ジョン・メイトリックスは元コマンドーである   作:乾操

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投稿がスローリィになると言っておいて次の日には投稿するカカシ。
なんかお気に入り数凄く増えててびっくり。コマンドー効果すげぇ。さすがだメイトリックス。
これを期にゆゆゆ二次を書こうと思う人が出たらいいなぁ。


5・歌でも唄ってリラックスしな

 私、犬吠埼樹は朝っぱらから沈んでいた……いや、いつも寝起きは沈んでいるんだけど、今日はそれとはまた違った理由で沈んでいた。

「樹、どうしたの?」

 さすがはお姉ちゃん、私の異常をすぐさま見抜いてきた。少し怖いくらい。

「いやね、実は今日音楽の授業があってさぁ……」

 私は音楽や歌が大好き。大好きなんだけど、歌うとなるとこれはまた別。私は歌うのがとんでもなく下手なのだ。

 そんな私にとって音楽の授業は耐えがたい。何しろ先生ときたら、生徒一人一人に課題曲を歌わせるんだ。テストも歌。それをみんなの前で歌わされる。チョー最悪だ……。

「へぇー。で、課題曲は何?」

「『早春賦』と『ラテン農民のラップ』」

「あーそれ私たちもやったわ」

 早春賦は『春は名のみの 風の寒さや』でおなじみのこの国を代表する古典的名曲だ。とっても綺麗な歌だから、私も好きな曲なんだけど、歌うとなると話は別。

 ラテン農民のラップは『ブンツピツッピ、ブンツピツッピ、ウホウホウホ』で始まる古典的名曲だ。とってもクソみたいな歌だから、私も好きな曲なんだけど、やっぱり歌うとなると話は別。

「でもさ、私思うんだけど、樹って絶対歌上手いよ」

「お姉ちゃんったらまた適当言って」

「いやホントホント」

 分かってるんだ、私。お姉ちゃんは私を傷つけたくなくてそう言ってるだけなんだ。

 本当に歌が上手いのなら、もっと自信を持って歌えるのに。

 

 

「課題曲?」

「友奈たちも歌ったでしょ、早春賦とラテン農民のラップ」

「ああ」

 この日の勇者部では新聞の製作やホームページの強化をしていた。そんな中で、私の歌のテストの話題になった。友奈さんと東郷先輩はちょうど一年前のことに思いを馳せる。

「ラテン農民のラップ懐かしいなぁ」

「異国情緒あふれる名曲ね。『ゲリラ、スリラ、連れてってマニラ』」

「『口当たりいいのはバニラ~』ってね」

「変な歌歌わされてんのねアンタ達」

 ラップで盛り上がる同級生二人に夏凜さんは驚きと呆れの入り混じった声を掛けた。でも、こんなときでも、友奈さんも東郷先輩も上手に歌っていた。

「歌って、どうすれば上手くなりますかねぇ」

「なんだか切実な感じだねぇ」

 友奈さんがウームと考える。東郷さんはこんなアドバイスをしてくれた。

「上手な歌というのは、α波が関係しているのよ」

「それって、かめはめ波みたいなものですか?」

「そんなところね」

「全然違うわよ!」

 夏凜さんの熱い突っ込みが入る。夏凜さんも東郷先輩に代わってアドバイスしてくれた。机の上に、錠剤のボトルやオリーブオイルなどの如何にも健康によさげな物品が並べられる。曰く、どれもこれも気管や喉に良いらしく、これで声質も良くなるとのことだった。

「何だそれは。コカインか」

 銃の掃除を終えた大佐も話に参加する。彼の目には、プロテイン以外のサプリは麻薬に見えるらしい。

「違うわよ! コラーゲンとか、そういうのよ」

「さすがはにぼっしーちゃん。健康に詳しいね」

「にぼっしーって私の事?」

 私の目の前に並べられたサプリメントは見たことないものも含めて十種類はあった。すべて飲むことを考えると、胃のあたりがキュンとする。

「いきなり全部飲むのは無理そうです……」

「そう? まぁ、サプリ初心者には厳しいわね。メイトリックス大佐は何かアイディア無いの?」

「まず胸筋を鍛える」

「聞いた私が馬鹿だった。友奈は? 何か無いの?」

「そうだねぇー」

 友奈さんが首をぐるぐる回して考える。そして、「あっ!」と何かを思いついた。思い付いたら、お姉ちゃんに向き直って、ビシッと敬礼しながら言った。

「樹ちゃんの歌の練習のため、勇者部一同カラオケ屋さんに出撃することを具申します!」

「許可する!」

 お姉ちゃんはちょうど今度の遊戯会でやる劇の脚本に詰まっていたこともあって大大大賛成と言った感じだった。その場で明日、つまり土曜日、カラオケ屋へ繰り出すと宣言した。

