模倣の決号作戦   作:帝都造営

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「郵便書留?」
「はい、県庁から今さっき来まして……速達で情報管理指示でしかも開封時刻指定付きです」
「はぁ?! 時刻指定付きだぁ、なんで言わなかった!」
「いや、なんでって、今来ましたので……」
「で、開封時刻はいつだ?」
「それが……一時四十五分なんです」
「四十五分……十分も前じゃねえか! いい加減にしろ!」
「そ、そんな私にいわれましても……」
「もういい! 情報管理責任者呼んで来い! 今すぐだ!」
「あ、あの……佐藤部長はただいま、有給で満州旅行に……明後日まで帰りません」
「ふざけんな! なんで三月上旬に有給とるんだよ!! そもそも三月前に消化しとけってんだ……ああもういい! 村長のところに行くぞ! ついて来い!」


※10/11 大幅改稿。シーンの差し替え、追加を行う。


H34.3.1《X-244days》②

 ――――西暦2022年3月1日。沖縄本島――――

 

 

 

 田舎とは思えないほど広々とした片道二車線。しかも車幅は自分の知るそれよりも遥かに広い。

 

 しかし道路は渋滞していた。広い車幅を利用してバイクが後ろに取り付けられた出前用の運搬ボックスを揺らしながらあっという間にタクシーを追い抜いていく。

 

 それを見た岡沢先輩が、ついにしびれを切らす。

 

「……運転手さん。いつになったら動くんですか?」

 

「いやぁおかしいですねぇ、74号線はそんなに混まないはずなんですが……」

 

 運転手の声もどこか困惑気味。アイドリングの振動が先輩の貧乏ゆすりと共鳴する。窓の外では、またしても幌が被せられた自衛陸軍のトラックが走っていった。さっきから一方通行で、自分らがやって来た嘉手納の方へと向かっていく。

 だがしかし納得できない。自分らは今嘉手納とは反対の方向に向かっている、なのに一体どうしてこっち方面も渋滞するというのか。

 

 とその時、運転席脇フロント中央に設置されている料金メーターが――――上がった。

 

 

「運転手さん、降ります。降ろしてください」

 

「ああでもお客さん、ここは有事の際の指定道路だったはずですし、すぐに進むと思いますが……」

 

「いいから! お会計!」

 

 岡沢先輩は乱暴に財布を取り出し、そして紙幣をくしゃりと取り出した。もうメーターは上がってしまったのだから、もう少し待ってもいいだろうに。

 

 

 

 

 

「まったく、なんでこんな短い距離に千円ちかくも払わなきゃならんのだ……」

 

 タクシーを降りれば、まだまだ空高く上がっている太陽が自分と先輩を照らす。温度が十度後半ということもありまさに心地よい陽気というやつだが、隣に悪態をつく先輩がいてはそれを楽しむ気にもなれないというもの。先輩を促し、相変わらず団子になっている車列を脇目に県道74号線沿いを歩いてゆく。なんだかんだ言って目指すべき県営鉄道の駅までは一、二キロほどしかないはずなので、歩くにしても大した時間はかからないはずだ。

 

「おい祖谷原、間に合うんだろうな?」

 

「次の列車が13時58分なんで……これを逃したら危ないですかね」

 

「ん? まだ時間あるだろ」

 

「いや、次の14分発がうるま中央止まりなんです。名護、というか恩納まで行こうと思ったら次が30分発になります」

 

 スマホの表示を読み上げると、岡沢先輩はうむむと唸った。

 

「じゃあちょい急ぐか」

 

 そんな先輩に続きながら歩いていくと、交差点のあたりがやけに混雑していた。乗用車が74号線に乗ろうとして、そこでつっかえているのである。

 

「これが渋滞の原因か……」

 

 岡沢先輩が呆れるように呟く。全ての乗用車は住宅街の方向から74号線に乗ると、全てが沖縄市中心へと向かっていく。

 

「ここって……確か軍人系の住宅地でしたよね?」

 

 異様な数の軍用トラック。それが向かうのと逆方向へと向かう民間人の車列。冷や汗が落ちた。それを肯定するかのように、恐らく十何機目となるB-52が飛び去っていく。

 

