の蠱惑的な笑みに達也の思考は一瞬停止した。
「・・・良い気はしないぞ」
「ふふ」
雅は本当に幸せそうな顔で笑った。
達也は自分が恋をできないことも、家族として愛せるのも唯一深雪だけとだと知っている。雅もそれを理解している。
達也は雅の思いに応えることができない。
それでも深雪のためにも雅を手放すことはできない。
どれだけ残酷なことをしているのか、何度も自問自答した。
「達也」
雅は足を止めて、達也を真っ直ぐに見上げた
「好きよ」
好き
そう、彼女は言葉を重ねる。
何度も、言葉を変え、思いを伝えられてきた。
決して答えが返ってくることはないと知っていながら言葉を紡ぐ。
燻るように胸の内に渦巻く感情の名前をまだ彼は知らなかった。
今回は長めでした。視点が変わって読みにくけれ、申し訳ないです。