01
その光景を目にした時思ったことは、凄いとか、見惚れてしまったとかではなく、「あ、これ見つかったら死ぬわ」だった。
「全くもってお人よしですよね~、士郎さんって」
硬く絞った雑巾を持ち、せっせと弓道場の床を拭いていた士郎に声がかかる。友人からの頼みを、嫌がるそぶりも見せずに聞き入れた士郎に、声の主は少なからず憤りを覚えているようだ。
「大体にして、あの人も酷いことしますよね。士郎さんは、か・わ・い・い女の子なんですから。それなのに、まるで男の子の友達に雑用を押し付けるように言うとは。いやぁ、人間性根が腐ってはいけませんね。あーゆー風な人間にはなっちゃだめですよ、士郎さん」
「ルビーさっきからうるさいぞ。というか、今日はシャーロックホームズの再放送だから、さっさと家に帰るんじゃなかったのか? 俺を待たずに帰っていいんだぞ、別に」
士郎の耳元30㎝から離れようとせずにずっと浮いたままでいるステッキ。そう、ステッキだ。いわゆる魔法少女ものアニメで、ヒロインが振り回すアレ。契約したマスターとは一心同体だと言い張る彼女は、士郎が行く場所どこにでもついてくる。手足は無いため、ただ士郎の作業を邪魔するように話しかけ続けるルビーに迷惑そうな視線を向けた。
士郎の言葉に、ルビーは体を大きくくの字に曲げてため息をつく。人間であればアメリカ人張りに大げさに肩をすくめているだろうと想像できる。
「士郎さんが、そんなに私に一人で帰ってほしいなら、一人で帰ってもいいですけど。『怪奇! ひとりでに浮きながら、武家屋敷へと帰るおもちゃのステッキ!』なんていう都市伝説が冬木市に蔓延して、子供が怖くて夜眠れなくなってしまったら、それは士郎さんのせいですよね~。あれ~、いいのかな? 正義の味方になろうとしている人が、そんなのでいいのかなぁ?」
すでに弓道場を掃除し始めてから一時間は軽く超えている。日は沈み、夜がやってくる。ルビーの煽り文句を黙って聞きながら、そろそろ切り上げようか、と士郎は思っていた。友人である慎二に頼まれた、弓道場の掃除もほとんど終わった。
「帰ろう、ルビー」
雑巾を洗うために水道まで行く。自分の横で文句しか言っていなかったルビーは、蛇のように体をくねらせて蛇口をひねってくれる。
「ありがとう」
「もっと感謝してください。というか、ここの水道って冷水しか出ないじゃないですか。女の子が、冷えた場所で冷水で雑巾洗うとか信じられませんよ。ただでさえ冬で、手が乾燥しやすいっていうのに。指先真っ赤ですよ。ハンドクリーム、持ってますか、今日」
「置いてきたかも」
母親のように小言を言い続けるルビー。はいはい、と軽き聞き流しながら、元にあった場所に雑巾を戻す。鞄を持つと、ふよふよと浮いていたルビーは鞄の中に全身を突っ込む。士郎と出かける時に鞄の中に入るのは、デフォだったりする。
弓道場を後にし、外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。弓道場は雑木林に囲まれ、一層暗さが押し出されている。早くここから出て、家に帰ろう。そう考え、校門に向けて歩き出した時だ。
金属と金属がぶつかり合ったような、高い音。一度、二度、音はどんどんと重ねられていく。鞄の中のルビーもひょっこりと頭を出した。
「校庭ですかね? 誰が何やってんだか。見に行くんでしょう、士郎さん」
ルビーの言葉に頷き、なるべく音を立てないようにひっそりと歩いていく。フェンスの後ろから、士郎はそれを目にした。
青い何かと赤い何か。その二つはぶつかり合い、弾き、また襲い掛かる。あぁ、戦っているのだとしばらく見つめていて気が付いた。目を凝らしていると、ぶつかり合う二つは人の形をしていることに気が付く。いや、全く持って笑えない。人間は、あんな風に宙に浮かない。人間は、あんな風に地面に亀裂を入れたりはしない。