 

 

 

 

 沖縄県営鉄道うるま線。「嘉手納基地東」と書かれた看板を見ながら、その綺麗に整備された駅舎へと入る。腕時計が示す時間はまだまだ余裕があり、コンビニでちょっとした飲料を買う余裕もありそうだ。電光掲示板に表示された案内はナビサイトの言うとおりで……どこか安心した。やはり自分の思い違いだろう。さっきまでの光景には、きっと何らかの事情が有るに違いないのだ。

 

 アナウンスが電車の到着を告げ、間を置かずに一両編成の車両が滑り込んでくる。自分が電車を待つ下り線ホームはラッシュアワーでもなければ閑散としている訳で、電車に乗り込むとすぐに走り出した。適当な座席を探し、先輩を座らせ自分はその隣に。

 

「とりあえず、間に合いそうだな」

 

「……そうですね」

 

 それから岡沢先輩はガラケーを開くと、そこに熱い視線を注ぎ込み始める。メールだかiモードだか知らないが……スマホでもないのによく熱中できるものだ。

 自分たちが揺られているのは東京でならしょっちゅう見かける通勤型の車両。壁沿いに配置された座席から眺める車窓から見えるは緑の山。悠々と構えたその山の麓に続いている住宅。台風の島沖縄の家というと、背が低い石造りの頑丈な一階建てを思い浮かべるが……ここら一帯はどちらかというと新興住宅に当たるようで、そういった「いかにも」な家は見当たらない。

 

「なあ祖谷原、今思ったんだが……これ初めからうるま線乗った方が早かったんじゃね?」

 

「え……あぁー確かにそうかも知れませんね」

 

 のんびりとした青空にちらりと輸送ヘリの姿が見える。青空に不釣り合いな深緑の塗装。あれでも十二分に巨大だが、それよりさらに巨大なローターが回っていると考えると空恐ろしい。もしあの羽にぶつかってしまったらどうなるのだろう。きっと真っ二つどころの騒ぎどころではないに違いなかった。

 

 合成音声によるアナウンスが次の駅名を告げ、早速減速し始める列車。停車すると、また数人が降りて、代わりに同じくらいの人数が乗り込んできてくる。なにも変わることのない平和な風景だ。

 

 

 

「……ん?」

 

 岡沢先輩が不思議そうに呟いたのはその駅――アナウンスによれば、北具志川駅とかなんとか。嘉手納基地東といい、この路線の駅名はやけに方角が入る――を出た直後のことであった。そちらを見やると、携帯の画面とにらめっこしている先輩の姿が。話しかけて面倒事、というか先輩関連の話題に巻き込まれるのは勘弁なので、知らないふりで視線を窓に戻す。それでも先輩のぶつくさ言う声は聴こえてくるわけで。

 

 

「圏外ってどゆことだ……いや、少し待てば回復するか。そうだな」

 

「圏外? そんなまさか」

 

 思わず反応してしまった。先輩と目が合う。

 

「そんなこと言うなら、ほら、お前のも確認してみろよ」

 

 そう言われては仕方がないのでポケットへと手を伸ばす。どうせ先輩のスマホだ、壊れてしまったに違いな

 

「あれ、圏外ですね」

 

「だろう?」

 

 

『うるま中央、うるま中央』

 

 そんな会話を交わす間にも事実を感じさせぬように列車が止まった。駅舎ホームと外界を区分ける柵の向こうにうるま市庁舎が見える。

 

「全くもって圏外……中央ってなんだよ」

 

 先輩がそう言う。確かに、こんなに街の中心部で圏外なんておかしい話だった。あれだろうか、アメリカとかでメガヒットした歩きスマホゲームが日本でも猛威を振るっていて、そのせいで電波塔がダウンしたとか……いや、ないか。

 

『えーこの電車列車間隔調整のため、二分ほど停車いたします』

 

 スピーカーの調子ものんびり。床下に埋め込まれているのであろう何らかの機械が微かな振動を椅子越しに伝えてくる。

 

「また遅れるのか……いい加減にしろよ、県営ってことは国民の血税使ってんだろが」

 

