模倣の決号作戦   作:帝都造営

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「こちら那覇指令、現在時刻を持って避難指示発令されましたので、これより順次避難開始します。えー、ではこれより嘉手納駅周辺の列車より順次指示を出します。225D出れますか、どうぞ」
「はいこちら225D運転手ですどうぞ」
「現在位置と直通制限教えてください」
「えー、嘉手納駅まであと500m地点で充当禁止(サークルK)ですね」
「あ、はい了解です。では、そのまま嘉手納駅5番線入線してください。乗降終了後留置5番に送ってください。信号機使用停止扱いですので、手信号に従って運行してください」
「225D了解。ではこれより嘉手納駅5番線入線後留置5番入ります」
「では、出発してください」

17/7/17
設定の齟齬を直すために一部文章を変更しました。


事変で済まされた琉球
H34.3.1《X-244days》


 ――――西暦2022年3月1日。沖縄本島――――

 

 

 

 南国ならいくらでも存在する。だがいざ観光で南国に行こうとすると、なかなか多くの問題が立ちふさがる……それは時差であり為替であり言語であり疫病であり、せっかくの休暇を台無しにしかねないものばかり。

 だからこそこの沖縄という最南端の県は、もっと観光を前面に押し出していくべきなのだ。

 

 しかし現実として、沖縄の観光地化はあまり進んでいないのが実情だ。東西の宥和によって観光地化が加速するという話に胸を躍らせていた県民は、見事に裏切られたと言って良い。

 

 

 三月上旬というシーズンから外れた中途半端な平日。もちろん客が少ないことを見越した大手航空会社も便数を減らし、那覇空港のターミナルは閑散としていた。未だに国際線の就役が認められていない案内板の行き先欄には主要な国内線ハヴ空港だけが記載され、搭乗者向けの保安検査所では係員がヒマそうに手持ち型の金属探知機をパタパタ振る。

 

 と、到着口からばらばらと人影が出てきた。ほとんどがスーツ姿で、私服の人間も旅行者には見えない。

 そんなスーツ姿のひとりが、ポケットより携帯端末を取り出した。時代遅れなフューチャーフォン(みらいのでんわ)スマートフォン(かしこいでんわ)よりも長い起動時間を待ってから、キーを押して耳に押し当てる。

 

 

「……もしもし、岡沢です……はい、今那覇着です」

 

 地声より高いのであろう業務用の口調。電話の先は上司だろうか。

 

「……はい。分かっております。失礼します」

 

 それだけ言うとふたつ折りの携帯端末(フューチャーフォン)を閉じる彼、そして次の瞬間には表情を変える。その表情は憤怒だった。何かに当たりたくなったようで、そして当たる対象を発見できなかった右足が宙を切る。勢い余った靴先がどこかに持っていかれる感覚に苛立ちが二乗にでもなったのだろう、いつもと変わらぬ汚い言葉が彼の口を出た。この場所が空港という公共の施設であるがゆえに大声こそ出さないが……呪詛のように口からこぼれ出るその台詞は、まあ聞いていて気持ちのいいものではない。

 

「まあまあ先輩、そうカッカしても仕方ないですよ……それより、経費で沖縄に来れたって考えた方が楽しいですって」

 

 そう自分は岡沢先輩へと一応宥めの言葉をかけるが、そんなので収まるぐらいなら彼は初めから苛立ってなどいない。それどころか振り返った彼の怒りは二倍となり、その半分近くが自分へと矛先を変えていた。言葉を間違えたらしい。

 

「うるせえな、どうせ今回も商談は失敗するって分かってんだよ……」

 

 無能課長めと吐き捨てる先輩。残念ながらその課長は先輩の三期後輩だ。そんな課長がいないのをいいことに陰口を叩く先輩、どっちが無能かは火を見るより……いや、やめよう、自分まで陰口に汚染されてはお先真っ暗だ。

 そして、自分がそんなことを考えているなど夢にも思っていないであろう岡沢という名の男は携帯電話を弄ぶ。大人気ない乱暴な扱いだが、落とすようなヘマはしないのが彼らしいところだ。右手から左手へ携帯を強く投げれば、手のひらの皮を構成する物質たちとぶつか音がよく響く。

 

 結構お冠だなぁと感じた自分は、岡沢に見えないように顔をしかめ、それから笑顔を作って言う。確かに今回の商談が成功する可能性は低い。だがこんな先輩のせいで確率をゼロにされるのはゴメンだった。

 