「何だよ……これ……」
士郎はすっかり目を奪われていた。じっと見ていれば、段々と戦闘を行っている人物の詳細が分かり始める。
青い方が使っているのは、長く赤いもの。恐らく槍だろう。空を駈ける流星のような体運びから繰り出される、とてつもないスピードの突き。赤と青の光は、冬の空に浮かぶオリオン座の二つの一等星のようだ。
そして、次にもう一人の赤い男。彼を猛スピードで襲う槍を、その手に握る双剣で防ぎ続ける。防戦一方だというのに、余裕すら感じさせて槍を弾いていく。守りでは負ける要素が無いとでも言いたげに。
二人は止まらない。恐らくどちらかが倒れ、動かなくなるまでこの戦いは終わらないのだろう。
二人は一度距離を置き、互いの武器を持ち直す。先に動いたのは、青い男のほうだった。自らの獲物を構えた時。冷水を掛けられたような錯覚に陥る。赤い槍に注がれていく魔力。槍と男から溢れていく威圧感。そしてそこに感じるのは、紛れもない「死」。
士郎の中に駆け巡ったのは、逃げるという選択肢だった。何とかして気づかれる前にここを去る。そう思って、音を立てないように慎重に後ろに下がろうとすると。
「これは、いけませんね、マスター。この冬木の平和を脅かす悪の存在発見です。正義の執行者として、がんつんと暴れちゃいましょう!」
ぴょこんとカバンの中から出てきたルビー。テンション高めに絡んでくる彼女の声が、しんとしていた校庭に響いた。だが、そんなことよりも、彼女の言った暴れるという言葉の真の意味に気が付き、士郎は叫ぶ。
「無理無理無理! 絶対に嫌だからな!!」
はっと気が付いた時にはすでに遅し。
「誰だ?!」
鋭い声が聞こえ、槍に注がれていた魔力が霧散するのを感じた。そして、その魔力の塊が自分に向かってくることも。
「ぎゃあ、見つかった!!」
「な、何してるんですか士郎さん。さっさと、とんずらしますよ!」
逃げよう。あんな人間離れした、というかもうあれは人間じゃない。あれ相手にどうにかできる力は自分には無い。ただ無心になって走っていると、何故だか校門ではなく校舎のほうに向かって走っている自分。
あ、これは完全に……。
「ねぇ、士郎さん、士郎さん。相手は後ろから私たちを追ってるのに、何で校舎に入ったんですか? 後ろから殺気がびゅんびゅんと飛んでくるのをルビーちゃん感じますよ?」
「俺も、失敗だったって思ってるよ!!」
だがもう逃げ道は、校舎の中にしか残っていない。階段を駆け上がる士郎に、ルビーは並走しながら話しかける。
「あの巨大な魔力と、ふざけた格好。どう考えても、マスターの通常形態でどうにかなる相手じゃないですよ? どうします? こうします?」
「それは、最後の奥の手だっていっつも言ってるだろ! それに、さっき校庭にいたのが学校関係者だったら、俺死ねる」
彼女の言う、暴れるや、こうする、という意味が分かっている以上頷くわけにはいかない。多くの人が行きかう新都ならまだしも、自分の見知ったこの学校という場所であの格好をするのは出来れば避けたい。登校するたびに、この日のことを思い出して、どうしようもない気持ちになる。
「鬼ごっこは終いか、坊主」
その声で一瞬にして現実に戻される。
「随分と遠くまで逃げたみたいだが……まぁ、運が悪かったな」
弾かれたように振り返ると、そこに立っていたのは青い槍使い。男は心底やりたくない、とでも言いたげな顔を見せるとこちらに歩み寄ろうとする。男の目は赤い。まるで、血を求めて荒野を彷徨う肉食獣のようだ。
「何してるんですか?! ほら、士郎さん早くして下さい。殺されちゃいますよ!!」