「ジョンも来るわね?」

「OK!」

 ……余談だけど、大佐はYESもNOも「OK!」と答える場合があるので、とってもややこしい。ただし、NOの場合はOKと言うのと同時、銃を撃つ(もちろん麻酔弾だけど)。

「かかっしーも来るでしょ?」

「『かかっしー』ってまさか私の事?」

 夏凜さんはサプリを片付けながらフンッと鼻を鳴らした。

「くだらない、こんな有事にカラオケなんて。第一、勇者たる者、音楽に現を抜かすなんて、全くお笑いだわ。先代の勇者が見たら、彼女たちも笑うでしょうね」

「そうかな~。どう思う、東郷さん」

「さぁ、そもそも会ったことないし」

「まったく夏凜はさぁ、うちの妹が可哀想だと思わないの?」

 そう言われると夏凜さんはうっ、と後ずさった。でも、すぐに気を取り直して、

「知らないわよ!」

と言うと部室を飛びだしていった。

 夏凜さんが去った部室には、不穏な空気が流れていた。

 

※ 

 

 夏凜はその夜、ちょっとだけ後悔していた。

 みんなの手前あのような事を言ったが、実のところ彼女は人並みには歌は好きだった。カラオケなんかも、行ってみたいと思っていた。

 しかし、断ってしまった。もう少し素直になれたらいいのだろうが、勇者としての使命感がそれを許さない。

 ……しょうがない。

「明日はトレーニングしたりして過ごそう」

 彼女はそう思って床に就いた。

 

 

 寝坊した。

「しまった……」

 いつもは五時起きの彼女だったが、うっかり寝過ごして八時に起きてしまった。陽はすっかり昇り、ベランダの縁で小鳥がさえずっている。

「寝過ぎは身体によくないのに」

 彼女は慌てて顔を洗い、歯を磨いた。朝ご飯は昨日買っておいたパンと煮干し、サプリでいいだろう。

 そんな慌ただしい休日の朝を迎えていた彼女の耳に、何やら重厚な音が聞こえてきた。この音は……。

「ゴミ収集車だ。燃えるゴミって今日だったっけ!?」

 彼女は寝巻のまま慌ててゴミをまとめると部屋を飛びだし、階段を駆け下りた。早くしないと収集車が行ってしまうからだ。下に付いた時、幸いまだ収集車は行っていなかった。

「おーい! 待ってくれ! ちょっと! 待ってくれ!」

 夏凜は呼びかけながら走る。作業員が夏凜に気付いた。

「はぁ、はぁ、行ったかと思ったよ」

 夏凜はホッとした様子で言う。すると、作業員は帽子を脱いで、夏凜に言った。

「こういうケースは、前にもあったよなぁ?」

「げぇっ、犬吠埼姉妹!? しまったまた騙された!」

 今回も夏凜は麻酔銃で蜂の巣にされた。そしてぐっすり眠る夏凜を乗せると、収集車は朝の街を走り抜けていった。

 

 

「はっ!?」

 夏凜さんが目を覚ました。前回同様ひどく混乱しているようだ。でも、さすがに二回目ともなるとすぐに事情を察したようで、一つ溜息を吐いた。

「ここはどこ?」

「地球よ。よく来たわね」

「んなこと分かってんのよ!」

 東郷さんの小粋なジョークを一蹴すると夏凜さんは辺りを見渡した。

 ここはとあるキッチンで、私達勇者部は同じ食卓を囲んでいる。マンションのキッチンなこともあって、女の子五人にマッチョが一人となるとかなり窮屈だった。でも、整理の域届いた、綺麗なキッチンだ。

