遊戯王GX イレギュラー・シンクロン   作:埜中 歌音

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エリートは心の玉座に胡座をかく

入学式は、特に滞りなく終わった。

校長挨拶、生活指導部長による諸注意、学年主任による説明……全て含めて30分ほどで、かなり手短に纏められた式典だった。

「おっ、俺はレッド寮か!」

「僕もオシリスレッドだよアニキ!」

「翔もか! 遊奈はどうだ?」

「ラーイエロー。君たちと一緒じゃないのが少し残念だな」

配布された携帯端末、PDAに登録された自分の学生証で寮を確認し、十代、翔、遊奈の3人は言葉を交わす。

ちなみにこのPDA、学生証や生徒手帳だけでなく、携帯電話や財布、果ては携帯用のパソコンとしての機能すら持っている優れものである。ただ、デュエルアカデミアの寮には一部屋に1つパソコンが備え付けられているので、最後の機能はあまり重宝されないが。

そんなこんなで3人が喋っていると、十代が通りすがった誰かに声をかけた。

「お、よう2番。お前もレッドか?」

呼び止められた男子生徒ーー三沢大地は、首を振って答える。

「いや、僕はラーイエローさ。制服の色でわかるだろう?」

「あー、この制服ってそういう意味だったのな…………」

遊奈は自分の腕、黄色い袖の制服を見て呟く。

「お、遊奈じゃないか。君もラーイエローなんだな」

「よう、三沢。イエローの知り合いがいてよかったぜ」

「おっ、遊奈と2番は知り合いかよ」

ハイタッチを交わす三沢と遊奈を見て、十代が訊く。

「ああ、入試デュエルの観戦席で隣だったんだ。……十代、2番ってのは?」

十代の三沢に対する『2番』呼ばわりが気になり、遊奈が十代に訊き返した。

その問いに答えたのは十代ではなく三沢だった。

「彼の見立てでは、今年の新入生の中では彼が1番、次いで僕が2番、ということらしい」

「……なんか気に食わないな……遊城が1番で三沢が2番なら俺はどうなんだよ、遊城。そりゃ、さっき君には負けたけどさあ……」

不機嫌そうな顔の遊奈は十代をジト目で睨む。

「いや、お前もけっこう強かったぞ遊奈。2番は三沢じゃなくて遊奈かもな」

「僕としてはそう言って欲しくはないな、1番君」

「に、2番まで……あーもう、遊奈は遊奈、三沢は三沢だ!それでいいだろ!」

遊奈と三沢、2人の黄に挟まれた十代は投げやりにそう叫ぶ。遊奈、三沢、翔の3人は声をあげて笑った。

「それじゃ、僕は失敬するよ、1番君。遊奈、君も来ないか?」

「そうだな。じゃあ、またデュエルしようぜ遊城!今度は勝つからな!」

三沢に連れられて、遊奈はレッドの2人に別れを告げた。十代が「いつでも来い! 返り討ちにしてやる!」と自信満々で答える。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……遊奈、君は1番君……十代とデュエルしたのか?」

寮に向かう道の途中、三沢が遊奈に問いかける。

「ああ。いいとこまで追い詰めたんだけどショッキル食らってさ……」

「……“ショッキル”……?」

「“ワンショットキル”の略。ほら、“ワンキル”って“ワンターンキル”のイメージ強いじゃん。あれは多分先攻3ターン目くらいだったけど、ライフ4000から一気に0まで持ってかれた」

三沢が納得した顔をする。

「なるほど……もしかして、《フレイムウイングマン》か?」

「そうそう! なんでわかったんだ?」

「あの効果は相手にダメージを与えることに特化しているからな。実質的にはあのモンスターの攻撃はダイレクトアタックど同義だ。それに、2100というか低い攻撃力もサポートカードを使えばカバーできる」

「《決闘融合》食らっちったよ……」

「《決闘融合》!? はは、それは災難だったな。たしかにあのカードは強い」

「相手の攻撃力分アップってな……あーくそ、シンクロモンスターにもそういう速攻魔法ねえかな……《フォース》は相手の攻撃に対応できないのが辛いんだよ……」

「おいおい、相手ターンに発動できる《フォース》はさすがに強すぎるだろう」

「そりゃそうか……」

大きなため息をついて項垂れる遊奈。

彼は現在、5枚のカードを失っている。そのカードは厳しい召喚条件もあって、軒並み攻撃力が高いカードだった。今の遊奈のデッキは主力を失っているため、火力が不足している状態にあるのだ。

