Be with you!   作:冥華

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くすくすという笑い声が二人のみの校庭に響く。少女を睨みつけ、地を這うような声でアーチャーは言う。

「衞宮士郎ではないな」

少女の頭の先からつま先まで。十分観察することで導き出した答えがそれだった。衛宮士郎は目の前の少女のように、他人に魅せるように歪んだ笑みを浮かべたりはしない。

少女は驚く素振りは全く見せずに、彼の言葉をさらりと笑顔で肯定する。

「えぇ。さすが、アーチャーさんです」

よくできました、というようにぱちぱちとまばらな拍手を返す。

「ですが、外側が衞宮士郎である限り、内側に潜む存在が何であれ、私は衞宮士郎だということが出来る。そうは思いませんか?」

自分は衛宮士郎ではないと言っておきながら、衛宮士郎の形をしていれば同一の存在だという。矛盾する言葉を、本来であるならば否定するのが正しいのかもしれない。

だが、アーチャーにとっては違った。中身が違ったとしても、目の前の存在が衛宮士郎と名乗るのであれば。

「そうか。貴様が衞宮士郎だというのであれば、私は何の問題もなくこの剣を振るえるというものだ」

そこに、剣を取る理由、戦いに身を投げる理由、彼女を殺す理由が存在するのだから。

にやりと口元が歪むのが分かる。一度目はまだこの少女が誰なのか分からずに戦闘を行い、二度目の機会はあのへんてこなステッキの力で邪魔をされた。三度目の正直、ここで己の目的を果たす。アーチャーの手には干将莫邪、陰と陽を司る中華剣が握られていた。

彼が完全に武装をしたのを確認し、彼女も自分の獲物を手にした。

「士郎さんに与えている中途半端な力じゃない。本当の魔法少女の力をお見せしましょう、アーチャーさん」

彼女の手に現れたのは、一本の竹箒。チアに用いる時のバトンのようにくるくると回していたかと思うと、持ち手の先をアーチャーに向けた。

まさかこの竹箒が彼女の武器ではないだろうと思い、本当の武器が現れるのを待つ。だがしかし、いつまで経ってもそれ以上の物は出てこない。

「まさか、それでサーヴァントである私と戦う気か?」

魔力も何も帯びていないただの竹箒。持ち手の部分を振り回せば、痴漢くらいは撃退できるかもしれない。しかし、彼女の今の相手はサーヴァント、規格外の英霊だ。

アーチャーの最もな言いぶりに、彼女はウィンクを返した。

「せっかちですねぇ、アーチャーさん。まぁ見ててくださいって。ケミカル、マジカル、メディカル!」

箒を振り上げ、魔法の呪文的な何かを唱える。

すると、あら不思議。

たちまち彼女の前に、不気味な色の液体が中に入っている注射器が十数本現れた。

強制魔術注射(カレイド・ドラッグ)! いっちゃいましょう!」

行け、というように箒を振り下ろす。狙いはもちろん目の前のアーチャー。彼はカラフルな注射器をばっさばっさと切り落としていく。謎の液体に自分が触れることの無いように、最新の注意を払いながらだ。最後の一つを叩き割り、彼女の動きは終わりかと思うと。箒の持ち手を引き抜き、彼女はアーチャーに斬りかかった。

しっかりと見えた銀の鉛の刃。剣が触れあう金属音もあり、これが本物だと分かる。ぎりっと押し合うが、すぐに彼女は剣を離してしまう。

その行動に僅かに違和感を覚え、夜の校庭で魔法少女の姿となった士郎との戦いのことをアーチャーは思い出していた。あの時の彼女は、ステッキを使って全力でぶつかってきていた。彼女のいきなりの登場に驚いていたこともあるが、あの時押していたのは士郎だった。しかし、今は違う。仕込み刀を振るった彼女の力は、見かけと変わらないほどの腕力でしかなかった。接近戦に優れているアーチャーが、彼女に負けることはまずないだろう。

