銀狼の涙   作:花暦

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徐々に一話あたり長くなっています。
後、各話の表記を変えます。



二の一話

 

月に一度か二度、彼は自分に言うのだ。

 

「辛いんだ」

 

「寂しい」

 

「傍にいてくれ」

 

言い始めればとまらない。譫言ように繰り返し、捩じ伏せられた体は自由を失う。

されるが儘。

なされるが儘。

彼の望むが儘。

 

 

 

体の節々が痛む中、それでも若月は起きなければならなかった。

いつの間敷かれた布団に横たわっている体に鞭を打って立ち上がる。寝間着の裾を掴む手があったが払いのけた。

寝室を出て、薄暗い日のまだ通らない廊下を少し進む。玄関で裸足の足で草履を履き、繋がる台所へ向かう。

蛇口を小さく捻り、用意していた桶に八分ほど水を張るとそれで顔を洗った。

 

「おっし!」

 

顔を洗ったことで気は引き締まった。

今日一日が始まる。

 

第二十二班が任されている仕事の中には主に他隊との合同演習の日取りや、虚討伐任務の平隊士の編成がある。どちらも最終的には上位席官、隊長副隊長の目が通り、許可が必要な仕事だが骨組み段階は二十二班が担当しているのだ。

 

「先週十二番隊から送られてきた担当地区の虚の出現履歴どこ行ったか誰が知らないか?!」

 

「えっ、それって前原さんが自分で持つって言ってませんでしたっけ…」

 

「あれ?そういや前原さんは?」

 

「馬鹿野郎!!昼休憩行ってきますじゃねえぞ!!仕事終わらせてからお昼には行きやがれ!!」

 

班長は、前原隊士の机の上に置かれたメモを破き捨てながら更に大声で吼えた。

二十二班の前原隊士は自分の尊敬する上司は松本副隊長であり、彼女のようにサボることも仕事も出来るようになりたいと以前公言したことがある。仕事の時は真面目に仕事もするも、割り当てられた休憩の時間になるとたとえどんな仕事があっても止めて休憩に入る。有言実行とはこのことか。そんな前原は締切間近の時期になると二十二班のお荷物だった。

 

「今日も元気だね川瀬班長は。歳なのかそんなに元気で居られる貴方が羨ましくて羨ましくて、ねぇ?何か方法があれば教えてくださいよ」

 

午前中のうちに八割方振られた仕事を終えた二十五班が昼休みになったので席を外し出す中、班長の百地が二十二班の班長川瀬へ声をかけた。

マズイ。

 

「歳ねぇ…そうやって無茶して一気に仕事終わらせちゃうからなんじゃねえのか?慌ててやっても失敗しちまえば意味がねえじゃねえかよ」

 

「そういって締切間近には班総出で残業じゃないかい。貴方らの班は他と違って仕事が多いから何なのか知らないけど、良いよね残業手当がちゃんと配給されるんだからさ。」

 

「そーやって一々突っかかってくんのやめてほしいわ。百地班長。」

 

「貴方があんなに大きな声で叫ぶからだろう。仕事の邪魔なんだよ川瀬班長。」

 

次第に仕事とは関係のないことで更に二人の言い合いは激化する。

周りは我関さずと言わんばかりに各々聞こえないふり、見ないふりを始める。何がどうしてこうなったのか、二人と付き合いの長い者も深くは知らないのだ。知っていたら止めるし、仲裁もする。

ぞろぞろと昼休憩へと消えていく隊士達の波を掻き分ける人物が一人。藍色の髪をした十番隊の期待の新人、若月だ。

本人には伝えてないが、十番隊の中では期待すべき対象として捉えている。

元十一番隊の四席ということでどれほど凶暴で手がつけられないのかと危惧してみたものの、そんなことは欠片もなく。どちらかといえば優しく、落ち着いていた。日番谷隊長がわざわざ引き抜いてまで平隊士に招き入れた事もありなにかしらあるのだろうと色んなことを考えさせられるが、それでも仕事が出来る点では期待の新人として見られ、十分な戦力として考えられているのだった。

 

「すいません川瀬班長。前原さんから虚の出現履歴の書類預かってきました。それから百地班長へ伝言です。第十七席が来年度の班分けの件で意見を聞きたいとの事です。」

 

「前原め!!人に仕事預けてまで休憩か!!いや、でも助かったすまないな若月」

 

「十七席に僕が?そうかじゃあ行かなきゃね。執務室でいいのかい?それじゃあまたね若月」

 

そう、十分な戦力として…。

 

 

 

「悪い人じゃないんですよね百地さんって」

 

「普段から仕事が出来る良い先輩の鏡なんですけど責任感強すぎて気にしすぎっていうか」

 

「川瀬班長はすぐキレる所さえなければ気にならないのに」

 

「あれ、でも昔は上司部下仲いかったって」

 

「え?どっちが上司部下?」

 

「百地班長の一週間限定」

 

どうしたものかとお互い箸を止める二十二班二十五班面々。

 

「いっやいや~でもでも今回は自分が気を効かせて若月くんに書類預けておいたから悪化する前に鎮火して万事休すじゃない?」

 

「前原さん一回埋まってください」

 

長机の右がどんよりと彼等の空気で落ちている傍ら左に席を構える前原隊士は、出来立ての生姜焼き定食を前に手を合わせる。

正面では自前の弁当を持つ若月が座っていた。

 

「そんな嫌そうな顔しないでよ若月くん?お礼に何かいる?あっ、お肉以外でお願いね?」

 

「メイン肉ですよね。渡す気ないですよね。良いから仕事戻ったら川瀬さんに一言謝っておいた方が良いと思いますよ。」

 