「……おっ、ここがイエロー寮か。遊奈、着いたみたいだぞ」

三沢の言葉で顔を上げると、上等なペントハウスのような建物があった。外装は淡い黄色に塗装されていて、入り口のドアの窓ガラスには寮の象徴たる《ラーの翼神竜》の雄々しき姿があった。

「さて……部屋はどこかな?」

早速2階へ上がった彼らは、自分たちの部屋を探しはじめる。

「三沢、君部屋どこ?」

「僕か? ……218と書いてあるな」

「……俺も218だ!」

「君と同室か。嬉しいよ、遊奈」

共に218号室に入る2人。

決して広い部屋とは言えないが、日常生活を送るぶんには何の不自由もない広さの部屋だ。向かって右に2人分の机とトイレらしき小部屋。左に2段ベッドと、その奥には共用らしい本棚とパソコン。ビジネスホテルに勝るとも劣らない環境だった。

そして、中央に置かれていたのは、2人分の生活必需品を詰め込んだ段ボールだ。遊奈のものが1つ、三沢のものが2つ。

これは本土から郵送で届くものだ。

入試デュエルのあと、行く当てもなくとりあえず自宅に帰った遊奈が見たのは、ガランとした生活感のない、空き家のような家のリビングに、この段ボールがポツンと鎮座している光景だった。それも、デュエルアカデミアまでの郵送に関しての必要事項が全て記入済みの必要書類まで添付されて、だ。ーーまあ、遊奈の家がガランとしていて生活感がないのは元からだったが。

思わず、「合格してねえのに用意周到にも程があるだろ!」と、誰ともなしに叫んだ遊奈だった。もちろん、当時は彼の家に他の人間はいなかったが。

そんな経緯もあって、実は遊奈がこの荷物を開けるのは今がが初だ。

さて何が出るか、はたまた、何が足りないか……緊張した面持ちで封を開ける遊奈だが、

(……あれ、意外とマトモ)

出てきたのは、普通の高校生が寮での生活に困らないために必要なもの、そのくらいだ。

何の面白味もない。あまりの淡白さに、遊奈の表情が一瞬、完全に消えた。

(誰だよ、この荷物まとめた奴は……用意周到にも程があるだろ……)

はぁ、とため息をついて立ち上がる遊奈。移動用のリュックサックを背負うと、彼は三沢に声をかけた。

「俺、ちょっと探検行ってくるわ。校舎の構造だけでも把握しときたい。三沢も来るか?」

三沢は微笑んで首を振った。

「いいや、遠慮しておくよ。デッキの調整をしたいんだ」

「……そうか。じゃ、また後でな」

「ああ。……だが、すぐに歓迎会が始まるぞ?」

「それまでには帰るさ」

そう言って、遊奈は部屋から出た。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

デュエルアカデミアの生徒は1学年で100人程度と、普通の高校に比べて少ない。

だが、施設や特別教室が豊富であり、校舎の広さは並の高校のそれを平然と上回っていた。

(……PDAにアカデミア内の地図と現在地を表示する機能があって助かったぜ……)

遊奈はPDAの地図機能とメモ機能を併用し、来た道をなぞることで帰り道を確保していた。

(ここは本館2階、デュエル場か……)

目の前に、巨大なドア。

しかし、そのドアは開け放たれていた。

(……中に人がいるのか……?)

好奇心にかられて、遊奈はそのドアをくぐる。

 

「行きなさい、《大将軍・シエン》!プレイヤーにダイレクトアタック!!」

「…………っっ、……負けたわ、お姉様。流石、お姉様ね……」

 