 先輩が真横でまたとんでもない批判を始める。先輩、血税とか自分のことみたいに言うけど……そもそもアナタ、沖縄県民じゃないでしょうに。

 まあそれは置いといて、だ。自分はこの遅延で起きうる先輩が苛立ちそうな事象を考えてみて、それからそんなものはないことに気付いた。一体全体、二分程度の遅延で何が起きるというのだろう。

 

「何が列車間隔だ……ん?」

 

 先輩の口調が急に変わる。今度は何だというのか。

 

「おい、祖谷原」

 

「なんですか」

 

「お前、さっき列車は15分間隔だとか言ってたよな?」

 

「え? えぇ、まあ……」

 

 だから何だというのだ。恐らく表情が表に出てしまったのだろう。先輩はやや力を込めて、なんで分からないんだと言わんばかりに口を開いた。

 

 

「じゃあなんで列車間隔の調整なんてするんだ?」

 

 

 ……なんだそれは。そんなことでよくもまあ真剣な顔つきになれるものだ。

 

「さあ? 回送電車でもあるんじゃないんですか?」

 

「とは言うがな、ここは沖縄だ。東京みたいな超過密地帯じゃないんだぞ?」

 

 

 僅かな間。無表情を保つ自分。みるみる血相を変えていく先輩。

 

 

「分かった、分かったぞ。そうだどう考えてもそうに決まってる」

 

「……なにがですか?」

 

 それを言ってから「しまった」と思うがもう遅い。先輩は口早に捲し立てた。

 

「よく考えてみればおかしかっただろ、飛行場から爆撃機はバンバン飛ぶし、那覇市街にも、さっきだって自衛軍が動いてた! 間違いない、これは何かの陰謀だ!」

 

「陰謀って……」

 

「そうは思わないのか? こんなことって普通あるかって話だ。きっと列車間隔の調整っていうのも、列車砲とかそういう類を……」

 

 そのまま自分の感覚の中でフェードアウトしていく先輩の声。聞いてるのが億劫になって来たので意識を別のところにシフトしたのだ。普通じゃないというが、そもそもここは東京じゃない。ここ沖縄における普通を知らないのがこの目の前にいる先輩だし、それをまるで知ったかのように話すのはどう考えても傲慢である。そりゃもちろん、あれだけの数のB-52が飛んでいくのを見た時には驚きもしたが、それが沖縄におけるスタンダードである可能性もあるのだ。

 

 と、携帯が震えた。自分はここぞとばかりに話題をそらす。

 

「あ、なんだ。やっぱり電波生きてるみたいですね」

 

 

 ――――しかし、携帯(スマホ)に表示されていたのは。

 

 

 

「エリア、メール……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い空、白い雲。

 

 そして、それらを振り切るかのように飛んでいくB-52こと成層圏の要塞(ストラトフォートレス)

 

 

「遅くなりました!」

 

 沖縄中部に位置する読谷村は万単位の村とは思えない規模を誇る村である。そんな村の北部に位置する長浜公民館に若者が駆け込んできた。

 

「遅いぞ!」

 

 そんな罵声とともにプラスチックで作られた識別票が飛んでくる。若者が迷うことなく受け止めるのと同時に、同じ自警団の人間から防刃チョッキを渡される。強化プラスチックで作られたこの装甲は、銃火器でなければほとんどの攻撃を防いでくれることだろう。

 

「いったいどうなってるんですか?!」

 

 ヘルメットの首紐の締まりを確認しながら聞く若者。民間人向けのエリアメール――厳密には全国瞬時警報システム(J – A L E R T)――が配信されていらい防災無線は大規模攻撃情報大規模攻撃情報といやに呑気な調子でのたまうばかりで、はっきり言ってなんのために召集されているのかは謎でしかなかったのだ。

 

「なんでも県庁からの命令だそうだ。沖縄県中部の市町村自警団は緊急招集。連隊管区……まあ読谷(ここ)だと団管区だが、とにかく自衛軍部隊が到着し次第、その指揮下に入れとのことだ」

 

 

 その言葉を聞いた若者から一気に血の気が引いた。作業の手が止まる。

 

