三月九日 土曜日
梅の花は終わりを迎え、桃の花がつぼみを花開かせている。季節は春らしく移ろうが、まだ吹き抜ける風は冬の冷たさを纏っている。
三学期の途中だが、明日、一条君が金沢に戻るそうだ。
元々師族会議の襲撃者を捕縛するために例外的に一高で授業を受けていたので、それがひと段落すれば一高に終業式までいる理由はない。
送別会としていつもお昼ご飯を食べていたメンバーで、ボーリングとカラオケに行くことになった。さすがに魔法科高校の制服姿は特徴的で目立つので、一度帰宅して私服に着替えた後、再度集まることになった。
私は神楽の稽古が夜からあるので、申し訳ないがボーリングだけ参加する予定だ。ボーリングはレトロゲームと言われてはいるが、土曜日の午後とあって会場はそれなりに人が多い。
運よく隣同士のレーンが二か所取れたので、チーム分けをして今のところゲームの半分ほどが消化されたところだ。
「達也君、本当に二回目?」
エリカが達也の得点を見ながら、呆れ気味に呟いた。一般的な男子の平均スコアがどの程度なのかは分からないが、既に達也の点数は初心者の域から飛びぬけていて、高得点の連発に他所のレーンからも注目されるほどだ。
当然、魔法禁止のルールだが、精霊の眼を使わなくても、達也にしてみればボールを持った時に重さと重心は把握でき、軌道計算の暗算は苦にもならない。狙った通りに体を動かすことも息をするように造作もない。
結果、高確率で大量のピンをなぎ倒している。
達也と同じレーンの西城君もパワフルなボールで点数を重ねているが、達也のボールの正確性は隣のレーンから見ていても精密機械のようだ。
ただ一つ、不満があるとするならば今回は籤の神様に見放されて、私は達也と別であり、尚且つほのかが達也と同じレーンになっている。
ほのかはボーリング初体験だそうで、達也の点数に驚き盛大にほめながら、投げ方のコツだとかフォームを聞いて、積極的に話をしているように見える。
頬の緩み方も無意識に高くなっている声も、ほのかが達也をまだ好きだと感じさせる。ほのかは諦めないと宣言していたように、今後も積極的な態度を続けるのだろう。
あまりそちらの方を見ないようにしながら、私は深雪と一条君と同じレーンなので、せめて深雪の隣を固めている。
反対側には、エリカが一条君を押しのけるように嬉々として座ってくれた。
「二回目のはずよ。達也って趣味らしい趣味がなくって、私の兄とか祖父に相当遊びに連れ出されていたみたいなのよね」
私の知っているところ、知らないところで、社会勉強という名前で色々と遊びの手ほどきを受けていたようだ。曰く、遊びは人間関係を円滑にする一種の交渉術だと尤もらしい理由を付けては達也にルールだけではなく、実践の手ほどきをしていた。
「ダーツ、ビリヤード、将棋、チェス、囲碁、乗馬、剣舞、雅楽、寄席に各種演劇鑑賞は私も一緒だったから分かるけど、それ以外にもたぶん一度試したことのある娯楽は多いと思うわ」
お座席のような年齢的にあまりよろしくない遊び以外は、一通りしているはずだ。将棋など私も祖父に手ほどきを受けたことはあるが、達也にいたっては駒の数が今より多い大将棋なんてものまで知っている。
娯楽としてボードゲームのような知的遊戯や体を動かすものは得意だが、茶道や生け花など芸術的な要素が強いものは、基本となる要素を押さえてそつなくこなすが面白みがないと言う評価を受けているのが達也らしい。
「結局、趣味と実益を兼ねた魔法式のアレンジとソフト開発が趣味かしら」
「それ趣味?」
「気になったから作ってみたって言う時点で趣味の領域だと兄は評価していたわ」
1年生の時の九高戦で西城君が使っていた武装デバイスなど最たる例だろう。あれは仕事で依頼されたものでなければ、結果的に九高戦で使ったにせよ、必要性に駆られて作ったものではない。
つまり仕事ではない知的欲求から作成された趣味の産物だと兄たちは評価していた。
「司波さんは何かご趣味はありますか」
趣味という話題に会話の糸口を見つけたのか、一条君がはにかみながら深雪に質問した。