「失敗するって分かっているのならさっさと全部終わらせましょう? そうしたら最後ぐらい観光できるかもしれないですよ」

 

「お前はポジティブでいいねぇ!」

 

 やってらんねと先輩。いったいどんな言葉をかければいいというのか。せめて別の人と一緒ならなぁとは思うが、ないものねだりで現状を変えることはできない。気付かれないように小さくため息。とりあえず話を変えることを選択する。

 

「それで先輩、ここからはどう向かうんですか? 今日の予定は名護でしたよね?」

 

 同じ便を降りた人の波は沖縄電気軌道へと向かっている。そして先輩もそちらの方へと向かっている。確かあれは那覇まで繋がっていたはずだから、そこから乗り換えだろうか。

 

「あぁ、午後三時だから……あと四時間ちかくあるんだよなぁ」

 

「それこそ那覇観光でもしていきましょうよ、首里城とか首里城とか」

 

 その実自分、沖縄に来ることを楽しみにしていたのである。国内旅行で南へ、というとついつい台湾を連想しがちであるが、日本人にとっての南国は太平洋の島々。いくらパスポートが簡単に取れて、北マリアナ共和国などのリゾート地に気軽に出かけられる時代とはいえど、やはり国内の南国と聞けば行きたくなってしまうものである。

 仕事とは言っても、多少雰囲気を楽しむだけなら怒られまい。

 

「ほんっとにポジティブだな、お前は」

 

 

 せめて別の人と一緒なら……そんな呟きも口から出そうだ。もちろん口にはしないが。

 

 

 

 

 

 とりあえず昼食だけは食べようと先輩を説得し、電気軌道の終着駅である那覇で降りる。駅前ロータリーはこぢんまりとしつつも綺麗で、車止めにシーサー風の彫り込みが為されているあたりなどから観光地としての努力が感じられる。

 

「んで? どうすんの」

 

「昼食にしましょう。自分、一度でいいから沖縄そばを食べてみたかったんですよ」

 

 どうするかなんて自分で考えろ。そうは思うが、しかし先輩のことなど知ったことではない。自分はとにかく携帯端末に意識を集中し、ここから一番近い沖縄そばへの道を検索する。観光ガイドもしてくれる高機能なバス・鉄道時刻表検索アプリがたたき出してくれた結果によると、十分も歩いたところに店があるらしい。評価も4と上々だ。

 先輩に見せると、ようやく楽しむ気になってくれたのだろうか、まだ無関心を装いつつも興味ありげに覗いてきた。

 

「んじゃあ、さっさと行こうか」

 

 

 そして自分は先輩を先導するように――もっとも、自分はアプリに先導されているのだが――歩いてゆく。広々とした車道と歩道。観光案内板が首里城の方向を指し示し、財布の紐を緩めようと土産屋の看板が奮戦する。

 

 と、そこで轟音を立てつつ進んでいく車列。観光地にあるまじき深緑の車体。

 

「自衛軍?」

 

 岡沢先輩は、なんでこんなところにと言わんばかりの口調でそう漏らす。もちろん沖縄なのだから軍用車がいるのは当たり前なのだが、なぜこんな市街地のど真ん中に走らせる必要があるのかという疑問は残る。

 

「さぁ、なんででしょうね……?」

 

 目的の店は次の角を曲がった先だった。

 

 

 

 

 

 青空。県営鉄道からの眺めは素晴らしいの一言に尽きる。それも湾岸に近づいてからは最高だ。幾度となく訪れる台風にも耐えられる堅牢な一階石造りの家々の向こうに広がる、澄んだ青い海。水平線で空と交じり合い、浮かぶ雲がアクセントになるキャンバス。時折通り過ぎるリゾートホテルの巨体が大変邪魔だが、なるほどこういった雰囲気が国内の旅行客を集めているのだと思い知らされる。優しく差し込む光と座席の底にて穏やかに脈動するエンジン音、そして枕木が奏でる音楽。昼ご飯直後ということもあり、うっかりすると眠ってしまいそうだ。

 

 自分も先輩も、ただ車窓から眺めていた。非電化の鉄道と聞いていたから田舎のもっとチャチな車両を思い描いていたものだが、車両の内装は案外に綺麗。東京での過密さを思えば、この一両編成が可愛いとも思えてくる。自分が沖縄に行くことを知った友人が、いやに県営鉄道を勧めてきた理由はこれなのかもしれない。

 

「立派な観光資源があるじゃないか……」

 

