「……であるからして、この例の場合はモンスターの効果が発動するときにはすでに別のタイミングになっているノーネ。つまり、限定されたタイミングを指定するこのモンスターの効果は不発となりまスーノ。このことを、『タイミングを逃す』というノーネ。テストに出るからメモしておくノーネ」
遊奈がアカデミアに入学してから、1週間と少しがたった。
遊奈の感覚では、以前想像していた、いわゆる『普通の高校生活』というものとあまり変わりはなかった。英語や数学といった難易度の高い科目は普通に難しく、デュエルの授業がそれほど目立っているわけでもない。寮分けには大きく関わってくるものの、デュエルさえしていればその他の勉強をしなくても卒業できるというわけではないらしい。
「次は“スペルスピード”の説明ナノーネ。“スペルスピード”とはカードの効果のスピードであり……」
この特徴的な喋り方は、デュエルアカデミア本校実技担当最高責任者であるクロノス・デ・メディチのものだ。どうやらイタリア貴族の末裔のようで言葉の節々に訛りが目立つ。それが本当にイタリア訛りなのかは知らないが。
遊奈が見たところ、行動の端々にレッド生を嫌っているような態度がある。とくに十代への目つきはいつも怒りに満ちていた。
とはいえ教師としては優秀な人物で、実際わかりやすい授業をする。遊奈自身、今まで理解していなかったルールがこれだけあったのかと驚かされたのも事実だ。
「……では……シニョール丸藤!」
「はっ、はいぃ!」
ふと遊奈が我に返ると、一通りの講義を終えたクロノスが抜き打ちで生徒に問題を出しているところだった。ついさっきまでは明日香がカードの種類について100点満点の回答をしていたのだが、次は翔の出番らしい。
(……って、超震えてるけど大丈夫か?)
翔は見るからに緊張している。まさか、何も答えられないなんてことはないはずだが……
「あ、え、えぇっと……そ、その……」
「そんなの幼稚園児だって知ってるぜェー!」
ブルー生からヤジが飛んだ。それを皮切りに、教室を笑の渦が包み込む。そのほとんどはブルー生の笑い声だ。
見ると、翔は後ろから見ている遊奈にもわかるほど、耳まで赤くなっていた。
(……あれはアカンやつや………)
はあ、とため息をつく遊奈。その隣にいる三沢も呆れたように眉間に手を当てた。
見かねたクロノスがバカにした表情で言った。
「よろしい、引っ込みなさいーンヌ。基本中の基本も答えられナーイとは、さーすがオシリスレッド、驚きですノーネ」
ハハハハ! とブルー生の笑い声が勢いを増す。翔は俯いて席につき、その背中を十代が叩いていた。
そして、十代がよく通る声で言う。
「でも先生。知識と実戦は、関係ないですよね」
目を細めるクロノスに、十代は得意げに言い放った。
「だって俺もオシリスレッドだけど、先生にデュエルで勝っちゃったんだから」
先ほどよりも盛大な笑い声が、レッド生とイエロー生の中で巻き起こった。「にひひー」とピースサインを見せる十代に、レッド生には喝采を送る者までいる。遊奈が隣を見ると、三沢さえもが口の端を上げて微笑んでいた。
(ただの自慢と取れなくもないけど、一瞬で注目を全部持って行ったな……あれは丸藤から注目を逸らすための、遊城なりの気遣いか……?)