「そうですね。料理をするのは好きですよ」
「料理ですか。素敵ですね」
一条君が柔和に表情を緩ませた。顔立ちが整っていると、こういった表情も映えるが、つい眉間に力が入ってしまう。
ごく普通の世間話で、目くじらを立てるようなものではないが、この頃一条君も深雪と距離を詰めたい雰囲気が伺える。
途中、ボールを投げるため私とエリカは深雪の隣を空ける時があるが、一条君は隣に座ろうとする気配はない。ほのかのように直接的なアプローチではないが、結果はどうであれ、師族会議襲撃事件は終息し、捜査がなくなったことで時間的にも精神的にも余裕が出てきたのだろう。
「深雪、カッコが抜けているわよ」
エリカがにんまりと口角を釣り上げた。
これは吉田君と美月をからかう時の表情と同じだ。
「『お兄様とお姉さまに食べていただくための』料理をするのが好きでしょう」
「もう、エリカったら」
深雪は照れ臭そうに頬を緩めた。
「ごめん、ごめん。花嫁修業よね」
「エ、エリカっ!?」
分かっていると言わんばかりにさらに笑みを深くするエリカに、深雪は思わず上ずった声を上げる。
どうりで最近、司波家にお邪魔したときに和食の頻度が高いし、以前より味付けについて意見を求められている気がすると思った。
深雪は両手で赤くなった頬を抑えながら、困り顔で私にちらりと視線を向けた。
上目遣いで恥ずかし気に私を伺う顔に、つい私も頬が緩んでしまう。
「今度、いくつか母からレシピを聞いてくるわね」
せっかく頑張っているのだから、披露する機会は兄にも相談しなければならない。
深雪は是非、と表情をほころばせるが、横目で見た一条君はどんよりと肩を落としている。思わぬところで惚気に当てられて意気消沈しているようだ。
それにしても、エリカの一条君に対する毒気が強い気がする。
元々、男子に対しても遠慮のないエリカではあるが、理由は何となく察することができる。
今回の一件で、エリカのお兄さんは一命をとりとめたが、部下である稲垣刑事は殉職された。
単なる部下ではなく、千葉家の門下生でもあり、傀儡となった彼の最期は一条君が手を下した。
傀儡にされた時点で、蘇生は不可能であり、顧傑が直接の加害者であることは確かなのだが、エリカの中で消化しきれないものがあるのだろう。
エリカも内心、それはおそらく分かっていて、それでも納得はできないでいることも理解していて、大人しく振る舞うこともできなくて刺々しいように見えるのだろう。
「それにしてもお兄様、剣舞をなさったことがあるだなんて、初耳ですよ」
深雪は話題を変えることで、羞恥心から逃れようとした。
「達也君、今度うちの道場で見せてくれない?」
剣舞と聞いてエリカが興味深そうにしている。
九重神楽の稽古の一環として魔法を使わない剣舞を習うことがある。
達也も型のいくつかは教わっているが、急所を突くような殺人剣との違いに戸惑いを受けていたのが懐かしい。
「悪いが習ったのが随分と前でとてもじゃないが、見せられるような代物じゃない」
達也は困惑気味に首を振った。
「せっかくだから、また稽古受けてみる?」
「雅もよしてくれ」
私もエリカの言葉に便乗してみれば、もう勘弁してくれと言わんばかりに達也は肩をすくめて、ボールを取ってレーンに向かった。
淀みのない足取りで達也が投げたボールはピンの直前でカーブを描き、ピンを豪快になぎ倒した。ひとつ残らず倒れたことで、スコアを示す画面が派手なアニメーションを表示する。
「さすがです。お兄様!」
深雪は嬉しそうに拍手を送る。
同時に一条君が少し前に投げ終わったようだが、どうやら点数が思ったより低く達也の結果をみて悔しそうにしていた。
落ち込んだり悔しがってはいても、次をどうぞ、と紳士的に深雪に場所を譲った。
「一条君、力が入ってしまいましたか?」
「そのようです」
達也の点数を凝視しているが、半分過ぎた段階で逆転は難しいことは予想がつく。
「そういえば、春休みは実技の補講でお忙しいのよね?」
