模倣の決号作戦   作:帝都造営

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共同通信社ニュース

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NEW 沖縄を襲ったのは謎の生物? 複数の視聴者より提供。



H34.3.2《X-243days》

 ――――西暦2022年3月2日。東京――――

 

 

 

 府中に立川……例をわざわざ挙げずとも、この街が東京に名を変えて以来多くの陸軍施設が設置されている。首都防衛という大役を担うそれらの土地は今でも一部が陸軍の所有であるが……時代の変遷の中で所属を変えたものもある。代々木公園なんて民間開放の分かりやすい例であるし、立川飛行場が空軍の所管となったのも大きなニュースだったことだろう。

 

 そんな陸軍より譲り受けられた府中市の一角に、統合幕僚本部の第一庁舎は存在する。実際には核兵器にも耐えられる鉄筋コンクリート造だというのに赤レンガで化粧したその建物は、なるほど化粧した分だけ見た目はお洒落だ。そんな第一庁舎の窓から、海軍幕僚長である大迫(おおさこ)善光(よしみつ)は天辺から降り始めた太陽を見た。

 

「……もうこんな時間か。遅いが昼食にしよう」

 

 その言葉に彼の補佐官である飯田が釣られるように腕時計に目をやると、既に時計は二時を回ろうとしていた。思ったよりも長く続いた会議だったなと、そう飯田は数時間ぶりに見る窓からの風景に思いながら歩を進める。

 

 目指す先は、無論食堂だ。

 

 

 

 

 

 統合幕僚本部の設立。当時はあの陸軍と海軍がまさか――多くの国において、陸軍と海軍の仲が良くないのはよくあることである――と驚かれたものだが……時代の流れ、すなわち戦術の高度化と戦争の短期決戦・局所化によりいかなる作戦も各軍単独で行うものではなくなった。国家という統率の取れた有機体を維持し、そして戦争という最大級に国としての価値を問われる外交戦術では動きを誤らないためにも一つの国の軍隊は同じ首脳部の下に組織されるのが適当というもの。

 実際の指揮権は三軍別々と――陸軍なら内地総軍司令部、海軍なら連合艦隊司令部、空軍なら航空総軍司令部といった具合に――することで各軍のメンツを保ちつつ、各司令部への統一された「助言」を行う。それが統合幕僚本部の存在意義であった。

 

 すなわち、統合幕僚本部(ここ)で決められたことが、日本国自衛軍の方針となるわけだ。

 

 

 

「今回の被害想定は効果てきめんだったな。あれだけの見積もりを見せられれば、無理してでも沖縄奪還をと叫ぶ輩も減ることだろう」

 

 ()()()()()()を受けての緊急の統合幕僚会議の結果は、まあ海軍にとっては上々というべきなのだろう。沖縄を占拠した敵戦力の分析と、なによりも今後の対処についてが話し合われた先程までの会議での最大の争点は今後の方針……すなわち、「奪還か防衛」この二択であった。奪還とはもちろん沖縄の奪還。防衛というのは、沖縄の二の舞を避けるべく各地の防備を固めるという意味である。

 

「ですが奪還派はこの程度では諦めないかと。むしろ今後の世論に後押しされ拡大する可能性も捨てきれません」

 

 もちろん奪還を訴えているのは主として陸軍の幕僚たちだ。上陸の一日前に通報を受けていながら敗北を喫し、しかも反撃が可能とされた沖縄本島北部では海岸沿いに浸透された結果山中に部隊が取り残される事態が続発……結果として九州からの増援含めて万単位の兵員を地上から消してしまい、それどころかその数十倍の民間人を戦闘に巻き込むんでしまった陸軍にとって、沖縄を奪還することにより何とかして世論への言い訳を作ろうとしているのだろう。

 しかもそれだけではない、軍の方針が防衛となれば既に草案を作成している海軍主導になりかねない。大迫海幕長は主導権を握るために草案を飯田に作らせたのだから、陸軍がそれを嗅ぎ付け警戒するのは当然と言えるだろう。

 

 つまり現時点での沖縄奪還派とはまだ、単に陸軍の都合により誕生した意見に過ぎなかった。

 

 

「既に沖縄のインフラは完膚なきまでに破壊されている。奪還したところで再建には途方もない予算と時間が必要だ……そして奪還の戦力を抽出すればするほど、まだ国民がいる地域の防備が薄くなる。どっちを優先すべきかは明白だろうに」

 