今しがた、デュエルが終わったところらしい。

「……あら、ギャラリーがいたのね……気づかなかったわ。ボウヤ、貴方は新入生かしら?」

そのうちの一人ーー紫の髪をツインテールに結んだ少女が、遊奈を見つけて言った。制服の色を見ると、どうやらオベリスクブルーのようだ。

「……いえ、今入ってきたところです。残念ながら観戦はできませんでした」

上級生かーーと遊奈が敬語で答えると、紫髪の少女と対戦していた、ピンクの髪を首の高さで切りそろえた少女が言う。

「アンタ、紫髪の少女(そいつ)相手にかしこまらなくていいわよ。紫髪の少女(そいつ)、1年だから」

「……えっ、?」

そう言われて、遊奈はもう一度紫髪の少女を見た。

「……ふふふ、見惚れてくれるのは嬉しいけど、あまり胸を見られると恥ずかしい……」

ぽ、と紫髪の少女は頬を染めて(わざとらしく)俯く。たしかに、その少女のバストは豊満であった。

「……ちょっ、誤解だ誤解!」

「最ッ低」

「君もかよ!」

侮蔑のこもった瞳で遊奈を見下ろすピンク髪の少女。遊奈は慌てて手を振る。

その様子を見ていた紫髪の少女が、腕を組みながら言った。

「……そうね、貴方は胸『は』見ていなかったわ」

「……待て、その言い方には語弊があるぞ」

「貴方は私の脚を……」

「断固否認する! 俺は初対面の女性を胸や脚で見極めるほど飢えてねえよ!」

「あら、お尻が好きなの?」

「尻でもねえよ! なんで初対面の女性の性的魅力を一々観察するんだよ俺はそんな変態じゃない!」

「……私に性的魅力を感じないというの……!?」

「たとえ感じていたとしても答えはNOだ!」

「それは肯定と同義よ……?」

「いい加減にしなさい、雪乃。入学早々男子を誘惑とかシャレになんないわよ」

紫髪の少女と遊奈の会話に、ピンク髪の少女が割って入る。

雪乃と呼ばれた紫髪の少女は腕を組んだまま微笑み、「冗談よ、冗談」と満足げに笑った。

「新入生クン、雪乃(そいつ)の口車に乗っちゃダメだからね。中等部でそいつに退学させられた男は両手じゃ数え切れないわよ?」

「退学!?」

ピンク髪の少女はさらりと恐ろしいことを言った。

「そ、退学。こいつのハニートラップで人生終了。男って本当バカばっかり」

ピンク髪の少女はどうやら男に呆れているらしい。

「私は彼らの願いを叶えてただけよ、お姉様。人聞きの悪いことは言わないで……?」

「アンタはその喋り方をどうにかしなかしなさいよ。あとその表情。完璧に男をたぶらかすビ[ーー(ピー)](※作者より、文中に不適切な表現が紛れ込んでしまったことをお詫びいたします)にしか見えないわよ?」

そう言いながら、2人は壇上から下りた。

「……ともあれ、私はオベリスクブルー1年の藤原雪乃。よろしくね」

紫髪の少女は微笑みを崩さずに、

「……3年、ツァン・ディレ。……まあ、縁があればよろしく」

ピンク髪の少女は不機嫌そうな顔を崩さずに名乗った。

「東雲遊奈、です。ラーイエロー。よろしく」

「東雲クン……ね。もしかして、“シンクロ召喚”の?」

雪乃の言葉に、すでにここまで噂が広がっているのか……とため息をつく遊奈。

「……ああ。たしかにシンクロは使うよ」

「……味わってみたいなぁ……“シンクロ召喚”……うん、ゾクゾクする……」

「言い方が一々エロい。あと顔」

恍惚とした表情を浮かべる雪乃をツァンが(たしな)める。

「お姉様のいけず……」

「その顔と口調で並の女は落とせても、ボクは無理だから」

「ふふ、それでこそのお姉様よ」

「本当掴み所ないわねアンタ……」

どうやらこの2人、なんだかんだ言って仲がいいらしい。入学早々デュエルしている新入生と3年生が仲が悪いとは考えにくい。

「中等部……?」

何も喋らないというのも悪いので、遊奈は先ほどの会話で気になったところを尋ねてみる。

答えたのは雪乃だった。

「デュエルアカデミア中等部。本土にあるのよ。ブルー生は中等部からのエスカレーター組で、私とお姉様はその中等部で出会ったの」

「高等部との関わりはほぼないに等しいのに、雪乃はボクが高等部に上がってもしつこく連絡してきて……結局、ここまで腐れ縁を引きずっちゃったってわけ」

と、ツァンが引き継ぐ。そのままツァンは声のトーンを抑え、この場の3人にギリギリ聞こえるくらいの音量で言った。

「これは警告。アンタ、平穏な学園生活を送りたいならブルー生には気をつけることね。それも、中等部上がりなら尚更。自分の実力を過信してエリートぶってるバカがほとんどだけど、それでも並のレッドやイエローのバカよりは強いし……“バックアップ”を持ってる奴もいる。厄介ごとに巻き込まれたくなければ、ブルー寮の女子を何人か友達にしておくこと。バカな男子共と違っていい娘ばっかりよ。……手を出したらブッ殺すから」