私が唐突に切り出したボーリングとは関係のない話題に、一条君は一瞬戸惑いを見せる。
「え、ええ。その予定です。課題ができれば拘束時間はそれほど多くはないと思います」
「そうですか。もし、ご都合がつけば九重神楽の舞台にご招待させていただけたらと思って」
「九重神楽ですか」
帰り際でもよかったのだが、改まって話すことで変に警戒されても困るので、話してしまうことにした。
九重神楽の観覧者は基本的に招待客であり、舞台の二か月間前には招待する者がほぼ決まっているが、昨今の魔法師に対する反対運動の煽りを受けて、残念なことに招待の辞退が出ていた。
非常に歯がゆいことではあるが、こればかりは九重だけで解決できるようなものではない。
「京都であれば三席、東京であれば二席用意できるわ。お住まいからは離れるし、お連れ様がいらっしゃればご予定もあるだろうから、内々の話にはなるのだけれど、いかがかしら」
今回の話は次兄からの提案だ。兄は一条君の顔自体は知っていても、直接見てみたいとあって父の了承を得て席を用意することになった。
「九重さんは東京と京都の両方の舞台に立たれるのですか」
一条君は視線を私ではなく、ボールを持ってレーンに立っている深雪を一瞬盗み見た。
「その予定です。京都は次兄が、東京は太刀川家の次男が務めます。深雪と達也は京都の九重神宮での観覧の予定ですよ」
あからさまな様子ではなかったが私の予想どおりだったようで、一条君は口元が一瞬ひきつった。もう少し隠す努力をしてほしい。エリカですら呆れ眼だ。
「ご予定の確認もあるでしょうから、お返事は今日でなくとも構いませんよ」
「わかりました」
話しているうちに深雪が投げ終えたようで、私は交代して席を立った。
三月十日 日曜日
短いようで、中々ハードな東京での滞在を終えた一条将輝は魔法協会関東支部に寄ってから、金沢の自宅へと戻ってきた。
東京で見送りをしてもらった深雪の姿を脳裏に浮かべながらの帰路は、思ったよりも遠くは感じなかった。
最寄り駅からはコミューターを使い、家の玄関をくぐれば自分の帰宅より、お土産は何かと催促する現金な妹と母に駅で購入した土産を渡し、母から父が書斎で待っていると言う。比較的長時間の移動で凝り固まった肩を動かしながら、書斎へ続く廊下に足を向ける。
純和風な造りの一条家ではあるが、ホームオートメーションは一般家庭の水準以上のものが備え付けられており、個人の邸宅としては広い部類に入る。
将輝の父である一条剛毅の仕事場となっている書斎は許可なく入れないようになっており、家の中でも強固に防御されている。一条家は大亜連合、新ソ連と事実上の国境である日本海側の北方の国防を担っているため、独自調査の資料に加え、軍や公安、海上警備隊などと交わした機密扱いの情報も多い。
今回のテロリストの一件も犯人死亡は世間にまだ知られてはいない。
大方の報告は電話やメールで終わらせていたが、剛毅から改めて事件の終息とその後のUSNAやスターズの動きについて告げられた。
報告したこと以外で何かあるかと求められたので、将輝はそういえば九重神楽の観覧に誘われたことを思い出し、父の都合が悪ければジョージを誘うつもりだと答えた。
九重の名前に、今まで特に普段と変わりなく聞いていた剛毅の表情がカッと変わった。
「馬鹿者!!」
窓まで響くような大声に将輝は肩を飛び跳ねさせる。
「九重の招待だぞ。戦時真っ只中でもないのに、断ったことが知られてみろ。古式魔法師の連中からは白い目で見られ、
「そ、そんなに一大事なのか」
世間話の一つ、もしくは社交辞令での申し出だと思い、さほど重要でもないような誘い方であったので、将輝としては事の重大さがいまいち呑み込めてはいない。
「九重の名前の重さを教えていたつもりだったが、自覚が足りんようだ」
教育が足りなかったかと思いため息を吐き捨て、剛毅は米神を押さえた。
剛毅自身、腹芸の類など得意とも言えず、かといって腹の探り合いができなければ十師族当主としては不足だ。
対人戦闘を想定しすぎた今までの教育を顧みつつ、息子にはそのあたりの経験も積ませるべきかと思案しつつ、頭の中で予定を組み立てる。