 もっとも、最終的に判断を下すのは統合幕僚本部(われわれ)ではないのだが。そう付け足した大迫は昼食の乗ったトレーを受け取った。将官クラスともなれば割り振られた執務室に食事を持ってきてもらうことも出来るはずだが、よほど多忙でなければ彼はそんなことはしないのである。

 

 

 

 

 

「……」

 

 豪勢な人だな。とは前から思っていたので今更言うつもりもない。

 彼の目の前に置かれているのは脂たっぷりのステーキ、ナイフを走らせればそのこげ茶の装甲板に隠された柔らかな赤みが現れる。

 

 食材をすりつぶして作られたソースがその赤を染めていく。そんな様子を眺める彼は今にも鼻歌を歌いだしそうだ。やはり自分の上司は肝が座っている人間だなどと、飯田は改めて実感する。ステーキと肝の据わり方は関係ない? いや関係あるとも、いくら会議の前に情報を知り必要な根回しを済ませているにしても、自身にあの馬鹿げた草案の立案を命じたのが紛れもない彼だとしても、やはりここまでどっしり構えていられる人間は少ない筈だ。

 

 そんな大迫は咀嚼を終えると、飯田に視線を投げた。

 

「今日は随分と小食だな。昼は食べないほうがいいと主張する奴もいるが、お前は食べないと体が持たないだろう」

 

「……」

 

 大皿の大迫と対照的に飯田の目の前にはコーヒーカップがひとつだけ。湯気だけで腹が膨れるわけがない。しかし飯田はどうにも食べる気になれなかったのだ。コーヒーに手を伸ばすこともしない。というかそもそもコーヒーなど飲まない質なのに、どうして受け取ってしまったのだろうか。

 

「おい、こいつにカレーでも持ってきてやってくれ」

 

「閣下」

 

 大迫は近くの職員へと声をかける。飯田は止めようとするがもちろん階級は大迫のほうが上の訳で……統幕本部の職員はさっさとカレーを取りに行ってしまった。

 

「これだけ早くやつらの侵攻予想と防衛の草案を作ったんだ。それに見合う栄養は補給しておけ」

 

 大迫はステーキに視線を注いだままそう言う。

 

「はい」

 

 そうして少しも待たずに飯田の前に置かれるカレーライス。今日は水曜日なのだが……いや、カレーの曜日にこだわるのなんて海軍だけだ。細かいことは気にしないことにする。実際、よく煮込まれたカレーはまるで流動食のようで少なくともステーキよりかはのどを通りやすかった。今はそれだけで十分だ。

 

「ところで飯田」

 

 大迫が再び口を開いたのは、彼のステーキが半分ほどになった頃だった。

 

「私が食べているこの肉が、どこ作られたか知っているか」

 

「いえ、存じ上げません」

 

 その言葉に大迫はうむ、と大きく頷く。

 

「私にも分からん。恐らくは米国かオーストラリア、もしかすると日本産かもしれない」

 

 ところが彼はこう続けるのだ。

 

「書いてある限りでは日本産だがな」

 

「……」

 

「産地はそれが育った場所だ……だが、それらを育てる飼料はどこから来る?」

 

 牛肉を1kg用意するのにかかる飼料はだいたい11kg。加えて、美味しい肉には穀物飼料が不可欠だ。ここ数十年の世界情勢から自給自足の必要性も少なくなり、人口が増えても山ばかりで自給率は徐々に低下しているこの国。全ての飼料が生産できるはずもない。

 

「そう考えればまぁ、私が今食べているこれは外国産といって差し支えないだろう」

 

 大迫は皿の上に寝転がっている食材を一つ一つ食べてゆく。まるで、それぞれの産地を確認するように。

 

「米は自給率100%と言われているが、単に米の代わりがあるから100%を保っているだけだ。前々からパンの人気も上がってきているしな……小麦の自給率はいくつだったかな……思い出せないが、かなり低かったはずだ」

 

 大迫がなぜこんな話をするのか、飯田には掴みきれずにいた。もちろん『全海路の封鎖』は草案(シナリオ)に組み込まれている。既に沖縄の件が貨客船の破壊行為のさらに延長線と解釈する報道が多いように、ことが落ち着けば誰もがその可能性に怯えることだろう。だが大迫がしているのはどれもわかりきった話だ。海路は封鎖され、食糧、エネルギーは輸入されなくなる。

 

「ですが統制を行えば食料に関しては大きな問題はない。違いますか」

 

 