黒を基調としたシンプルなデザインの弁当箱の蓋を取り上げれば中から初めに姿を覗かせたのは、何とも食欲を唆る良い狐色に焼かれた玉子焼きだった。次に見えたのは、よく味が染みている事が見て分かる角の多いいじゃが芋の煮物。隠元や人参など彩りも強すぎない。その横には何やら薄緑色のはんぺんのようなものと、おかかの混ぜご飯だ。

 

「何これ?のりはんぺん?」

 

「勝手に人の弁当に箸を入れて探らないでくださいよ」

 

「三個もあるんだから一個ぐらいくれても良いじゃないのさ」

 

「どうして俺の周りの人ってそうやって勝手に決めてくれちゃうんですかね」

 

 

 

「隊長それなんです?はんぺん?」

 

「じゃなかったと思う」

 

四つ綺麗に並べられたそれはさながらお店で並べられている惣菜屋の惣菜の様だ。だがあの大量生産された同じ形のものではなく若干の差異はある。

一つ良いですか?と断りを入れ許可を貰ってから自分の箸で摘んで口へ。

ふんわりと口の中で広がるこの独特の味の豆は間違いない。

 

「そら豆の練り物、さつま揚げですね」

 

「確かそんな事言ってた様な… 」

 

「でも珍しいですねさつま揚げだったら揚げ部分美味しいのに取っちゃうなんて…」

 

「あっ、それは」

 

俺が苦手だからと食べながら言い張る日番谷に松本は口元を引くつかせた。

と思う口ぶりから自分で作ったものでない事は分かっていた。長い付き合いだが、十番隊に入隊した直後は彼も自分同様食堂で昼は済ませていた。時折前隊長の優しさに肖り弁当を分けてもらっていた事もあったが殆どが食堂だった。手頃な値段でそれなりに量もある昼というのは嬉しいもので、ただ種類がそこまでないのは気にする点だ。わざわざ食堂へ人を送れる程の余裕はない。後は自分達で弁当を用意するぐらいだ。

経済的に優しい弁当に自分が切り替えたのはつい最近だが、日番谷の弁当は思い返せばここ数年はずっと手作りだ。

勿論作っている相手は云わずと最近気になっている若月だろうが。

 

「つまり若月は何ですか?一々家でそら豆をすり潰して混ぜてさつま揚げを揚げて…挙句出来たさつま揚げの揚げは隊長が苦手って理由で全部取ってあげて文句一つ言わずにお弁当に入れちゃうんですか?」

 

「文句は言ってくるけどな。でもその残った揚げも自分用の羊栖菜に和えて食べてるぞ。俺は食わないけどな」

 

「健気か!!」

 

これは若月が昼休憩から帰ってきたら、執務室にでもこっそり顔を出して構い倒さなければと意気込む松本だった。

逃げられなければの話だが。

 

 

 

「深見、ちょっと良いか?」

 

先輩に頼まれた仕事は、指定された資料を資料室から取ってくるという字面にしてみれば簡単だが、結構気力のいる仕事だった。

同期の他の隊の連中から聞けば下っ端の自分ら平隊士が使う資料室まで綺麗に整頓されている所はあまり多くはないようだ。

あの東仙隊長がいる九番隊も(瀞霊廷通信を作るという名目で使われる資料室はまた別に存在する)そこまで整理はされていないようだ。

六番隊や七番隊なんかは定期的に調査があるので綺麗には綺麗だが、その度にどこへしまったのか分からなくなることがあるそうな。

だからその点十番隊は恵まれている。誰がやっているかは知らないが、ここ最近深見が今訪れている資料室はある程度わかり易く整理が行き届いているのだ。

小さなメモ用紙に書かれた番号の書類を束ねられた冊子から抜き取り持っていく。戻す時がまた一々探して入れての作業が大変だろうにと思っていると廊下から中を覘く見覚えのある先輩がいた。

 

「どうかしました熊井さん?」

 

「いやな、二十三班から探し物頼まれだけどよ、俺これからちょっと八番隊の方に人事異動の確認書類提出しに行かなきゃねなんねーんだよ。」

 

「熊井さんの移動ですか?」

 

「違ーよ。前々から八番隊へ移りたいって言ってた奴がいんだよウチの班にゃ。まあ八番隊の前に四席に目通してもらってそっから副隊長隊長通してだけどな」

 

しかしそれが必ずしも通るわけではないから努力も水の泡だ。

 

「大変ですね班長って」

 

「大変も大変さ。通常業務に加え、班員のそんな案件書まで目通して上司らに確認貰って他隊にまで顔出して提出してきて…。お前も三条にそんな迷惑かけないようにしろよな」

 

「うげぇ、そんな事までするんですか班長…分かりました気をつけます。後探しときますよ。そんな話聞いたら手伝いますよ僕」

 

ありがとよっと言って渡されたメモ用紙。自分の探しているメモ用紙の計二枚分の探し物に深見は専念することにした。

 

「三年前の五月って、あっ、ここ四月で切れてるからあれ?ここが端だからまた奥の向かい側か…距離が…」

 

部屋の端から端への移動に小言を零しながら九割揃え終えた書類をバインダーに挟み深見は進むのだが、仄暗い資料室のその端に着く前に何やら固いものにぶつかり、足を取られた。

 

「うわっ!」

 

思わず手元の書類を折り曲げてはならないと、頭上に持ち上げたせいで顔を正面から床に打ち付けた。

言うほど高くない鼻だが痛くないわけが無い。

書類の無事を確認してその場に置くと、振り返り自分が何にぶつかったのかを見た。

 

「あれ?若月さん?」

 

 




以降一話は五千文字前後千文字が宜しいかと自分の中では考えていますが、どれぐらいが実際読みやすいのでしょうか。

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