 国際線の就役が認められて、海外からも直接旅行客が来るようになれば大分変わるだろうに……などと、そんな考えても意味のないことを思った時。車内に甲高い、どこかヒステリックにも感じられる声が響いた。

 

「もう、おじいちゃん……閉めなくていいんですってば!」

 

 一体何ごとだろうか。そんな野次馬根性丸出しで声の方を見ると、陸側の席に座った高齢の方とご婦人が会話しているようだ。エンジンの駆動音のせいで全く聞き取れないが、おじいちゃんと呼ばれたのだろう老人が、こともあろうか窓から身を乗り出しているのはよく見えた。

 まるで何かを探すように手を動かすその横顔。焦りを帯びており、とてもじゃないが普通には見えなかった。口がパクパクと動き、何かに追われるかのように手を動かす。ワンマン運転のせいで対応できる車掌もいなく、他の乗客たちも互いに顔を見合わせている。

 

 と、隣の先輩も口を小さく動かした。

 

「え? なんです?」

 

 小声のつもりなのだろうが、騒音が五月蝿すぎて残念ながら聞き取れない。先輩は小声を諦めて普通に声を出して、それでようやく聞こえた。

 

「なんだ、あれ?」

 

 自分も同じ質問をしたい気分である。

 

「いや、分かりませんよ」

 

 なにか深い事情でもあるのだろうか。考えてみるが、全く思いつかない。と、老人の顔が絶望に染まる。そして大慌ててでしゃがみこむ……そう、まるで窓枠の外に天敵でもいるかのように。

 そして次の瞬間、窓の外の景色が変わる。先程までの住宅地が一変、なにもない平地へと……いや、これは平地なんかじゃない。ただの平地ならあんな風に数メートルはありそうな鉄柵があるわけない。

 

 

「だからおじいちゃん、要塞地帯はもう十年前になくなったんですってば!」

 

 

 要塞地帯。

 普段聞かない言葉に頭の回転が一瞬遅くなり、それから学生時代――そう、数年前のあの自分史史上最大にして唯一の輝かしき怠慢の時代――の記憶を引きずり出す。

 そこですぐに察しがついた。

 

「あぁ……嘉手納要塞地帯だ」

 

「嘉手納要塞、地帯?」

 

 自分は思い出したが、しかし先輩は分からなかったらしい。まあ先輩は理系だし仕方がない。

 

「ほら、日本最後の要塞地帯ですよ。2012年に廃止された」

 

「あ、あれか。財政再建で補助金減らすためにやった……」

 

「そう、それです」

 

 つまりこういうことだ。軍事機密、すなわち国家機密の塊である基地や飛行場は保護されなければならない。だからこの国には要塞地帯法という国内法が存在する。それはもちろん鉄道にも適用されるわけで、要塞地帯を通過するときは外が見えないよう窓を閉めなければならないのだ。きっとあの老人は、それに従っているつもりで、かと思ったら窓を覆い隠すための戸がない。なるほど混乱するわけだ。

 ……まあ当然、要塞地帯なんて考え方は旧世紀の遺物。はっきり言ってなんの意味もない政策――なんせ今は米国の秘密基地エリア51ですら衛星写真を撮られてしまう時代だ――である。だから今では要塞地帯の指定を受ける場所なんてどこにもないし、深い意味もなく継続されていた嘉手納要塞地帯がおかしいぐらいなのである。

 

 まあともかく、老人が車両から身を乗り出すという大変危険な状況も終わり、車内に平穏が訪れる。

 海の方へと視線を戻すが、残念ながらこっち側も基地になっている。資材の搬入に使われるのであろう殺風景なプラットホームを通り過ぎ、列車は基地内を通過していくと思われた――――

 

 

 

 ――――が、列車は急に止まる。進行方向に倒れるような感覚。列車に急な減速Gがかかったのだ。窓の外の景色が減速し始め、基地内でぴたりと止まってしまう。

 

「……ん。おい、なんで止まったんだよ」

 

 先輩が疑問符を浮かべる。まあどうせ車両間隔の調整だろう。そう思って口を開きかけると……モールス信号みたいな音が聞こえ、列車は動き出した。

 

「お、動き出した」

 

「よかったじゃないですか」

 

 ところが加速が続かない。列車は滑るように進むだけで、先程までの速度が出ない。するとスピーカーからノイズ混じりの声が聞こえてきた。先程まで間もなく嘉手納だと言っていたのと同じ声だ。

 

 

