恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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皆さま、お久しぶりです。
本年もよろしくお願いいたします。

しばらくまた忙しくなりそうですので、次は4月ごろの投稿かもしれません。お待たせしていますが、次回は甘くなる予定です。


感想・コメントいつもありがとうございます。
まだまだ読んでくださる方がいると嬉しいですね。
お返事できず、申し訳ないです。
質問には順次答えていきますので、しばじお待ちください。




孤立編3

 

日本魔法協会の会長は百家の数字付きから選ばれることが慣例となっている。

改選は毎年6月に選挙で行われ、7月から新体制となる。

給料は当然出るが、あまりうまみのあるポストでもないため、三年以上続けて会長を続けた人物はいない。

 

現在の会長は、十三束翡翠(とつかみ ひすい)

第一高校に所属している十三束鋼の母であり、昨年7月に就任して1年目だ。

彼女は今、どうせ持ち回りのようなものだからと軽い気持ちで会長職を引き受けた自分を呪っていた。

 

「この度は、ご多忙のところ面会の機会を頂戴し、ありがとうございます」

「十三束さんも、こちらに移られて1年が経つころかと思いますが、お変わりありませんか?」

「はい。こちらの生活には、随分と慣れました」

 

十三家は東京湾東岸地を拠点としているが、協会の会長は京都の本部に常駐しなければならない。

実家の事業の方は夫が切り盛りしており、単身赴任という形で翡翠は京都に住んでいる。

 

千葉家が警察関係者に強いコネクションを持つように、七草家が国防軍情報軍とつながりがあるように、魔法師の家は大なり小なり、支持団体や協力関係にある部署がある。

奈良・生駒地方拠点とする九島家や関西を監視している二木家も同様だ。

だが、京都というのは土着の、正確に言えば古式魔法師の勢力が強い地域だ。

滋賀の比叡山を祖とする流派や各神道系、陰陽系など、古い家々が脈々と血を継いでいる。

当然、衰退の一歩を辿るものもあるが、その存在は無視できない。

翡翠が訪れていたのは、その中でも神道系の最大派閥ともいうべき、九重家本家だった。

流石に当主に面会は叶わなかったが、当主婦人である九重桐子とアポイントが取れた。

 

「最近は日中随分と汗ばむようになりましたので、お体にはお気をつけください」

「ありがとうございます。そちらもどうぞご自愛ください」

 

気候の挨拶は無難なものだった。

確かに一般的には汗ばむ気候だが、汗は汗でも、翡翠の背中に流れているのは冷や汗だった。

『お忙しいならこちらから出向きましたのに』なんて遠慮じみた言葉に隠されて、面倒事はそっちで片付けろと言われなかっただけまだ望みがあると、自分自身を奮い立たせていた。

 

「それで、今日はお願いに参りました」

「お願いですか」

「はい」

 

口の中が急速に乾いていく。

胃の痛みは無視するしかない。

まだ威圧的な雰囲気は感じられない。

それでもこの場でこの話を持ち込むという事がどれだけのことかということは理解していた。

 

「―――ご息女の婚約者である司波達也氏のことです」

「まあ、達也の」

「実は先日、USNAの大使館から書状を受け取りました」

 

桐子は翡翠の話をじっと聞いていた。

百家の中でも社会人としてもそれなりに揉まれてきた翡翠でもその表情から感情はうかがえない。

無表情なのではなく、好意的なのか敵対的なのか、感情の波が読み取れなかった。

 

「そこにはトーラス・シルバーが第一高校の司波達也氏であると記載されていました」

「それで、なぜ私共のところへ?」

 

確かに、九重雅と司波達也は婚約関係にある。

だが、まだそれだけだ。

実際に婚姻関係にあるのと、単なる婚約者では話を通すのにも筋違いと言われてもおかしくはない。

 