「……肝に、銘じます……」

最後の一言がとてつもなく響いた。

「……じゃあ、1つ教えてください。ブルー寮の新入生で、近づいちゃいけない人っていますか……?」

遊奈の言葉に、2人は「うーん、」と少し考える。

「3年や2年になら何人からいるけど……」

「今年の新入生は大半が有象無象よね、お姉様」

「……うん、一応中等部エスカレーター組の寮分けデュエルは見たけど、雑魚すぎてほとんど記憶にないわ。雪乃、アンタと明日香くらいよ。戦えるのは……………、いや」

ツァンは1度言葉を切った。

「……1人、男子でマトモに戦えるのがいた気がする……それも、バックに控えてるのがとてつもなくめんどくさい……」

「ああ、」

額に指を当てて考え込むツァンの隣で、雪乃は何かに納得したような顔で微笑んだ。

「お姉様、それはーーーー」

 

「お前、万丈目さんを知らないのか!?」

 

そんな声が、遊奈たちとは対角線にあたる場所から聞こえた。

入り口付近で喋っていた遊奈からは、観戦席が邪魔で見えない位置だ。そこから続けて、こんな声が聞こえる。

「同じ1年でも中等部からの生え抜きで、超エリートクラスのナンバー1!」

「未来のデュエルキングとの呼び声高い、万丈目準様だ!」

遊奈が顔だけ出して様子を見ると、ブルー生が2人、レッド生の2人に絡んでいるようだった。平和な画にはとても見えない。

会話の内容はあまりはっきり聞こえないが、ブルー生がレッド生をバカにしているようだ。

「ドロップアウト組のオシリスレッドが身の程知らずな!」

ブルー生の1人が、また声を荒らげる。

「だいたいお前らはーー」

静かにしろ(ビー・クワイエット)!」

そんなブルー生を遮る声があった。

見ると、ブルー生とレッド生がいがみあっているほうの入り口にほど近い観戦席に“いかにも”なブルー生が立っていた。

「あいつが万丈目準。大企業の御曹司で、今年の1年のブルー生はだいたいアイツの取り巻きね……ロクでもない連中よ」

小声でツァンが囁いた。

万丈目はレッド生相手に何やら険悪な雰囲気になっている。観戦席から下りてレッド生の前に立つと、いきなりデュエルディスクを構えた。遊奈の位置からは取り巻きが邪魔で見えにくいが、レッド生もディスクを構えたようだ。

デュエルが始まるーーそんなとき、凛とした声がホールに響く。

 

「あなたたち、何をしているの?」

 

金髪のロングヘアを(なび)かせた姿勢のいい女子だ。制服はブルー生のもので、遠目に見てもわかるほどに美人だった。雪乃と路線は違うが、彼女もまた雪乃と同じほどの美貌を備えている。

「彼女は天上院明日香。ブルーの1年で、とってもいい娘」

この言葉はツァンだ。

明日香の登場から少しして、万丈目と取り巻き2人はどこかへ行った。邪魔なものがなくなり、レッド生の顔がよく見えるようになる。

「……って、十代に翔じゃないか!」

「あら、知り合い?」

雪乃が興味深そうに言った。

「……まあ、知り合ったの今日だけど。とりあえず面倒なことにならなくてよかった……」

「それはどうかしら?」

意味ありげな微笑を浮かべる雪乃。

「万丈目クンはちょっとイジワルなところがあるのよ……貴方のオトモダチ、目を付けられたかもね」

雪乃のその言葉に、ツァンが被せて言う。

「アイツの噂はボクも聞いてるけど、『ちょっと』どころじゃないでしょ……ま、とりあえず気をつけることね。ブルーの勘違いバカがいること以外はいいところよ。じゃあ、ボクと雪乃は寮に戻るから。……そろそろ歓迎会が始まる時間よ?ここにいて大丈夫?」

遊奈が慌てて時計を見ると、たしかにもう少しで歓迎会の時間だった。

「色々ありがとうごさいました、ディレ先輩、それに藤原さん。縁があったらまた」

遊奈はそう言い残し、来た道を小走りに帰っていく。

 

 

その様子を見送っていた雪乃が、隣のツァンにポツリと言った。

「お姉様が初対面の男にあそこまで言うのって……珍しいわね」

「アイツの背中に“憑いてる”の、見たでしょ?」

ツァンの言葉に、雪乃は答えない。

「遊海といい、さっきの東雲とかいう男子といい…………雪乃、アンタもそう。どうなってるの、今年の新入生は……」

両手を広げ、首を振りながらツァンは()()を見ながら言った。

「あの東雲とかいう奴、見張っておいて。ミズホ」

ツァンの見つめる先には何もない。ただ、虚空が広がっているだけだ。

だが一瞬、

微かな、空耳を疑うような音量で、「御意」という女の声が聞こえた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ラーイエロー寮、食堂。

