え、分けたのに1万字超えるだと・・・・
そして、まだ九校戦は始まりません。
※方言等出てきますが、にわか知識です。役割語として理解していただけると助かります。
軍施設からホテルに戻り今日の一連の事件について実家に連絡を終えると、私は急いで懇親会の会場に向かった。連絡調整をしてもらった結果、どうやら京都から人員は出せないが、関東の守護代なら比較的手が空いているそうだ。道具を持っていけと言われた以上、このこともお見通しだったようだ。
懇親会前に鎧塚先輩にあの壺を解析してもらった結果、埋め込まれたのは少なくとも1か月以上前の事らしい。五十里先輩が辛うじて術式について知っていたらしいが、壺に掘り込まれた刻印はかなり古い大陸系の術式で、私の見立て通り今ではほとんど使われることのない代物だそうだ。
来賓の挨拶には間に合ったようで、生徒たちは同じ学校で固まって食事や会話を楽しんでいた。
生徒会や部活動などで顔なじみのある生徒たちは互いに闘志を燃やし、腹の探り合いを繰り広げていた。深雪もおそらく生徒会として他校への顔合わせと挨拶回りに行っている頃だろう。
夕食の時間だが、昼間の事があり、それほど食欲はない。
幸いにもあっさりと食べやすい古式魔法師向けの精進料理も用意されているため、食欲はなくとも少しつまむ程度に食べておいた方がいいだろう。
ひとまず様子を見計らって会長に報告にしようと思って姿を探すと、前から見知った顔が満面の笑みを浮かべて突撃してきた。
「みやちゃん、久しぶりやな!!」
「久しぶりね。嬉しいのは分かるけれど、公衆の面前で抱き付くことはやめなさい」
「えー」
「知り合いとは言え、大会前にチームメイトを不信にさせるべきではないでしょう」
「相変わらず、お堅いなー」
雫よりも小柄で、中条先輩より少し背が高い彼女は抱き付き癖の様なのもがあり、これは昔からなので、今ではもう慣れたものだ。
「
「はいはい」
普段なら気にしないが、今回は場が悪い。いくら知り合いとは言え事情を知らない生徒が多く、他校生と仲良くしていてはチームメイトにもあまりいい印象は持たれない。無論、そのようなことは言わせておけばいいとは思うが、二高の前で悪目立ちするのは避けたかった。
彼女は大人しく離れるが、悪びれた様子は全くなかった。年相応に可愛らしいが、少々子供っぽいのが玉に瑕だ。
「今回、ユズ君も出場してるやで。あ、ユズ君にマコさん!」
少し離れた位置で話していた二人の男子を燈ちゃんは呼んだ。
六高の
「!?」
「早よ、早よ!」
柚彦君はおろおろと首を振っていたが、燈ちゃんに引きずられるようにして私の前に来た。真さんは半分呆れ顔だ。
「よう、久しぶりだな」
片手をあげ、真さんは気さくに挨拶をした
「久しぶり。会うのは春以来ね。柚彦君は技術スタッフとして今回は参加するんですね」
背は高いが、気は小さい柚彦君はコクリと首を縦に振った。
「楽しみにしています」
もう一度、今度は少し恥ずかしそうにコクリと首を振った。
彼は話せないわけではないが、少々声にコンプレックスを持っており、声を発することは少ない。それでも長年の経験でなんとなく話したいことも分かり、意思疎通はできる。
「ユズ君、何の競技の担当なん?」
燈ちゃんが担当競技を聞くと柚彦君は手をパタンと倒したのと、鉄砲の様を打つような仕草をした。
「アイスとシューティング?……クラウドか!」
燈ちゃんが答えると、彼は嬉しそうにコクッと頷いた。男女どちらの試合か、本選か新人戦か分からないが、クラウドだったら私は彼の担当選手と当たるかもしれない。クラウドで詠唱は使われることはないだろうが、六高も古式魔法の家が多く、ピラーズ・ブレイクは要注意だ。
「お嬢、ここにいらっしゃったんですね」
広い会場だが三高の上杉も私たちの姿を見つけて、こちらに歩み寄って来た。
「ああ上杉の所の次男坊か。お前んとこと一高は大変だったみたいだな」
真さんの顔にはいたわりの念と、若干の疲れが浮かんでいた。