「……いやマジでどこなのココ」

「犬吠埼家よ。はい、サンドイッチお待ちどー」

 お姉ちゃんが大皿に載せたサンドイッチを卓の真ん中に置いた。

 今日はみんなでカラオケで行くわけだけど、朝食をここ犬吠埼家で一緒にとってから行こうという話になったんだ。

「風先輩のサンドイッチはとっても美味しいんだよ」

「和食派の私も風先輩のサンドイッチは好きだわ」

「サンドイッチを不味く作る方が難しいんじゃない?」

「うるさいわね。さ、みんなで頂きますの挨拶よ。はい、頂きます」

「頂きまーす」

 みんなでサンドイッチにかぶりつく。うん、美味しい。美味しいけど……。

「お姉ちゃん、これ中身何?」

「知らない方がいいわ」

 まぁ、お姉ちゃんが作るものだから変なものは入ってないとは思うけど。

 それにしても、勇者部のみんなでの朝食と言うのは初めてのことだった。キッチンは狭いけど、幸せな空気が流れている。

「そう言えば、夏凜まだパジャマなんだね」

 言われてみれば、私たちの中で夏凜さんだけがパジャマだった。

「しょうがないでしょ、アンタ達が急に拉致してきたんだから……そもそも、あんな騒がしいことやって、近所迷惑よ」

「大丈夫。了承は取ってある」

「えっ」

 夏凜さんだけが知らなかった衝撃事実である。残念だったな、ご近所みんなグルだよ。

 それに、夏凜さんがパジャマだろうが何の問題もない。

「夏凜ちゃんの服、持ってきたわよ」

 東郷先輩が綺麗に畳まれた夏凜さんの私服を取り出した。大人になったらきっと良い奥さんになるだろう。

「まって、何で東郷が私の私服持ってるのよ」

「この間突入した時に確保しておいたわ」

「私はアンタ達が怖い……」

 よしてくれぇ、恐れを知らぬ勇者だろうが!

 とりあえず、夏凜さんは私の部屋で私服に着替えて、勇者部一同準備完了となった。

 

 

 カラオケ屋さんは私達学生が良く使うお店で、リーズナブルなお値段と飲食類持ちこみOKなのが魅力。私達はコンビニで食べ物と飲み物をしこたま買い込んで部屋に入った。

「さぁ、バカスカ歌うわよ~」

 お姉ちゃんの掛け声に合わせてみんなで「いえーい!」と歓声を上げる。ただし、夏凜さんは少し照れくさげに、大佐は「とぁぁあああああ!」と叫んだ。

「一番、犬吠埼風! 『のっぽのサリー』歌いまーす!」

「いえーい!」

「とぁぁあああああ!」

 お姉ちゃんがノリノリで歌う。全編英語歌詞なのに、滑らかに歌いきる様は圧巻だ。

 ここのカラオケマシーンは歌を採点してくれる。高得点を取れば、店の入り口に名前が載る。

『初めての歌の採点をしてやろうか。96点だよ』

 順位は堂々の一位。凄い。

「次はジョンよ! バーンとやっちゃって」

 大佐のチョイスした歌は、某筋肉映画のエンディングだった。どんな映画かと言うと、筋肉モリモリマッチョマンな元軍人がさらわれた娘を救出するべく敵の潜む島へ殴り込み、ドンパチするというものだ。