ふと、並々ならぬオーラを感じ取った遊奈が教壇を見ると、クロノスはハンカチを噛んで悔しがっていた。
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「おジャマしまー」
「おっ、よく来たな遊奈! ……ん、カレーの匂いがするぞ」
「ウチの寮長が作るカレー、絶品なんだよ。イエロー生はほとんどリピーターなんだ。今度イエローにも来いよ、遊城。寮長に頼んで作ってもらうからさ」
夕食後。
遊奈は十代に招かれてレッド寮に来ていた。
「よぅし、早速デュエルだ!」
「気が早いぞ遊城……まあ、受けて立つよ!」
それから遊奈と十代は2人で2時間ほど卓上デュエルをし続けた。やがて、大きく伸びをした遊奈が音を上げる。その背中から、背骨の音が盛大に鳴った。
「遊城、そろそろ勘弁………ってか休憩しようぜ……」
「そうだな。……それにしてもお前のデッキすげーな遊奈! レベル8とか9のモンスターがポンポン出てくるってさ!」
「……地元じゃ当たり前だったよ……酷いデッキなんて1ターンでレベル10モンスターが2体並んでフィールド荒らしたあとにエクシーズして2000効果ダメージ飛ばしてくるとか、効果で破壊されたら次のスタンバイに復活してフィールド荒らすとか、レベル4モンスター1体から始まって一気に5体のレベル4モンスターが並ぶとか……」
「……お前の地元、すげー所だったんだな……」
遠い目をする遊奈と、複雑な表情をする十代。
ふと、遊奈は違和感に気づく。何かが足りない、そんな感覚だ。
程なくして、遊奈はその正体を見つけた。
「遊城、丸藤は?たしか君と同室だったよな?」
「そういえばまだ帰ってきてないな……」
顎をつまんで考える十代。
唐突に、十代のPDAが着信音を鳴らした。十代がPDAを手に取って操作すると、着信音が止んで声が流れた。
『マルフジショウヲアズカッテイル』
(……これまたタイムリーな……)
不気味なまでに歪んだ声はおそらくボイスチェンジャーの仕業だろう。相手は身分を知られたくないらしい。
『カエシテホシケレバ、ジョシリョウマデコラレタシ』
(………………………………)
遊奈の頭に、遊海の顔が浮かぶ。
(……いや、あいつならこんな回りくどいことしないか……)
その顔は一瞬で消えた。遊海なら堂々と名前を明記したメールを送りつけるだろう。
「……『丸藤翔を預かっている』、か………遊城、心当たりは?」
「……ない」
微妙な空気が部屋に満ちる。
秒針が半周するくらいの時間を開けて、十代が口を開いた。
「遊奈、女子寮に行くぜ」
「……そうだな。デッキとディスクは持って行くか?」
「ああ。いざとなったらデュエルで解決できるからな」
デッキを腰のポーチに収めた十代が立ち上がる。遅れて遊奈も移動用のリュックサックを背負って立ち上がった。
「行ってくるぜ! 留守番頼んだぞ、隼人!」
「まかせろー」
十代の声に、3段ベッドの最上段の人物が答えた。そこにも人がいたのか、と遊奈は認識を改める。
(女子寮ってのが気になるが……いや、考えすぎか)
もはや自問自答ともいえる独り言を展開していると、先にドアを出ていた十代に、
「遊奈、急げ!」
と急かされた。
(俺も遊城みたいに、何も考えずに行動することを覚えたほうがいいかもな……)
心の中で呟きながら、遊奈はため息混じりの苦笑を漏らす。
(……なんて考えてる時点で無理だっつの)
「すぐ行く!」と返し、遊奈は勢いよく走りだした。
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デュエルアカデミアの女子寮は、小さな湖の
その湖の向こう岸、つまりは女子寮のあるほうに遊奈と十代はいた。彼らの前には翔と、翔を取り囲む3人の女子生徒の姿がある。心なしか女子生徒たちの目つきは針のような鋭さを帯びていた。