「大変で済んだらいいんですが、自分は何分疎いものでして、お嬢に指摘されるまで少々気が澄んだところ程度にしかおもっていませんでしたよ」
「ウチのとこも調べてみたが、無反応だったな。狙いはそっちってことは、優勝候補潰しか?」
念のため彼らにも一高と三高の事を伝えてある。他にもあのような呪具がないかそれぞれ調べてもらったが、そのようなものはなかったそうだ。
「二高もなしや。あと、ハル君が台風の目はこっちだって言ってはったな」
ハル君とは私の兄であり、九重の次期当主だ。この会場には来ていないが彼の能力で“見た”のだろう。台風がこちらにあると言うことは、要するにこの場でまた何か起こると言うことだ。
「この時期に俺たちが家に呼ばれないって今年は相当安泰かとおもったら、そんな事だろうと思ったよ」
「厄払い本家本元のお嬢がいて、これとは今年は皆揃って厄年ですか?」
真さんと上杉が揃って私を見てやれやれと肩をすくめた。
確かに、この時期に私達がこれだけ集まれるのも珍しい。
皆神社や寺の息子や娘であり、夏祭りやお盆の時期に合わせた神事にかかりっきりなので、どの家も猫の手を借りたいほど忙しくなる。
それが揃いも揃ってこちらに出場できること自体、通年あり得ない。
兄達も二高に通っていたが、実家の手伝いのため九校戦の出場を辞退していた。それだけ今年はこの場で起こるであろう事件の比重が高いと言えるのかもしれない。
「ユズ君、顔蒼いで。心配し過ぎやって」
若干柚彦君の顔が青くなっていた。彼はどちらかといえば、理論の方が得意であり、さらに刻印魔法を主体とした神具作製の家系である。魔法技術もそれなりにあるが、気も弱い方で荒事も苦手としている。
春の一件のようにテロリストが襲撃してくるだなんて思いたくはないが、実際に侵入されてあのような物を埋め込まれたり、事故を起こされたりしているので、絶対にないとは言い切れないため、油断はできない。
九校の会長、六高、三高の2年生男子二人、一高、二高の1年生女子二人。初参加もいるなかで、珍しい組わせの集団だろう。少々目立ってしまったようで、あまり気乗りのしない人がこちらに向けて歩いてきていた。
「あら、華やいだ方がおりはると思うたら雅さん。ごきげんよう」
「お久しぶりです、
二高の三年生である彼女、舞鶴円花さんもまた私の知人である。くっきりとしていて、華やかな顔立ちは人目を引き、深雪や会長とは違ったタイプの美人だ。
「昨年の秋の宴以来ですね」
「ええ、そうやね。御実家を離れて一高に通ってはるようやけど、元気そうやなあ」
「ええ、お蔭様で」
「てっきりお兄様方と同じ
ニコニコとしているが、声は冷たく、私の事を値踏みするような視線が絡みつく。私も同じように笑みを作っているが、本音を言えば相手をしたくない。
「とても誠実な方でいらっしゃいますよ」
「あら、そうやの。安心したわ」
上品に見えて、この人も相当いい性格をしており、特に私を敵対視というかライバル視しているの節がある。昔は互いに高め合い、意識し合う間柄であったが、彼女にとって今や私は気に入らない存在の一言に尽きるだろう。その理由は完全に理不尽な思いで、苛立っている理由も知っているが、私にはどうしようもないことだ。
「せやけど、雅さんがそうしゃべらはりますのなんか変な感じやなあ。もうすっかり御郷を忘れはりましたん」
そして苛立っているからと言って私に当ることはお門違いだ。ウマいこと言葉を誤魔化しているが、後ろに隠された意味は酷い物だった。
「いややわあ。そないきつう言わんでも、ええのに。円花さんもいけずな御人やわあ」
先ほどの言葉遣いから、笑顔は同じまま、京言葉に変える。
「いけずやありまへんよ。あまりにも惚気はるもんやから、ちょっと照れた様子でも見せてくだはったら可愛らしいのに」
「ほな、意地悪言うてはりますやん。円花さんかて、【鶴ノ宮】の名前は未だ健在で、綺麗な御人やから殿方からお慕いされてますやろ?」