『えぇご乗車中のお客様にお知らせ致します。ただいま嘉手納線でございますが読谷駅における信号トラブルの影響により運転が出来ない状況となっております。この先この列車嘉手納止まりとなりまして、折り返し那覇方面の列車となりますのでご了承ください。この列車嘉手納止まりとなりまして那覇方面の列車となりますのでご了承ください』

 

 

 僅かな間。その内容を理解するのと同時に、隣の先輩の空気がすっと冷える。

 

「折り返しだァ……?」

 

「先輩、落ち着きましょう」

 

 自分は咄嗟に腕時計を確認、まだ午後一時半を回ったばかりだ。

 

「大丈夫、まだ全然時間あります。振替輸送でいきましょう?」

 

 鉄道が止まれば振替輸送が始まるはずである。あと一時間半もあるわけだし、どう考えたって間に合うはずだ。けれど念のためカーナビから乗換検索まで万能の交通アプリを起動するべくスマホを取り出す。ロックの解除キーは1145。慣れた手つきで入力すると、先程まで開いていたSNS短文投稿サイトが表示された。

 

 

『沖縄県営鉄道公式:現在嘉手納線は信号トラブルの影響で運転を見合わせています。順次、嘉手納~那覇間で運転を再開いたします』

『キハ07S:@kentetu 今日県鉄トラブル多くない?』

『嘉手納BT:読谷駅信号故障とか笑う』

『なごてつ:は?せっかくキハ07嘉手納線運用入ったのにマジなんなの』

 

 

「あー……先輩、これ見てくださいよ」

 

「ん?」

 

 先輩も自分のスマホを覗き込んで、それから顔を歪めた。

 

「えなに、朝からなん?」

 

「みたいですね……」

 

 そんな会話をする間に列車は嘉手納駅へと滑り込んでいく。どうやら本当に信号が壊れているらしく、駅員がホーム上で緑色の手旗を振っていた。

 

 

 

 

 

 折り返しとなれば仕方がない。嘉手納駅にて県営鉄道を降りると駅前からでも見える自衛空軍嘉手納基地のゲート。車止めの手前に銃を構えた兵士が佇み、車道にはみ出さんばかりの様子で機動装甲車が待機している。やけに物々しい警備だが……まあ嘉手納といえばアジア一の国際航空基地とも言われる重要な場所だ。仕方がないのかもしれない。

 

「で? これからどうするんだ? お得意のスマホで調べたまえよ」

 

 紙くずとなってしまった切符を握り締めつつ岡沢先輩は自分に言う。ガラケーを未だにフューチャーフォンと呼んで憚らないこの人。スマホを持たないのはこういった仕事を他人に押し付けるためではないのだろうかとすら思ってしまうが……文句なんて言っていられない。

 

「ええっと……このまま那覇に戻ってのうるま線乗り換えだと間に合わなさそうですね」

 

「はぁ? あと一時間以上もあるぞ、どうなってるんだ?」

 

「いや、なんか接続悪いみたいで……平日昼なんで本数少ないっぽいですね」

 

 どうやら間に合いなさそうである。その旨を伝えようとすると、岡沢先輩は最後まで聞かずにスタスタ歩きだした。なんなのかと追いかけると、先輩は手を大きく振り上げる。いつもの奇行……ではなく、タクシーを止めたのだ。

 

「ならタクシーだ、それしかない」

 

 うちの会社でこういう場合のタクシー代が経費で落ちるかは怪しいものだが……まあ先輩に払ってもらうことにしよう。そんな自分の考えを知らないであろう先輩は、停車と同時に開いていた後部ドアからするりと入り込んだ。自分も続く。

 

「名護に行ってください」

 

「名護? 名護ならそこの県営に乗ればいいじゃないですか? そちらの方が早く着くはずですよ?」

 

 先輩がそう告げると、振り返った運転手はやはりというべきか怪訝な顔をする。

 

「いやそれが、信号トラブルで止まってて……どのくらいかかります?」

 

「まあ、三十分もあれば」

 

「ではお願いします。あぁそうだ祖谷原、お前も半分払えよ」

 

 先輩が唐突にそう告げたのはタクシーが走り出して……そう、メーターが回り始めてからだった。

 

「えぇ?」

 

「当たりめえだろうが、お前と俺で二人分。なんで俺だけが払わなきゃならん」

 

 これはいくらなんでもないだろう。これまでも散々な人間であったが、そもそもこの信号トラブルに引っかかるような時間まで遅れたのは先輩がなんだかんだ言いながら那覇観光をしたせいじゃあなかったか。自分は沖縄そばを食べようとはいったが、そっから先は先輩が勝手にギリギリまで詰め込んだ遊びだったはずだ。