「翔、これはどういうことなんだ?」
「これは……その、話すと長いような……長くないような……」
目を泳がせる翔。
すると突然、女子生徒の1人が翔を睨みつけて言った。
「こいつがね、女子寮のお風呂を覗いたのよ!」
「「なん……だと!?」」
「アニキも遊奈くんも真に受けないでよ! 僕はやってない!」
じたばた、と暴れる翔を押さえながらもう1人の女子生徒も追い打ちをかける。
「それが学校にバレたら、きっと退学ですわ〜」
「覗いてないってばー!」
遊奈はため息をついて、女子生徒3人の中心に立つ人物に声をかけた。
「……と、とりあえず丸藤の言い分を聞くだけ聞きたいんだが……天上院さん、それくらいは許してくれないか?」
「……そうね。それくらいはいいわ」
明日香が女子生徒2人に何かを言うと、女子生徒2人は不満そうな顔をしながら翔を押さえる手を緩める。「悪い」と遊奈は軽く会釈しながら手を合わせた。
「……で、丸藤。弁明はあるか?」
「明日香さんからラブレターが届いて……」
「ふむふむ」
「そこに書いてあるとおりに女子寮に行ったら捕まったんだよー……」
「なるほど。そのラブレターを見せてみろ」
「はい」
「ふむふむ」
翔から手渡された手紙を丁寧に3回読み返す遊奈。
「………………………………」
真面目な顔で手紙を翔に返すと、遊奈は呆れ顔でため息をついた。
「どう見てもダウトだろ」
「そ、そんなああ!」
背後に雷のエフェクトを出現させてまで驚愕する翔。
もう1つため息をつくと、遊奈は明日香を見る。
「……一応訊くけど天上院さん、これ君の?」
「絶対に違うわ」
明日香はきっぱりと首を振った。
「……まずさあ、明らかに天上院さんの字じゃないよな、これ」
破壊的なまでに汚い文字のひとつを遊奈は指差す。
「それにこれとこれ、他にも……日本語をマトモに学んでるなら、小学2年生でもこんな誤字はしないだろ」
「ホントだ……よく見たら字が違う……」
そこには『め』の文字のような何かや『な』の文字のような何か、その他にも未知のひらがなや漢字が大量に散りばめられていた。
「それに、呼び出しの場所が女子寮とか
「えっ!?」
遊奈は封筒の裏側を指し示す。そこには小さな文字だが、たしかに『遊城くんへ』と書かれていた。
「おっ、俺!?」
十代自身も意外なようで、目を丸くして固まってしまう。
そんな十代を横目に見つつ、3つ目のため息をついて遊奈は言った。
「遊城を嵌めようとした誰かの罠に丸藤がまんまと引っかかった……ってところだろうな。覗いたか覗いてないかは別として」
「の、覗いてないよ!信じてよぉ!」
「丸藤、覗いてないことを証明できるか?」
「そ、それは……」
「確たる証拠がないとこの女性たちは満足しないだろ。疑わしきは罰するのが女性っていう生き物だから……」
遊奈の言葉に女性陣は少しだけ顔をしかめる。女子生徒の1人が遊奈に食ってかかった。
「ちょっと、それどういうこと?」
「……今のは表現が悪かったな。謝るよ」
「え、ああ……うん」
あまりにも張り合いのない遊奈に拍子抜けする女子生徒。まさか、素直に謝るとは思っていなかったのだろう。
遊奈は4つめのため息をつきながら、
「とにかく、悪い丸藤。俺にはどうすることもできない」
「そ、そんなあ………」
へなへなと
「なあ、翔は覗いてないって言ってるんだ。なんとかできないか?」
「アニキ………」
翔が潤んだ瞳をキラキラと輝かせる。
「俺は翔を信じる。理由はないけど、コイツは女湯を覗くようなやつじゃない」
十代に対してか、明日香を一歩前進して言った。
「そこまで言うなら……あなた、私とデュエルしてみない?」
「デュエル?」
「もし、あなたが勝ったら風呂場覗きの件は大目に見てあげるわ」
「覗いてないってばぁー!」
手を振り上げて翔が割り込むが、1度「デュエル」という言葉を聞いた十代はもう翔を見ていなかった。