それを分かっていてか、彼女はふぅとため息をつく。

「エミィさんの時のように全身を強化できてるわけじゃないですから、些か分が悪いですねぇ。魔術戦では負ける気はしないんですが、この至近距離だとどうにも……」

そう言いながら仕込み刀の僅かに刃こぼれした部分をすぐに直している。分が悪いと分かっていても、接近戦を止めるつもりはないらしい。

「衞宮士郎のあのふざけた魔法少女の姿と、今の貴様は違うということか」

彼女の言葉で、今の存在が魔法少女である時の産物ではなく、全く別のものだと分かる。似たような波長があることはあるのだが。アーチャーの考察に彼女は頷く。

「えぇ。あれは、姿やあり方はぶっ飛んではいますが、士郎さん自身。彼女の理想の一部です。彼女を形作る、本物ですよ」

魔法少女が衛宮士郎の理想。

いくら彼女が女性としてここ数年を生きてきたとしても、容認できるような姿や性格をしていないアレ。アーチャーは首を横に振って一蹴する。

「衞宮士郎にあのような願望があるだと? 信じられんな」

「あらあら。あの姿だって、立派な正義の味方じゃないですか。私は好きですよ、あんな風に自分に正直になってる士郎さんのこと」

アーチャーと戦っていた時とは違う、心からの微笑み。愛するモノに向けるようなそれは、今の彼女が巣食う少女への物だ。

すぐにその笑みを消すと、彼の言動から感じ得たことを口にしていく。

「いえ、それにしても可笑しいですねぇ、アーチャーさん。あなたは凛さんに召喚されたサーヴァントに過ぎないのでしょう? そんな言い方じゃ、士郎さんのことをよーく知っている。まるで……」

続く言葉を聞くつもりは無い。

態度で示し、アーチャーは双剣を振りかざす。彼女も再び無数の注射器を出現させ両者がぶつかり合うかと思われた時。

 

「そこまで――! アーチャー、ストップ。一旦ストーップ!」

 

自らのマスターの声にアーチャーは仕方なく動きを止めた。彼が特に逆らう素振りを見せなかったため、凛の手の令呪が二画目の輝きを失うことは無かった。

校舎の入り口から全力疾走してきた凛は、息を乱しながらアーチャーと士郎の間に割って入った。

「何だねマスター。戦いに水を差すとは、随分と無粋な真似をする。君は私に、衛宮士郎を校舎で取り逃がした場合はよろしく頼む、と言っていなかったか?」

つい数十分前の会話を蒸し返され、うっと言葉に詰まる凛。しかし、すぐに勢いを取り戻してアーチャーと士郎二人に命令口調で言う。

「やめよ、やめ! とりあえず、アーチャーは剣をしまうの。衞宮さん、あなたもその変な箒、しまいなさい。仕込み刀の竹箒とか、危険極まりないもの学校に持って来ないの!」

凛の言葉に素直に従うアーチャー。ここで躊躇して彼女に令呪を使われるのは、これからの戦略的にもよろしくない。

対する士郎は、がくりと膝から力が抜けてしまい、地面についていた。

「ん……、あ、れ……」

アーチャーに剣を向けられていたのははっきりと覚えているが、それから後、凛に声をかけられるまでの記憶が若干曖昧だ。

何も言わなくなってしまった士郎を凛が心配そうにのぞき込む。

「ちょっと、大丈夫? アーチャーと戦って、英霊の気に当てられた?」

「ううん、大丈夫。立ち眩みしただけで……」

それ以外は何もないと答え、すぐに立ちあがろうとする。しかし、上手く力が入らず腰を下ろしたままだ。

「もー。士郎さんったら、そんなんで大丈夫ですか〜?」

貧弱キャラは別の主人公、と言いながらふよふよとルビーが寄ってきた。

「朝ぶり、だな。ルビー」

「えぇ。今日のことは、士郎さんが家を出る前に、私がちゃんとカバンの中に入っているか確認しておけば起きなかったはずですよ」

自分が凛に回収されたことは端に置いて、とりあえず士郎をディスってみとくのが彼女のスタイルだ。

「凛さんに私、あんなことや、こんなことされて……もう、お嫁に行けません……」

およよよ、と顔を羽で隠しながら言ったルビーに、凛は必死にツッコミを入れる。

「誤解を生むようなこと言わないでくれる?! アンタが何で出来てるか解析しただけじゃない!」

「結局分からなかったみたいでしたよね~。私の中身」

「う、うるさい! 分かんないものは、分かんないんだからいいのよ! 士郎の魔術礼装のアンタは、よく分かんないもので出来てて、よく分かんない魔術理論が使われてるってことが分かったの。つまり、私には手の負えないもの。近づかぬが吉って」

何も収穫が無かったわけでは無い、と強く主張する凛。またまた~と彼女をおちょくるルビーを苦笑いしながら士郎は見ていた。先ほどまでの戦いの気配はなりを潜め、穏やかな空気に変わっていた。