日曜日にディオーネ計画が発表された時、魔法協会はそれほど危機感を抱いていなかった。

いくらUSNAでも、イギリスと新ソ連から魔法師、それも戦略級魔法の使い手を招くのは無理だと考えていた。

ところが日本の予想はことごとく裏切られ、半ば未だに敵対関係にある新ソ連が協力姿勢を見せたことで、日本側も対応を迫られていた。

魔法師が人類未来を切り開く平和利用というのは非難のつけようのない理想だ。

しかもそれが人類の未来に繁栄をもたらすともなれば、反魔法師団体に対する反論意見の大看板になる。

各国が協力を要請されている中、USNAの同盟国である日本が協力しないという事はあり得ない。

具体的に言えば、トーラス・シルバーを差し出さないということはできないに近い状態だ。

 

「ぜひ、彼がプロジェクトに参加するようお口添えをお願いしたく」

 

できるだけ柔らかい口調にしたかったのだが、半ば絞り出すような声になってしまった。

膝の上で重ねた手は震えないようにするのが精いっぱいだった。

間違いなく、人生最大の修羅場だった。

 

「十三束さん」

 

桐子の表情は相変わらず読めなかった。

 

「神々を数えるときには、柱という単位を用いるのがご存じですか」

「え、えっと、はい」

 

なんとなく、そういう話は聞いたことがあった気がした。

だが、話の流れが読めず、返答には疑問が混じる。

 

「宇宙に柱を立てたところで、果たして人である魔法師が立てる柱はなんと呼ぶのでしょうね?」

 

それは、拒絶と相違ない返答だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜日。達也は伊豆へ、深雪は調布の四葉本家ビルへ引っ越しをした。

雅の荷物も多少あったので、調布の四葉本家ビルの客間の一室をそのまま居室として使用できるように荷物が移されている。

余談だが、雅の部屋は深雪より達也の部屋に近い場所に置かれている。

寝室も同じにしようかという深雪と水波の提案に達也も雅も同じタイミングで首を横に振った。

流石にその気遣いは必要なかった。

 

達也が通学しなくなってからも、深雪と雅は普段どおり学校で授業を受け、生徒会や部活を行っていた。

続けて達也が休みを取っていることから、生徒たちも何かあったのだろうと薄々思ってはいるものの、面と向かって深雪や雅に問いかける者はいない。

あくまで卒なく何事もこなしているからか、クラスメイトにはいつもと同じに見えていたに違いない。

だが、実際のところ深雪の寂しさと不安を抱えていた。

仲の良いエリカたちには気づかれていたようで、心配もしていた。

 

 

そんな深雪のもとに、またも信じたくない情報が入ってきた。

日付は22日(水)の夜のこと。

調布のマンションに深雪と雅、水波に加え、亜夜子が来ていた。

水波は三人分のお茶を用意すると、部屋の外で待機している。

お呼びがかかるまでは彼女は家具と変わりない静かさだ。

 

「亜夜子ちゃん、今日はどんなご用事なのかしら?」

 

深雪と亜夜子は親戚関係にあるが、親しく遊ぶ間柄ではない。

どちらかと言えばライバルという関係に近い。

総合的な魔法力で言えば、当然深雪に軍配が上がるが、亜夜子の達也を慕う気持ちに複雑な思いを抱いていた。

亜夜子の得意とする疑似瞬間移動は、達也の協力があって完成したものだ。

そしてもう一つ、極散の魔法は隠密行動に特化しており、深雪でも同じ魔法を亜夜子と同レベルで使いこなすことはできない。

単に恩人として達也に好意的ならばそれでよいのだが、年齢も近いせいか、達也が絡むとなると意識しないわけにはいかない間柄だった。

 

「今夜の私はただのメッセンジャーですよ、深雪お姉様」

 

二人が微妙な緊張感をはらんだ笑みを浮かべる。

だが、それは長くは続かない。

普段なら達也や文弥のフォローが入るが、雅の手前もあってか、深雪が先に緊張を解いた。

 