一瞬、男の瞳に意識を奪われていた自分を、ルビーが叱咤することで取り戻す。先ほどからのスピードを考えれば、この男が自分を殺すまで1秒とかからないだろう。ここで殺されるつもりはない。士郎はルビーの持ち手を掴み、自分の前に構えた。
「
非常灯の明かりのみが照らしていた廊下は、ステッキから放たれる光の渦によって昼間のように光り輝いた。
「何だっ?!」
予想もしていなかった、獲物の反撃に男は竦んでいた。そしてその光が晴れた時。
「冬木に住まう悪を絶つ、愛と正義の執行者。その名も魔法少女、マジカル☆エミィ!! ぴちぴち青タイツの不審人物、正義の鉄槌をお受けなさい!」
茶色いイヌ耳と尻尾を生やし、白とオレンジの衣装に包まれた一人の少女が立っていた。
「…………」
目を丸くして、目の前に立つ少女を頭の先からつま先までじっくりと見つめる。自分が追っていたはずの、男子生徒の姿はどこにも無く。赤茶色の長い髪を揺らし、ちょっとアレな格好をしている少女がいるだけだ。
「お前、さっきの坊主か?」
ひとしきり考えた後に男が口にしたのは、それだった。少女はくるりと一回転して見せ、男にウィンクを贈る。回った瞬間に、ふんわりスカートが持ち上がり、中のパニエが見えたことは黙っておく。
「あなたがそう思うのなら、そうなのだわ。私は、マジカル☆エミィ。それだけなのだわ――!!」
少女は廊下の床を蹴って、男との距離を詰める。先ほどまで自分から逃げるのに精いっぱいだった少年とは全く違う動き。気を抜いていたわけでは無いが、そのギャップに男はもろにステッキの一撃を受けてしまう。
「ぐっ……」
容赦なく男の脳天に振り下ろされたステッキ。見た目はプラスチックなのだが、ルビーはものすごく硬い。一瞬視界がホワイトアウトしたが、すぐに臨戦体制に戻る。だが、少女の次の一撃は打撃では無く、遠距離から発射された魔力の砲弾だった。
"Nihil est miserum nisi cum putes.”
偽タイガー道場
師匠:士郎が! 士郎が! 遠坂さんみたいな色物キャラに!?
弟子1号:作者はタイころやってたから、そこのマジカルルビーやマジカルアンバー、ファンタズムーン、マジカル紙袋のセリフを元にして、士郎の決め台詞を考えたらしいわね。
師匠:そういえば、気になったんだけど、何でランサーさんは士郎を「坊主」って呼ぶのかしら? 士郎、女の子になったんじゃないの?
ルビー:呼ばれて飛び出て、ルビーちゃん! 皆さんの疑問にお答えする、教えてくださいルビー様!のコーナーがやってきましたね!
弟子1号:うわぁ、呼んでないのに来たわ、このステッキ……
ルビー:確かに、士郎さんは身も、心は聖杯戦争やってるうちに女の子なのですが、とある事情から、この時青い犬さんには、男の子に見えているのです。詳しい内容は次回!
それでは、さよーなら!
師匠:特に解決もせずに終わらせた!
弟子1号:まぁ、お姉ちゃんとしてみると、士郎が傷物にならなくて良かったかなー。ランサーに一度殺されるのがFateのセオリーみたいになってるけど、一回くらい刺されないオープニングがあってもいいもの
師匠:まぁ、女の子だもんね
弟子1号:そうそう。女の子の士郎を傷つけていいのは、私だけだもの。
師匠:うんうn……ハイ?
弟子1号:だって、女の子になった、ってことはまだ(禁則事項です)ってことで。これからお姉ちゃんが(不適切な表現が使われております)してあげるってことよね。
師匠:ひええええ、残虐ロリっ子から、ヤンデレロリっ子に?! ヤンデレは、桜ちゃんの特権よぅ~。とりあえず、今回も読んでくださってありがとうございます。次回もよろしければどうぞ、お読みください!