 重厚な前奏が響く。

「I WILL——」

 重厚な音楽に負けないほど大佐の声は太く、力強かった。それでいて、歌は普通にうまい。採点結果は——95点。流石だメイトリックス。

 次に歌うのは東郷先輩なのだけども……私達は起立して背筋をピンと伸ばした。東郷先輩の歌を聴く時、思わずそうせざるを得ない。何でだろう。

 東郷先輩の歌が終わると次は友奈さんの番だ。

「夏凜ちゃん、デュエットしよう!」

「嫌よ」

 ツン、と拒否する夏凜さん。そんな彼女をお姉ちゃんが煽った。

「そうよねぇ~、高得点三人の後だと、歌えないわよねぇ~」

 夏凜さんの短所は煽り耐性がないことといえる。

「ふざけやがってぇ!」

 結局友奈さんと歌うことになる夏凜さん。三好夏凜怒りの熱唱である。

 二人は最後まで歌いきった。

「点数は!?」

『採点してやろう……95.853点だよ』

「おお、惜しい」

「なんで急に小数点以下の点数表示なのよ!」

 でも、友奈さん&夏凜さんも何だかんだで高得点だ。というか、音楽に現を抜かすのは云々言ってた割に可愛らしい歌を知っているものだ。

 次は私。ちゃんと歌えるかな。

「さぁ、樹の番だよー」

 私が歌うのは今度テストで歌う『ラテン農民のラップ』だ。モニターに陽気なお兄さんがリズムを取る映像が流れる。緊張で手に汗が滲んだ。

「ぶ、ブンツピツッピ、ブンツピツッピ……」

 こんな調子でも最後まで歌いきった私は我ながら凄い。

『初めての歌を採点してやろうか』

 採点装置がおじさんの声で語り掛ける。

『……63点だよ』

 リアクションに困る点数だ。いっそのことズバボーン! と低評価になればいいのに。

 お姉ちゃん以下勇者部面々もうーん、と微妙な表情をしていた。泣きそう。でも、先輩たちの評価は妙に分析的で、

「下手なわけじゃないよね~」

「なんというか、固すぎんじゃないの?」

「アルファ波が……」

 二年生トリオはうんうんと頭を振る。

「そうなのよ樹。アンタ一人っきりの時は歌すっごい上手いのよ。人前だと、緊張して上手く声が出せないのね」

「まさか……」

 でも、確かにひと前だと緊張して喉が引きつくような感じがするのは事実だった。それさえなければ、もっと上手になれるのかしらん。

「樹ちゃん、人々を芋だと思うのです」

 東郷先輩が突然伝道師か何かのような口調になった。

「芋が嫌なら石だと思うのです。そうすれば、救われるでしょう」

「そうだ。樹、緊張を和らげて歌を上手に歌えるようになるサプリをあげるわ」

「ヘロインか?」

「違うわよ!」

「ヘロインより良いものがある。ウォッカだ」

「未成年なんですけど……」

「じゃあ樹ちゃん、お父さん直伝の緊張をほぐすマッサージ、教えてあげる!」

 みんながずんずん迫って来る。怖い。

「そ、それより皆さん、もっと、ほら、歌を……」

「あっ! そうだねぇ」

 みんなは思い出したかのように曲名を入力していった。

 私はほとんど歌わなかったけど、みんなの歌を聴いているだけでもとても楽しかった。楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

 

 

 帰りはそれぞれ自分の家に直帰となって、帰り路は私とお姉ちゃんの二人っきりだった。

「樹、練習出来? たって、ほとんど私たちだけで歌ってたわね」

 歌いまくったからお姉ちゃんの声はガラガラだった。

「ううん。でも、みんなの歌を聴いてるのは楽しかったよ。それにね」

 友奈さんや東郷先輩、夏凜さん、大佐が困っている私に一生懸命アドバイスしてくれたのがとてもうれしかった。私は、こんなにも素敵な人に囲まれてるんだなと実感できた。

「そっか」

 お姉ちゃんは優しく笑ってくれた。そして、それをすぐに満面のものに変えて、

「さぁ、今日の晩御飯は豪勢にするわよ。持ちこんだお菓子、全部牛鬼に食べられてお腹ぺこぺこなんだからさ!」

「そうだね!」

 今度の歌のテスト、ちゃんと歌えたら、もっと私は自信を持てるようになるだろう。

 

 

 翌日、私は夏凜さんから貰ったサプリを飲んで、マッサージした後、教室のみんなを石だと思いながらテストに挑んだ。

 結果、緊張して詰まることもなく、スムーズに歌いきることが出来た。自分では解らなかったっけど、先生も凄く褒めてくれて、友達やクラスメイトも一体全体突然どうしたんだと私を質問攻めにした。中には泣いてる子もいて、

「樹ちゃんのラテン農民のラップすごくよかったよぉぉぉ」

と言ってくれた。正直、あのラップで泣いちゃう人の感性は微塵も理解できないけど、とっても嬉しかった。

 

 放課後、私は教えてくれた先輩たちにお礼を言った。

「おかげでちゃんと歌えました。本当にありがとうございます!」

 すると、夏凜さんと友奈さんはハッハッハッと大笑いし始めた。

「あのサプリはただのビタミン剤よ。緊張を和らげる効果なんてないわ」

「え?」

「マッサージも肩こりに効くマッサージだよ」

「えぇ!?」

 私は仰天した。てっきりそういうものだと信じ込んでいたのに。

「要は、気の持ち様という事ね」

 東郷先輩も言う。どうやら私は一杯喰わされたようだった。

「良い先輩を持ったなー、樹」

「まったくだ」

 お姉ちゃんと大佐も言う。

 なんてこったい。全くお笑いだ。

 

 

 

 でも、このおかげで、私にも一つ夢が出来ました。

 お姉ちゃんにはまだ秘密だけど……いつかこの夢を胸を張って話したいと思う。そして、その時には後ろについているばかりじゃなくて、お姉ちゃんの隣に、一緒に立てるようになりたい。

 

 

 




 良い感じに話がまとまったかのように見えるか? いやぁ違うね、どうせ次回からは元通りだ。
 あとアニメ本編の話の前に少しやりたい話がある。BD特典のエピソードなんて最高だぜ。余裕の面白さだ、可愛さが違いますよ。そんなところに筋肉を放り込んでみろ、讃州中学がバル・ベルデになっちまう。


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