「……ということは、核戦争(せんそう)ですか?」

 

 

 

 沖縄。

 

 それは九州地方に属する県のひとつだ。人口は百数十万で、東シナ海と太平洋を隔てるように連なる琉球列島を構成するほとんどの島がこの行政区に属している。

 しかし多くの日本人、いや西側世界の人間にとっては、沖縄とはもっと別の、それ以上の意味を持つ言葉だ。

 

 沖縄の数奇な運命は1944年の()()()()から始まる。

 ナチス・ドイツの支配する全領土の開放。その()()()()()()()()()()()()()()英雄的勝利は同時に、ドイツ打倒でのみ結託していた連合軍陣営の対立を表面化させた。

 

 欧州大陸は赤い波に飲み込まれた。かつて鍵十字の靡いたエッフェル塔に高々と赤旗が掲げられ、一方連合の盟主たるイギリスは対日単独講和にドイツの臨時政府保存に手を貸すなどと迷走を続ける始末。

 

 米国のソビエト及び英国に対する信頼はもはや地まで堕ちたかに見えたが、しかし彼らの言うとおり第二次世界大戦は終わってしまった。

 そう、時代はもはや悪の枢軸正義の連合といった構図を抜け出し、悪の共産正義の自由といった新しい局面を迎えたのである。

 アメリカが目指すべきは日本を従えることではなく、共産に中国利権を奪われないこと。一時期はソビエトの満州利権を認めてすらいた米国が大転換を図ったのである。それほどに共産陣営は強かった。

 

 四年という平和と呼ぶには短い年月。モスクワからパリに至るまでの広大な戦場に鍛えられた赤軍はさらに精強となって大義を掲げた。赤旗はドーヴァーを超えバッキンガム宮殿に翻ったし、日本や満州、中華民国といった反共の防波堤がアジアで勝利を収めようと大勢は変わらなかった。旧大陸が共産の手に落ちようとしていたのである。

 

 そして、その流れを救ったのが原子爆弾だ。ヒトラーが戦争には間に合わぬと切り捨て、日本が開発を諦め、そして米国すらも戦争終結ゆえに一度は凍結させたその計画が西側諸国を、自由資本主義連合を救ったのである。

 

 

 そしてそれは――――今日も沖縄の嘉手納でアジアの平和を見守っている。沖縄という稀に見る要塞島には、世界を幾度となく滅ぼす究極の力が眠っている。

 

 

 

「さぁな、ともかくお前だって爆撃機(B-52)は見ただろう。積んでるのが通常だか核かは知らんが、少なくともあの数が一斉に飛び立つのなんて何十年ぶりだ! ほら、手を止めるな! 隣の山中さんの様子見てこい! こりゃ大ごとだぞ!!」

 

「は、はいっ!」

 

 とんでもないことになった。そりゃもちろん、もしも戦争が起これば軍事的に大きな意味を持つ沖縄が狙われることはよく分かっている。そして自警団に志願して訓練を受けているのだって故郷を本気で守りたいからだ。軍事拠点でありながらなまじ現地住民の数が多い沖縄を守る手段は駐留する軍でなく民間防衛にある。民間人を装って迫りくる工作員をはねのけるのは、地区を単位として編成される自警団とそして住民の絆である。そのためにと勉学の片隅で心身ともに鍛えてきた。父親のあとを継ぐつもりである若者はそうして日々を過ごしてきた。

 

 それでも、まさか今日()()が起こるなんて思いもしないだろう。慌てて車道へと出る。いつもニコニコしている駐在さんがどこか張り詰めた表情で自動車を使わぬよう呼びかけている。ともかく山中さんの家へと急ぐ若者。駐在さんの脇を通り抜け――――

 

 

 ――――そして、あるものを目にした。

 

 それは緑よりも濃い緑。側面にばさりと掛けられた幌。がたごとと地を踏みならし、騒がしくエンジン音を奏でながら進んでいく。

 そして、そんなトラックに牽かれた、とんでもなく細長い棒。それは幌やトラックと同じように緑に舗装され、ごちゃごちゃと取りつけられている付属品と共に引っ張られていく。

 

「自衛軍……?」

 