此方がそう言うと円花さんは僅かに口元を引きつらせた。【鶴ノ宮】は彼女が昔使っていた巫女舞の名であり、彼女にとって捨てた名だ。もう触れられたくない名でもある。
私達の冷戦に、燈ちゃんは辟易しており、柚彦君は怯え、後の二人はとばっちりを避けるため傍観を決め込んでいた。皆、無駄に口出しをして矛先を向けられる方が面倒だとよく理解している。
静かに火花を散らし見かけ上、笑いあっていると後ろから声を掛けられた。
「雅」
「達也」
私が振り返ると皆の視線が達也に注がれた。
「………ああ。あんさんが雅さんの【星巡り】なんか」
「!」
私が単に呼び捨てにしたことだけで分かってしまう円花さんも相当目敏いが、私が名前で呼ぶこと自体、仕事のつながりがあるか、古くからの知り合い以外あり得ない。私も迂闊であったが、彼女が私と彼の関係性を推察して、鎌をかけてきたのだろう。達也も私の実家以外では呼ばれない呼び方に緊張感を漂わせた。
「へー、そこそこイケメンやん。ハル君やみっくんには敵わへんけどな」
「ああ、そうだったんですね」
「お前が【大黒天】か」
燈ちゃんは少々意外そうで、上杉と真さんは納得したように達也を見ていたが、達也の方は警戒心を解いていない。
「雅」
「九重神宮の関係者です」
【星巡り】と【大黒天】
どちらも実家では達也を意味する言葉だ。
【星巡り】は【千里眼】の伴侶や彼らによって選ばれた婚姻関係を示すことが多い。達也も私の曾祖母に選ばれ、私の【星巡り】と呼ばれている。
私に婚約者がいるのは周知のことだが、どこの誰であるかは伏せられている。当然、彼が四葉の関係者だとは知られていない。そのため、私も九重神宮の関係者と彼らを紹介した。これだけで彼には十分に伝わったようだ。
「初めまして。一高一年の司波達也です」
「司波ね…聞いたことない名やけど、無名の所に嫁ぐなんて雅さんも酔狂やな。それともどこかの落し種なんやろうか」
円花さんは達也を上から下まで一通り見て、鼻で笑った。
「あら、円花さんは鳥目やったん」
達也のことを何も知らないくせに、息をするように侮辱する彼女に言いようのないほど私は苛立った。達也をコケにされて私も穏やかではない。
「はいはい。二人とも、大会前やからそこまでにしときや。
二高一年、香々地燈や。よろしゅう。んで、こっちが六高二年の錦織柚彦君や」
一触触発の雰囲気に燈ちゃんが私と円花さんの間に入るようにして、私たちを諌めた。
「九高三年、生徒会長もしている梅木真だ」
「改めて、三高の上杉です。今日はお互い大変でしたが、本番が無事迎えられるよう尽くしましょう」
男性陣三人も自己紹介をし、私に目くばせをした。大会前にこれ以上の口論は悪印象だろう。私も少し頭が冷えたと同時に不甲斐なさも覚えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。彼女は七草会長に呼ばれていますので、ご歓談の所申し訳ありませんが、よろしいでしょうか」
「構わへんよ。ウチらも話すこと話したし、また何かあったら連絡してや」
「こっちも動きがあったら連絡しよう」
真さんと燈ちゃんも早く行けと目で私を促してくれた。
「よろしくお願いします」
私は“4人”に一礼すると、達也に促されるように背を向けた。
「雅さん」
だがそれを遮るように円花さんに呼び止められ、振り返ると相変わらず見かけ上は綺麗な笑顔のままの彼女がいた。
「ごきげんよう。精々お気張りやす」
「ごきげんよう。こちらこそ、どうぞよろしゅうお願いします」
最後まで嫌な人だ。
あの場を離れ、人混みに紛れると、ようやく一息つけた。昼間の事と合せ、今頃疲れが一気に襲ってきた。
「大変だったみたいだな」
「私は別にいいのよ。それより、ごめんなさい。嫌な思いをさせてしまって…」
いくら彼の素性を明らかにしていないとはいえ初対面で、あんなに彼に対して酷く言われてしまったのは情けない。怒りよりも、今は不甲斐なさの方が大きい。