「予定はなんとしても合わせる。今のところ、大亜連合も、新ソ連もまだ大きな動きはないのが幸いだな」
大亜連合は二年前に戦略級魔法とみられる攻撃によって大打撃を受け、十三使徒に数えられた戦略級魔法師を欠く状況だ。数と質はともかく大亜連合の人口規模は馬鹿にはできない。表には出ていない戦略級魔法師の存在は噂されているが、軍部も民衆も政治家も現時点では日本に対して徹底抗戦の構えは見せていない。
新ソ連については、何度か北海道沿岸で現地で漁業を行う住民と新ソ連の国境警備隊との間でもめ事は起きているが、軍部に関しては不気味なほど沈黙を保っている。戦略級魔法師の行動も今のところ、憶測と確率の低い予想の域を出ない。
大亜連合の軍港を一瞬で地図上から消した戦略級魔法の存在を探っているという情報は掴んでいるが、それは大なり小なりどこの国も行っていることだ。
どこの国も大きな戦争に向けた準備期間という見方が先般の師族会議での共通認識であり、その兆候を逃さないように警戒を続けると言う方針になっている。
だが、戦時ではないため、即座に出撃できるよう備えていなければならないわけではない。
「お前もスーツの確認はしておけ。あと必ず母さんにも見てもらえ」
「そんな子どもみたいに言わなくたって用意くらいできる」
たった十二歳にして血の飛び交う戦闘は経験したが、十師族としての意識のまだ低い思春期の息子に剛毅は再度ため息をつくのだった。
「っていうことがあったんだ」
「それは剛毅さんも怒るよ」
三高に復帰した放課後、将輝は一高に通っている間に受けられなかった通常の実技課題をこなしていた。そこで相棒である吉祥寺に顛末を話すと、帰ってきたのは予想よりも辛辣な言葉だった。
「ジョージ、俺の認識が甘かったと思うか」
将輝が父に予定を告げた翌日、正式に九重から観覧の招待があった。
京都での舞台に父、母、将輝の三人で出席する旨の返事を返し、父が予定の調整に追われていると同時に、将輝は学校で実習の補講に取り組んでいた。
補講と言っても講師が一対一でつくわけではなく、平日の放課後や休日を使って実習課題を行うことになる。早めに終わらせなければ春休みの課題に加え、補講もあれば九重神楽の観覧に間に合わなくなる可能性があるからだ。
急ぎ片づけなければならないが、対人戦闘を想定した三高の実習は、一高での実習に比べると将輝も慣れたものであり、練習なしでも合格点を超えていた。
このペースならば問題なく春休みは迎えられそうだった。
「今回ばかりは僕も擁護はできないね」
吉祥寺はやや芝居がかったように肩をすくめる。
吉祥寺は特に長く欠席したわけではないので、通常の授業で既に課題は終えているが、将輝に話ついでに付き合っているところだった。
「いいかい、将輝。九重は国造りの時代から魔法師だったと言われる血筋だ。歴史の長さは国内有数。それだけ歴史と家格が揃っているとなると、コネクションの強さは尋常じゃない。たとえ魔法師でない家だとしても、縁を結びたいと思っている家は多いはずだよ」
それは将輝も知っている。
九重本家となれば、魔法師の中でも歴史が古いことでは有名だ。
吉祥寺の言うように、金沢にもいくつか血筋としての遠縁や、寺社とのつながりもある。
三代遡るだけでも、その名前に連なる家系は魔法師の中でも選りすぐりといっても差し支えない名門ぞろいだ。
それだけの影響力はあってしかるべきであり、それだけの力があるから相手も相応でなければ務まらないことは分かっている。
将輝も昨晩、父から九重雅は将輝の相手候補の一人だったと聞かされた時は耳を疑ったが、それだけ多くの家から関係を結びたいと思われているのが九重家だ。
「しかも一条家は九重と四葉の縁談に待ったをかけている状態だ。十師族のパワーバランスはあるにせよ正直、よく剛毅さんが許可したと思っている」
「親父はパワーバランスだとか十師族の立場だとか考えたかもしれないが、少なくとも俺は司波さんをそういった家系の要素で好きになったわけではない」