 

 急に緊迫し、互いに牽制しあうような目配せをする先輩と自分。

 

「あー……お客さん。お取り込み中のことろ悪いんですけど、読谷村方面通行止めみたいなんで沖縄市経由でいきますね。混み具合によっては四十分かかりますが……大丈夫ですか」

 

 時間的には何ら問題ないだろう。だがこの時、自分は先輩には思いつけないことを思いついていた。

 

「運転手さん、なら一番早いうるま線の駅までお願いします」

 

「となると……嘉手納基地東駅かね」

 

「ではそこで」

「おい祖谷原、なに勝手に決めてるんだ。名護に行かなくてどーする」

 

 予想通り食いついてくる先輩。出張先の交通手段ぐらい少しは調べておけというものだ。

 

「先輩。沖縄東海岸には県営鉄道のうるま線が走ってるんですよ、時間的には間に合いますし、タクシー代が安く済むに越したことはないでしょう」

 

「……確かにそうだが」

 

 それだけで呆気なく終わる反論。車内は沈黙に包まれる。この沈黙が先輩にとってどれほど悔しいものか、それが愉快になるほど伝わってきた。

 

 と、タクシーのフロントガラスの向こうをさっき那覇で見たのと同じ色の深緑が対向車線を通り過ぎていく。

 

「あぁ、気になります?」

 

「え? はあ、まあ……」

 

 思ったよりも長い車列を眺めている自分に気づいたのであろう。運転手さんはさも楽しそうに話しかけてきた。

 

「いやまあ別にね、ここらは基地多いんで普通のことなんですけども。今日はやけに多くてね」

 

満州国防軍(まんしゅう)との演習の関係ですか」

 

「いや、そういう訳でもないと思いますよー、今日に限ってのことですし」

 

 自衛軍と満州国防軍による合同演習が沖縄にて行われるとの報道があったはずだからそのように考えて口に出してみるが、運転手の反応はイマイチ。まあ観光タクシーの運転手が事情を知っているのもおかしな話なので、この話はこれで終わりだ。

 タクシーは嘉手納基地沿いに続く道路を走っていく。窓から見た景色はただの住宅地だが、このすぐ向こうには基地とその外を隔てるさっきみたいな柵が延々と続いている……そう考えれば、かつての嘉手納要塞地帯とこの町。それらがあまりに不思議で微妙な関係の元に成り立っているのだと感じることができる。

 

 もっとも自分の隣にふんぞり返る岡沢先輩(このひと)は、そんなこと考えもしないのだろうが……。

 

 

 と、その時だった。窓の外の住宅。その向こうから、起き上がる巨大な影。

 

 

「ファッ!?」

 

 先輩の前だというのにアレな言葉を使ってしまった自分をどうして責められよう。目の前では解明しきれたわけではない空力を華麗に利用してグングン持ち上げっていく真っ黒な要塞。側面にはその黒に映えるよう真っ白な文字で「日本国自衛空軍(Japan Self Defense Air Force)」の文字列が刻まれ、白縁に真っ赤な日本のマークが鈍く光る。

 

「なんだあの爆撃機? あれか、富嶽か!」

 

 隣で興奮気味に口走るのは岡沢先輩だ。その言葉を聞いた自分の中にいつもの優越感が生まれ、少しだけ落ち着くことができた。もし先輩がいなかったら、自分はこの悪魔の如き飛翔体に圧倒されたままことだっただろう。

 

「違います、あれはB-52。富嶽は半世紀以上前に開発中止されてますよ」

 

「あ、そなの?」

 

 そんな先輩の言葉を気にかけず。そのストラトフォートレス(成層圏の要塞)は飛び上がっていく。二機セットで房のようにぶら下げられたエンジンが見えた。あれがB-52には四セット、八機のジェットエンジンで空を翔るのである。

 

「あ、二機目」

 

 岡沢先輩がポツリと漏らす。慌てて見やると、住宅地からもう一機のB-52が浮遊を開始したところだった。息もつかせず続いて三機目。タクシーの窓に顔を押し付けるようにして空を見上げれば、まるで一つの筋のようにB-52が上がっていた。さながら鈍重な空飛ぶ要塞線だ。

 

 

「……なんでB-52があんなに複数?」

 

 訓練か何かなのだろうか。しかし自分も所詮は一般人。一体どんな事情があるのかなど、当然知りうるはずもない。

 

 ともかくタクシーは走っていく。目指す先は――――沖縄市だ。

 


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