「気にするほどじゃないさ。雅の家の事情は知っているし、俺のような無名の人間がどうしてと思うのも無理はない」
達也はそう言うが、私の気は収まらない。いくら彼がそのようなことに一々心を痛めるようなことがないと言ったとしても、あの発言を私が許せるわけではない。深雪がいたら、きっとあの場には吹雪が吹き荒れていたことだろう。
「彼女、本選に出てくるから直接は相手できないけれど、ミラージで徹底的に渡辺先輩に打ちのめされてしまえばいいわ」
私が彼女に試合で直接手を下せないのが残念だ。
「穏やかじゃないな」
私がここまで悪態をつくのは珍しいので、達也は苦笑いを浮かべていた。
「貴方を貶されて、私が怒らないとでも?」
「そう思ってくれるだけで嬉しいよ」
諌めるように穏やかに彼は微笑むが、未だ私の心は穏やかではなかった。
「もし、深雪があんな風に馬鹿にされて『お兄様が私のために怒ってくださっただけで深雪は十分です』って言われて、達也は馬鹿にした相手を許せるの?」
「それは………無理だな」
達也は少し間を置いたが、きっぱり無理だと答えた。
実際、春に深雪の目が曇っていると言われ、達也が服部先輩に模擬戦を持ちかけたのがいい例だ。大切な人を侮辱されて大人しくしているほど私も大人ではない。
「そう言う事よ。私も深雪と達也が大切なの。だから、達也が自分を大切にしない発言は悲しいわ」
彼が四葉でどのように育ち、扱われてきたのか知っている。彼がこの程度のことが日常茶飯事だとしても、慣れているとは言いながらも、侮られても仕方がないと肯定すること自体が私には少し寂しい。
大切な人が自分を大切にしていない。
それは悲しくもあり、寂しくもあり、同時に切なかった。
努力と無茶は違う。
度胸と無謀は違う。
認めることと許すことは違う。
彼が自身を顧みないことは今に始まったことではないが、それは今まで達也を大切にしてくれる誰かいなくて、無理や無茶を止めてくれはしかなったと言うことだ。
「…気を付けるよ」
「今度あったら、深雪にも言いつけるからね」
私がそう言うとまた困ったように彼は笑った。
いっそ彼を生まれたときからそのまま九重に引き取ってしまえば良かったと思う。今更あり得ない、もし、たられば、なんて夢物語だとは分かっていながらも、何度幻想を抱いたことだろうか。
彼に愛される未来を幾度夢見て、思い知らされたことか。
彼が大切だと思いたいと思ってくれることだけでいいはずなのに、私はいつの間にか我儘になっている。以前は声が聞けるだけで良かった。メールの一つが待ち遠しかった。年に数回の逢瀬が何よりも楽しみだった。
それなのに、今では積もり積もった思いで、押しつぶされそうだった。甘えられないのに甘やかされて、頼って欲しいのに頼るばかりで、愛されないのに愛していて、嫉妬も笑顔の後ろに隠して素直じゃない、可愛げなんてない。仕草の一つで、言葉一つで踊らされる、なんて都合のいい嫌な女なのだろうか。
そんな悲劇のヒロイン気取りの自分に気が付いて、また嫌になった。
黒く渦巻くドロドロとした酷い感情を悟られたくなくて、綺麗なままを見繕うようにして私は道化の仮面をかぶり悪戯めいて笑うのだ。
所かわって三高の一年生のグループ。
彼らの視線を釘づけにしていたのは、それは見たこともないほど美しい少女だった。一高の生徒会長も小柄だが、大人っぽさと可愛らしさを兼ね備えた美人かつ実力も良く知られており注目度も高い。
しかし人目を集めていたのは可憐だとか、綺麗などという陳腐な言葉では言い表せないほどの美少女だった。いっそ男子の欲望と願望を詰め込んだホログラムかアンドロイドかと思うほどの美貌に男子だけではなく、女子も見惚れ、思わずため息をついていた。
「ジョージ、彼女は?」
「ああ。制服を見れば分かるだろうけれど、一高一年の司波深雪さん。出場種目はピラーズ・ブレイクとフェアリー・ダンス。一高一年のエースらしいよ」