「叔母様からのご伝言?」

「ええ、そうです」

「聞かせて頂戴」

「はい。近日中に国防軍が達也さんに対して拉致を試みる可能性が高まりました」

「そうですか」

 

亜夜子が拉致という強い言葉を使ったにもかかわらず、深雪の反応はあっさりとしていた。

同席している雅の表情にも驚きは見られない。

 

「私はお兄様ほど国防軍を信頼しているわけではありませんから」

「達也さんが国防軍に所属しているのは信頼しているからではないと思いますが」

「そうね。でも親しくされている方がいれば、多少なりとも情が移るものでしょう」

 

達也は強い情動をつかさどる領域に人工魔法演算領域を植え付けられているが、あくまで強い情動に関する部分であり、感情がすべて白紙化しているわけではない。

特に軍で同じ訓練を受け、生死を共にした仲であれば、結果として切り捨てるにしても無感情にできるほど達也は非情ではない。

亜夜子は深雪の口ぶりに意外さを覚えつつも気を取り直して、本題に戻った。

 

「日時の詳細がつかめれば、追って連絡いたします。ですが、私にできるのはそこまでです」

「亜夜子ちゃん、もう少し分かりやすく言ってもらえる?」

 

深雪は察しが悪いわけではない。

だからこそ、顔色こそあまり変えなかったものの、問いただす口調は強いものだった。

 

「つまり、本家も分家も情報以上の協力はできないという事です」

「それが叔母様の決定なのね?」

「はい」

 

亜夜子が肯定するやいなや、室内の室温が急激に下がった。

テーブルのお茶が氷結し、亜夜子の髪や服にも氷が付き始める。

 

「亜夜子ちゃん、本気で抵抗しないと凍ってしまうわよ」

 

深雪は今、CADを使っていない。

それでも感情の高ぶりによって事象への干渉が起きている。

 

「深雪」

「いいんです、雅様」

 

雅が深雪を諫めるが、亜夜子は深雪から視線を逸らさなかった。

亜夜子とて、この決定は不服だ。

だが、同時に四葉家が今、国防軍と敵対する時期ではない。

いくら次期当主としてほぼ内定している達也のためとはいえ、四葉家全体が国防軍から目を付けられ、追われるには帳尻が合わない。

亜夜子でもわかることだ。

聡明な深雪に理解できないはずがない。

 

「どうぞ、お気のすむまま」

 

血の気の引いた唇を震わせながら、気丈に亜夜子は答えた。

 

「そう…」

 

深雪がそうつぶやくと、室温が元に戻る。

 

「―――深雪さま、雅さま、何事ですか?」

 

扉を遠慮なく水波が叩いている。

 

「水波ちゃん、入ってきて」

「失礼します」

 

水波が許可を得て入室し、部屋の惨状に言葉を詰まらせた。

部屋中が結露していた。

部屋の外からでも魔法に類する事象干渉が起きていたことは感じていた。

深雪と雅の周り以外がぐっしょりと濡れ、亜夜子の服や髪も濡れ、顔は青ざめている。

一度室内の水分が部屋の急激な温度低下によって冷やされ、水蒸気が水滴になったことが伺える。

 

「亜夜子ちゃんをお風呂にお願い。ここは私が乾かしておくから」

「かしこまりました。亜夜子さま、こちらへどうぞ」

「ありがとう」

 

水波に促され、亜夜子は席を立った。

部屋から出る前に一度亜夜子は足を止めた。

 

「深雪お姉様」

「何かしら」

 

亜夜子は振り返らなかった。

 

「先ほどの、今のお姉様はご当主様そっくりです」

「そう」

 

深雪の声は罪悪感もなければ、特別な感情もない冷たいものだった。

 

 

 

 

亜夜子が部屋を出てすぐ、雅はCADを起動させ、部屋を乾かした。

 

「すみません、お姉様」

「いいのよ」

 

雅には深雪の怒りも四葉家の思惑も理解できる。

今頃は達也のところにも文弥が同じ情報を伝えているはずだ。

 