遊奈がドアを開けると、刺激的な匂いが鼻を突いた。

「………これは……カレーか!?」

「やっと来たか遊奈。あと2分遅れていたら始まっていたぞ」

「はは、セーフセーフ」

大勢の中から三沢を見つけ、隣に座る遊奈。

「よし……歓迎会終わったらデュエルしようぜ、三沢」

「ああ。シンクロ召喚、しかと見せてもらうぞ」

2人が言葉を交わしていると、イエローの制服を着た初老の男が立ち上がった。

「……そろそろ、時間ですね。全員揃ったようなので、これより歓迎会を始めたいと思います」

彼の言葉が合図だったのか、調理場から続々とイエロー生が出てきた。上級生らしき彼らは手に持ったカレー皿を新入生1人ひとりに配っていく。

下級生の席に上級生が配膳する。珍しい構図だ。

「寮長の樺山です。新入生諸君、入学おめでとうございます。そして、ラーイエローへようこそ。この寮では生徒同士のつながりを大切にしています。このカレーは私と上級生諸君、そして新入生諸君の親交の証です。同じ食卓で1つの鍋からできたカレーを食す者は皆兄弟……年齢や出身、その他色々な垣根を越えて、あなたたちが1つになってほしい、という祈りを込めて、私と上級生諸君が作りました。もちろん、その他の料理も用意しています。……では、挨拶はこれくらいにしましょう。諸君、カレーは行き渡りましたか?」

樺山は食堂内を見回し、やがて満足げに頷いた。

「では改めて……新入生諸君の入寮を祝して、乾杯!」

 

「「「「「「乾杯!!」」」」」」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の夜のこと。

「《ハイパー・ライブラリアン》でダイレクトアタック!」

「……参ったよ。やはり強いな」

遊奈と三沢は卓上デュエルをしていた。部屋になぜか備え付けてられていたちゃぶ台を使って、だ。

「……お前もお前だよ、三沢。最初の3戦マッチで俺のデッキ全部把握して、展開をピンポイントで止めてくるもんなあ……」

「だが、止めたとしても次ターンに巻き返すじゃないか。勝率は君が6割、僕が4割といったところだ。何か、僕のデッキの改善点はないか?」

「んー……どんな状況にもだいたい対応できるように作られてるいいデッキなんだけどさ、汎用積みすぎじゃないか?そんなに魔法罠が多いと自分の動きまで阻害するだろ」

「……そうか……」

「なんつーか、動きが読みにくいと思ったらそのデッキ、そもそも決まった動きがないんだろ?」

「ああ。臨機応変、千変万化。これが僕のデッキさ。まだ調整中だが」

「それはそれでいいと思う。だけど、ある程度は動きに一貫性をもたせたデッキもいいんじゃないか?たとえば……種族統一とか、属性統一とか」

「……それは僕も前から考えてはいるが、動きが読まれたりしないか?」

「バランス重視のデッキだと、1つのことに特化したデッキに遅れを取る。言ってみれば器用貧乏なんだ。……まあ、逆に一極特化デッキは相性が悪いと何もできずに死んでいくけどな……」