一年生で名実ともに知られたクリムゾンプリンスとカーディナル・ジョージこと一条将輝と吉祥寺真紅郎。
一条将輝は一年生にしては高い、180cmの高身長と甘いマスクでいかにも女性が好みそうな顔だちをしており、吉祥寺の方は彼に比べると小柄だが、研究者にしてはしっかりと鍛えられている立ち姿をしていた。
彼らの視線は生徒会として挨拶に来た深雪に注がれていた。
特に熱のこもった視線を送っているのは一条将輝の方だ。
「へえ、司波深雪さんか」
「珍しいね、将輝が女の子に興味を示すなんて」
「そりゃ一条はがっつかなくても女子が集まってくるからな」
「イケメンはいいよな」
同級生の冗談と本気の混ざったモテナイ男の八つ当たりを聞きながら、将輝は誤魔化すように話題を変えた。
「そう言えば、あの壺を見つけたのも一高の一年生だろう」
「ああ。それならあそこに上杉先輩といるよ。体調悪そうだったんだけどもう大丈夫なのかな」
二人の視線の先には他校生たちと談笑している上杉の姿があった。
その中には一人、立ち姿の美しい一高の女子生徒がいた。
「九重雅さん。出場種目はバトルボードとクラウドボール。こちらもエース級らしい」
「九重か。確か古流の一派だったな」
「そうだね。九重と言えば、九重八雲は忍術使いとして知られているし、古式魔法の大家だ。親類であれば、誰も反応できなかった地中に埋まったあれを見つけられたんだと思う」
十文字家次期当主の十文字克人が直接やってきて悪い物が埋められているという話をしてきたときには、いくらなんでも荒唐無稽だと三高のほとんどが半信半疑であった。
しかし実際に床を剥がし、地面を掘り起こしてみれば、指摘通りに大きな壺が埋まっていた。上杉が開けても問題がないとして、壺の蓋を開ければ、綺麗に処理が施された虎の腕が入っていた。その事実に衝撃を受けた生徒は少なくなかった。
「なるほど。けど、あれって掘り起こさなくてもウチには問題なかったんじゃないか?ウチには運気が上がるものが埋まっていたんだろう」
一高には烏の死体という運気が下がる壺が埋められ、尚且つ良い影響を与える地脈ごと三高に集められていたと聞いた。むしろ三高にとっては掘り起こさない方が良かったのではないかという意見は自然な反応だろう。
「上杉先輩と一高の十文字さんから聞いた話だと、地脈の力が使われないのに溜まりすぎると暴発することもあるらしい。多幸感とか躁状態、一種のトランスだね。ついでに、もしあのままだったら、不用意に手に入れた運気のツケの精算は僕たちがしなければならないそうだよ」
彼らにとって運気を操ると言うことは馴染みのないことだが、猿の手の話を聞いて少しだけ理解はできた。意図せず得た力は、決して本人の実力ではない。それが他人にもたらされた物であるにも関わらず、災を被るのは自分たちとあっては穏やかではいられなかった。
「なるほど。それは危険だったんだな」
「正直、彼女が言う事が本当ならきっと予想外の出来事ばかり起きていただろうね。なにせ数値では全く現れない事象だし、僕らだけでは手が付けようがなかったよ」
肩をすくめる吉祥寺は内心かなり焦っていた。あのような事態は彼らにとって全くの不測の事であり、しかもそれを発見したのが他校の生徒だと言うことだ。
三高の代表団は現代魔法に優れた生徒たちで構成されており、一番古式魔法に詳しいのが上杉となっている。そんな彼も理論より実践の人間であり、特に何かを感知するのは得意ではないと言っていた。
これは今後精霊魔法や隠密性に優れる古式魔法で妨害にあった場合、三高は容易に足元をすくわれる可能性があると言うことだ。
「でもある意味では、幸運だったのかもしれないな」
一条の皮肉めいた言葉に、吉祥寺はまた苦笑いを浮かべた。あれやこれや悩んだところで、自分達にはどうしようもない魔法であり、直面する問題はひとまず回避できていた。