 一食分の牛肉を作るために消費される穀物だけで何人分の空腹を満たせるのだろうか。この国は足りない足りないと言われつつ何故か食料が豊富にあり、むしろ豊作による価格破壊を恐れているぐらいだ。隣の国(中華民国)では吐いて捨てるほどの食事を振舞うことが最高のもてなしだという。足りないようで、余っている。

 馬鹿みたいな話だが、それが共産主義を以てしても克服できない、むしろ共産主義のおかげで克服ができないと証明された真実だった。

 

 その実、海上封鎖は生活レベルを落とし国民の不満を高めることこそあれ、決して国民を死に追いやるほど深刻ではないのである。

 

 

「……」

 

 しかし、大迫は咀嚼を止めてまで飯田を見据えていた。普段から口数が多い彼らしくない。飯田はそう感じた時、大迫はおもむろに口を開いた。

 

「……実際、食料は何とかなると私も考えている」

 

 そう言いながら大迫はステーキをナイフで割く。

 

「だが資源はどうだ?」

 

 飯田は小さく頷く。実際、それだけが問題だった。

 

「満州からの石油・石炭(エネルギー)は対馬海峡の警備を強化すればいい、だが中東から運ばれてくる石油はどうする? アフリカやインドネシアから運ばれてくる希少資源は? いずれの資源もやつらの活動範囲内を超えてやってくるのだ。豪州からの輸出だって脅かされる」

 

 先進国が先進国たるために必要なもの。それが産業であるのは間違いない。日本の重工業はその多くが満州を始めとする大東亜経済会議加盟国に移転したとはいえ、未だ最先端産業は日本の十八番である。それらを生産するために絶対的に必要な資源、それらを獲得するために島国である日本は海路に頼るしかないのである。

 

「私の言いたいことは分かるな?」

 

 そう言葉を切って、大迫は口へとステーキを運んだ。海上封鎖の可能性は、工業国を維持するための資源を失うということである。これをされた日に日本は干上がる。

 

 もちろん対策は可能だ。だからそれは可能性でしかない。

 

 

 だが、この恐ろしい可能性に……果たして金融街の人間は耐えられるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この国が敗北を喫すれば喫するほど、海運会社は日本行きを嫌う。そうでなくとも、迂回ルートを取ることは必然的に価格を吊り上げることになる」

 

 ところ変わって、統合幕僚本部第一庁舎の一室。海軍幕僚長に割り当てられた部屋には代々受け継がれてきた掛け軸や直近の観艦式で撮影した愛宕型巡洋艦の雄姿、そして飯田の教養でも分かる著名な壺などが置かれていた。執務机脇に置かれた日章旗はこの場所が公務を行う場であることを主張し、執務机の上に置かれた金属のプレートには大迫の名前と彼の役職が刻まれている。

 そんな調度品に囲まれながらも、窓の外に視線を注ぐ大迫の背は決して安堵に満ち溢れてはいない。

 

「だからこそ、我が国はこれ以上の敗北は避けなければならない。防衛においても、攻勢においても……ですね」

 

「そうだ」

 

 飯田の言葉に同意を示し、振り返る大迫。それから素早く机へと取りつくと、おもむろに筆を取り出した。

 

「今回の会議で三軍共同の対策チームを近いうちに設立するという話はまとめた。だがそれが実際に動き始めるのはどうやっても二週間後。現実的に考えるなら年度変わりになるだろう」

 

 海軍幕僚長の筆が滑る。何のためらいもなく文字列が長くなっていく。

 

「……よって、海軍(われわれ)は今から動き始める必要がある」

 

 それは海の管轄が海軍であるべきだから。陸軍や、ましてや空軍に先を越されるわけにはいかないから。

 

 大迫の筆が宙に浮いた。そのまま筆立てへと戻される万年筆。大迫はゆっくりとその紙を持ち上げると、飯田に渡す。

 

「海幕付の対策チームを編成する。責任者は飯田、お前だ」

 

 そうなることは昨日から分かっていた。だから飯田は戸惑うことはない。だがそれでも、受け取った命令書はふわりと重い。

 

「はっ」

 

「室にはお前と木更津を入れておく。ひとまずは補佐官と兼任してもらうことになるが……このチームは後に統幕本部付の三軍合同対策部門の母体となるべきものだ」

 

 その言葉を聞きながら飯田はその文面を見る。海軍幕僚長の直接の指揮下に入るのであろうその部署は「琉球諸島事変における駆逐艦喪失に関する調査委員会準備室」とやけに長ったらしく命名されていた。これで室員が総勢二名だというのだから、なかなか冗談のような組織だ。