「……よし、僕も属性統一デッキを組んでみよう」

三沢は決意したように立ち上がり、大量のカードをちゃぶ台まで持ってくる。

「……いいのか? 対策(メタ)られると死ぬぞ?」

「とはいえ、今のデッキに限界を感じていたのも事実だ。そろそろ新しいデッキを6つほど作るのも悪くないさ」

「6つ!?」

目を見張る遊奈。

「6属性全部の統一デッキ作るのかよ……」

「統一、というほどでもないさ。あくまで主体の属性を決めるだけ、自分に合うデッキを探すための試作品だよ」

そう言う三沢の前には、すでにカードの山が6つ、うず高く積まれていた。

「もう分類したのか……」

「まだ、ここからモンスターを20枚厳選しなきゃならない」

「が、頑張れ……」

三沢は目を閉じて熟考を始めた。手持ち無沙汰の遊奈は自分のデッキを持ち、シャッフルしては5枚ドローを繰り返す。

シャッ、シャッ、とカードが擦れる音だけが鳴っている室内。そんな空間に、PDAの着信音が響く。

遊奈のものだった。見ると、メールが届いたらしい。

差出人、笹島遊海。

「……、オイ」

しれっとメール送ってくんなよ……と遊奈は心で呆れる。

ため息混じりにメールを開封すると、

『今すぐ本館2階、ブルー用デュエルスペースへ来られたし! きっと面白いものが見られるよ! デッキとデュエルディスクも忘れずにね!』

とのことで、丁寧に地図まで添付されていた。それも、目的の場所に赤く大きな矢印が刺さっている。

「今すぐって…………うわ、もう日付変わってんじゃん……」

現在時刻は午前0時02分、常識的に考えて呼び出しにはふさわしくない時間帯だ。

とはいえ、遊海には聞きたいことがある。10秒ほど考えて、遊奈は移動用のリュックサックを背負うと三沢に声をかけた。

「ちょっくら出てくるわ」

「……もう0時だぞ?」

「夜風に当たってくる。多分、あまり長くはならないさ」

すると、三沢は意外なことを言い出す。

「僕も行こう」

「……えっ?」

「駄目か?」

「いや、ダメじゃないけどさ……もっとこう、君は規則とかを気にする人だと思ってたんだが……」

遊奈の言葉に、三沢はふっと笑った。

 

「バレなければ、どうということはない」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

本館2階、ブルー用デュエルスペース。遊奈が昼間、ツァンと雪乃の2人と出会った場所だ。

遊奈と三沢がそこに入ると、3つあるデュエルスペースの1つが使用中だった。

デュエル中の人物は……

「……遊城……と、万丈目?」

こちら側に立っているのは十代、向こう側は今日の昼に見た“いかにも”なブルー生だった。だが、《フレイムウイングマン》は万丈目の場にある。

そして、

「あっ、来てくれたんだ!」

遊海は遊奈の顔を見ると、嬉しそうに飛び跳ねる。

「……普通、この時間にいきなり呼び出すか?」

「遊奈にもこのデュエル見てもらいたくて! 胸キュンでしょ!?」

「どういう状況か説明頼む」

「準が十代にアンティデュエルを申し込んで、十代が受けたの。それで、十代が融合で呼んだ《フレイムウイングマン》を《ヘル・ポリマー》で寝取ってこの状況。ターンは準で、ライフは準が3600、十代が1600」

「へぇ…………」

十代の場は、攻撃表示の《E・HEROスパークマン》とセットカードが1枚、万丈目の場には攻撃表示の《E・HEROフレイムウイングマン》と、セットカードがこちらも1枚。このターン、攻撃が決まれば万城目の勝ちだ。

「行け、《フレイムウイングマン》!《スパークマン》を攻撃!」

自信に満ちた、万丈目の攻撃宣言が響く。その瞬間、十代の指が動いた。

「罠カード、《異次元トンネル―ミラーゲート―》発動!」

「な、なにっ!?」

《フレイムウィングマン》と《スパークマン》を光が包み、両者の位置が入れ替わった。

「《ミラーゲート》……攻撃モンスターと対象モンスターを入れ替えて戦闘を行わせる罠カードか……」

三沢が解説役に回る。

その様子を見た遊海が不思議そうに尋ねた。

「……その人は?」

「ああ、俺のルームメイトだ。三沢大地」

「1位の!?」

「ああ。超賢いぞ」

「よろしく、大地! 私は笹島遊海だよ!」

「あ、ああ。よろしく」

遊海のハイテンションぶりに、三沢も少し困っているようだった。

そう言っている間に戦闘は終了し、万丈目は戦闘ダメージと《フレイムウイングマン》の効果により合計2100のダメージを受けていた。

「くっ……メインフェイズ2、魔法カード《死者への手向け》!手札を1枚捨て、お前の《フレイムウィングマン》を破壊する!さらに永続罠《リビングデッドの呼び声》!墓地の《地獄将軍・メフィスト》を攻撃表示で特殊召喚だ!」

万丈目は自身の策略の失敗にめげず、上級モンスターを特殊召喚した。

(ーーだが、)

遊奈は、もはや癖となってしまった脳内独り言で思索を巡らせる。

(貫通持ちとはいえ、攻撃力は1700……それでレベ5って弱くねえか……?)

「お前の手札は0枚、これで俺の勝ちだな110番」

勝ち誇った顔で、万丈目は吐き捨てる。対して十代は「それはどうかな」と不敵に笑った。

(ライフは万丈目が1500、遊城が1600……だが、遊城の手札は0、万丈目の手札は3……ボードもハンドも万丈目の方が有利だが、勝ち確ってわけじゃないだろ……なんでそんなにドヤ顔なんだ……それに、)