地脈云々については、追々専門家が直しに来るだろうと上杉から聞いているため、彼らに出来ることは九校戦に全力で向かう事だった。
「そうだね。運だなんて不明確なものに惑わされるほど、武の三高は甘くないって証明してみせよう」
「ああ」
少々芝居掛ってしまった吉祥寺のセリフだが、一条も乗り、周りの生徒も二人の雰囲気に心の安定を取り戻しつつあった。
そんな中ですら、視線が一向に例の彼女から離れない一条に吉祥寺はやれやれと内心ため息もついていた。
懇親会も終わり、私は一度本部のあるテント向かった。昼間に一通り祓ったため、地脈の勢いは弱いものの特に大きな問題は今の所なさそうだった。
明日は大会前日であり、練習と調整に当てられている。私の試合は4日目以降なので、明日は様子を見ながら地脈直しを手伝うことになるかもしれない。
五十里先輩から改めて状況の整理と壺について詳しい話を聞いた後、軍関係者がやってきて壺は軍の方で預かることになった。流石に侵入してきたのが軍用施設なので、対外勢力が持ち込んだと思われるこれを証拠品として押収すると言われた。風間少佐からも連絡は貰っていたので、この件に関しては任せて良いだろう。
問題は乱れた地脈だが、明日の夕方に術者の派遣が決まった。
念のため、もう一度祝詞で場を清めてから、無理はするなと七草先輩と渡辺先輩に半ば押し出されるようにして本部を後にした。
体調も悪くはないし、もう少しやりたいことがあったが仕方がない。
一旦ホテルに戻ると、エイミィと里見さんがフロントで何かを受け取っているのが目についた。
「あ、雅。本部に行ってたの?」
エイミィは私を見つけると、荷物を持って私のほうに歩み寄って来た。
「ええ。詳しいことを五十里先輩に聞いていたのと、念のためにもう一度どんな状態なのか確かめてきたところよ」
「雅も大変だね」
里見さんが少々芝居染見た様子でやれやれと肩をすくめた。あの場にいた生徒は少なくなく、話は既に伝わっている。
オカルトの苦手な中条先輩や他の生徒には先ほどフォローしてきたが、こればかりは本人の気の持ちようだろう。明後日からの競技に支障がないと良いが、まだこれだけで終わるはずがないことは分かっているため、明日以降も警戒する必要があるだろう。
「でも、雅がいてくれたおかげで助かったじゃない。」
「それもそうか」
今の所、私が少し体調を崩しただけで目立った実害が出たわけでもないので、彼女たちはあまり気にしていないようだった。
「それで、こんな時間にどうしたの?」
競技用の荷物や器具は本部や設備車両にあるし、個人の荷物は昼間に各自の部屋に運び入れている。アメニティも大概は部屋に揃っているため、この時間にフロントを訪ねる人はかなり少数だ。
「そうそう。この施設の温泉借りられたから、皆で入りに行こう!」
「軍用施設なのによく許可が出たわね。でも私達、水着は持って来ていないのだけれどどうするの?」
「それも大丈夫!湯着とタオルを貸してもらったから」
どうやら先ほど受け取っていたのはそれだったらしい。深雪たちも呼びに行き、女子6人で大浴場へと向かった。
昼間色々とあったせいで、嫌な汗もかいていたため懇親会の前にシャワーは浴びている。だが手順にのっとって全自動シャワーブースで体の埃を流すと、髪を簪で纏め、湯着に袖を通す。
湯着を借りたときにも思ったが、予想以上に胸元や裾が心もとない。白いミニ丈の甚平、ただしズボンなし、といったところだろうか。一昔前の大衆浴場は全裸が基本だったと言うし、つい100年ほど前までは混浴風呂もあったと言うのが驚きだ。現代では混浴風呂と名の付いたレジャー施設もあるそうだが、そちらも水着着用が必須となっている。
女の子らしい声を上げてはしゃいでいる湯船に向かうと、皆の視線が一斉に私に集った。
「な、何かしら?」
どこか可笑しいところでもあっただろうかと心配になるが、襟のあわせも間違ってはいないし、紐もきちんと横結びになっている。
「雅、着やせするんだ・・・・・・」