「いいぜ、そのデュエル受けて立つ!」
「ちょ! ちょっとアニキー!」
「大丈夫だ翔、絶対に勝つ!」
「威勢のいいことね。早速、デュエルといきましょう」
十代の様子を見て、明日香は端正な顔に笑みを浮かべる。
そのときだった。
「おおー? なんだかデュエルのにおいがする!」
(………………うわ、)
遊奈の止まない独り言すら、一瞬ストップする声。
(…………うん、女子寮だもんな……そりゃいるよ……あいつ女子だもん……)
さらに、
「……あら、東雲のボウヤに……近頃話題の遊城十代じゃない」
「……東雲アンタ、ボクの忠告聞いてた?女子とは敵対するなって言ったでしょ?」
(あー……入学式の日の人たちだ……)
遊海が、雪乃とツァンを連れてやってきた。
「ディレ先輩これは違うんです。少なくとも俺は敵対してません」
遊奈は引きつった笑顏で弁明する。その様子を見てツァンの疑いの目がいっそう鋭さを増した。
「……東雲、まさか覗きの犯人って……」
「それはこいつです!」
「え、ええ!? ひどいよ遊奈くん!」
ツァンにジト目で睨まれた遊奈は慌てて翔を指差す。突然矢面に立たされた翔は素っ頓狂な叫びをあげた。
「……冗談よ。アンタが女湯を覗くとは思ってない」
「そうでしたか……」
刃を収めたツァンに安堵する遊奈。
その横では、遊海が明日香に話しかけていた。
「ねー、これどういう状況なう?」
「……話すと長いのだけれど、私と遊城くんがデュエルすることになったわ」
「えー、十代と!? 明日香いいなー……見てていい?」
「ええ、どうぞ」
「やた!」
遊海が無邪気に笑う。
「雪乃ん! ツァンちゃん! いっしょに見よー!」
遊海の声に、ツァンはゆっくりと首を振った。
「ごめん、ボクはパス」
「えー……」
ぶー、と遊海は唇を尖らせる。
「悪いけど、ボクはそっちのには興味ないから……東雲」
「は、はい」
ツァンは不気味な笑みで遊奈を睨む。
例によって、遊奈は止まない独り言を紡いだ。
(あ、なんか嫌な予感)
「ボクとデュエルしなさい。アンタの“シンクロ召喚”、興味がある」
やっぱりか……とため息をつく遊奈。
「……わかりました……」
「おおお!? ツァンちゃんと遊奈がデュエル!? ど、どっちも見逃せない……!!」
「遊海、あなた少しは落ち着きなさい……」
「だってゆきのん! 十代VS明日香と遊奈VSツァンちゃんだよ!?」
「わかったから、ぴょんぴょんしないの。パンツ見えるわよ?」
「えっ!? ゆ、遊奈の変態!」
「見てねえよ! ってかなんで俺なんだよ!」
「っしゃー、やってやるぜ! 翔は絶対取り戻す!」
「ノゾキ野郎に味方するなんて、殿方の風上にも置けませんわ!」
「明日香さん、こんな奴らぱぱっと片付けちゃって!」
「ええ、手加減しないわよ遊城くん!」
「おう、来い!」
それぞれの会話が一段落ついたところで、デュエリストの4人が位置についた。十代と明日香は湖の上、遊奈とツァンはコンクリートの波止場だ。
「……さて、いっちょブチかましてやりますか!」
「「「「デュエル!!」」」」
どうも埜中です。
今回はノゾキ事件編前編となります。本当は1話にまとめたかったのですが、2話構成になってしまいました。
そして、文章力の不足が滲み出ている今回の文章……申し訳ありません。次回からは改善します。
次回は十代VS明日香、遊奈VSツァンの同時進行デュエルですね。上手く書き分けられるかはわかりませんが、次回もどうぞよろしくお願い致します。
では、今回はこの辺りで……最後になりましたが、こんな駄文を読んでくださった皆様に感謝しつつ、筆を置きたいと思います。皆様にささやかな幸せがありますように。
2015年1月某日 埜中 歌音
質問、アドバイス、デュエルミス等あれば是非是非コメントへお願いします。キャラやデッキのリクエストも受け付けております。