 

どこかで。

キラリと何かが光った。

どこから。

ともなく。

鎖につながれたそれは。

真っ直ぐに彼女を貫こうとして。

それに気が付いた時。

 

「遠坂、危ないっ!!」

 

士郎は手を伸ばした。

 

校庭の地面にぽたぽたと落ちる血。士郎の手を貫いた武器は、僅かに形を見せるとすぐに霧散してしまった。

「ぐっ……ぅ」

痛みが脳を支配する。

悲鳴を上げてしまいそうだったのを堪えて、唇を強く噛みしめた。

苦しげに息を吐いて、士郎は自分の右腕を見た。制服のブラウスの袖は、白い色は見る影もなく真紅に染まる。

傷口が熱い。

体から抜けていく血で体温が下がる。

むせ返る鉄錆の匂いが、過去の一時点を思い出させる。

ぞくぞくと背中を駆ける悪寒が、身の危険を教えてくれているのだろう。

だが、そんなことはどうでもいい。

士郎はゆらりと立ち上がる。

「ちょ、ちょっと何してるの。ううん、そんなことより、血が。血がそんなに出てて、い、痛くないの!?」

彼女が前に一歩足を進めたのを見て、凛は混乱気味に叫んだ。

あぁ、確かに自分の脳は痛みを理解している。

「……痛いよ。すごく痛い」

でも、それよりもすることが自分にはある。

「ルビー、行こう」

使い物にならない右手はそのまま。左手でステッキを掴み、鉄の光が見えた林の中へ走り出した。

一人先に行ってしまった士郎に、凛は声をかけて追いかけようとする。

「ま、待ちなさいっ……て……」

しかし、目の前に広がるおびただしい血だまりを前にして、凛はすぐに立ち上がることは出来なかった。

 

地面に染み込んでいく衛宮士郎の流した血。凛はそれを見つめながら、自分の横に立つ存在にぽつりと問いかける。

「アーチャー、どうして今の攻撃を見逃したの? 分からなかったわけじゃないでしょう」

彼のマスターである凛に向けて放たれた攻撃。それをアーチャーは弾くことなく見過ごそうとした。あの一撃が当たって入れば、凛もただではすまない怪我を負っていたかもしれない。

「目の前にサーヴァントと渡り合う力を持った、おかしな魔法少女がいてね。彼女がいつマスターに牙を剥くかと思うと、そちらに意識を持っていかれたということだ」

彼女の問いかけからするりと抜けだすように並べられた、かりそめの返答。凛は強く首を横に振る。

「違う。アーチャー、あなたは、あの子が私を庇うことが分かってたから動かなかった。あの子が身を呈して、私を守る行動すると分かっていたから」

だから見過ごしたのだ。

凛から非難の籠った視線を向けられるも、彼はゆっくりと否定する。

「考えすぎだ、マスター」

その言葉を信じたい。

だが、なぜだか自分の口から出てしまった考えが、思いもしないくらいしっくりきている気がしていた。

まるでこの英霊は、衛宮士郎という少女をずっと昔から知っているように。

辺りに充満する血の香りで、凛は我に返る。自分をかばった少女は、姿が見えない敵に立ち向かっていった。助けられた自分が成すことはもう決まっている。

 

腕から滴る血の雫は止まることを知らない。おとぎ話のヘンゼルとグレーテルの道しるべのように、校庭からここまでの道は血で描かれているはずだ。

林の中に充満する殺気。

ガンガンと痛む頭は、血が足りていないと士郎に言っていた。それを無視するように士郎は右手で握りしめたルビーに囁く。

「変身は……」

出来るか、と聞く前に彼女の大きなため息が聞こえる。

「その腕の傷があるのに、よくそんなこと考え付きますねぇ。生命力を枯渇させる気ですか」

「やっぱりそうだよな」

変身が出来ないのなら、セイバーを呼ぶべきか。浮かんだ考えを打ち消した。聖杯戦争は序盤。これから彼女の力が必要になる時が訪れるだろう。いくら自分の身が危険だと言っても、これに首を突っ込んだのは自分自身だ。