沈黙を破るようにエイミィが上から下まで私を眺め、ぽつりとつぶやいた。
「着やせするって言うか、姿勢がいいからスレンダーに見えてたのかも」
付け加えるようにほのかが呟いた。
「それを言うならほのかだって、スタイルいいじゃない」
私が湯船に足を浸けると、ごくりと生唾を飲む音がした。視線の理由に気が付かないほど鈍感ではないが、同性にそんな目で見られてもどう反応したらいいのか困ってしまう。じっくりと人様に裸体に近い様な姿を見られるのはさすがに気恥ずかしい。
「もう!雅には達也さんがいるんだよ」
ほのかの悲壮な声が浴室に響き、エイミィは苦笑いを浮かべ視線を逸らした。ただ里見さんだけはじっと私に視線を向けたままだった。
「どうしたの、里見さん?」
「ああ、スバルでいいよ。いや、てっきり欲望の痕の一つ二つあると思ったんだけれども
ふむ…やはり司波君は朴念仁なのかい?」
ニヤリと笑った彼女の目は好奇心に溢れていた。
「随分と下世話なことを聞くのね」
私は思わずため息が零れた。
「いや、みんな知りたがっているとは思うよ。それで、実際は?」
「頭の中ではご自由に」
「やれやれ、連れないね」
演技めいた様子でスバルは肩をすくめた。彼女が言いたいことは理解している。
彼女たちは私と達也が婚約していることを知っていて、更に言えば実際そう言った方面が気になるお年頃でもあるので、そう思っても仕方のないことだろう。
「えっ、えっ」
「それって…」
ほのかは顔を赤く染め、スバルと同じようにエイミィは目を輝かせていた。
「司波君と雅がどこまで進んでいるかって話だよ。ほのかも司波君が気になっているんだろう?」
「いや、私は、その…」
ほのかが達也に向ける視線は恋心を帯びていると知っている。
彼女自身嘘をついたり、隠し事をするのが得意ではないタイプのようなので、その思いを口には出していないが、感付いている人は少なくない。
「確かに、達也さんって雅の前だとどんな感じなの?意外と甘えてきたりするの?あと、二人の関係ってどこまでいったの?」
私の意地汚い独占欲が心の中を渦巻くが、そんなことはお構いなしに、エイミィは頬を染めるほのかを煽るように私に聞いてきた。この手の話は相手がある程度満足するまで深追いしてくるのが常だ。
「なんの話?」
どう答えればいいものかと思案していると、タイミングよくシャワーを終えて湯船に深雪がやって来た。案の定、三人は色香を纏った深雪に視線を奪われていた。正直、助かったのは言うまでもない。
その後、雫がサウナから戻ってきて、温めの浴槽につかりながら、話に花を咲かせていた。
女子が集まればファッションだけではなく、色恋の話になるのは当然だ。懇親会にいたカッコいいと噂の他校生の話やバーの小父様まで、各々の趣味が分かった一時でもあった。
「そう言えば、お姉様。お兄様にお聞きしたのですが、京言葉でお話をされていたのでしょう」
「深雪、なぜそのように目を輝かせているのかしら」
「だって、私は聞いたことありませんもの。お兄様ばかり狡いです」
この時代、方言という文化は廃れつつあった。
未だに高齢の老人や地方の一部では使われるものの、全国的に標準語が浸透している。その中でも関西圏の方言は魂に根付いているようで、未だに関西弁はコントや落語、役割語として演劇や小説の中でも登場する。
ちなみに、関西圏の人間は一様に関西弁と括られるのを嫌う節がある。関西も地方地方で微妙に語尾のニュアンスが違い、イントネーションが異なることが多い。
京都は京言葉というのが京都人の言い分だ。何せ〇〇弁というのは方言であり、田舎言葉を意味するからだと兄から教わった。東京に首都が移された今でも1000年以上続いた都気質は失われていないらしい。
今や方言を使う若者は年々少なくなっている中、私が方言を使うとあって驚いているメンバーが多かった。
「え、雅ちゃん。関西出身なの?」
「実家は京都よ。5歳になるまでは関東の方だったから、住んでいたのは小学校と中学校だけね」