「私も手伝うわ」

「お姉様にご協力いただくわけにはいきません」

 

四葉家が国防軍と事を構えないよう、九重家がこの件に介入するのは問題がある。

 

「そうね。たまたま、深雪と私で伊豆に遊びに行ったら、予定外のお客様がいらっしゃったとしても、私は咎められないわ」

「ですが………」

 

雅の言い分は詭弁だ。

 

「お願いよ」

 

雅は今までも達也が苦しい状況に置かれると知っていながら、動くことができないときが多かった。

あれこれと情報は渡すことはできても、その場にいることができない。

足手まといにならない実力があっても、雅は無条件に達也を手助けすることできない。

それだけ九重家の名前は重い。

重いからこそ動くべき時に動けるように、足元をすくわれないように、慎重に潮流を見極めなければならない。

 

「お兄様が良いとおっしゃるなら、深雪は何も言いません」

 

狡い言い方だと思う。

本当であれば、雅を巻き込まないために断らないといけないことは十分理解している。

けれど何もできないもどかしさは深雪も痛いほどよくわかる。

世界は常に達也に対して優しくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

土曜日の夜。

伊豆の別荘にいる達也のところに、間違うはずのない「情報」が近づいてきていることを知覚し、作業場を離れ、玄関外の駐車場まで迎えに出た。

後ろ側の窓ガラスがスモークになっている大型セダンが静かに停車する。

運転席から名目上達也付きとなっている四葉家使用人の花菱兵庫、助手席から水波が降りてきた。

二人はそれぞれ達也に一礼した後、後部座席のドアを開ける。

 

「お兄様!」

 

優雅さは損なわないまま、はやる気持ちを抑えきれない様子で、深雪が達也に駆け寄った。

 

「よく来たね」

 

駆け寄ってきた深雪を達也はそのまま抱きしめる。

 

「お会いしたかったです、お兄様」

 

深雪は名残惜しそうに達也の背中に回していた手をほどいた。

深雪に少し遅れるように雅も達也の前に立った。

 

「連絡なしにお邪魔してごめんなさい」

「いや、気にしなくていい」

 

流石にどこに目があるか分からない状況であるため、雅がその場で達也に抱き着くようなことはなかった。

深雪と一緒に来ていることは家の中からでも把握していたが、実際に雅もいることには素直に驚いた。

 

「久しぶりね、達也」

「ああ、久しぶり」

 

以前は半年近く会えないことも多々あったのだが、達也が思う以上に久しぶりという感覚はしっくりときていた。

 

 

 

 

深雪たちは一泊程度の荷物は持ってきていたが、それはすぐさまピクシーによって取り上げられ、四人はそのままリビングへと移動した。

兵庫には明日の夕方に迎えに来るように言いつけてある。

四人とも夕食はまだだったため、準備に取り掛からせようとしたところで、水波とピクシーにひと悶着あったのだが、達也がマスター権限で水波が準備できるようにさせた。

ピクシーには今もパラサイトが寄生しており、ロボットらしくという達也の命令には名目上従っているが、不満そうなのは気のせいではないはずだ。

 

夕食後は、バルコニーにテーブルと椅子を並べ、深雪、雅、達也の三人は外の風に当たっていた。

時刻は九時を過ぎているが、山間の爽やかな風が流れ、暑すぎず、寒すぎず、心地の良い季節だった。

ここは、達也と深雪の母である深夜が静養していた場所だ。

喧騒から遠く、自然に囲まれているため、体を休めるには適した環境だ。

母が使っていた場所という感傷は深雪も達也も特に抱いてはいない。

 

「ここは気持ちのよい場所ですね」

「ああ、そうだな。時期もいい時期だろう」

 

深雪の長い髪が風になびいている。

室内から照らされた光が白い肌を照らし、黒真珠の瞳が薄暗い中でも光を煌めかせている。

 