 だが大迫たちにとっては、海軍が動き出したという事実だけが重要だった。人員は明日にでも増やせばいい。仕事場(オフィス)は来週にでも用意すればいい。どうせ海幕の内部組織なのだから予算はゼロだって構わない。

 

 だが編成は今日だ。飯田は直立。

 

「飯田孝介。琉球諸島事変における駆逐艦喪失に関する調査委員会準備室室長、確かに拝命しました」

 

 それを聞いた大迫は、おもむろに頷いた。

 

「うむ……やはり長いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから先は早かった。飯田は大迫と共に霞が関の海軍省ビルに併設される海軍幕僚部に戻り、室の編成に関する事務処理を次々と――それこそ違和感を覚えるほど早く――こなすと、海軍大臣がそれを内閣へと報告、その日のうちに承認を得るまで話は進んだ。総理としては一刻も早く国民を安心させる対策部署が欲しかったのだから内実などどうでもよく、室の設置は即座に談話として公表されることだろう。

 

 これで大迫海幕長のシナリオ通り、三軍合同の対策部門設置への話は海軍主導となるに違いない。

 

 

 

 そのような形でようやく一段落ついたこともあり、飯田孝介(こうすけ)は彼の家へと帰ってきていた。帝都急行グループが開発した閑静な住宅地にある彼の家。約50時間ぶりの帰宅である。50時間というと長く聞こえるが……まだこの国が有事の真っ只中にあることを考えれば、むしろ驚くべき程早く帰ってこられたというべきだ。

 

「ただいま」

 

 鍵を回し、扉を開ける。玄関口は相変わらず何もなく、華を添えるように飾られた植物の香りが鼻腔へと流れてくる。靴を脱いでいると廊下から彼の妻が現れ、普段通りにただいまのキスを交わしてから鞄を預ける。

 部屋に入ってからは流れ作業だ。軍帽を取り、制服を脱ぎ、そしてそれらを定位置へと戻していく。普段ならここで二三言を伴侶と交わすものであったが、今日はどちらも一言も発しない。気遣ってくれるなら話題を選ばず声をかけて欲しいものだが、こちらも話題を見つけられない以上はお互い様だろう。

 

 

「あ、お父さん。おかえりー」

 

 夕食を出すと言ってパタパタとキッチンへ向かう妻の後から居間へ入ると、畳の上にごろりと寝転がった娘、飯田(いいだ)(のぞみ)が飯田を迎えた。

 

「相変わらず寝転がっているな、お前は」

 

「いーのいーの、今日もたっぷり勉強したんだしね」

 

 そんな娘には何も言わないでちゃぶ台前に陣取る。亭主の帰りを待ち受けていたのであろうひっくり返された茶碗と箸。ようやく息をつける自陣に帰ってきたことを実感するのには十二分の景色だった。家族の息遣いがあればなおさらである。

 

 

 と、テレビのアナウンサーが話題を変えた。

 

『……続いて、先日沖縄県で発生した琉球諸島事変についての情報です。動画共有サイトで話題となっている新種の生物とされる映像と今回の事変について、与党幹部g

 

 途切れるアナウンサーの声。テレビが故障したわけではない。画面が切り替えられたのだ。

 父は娘を見る。彼女の手にはリモコンが握られていた。

 

「やっぱ民放のニュースは適当だよね、何言ってるかわけわかんない。ねえお父さん?」

 

「……別に消さなくてもいいんだぞ」

 

 報道など目を瞑っていても入ってくる。こればかりはどうしようもないというものだ。しかしそれを聞いた娘は、どこか不機嫌そうになって顔を背ける。

 

「違う、アニメ見るの」

 

 それから思い出したように録画機のリモコンに手を伸ばす娘。数秒後には視聴途中だったのだろうアニメーション番組の再生が始まる――――舞台は1948年のロンドン。五輪(オリンピック)の裏で繰り広げられる陰湿な諜報戦を華麗に描くスパイアクション作品だ。

 

 

 と、目の前に置かれる夕食。焼き魚を搭載した焼物の皿。陶磁器に盛られた湯気の立つ白米。あと小皿が数品。

 

「あぁ、すまないな」

 

 そう言えば小さく微笑む孝介の妻。揺れる髪は娘と同じ――いや、彼女から娘に遺伝したという表現が適当なのだが――明るい茶髪。それからテレビの中の風景に気付いたようで、じっと視線を薄型液晶の画面へと注ぐ。

