銀狼の涙   作:花暦

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プロローグ的なものになります。

視点がコロコロと変わります。
ご了承下さい。


零話

それは余りにも唐突だ

った。

 

「お前のこと、好きにはなれないよ」

 

その口ぶりからするに、それは彼女の中でずっと抱え続けてきていた問題だったのだろう。

出会ってから幾十年。ずっと傍にいた彼女が今の今まで口には出さず、胸に秘めていた想い。

彼はそれを受け入れる事が出来なかった。

 

 

 

「宗次郎!」

 

日頃教室内で自分へ声を掛けてくるあの甲高く、色めいた声ではない。

穏やな風に流されるような、高すぎない無邪気な声。

振り返ると同時に背中にぶつかる小さな衝撃。

自分より悠に低い直頭部。旋毛の位置まで丸まわかりだ。

ゆっくりと5秒ほど背中に顔を埋めてから見上げてきた親友に声を掛ける。

 

「どうした若月。何かいいことでもあったのか?」

 

その言葉を待っていたと言わんばかりに、目を爛々とさせ若月は答えた。

 

「おぅ!あんな、あんな!シロウ君に付き合ってもらってな、やっと少しだけだけど、短距離での瞬歩出来るようになってきたんだ!!」

 

それはそれは嬉しそうに。身振り手振りを付けてあったことを自分に一生懸命伝えてくる姿は愛らしいの一言だ。

思わず伸ばした掌を嫌がることもなく素直に受け入れ、寧ろ自分から擦り寄って心地よさげな表情を浮かべる。

嫌なわけがない。

良かったな、なんて褒め言葉を述べながらもっと、もっとと撫でてやる。

幸せ以外の何ものでもなかった。

 

 

 

「ごめんな。ずっと言えなくて」

 

言うならば、そう。鈍器で頭を殴られた様な衝撃。いやそんなものじゃない。

どちらかといえばそれは胸をあまりにも鋭利なもので勢い良く突き刺された様な…そんな感覚。

それが彼女の本音なのだと理解した瞬間、ジワリジワリと突き刺されたであろう部分が激しく痛む。

胸を抑えようにも、今両の手は生憎空いていない。

目の前の彼女。

若月の手に両方とも絡め取られていた。

 

 

 

大きな手は憧れだった。

その手が彼女に触れる度、無意識の内に自分の手を見ていた。彼とは比べ物にもならないぐらい。もしかしたら彼女よりも小さいかもしらない。

素直になれない部分がある事は自分が一番よく理解している。

彼の様に、彼女の成果を優しく受け入れてやって、褒めてあげれればどれだけそれは幸せなのか。

多分、まだ暫くは出来そうにない。

彼女が彼から離れてくれるその時までは。

 

 

 

彼はもういない。

自分だけが彼女の理解者でいてやれる。

彼を失って辛いのは自分も同じだ。

だが、何より喜んでしまっている自分がいた。

誰にももう邪魔はされないのだと、喜ぶ自分。

とうの昔に、狂っていたのは自分だと気づかされた。


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