「なんだかこんなにゆっくりしたのは、久しぶりね」

 

雅の髪は丁寧に結いこまれていて、達也が送った銀の髪飾りが光っている。

白い首筋につい視線が向いてしまう。

深雪は達也が長めに不在のときや、達也の身の周りのことをできないとなると、気を紛らわすためか、元々の性分なのか、雅の手入れに熱が入る。

今日の手の込んだ髪も、深雪の力作だろう。

 

天上の美と閑雅なる美。

色彩こそ似ていても、目の前に広がる異なる美しさは、時間が許されるのならいつまででも見ていられた。

 

「どうしたの?」

「お兄様、そんなに見つめられると流石に恥ずかしいのですが」

 

くすくすと口元を押さえて恥ずかしそうに笑う二人に、達也はようやく二人を凝視していたことに気づく。

 

「すまない、つい見とれていた」

「そんな、お兄様…………」

 

深雪はついに顔を赤くして手で顔を隠してしまう。

雅も所在なさげに膝の上に置いた指を組み替えている。

どうやら会いたいと思っていたのは、達也の方だったようだ。

感情にブレーキがかからないというのは厄介だと改めて思う以上に、色鮮やかな歓喜を限定されない普通の人に少しの嫉妬も感じる。

 

「このとおり謝るから、顔を見せてくれないか?」

「……はい」

 

少し赤みは引いたものの、深雪は達也の方は見れなくて、困ったように雅に視線を投げかけていた。

 

 

 

「真面目な話をしてもいいだろうか」

 

達也の声色を感じ取ったのか、深雪も雅も居ずまいを正して、達也と視線を合わせた。

 

「二人が今日来てくれたのは、明日のことを知ったからか?」

「そうです。お兄様もご存じですか?明日訪ねてくるのが十文字先輩だけではないと」

「文弥から聞いている」

「そう、ですか」

 

木々が風に吹かれ、揺れる音が遠くで聞こえる。

 

「二人に危ない真似はさせたくない」

「分かっているわ」

「存じています。達也様と十文字先輩の戦いに手出しは致しません」

「十文字先輩の来訪は話し合いが目的だぞ」

「それだけでは済まないことは達也も理解しているでしょう?」

「そうだな」

 

十文字克人が達也を訪ねてくる名目は、USNAのディオーネ計画への参加要請だ。師族会議で達也がディオーネ計画への参加求められているトーラス・シルバーであることは魔法協会会長である十三束翡翠が招集した十師族会議で公にされている。

真夜がもちろん、その場で達也がトーラス・シルバーであることを肯定したわけではなく、参加についても当然断りを入れている。

他の家々もおおむね、真夜の意見に賛同する者であり、七草家と十文字家、二木家はそれぞれの思惑から参加すべきという立場だ。

 

年齢が近く、学校という接点があったことから十文字家当主となった克人

がメッセンジャー兼説得役として送り込まれてくる。

だが、穏便に事を済ませたいのではなく、意見が衝突した場合、なんらかの戦闘が行われるのは避けられない。

達也にとっても十文字克人はできることなら戦いたくはない強敵と認識している。

 

「お兄様、十文字先輩はあの秘術を使うでしょう」

「だが、あれは寿命を縮めるものだぞ」

 

十文字家に伝わる切り札を知ったのは最近のことだ。

衝突が避けられないと理解してから真夜から聞き出したその情報は、大きな借りとなっている。

 

「あれを使われては、お兄様でも今のままでは苦戦を免れません」

「叔母上から許可は取っているのか?」

「いいえ。私の独断です」

 

達也は深雪が言わんとしていることを正解に理解していた。

 

「よせ。これは私闘だ。叔母上を納得させる理由にはならない」

「叔母様に納得していただく必要はありません。私が望んで、私の責任でそうしたいのです」

「深雪、落ちつけ」

「お兄様」

 

諫める達也の言葉を深雪が制した。

 