 見間違えるはずもない。あれは自衛軍の砲兵部隊が主力として用いる野砲だ。つまり、自衛軍の部隊が到着したということである。

 もちろん安堵した。自警団に貸与されるのは精々対人武器、構成員だって在郷軍人が少し混じっているくらい。敵が装甲車を持ち出しただけで一気に形勢が不利になってしまう程度の部隊でしかない。だから立派な装備と最新の戦術を身に着けた自衛軍が来るのは喜ばしいことなのだ。

 

 だが、若者は思った。

 

 

 ()()()()、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 うるま中央駅は、予想以上の混雑だった。避難命令が発令されてから僅か数分しか経っていないにも関わらず駅のホームでは職員が待機しており、拡声器を抱えているところからも間違いなく避難誘導を担当する人員に違いない。ホームに並んでいるのは避難民かと思ったが、よくよく見てみれば男性しかいない……推測だが、動員された予備自衛官ではないだろうか?

 

 車内のスピーカーが何事かと告げる。当然うるま市も避難地域に含まれているわけで、この電車は回送電車となるらしい。要は一般客に乗るなと言っているのだ。

 

「おいおいおいおいおいおい……またかよ、ふざけんな」

 

 そして怒りを隠さないのは岡沢先輩。自分のことなど忘れたようにツカツカと降りると、駆け上がるようにホームとホームを繋ぐ駅舎への階段を駆け上る。

 

「駅員さん!」

 

 慌てて追った自分が駆け上がるころには、もう先輩は駅員を怒鳴り半分で呼びつけていた。ホーム上にいた駅員のように、彼らも拡声器を引っ提げていて、先輩に対してどこか面食らったような表情をしていた。

 

「はい、どうかなされましたか?」

 

「どうかなさるもクソもあるかってんだ、名護行きの電車はいつ出る!」

 

 彼らは顔を見合わせる。それから、帽子が少しばかり豪華な――といっても、一本の金線が追加されただけだが――駅員が答える。

 

「お客様、現在うるま市には避難命令が発令されておりまして……何時に出るとはお約束できません」

 

「あのねぇ駅員さん、私たちは名護に行きたいんですよ。一刻も早くです」

 

「先輩先輩、駅員さんにいってもどうしようもないですって!」

 

 やっぱり先輩の宥め役となる自分。こればかりはもはやどうしようもないというか、駅員(このひと)たちは立場的に宥め役にはなれないのだ。だって避難命令を出すのはこの人たちではないのだから。

 

「うるせぇ、ならお前が何とかしろ!」

 

「んな無茶な!」

 

「んだとぉ?! それが先輩に対するものいいかぁ!」

 

 岡沢先輩は乱暴に言ったが、それでもそれ以上も以下もないわけで。それ以上言葉が続かずに、ぷいとそっぽを向いた。子供か。

 

 と、目の前の駅員さんのところへ駆け寄ってくる別の駅員さん。耳打ちすると、駅員さんはどこか安心したような表情になった。

 

「お客様、避難列車は間もなく恩納方面にも出ますので……それに乗って下されば幸いです」

 

「ああそうなの?」

 

 岡沢先輩は、ちょっと面食らったようになって、それから――――

 

「……まあ、出ればいいんですよ、出れば」

 

 

 ――――とだけ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして同時刻。

 

 

 

 

 

 太平洋側のうるま市から小高い山を挟んで反対側にある東シナ海側の読谷村。

 

「よーし、止めろ」

 

 僅かなブレーキ音を響かせて八輪のタイヤが動きを止めた。残るのはエンジンのアイドリング音。青色の空の下では、どこか不釣り合いな深緑の塗装。

 

「第二小隊、配置完了。送れ」

 

『第二小隊配置完了了解、指示あるまで待機。終わり』

 

 インカムで報告を終えた小隊長は、愛用の双眼鏡を撫でながら息をついた。目の前に広がるのは海、海、ただ海。ここ沖縄はプレートの境目に出来た典型的な弧状列島だ、大陸からは数百キロ離れているわけで、しかもその大陸に知人がいるわけでもない。

 何が悲しくて海を眺めなければいけないのか。

 

「小隊長」

 