「へえ、そうなんだ。普段は方言出ないよね」
雫とほのかは私が京都出身と以前話したことがあるので知っていたが、エイミィとスバルは意外そうに私を見ていた。
関西の魔法科高校は第二高校が兵庫県の西宮市にあり、中四国、関西圏の魔法師はここを目指すことが多い。実際、兄たちや響子さんも二高を卒業しており、わざわざ遠く離れた魔法科高校を受験するのは何かしら特色のある学校に行きたいという希望があっての事か、レベルにあった学校に行くためがほとんどだ。態々京都から一高を受験した理由は聞かれなかったが、達也と深雪がいるからという理由は皆言わずとも分かっているのだろう。
「お姉様、いけませんか?」
期待を込めた視線が深雪を始め、皆から注がれる。
先ほどの視線のお返しもしてあげようと、私は深雪の頬に手を添えて話しかける。
「しゃあない子やなあ。堪忍しておくれや。私かて話そう思うて話しとるわけやないし、達也さんの前かて不可抗力や。私が深雪さんに敵わんと知っとって、そない可愛いこと言わんといてや」
深雪はまるで頬紅を入れたかのように顔を赤らめ、他の4人からは小さく悲鳴が聞こえた。
予想通りの反応に笑みを深めながら、隣にいた深雪に詰め寄り、深雪の細い腰に手を回す。慌てる深雪に耳元でふっと息を吹きかけ、さらに低い声を意識して囁く。
「こない人が仰山おる所で…
深雪さんだけやったら、朝までたぁんと睦言も囁いてあげようかと思うとったのに残念やわぁ」
硬直した深雪の頬に指を滑らせ、白い首筋をなぞる。声にならない悲鳴が深雪の口から零れ、皆一様に顔を染めたところで私は一呼吸おいて深雪から離れた。
「これでいいかしら?」
「「「・・・・え?」」」
真っ赤な顔からぽかんと呆気にとられた顔に変わっていた。
「皆、まさか本気だと思ったわけじゃないでしょう」
そうは言ったものの皆あちらこちらに視線を逸らしており、私も嗜虐心があったことは否めないが、少々冗談が過ぎただろうか。
世間では同性で恋人関係になる人がいることは知っているし、昔は衆道が嗜みだと言われていた時代もある。私は深雪の事は勿論好きだが、あくまで可愛い妹であり、恋愛感情ではない。言うなれば家族愛に近い物だろう。
「お姉様、決して、お兄様以外にその口調使わないでください」
「………そんなに似合わなかった?」
深雪がいつになく真面目な声で私を諭すように言った。
「いいえ。声も出ないほど素敵でした。特に男性の前ではいけません。お姉様の艶やかさに不埒な輩がやられてしまいます。御実家では仕方ないですが、絶対ですよ」
深雪に加え、他の皆も一様に首を縦に振っていた。
「確かに、危ないね」
「うん、危険。ダメだよ、達也さん以外に使ったら」
「危険って、スバルも雫もそんなに私がこの口調だと可笑しいのかな?」
京都でも今時ここまで方言を使って話す人は少ないが、東育ちの無骨者だなんて言われたら嫌でも覚えるしかないだろう。
「危機感をお持ちください。お姉様の魅力が更に増して、深雪は心配でなりません」
「大げさよ、深雪」
深雪の贔屓目と心配性はよく理解している。それに魅力と言われても、思う相手を惹きつけられない魅力だなんて私には必要のないことだと、また悲観めいたことを思ってしまった。
「あれ、雅って意外と鈍い?」
「素でアレなの?」
そんな私と深雪をエイミィとスバルが呆れたように見ていた。
「雅、人誑しだから。特に深雪に対して」
「雫、誤解を生むような発言は止めて頂戴。その言い方だとまるで私と深雪が恋人みたいじゃない」
「達也さんと深雪の兄妹丼…」
「むしろ司波君は両手に花だね」
「雫とエイミィ、本当に怒るわよ」
冗談交じりの年頃の少女らしい話で笑みを浮かべ、笑いあう私たちの中で一人、ほのかが切ない表情を時折浮かべていたのを私は見てしまった。
ほら、また燻る感情が悲鳴を上げている。
忍ぶれど 色に出りけり わが恋は 物や思うと 人の問ふまで