将輝はたとえ彼女が十師族ではないとしても、いずれはそういう関係になることを前提での交際を申し込むことまで想定し、十師族であると聞いたならばその実力にも納得した。秘匿されていたことですら彼女の神秘性を深める要素でしかなかった。
家柄について無視できないことだとしても、将輝はそんな権力が絡んだ人間模様など煩わしく、ただ純粋に彼女に対して真摯にありたいと思っている。
あの昼休みのひと時は、将輝にとっては目の上のたん瘤が二つあろうと、女神のごとき彼女と接する至福のひと時であったことには変わりなく、彼女に対する思いは強くなるばかりだった。
「将輝が恋愛に夢を見るのは結構だけれど、もう少しその辺りを考える必要があると思うよ」
「今日は随分と辛口だな」
全面的に擁護を求めたわけではないが、容赦のない吉祥寺の言い方に、将輝は珍しく思う。
「時に将に具申するのも参謀の役目だよ」
それを聞くかどうかは、将の器だと暗に言われている気がした。
「それに家系的な要素や家々の関係性を考えれば、恋敵を遠ざける方法も見えてくるんじゃないかな」
魔法師にとっては家系的な話は詮索しないことが暗黙の了解であり、将輝としてはあまり気は進まないが、恋敵は強力であることは確かだ。
先日、偶然にもデート風景を見かけてしまったが、一足早くそこだけ春が訪れたように幸せな雰囲気の彼女と恋敵には随分と心に突き刺さるものがあった。彼女の幸せそうな顔はそのまま写真に収めてしまいたいくらい可憐なものであったが、隣に立ってその視線を向けられているのが自分ではないことがこんなにも苦しいことだとは思わなかった。
家柄は間違いなく、九重家の方が上。
九高戦での映像もなく、直接魔法を使うところは見たことはないが、九重家次期当主が普通の魔法師というのは考えにくい。妹の九重雅の実力を知っているだけに、彼女に匹敵、もしくはそれ以上の魔法力を持っている可能性が高い。
身長、体格共に将輝の方が良いが、立ち姿は断然あちらが美しく洗練されていて、顔立ちに関してはそもそも比較の対象にならない。
彼女と並んで見劣りするどころか、引き立てあうような造形美にはさすが九重の光る君と言われることに文句をつけようもない。
恋愛に関する要素を一つ一つあげてみると、勝てる要素の方が少なく思えて落ち込みもするが、頼もしい参謀が活路を見出しているようで、将輝は静かに話の続きを待った。
「九重と四葉の関係が強くなることに危機感を覚えている者は少なからずいる。九重の次期当主には二木家当主の姪との縁談の噂も聞いたし、九重雅さんには芦屋家が随分とご執心だっていう話もある」
「それは親父からも聞いている。七草家も四葉と九重の婚姻には反対姿勢を見せていたそうだ。五輪も一条と四葉の婚姻を悪いことではないと肯定的だったらしい」
元々、師族会議での議題ではなかったが、七草家が四葉家にいつものように言いがかりをつけたところで、一条家として四葉家から婚約申し込みの返事がもらえていない旨の発言を皮切りに、論戦となったと聞いていた。
「つまり、十師族のうち、一条、二木、五輪、七草は反対。残りの家は静観していると言うわけか。九島はどっちだった?」
「九島は今回の会議で十師族から外れたが、婚姻絡みのことには私事であるとして一旦そこで会議に休憩を入れたそうだ」
「立場は未定か。九島は九重とも縁続きだから、立場は気になるね」
「たしか、九島家前当主の九島烈の奥方が九重の直系筋だったな」
今でこそ大亜連合の周公瑾と内通していたとして十師族の地位から退いたが、九島烈が二十代のころであれば軍部でも頭角を示し、隆盛真っただ中だったことは間違いないだろう。
現代魔法師と古式魔法師との闘争を終息させる目的もあったと聞き及んではいるが、きっかけはどうあれ縁続きになる利点は大きい。
「現当主の母の家系なら少なからず関係は続いているだろうけど、九重さんは昨年の九校戦にエントリーすらしていなかった。古式魔法師の界隈では、軍事的要素の強い種目に反対する姿勢を取っていたし、彼女の欠場もおそらくその理由だろう。もしかすると既に関係はあまりよくないかもしれない」