 と、声が聞こえた。インカムからではない。

 

「どうしたぁ?」

 

 小隊長が声をかけるのは自分の部下であり、この車両の運転手を務める陸軍軍人。戦車兵向けのバイザーが太陽に反射して少し光る。

 

「こんな湾岸にいたら、敵さんに撃てと言っているものじゃないですかね?」

 

 全くもってその通りだ。水際防衛とはよく言ったものだが、あれだって別に海岸で戦うという意味ではない。何にも隠れることなく部隊を展開させれば、まず巡航ミサイルやら航空攻撃で全滅してしまう……そのぐらい、上だって分かっているだろうに。

 

「上の命令だ、仕方ないだろう!」

 

 

 連隊長から話を聞かされたのは僅か十数分前のこと。なんでも、海軍の駆逐艦がやられたとかなんとか。やられた海軍の駆逐艦はつい最近派遣された第二機動艦隊の所属艦らしい。

 確かに最近急増する貨客船への破壊行為――破壊行為といっても、被害にあった船は全て沈んでしまっている――を防ぐべく、第二機動艦隊が派遣されたというニュースは聞いていた。聞いていたが……まさか返り討ちにされるとは。

 しかもそれが沖縄(こちら)に向かってきていると来た。駆逐艦も倒す水陸両用兵器とは全くもってバカバカしい話だが……もし本当なら大変な話だ。

 

 

「まあしかし、連中も我々の七十六式(ナナロク)には勝てんでしょう」

 

「当然だ。俺らはともかく、この車両は結構な値打ちだからな」

 

《隊長! それ死亡フラグ! 折って、今すぐ折って!》

 

 隣の車長から茶々が入る。まあ死亡フラグ云々は置いといて、小隊長は自身の率いる部隊、そして愛馬でもある七十六式(ナナロク)に自信を持っていた。

 この七十六式戦闘機動車の装備する105mm滑空砲。侵徹力でなら七十式戦車の120mmにも負けないし、道路整備が済んでいる沖縄であればこの八輪タイヤが叩き出す巡航100km/h超の快速を存分に生かすことができる。

 

 

 そして彼らにかけられた期待が、指示となって飛び込んできた。彼ら村役場前を担当する第二中隊の中隊長からだ。

 

『中隊長より全車両へ。連隊長より発砲許可が出た。弾種榴弾、装填』

 

 発砲許可は珍しいことではない。21世紀に入っても満露国境は緊張感に満ち溢れているし、21世紀が宥和と世界平和だけの時代でないことはこの20年で証明済みだ。

 

 それでも、沖縄という後方支援基地での発砲許可は、まあ気持ちのいいものではなかった。

 

「榴弾装填します!」

 

 装填手がデバイスを操作、自動化された機構が榴弾を砲身へと送り込む。

 

 

「……」

 

 次の瞬間、小隊長は息を飲んだ。

 

 海を濁らせるかのようにどす黒い色がにわかに広がり始める。知る者は船から漏れ出した黒い油が広がってゆく様子を思わせるものだが少し違う。それは海底を這うように広がっていくのだ。

 

 

『……これは訓練ではない。全力をもって、敵勢力を排除せよ』

 

 インカムからの声も重々しい。小隊長は再び双眼鏡を持ち上げ、そして双眼鏡を支える自分の手が震えていることに気づいた。

 何が来るというのだ。あれが……東側の新兵器というのか?

 

 

 刹那、にわかに海面が沸き、白い飛沫を上げながら黒色の『それ』が飛び出した。

 

 

「……」

 

『射撃開始。統合射撃システムに従い、順次対象を無力化する』

 

 それは一つではない、二つ三つ、数で数えられるものではない。姿は遠目に見てもおぞましい、そんな空気を纏っていた。

 

『――――()ぇ!』

 

「撃て!」

 

 車両が震える。巨大な真鍮製の薬莢に詰められた火薬の爆発ガスが15㎏越えの砲弾を押し出し、螺旋状の条線により高速回転を与えられ、そして飛び出す。空気抵抗で真っ赤に熱せられた塊。この車両から、そして周囲から一斉に『それ』へと飛びこんだ。

 


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