遊奈は万丈目の、先ほどのプレイングを思い出す。

(《ミラーゲート》の効果はこのターンのエンドフェイズに消え、《フレイムウイングマン》は万丈目のフィールドに戻る……なぜ、《死者への手向け》を使ってまで《フレイムウイングマン》を破壊した……?それに、たぶんこのターンは万城目は通常召喚を行っていない……《リビングデッド》で適当なモンスターを特殊召喚して、そのモンスターをリリースしてメフィストをアドバンス召喚すればデメリットのない召喚ができただろうに…………)

「俺のターン、ドロー!」

遊奈の脳内独り言を、十代の声が遮った。カードを引いた十代は「よしっ!」とガッツポーズをとった。

そのとき、遊奈の耳に、微かだが足音が聞こえた。隣で「んお?」と声をあげた遊海にも同じものが聞こえたのだろう。

生徒手帳のどこかのページに、夜にはガードマンが巡回していると書いていた。さらに、施設の無断使用、時間外使用は厳罰の対象だ。十代と万丈目のデュエルはどう見ても許可されたものには見えない。極めつけに、学校で禁止されているアンティデュエル……見つかれば、退学もあり得る。

「足音だ! ガードマンが来る!デュエルは中止しろ!」

遊奈の声に、十代と万丈目は遊奈のほうを向く。

「遊奈か。何言ってんだよ、俺は……」

「アンティデュエルも施設の時間外使用も校則で禁止されているわ。下手をすると退学かもよ」

十代を遮るように、凛とした声が響いた。

天上院明日香だ。彼女の隣には翔の姿も見える。彼らもまた、デュエルを観戦していたのだろう。

「退学ぅ!?」

さすがの十代も、退学は嫌なのだろう。困った顔で頭を抱えた。

「フン。お前ら、引き上げるぞ!」

万丈目は、取り巻き2人を連れてデュエルスペースを出ようとする。

そこに、十代が食ってかかった。

「待てよ! 逃げるのか!」

「もう俺の勝ちも同然だからな。続ける意味のないデュエルに割く時間などこの万丈目様にはないんだ。運がよかったな、レアカードを取られずに済んで」

そう言い残し、万丈目は消える。

「十代、君も早く隠れろ!」

「三沢! ……嫌だ、俺はここを離れない〜〜」

一方で、三沢による十代の説得は難航しているようだった。

すると、遊海がつんつんと遊奈の腕をつつく。

「……何?」

「ちょっと耳貸して」

ごにょごにょ、遊海はあることを囁くと、遊奈を見て頷く。

「お前な……まあいい。協力するよ」

「へへ、ありがと」

遊奈はため息をつきながら、遊海といっしょに十代に歩み寄る。

そして、十代の口を塞いだ。

「もがっ!?ぐ、ぐももも!」

「ほーら、暴れない暴れなーい」

気楽な調子で遊海は十代の腰に手を回すと、角材でも運ぶかのように十代を担ぎ上げた。

「じゃあ皆、逃げよっか。ダッシュダッシュ!」

「もががー!」

遊海に担がれた十代が講義の声を上げるが、十代の味方は誰もいないようだ。

6人がスタコラサッサと逃げおおせた直後、ガードマンがデュエルスペースにやってきた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

本館の入り口まで、遊奈たちは走った。

その間、遊海は十代を担いだまま、ずっと先頭を走り続けていた。小柄な体躯からは想像できないほどの力だ。

「遊海、貴方力持ちだったのね……」

明日香は軽く引いていた。

「おじいちゃんが冒険家なんだ。ちっちゃなときから山とか色々連れて行ってもらってたから体力には自信あるよ!」

「アニキがご迷惑をおかけしました……」

「いいよいいよ! 」

「ほら、アニキもお礼言いなよ」

「むー…………わーったよ。悪かった」

翔と十代は遊海に頭を下げた。遊海は照れ臭そうに「どういたしまして……?」と言う。

「……オベリスクブルーの洗礼を受けた気分はどう?」

ちょうど会話が途切れたタイミングで、明日香が十代に問いかけた。

「まあまあかな。もう少しやると思ったけどさ」

「そう?邪魔が入ってなかったら、今頃カードを取られてたんじゃない?」

「いいや」

ニヤリと笑って、十代は最後のドローカードを見せた。

「さっきのデュエル、俺の勝ちだ!」

《ミラクル・フュージョン》。

「墓地から融合素材を除外して、《E・HERO》の融合モンスターを融合召喚する……? そのカードで、どうなっていたというの?」

明日香は腑に落ちない顔で問いかける。

その問いに答えたのは、十代ではなく遊奈だった。

「そうか、《スパークマン》が落ちていたか!」

「そういうこと」

「……どういうこと?アニキに遊奈くん」

翔の言葉に答えたのも、遊奈だ。

「《E・HEROシャイニングフレアウイングマン》……攻撃力2500、戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える効果は《フレイムウイングマン》と同じで、しかも墓地の《E・HERO》の数×300、攻撃力をアップさせる。あのとき、十代の墓地には最低でも《フェザーマン》《バーストレディ》《スパークマン》《フレイムウイングマン》の4体がいた。融合素材として2体除外しても600アップ、実質3100のダイレクトアタックだ」