吉祥寺は冷静に各家の立場を口にしながら整理していく。
「そうなったとしても少なくとも、二木家とは共同歩調を取れるだろうし、芦屋も決して悪い話だとは思わないはずだ」
「芦屋が?」
芦屋とはおそらく、安倍と並ぶ陰陽道系の一派であり、二高の前生徒会長だった芦屋充のことだろう。
魔法師としての腕は古式系に偏ってはいるものの、現代魔法も難なく使いこなしていた。驚異的なまで魔法師の才能にあふれていると衝撃を受けるほどではないが、優等生タイプな魔法師だ。
生徒会として挨拶したことはあるが、人当たりは良さそうにしながら腹に一物抱えている雰囲気があり、将輝としてはあまり友人にはなれそうにない種類の人間だという印象を持っている。
「芦屋家は陰陽道系の最大派閥でもあるし、その伝手が使えれば古式魔法師界隈の協力はいくらか得やすい。おそらく、九重に四葉が嫁ぐことに内心腹に据えかねているのはなにも十師族だけではないと思う」
「しかし、司波と九重さんの関係に罅を入れるのはあまり気が進まないな」
司波達也と九重雅。少なくともこの二人の関係は悪くないように見えた。
人目を憚らず愛を睦みあうような様子はないが、信頼と親愛以上の関係があることは周囲の話を聞いていればわかる。
司波は実技が苦手と言っていたが、魔法戦闘能力は高く、魔法理論に対する知識も並外れている。筆記試験の点数だけでも2位以下を平均点で10点も突き放すほど記憶力も判断処理能力も優れており、九高戦で知識を技術へ昇華する才能もあることは分かっている。
四葉の次期当主候補有力と聞いて耳を疑ったが、同時に九重が嫁がせるだけの才覚を認められていると言うことだ。
政略的な意味合いも強いだろうが、本人たちが納得していて、少なからず思いを通じ合わせているなら無理に壊す必要はないと将輝は思っている。
「将輝、君が司波さんと婚約が成立すれば、彼らの婚約も破談になるよ。もしくは先にそちらを破棄させて、あとから司波さんと九重次期当主の婚約が白紙になるかな」
「どういうことだ?」
吉祥寺の声がわずかに低く、そしてただ淡々と冷静に断言した。
「九重の次期当主との婚約を破談にして、そのまま娘は寄越せなんていうほど、四葉家が厚顔無恥とは思わない」
十師族としてどれだけ四葉が強大な力を持っていたとしても、あくまでそれは魔法師の中での話だ。
家の格というものがあるのだとしたら、間違いなく九重は歴史の長さからもその成り立ちからも、国の上位に位置する。
一度結ばれた約束事を反故にすれば、いくら四葉といえど批難は避けられない。
「その覚悟がなければ、将輝は司波さんを手に入れることはできないよ。将輝はそれを理解して、司波さんにアプローチすることになるんだ」
彼女が強く慕っているあの二人の仲を引き裂く覚悟を持って、将輝は彼女の心を射止めなければならない。
それがどんなに残酷で、彼女の心を傷つけずにそれを行うことがどれほど難しいか、想像が及ばなかった。
将輝はもしかすると一生彼女に恨まれる覚悟で、彼女との婚姻を結ぶことになる。
それは果たして彼女を幸せにしたと言えるのだろうか。
彼女に対して胸を張れることだろうか。
「ジョージ、俺は……」
ただ、彼女を思うだけでは許されない。
新ソ連が佐渡へ進行してきたときに、十師族としての責務を理解し、覚悟はできた。
だが、将輝はこの日、これまでになく強烈に自分を取り巻く名前をすべて取り去ってしまいたいと思った。
神楽の話とか、雅ちゃんと達也のイチャイチャとか詰め込もうと思ったら、一条君のターンだよ。誰得。
書けば書くほど一条君のハードモードが浮かび上がりますね。
前回、久々に日間ランキングに乗っていました!!さすがお兄様です。
それも皆様の応援あってです。感想、評価ありがとうございます。いつでもお待ちしています。
お返事すると言いつつ、していないのが申し訳ない限りです。
今年もあと残りわずかですが、どうぞご自愛ください。