「叔母様のご不興を買っても、お兄様に万が一のことがあってほしくはないのです」

 

嗚咽を呑みこむように深雪は嘆願した。

 

「お兄様、貴方の封印を取り除きます」

「深雪、お前は、なにを……」

 

達也は思わず椅子から腰を浮かせる。

 

「言葉どおりの意味です。お兄様にはもう他人に課せられた封印に煩わされないようにいたします」

「いや、不可能ではないが」

「術者に大きな負担がかかる。それも封印されている方ではなく、封印している方に、ですよね」

 

覚悟の瞳を揺るがせない深雪に、達也は椅子に腰を落ち着けた。

達也のマテリアル・バーストは、常時使えるわけではない。

四葉家の分家にあたる津久葉家当主、津久葉冬歌の精神干渉系魔法『誓約(オース)』によって封じられている。

これに伴い、達也は最大の武器を封じられているのと同時に魔法力そのものを半分制限されている。

誓約(オース)』は特定の能動的な意識決定を禁止する魔法であり、魔法力の制限は副次的な効果だ。

 

そしてこの魔法の特異点は、精神干渉効果の持続に術者以外の魔法力を使うことにある。つまり、『誓約』は術を掛けられる本人、または被術者とペアになる第三者の魔法力を使って維持されてる。一時的に制限解除が必要となる場合は、被術者の身近な第三者が魔法力を提供し、同時に制限解除の「鍵」が提供される。

達也の場合、「鍵」を持つのは深雪だ。

深雪が再び「鍵」を掛けなければ封印は解除されたままだが、『誓約』の解除は一時的なものと定義されている。

そのため、深雪から『誓約』への魔法力共有が止まらない限り、封印は徐々に力を増していき、放置することで達也を危険な状態へと移行してく。

 

「俺を万全の状態にしたいという気持ちは嬉しい。だが、一時的な解除で十分だ。『誓約』そのものの解呪のリスクを冒す必要はない」

 

達也にかけられた『誓約』は津久葉冬歌の魔法力だけでは抑えきれないものだった。

そのため、深雪の魔法制御力を使って達也の魔法演算領域を縛り上げるというアレンジが加えられている。

つまり達也にも深雪にも『誓約』が掛かっている状態と変わりない。

そして『誓約』の性質上、深雪から封印への魔力供給が途絶えれば深雪の深層意識に刻まれた「『誓約』へ魔法力を供給する」という定義に苦しめられることになる。

 

「いいえ、お兄様。私はもう耐えられないのです。私がお兄様の枷になっているという事実に、私のせいでお兄様が不自由に甘んじているという事実に」

 

深雪は言葉どおりもう耐えられなかった。

達也を次期当主候補として見据えているにも関わらず、いざとなれば簡単に見捨ててしまう四葉家に。

達也には深雪だけではない。

愛する雅を守るためにも、いつまでも深雪が足手まといに、重荷になるわけにはいかない。

確かに達也には力量もある。手段もある。

それでも一人の力には限界があることもよく理解している。

四葉家は伊達や酔狂でアンタッチャブルだなんて呼ばれているわけではない。

国家に抗う力があるのに、達也に援助をしない、一人で戦え、などあまりにも酷い仕打ちだと深雪は何時にもなく静かに怒りを抱いていた。

 

「伯母様がお兄様に自分のことは自分で守れと求めるならば、お兄様には常に自分の本当のお力を振るえるようになっていただきます」

 

深雪は椅子から立ち上がった。

達也の封印を解除するために。

 

「――分かった」

 

達也も立ち上がる。

 

「ならば俺も覚悟を決めよう。ついてきなさい」

 

そういって達也は深雪に背を向け、別荘の方へ足を向けた。

 

「は、はい」

 

てっきりそのまま達也が跪いて封印を解除すると思っていた深雪はなんだか、肩透かしをくらったような気になりながら達也の後に続いた。

 

 

 

 







新刊、まだ読めてません(´・ω・`)

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