 

「……」

 

 孝介はなにも言わずにその様子を見守った。彼女には英国から落ち延びて来た貴族の血が混じっている。平和の祭典である1948年ロンドンオリンピック。それから数か月も待たずに始まった世界革命戦争。ロンドン、いやブリテン島は彼女の祖父や祖母の故郷であるわけで……それが過去のものとしてフィクションの舞台になるというのは、どうなのだろうか。

 

 と、長い間見つめ過ぎてしまったらしい。彼女は孝介を見ると、それから微笑みを浮かべ夕食が冷めてしまうと指摘する。片言の日本語なのはいつも通りだが、そこにこちらを気遣うような色があるのを見逃すほど鈍感ではない。

 

 

「……そうだな、頂こう」

 

 箸を取り、食材への感謝を込めて挨拶。口へと運び、咀嚼する。確かに考え過ぎなのだろう。別に彼女だってアニメくらい観るに決まっているわけで、それを何でもかんでも望郷の想いに結び付けるのは彼女に失礼というものだ。

 

 二三口食べてから、ふと手が止まる。

 

 あの日。バトルオブブリテンを乗り切ったはずの王室空軍をあざ笑うような大量の航空機がドーヴァーを突破したあの日。空を埋め尽くさんばかりに咲いた落下傘の白い華から民衆は逃げるように避難船へと飛び乗ったという。

 

 ――――こんなことを思うのは、それが沖縄の映像と重なるからだろうか。

 

 どちらも孝介は資料としてしか知らない。ただ撮られた時代が1949年か2022年かの違いしかそこにはない。いずれも受け継いできたその土地での暮らしを投げ捨て、命だけでもとただただ逃げ惑う姿をそのままに映した映像。

 

 

 だがそんな彼らを追うモノ。それだけが明らかに違った。赤軍の急速なブリテン島攻略は何か月も練りに練られた作戦に基づくものだった。だが――――

 

「……」

 

 

 ――――なんだ。

 

 あいつらはなんだ。なんなんだ。

 

 

 沖縄には師団規模の部隊が展開していた。数十の爆撃機と一個機動艦隊が展開していたのである。密度的には沖縄以上に軍が展開している場所など存在しやしない。しかも完全な奇襲ではなかったのだ。陸軍は――完全であったかどうかはともかく――準備を整えたうえで戦いに臨んだはずだった。

 

 なぜ負けたというのだ。数で押し負けた? いやそんなことは聞いてなどいない。なぜ負けねばならなかったというのだ。あれはあまりにも醜い。とてもじゃないが人間の作り出したものではない。しかし自然の作り出したものでもないだろう。もしあれが自然の産物なら今すぐダーウィンを糾弾してやるつもりだ。

 

 

 我が国が負ける理由が、どうして転がっているというのだろう?

 

 いや分かっている。それは傲慢というものだろう。この国が国家である以上。人と人の関係によって構築される以上。この世界が優劣を前提とする以上。この国が負けることはあり得ることだ。そうだ奇跡だったのだ。第二次世界大戦でアメリカと講和を果たせたのも、結論から言えば日本の力によるものではない。

 

 だがなんだ、この惨状は。

 

 

 沖縄県の人口は百万を優に超える。そしてその多くは沖縄本島に住んでいた。いったい何人の脱出が叶ったのだろう。そんな考えても仕方のないことを考える。

 あんなのが我々の生活を脅かしている。それに納得しろと? 我々は学び舎で、練習艦で、図版上で、司令部で、そして戦場で様々なものを積み上げてきた。その洗練されたもの、そして実践してきたことはどれも効かないというのか。なら自分自身が同期と共にやってきたことは何だったといのだろう?

 

 

 そこでふと浮かんだのは同期の、118期の首席である奴の顔だった。考えないようにしていたが、奴は「雷」の艦長だった。琉球諸島事変における海軍の喪失は「雷」のみだ。

 

 

 孝介はそんな悪い方向へ転がり落ちそうな考えを打ち消す。今日ここで栄養補給を済ませれば、後はいくつかやるべきことを片付けてから眠りに就くのだろう。そして朝を迎えると同時に軍服に身を包み、職場へと出かけるのであろう。

 

 やるべき仕事は決まっている。その価値と重大性は理解している。それをこなすことが、この国を護ることである。

 

 

 彼は、再び箸を動かし始めた。

 


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