「一応、《クレイマン》も落ちてたから《サンダージャイアント》も呼べたぜ。ま、あのまま続いてたら《シャイニングフレアウイングマン》呼んでただろうけどな! どうだ!」

へへん!と胸を張る十代に、全員が言葉を失った。

ピンポイントで必要なカードを引き当てる運命力。たとえ手札が1枚でも、そこから勝利へと一直線に突き進む。それが、遊城十代というデュエリスト。

「アニキには敵わないや……」

「すごい! まさに奇跡! 胸キュンだよ!」

「遊城、十代……これほどまでの男か……」

「……面白いコ……」

それぞれの反応を示す4人を隣に、遊奈は何かの引っかかりを感じていた。

「じゃ、そろそろ寮に戻るぜ。行くぞ、翔」

「あっ、待ってよアニキー!」

ふぁ、と欠伸をして歩き出す十代、追いかける翔……レッドの2人が去り、三沢に「そろそろ俺たちも」と言おうとしたときだった。

「遊奈、デュエルしよ」

帰り道に立ちはだかるように立ち、遊海はデュエルディスクを構えた。

「どうせ、そんなところだろうと思った……」

ため息混じりに、遊奈もディスクの用意をする。

「俺を呼び出したのはこのためか?別に、これからデュエルする機会なんていくらでもあるだろうに」

「できるだけ早くデュエルしたかったからね。私の地元じゃシンクロはあんまり流行ってなかったから、シンクロを相手にするのは初だったりするんだよ」

「……俺の地元じゃ、エクシーズは大流行りだったけどな……ま、売られたデュエルは買うさ。俺も、君とデュエルしてみたかった」

話を進めていく2人に、明日香は慌てて忠告する。

「2人とも、そろそろ時間よ!?」

「だいじょぶだいじょぶ」

「バレなきゃ違反じゃない」

聞く気のない2人に呆れる明日香。その肩に三沢が手を置いた。

「1度ああなってしまったデュエリストは止まらない……ここは諦めるしかない」

「貴方も苦労してそうね……えっと、誰?」

「失敬、自己紹介がまだだったな。僕は三沢大地、遊奈のルームメイトだ」

「筆記試験1位の……。私は天上院明日香。よろしくね」

自己紹介を終えた2人は、向かい合う遊奈と遊海に視線を戻した。

直後、ピンと張り詰めた2人の叫びが闇夜に響いた。

 

「「デュエル!!」」

 




どうも、割と長めにしたつもりなのに遊奈のデュエルを入れられなかった埜中です。今回は苦手分野の会話フェイズ、それも特に苦手な多人数が入り乱れる会話なのでいつにも増して拙い文章になってしまいまいた。非力な私を許してください……
実はTFを実際にプレイしたことがない私ですので、イマイチ雪乃とツァンの口調や振る舞いがわかりません……特に、雪乃の艶っぽい喋り方が難関……
それと、デュエルミスの多さも課題ですね。くりむぞんさん、前回はありがとうございました……
最後まで書き終えてから気づいたのですが、明日香と遊奈ってまだ自己紹介してないんですよね……それどころか直接会話したことすらないなんて……まあ、明日香は十代一筋なので遊奈と絡めなくてもストーリーには問題ないっちゃないんですが……
一応、今回は十代VS万城目(初戦)となっております。といっても原作から変わったところがほとんどないっていう……この作品では、この頃から十代のエースは《シャイニングフレアウイングマン》です。一応ネオス系とエリクシーラー、そして属性HERO以外の融合体はだいたい十代のエクストラデッキにいます。そろそろ属性HEROも使わせてみるかな……
次回は遊奈VS遊海、“異物”どうしの戦いですね。観戦者が三沢博士と明日香なので解説役も充実しています。次はもう少しマシな文章が書けるかな……
では、最後になりましたが、こんな駄文を読んでくださった皆様に感謝しつつ、筆を置きたいと思います。皆様にささやかな幸せがありますように。

2015年1月某日 埜中 歌音

質問、アドバイス、デュエルミス等あれば是非是非コメントへお願いします。キャラやデッキのリクエストも受け付けております。

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