士郎は姿を現さないサーヴァントを、ルビーで迎え撃つことを決めた。

「驚きました。あなたは令呪を使わないのですね」

しんとした林に響き渡る、聞きなれない女性の声。この声の主こそ、先ほど凛に向けて武器を放った存在。聖杯戦争に関わるサーヴァントなのだと理解する。

「この戦闘は、私もセイバーも望んだものじゃない。彼女の手を煩わせるわけにはいかないから」

しっかりとした士郎の言葉に、一瞬声の主は息を飲んだ。このようなマスターも存在するのだと。

「……私のマスターとは随分と違う。あなたは勇敢です。しかしーー」

一陣の風が吹いた。

次の瞬間。士郎の前には、目を隠し、長髪を優雅にうねらせた女戦士の姿があった。身を引こうと思った時にはもう遅い。唇が触れあいそうなほどの近距離。妖艶な笑みを口元に浮かべた彼女が、士郎の耳元に囁きかける。

「勇敢と無謀というのは別でしょうに」

「っ…………ぁ、あああっ?!」

傷を負った右手を捻りあげられ、耐えていた悲鳴が口から迸る。ステッキは叩き落とされ、木の幹へと体は叩きつけられた。

「あ、ぅ……」

痛い。

苦しい。

息が止まりそうなほど辛い。

「貴女は、私が優しく殺してあげます」

サーヴァントの声が遠くに聞こえる。士郎の意識は混濁を始めていた。無防備にさらされた少女の白いうなじ。そこに蛇の牙が突き立てられようとするが。

「!」

風を斬って進む無数の矢の音が聞こえた。士郎に寄り添っていたサーヴァントを狙った弓筋は、一つも彼女自身を傷つけることなく進んでいく。弓兵の矢を避けるために彼女から離れたサーヴァント。

地面にずるりと膝をつきそうになった彼女を、赤の弓兵が抱き抱えていた。

「どう、して?」

先ほどまで敵として対峙していた彼が何故。士郎の最もな問いに、アーチャーは簡潔に答える。

「私のマスターからの命令でね」

ほら、と言われて彼の指さす方を見ると、そこには魔術刻印に十分な魔力を通した凛の姿があった。

木の枝に降り立っていたサーヴァントに向けて彼女の術が放たれる。

「ガンド乱れ打ち!!」

ガトリング並の威力を持った彼女のガンド。アーチャーに続けて遠距離からの攻撃を受けた女戦士は、鎖を翻し、姿を影に溶かして霊体化していった。

「くっそ、逃したっ!!」

忌々しげに言い放つ凛。どうせなら、アーチャーに仕留めてもらえたら、などと思っていたが、そう上手くは行かないようだ。

凛の姿を見ていた士郎は、彼女に見惚れていた。自分を助けに来てくれた彼女の姿が、あまりにも強く美しく見え。やはり、敵と言われたとしても、彼女は自分の憧れだ、と。

そこまで考え、士郎の意識はぷつりと途切れた。

アーチャーの腕の中で、ガクリと気を失った士郎。彼女の姿を見て、凛が駆け寄ってきた。

「士郎、士郎?!」

けが人のため、強く揺さぶることはせずに名前を呼ぶ。しかし、だんだんと彼女の顔は青ざめていき、体温もどんどんと下がっていく。

「これだけドバドバ血が出てるんです。貧血ですよ、貧血」

よっこいしょ、と言いながら出てきたルビー。サーヴァントに弾かれた時に、勢い余って落ち葉の中に突き刺さっていたのだ。ぴっとりと士郎にくっつき、彼女の容体を確認している。

「うちに運ぶわよ、アーチャー」

ルビーの動きを見ながら言った、有無を言わせぬ凛の言葉。アーチャーは表情を曇らせる。彼が反論しようか、と思った瞬間に凛は令呪をかざす。「はぁ……了解した。マスター」

自分の行動が完全に読まれていることと、彼女の行動。そのどちらにもアーチャーは大きく息を吐き出した。

 

 

 




偽タイガー道場

師匠:はい、作者は建造で三連続陸奥が出て、長門出ないオワタとか言いながらこれを執筆してたわ~

弟子1号:だからあれほど、3-3ドロップにしろと……

ルビー:あとは、重巡のレベリングですよね~。上がらない、上がらない♪

弟子1号:でも、大型建造で矢矧が来てテンション上がってたりもしたわ

師匠:艦これとかとうらぶやる時間が少ないと、今回のように短い期間で上げられたりするらしいわ!

ルビー:うふふ。ルビーちゃん大活躍な今回。次回もゆるーく活躍しますから、是非是非読んでくださいね!


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